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Full text of "Nihon shushigakuha no tetsugaku zen"

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Inoue, Tetsuj iro 

Nihon shushigakuha no 
tetsugaku rev, ed. 



East 

Asiatic 

Stupes 



3 5 

B 5 s 1 



UNIVERSITY OF TORONTO LIBRARY 



. マに v - ^1 、 



Digitized by the Internet Archive 
in 2012 with funding from 
McMaster University - University of Toronto 



http://archive.org/details/nihonshushigakuh008800 



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日本 朱 子 學派之 哲學序 

佘嚮に 明治 三十 三年 を 以て 「日本 陽 明學派 之, 哲 學」 を 世 

に 公に し、 次 いて 叉 明治 三十 五 年を以 て 「日 本 古 學派之 

哲 學」 を 世に 公に し、 以 て 我が 邦に 於け る 陽明學 派と 古 

學 派との 學 脈、 學 風 及び 學說等 を 紹介す る こと を 務め 

たり。 然れ ども 尙ほ我 邦に 於け る 朱子學 派の 變遷ぃ 

かん を 閽明 する にあら ざれ ば、 德 川 時代に 最も 勢力 を 

占めたる 重要 * る哲學 派の 研 究、 未 だ 整備せ りと いふ 

ベから ず。 是 故に 明治 三十 五 年の 九月より 力 を 純正 

哲學に 用 ふるの 傍、 刖 に 又 我 邦に 於け る 朱子學 派の 史 

: ^研究 を 始め、 凡そ 三 星霜 を經 て、 今年 九月に 至り, 漸く 

其 槪耍を 叙述し 了 り、 玆 に 之を脫 稿す る こと を 得たり。 



因りて 輯 めて 一 卷 とな し、 題 して 之 を 「日 本 朱 子學派 

之 哲 學」 と 名 1 づ け、 書 肆 富山房 をして 之 を 世に 公に せし 

む。 印刷 已に 成る に 及ん て、 更 に 又 之 を 考察す る に、 朱 

子 學派は 之 を 堀川 派 以外の 古學派 若く は 陽明學 派に 

比すれ ば、 *r 穩 徤 にして 且つ 中正 を 得た るの 感 ある を 

覺ゅ。 殊に 是れ を敎育 主義と すれ ば、 儒 敎の諸 學派中 

にあり て は、 最 も 危險少 きものと * す。 但, 其 寂靜主 義 

に陷れ るが 如き は、 殊 に惜 むべ しと 、な すの み。 朱子學 

は、 槪 して 之 を 言 へ は、 人 をして 溫茛 るら し め、 恭 謙 るら 

し め、 又 篤實 ^らしむ る もの^り。 簡 短に 之 を 言 へ ば、 

人 をして 君子 人たら しむる ものな り。 是れ朱 子學は 

功利主義と 全く 相反 し、 專 ら 人格 完成 を 期す る もの^ 



一 ればな り。 朱 子學 ^の 道 德 主義 は 今の 所 自我 實現 

一 說と假 令 ひ 其 形式 を 異にする も、 其 精神に 於て は、 殆 ど 

同一 轍に 出クる ものに て、 英 國の新 韓圖學 派 パ d—n— ン 

ミュ ルへッ n 諸氏の 言 ふ 所と 往々 符節 を 合する が 如 し 1 

乃ち 道德 主義の 古今 を 通 じ、 東 西 を 貫 いて 易 は ら ざ 

る もの ある を 知るべき^ り。 固より 朱子學 派の 學說, 

悉く 是正 若く は 的確な りと いふに あらず。 今日より 

一 して 之 を觀れ ば、 謬 見 誤 想 の 多々 之 あ る は 言 ふ 迄も^ 

一き なり。 然れ ども 此れに 拘 はらず 其 中 永遠 不變の 道 

德 主義 ありて 存す る こ と は、 到 底 之 を 否定す る を 得 ざ 

る^り。 朱 子 學派は 此の 如き 永遠 不變 の道德 主義 を 

一 取りて 立つ もの^る が 故 に、 人 をして 忽ち 耳を聳 てし 

H 



ちる が 如き 花々 しき 態度に 出づる ものに あらず。 & 

に 其 言、 動 もす れば輙 ち 平凡に 流れ 易き るり。 是を以 

て 人 或は 之 を輕視 する の 傾向な しとせ ず。 然れ ども 

是れ 反りて 朱子學 派の 供給す る 所、 一 日 も 人生に 無 か 

るべ からざる こと を證 する もの * り。 朱 子 學 派の 說 

く 所 は、 猶 ほ 平地 を 指して 之 を 示す が 如く、 一 も奇々 怪 

々の 事 ある^し。 之に 反して 危險 にして 且つ 中正 を 

得 ざ る 異 說 は、 奇 山の 突兀 として 天 表に 秀づ るが 如 く、 

人の 視線 を惹 くこと 决 して 尋常る りと せず。 然れど 

も 人の 平生 蹈ん V 以て 利と する 所 は、 决 して 此の 如き 

奇山 にあらず し て、 寧 ろ坦々 たる 平地に 外なら ざるな 

り。 是 故に 世の 此書 を讀む ものに 論 ぐ、 朱 子學 派の 學 



說の 千篇 一 律の 如く 單 調なる を 見 て、 敢 て 遽に之 を ^ 

蔑す る ことな からん こと を。 朱子學 派の 學說に 就い 

て 吾人の 學ぶ べき 所 固より 少しと せ ザと 雖 も、 然 れ ど 

も其實 行せ る 道德に 至りて は、 吾 人の 學ぷ ベ き 所、 尙 ほ 

1 曆多 しとる、 す。 殊に 藤原惺 窩、 林 羅 山、 木 下 順 菴、 安 柬 

省 菴、 室 鳩 巢、 中 村 惕 齋、 貝 原 益 軒 諸氏の 如き は、 其 人格の 

淸 高 な る、. 其 品, 性 の 純潔 ま る、 我 邦に 於け る 朱子學 派の 

代表者と もい ふべ き ものにし て、 又 永く 後世 に 其 道 德 

的 模範 を垂 る、 に 足る ものと いふべき か。 今や 日露 

戰爭已 に 終 結 を 告 げ、 我 邦の 威 光、 大 に. 宇 內に發 楊す る 

に 隨 ひ、 歐 米 の 學 者、 漸 く 我 邦の 强 大^る 所以 を 究明せ 

ん とす。 斯 時に 當 りて 德川氏 三百 年間 我 邦の 敎育主 



義 と.^ hv て、 國 民道德 の發展 上に 偉大の 影 響 を 及ぼし 

一 、朱 子學 派の 史的 研 究、 豈 に 亦 一 日 も 之を忽 にして 可 

一^らん や。 ^の學 者に して 德 敎に志 ある も の、 宜 し く 

^ 深く 思 を此に 致すべき 、な り。 偶; 感 ザる 所 を 述 く て、 以 

, て 之 が 序と なす。 

明治 三十 八 年 十 一 月廿三 nn 

井上哲次郎 識 



凡 s 

一 此書は 「日本 古學 派之哲 學」 及 び 「日 本 陽明學 派之哲 學」 等 と 相 埃ち て 共 

に 同じ く,. 日 本に 於け る哲學 思想の 發展を 組織的に 叙述 且つ 評論せ 

る ものな る が 故 に、 冀 くば 世の 學 者、 是 等の 書と 比較 對 照し て、 之 を 講 

讀 せられん こと を、 

一 朱子學 起原 は、 史 的 發展の 順序と して は、 卷 頭に 編入すべき もの なれ 

ど も、 其 中 學說の 紹介すべき もの、 殆ど 全く 之な きが 故 に、 遂 に 是れを 

附錄 とし て、 卷 末に 附載 する こと ゝ せら, 

1 先哲の 肖像 を揷 入す る こと は、 本 と 著者の 志に あらざる も、 亦 其 高 風 

を 仰 慕す るの 一 端と もなる を以 て、 偶 i 學 者の 參考に 資する に 足る も 

の を 得れ ば、 則 ち 採らて 以て 之 を 其關係 ある 處に揷 入せ え 例 へ ば、 此 

書载 する 所の 藤原惺 窩, 林 羅 山, 木 下順菴 及び 貝 原 益 軒の 肖像の 如き』 

是れな 5、g 窩の 肖像 は 堀 鈹之丞 氏の 藏 する 所に 係 ら、 羅 山の 肖像 は 

史料編纂 掛の藏 する 所に 係 え 順 菴の 肖像 は 錦 里 文集の 载 する 所に 



係 ら、^ 軒の 宵 像 は 本と 其 子^の 藏 する 所に 係る、 

1 此書 編著の 際、 文 學 博士 三 上 參次氏 は德川 時代の 史料に 關し 、種々 な 

る 便宜 を 與 へられ、 堀 鉞之丞 氏 は 其 所藏の 惺窩の 肖像 を 縮寫 する. J 

と を、 叉 正木 直 彥氏は 益 軒の 肖像の 寫眞 を複寫 する こと を聽 許せら 

れ た り、 因 6 て玆に 厚く 之 を 陳謝す、 

明治 三十 八 年 十 一 ほ廿 三 口 著者 又 識 



日本 朱 子學派 之哲學 

目 次 



第 一 篇 京學及 、び 惺窩系 銃 

第一章 藤 原惺窩 

第一 事蹟 

第二 著書 

第三 學說 

第 四 門人 

第五 g 窩關係 書類 

第二 章 林羅山 …… ::. 

第 一 事蹟 





三 次 



八 



九 八 

o 三 



五 五 



四 四 
九 六 



四 四 四 



九九 八ブ 

五 二 ハー 



第 四 子孫 附林 家系 圔 

第五 羅山關 係番類 

第三 章 木 下順菴 

第 四 章 雨 森芳洲 

第一 事蹟 

第二 學說 

第三 芳洲關 係 書類 

第五 章 安東 省 菴 

第 六 章 室 鳩 

第一 事蹟 

第二 著書 

第三 學說 

第 四 鳩巢 門人 



一 第五 鳩 i 關係 書類 • 二三 四 

第二 篇 惺窩 系統 以外の 朱 子學派 i セ 

™ 叙 論 一二 1 一七 

一 第一章 中 村惕齋 三 一一 九 

一 第 一 事蹟 二三 九 

一 第二 學說 二 四 六 

J 仁愛の 說 15 六 

に存養 省察の 說 二 五 四 

: 三死 生の 說 二 五 九 

§ 神明の 說 二 六 O 

第三 惕齋關 係 書類 二 六 二 

■ 第二 章 具 原 益 軒 11 六 四 

: 第 一 事蹟 附ほ原 氏 家系 晷圃 二 六 四 

第二 著書 " 二 や? 

后 次 三 



B 次 四 

第三 學說 三 21 

,1 總論 115 二 

二 唯氣論 三 一七 

G 事 天地 論 三 二三 

御 知行 並進 說 及び 其 他の 諸說 111三 八 

第 四 批判 • • 三 四 九 

第五 益 軒關係 書類 三 五 九 

第三 篇 南學及 び 闇 齋學派 三 i 

第 了 章 南學 起原 I 

第二 章 山 崎闇齋 ■ 三 八 五 

第一 事蹟 三 八 五 

第二 著書 … 。 四 〇 四 

第三 學風 四 10 

第 S 學說 s 1 へ 



第五 閽齋 門人 • ■ 七 

第 六 閽齋關 係 書類 S 四 力 

第 七 閽齋學 派 四 四 九 

第三 章 淺見 綱齋 • 四 五 七 

第一 事蹟 い 四 五 七 

第二 學說 • : 四 六 二 

第 四 章 佐 籐直方 :: S ハ八 

第 一 事蹟 : …四 六 八 

第二 學說 四 七 七 

第五 章 三 宅尙齋 四 九 六 

第一 事蹟 , 四 九 六 

第二 學說 五 〇〇 

第 六 章 谷秦山 五一 五 

第 四 篇 寛 政 以後の 朱 子學派 , : 五一 一一 

目次 五 



マ- 



附 ! 

第第錄 I 

第 第二一 の 

—一 ネ^: 
早早 一 



第一章 柴野栗 山 

第二 章 尾 藤ニ洲 

第三 章 佐 籐ー齋 

第 四 章 安積 艮齋 

第 五 章 元 田 東 野 

第. K 章 中 村 敬 宇 

第五 篇 水戶學 派… 

お 口な 



朱子學 起原 附 * 子 學 起原 # 系 

總說 

京師 朱 子學の 起原 … … 

玄惠附 北 畠 親 房 及び 楠 正 成. 

.0 



第 四 義堂 六 二 五 

第五 岐陽 附大椿 .:2 七 

\ 第 六 一慶 六 三 O 

一 第 七 惟 肖 六 三 一 

一 第 八, 景徐 .S 三 

一 第 九 桂 梧 • 六 量 

第 十 桂菴 ♦ 六 三 八 

第 十一 月 港 六 四 四 

第士 一 一 翁 六 四 七 

第 十三 南 浦 ::: 六 五 o 

第 S 如 竹 六 五 五 

一 第 £ 京學 起原 關係 書類 六 五 九 

一 第三 章 南海 朱 子學の 起原 六 六 四 

\ 第一 南 村 梅 軒 , 六 六 四 

第二 吉 良宜經 六 七 一 

\ 第三 吉 良宜義 六 七三 

HI 次 七 



目. 次 .、 

第 四 吉 良親實 • 六 七 五 

第五 忍 性 如 淵 天 室 六 七 八 

第 六 南學 起原 關係 書類 …… 六 八 一 

附錄の 二 朱 子學派 系統 ま 五 

レ惺窩 系統 略圖 力 八 i 

に 順菴學 系略圖 六 八 六 

三 鳩巢學 系略圖 

1\ヌ 八 

I! 南學學 系略圖 : :: 丄ハ八 九 

ffiffi 齋學 系略圖 パ九 o 

附錄の 三 朱子學 派生 卒 年表 

际 錄の四 孔子の 人格に 就い て (孔子 祭典 會 講演;,: 七 01 

^錄の 五 儒教の 長 處短處 「哲 學會 講演) 七 四 五 

付 t D 1、 一 第 一、 朱舜 水の 事蹟 及び 學說 八 〇 九 

ぼ % の 六 一 第二、 賴 山陽の 精神 及び 影響 …… 八 一二 

一 第三. 佐 久間象 山の 人格と 學說 さ 一二 



日本 朱 子學派 之哲學 

文學 博士 井上哲次郎 著 




儒 敎は應 仁 天皇 十五 年 及び 十六 

れ、 平 安 朝に 至 i て經書 及び 諸子 

江 二 氏の 如き は、 儒 敎を 以て 家 を 

せ う、 然 れ ども 儒 敎が當 時 頗る 盛 

毫も 其 端緒 を 開か ざ, ON き、 佛 敎 に 

の 結果 を 叙述す る ものな きに あ 

の 古註に よみて 經書 及び 諸子 類 

、、、、、、、、、、、、 ^、 

頭腦 によ, ON て 哲學的 考察 をな さ 

叙 論 



年 百 濟を經 て 始めて 我 邦に 輸入 せら 

類 を 講ずる も の、 漸 く 多 く、 殊 に 菅原大 

成 し、 其 門下よ ら濟々 たる 多士を 出 だ 

况を呈 せし に拘 はら ず、 哲 學的 考察 は、 

闘して は签 海の 如く 多少 哲學的 考察 

ら ずと 雖 も、 儒 敎に關 して は、 單 に漢魏 

、、、、、、、、、、、 、、飞 、、 

の 旨 意 を 講ずる に 止まる の み、 己 れ が 

、、、、、、、、、、、、、、、、 

んょみ は、 搴 ろ 形式的に 解釋 し、 了 解 し、 

1 



年 百 濟を經 て 始めて 我 邦に 轍 

類 を 講ずる も の、 漸 く 多 く、 殊 に 

成 し、 其 門下よ ら濟々 たる 多士 



傳承 する こと を 務めた ら、 漢 魏の學 

る 乙と を 主と し、 周 末の 學 者の 如く 

察 t なす ものに あら ず、 平 安 朝の 學 

,1<IA 厶厶 △△△<".<".<" 厶 厶厶厶 

學 者 を 先容 とし て、 經 書 及び 諸子 類 

、、、、f 、、、、、、、、、、 

紙背に 徹する 乙と 能 はず 、いかん ど 

る を 得 ん、 哲 學的 考察の 遂に 開始せ 

るべき な ら、 平 安 朝よ. 5 鎌倉時代に 

代よ, 9 海內 漸く 戰爭多 く、 人、 武 事 を 

を 胚胎す るに 便なら ず、 殊 に 元弘建 

と な ら、 後、 慶 長年 間 即ち 十七 世紀の 

定す るに 至る ま て 、凡 そ 二百 七十 餘 

の 荒 蕪、 此 時よ,^ 甚 しき はな し、 是 れ 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇、 、 

起原 は 實に此 暗黑 時代に あ ,9、 暗 黑 

*、、、、<、%、、、、、、、 

g、一 々として 閃く 平和の 曙光と 共に 



者 は、 力 を 訓詁に 用 ひ、 經義を 解釋す 

自ら 己れ が頭腦 によ, 9 て哲 學的考 

厶厶厶 厶厶厶 厶< "厶厶 ^厶 厶厶厶 

者 は 此の 如き 沒 精神 沒 趣味の 訓詁 

厶厶 <"厶 、、、、、、、力、、、 

を 講ぜ ら、 此 の 如く なれば 眼光 能く 

、、、、、、、、、、、、、、、 

思想の 源泉 を 己れ が 內界に 開拓す 

、、; '、、、、、、、、、、、、 

られざ る 所以の も の、 推 して 以て 知 

至 る ま で儒敎 次第に 衰退し、 縑倉時 

尙 ん て、 文 事 を輕ん じ、 最 も 哲學思 想 

武の頃 即ち 十四 世紀よ.^ 全く 亂世 

初 め、 德川家 康覇櫂 を 執り、 海 內を戡 

年間 學問 最も 萎微 して 振 はず、 文苑 

を 我 邦の 暗黒時代 とな す、 朱 子學の 

、、、、、、、、、、、、、、、 

時代 を 經て德 川 時代の 初めに 至々、 

文學 復興; 亍ッ サン ス) は 羽翼 を廣 



く、 大 o 政 △ あ て リ 



以溪多 



因 學、 激 o 

攀 



P0 く £,o〇 ね ooo〇〇〇〇〇 つ 〇〇、 > 、 ヽ 、 f. 、 * 、 

剪し 感化し 來たれ る もの は、 朱 子學な ,9、 是 れを德 川 時代に 於け る哲 

思想 を 惹起せ る 主動 者と g する も、 决し^ 過 一 f 一 n いかい^い、 や; い 

らて玆 に 先 づ朱子 及び 朱 子學の 地位 を 一 瞥 せん、. 

朱 子 名 は 熹、 字 は 元晦、 一 の 字 は 仲 晦. 晦 菴と號 し、 又 考 亭 と號 す、 其他數 

の別號 あら、 南宋の 建 炎 四 年 (即ち 紀元 一 ニニ 〇) 九月 を 以て 延 平の 尤 

に 生る、 尤溪は 今の 福 建 省に あ 、慶 元 六 年 (即 ち 紀元 一二 〇 〇) 三 月 を 

て^^す 年 七十 一、 人と な,^ 篤實 にして 博 學、 比 類 まてな ら、伯 ^の^, 

ル へ 氷 ム、 シ ョ ッ ト氏 曾て 學士會 院に於 て、 朱 子の 事 を 論 じ、 彼 れ を 「ポ 

ヒ スト U 博學 家) と 稱 せ ,<€ に 當れ, 9 とい ふべ し、 朱 子 曾て 官に士 へ 

種々 なる 職 を 奉 じ、 前 後上 奏する 所數 十回に 及 び、 直 言 憚らざる もの 

ら. 然 れ ども 多く は 議論 迂濶 にして 時務に 適切なら ず ま i & ^ 本 ど 

.8 ol 、p o o o cp o o, 2- o o o o 、、、、、、、、、、、 、 、 、 、 

なる 殆ん とお 子に 匹敵 せんとす、 彼れ が學は 支那 朝鮮 及び 我 邦に 永 

叙 論 三 



其 影 響 を 及ぼ し、 後 世 彼れ を 奉じて S 

、、、、、、、、、、、、、、、、 

敎中 種々 學派 あらと 雖 も、 未 だ 彼れ が 

な え 朱 子 は 著 書 甚 だ 



主として 經 書の 註解 

朱 子 及び 朱 子 學の地 

察せん、 支那の 學問は 

建 國以來 始めて 煥發 

る、 其 議論 の 奇拔な る 

の 思 想、 未 だ單 調に 歸 

の あれば な り、 周 末 は 

をな したらん に は、 希 

S かな、 秦の始 皇、 支 那 

的 考察の 如き は、 殆ん 



多 く、 啻 に 等身の 

と 語類 及び 文集 

位 を 明かに せん 

厶厶厶 <" 厶 <" 厶 

-周末 よ, CN 趙宋ま 

せし ものに て、 其 

今に 至らて 尙ほ 

せ ず、 孔 孟 の 外、 諸 

蓋し 哲學的 考察 

臘 の 古代と 頡 頑 

を統 一 してよ,^ 

ど 全く 迹を絕 つ 



れるも 

、 、 、 

一 派 の 

みなら 

とに あ 

が爲め 

厶厶厶 

で に 三 

思 想 の 

大に見 

子 百 家 

の 時代 

する に 

自由の 

に 至れ 



の、 勝げ 

、 、 、 

勢力に 

ず效, V 



千 一 百餘 年の 久しき を經る に、 哲 學的 考察 を 



に, 支那の 

厶厶厶 

變 せ , り 、周 

淸 新な 

るべき 

の 自由 

な ら 、若 

足る も 

精神、 俄 

,9、 漢 よ ら 

なす も の、 



數ふ ベから ず、 儒 

、、、、、、、 

る もの あらざる 

も 彼れ が 學說は 

學 問の 變 遷 を 考 

末の 學問 は、 支 那 

其氣 象の 活潑な 

の あ も、 是 れ當時 

意見 を 述ぷる も 

更に 一層の 發達 

あらしなら ん、 惜 

桎锆 せら れ、 哲 學 

唐に 至る まで 一 

寥.々 として 聞 ゆ 



る ことな く、 啻 に 落々 たる 晨星 のみなら ざ るな ら、 若 し强 ひて 擧 r ればケ 

董 仲 舒、 王 充、 楊 雄、 王 通、 韓 愈の 徒 あれ ど も、 皆 薄弱なる 周 末の 反響に 過ぎ 

ざるな ら、 隋 唐 の 間、 佛 敎 徒の 中に 有力なる 思想家 を 出 だせ, CS と雖 も、 支 

那獨 立の 思想 家 は、 之 れと 雁行す る こと 能 は ざ りき、 但 i 前 漢以來 學者專 

らカを 訓詁の 學に用 ひた ら、 孔 安 國、 馬 融、 鄭 玄、 趙 岐、 王 肅、 王 弼、 何 晏、 杜 預 の 

徒、 周 末の 書類に 註解 を 加 へ、 古人の 思想 を 後世に 傅 ふるさ を 務めたり、 

故に 漢唐は 哲學的 考察の 時代に あらず し て、 訓 詁の 時代な ら、 然 るに 趙 

宋に 至らて 學問又 一 變せ ら、 北 宋の 時周鏺 溪、 邵 康 節、 張 橫渠 及び 程 明 道 

程 伊川 等 起ら て 哲學的 考察 をな し、 直 に蹤を 周 末 孔孟の 學に 接せん と 

、/**、、、、、、、、、、、、 ^ 、、、•、、、、、、、、 

せら 是に 於て か 秦漢以 來殆ん ど 全く 精神 を 失; 3、 木乃伊の 如くに なれ 

, , \ , 、、、、 、、、、 、、、、 、、、、 *-、、、、、、、、、 

る 道義の 學 は、 復 た 蘇生 し、 人 の 肉と な り、 血 とならて 炎々 たる 活氣を 吹 

き 起し 來 たれ ら、 是 故に 聖人 は千數 百年 前の 歷史に 於て お観 的に 攻究 

、、、、f 、、、、、、 、、? -、 ヽ、、 、、、、、、、、、、、、、 

する を 得と. s ふが 如き 疎遠なる 乙 とに あらず し て、 聖 人の 情緒 は 近く 

己れ 自身の 心臓に 鼓動す る を覺 ゆるに 至れ fc> 、之 れを 要する に、 言 語 文 



, 叙 論 六 

一 句の 解釋 によ,^ て 聖人の 道 を 了解す る ひいい^^^い い^ 4 かひ^ 

i カ頭腦 によらて 哲學的 考察 をな し、 直 に內界 よ, 9 聖人の 域い 達せい^ J 

一 する の 4 ム 時い 4き^ い^^^い" い^^ i き^ i^^^^^^ll 

一 |# か^ き^^ 勤 い む^ゃ^ ゃか おが 軸^ き^^ひ お^れ 

\ o^ o ^-^-oo oooo ooooooo ooo 

自家の 洪鑪 中に 入れて、 集めて 大成す る を 得たり 、而 して 其蘊菩 する 所 

ノ を 以て 多く 古書の 註解 を 作れ り、 大 學と 中庸と を禮記 中よ, 9 選出して 

\ 別 本と せし は、 程 子に 始まる と雖 も、 之れ に 論語と 孟子と を 合せて 四書 

一 と 稱 し、 悉 く 之れ を 註解せ し は 即ち 朱 子に し て、 其 功决 して 尋常なら ず 

\ となす、 朱 子の 註 を^^^ I ^、^ や E^i^l^^^ かひ^き^^, Lin, 

一 ぃ|>ま^^大^き,1|^ト^|;^^^!^きき^,|^1ぉ^ 

= きお、 #ls お、 きおお s£ おお £ 

\ "か^い 要お^ や S や s^^^ ゆか^^、 お^^か ゅ^ ぉ いお^ 



ま。 子^。 て。 孔ザ がま!^、 や S ^^^^おみ 

^^^^"、や 支那に あ て は 後, 世 陽 明學派 及び 古註 學派 即ち 考證學 

派 起れ うと 雖も、 朱 子 學の勢 力、 最 も 多大なる が 如 し、 殊 に 明代以 後 官 府 

*、、、、、、 、、、、、、、、 、、、、へ、、、、、、,、 z\r む 

いかて 經說は 朱 子と 一 定 し、 進 士 及第の 法 を 劃一 したる を B て 之 ケ-觀 

、、、、、、、、、、、^力、、 、*、、、、、、 ^-*、、、:1/ 、- ゝ 

n ば、 朱 子學は 「ォ \ ソ ド ッ ク ス」 の 地位 を 占めたる ものと 謂 ふ を 得 へし 

韓國に 於ても 金 宏弼、 鄭夢 周、 李退溪 等の 如き 錚々 たる 學者は 皆 朱子學 

弦に 屬 する 人な り、 殊 に 退溪の 如き は 韓國第 一 の學 者に し て I 其 我 邦の 

朱孑學 派に 及ぼせる 影響 も、 亦 决 して 尠少 にあらざる なれ. 

ヱ あ, ON て は 朱子學 は古學 及び 陽 明學に 先ち て 起 り、 且 つ. 德川氏 三 

百年 間の 敎育 主義と して 學術界 の重鎭 となり、 思想界の 根底 を 成せり 

朱 子學が 諸學派 紛爭の 間に 於て 前後 一 貫して 優勢の 地位 を 占めたる 

も の、 其 因由す る 所な くんば あら ず、 吾 人の 見る 所に よれ ば、 朱 子 學が他 

の學 派の 學に對 して 少 くも 左の 二種の 長處を 有せち、 



で 


L 


朱 


但 








之 


第 


子 


古 


朱》 的で す V 二) 


^ のち 德 ち せ》 ん ^(一) 


1 乙 






學 


子》 探》 る》 朱で 


疎ち 


古ち の》 す、》 とで 朱ち 


達 


氣 


と 


派 


學》 究》 所で 子》 


かで 


學》 實》 兩》 す》 子》 钗 


せ 


質 


の 


の 


はり を》 1 ひ 學》 


國 


及ち fiS 者で る》 學^ 


ん 


變 


共 


中 


敎》 主》 しち は》 


す。 


び》 に》 を \> 者で はで 


と 


化 


通 


1 乙 


育ち とち てで 實》 


る》 


古》 偏で 合 \) な》 實》 論 


し 


を 


點 


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主》 す》 實》 行》 


ひ 


註》 し 》 —— で 5 ^ ^ 


第 


豫 




堀 A 


義で る》 行》 と》 


とで 


學で 動》 し》 故で と》 


五 


想 


擧 


河 A 


とち の》 を》 共》 


あで 


派》 も》 て》 に^ 學》 


孑し 


し 


ぐ 




し》 弊》 離》 i ひ 


る》 


は》 す》 中》 道で 問》 


一— z 

子 


第 


れ 


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てで き れ》 學》 




牲》 れち 庸ち 德で 即》 


に 


二、 


は、 


の A 


比ち くで 1 ひ 問》 


免》 


々》 ば' X) を》 の》 ち》 


次 


窮 


第 


學 A 


較》 必》 る》 を》 


れち 


知》 輙》 得》 一ち { き 


い 




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的で ず》 學》 尙》 


さ、、》 


的》 ち》 る》 方で 德》 


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穩で 反》 問》 ぶで 


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探》 知》 ので にで とり 




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健》 を》 とで 


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究》 的ち 傾》 ので ^ 


子 


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朱 A 


な》 て》 尙》 雖ち 




を》 搮》 向で み》 究り 


を 


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に 


子 A 


る》 修で ぶ》 も、 




主》 究ち あ》 偏で と》 


尙 


と 


道 


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も》 身》 もで 其》 




とち を 》 f)^ せで 兩 》 


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しち 怠 ふ 之ち ずで 者 3 
てち る》 にち 知で を》 


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な》 一で に》 問》 




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反》 の》 反で 識》 兼》 


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6》 弊》 しで ので ねで 八 


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道》 ^ 陽》 方で 之》 


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是》 に》 爲》 




德》 又ち 明》 に》 を》 


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をで 單》 めで 




の》 蔻》 學》 の》 全》 


此、 


學 


と 


若 


以》 1 ひ に^ 




實》 園》 はで み》 うち 


の、 


ん 


な 


し 


て》 ^ 耍ち 




行》 風ち 道》 偏り せり 



ノ 、、、?*、、、、*、、、、、、、,、、、*、、、、、、、、、 

如く 堀 河 派 は 其 學朱子 學^: 近き が 故に 修德の 一 點に 於て 殆んど 同 一 

の徑路 を迎れ り, 仁 齋 及び 朿涯の 性格が 如何に 朱子學 派の をれ に 似た 

る 所 あるか を 見る ベ し、 堀 河 「派 を 外にして 之 を 言 へ ば、 朱 子 學派は 確 

に 如上の 長處を 有する ものな り、 試 に德川 時代に 於け る 朱子學 派の 代 

表 者 を擧 r れ ば、 藤 原 惺窩ぁ り、 林 羅山ぁ ら 、木 下 順菴ぁ え 中 村惕齋 あ.^、 

一 V • 

貝 原 益 軒 あ も 、室 鳩 巢 あ ぇ悉 く是れ 一 代の 純 儒に して 道學 先生の 標本 

た も, 就^' 順菴の 感化 力に 富め る、 益 軒の 溥學 にして 德行ぁ る、 鳩 巢の操 

持す る 所に 堅固な る、 皆 他人の 及び 易から ざる 所な ら、 其 他山 崎 闇齋が 

\ 宗敎的 克己 を 以て 自ら 律す る 所 あらしが 如 き、 亦 以て 珍と する に 足る 

I > 、o: 〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇〇o〇〇〇 o〇〇〇〇〇 

もの あるな, リ是 等の 謹 嚴篤實 なる 人格に よもて 主張せられ たる 朱 子 

P ?、 9:o p のでで o ooo、oooo oooc oooooooooo 

學カ慶 長以來 三百 年間の 德 育に 資する 所の 多大な, 9 し は、 何 人 も 否定 

一 ^oo or ,0 0000000000000000000000000 

一 する を 得ざる 所な ら 、維 新以 來洋學 勃興し て、 我 邦の 敎育 全く 面目 を改 

^o2EO、0JC で 力 oo^oooobooooooQ oooooo 

むと 雖も 獨も德 行の ー點に 於て は、 永 く 朱子學 派の 代表者に 學ぶ所 あ 

9^00 0. 〇oo 〇〇〇〇〇〇 〇〇o 

一 るべき は 吾. < の斷 じて 疑 はざる 所な, CN、 

叙篛 九 



井 
小 

楠 



古 〇 心 o 

今。 官。 

天 o 只 o 
地 o 是 o 
事 o 玛。 
荬。 思 :o 
不 o 則 o 
Po 眞〇 
吾 o 理 〇 
情 〇 生 o 
寂 o 或 o 
然〇 JEo 
~^ •〇 -o 
室 o 身 o 

中 上 〇 

意。 叉 o 
象 〇 入 o 
極 o 天 o 

み〇 7^° 
明 o 平 o 



何。 圍。 

以 o 碁 o 
應 o 何 o 
無 o 其 o 

mo 變。 
靈〇 顔 o 

活 Q 面 o 

方 o — o 
寸〇 不 o 
中 o 同 o 
果 o 人。 
知 o 事 o 
君 〇 率 o 

mo 此 o 

總 o 變 o 
在 o 態 〇 

袼 o 誠 o 
知 o 無。 

き 窮。 



進。 吾 o 
退 o 慕 o 
任 o 紫 o 
天 〇 陽 o 

命。 學。 

從 o 學 o 
容 o 脈 o 

ま。 淵。 

道 o 源 o 

心 〇 深 〇 

嘆 o 洞 o 
M^o 通 〇 
千 〇 萬 ◦ 

秋 o 殊 o 

、◦ 理〇 

傳 — o 
習 o 本 o 
有 o 會。 

幾 ◦ 此。 

人 仁 o 



汗 o 

血。 

ffo 
鞭 o 
影 o 



披。 

書。 

見。 

古 o 
人 o 



奔 o 反 o 
帆 o 思 o 



截。 

雪 o 
濤 o 
消 o 



志 o 
不。 

咼 -o 

前 o 
除 o 賢 o 

經 o 直 o 
營 o 自0 

心 o 期 o 
超 o 磨 o 

達 C 礪。 

即 o 何 o 

人 o D5 

豪 o 勞 o 



感褰十 首 節 四 



卢〜 fy 厶 め い v 、か ^ り <K ク - ^ 



4: 風 天 紘車' 



-ま 《f 茶 称' 



4 女 



翻 If :急 泉き 

讀 



藤 
原 

窩 
之 
宵 

像 



第一 篱 藤 原惺窩 及び 惺窩 系統 

第 一 章 藤 原惺窩 

第一 事蹟 - 

元弘建 武以來 積年の 兵亂、 漸く 鎭靜 に歸 し、 海內 始めて 太^ を 謳 はんと 

する に當 り、 文 學 復 興 (即 ち〃 子 タ サン ス) の 率先と して 世に出て たる 大 

儒 を 藤 原惺窩 とな す、 是 れ 所, 謂 京 學の祖 な り、 惺窩名 は肅、 字 は斂 夫、 (i> ^ I 

z S 惺窩は 其號な り、 其 他 柴 立 子、 廣 胖 窩、 竹 居、 都勾墩 及び 北 肉 山人の 

號ぁぇ 永 祿四年 (即ち 紀元 一 五六 二 を 以て 播磨國 三 木 郡 細 河 村に 生る、 

是れ實 に 信 玄謙信 川 中島に 戰ひ たるの 年な 5m 窩 は 我 邦 第 一 の 名門 

た. る 藤 原 家に 屬 し、 歌 人と して 有名なる 中納 言 藤 原定家 十二 世の 孫に 

し て、 彼 れが 祖先 は 世; 冷 泉 家と 稱し、 歌道 を 以て 顯 はれ、 播磨國 三 木 郡 細 

ため おみ 

河 村を領 せ ゥ、 父 を爲 純と い ひ、 參 議 にして 侍從た み、 男 子 五 人 あ ら、 惺 窩 

は 其 三男 たり、 偶! 土 豪 別 所長 治の 爲 めに 其 領地 を 侵掠 せらる、 爲純 乃ち 

第一 篇. 第一 窣 藤 原 惺窩— 第 一 事蹟 二 



第一 篇 第一 窣 原惺窩 第一 事蹟 ニー 

長子 爲 勝と 之れ を劐 ぎし も、 利 あらず して 皆 死 す、 是 時に 當 りて 織 田 信 

長覇を 中原に 唱 へ、 羽柴秀 吉其臣 として 之れ を 助 く、 惺 窩 乃 ち 秀 吉 に 吿 

ぐるに 事情 を 以て し、 死 者の 爲 めに 謦 を 報いん と 欲 す、 秀 吉答 ふるに 時 

を 待つ に 如かざる を 以て す、 是 に 於て か 遂に 其 地 を 失 ふ、5| 窩幼 にして 

穎 悟, 七 八歲の 時、 僧 東 明に 龍 野に 從ひ、 心 經法華 經等を 學-ぶ に、 其 進步殊 

に 著しき を 以て 人 呼んで 神童と 稱 す、 幾 も な く、 剃 髮 して 佛 門に 入 み 、名 

を 葬と S ひ、 妙 壽 院と號 し、 博 く禪 敎を學 び、 兼 て 群 書 を 見 る、 後、 京 師に游 

び、 相 國 寺に 入 り、益> 力 を 佛敎の 研究に 用 ふ、 是 時 五山に ありて は 詩學尙 

ほ 盛に し て、 其 中 才鋒を 以て 稱 せらる k ものな きに あら ず、 然 れ ども 馑 

窩に 遇へ ば、 即 ち 折 北して 支 へ ず、 是 を 以て 惺窩の 名、 佛 門に 重んぜら る、 

天 正 十九 年 關白豊 臣秀次 五山の 詩 僧 を相國 寺に 會 し、 聯 句 を 作 もて 其 

技を鬪 はし む、 惺 窩 初め 一 たび 往ぃ て、 後、 復 た 赴か ず、 衆 之れ を强 ふれ ど 

も 肯んせ ず、 或 は 諷する に關 白の 旨 を 以てする に、 惺 窩頭 を掉, o- て 曰く、 

、—、、、r 、、、、、、、、、、、、、 >、、、、、、、、、、 

凡そ 物 は 類 を 以て 聚ま る、 韓 愈 孟 郊、 才 の 相 若く が 如くに し て、 後、 聯 句 



、*、、•、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

を 作らて 可な ら、 若 し然ら ざれ ぱ、 猶 ほ隻 脚に 木屐を 着 け、 隻 脚に 草鞋 

、,f 、、や^-、、、、 ^ \ > %. 、、、 、、ヽ 厶厶 •△ 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

を 着く る 力 ごとき か 其耦せ ざ る ゃ必せ .CV 、予 俑 (即 ち 木 偶) に 耦 せらる 

△ 厶厶厶 △ 厶厶厶 

、 を 欲せざる な も、 

秀次 之れ を 聞いて 悅び ず、 是 時に 當, ON て 朝鮮の 役 あ み、 太 閤秀吉 軍 を 整 

へ て 肥 前の 名護屋 にあ み、 惺 窩 乃ち 秀次を 避けて 名 護 屋に赴 き、 豊 臣 秀 

秋に 遇 ふ、 秀 秋、 馑 窩と奮 相識た る を 以てな う, 秀 秋 之れ を邀 へ て 客と な 

す、 彼 れ 年少に して 粗 豪なら と雖 も、 惺 窩を敬 憚 し、 飮 宴 嬉戯の 間に 屬す 

と 雖 も、 惺 窩入, ON て來 たると 聞け ば、 必 ず容を 改めて 以て 之れ を 待つ、 其 

性行 之れ が爲 めに 改 むる 所 多し とい ふ、 德 川 家 康亦軍 中に あ ち、 惺 窝 の 

資 なる を 聞い て、 時 々之 を延見 し、 問. ふに 聖 學の要 を 以て し、 心 竊に 之れ 

を 敬 重 す、 是 れ より 惺窩豊 後に 遊 び、 江 5- に 赴 き、 又 京師に 還 ゥ て、 獨 ,9 僑 

居に あ ftN 、此 時宋儒 性理の 書を讀 み、 遂 に 佛敎に 慊焉^ ら ず、 佛 門 を 脫し 

て 儒 敎に歸 せんと 欲 す、 然 れ ども 當時 良師な きを 憂 ひ、 忽 ち奮發 して 明 

國に 入らん-と 欲し、 直に 筑 陽 (g « ,多) に 到 ,< 渡 航の途 に 上 ぼれ ち、 是 れ 

第 一 篇 第一 皐 藤 原 惺窩— 第 一 事蹟 .ー 三 



3 ー篇 第一 窣 藤 原 馑窩— 第 一 事蹟 一 四 

\ 實に 文祿ニ 年の 事な り 、其 出 發の際 友人に 贈れる 歌 あ 纟、 云 く、 

なれく らし 人の 心 を、 つきに はな にぶ も ひいくへ の、 山 の おも かヂ、 

然るに 彼 れ會. t 風 濤に遇 ひ、 漂流して 鬼界が 島に 到れら、 時に 又 歌 あ り、 云 

やまと 歌の あはれ かけ、 り、 目 に 見え ぬ、 鬼 のし まね の、 月 の ゆ ふなみ、 

其 時 叉 歌 あ り、 云 く、 

薩 摩 が た、 八 重の しほ か ぜ、 吿 げやら ん、 あ はれう きみ は、 あ や、 たに もな 

し、 

け ふらた つ、 澳の 小し 1H や、 い にしへの、 あ も ひの い を、 なほの こしつ 

、 

見よ いか に、 雲 路 の 鳥 は、 と び 消えて、 かへ る ゆう ベ の、 山 も あらけ み、 

鬼 界が島 は 今の 硫黄 島に して、 薩 摩の 河 邊 郡に 屬 す. 俊 寛が 曾て 流罪に 

處 せられた る 所な.^、 惶窩其 年の 冬、 鬼界が 島よ, CS 出で 、、鹿 兒島灣 口 の 

山川 港に 泊し、 偶 > 正 龍 寺を訪 ひしに、 僧 問 得なる もの ありて 四書 新 註の 



和 i を 徒弟に 授 くる を 聞 き、 大 に 心に 之れ を怪 み、 試 みに 假&' て 之れ ケ- 

誦讀 する に、 其 施す 所の 和 訓、 其 義に稱 はずと いふ ことなし、 因 5 て 其 本 

\ づく所 を 問 ふて 始めて 是れ南 浦の 點 する 所に 係る を 知れ ら. 南 浦の 點 

一 する 所 は 即ち 岐陽 及び 桂 菴の傳 ふる 所 を 修正せ しもの な A0 窝、 偶 然 

にも 南 浦の 點を得 て、 乃 ち 歎じて 曰く、 

今將に 明に 渡らん とする も、 亦 他 なし、 惟 > 之 れを 求む るの み 

一 と、 因 るて 問 得に 請 ふて 悉く 之れ を寫 して 京師に 還 ら. 以 爲 く、 聖 人 常の 

p〇〇、o〇〇〇o〇〇〇〇〇o〇〇〇o 

師 なし 吾れ 之れ を 六經に 求めて 足, なん と、 乃 ち 戸 を 杜ぢ客 を 謝して 

一 之れ を 六 經に求 め、 最 も 深 く 四書 新 註 を 究 め、 遂 に 儒 を 以て 家 を 成 し、 京 

師 學 Q ^ f の祖 たるに 至 み 、元 和 五 年 秋 九月 十二 日 を 以て 卒す、 享年 

一 五 十 九、 京 師 の相國 寺に 葬る、 

\ 馑 窩、 德 川 家康の 知遇 を 受けた るの 外、 當 時の 櫂 門 勢家に 優待せられ た 

る こと 一再なら ず、 慶 長の 初め 少將 豊臣勝 俊, 長 嘯 子と 號 し、 潜 居して 京 

W- やう せん 

一 師の柬 山の 靈山 にあ ら、 好 んで 和歌 を 詠 じ、 且 つ 多く 書を藏 す、 曾 て 惺 窩 

第一 篇 第ー窣 藤 原 惶窩— 第 一 事蹟 一 五 



第一 篇 第一 草 藤 原 惺窩— 第 一 事蹟 て、 

\ の 名 を 聞いて 之れ を 招き、 學問 文藝に 就いて 共に 論談評 隙す る 所 あ^ 

\ き、 S 窩文 集中 長 嘯 子に 寄す る 詩歌 文章の 少 からざる を 以て 之れ を 見 

ォ: S 其 交誼の 深厚なる もの あ, cs し を 知るべき なえ 「赴, ー靈 山 長 嘯 子 一 看レ花 

の 作に 云く、 

龍 野の 城主 赤松 廣通 (1? ぼ纖樹 S) 學を 好み、 深く g 窩を 尊信し、 甞て學 

校を鄉 し、 釋奠を 行 ふ、 惺窩竊 に以爲 く、 此人當 に 斯道 を 期すべし と、 寺 に 

石 田 三 成 佐 和 山に 居え 亦 馑窩を 敬 重し、 芦田 內 記なる もの をして 之れ 

を聘 せし む、 馑窩往 かんと 欲して 果たさず、 明年 三 成敗 死す るに 及んで 

廣通亦 自殺す、 馑窩爲 めに 慟哭せ りと いふ、 歌集に 「悼 _ 一 赤松 氏 一」 三十 首 あえ 

今 其 三 首を擧 げん に、 云 く、 

力く ばかみ、 終み たぐし き、 筆の 跡 を、 みる かひ もな く、 みだれて ど 思 ふ 

神無月、 思 ふ も かなし、 ゆ ふし ものぶ くや つるぎの. つかのまの 身 を、 

つるぎ 羽の、 くだきて し 身 を、 鴛 鳥の^ しむ かひな く、 われ どなくなる. 



朝鮮の 刑 部員 外郎 姜沆歸 化して 龍 野に あ, 9 二 たび 惺窩を 見て 盎然心 

醉 し、 稱 揚巳ま ず、 馑 窩が姜 沆に與 ふる 書に 云く、 

A<J 厶厶 <3 厶 <" 厶 厶厶厶 厶< "厶 <3 厶 <"△△<-△ 厶厶 厶厶厶 <5<"<| 

赤 松 公 今 新 書,, 四 書 五 經之經 文; 請, 予 欲^ =宋 儒 之 意; 加& 訓 于 傍; 以 便, 後 

學; 日 本 唱„宋 儒 之 義, 者、 抖此 冊, 爲 „原 本; 鳴 呼 流水 之 知 音、 雖 k„ 子 i 世 之 

知 己 > 又 有,, 子 雲, 乎、 

と、 姜 沆甞て 文章 達 德錄の 序 を 作, 9 て 馑窩ぉ 推 尊して 曰く、 

0- o o o' J o * o 〇 olo o o o 〇 〇 〇 〇 〇 〇 o o 〇 〇 〇 〇 〇 o o o 

斂夫王 綱の 振 は ず亂 賊 の撗恣 なる を 以 て、 幼 よ ft> 隱 居して 自ら 樂む、 

余が 日 東に 落つ る もの 三 年、 傲 夫 を 王 京に 得て 之れ と 遊ぶ もの 數月、 

始めて 其 人と なら を 知. ら て、 而 して 其學 たる を 叩 く、 旣 に其學 たる を 

1 , : * . 、、ウ o o o o o 〇 〇 o 〇 〇 〇 〇 〇 

叩いて 而し て 益 i 其 人と なち を 信ず 其 人と な, ON や 韜晦して 聞 達 を 求 

^ o o o 0-00000 00000000 〇〇o〇〇〇〇o〇 

めず 人 聞く ベ くして 見る ベ から ず、 見 るべ くして 知るべからざる な 

〇 o 〇〇 oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇ooo 

り 善 を 見て は 驚く が 若 く、 惡 を疾ん では 風の 如 し、 道 の 合 はざる 所 は、 

o, _p〇〇o〇〇oob〇〇〇o〇〇〇o〇o〇〇o〇oooc>o 

王公 大人と 雖 も、 顧 み^る 所 あるな ftN 、簟 瓢 陋 巷、 之 れに處 もて 裕如た 

o o 〇 3 〇〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇o 

ら義の 不可なる 所 は, 千 駟萬 鍾と雖 も、 屑 しとせ、 さる 所 あるな り 、其 學 

第一 篇 第一 草 藤 原 惺窩— 第 一 事蹟 一 七 



あ 5 第一 荜 藤^ 惺萵— 第 一事^ - A 

た る や, 小 道に 局せ ず、 師 ffi に 因ら ず、 千 歲の 遺經に 因, 9 て 千 歲の絕 緒 

〇 〇 o 

を繹 ぬ、 云 云、 

と、 亦 以て 惺窩の 人物 性行 を證 する に 足る なら、 但,. 惺 窩が姜 沆に與 ふる 

<SA<3<J< -厶厶 厶<" 厶厶厶 < "厶厶 A 厶 厶厶厶 厶厶厶 <3 厶厶厶 

鲁 に宋 儒の 意 を 以て 和訓 を 四書 五 經に加 ふるもの は、 己 れが 手に 成る 

<J 厶厶厶 厶厶厶 A<IA<3<I 厶 厶厶厶 厶厶 <"△△△< 、、、、、、 

も の を 10 て嚆 矢と なす. とする は、 甚 だ怪 むべき rJ とな ら 、四 書に 和訓 を 

、、、、、、、、<-、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、 

加 ふる は 岐陽を 以て 率先と な し、 桂 菴南浦 之れ に 次 いで 之れ を 修正し、 

*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

遂に 之れ を 惺 窩に傳 ふるに 至らし 乙 と、 史 的 事實の 以て 徵 すべ きもの 

、、、、、、、、、、、、、、、 ヽ、、 、、、、、、、、、、、、 

あるな ケ .唯> 五經 の 和訓 は 未だ 之れ あら ざり し も、 周 易稈傳 本義の 如き 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、"^さ < "厶厶 <1厶<1<1<"<3 

は、 巳 に 南 浦の 和訓 を 加 へし もの ありし な ら、 是 故に 惺窩が 和訓 を 加 ふ 

る を y て 全く 己れ の獨 創に 出づ るが 如くに 公 言 せ し は、 蓋 し 彼れ が 一 

△ △ 厶厶厶 厶厶厶 ム厶厶 △△<、、、、、々、 , 、 、ヽ、 V、、、 

生の 過失と せざる を 得ざる ベ し、 ® 窩も 本と 禪宗の 僧に し て、 岐 陽、 桂 菴、 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、へ、、、、、、、、、、 

南 浦 等と 同じく 宋學を 好みし ものに て、 彼 等, と甚 しき 差異 あるに あら 

、>o〇〇o〇,〇〇〇o〇oo oo〇〇 o〇〇o〇〇〇oo〇〇oo 

ず然れ ども 惺窩は 身佛門 を脫 して 全く 儒者と ならて 宋學を 唱道 せら、 

〇〇〇〇〇〇〇 o〇o〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 

是れ其 大に岐 陽、 桂 菴、 南 浦 等と 地位 を 異にする 所以な ら、 物 徂徠が 都 三 



近に 與 ふる 害 に 云 く、 

30000000000030000003000000000 

昔 在, 蓮 古; 吾 東方 之 國、 泯 々 乎 ,知 覺; 有-王 仁 氏, 而 後民始 知^. 子 、有,, 黄 備 氏, 

〇〇o〇〇〇〇〇oo. 〇〇 〇〇〇o OOOOOCOODOOOO 

後 經藝始 傳、 有=菅 原 氏, 而 後文史 可, 誦、 有 fes 窩 氏, 而 後人々 言 則 稱, 天 

\ oo〇c〇oo〇〇co〇ooo 

四 君子 者、 雖 尸 = 祝 乎 學 宮; 可 也、 (徂 徠 集卷廿 八) 

\ と、 惺 窩の我 邦文 敎に功 あ る、 洵 に 徂徕の 言 ふ 所の 如 し、 @ 窩佛門 を脫し 

、 

一 て 儒 敎に歸 せる を 以て 僧侶 之れ に 遇へ ば, 之 れと 相容れ ざ る が 如き 形 

\ 迹 あ ら、 關 ケ 原の 亂 平ぐ や、 家 康 京師に 入 り、屢„ 惺窩 を延見 す、 惺 窩儒 服し 

一 て 入りて 見 ゆ. 家 康 乃 ち 其 言 ヒ聽 かんと す、 時 に 僧 承 兌 及び 靈 三 なる も 

の、 座 に あ ら、 惺 窩に 其眞を 捨て 俗に 還る を 詰 る、 惺 窩 乃ち 答へ て 曰く 

佛 者よ, CN 之れ を 言 へ ば、 眞 諦 あ り、 俗 あ り、 世 間 あ り、 出 世間 あ り、 若 し 

o.ooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 3 o o o o o o 3 o C 3 o 

我れ を B て 之れ を觀れ ば、 人 倫 皆 眞 な り、 未 だ 君子 を 呼 ん て ^とする 

こと を 聞かざる な ,0s 、我 れ恐 くば 僧徒 乃ち 是れ 俗な らん こ と を、! SS 人 

一 o〇〇〇〇〇o〇〇o 

何 ど 人間 世 を 廢 せんや、 

\ 他日 惺窩叉 承兌靈 三と 某所に 會 す、 壁 間に 草書 一 幅 を掛 く、 皆 讀 むこと 

第 一 篇, 第一 草 踩 原惺窩 ー 第 一 事蹚 1 九 



第一 篇 第 一 草 ^原 惺窩 ー 第一 事 贖 二 ◦ 

能 はず、 乃ち 草 » の 請み 難く、 措 書の 讀み^ きをい. vg 窩 之れ を 一覧し 

輙ち 朗誦して 曰く、 

能 く 眞 を讀む TP の、 亦 能く 草 を 讀 む、 

と、 衆 益} 悅 びず、 

此の 如くに して 惺窩 K> 承 兌 靈 三等と 衝突す る 所 あ 6、 是 に 於て か、 復 た 

出 づるを 欲せ ず、 乃 ち洛 北の 市 原 村に 返隱 して 深く 自ら 範晦 せらと い 

慶長 十八 年林羅 山、 柬照 公に 建 言 し、 學 校 を 京師 に 創 設 し、 g 窩 を 以て 祭 

酒 (g きとな し、 廣く 四方の 俊髦 を敎育 せんと 欲す、 公之れ を 嘉 納 す、 因 ク 

て 地所の 選擇に 着手 せら、 然るにた まく 大阪の 役 起え 公亦尋 いで 歿 

す、 是 を 以 て 其 事 遂に 寢 む、 後, 大 臣列侯 相 謀らて 惺窩 をお 德 公に 推薦 す、 

公 亦 之れ を 敬 信 す、 然 れ ども 未だ 急に 决せ ず、 元 和 五 年、 方 に聘禮 を議す 

るに 及んで 惺窩會 IT 世す、 故に 遂に 官途に 就かず、 か^き § | か 

儒た る を 得^, 5、 林羅 山が 惺窩を 論じて 



那^ 沽所、 惯^ 

な稱 撝 して 曰 

く、 fts-eh 意 專先 

生 之 嘉^善行 e 

人々 無,, 不レ 知:. 

之: 所 Jill 海 蒼 

^口 是銘者 乎" 



OOO^DOOO o〇〇c>〇〇c-r>o〇〇rloooo ゝ 

先 生 不, 出 而 道 益 高, 一 於 當 時: 先 生 能 言 而道益 行,, 於 後 世, 者 乎 

とい ふ もの 洵に 當れ り、 惺 窩の 人と な り、 寬 厚 慈 仁な 6 しが 如 し、 後 光 明 

天皇の 御 序に も- 寬 仁 大度 之 君子 也」 と あ り、 以 て 其 從容 迫らざる の 狀 を 

想 見す ベ し、 然 れ ども 其 義の存 する 所に 至らて は、 亦 儼として 侵す ベ か 

らざる もの あ ら、 茅 窓 漫錄に 彼れ を 形容し て 「溫 良 恭 嚴、 威 而 不&』 と い ふ 

も の、 蓋 し當れ り,. 或 る 時 某惺窩 を訪 ひ、 窓 前の 蜂 S を 見 て、 其 蜂 を 殺さん 

、、、、、勺、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、 

と す, 惺 窩其螫 す ことなき を 以て 之れ を 止 む、 然 れ ども 菓 起 ち て 扇 を 揭 

、、、、、、、、 *、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

げて 頻りに 之れ を撲 たんと す、 惺 窩 遂に 悉く 其 蜂 を 放 つ、 後、 某 と 之れ が 



、 、 、 、 , 、、 〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇〇o〇o 

爲 めに 絕 交せ ら、 乃 ち 彼れ が 同情の 蟲 類に まて 及べ 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

人 を 憎める 乙と を 察知す ベ きなり 



〇 o 〇 〇 

る 乙 と、 及 



〇 〇 〇 〇 

び 不仁の 



B 窩、 山 水 を 好 み、 花 草 を 愛 し、 輿 に乘 じて 吟 詠 し、 白 樂 天の 風流 を 喜 び、 又 



彭 澤 (腳 S 



陶 



、、、、-*-、、 〇〇〇〇〇oo〇〇 

人と な, CN を 慕 ふ、 其 俗 ffi を超脫 せる の 



3 〇〇〇〇〇〇〇 

氣 品、 亦 以て 想 見す 



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

る に餘ら ありと い ふべ きなり 

厶厶 <3 厶 ひ<"厶<3 厶厶厶 <1<-<1<"<<"厶<厶<1<<1<3厶<4<!-厶厶<1 

惺窩 左の 眉の 傍ら 黑點 三寸 餘ぁ ら、 俗 に 所, 謂 「ク P クサ」 な り、 眼 に 重^ 子 

第一 篇 第一^ 藤 原^ 萵 1 ?ル一 事蹟 二 一 



m ー篇 第一 草 藤 原^ 窩 I 第 一事 鑌 ニニ 

あ ら、 彼 れ 儒に 歸す る の 後、 唯; 其 項 髮を餘 して 其 長 卜 を 厭 は お、^ " い ^ 

之れ を怪 む、 然 れ ども 其 端嚴を 憚らて 其 故 を 問 ふ もの あるな 、しま A れ が、 

酒 を 嗜 む、 然 れ ども 或は 旬日 を 經て尙 ほ 唇 を 沾さ ^る 乙と あ ゥ、 或、 よ ハ1 

、こ、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、 、、、、/"、。。つ 3 つ 

飮 する こと あれ ども 醉 ふて 亂れ ず、 平生 往來 雜遝を 好まず、 然れ ど 铲、 だ 

O9,o〇op〇o 〇〇〇〇〇〇、 、 、 、 、 、 、 X 、 、 、 ヽ ゝ ゝ , » 

に 接すれば 欣然 坐談 して 已ま ず、 若 し來 たら 問 ふ もの あれ ば,;^ ん 口 g r 

かんに よ, 9 て 之れ を敎誨 す、 譬 へ ば猶ほ 鐘を撞 くが 如 く、:^ はかいい 鲈 

、/,、、 、^、、 ヽ、、 、 、 、、ヽ 、、、、 、、 *、 、、、、、• 

も 或は 大に 鳴る 總べ て 之れ に對 する 者の 力量に よらて 異なれ うとい 

、 

ふ、 

惺窩は S を 作り 文を屬 し。 又 和歌に 巧に 國 文に 長ぜ り ま ^ f 豕 、の ぎ 

裔たる 丈 あみて 最も 和歌と 國 文と を 能くせ ら、 詩 文 は 粗大に し f が f 

精 H ならす 其! T 問の 如き も、 規 模廣大 ならず とせず と雖 も、 深 遠 は 未 だ 

厶く £y 〇.〇、〇£ 9" P 9= 9 〇』 o 〇〇、〇〇〇 〇 〇 〇 〇 〇 つ 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 o 

し 彼れ は畢寬 @ 業の 人に し て、 其 功 は 唯 2 率 先して 德川氏 三百 年の 

ooooo〇o〇〇o 

を 開拓せ しに あるの み、 



第二 著書 

馑 K 文集 五卷林 道 春 編輯 

同 續 編三卷 菅得卷 編輯 

星窝 文集 十二 卷嗨原 爲經編 源 光國抆 

此 文集 は體 裁に 於て は 前者よ, 9 一 層 能く 整頓 セ, o- と雖 7.P 內容に 於 

て は 相互に 異同 あ ら、 學 者 宜しく 兩者 を參 照す ベ きなり、 

馑窩 和歌 集 五 卷八ェ 上 

文集と 歌集と を 合して 凡そ 十七 卷ぁ ら、 是 れ馑窩 の 孫 藤 原 爲經の 編 

輯 する 所に し て、 卷 首に 後光明 天皇の 御 序 あ り, 其 中 に 云 く 「近 世 有-北 

肉 山人 惺窩 先生 者; 寬 仁 大度 之 君子 也」 云 云 と、 儒 林 以て 非常の 榮譽と 

な す、 

惺窩 和歌 集 一 卷寫本 o 內閣本 

文章 達德 錄百卷 

第一 篇 第一 草 藤 原 惺萵— 第二 著書 ニコー 



第一 篇 第一 苹 藤 原 惺萵: 第二 著 害 二 gj 

文章 達 德錄綱 鎮 六 卷 

此書は 作文の 方法に 關 する 古人の 言 論お 蒐集して 之れ を 分類せ る 

ものな り、 卷 首に 朝鮮人 荽沆 及び 据杏菴 の 序 あみ 、前に 揭 げたる 文章 

達 德錄の 綱頒と 見えたら、 

千代 もとく さ 一 卷 

此書は 馑窩が ^ 母に 儒 敎を說 示せん が、 為お に 著 はす 所な,^ 岡 山の 

菱川岡 山 (は ^ § 〔字) 之れ が 序 を 作れり、 天明 八 年の 刊行に 係る、 近く は 

X 日本 倫理 囊編卷 之 七に 收 載せ,, 、世に^^^ぎ と 題せ る 一 卷の書 

あ り、 是 れ此 書の 異名に 過ぎざる な夂 



第三 學說 

馑窩の 學說を 叙述す るに 當 り、 先 づ其 何故に 佛敎を 棄てゝ 儒 敎に歸 し 

たる か を 考察す る を 要 す、 林 羅 山が 撰ぶ 所の 馑窩 先生 行狀 中に 謂へ る 

あ も 、云 く、 

、、、、、、、、、、、、、、、、 、、ヽ ヽ、 ヽ、 *、〇〇〇〇 

先生 以爲 く、 我 れ 久しく 釋 氏に 從事 す、 然 れ ども 心に 疑 あ ら、 S 賢 の 書 

〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇 o oooooooo 〇〇〇o〇c〇o<3 

を 讀んて 信じて 疑 は ず、 道 果して 玆 にあ ら、 豈 に 人&の 外な らん や、 釋 

厶<: 厶厶厶 厶<3 厶厶 <" 厶厶 <"△<"△<" 厶厶厶 <3A 厶厶 

氏 旣に仁 種 を絕 ち、 叉 義理 を 滅 す、 是 れ 異端た る 所以な, 9、 

oo〇o〇〇oo 〇〇〇〇〇o oooo 

此れに 由, 9 て 之れ を觀れ ば、 惺 窩は 佛敎の 世間 を 侮蔑し て、 出 世間 を 企 

J 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 O 〇〇〇〇〇〇 OQ 〇〇〇〇〇〇〇〇 oo 

圖し、 一 切 人間の 理義を 顧盧 せざる の 弊 を 看破 し、 乃. ち佛 門 を脫 し、 還 俗 

〇〇〇〇〇〇〇〇*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 % 

して 儒者と なれ .CN 、然 れ ども 彼れ 巳に 儒者と なれる の 後に 至らて ち、 尙 

ほ妄ら に 佛敎を 非議す るが 如き HJ をな さ てら き、 彼 れ 論じて 曰く、 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、飞 

上に 治 統の君 あ ら、 下 に 道 統の師 あ に 則 ち 渠れ何 ど 我れ を 妨げ ん、 若 

、、、、、、 、、飞 、、、、、、 <3 厶 <3<3<1 厶厶 <J<3 厶厶厶 厶<| 

し 其れ 無 けれ ば、 則 ち渠れ をい か ん. 且 つ 余が 如き も の、 堅 白 未だ 足ら 

第一 篇 第 一 章 藤 原 惺窩— 第三 學說 二 五 



第一 篇 第 I 莩 藤 原 惺窩— 第三 學說 二. -、 

ずして、^:^ I? la ヒ^^^^:^^^^! I A め < にぎが (り^か ま、 ゲゃ 

きこと、 これよ:. ぎい^^ w,f o 0KS のぎ 一林 秀 才, 

書) 

と、 言論 よら は 寧ろ 實行 によらて 佛敎 徒と 縝頒 せんとせ し 彼れ が氣 勢、 

此れに 由 て 知る ベ きなら、 又 行狀の 中に 左の 記事 あら、 云 く、 

先生 幼に して 學び、 壯 なる、 に、 至 r 、て ^ 、ら f 、老 、に 、出 、入 、し 、ぎ 、家 ビ . ぎ 、歷 

って o 日 。本 某 集、 歷代、 の、 气气 詩、 文矿ビ 、气气 やま。 間鲈 ぎつ の鲈ビ 

讀 ん で、 而 し て 後、 o 異 f o 棄 て o, o 醇 o 如 が "云 云、 

彼れ は 佛敎の 外道 敎 及び 神道の 書類 を も 攻究せ しと 雖も, 遂に 需敎こ 

歸し、 之れ が 純然たる 系統 を 開始す る を 得た、 り、 

惺窩は 朱 子の 學を 奉 せ 乂其 「,お is ま^ A ^f A " f ぎ」 

とい ふ は、 之れ が爲 めな ぇ然れ ども 彼れ 又 陸 象 山 を 回 護して、 之れ を 朱 

子と 調和 せんとせ も、 其 言 に 云 く、 

紫晨 fg)^kf 、に、 し;/ 邃^ ビ 、好、 む^^/支、 離、 の^^、 る ビ^、 れで が, 



(f 軸/質 高 明に して 簡易 を 好 む、 後 學怪誕 の 弊 ある を 免れ ず、 是 れを異 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

ならと する ものな AVX 其異を 見て 其 同 を昆 ず、 同 は 何 ど や、 同 じく 堯 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

舜を是 と し、 同 じく 桀紂を 非と し、 同 じく 孔孟 を 尊 び、 同 じく 釋 老を排 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ,、、 

す、 天 理に 同う する を 公と な し、 入 欲に 同う する を 私と な す、 然 らば 則 

、、、、 OOOOOOOOOOOOO0OOOOOOOOOOO 

ちい か ん、 學 者 各 > 心 を 以て 之れ を 正 し、 身 を 以て 之れ を 體 し、 優 柔 S 飫 

oo〇ooo〇〇o〇oo〇〇o〇〇o〇oc〇GO〇o〇〇〇 

し、 圓 機流轉 し、 一 旦 豁然と して 貫通 するとき は、 則 ち 同か異 か、 見 聞 の 

oooocooooooo 〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

智 にあらず し て, 而 して 必ず 自ら 知りて 然して 後 已む、 (答^ 秀 才 一書) 

馑窩が 朱 陸 二 氏 を 調和す る 處、 頗 る 禪宗頓 悟の 說に類 す、 然 れ ども 學問 

の 根柢よ 6 達 觀し來 たれ ば、 兩 者 の 間、 固 よ, 9 融合 一 致して 些の 撞着 を 

も 認めせ ざるな り、 惺 窩其區 々たる 枝 葉. 即 ち 差別の 一 遍に 拘泥せ ず、 更 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

に 之れ を 超脫し て、 其 左右 逢 原、 八" して 一 を 成す 終局の 點 より 工夫 を 着 

け、 以 て 自家の 立脚 點を定 む、 是 れ其 規模の 大 なる 所以な h 、又 寄, 一林 三 郞, 

書に 云く、 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ^、 

先哲- 3: ほ資 素の 近き 所に より て、 數 字 を點出 し て, 入に 示して 警 策 を 

第一 篇 第一 草 藤 原お 窩. S 學說 二 七 



第一 篇 第 一 草 藤^ 惮窩 第三 學說 一一 八 

なす、 各乂 頭の 處卜^ かい、 皆、 おかか^き、^ き か^^ 

f, 、、、、、、、 

陽 明の 良知 等な ら、 

又 馑窩答 問に 云 く、 

© 賢の 千 言 萬 語、 只 人の 理铲 い^^ ひ;^^ わ 、かい^わ^, い^い 

ィ 入る 所 1 ち 一 なり、 且つ 古人 各^い か ^^酸 か.;^^^、 ず 4、4-ト 

の 1 敬. 朱 子の 窮理 ^山の 易簡、 白^か^ ^^^か^かか^", あ 一一^^ 

なる に似て ス處 別なら:!;、 (5 e 

是れ亦 大小 程 子、 朱 子、 象 山、 陽 明 等 を 擧げて 悉く 自家薬籠中の物 となす 

ものに て、 凡 を 吾人の 悟入す べきの 端銥、 必ずしも 一 に拘 はらざる を 意 

味す るな ら、 寄, 一林 一一 一 郞 一書 に 又 云 く、 

』 明 力 詩 一冊、 丘 » が 詩 一 册、 暫く 之れ を留 む、 陽 明文 錄、 僧 三 要が 書 室 

にあら、 是れ よ, CS 先き 借らて 瞥爾 として 過ぎ 了 は る、 云 云, 

又 曰く. 

ひ, p .A A A A A A A A 

陽 明が 詩 洒落 愛すべ し、 



と、 乃 ち 知 る、 馑 窩が陽 明の 詩文 を も 

.Im ら 標榜す るの 故 を 以て 之れ を 接 

末に 至 5、 中 江藤樹 始めて 陽 學を 

詩文 を講讀 せし もの は、 惺 窩 其 人 な 

貫 穿して 之れ を 包容す る の槪 あり 

いふ を 得 ず、 佐 藤ー齋 曰く、 

我 邦 首と して » 洛の舉 を唱 ふるもの を 藤 公 (g ^ I) と なす、 而 して 早 



好ん て 之れ を講讀 し、 朱 子學を 以て 

斥す るの 愚 をな さ ^りし を、 寬 永 の 

唱道す とい ふと 雖 も、 始 めて 陽 明の 

AV き、 g 窩は 此の 如く 宋 明の 諸家 を 

ム厶 <"厶<1厶<|<"<-<3 厶 

し を 以て 純然たる 朱子學 派な ち と 



巳に 朱 陸を幷 取す、 

眞 に 其 言 の 如 し、 然 れ ども 尙ほ 推し 

の 諸家 を 包容す るの みなら ず、 又 殆 

態度 あ り、 其 「柴 立子說 贈,, 粦 上 人,」 の 一 

ほ佛 門に ある 葬 上人に 贈る に擬す 

遊戯なら ず、 試 みに 之れ を 讀 む に、 論 

o〇o〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇 

儒釋の 道、 造 る 所 異ならと 雖 も、 力 

第一 篇 第一 荜 藤 原 惺窩— 第三 ^說 



て 之れ を考 ふる に、 惺 窩は 啻に 宋 明 

厶<1 厶 A 厶 <1 厶厶厶 A 厶厶 △ ム厶 

んど儒 佛ニ敎 を 調和す るかの 如き 

文 は、 已に儒 敎に歸 せる 柴立 子が 尙 

る ものにし て、 稍-遊 戯の 如くに して 

旨 太 だ奇な り、 其 中 謂 へる あ ろ、 云 く、 

〇〇〇o〇〇〇〇〇oco〇o〇 

を 用 ふるの 功、 亦 應に殊 ならざる ベ 

二 九 



第 一 篇 第一^ 膝 原 惺萵! 第三 學說 三 〇 

し 眞にカ を 積む の 久しき に 至り 二 朝 豁然の 境に 造りて は、 則 ち 吾 ® 

の 所, 謂 知 至る にして 而 して 佛 者の 所, 謂 契 悟な り、 

と、 儒 佛ニ敎 が 如何に 相 異の點 を 有する も. 亦 得道の 點に 於て 一 致す る 

所な しとせ ず、 是 れ惺窩 の此に 道破す る 所な ら、 蓋 し 彼れ は 異 中に 就い 

て 其 同 を 把捉す る ものな う、 然 れ ども 若し 其 形式に 就いて 之れ を 論ぜ 

は 、儒 敎 と佛敎 と、 左 支 右 吾、 相 容れ ざる もの あ 6- 、是 故に 惺窩は 儒 弗ニ敎 

の 一 致 を 道破す と雖 も、 巳 に 儒 敎に歸 せる の 後 は、 佛 敎に劐 して 復た何 

等の 同情 を も 表する ことなし、 是れ其 造 る 所 異なる が爲め か、 重 建, 一 和 歌 

浦 菅神廟 1 碑銘に 

列國 侯伯 達官. 唯 有, 佞,, 賣 榻 S; 伊耶 蘇, 者 之 請 張 爲, 幻、 而 未, 聞^, 歩き ^ 

〇 P 〇 〇 〇 〇 〇 

^倫 攸, 敦、 是 之懼、 

と 云 ひ て、 深 く 儒 敎の扳 はざる を慨 し、 又 寄-林 三 郞 一書 に 

佛書は 今日の 急務に あ ら ず、 異 書 は 先哲の 戒 むる 所、 然 れ ども 亦; &の 

「:、r、 广, 、、、 、 、 、 、 、 、 、 、 ヽ 、 

崖 略 を 知ら は 則ち 其 術中に 墮ち ざらん、 



と 云 ひ て、 佛 書 を 攻究す るの 必 要 を 晤 指せ り、 其 佛書を 攻究す るの 必要 

は、. 佛 敎を 尊崇 し、 佛 門に 歸 依す るが 爲 めに 之れ あるに あらず して 、唯,. 佛 

敎 徒の 術中に 陷 るが 如き 不覺を 取ら ざらん が爲 め, に 之れ あるの み、 

其 他 「千 代 もとく さ」 の 中往々 學者を 警 發す るに 足る もの あ り、 因 ,9 て 之 

れを 左に 擧ぐ、 

1 

明 德とは 天よ, 9 分れ 來 て、 我 心と ならて、 S かに も 明かに して、 一 もよ 

乙 しまなる 、ろな く、 天 道に かな ふ^る もの を 明德 とい ふな ら、 天 

よ, 9 生れつきた る ごと く、 此 明德を 明かに みがきたてた る 人 を 聖人 

とい ふな り、 又 人間と 生れ 來て よら 後 に、 人 欲と いふ もの あ り、 欲 心 ふ 

かく 見る 事 聞く 事に まよ ふ もの を い ふな り、 此 人欲 さかむ になれば- 

明德 おとろ へ て、 か たち は 人に し て、 心 はと, 9 けだものに 一 になるな 

ら、 た と へ ば、 明 德は 鏡の 明かなる が 如 し、 人 欲 は 鏡の くもりな ら、 日 令 

^々に 此明德 の 鏡 をみ が、 ざれ ば、 入 欲の 塵つ もらて、 本心 を 失 ふ、 明 

第 一 篇 第一 窣 藤 原惺萵 —第三 夙+說 三 一 



第一 篇 第一 ^ 藤 原 惺萵一 第三 S 三 一 一 

德と 人欲と は. 敵 味方なら、 一 方 かてば、 一 方 は 必ず まくる ものな; リ、 

二 

天の 本心 は、 天 地の 間にある ほどの 物 を さか 之る ゃラ にあ はれみ 給 

ふ な り、 か るが ゆ ゑに 人と な. o て は、 人 に 慈悲 を 施す を 肝要と するな 

ら、 慈 悲を 施す に 次第 あ も、 先 づ 一 門 一 類に よ. ^どこるな き贫 者なら 

ば、 す ゑぐ まても 尋ね 求め て、 之 れ にあ はれみ を 加 へ、 其 後 他人の 親 

も な く、 子 も な く、. た よら もな きもの あら ば、 分 々 に應 3 じて 物 を與" ベ 

し、 天 の 道に は、 次 第の みだれざる を 肝要と するな も 、先 づ 我家の 內、 眷 

S をよ くし て、 其 後國を 治 め, 天 下へ 慈悲 を 施すべきな 々、此 の 如くす 

れば 人の 恨 を 受けぬ ものな ら、 人 に 慈 悲を 施せ ば、 叉 よく 報 あ も 、報 を 

受けん とて 慈悲 をす る は、 慈 悲 にあら ず、 又 富貴なる ものに を與へ 

た る も、 天 の 道に かな は ず、 慈 悲 にあら ず、 

三 

人心 惟危、 道心 惟微、 惟精 惟 一 、允 執,, 其 中; 堯舜禹 の 三 聖人 此 十六 字 を も 



て、 天下 を 治め 給 ふ、 云 云、 此 十 六 字、 萬 世 聖人 心學 の傳授 な, CS 、此 十六 字 

のこ >- ろ は、 人 心と は 人の 心な ら、 道 心と は 天の 心な ら.、 我 &の よじめ 

は、 天 の 心と 一 體な み 、然 れ ども 人と 生れ 來 みて は、 人 心と いふ もの 出 

來る ものな み、 上 智の 人と 雖 も. 人 心 あ み 、又 下 愚の 人と 雖 も、 道 & あ 夂 

此 二つの も の、 人 の 胸中に まじ はらて ある ものな り、 之 れを 治む る ゆ 

ゑ を 知ら ざれ ば、 人 心 主人と な ら、 道 心 被 宫 とな, OV て、 天 理 ほろ ぶるな 

ち、 此 人心と 道心との ふたつの 間 を、 く はしく して 察すべ し. 又 かの 本 

心 を 正しくし て, 胸 中にはな さず して、 I にす る 事す 乙し もた えぬ 間 

なきやう に するとき は、 道 心 主人と な み 、人 心被官 となち て、 天 遝日 令 

に 明かに し て、 天 心に かな ふ、 云 云、 人 心 は 長 じ や す く、 道 6 は ほろ^ や 

す し、 譬 へば、 S ばらから たち はしげ もやす く、 牡 丹芍藥 はさえ やすき 

力 如 く、 惡 人 は 盛んにし て、 善 人 は 稀な も, 四 書 五 經其外 萬 卷の書 を ま 

な ぶ も、 此 十六 字の rJ 、 K: を 知らん 爲 めな り、 筆 にあら は し、 口 に い ひ 

ほどき 難き 妙處ぁ う、 然 れ ども 之れ を 本と して 工夫 をめ ぐら さ ば、 S 

第一 篇. 第一 草 藤 原 惺窩— 第三 學說 三 三 



第一 篇 第一 草 藤 原惺窩 I 第三 ^說 三 ^ 

人の さか ひに も 至る ベ し、 欲 ふ か く、 民 をし へた げ、 人 をたら し、 財 寶 t 

集む る 事、 人 心 の 長上な ら、 又 物 知, 5 と 人に 言 はれん と 思 ふ も 人 心 な 

ら、 只 心 をみ が ゝん爲 めの 學 問な ら、 叉 藝 能に すぐれ て、 人 に譽 めら れ 

んと思 ふ も、 人 心 な も、 我 職 をみ がくは 道な り、 武 道 を はげみ て、 名 を 高 

うせんと 思 ふ も、 人 心 な ら、 ま して 所領 を 受けん などく 思 ひて する^ 

、, , 、 ,•〇〇〇〇〇〇 o〇〇o〇 つ 〇〇〇〇〇〇 

んは 更に 沙汰に も 及ばす た^ 君の 爲 めに いのち を捨 つる 事. 道 な 6, 

と 思 ふ ベ し、 鳥 頹 畜 類 だに も、 其 役々 はっとむ るなら ひな ら、 人 とな ,5 

て 鳥に だ も 若かざる ベ けん や、 叉 我家のう ち を も齊へ ず、 眷 屬の 末々 

の 貧しき を もみ つがず し て、 他 人に 物 を與 ふる も、 人 > ひ な. 9 二 類な 6V 

と も、 富 貴なる 人に たから を 與 ふべ から ず、 他 人の 貧しき 人 を 葸むを 

仁と いふなち、 

其 他 「千 代 もとく さ」 の 中に 儒敎と 神道と を 調和し て、 其 契合 一 致 を 論ぜ 

、其 言 に 云く、 . 

C O OPO, 〇、〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇 c 〇〇〇o〇〇〇〇 o 

日本の;! 道 も 我心 を^ どし うし て、 萬 民 を あはれ み、 慈 悲を 施す を S 



つ 000 oooo 00 po 0c,0o0、9 9o。 

意 と し、 堯 舜の道 も rJ れを 極意と するな, OV もろこし にて は 儒道と V 

o 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇、 

; 3、 日 本に て は 神道と い ふ、 名 はか は ら、 心 は 一 つな, 9 

厶- 厶厶厶 厶厶厶 △ 厶厶 <1 厶厶 厶厶厶 <"厶ム、 

此れに 由ら て 之 を觀れ ば、 g 窩 は、 啻 に 儒 佛ニ敎 を 調和せ しのみ ならず 

<5<"厶<<"厶厶<!<1<3<3<3厶厶厶厶厶厶厶厶厶厶厶厶,,-厶ム<"」厶.,^-^ 

又 神 儒 ニ敎を 調和 し、 區 々たる 畛域を 超脫 して 一 切 を 融合せ る 博大の 

見解 を 有せる 者の 如 し、 彼 れに 就いて 尙ほー つの 注意すべき 乙と あ,^ 

何 ど や、 彼 れ 巳に 佛敎 よら 轉 じて 儒 敎に歸 すと 雖 も、 因 果應 報の 說の如 

き は、 依 然として 佛敎の をれ を 維持す る ものに 似 ^も、 「千 代 もとく さ」 の 

中に 謂へ る あ ら、 云 く、 

惡入 なれ ども、 一 代の 富貴に さかえた る あ ,9、 善 人 なれ ど も、 貧 しき も 

の あ ら、 之 れ にこ 、ろ 二つ あ ら、 先 祖の人 善人に て. 慈 悲を施 し、 人 を 

みぬれ ば、 其 子孫 惡人 なれ ど も、 榮 える 事 あ ケ又 吉日 良 辰に 生れ て、 富 

貴なる もの あ り、 然 れ ども 其 人惡人 なれば、 一 代 か、 又 子孫に むくい、 ほ 

ス ぶるな ,9、 夏 の 桀 、般 の 紂 王、 日 本に て賴 朝、 又 は 明 智日 向 守が たぐ ひ 

の 如 し、 又 惡日 にうまれ て 貧 人 あ.^、 

第一 篇 第一 草 藤 原 惺窩— 第三 夙 i 三 五 



第一 篇 第一 草 藤 原惺窩 I 第三 s H 六 

彼れ は 又 別に 「五 事 之 難」 を 論 じ て、 其 中に 亦 因果 應 報の 理を 叙述せ .0、 其 

五 事と いふ は 一 に 天道、 二に 災難、 三に 因果、 四に 有, 一正 直而 貧賤 者; 有, 一 邪曲 

而 富 貴 者; 五 に 惡人之 榮、 是 れ なう、 彼れ 有-正 直而 貧賤 者; 有,, 邪 曲 而 富 貴 者; 

を 論じて 曰く、 

凡そ 正直なる も の、 義 に 近 づ く、 故 に 常に 己れ に 羞づる を 知ら て、 而 し 

て 未だ 利に 定るを 知ら ず、 是 を 以て 必ず 富 ま ず、 邪 曲なる も の、 欲 に 溺 

る、 故 に 日.^ 汚穢に 處らて 利に 放つ、 是 故に 必ず 富む、 

と、 尙 ほ 舜の聖 にして 富む は、 氣 の 通 正なる を 得 て、 吉星 の 運に 乘ず とし、 

跡. の 邪に して 富む は、 吉 星の 運に 乘 ずと 雖 灸氣 の 偏 塞なる を 得と せみ、 

其 思想の 幼穉 なる、 今更に 論ずる 迄 もな きこと なち、 歌集の 末に 敎訓の 

書 一 篇 を附载 す、 凡 を 十 章 あ, CN 、一 に 君臣の 事、 二に 父子の 事、 三 に 夫婦の 

事、 四 に 兄弟の 事、 五 に 朋友の 事、 六 に 嫡子 庶子の 事、 七 に 女子の 事、 八に 妾 

婦 の 事、 九 に 交 隣國の 事、 十 に隱 居の 事、 今 之れ を 一 讀 する に、 別 に 何等の 

卓見 もな し、 然 れ ども^' 易に 儒 敎の旨 意 を 叙述せ も、 當 寺に あ, CN てよ 有 



一 益の 書な, 9 しなら ん、 此 書 は 惺窩が 後陽成 帝の 命 を 奉じて 之れ を 著 は 

一 し、 謹 んで闕 下に 献上せ しもの な 3、 一 說に此 書の 旨 意 は 幕府の 大老 本 

多 正 信の 實行 する 所と な ら、 當 時の 政治 上に 影響 す る所少 から ざ.^ し 

とい ふ、 

惺窩又 門人 吉田貞 順の 爲 めに、 舟 中 規約 を 作 る、 其 文 左の 如 し、 云 く、 

o〇〇r>rI 〇〇〇〇〇〇 00 0000 30 〇〇〇、、、、、 

一 凡 回 易之 事 者、 通,, 有 無 一而 以 利,, 人 己 一 也、 非,, 損乂 而 益, 己 矣、 共. 利 者 雖, 小 

還, 大 也、 不, 共 "利 者 雖, 大 還, 小 也、 所, 謂 利者義 之嘉會 也、 故 曰、 貪 賈 五. 之、 簾 賈 

\ 三, 之、 思, 焉、 

\ ooooooooooooooooooooooooooo 

1 異域 之 於 = 我 國: 風 俗 言 語 雖 ,異 、其 天賦 之 理、 未, 甞 不, 同、 忘,, 其 同, 怪,, 其 異; 

j 〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇o〇ooo〇〇〇o〇〇o〇〇oo〇o 

莫,, 少 欺詐慢 罵; 彼 且 &不, 知乏、 我 豈 不. 知. 之 哉、 信 及, 一 豚 魚; 機 見 一一 海 鷗; 惟 天 不 

一 oo©@©®@©® 〇〇〇o〇〇o〇〇c〇〇〇o〇〇〇〇〇o 

,容,僞 、欽 不. 可, 辱,, 我 國 俗; 若 見:, 他 仁人 君 子; 則 如,, 父 師 1 敬. 之、 以 問:, 其 國 之 禁 諱; 

j O O C 〇 〇 〇 〇 

而 從, i 其 國之 風敎; 

o oooooooooooooooooooooooooo 

1 上 堪下輿 之 間、 民 胞物與 、一 視 同仁、 况同國 人 乎 哉、 况同 舟人 乎 哉 、有。 

j oooo〇〇〇o〇〇〇〇c〇o 

一 患難 疾病 凍 鞍; 則 同 救: 焉、 莫 .欲,, 苟 獨 脫; 

第 1 篇 第一 草 藤 原 惺窩— 第三 學說 三 七 



第一 篇 第一章 藤 原 惺窩— 第三 學說 三 八 

o〇 〇〇〇〇〇〇 

一 狂瀾 怒 讒 雖. 險 也、 還 不き人 欲 之 溺^、 が 1 1> PS ^ z t 

〇, o c o o o o o 〇〇〇〇oooo〇〇〇〇o〇〇〇〇o ODD 

處 同 %」 者 相 共 匡正 而 誡乏、 古 人 云、 畏 途 在お 席 飮 食 之 間; 其 然 也^ ザ 

〇 〇 〇 

禾, 愼 哉、 

1 琐碎之 事 記,, 於 別 錄; a 夜 置& 右, 以 鑑 焉、 

是れ 海外 賀 易の 爲 めに 極めて 適切なる 舟 中 規約に し て、 其 中 又陧窩 

宏量雅 懷をも 窺 ふべ きもの あるな り、 殊 に 其 「凡 そ 回 易の 事 は 有, 群 を^ 

じ て、 以 て 人 己 を 利す るな り.、 人 を 損じて 己れ を 益す るに あら ず〕 云 云 と 

云へ るが 如 き、 言 簡 な,^ と雖 も. 貿 易 本來の 趣意 を 道破し て、^ た餘 i あ 

る な し、 又 其 「少 しも 欺詐慢 罵す る こと 莫 れ」 云 云" 「惟れ 天、 偽 を容れ ず、 欽 ん 

て 我 國俗を 辱む ベ から ず」 と 云 へ るが 如 き、 賀 易 上 最も 顧慮すべき 點に 

し て、 今 日と 雖 も、 寸 毫も 異なる 所 あるに あら ず、 信 用は貿 g の 際、 些 の ® 

偽 を 交 へ H- るに よもて 得らる 、ものな ら、 然 るに 我 邦の 商人に し て、 外 

國と賀 易 をな す も の、 之 れを知 らず、 ft! 虛 偽の 行爲ぁ り 、是 を 以て 露 ra= を 

失 ひ、 我 邦の 品位 を 傷づ くる N> と實に 少しと せ ず、 惺 窩 の 言-, 一 投賀易 商 



に 適切な りと いふべ し、 又 其 「上 堪下 輿の 間、 民 胞物與 、一 視同 仁」 と 云へ る 

が 如 き、 四 海 同胞の 旨 意 を聲明 し、 人 道 博愛の 精神 を說 示す る ものと 見 

る を 得べ し、 又 其 「到 る 處道を 同う する も の、 相 共に 匡し 正う して 之れ を 

誡 め よ」 と い へる が 如き も、 舟 中の 規約と して 無 かるべ から ざ § 所 な え 

貞順は 安 南と 通商せ る も の、 故 に此舟 中の 規約 あ り、 貞 順が 事 は 門人の 

條に詳 なち、 



第一 篇 第一章 藤 原 惺窩— 第三 璺說 ^九 



夫 A 甞 

れ么 て 
道 A 人 



第 一 篇 第一章 藤 原馑窩 —第 s: 惺窩 門人 . 四 〇 

第 四 惺窩 門人 

林 羅 山、 名 は 忠、 其 事蹟 は 後に 出 だ す、 羅 山の 惺窩 先生 行状に よれ ば、 惺 窩 

に 語げ て 曰く、 「近 時 皆 驢鳴犬 吠な り、 故 に 久しく 筆硏 を廢 す、 ゲ 

^卜 厶 、-厶 A A 厶 △ △ 厶 厶 厶 厶 <, 厶 厶 A ^ 厶 厶 

春 は予を 起す も の、 韓 山の 片 石、 共 に 語る ベ き のみ,」 と、 乃 ち羅山 

が惺窩 門の 高足 弟子と して 深く 屬 望せられ しこ と、 推 して 知るべき 

な 6, 

松 永 尺 五、 名 は 遐 年、 字 は 昌 三. 小 字 は昌三 郞、 尺 五と 號 し、 又 講習 堂と 號 す、. 

平安の 人、 六 十六 歲 にして 家塾 に 卒す、 或 は 明曆 元年と し、 或 は 明曆三 

と す、 未 だ 其 何れ か是 なる を 知 ら ず、 門 人 木 下 順 菴、 宇 都 宮遯菴 等 あ 

り、 尺 五の 事蹟 は 先哲 叢談 卷 二に 出づ、 

那波活 所、 名 は 觚、 字 は 道 圓, 播 磨 の < 正 保 五 年 を 以て 歿 す、 享 年 五十 四、 

堀 杏 菴、 名 は 正 意、 字 は 敬 夫、 杏 菴と號 し、 又 杏 隱と號 す、 近 江 の 人、 當 時林羅 

山、 松 永 尺 五、 及 び 那波活 所と 倶に 惺窩 門の 四天王と 稱 す、 杏 ^よ 儒 こ 



して 醫を兼 ぬ、 甞 て 尾 張 侯に 仕 ふ、 寬 永 十九 年 十 一 月廿 五日 を 以て 歿 

す、 年 五 十 八、 芝 切通 金 地 院に葬 る、 物 徂 徠 が 「奥,, 屈 景 山 1 書」 に 云 く、 

余 不佞髫 年の 時、 之 れを 先大 夫に 聞 く、, し洛 に惺窩 先生なる もの 

あ -5、 其 高 第 弟子 羅山活 所 諸 公の 若き もの 五 人、 名、 海 內に聞 ゆ、 皆 務 

めて 辨博を 以て 相 高ぶ る、 而 して 屈 先生 は、 獨 り a 厚の 長者た り、 乃 

ち 四 人の 間に 訑 然として 返 讓 自ら 將き ゆ、 名 の 高き を 求め ず、 其 柬 

都に 來た る、 先大夫 亦甞て 一 二 接見す と 云 ふ、 夫れ 儒者 顧々, 古 よら 

然, CN とな す、 而 るに 乃ち 能く 爾るも の. 千 百 人中 一 人 のみ、 (徂 徠集卷 

之廿 七)、 

と、 乃 ち 杏菴が 謙讓の 人た, 9 し を 知るべきな ら、 杏 菴 二子 あ え 長、 名 は 

正 英、 立 菴と號 し、 安 藝に 仕へ 、次、 名 は 道 鄰、 尾 張に 仕 ふ、 立 菴 二子 あ り、 玄 

達と い ひ、 正 朴と S ふ、 支 達の 子 を 正 超と い ふ、 正 超 字 は 君 燕、 景 山と 號 

す、 徂 徠と仝 時代の 人に して 學名ぁ 5、 正 朴、 木 下 順菴の 女を娶 りて 正 

修を生 む、 正 修字は 身 之、 習 齋と號 し、 又 南 湖と 號 す、 名 聲景 山と 相對す • 

第一 篇 第一 窣 藤 屎惺萵 第 四— 惺窩 門人 四 1 



第 一 篇 第一 窣 藤 原惺窩 第 四— 惺窩 門人 四 一一 

其 系圖 左の 如し、 



「正英 

堀 杏 菴— 



-玄 達— 正 超 

-正朴 —正修 

-道鄰 

今 第一 高等 學 校の 敎授堀 鉞之丞 とい ふ 人 あら、 是れ杏 菴の遠 裔なケ 

杏菴が 事蹟 は 曰 本 古今 人物 志 〔卷 五〕 先哲 叢談 〔卷之 二〕 皇國 名醫傳 〔卷之 

上〕 及び 近世 叢 語 S 之 四〕 に 見 ゆ、 

菅得菴 、名 は 玄同、 字 は 子德、 得 菴と號 し、 又 生白 室と 號す、 播 磨の 人、 得菴、 四 

天 王の 中に 入らず と雖 も、 亦 之れ に 次いて 有名なる ものな み、 先哲 叢 

談 〔卷之 n に 「惺窩 高 第弟ぞ がギ 鲈^^ ニー ぎ」 とい ふ を 以て 之れ を 知る 

へし、 寬永五 年 六月 十四 日、 家 人 皆 出で、、 紙 園の 祭典お 觀 る、 得 菴獨も 

家に あみて 書を讀 み、 覺 えず 微睡す、 弟子 安田 安昌と い ふ もの、 潜 こ, * 

プら て、 之^ を 刺し殺す、 時に 年 四十 八、 得菴. 惺窩績 集 を 編輯せ る もの. 

. 林 羅山其 碑銘 を 作る、 羅山 文集 〔卷第 四十 三〕 に 見 ゆ、 叉 其 事蹟 は 日本 古 



今人 物 志 〔卷 五〕 及 び 先哲 叢談 〔卷之 二に 見 ゆ、 

三 宅 寄, 齋、 名 は 島、 字 は 亡 羊、 寄 齋 は其號 なら、 又 江 南 野 水 翁と 號 す、 通 稱 は 

玄 蕃、 和 泉の 人、 先哲 叢談 後 編 〔卷 之 一 〕 に 「其 學 無-常 師 _」 と い へ ら、 然 れ ど も、 

古今 人物 史 に 「s„ 事 惺 窩 先生 1」 と あ ら、 故 に 今 之れ によ る、 寄 齋天正 八 年 

正月 元日 を 以て 生 れ、 慶 安二 年 六月 十八 曰 を 以て 歿 す、 享 年 七 十、 洛 北 

の 鷹 峯に葬 る、 寄 齋、 男 な し、 乃 ち 門人 合 田 道 乙 を 養 ふて 以て 子と なし、 

女 を 以て 之れ に 妻 は す.、 道 乙 名 は 子 燕、 鞏 革 齋と號 す、 寄 齋が 事蹟 は 日 

本 古今 人物 史 〔卷 之 五〕 先哲 叢談 後 編 〔卷 之 一〕 及び 近世 叢 語 〔卷 之 七」 に 見 

ゆ、 

石 川 丈 山, 名 は 凹、 初 の 名 は 重 之、 字 は 丈 山、 俗 稱は三 彌、 後 に嘉 右衛門と い 

ふ、 號 は 種々 あ り、 或 は 六々 山人と いひ. 四 明 山人と い ふ、 其 他 凹凸 窠、 大 

拙、 烏 鱗 等 皆 其 別號な ら、 三 河の 人な ,9、 武 人の 家に 生 れ、 少 壯 にして 勇 

氣 あ ら、 元 和 元年 大 坂の 役に あ ぇ獨 ,9 竊に 陣營を 出て - ^敵 の 首 を 斬 

りて 二級 を 得た り、 然 れ ども 其 軍令 を 犯す を 以て 黜 けら る、 後 敫 山の 

第一 篇 第一章 藤 原 惺窩— 第 四 惺窩 門人 四 三 



第一 篇 第一章 藤 原 惺窩— 第 四 惺窩 門人 四 四 

西 麓 一 乘寺 村に 隱 れ、 翰 墨 を 以て 自ら 娛 む、 甞 て漢晋 よる 唐宋に 至る 

^で 能 詩の もの 三十 六 人 を 選び、 書 ェ狩野 守 信 (講 きを して 其 像 を 寫 

さ し め、 自 ら其詩 各 ニ^ を錄 し、 之 れを其 居る 所の 堂に 揭 げ、 號 して 詩 

仙 堂と い ふ、 顯 官鉅 公に して 來訪 する もの あれ ば、 彼 れ 悉 く 之 を 謝絕 

し、 唯 > 林羅 山、 堀 杏 巷、 野 間 三 竹、 僧 元 政 及び 明の 陳元贊 の 徒と 相 交 は る、 

後水尾 帝 屢 i 之れ を徵 せど も、 固 く辭 して 出で ず、 和 歌 一 首 を 作らて 其 

志 を 述 ぶ、 云 く、 

涉らじ な、 瀨 見の 小川 の、 淺 く と も、 老 の 波 そ ふ、 影 ぞ恥づ か し、 

又甞て 富士山の 詩 を 作 る、 云 く、 

仙 客 來遊雲 外巔、 神 龍 栖老洞 中、 淵、 雪 如,, 紈素, まぎぎ、 2n,l ぎ が ^ ザ、 

是れ 人口に 膾炙す る 所な も、 耍 す る に、 彼 れは 詩人な ら、 汲 ふとして 經 

義を 攻究す るが 如き 學究 にあらざる な ら、 寬 文 十二 年 五月 廿三 a: を 

以て 歿す、 享年 九十、 洛 北の 一 乘 寺に 葬る、 丈 山 妻妾 を 置かず、 故に 嗣子 

な し、 著 はす 所 覆醬集 三 卷、 覆 欝 全集 廿四卷 等 あ み 、其 事 蹟 は、 先 哲 叢談 



〔卷之 二〕 近世 叢 語 g 之 四〕 先 哲 像 傳 〔卷 二 隱逸全 傳 〔卷 下〕 及 び 事 實 文 編 S 

之 十二〕 等に 見 ゆ、 

\ 吉田 素菴、 名は貞 順、 一 の、 名は玄 之、 字 は 子 元 (i き は, I れ^る) 通 稱は與 市、 

I すみの ぐら 

素菴は 其號な ゥ、 洛 西嵯 蛾の 角 倉に 居 る、 故 に 世人 角 倉 氏 を 以て 之れ 

を 呼 ぶ、 有 名なる^ 倉 了以の 子に し て、 ェ 業に 功 あ ら、 又 商船 を 安 南に 

遣して 彼れ と 貿易 をな せ り、 是 れ惺窩 が、 爲 めに 舟 中 規約 を 作る 所以 

な り、 素 菴詩を 作 に 歌 を 詠 じ、 書 を 能く し、 其 風流 以て 一 時 を 推 倒す る 

、 ヽ 、 、 ヽ 、 、 、 、 r ヽ 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ヽ 、 、 、 、?, 、厶. -A A 

に 足れ ら、 彼 れ又惺 窩に從 つて 經史を 研究 し、 又 羅 山と 相識る 慶長九 

厶厶厶 厶ハ 厶 厶厶<3厶厶<3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶< 厶厶厶 厶、, ,-fJ,J;> 

年 三月 始めて 羅山を 惺窩に 紹介せ しもの は、 實 に 彼れ な, 9 惺窩 文集 

及び 羅山 文集に 所』 S 田 玄 之、 是 れ な り、 惺 窩 常 ^ 言 ふ、 素 菴道を 信ずる 

の 篤 き、 企 及すべからず と、 以 て 其 人物 性行 を 察知すべきな ら、 素 菴 又 

史 記 評 林 を 得て、 始めて 之れ を飜 刻せ, 9、 世稱 して 之れ を 嗟峨 本と い 

ふ、 著 はす 所 藤 原系圖 一 卷、 武 家系 圖三卷 あ り、 其 事蹟 は 先哲 叢談 續編 

_ 〔卷之 二に 出づ、 

第 一 篇 第一 草 藤 原 惺窩— 第 四 惺窩 門人 四 五 



第 Uci 第一 窣 膝^ 惺窩- —第五 惺萵關 係 書類 四 六 

一 第五 惺窩關 係 書 類 

惺窩 先生 行 狀林羅 山 撰 _ 

惺窩 文集の 卷 首に 收载せ 纟、 

惺窩 先生 系譜 畧藤 原爲經 m 

藤 原 爲經の 編輯に 係る 惺窩 文集の 首卷 に收载 せ.^ 

本朝 儒宗 傳 〔卷 之 下〕 S 正 純 巨 正德編 

先哲 叢 談 〔卷 之 一 〕 

! 近世 叢 語 〔卷之 二〕 

\ 先哲 像 傳 〔卷 一 〕 

一 大日 本 史料 原稿 

口 本詩史 〔卷之 三〕 江 H 北诲 

古今 諸家 人物 志釋 萬 菴蹵 

一 日本 諸家 人物 志 



儒 林 姓名 錄 永お 原輯 

學問 源流 那波管 堂 著 

近世 大儒 列 傳 〔上 卷〕 內 藤 燥 聚^ 

望 海每談 , 

爭 お ナ き 口 

漢 學 紀 源 〔卷 四 j 伊 地 知 季安撰 

儒 林 傳潞井 太 室 著 

斯文 源流 河 ロ靜齋 著 

擧白集 

扶桑 拾 葉 集 

羅. H 文集 

梅 村 載 筆 

老人 雜話 

明 良洪範 〔卷之 二 

第一 篇 第一 窣 藤 原 惮窩 ー 第五 ^萵關 係 書 ® 



七 



^ 第 一 fj 笫ー窣 藤 原 惺窩. —第五 惺萵關 係書顓 

^ 茅 窓漫錄 

\ 野 史 〔第 二百 五十一 卷〕 

\ 事實文 編 〔卷 之 七〕 

™ 前 橋 舊藏聞 書 

日本 名家 人名 詳傳 〔下〕 

一 大日 本人 名辭書 

鹿兒島 外史 

一 近代 名 家 著述 目錄 

一 慶 長以來 諸家 著述 目録 

~, 墨 水 一滴 稻葉 默齋著 



八 



像 ff 之 山羅林 




I 第二 章 林羅山 

一 第一 事蹟 

一 德川氏 三百 年間の 敎育 主義 を 一定して 朱子學 となし、 もの は、 林羅山 

な ,9、 羅 山. 名 は忠、 一 の 名 は 信 勝、 字 は 子 信、 又 三 郞と稱 す、 幼 名 は 菊 松 丸、 お 

髮 して 道 春と 稱 す、 羅 山 は 其 號 な り、 又 浮 山、 羅 洞、 四 維 山 長 等の 別號ぁ 6、 

其 先 は 藤 原 氏の 餘流 にして、 加賀の 士族 たり、 後、 紀 伊に 移る、 祖父 を 正 勝 

: と い ふ、 三 子 あ り、 長 を吉 勝と い ひ、 次 を 信 時と い ひ、 少 を 周 堅と い <羅 山 

一 は 信 時の 子に して 母 は 田 中 氏な り 、正 勝 歿する 時 三 子尙ほ 幼な り、 乃 ち 

一 母、 に從 つて 大 坂に 移 ら、 後、 京 師に 到って 住 す、 羅 山 天 正 十 一 年 八月 を以 

一 て 京師の 四條新 町に 生ま る、 幼 にして 神彩秀 徹、 常 人 

\ の 及ぶ 所に あら ず、 年 甫め 十三に して 書 を 建 仁 寺に 

讀 み、 夙 夜孜々 として 怠ら ず、 造 詣 巳に 侮る ベ から ざ 

る もの あ ら、 當 時の 禪僧 にして 世に 名 ある も の、 疑 義 一 

第 一 篇 第二 窣 林羅 山— 第 一 事贐 



(ィ) 先 哲 叢談 及び 

近 世 叢 語に は 十 

四と すわ ども、 行 

狀及 ^ 年譜 に よ 

る LL 十三な リ、 故 

今 之れ L1 從ふ、 

四 九 



第一 篇 第二 草 林羅山 —第一 事^ 五 〇 

あ れ ば、 乃 ち 之れ を羅 山に 問 ひ、 得 る 所 少しと せ ず、 是 に 於て か 「多 智 文殊 

の 如 し」 の 評 あ ら、 彼 等 以 爲 く、 若 し此 人に して 佛 門に 入ら ば、 必 ず 善 智識 

となるべし と、 因 みて 勸む るに 出家 を 以て す、 然 れ ども 羅 山肯ぜ す、 竟 に 

去りて 家に 歸 も、 復 た 寺 門に 入ら ず、 誓 つて 曰く、 

9;o-2-9 〇』〇、〇-〇 o 〇 〇 o 〇 〇 〇 〇 o o o o 〇 〇 o 〇 〇 〇 

余れ 何 ぞ 釋 氏に 入う 父母の 恩を棄 てん や、 且 つ 後 な き も の は、 不 孝 の 

〇〇〇〇〇〇〇〇 oooo 

大 なるな ら、 必 ず 之れ をせ ず、 

是れ よら 遍く書 を 四方に 求 め、 得 るに 從 つて 之れ を 攻究 し、 學 業 漸く 進 

み、 遂 に 眼を宋 儒の 書 に 著 け て、 精 を 四書 六 經に專 にす る を 得た ヶ. 眷 て 

言 ふ、 

2,- QJis/p 9 ノ?, J 0^0 9 00 00 0000000000000 

. 漢唐 ぉ來の 文字 皆 原 づく所 あ り、 推 して 之れ を究 むれ ば、 大 要、 六 經 に 

PO 、〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇 00000300 

歸す 唯ノハ 經の文 字, 原 づく 所な し、 道 固よ, 9 此 にあ, cx、 

叉 言 ふ、 

冗 2 -?、 2,-9VQ o 0- o o o、o o o- o o o o o o o o o o o o o. 

後世 能く 六 經の旨 を 得る もの、 唯 > 程 朱の 學ぁ ,9、 今 日 異端 外 說、 又 之 れ 

力 P , タ, o o o . o o o o c o o o o o o 

を 塞 塞す 是れ 力めて 闢 かざるべからず、 



と、 一 意洛閩 の學を 興す を 以て 己れ が とな し、 十 八歲の S; 已に宋 g ゆ 

學を講 じ、 以 て 徒弟 を敎 ふ、 當 時淸原 家の 儒者の 四書 を 講ず る やぼ >大 學 

中庸の み、 朱 子の 章句 を 用 ひ、 論 孟の 如き は、 倚 ほ 何 晏趙岐 の 註、 皇 侃邢 罱 

の 疏を用 ひ て、 未 だ 朱 子の 集註 を 取ら ず、 五 經 は、 僅 に淺 唐の 註疏 を 窺 ふ 

の み、 然 るに 羅山 之れ に拘 はらず 宋 儒の 學を講 じ、 論 註 を !5 ふる を 

以て 人 其 新奇 を 喜 び、 來 り 聽 くもの 席に 滿っ、 是に 於て か 淸原秀 K 其 才 

を总ん で、 奏 して 曰く、 

古 よら. 勅許な けれ ば、 書 を 講ずろ Z と 能 は ず、 廷 臣だも 猶ほ然 ,9 、况ん 

や 俗士に 於て を や、 請 ふ 之れ を 罪せん、 

是れ學 問 を壟斷 せんと 欲する の 意に し て、 其 量 の狹少 な る、 豆 を 容 る 、 

の 餘地だ もな し、 秀 賢 が 言、 遂 に 家 康に聞 ゆ、 家 康 莞 爾 として 哂 つて 曰 く、 

0000 00000030 000000 

各,. 其 好 む 所に 從ふべ し、 何 ど 告訴の 淺卑 なるや、 

と、 却 て 羅山を 以て 見る 所 あらとな す、 是 に 於て 秀 賢 口 を S む、 因 ら て羅 

山 s> 力 を 講學に 用 ふる を 得な り、 時 に 藤原惺 窩, 洛 北に 隱れて 程 朱の 學 

第 一 篇 第二 草 林 羅山— 第一 事蹟 



桀ー篇 第二 窣 林羅 山— 第一 事蹚 五 II 

t 唱 道 す と 聞 き、 景 慕 巳む こと 能 は ず、 慶 長 九 年 羅山年 二十 二、 惺窩の 門 

人 吉田玄 之 を 介して 惺 窩に謁 し、 始 めて 門人と な る、 惺 窩 乃ち 羅 山に 深 

衣 道 服 を 與 ふ、 羅 山是れ よら 深 衣 を 著け て 書 を 講 じ、 疑 問の 點を 擧げて 

之れ を « 窩 に 問 ふ、 惺 窩 之れ か批答 をな し、 是れを 惺窩答 問と な す、 载 せ 

て羅山 文集 卷 第三 十二 及び 第三 十 三 にあえ 惺窩甞 て 人に 語らて 曰く、 

怜悧の もの 多く 世に あれ ど も、 志 を 立つ る もの は 寡 し、 我 れ 啻に 信 勝 

GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 〇〇 

が利智 を嘉 する のみなら ず、 又 其 志を嘉 するな ,9、 近 時 皆 驢嗚犬 吠な 

〇〇〇〇o〇〇〇〇ooo〇o〇〇〇〇〇o〇oo 〇 

り 故に 久しく 筆 硯を廢 す、 彼 れは 夫れ 予れを 起す もの か, 

惺窩 乃ち 羅山を 以て 高足と な し、 傾 倒惜ま ず、 稱 して 林 秀才と い へ り、 其 

後 幾 もな く 幕府 羅山 を聘し て、 以 て 顧問に 備 ふ、 羅 山祝髮 して 道 奢と 稱 

す、 時 に 年 二十 有 五、 後、 四 十七 歲の時 に 至,^ て 弟 永 喜と 與に法 印の 位に 

叙 せら れ、 民 部 卿 法 印と なれ り、 中 江 藤. 樹 曾て 林 子 剃髮受 位辨を 作らて 

大に 之れ を 非議せ え 曰く 

林道 春 は 記 性顥敏 にし て、 博 物洽 聞な み、 而 して 儒者の 道を說 き、 徒 に 



其 口 を 飾 ら、 佛 氏の 法に 

、、、、、、、、 、-、 

ら ず、 正 路を舍 て.、 由ら 

、、、、、、、、、 

ら眞 儒と S するな,^ 

又 曰く、 

己巳の 除 夕に 之れ に 賜 

、、、、、、、、、、 

を 受けて 以て 榮幸 とす 

厶厶 厶厶厶 

以て 其 非 を 飾 ,9、 而 し て 

又 曰く、 

、、、、、、 

夫れ 林 氏の 剃 

、、、、、、 

從ふ にあら ざ 



效 ふ て、 妄 もに 其髮 

、厶 厶厶厶 ム厶厶 

ず、 朱 子 の 所, 謂 能 く 



ふ 



fts 、安 宅を曠 

厶厶厶 厶 △ 

の 鸚鵡なら- 



ふに 沙門の 位を以 

、、* 厶厶 A 厶 し 

る な り、 而 して 世の 

厶厶厶 厶厶厶 

其惡を 成せら、 



髮は 

、 、 

る な 



o o o o o o 

を附し て、 自 ら 

〇 o 〇 〇 〇 

窖 勝げ て 言 ふ 



〇 o 

欺 き 

o o 

ベ か 



佛者 

も、 言 

〇 〇 

人 を 

o o 

ら ず 



〇 

を 



〇 〇 o o 〇 

に 斷髮の 櫂、 

Cj o o o o 

ひ、 仁 義 を 



にあら ざれ ば、 則 ち 

、、 •、、、、、 

はずして 知るべし 

〇〇〇〇〇〇 oo 

欺 く、 其 世 を 惑 はし 

△ 厶厶 <"<3 厶厶 △ 

^れを 小人に 譬ふ 

△ 厶ム厶 

くなる ガ 

其 首 極めて 酷辣 なりと 雖 も、 羅 山の 甘受せ ざる を 得ざる 所な 

第一 篇 第二 草 林羅 山〜 第一 事^ 五三 



〇 

、而 

、民 

る 



うして 居 

、 、 、 、 

而 して Q 



,林 氏 兄弟 の 

を盧る や, 文 



も の、 之れ 

A 厶ム A 

を 作, OS て 



形 を假る の 徒な 



ら、 我 俗 に 

o c o o 

卿 服の 義 

o o o o 

充 塞 す、 其 



に 猶ほ穿 薪の 盜のご と 

ら、 然れど 



第 Ifl 第二 窣 林羅 山— 第一 事蹟 五 a 

も 羅山は 幕府 創業の 際 に 當 り て、 極 めて 存 用の 人物なら き、 彼 れ學 問^ 

博に し て、 且 つ 詩文の 才 ある を 以て 律 <p の 制、 官 府の書 は 勿 論、 宗 廟 祭 

の 典よ ら異國 交際の 事 に 至 る ま で、 大 抵參預 して 規畫せ ざ る は な し、 或 

は 彼れ を 以て 漢の叔 孫 通 に 擬 す る もの 亦以 ありと いふべき な も、 明 

三年 正月 十七 日、 羅 山 例に よ, 9 て 紅葉 山に 詣 し、 柬 照 公の 廟を拜 す、 家 に 

還ち て氣 宇 常 な ら ず、 十 八日 江 戶 大火 あ み、 春 が 家、 火 災に罹 ,c /書 * 蜀 

ら存 す、 翌十 九日 江戶叉 火 あ, 0.、 城下 大半 火災に 逄ひ、 羅 山の 家 も 亦爲有 

と な る、 羅 山 遁れて 別墅に 赴く と き、 輿 中携 ふる 所、 唯 > 朱 を 點 する 所の 梁 

書. 一 冊の み、 羅 山晚年 二十 一 史全部 を 首 よら 尾に 至る まで 卷を逐 ふて 

朱を點 せんと 欲 し、 已 に 晋 書、 宋 書、 南 齊 書 を 覽 て 共に 朱 を 點し了 は ム、 方 

に 梁 害 を 讀んで 半 を 過ぐ る 比 に、 火 炎々 として 起 る、 時 に羅 山な ま 麝^ 

して 朱を點 す、 事已に 急なる に 及んで、 春 齋春德 の 二子 保護し 一て 之れ を 

出 だ す、 羅 山 巳に 野墅に 至る に 及んで 尙 ほ以爲 く、 獨 ftN 銅 庫 は 堅牢 な り、 

必ず.^^ を 免れん と、 旣 にして 是れ 亦已に 焦土と なれる を 聞 き、 S じ て 



曰く 

多年の 精力、 一 時に 盡く、 嗚呼 命なら, . 一.. 

と、 終 夜 嘆息 し、 胸 塞 ら、 氣 鬱 し、 遂 に 病に 臥し、 二十 三日に 至. cs て 簀を易 ふ、 

時に 年 七十 五、 私に 諡 して 文敏 先生と いふ 、子孫 家 學を繼 ぐ、 門人 亦 少し 

とせず、 人 見卜幽 軒、 仝 鶴 山 0- 1 は y 永 田 善齋、 那波木 菊. 坂 井 伐木、 菊 池 耕齋、 

白 井 靈蘭等 皆 曾て 羅 山の 薰 陶を受 くる ものな も. 

羅 山人と な \恭 遜謹恪 にし て、 敢 て 上に 忤は ず、 是 を 以て 幕府 四 代に 歷 

事 し て、 未 だ 曾て 其 譴責に 逢 は ず、 前 後の 執政 亦 謗 害する 所な し、 羅山は 

衆に 勝れて 才 あらと 雖 も. 敢 て 其才を 誇ら ざ もしが 如 し、 年 譜 の 寬永十 

六 年の 條に 云く 

<厶<" 厶厶厶 厶厶厶 < "厶 厶厶 A 

先生 天性 敦 厚、 才 名 を 以て 人に 誇らず、 

と、 #| し 彼れ は 交際に 圓 熟せし ものなら ん、 其 官遊年 多き を 得た る も、 亦 

此に 因由す る rJ と 疑な きな み、 羅 山 平生 保養 を 謹める を以 て 偶 i 微 疾 に 

遇 ふ も 重症に 至ら ず、 能 く 健康の 情 態 を 持續せ も 、但! 彼 れに 鼻疾 あ 力、 終 

第 5 第二 草 林羅 山— 第一 事蹟 五 五 



第一 篇 第二 窣 林羅 山— 第一 事蹟 五六 

一 、、、、、、、、、、、、、、、、、、負、、、、、、、、、、、 

\ 身 之れ を 憂 ひたる が 如 し、 其 疾 は寒涕 常に 流 下して 胸に 至 も、 時 あ.^ て 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

は 血 を 混入せ るな ftN 、或 は 今の 所 J1 鼻 加 答兒の 如き ものなら し か、 是 れ 

假令 ひ危 險の疾 ならず とする も、 醜 穢 なる こ と甚 し. 羅 山 因. nN て 鼻疾 賦 

を 作, ON て、 嘆 じて 曰く 

乙れ あ M つ さへ 

惟 鼻 之 爲, 狀 兮、 乃 天 中 面 上 之 山、 偶 金 臓之蘊 熟 兮、 寒 涕流而 爲, 淵、 剩 蹙 頷 

之 未, 止 兮、 痂 血出而 朱殷、 

と、 又 石 川 丈 山に 與 ふる 書に 云く 

宿 病 鼻 涕、 雨 滴の 壁に 流る 、が 如 く、 云 云, 右 の 鼻、 內 爛れて 瘍の如 く、 時 

々痂 をな す、 而 して 拭 ふに 紙 を 以てすれ ば、 血 と 同じく 凝 も 落 つ 

一 と, 然 るに 丈 山 も 亦 之れ と 同樣の 鼻疾 あ ら、 羅 山 書 を 之れ に與へ て 曰く、 

兼ねて 聞く 足下 鼻涕 流れて 未、 お止まず と、 云 云、 余 も 亦 鼻疾 あ り、云 云, 

一 紙 を 捻りて 鼻に 實っ 、余れ 老いて 此 患彌留 す、 以 て憐 むべ し、 

\ と、 羅 山が 鼻疾の 爲 めに 深く 困窮せ しこ と、 以 て 察知すべき な り、 彼 れ は 

一 又屢 > 耳 疾咳疾 を も 併せて 患 ; 5 たる rJ と、 丈 山に 與 ふる 書に よ 々 て證す 



羅山 は專攻 精到 よら は 事^ 博 覽强記 を 務めた るが 如 し、 彼 れ 二十 ニ歲 

の 時 巳に 讀 了す る も の、 實 に 四百 四十 餘 部の 多き に 及べ § 、其 終身の 造 

詣 いかん は、 畧,, 此れ に 由, 9 て 推測す る を 得べき な り、 行 狀 に 

厶厶 厶<3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

所レ謂 世間 字 あるの 書, 見 ざる 乙と なしと は、 先 生 是れな り、 

と 云 ひ、 又 先哲 叢談に 

△厶厶厶-c 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <1 

羅山洽 博、 天下の 書に 於て 讀ま ざるな し、 

と、 い ふ もの、 必ずしも 虛褒濫 賞に あらざる な 5、 羅 山 著 はす 所 一 百 四十 

七 種 あ り、 之 れに文 集、 詩 集 等 を 合すれば、 一 百 五十 餘種 とな る、 眞 に 等身 

の 著書と いふべ し、 然 れ ども 多年 硏究 の精粹 quintessence として 世に出 

、、、、、、、、*、、、、、、、、、.,、、、、、、、、、、、 

だした る もの は 殆んど 之れ な く、 大 抵は粗 維なる ものな り、 固 よ. 5 今日 

、■、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

: にあり て も 參考に 資すべき もの は、 之 れ あ ftv 、但 -學者 の 必要 缺く ベ か ら 

^ ♦、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

一 すと S ふ 程の もの 殆んど 稀な り、 然 れ ども 羅 山が 德川 時代に 於け る 一 

i 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

鉅 儒たり し は、 何 人 も 否定す る を 得ざる な. 

第一 篇 第二 寧 林羅 山— 第一 事蹟 五 七 



第 一 篇 第二 莩 林羅 山-第一 事蹟 五八 

幕府 甞て 上野の 池 (今 の 山王臺 所在の 地? 羅 山に 賜 ふ、 羅 山 乃ち 以て 別 

墅 とな し 、聖 堂 を 建 て、 文 庫 を 構 へ、 以て 講學の 地と な す、 今 の 御茶の 水 

聖 堂 は 後、 上 野 よ り 之れ を 移した る TP のな う、 



羅. S 文蕖 七十 五卷 

羅山 詩集 七十 五卷 

羅山 文集 附錄 五卷 

文集 及び 詩集 は羅山 歿後 其 子 驚 * が 弟の 春德 と共に 編纂せ し 所 に 

し て、 羅 山の 學說を 窺 ふべき 唯 一 の 材料な 纟、 殊 に 往復の 書 牘、 惺 窩 答 

問 及び 隨 筆の 類、 最 も 注意 を惹 くに 足るな り、 

儒 門 思 問 錄四卷 

上下 ニ卷を 分ち て四卷 とせ り 、養 峯の羅 山 S 著書 目に 三卷 とする は 

誤な,^、 

道統小 傳ニ卷 

首め に羅 山が 序 あ ら、 寬 永廿 一 年の 作に 係 る、 終 ら に 源 信 成が 後 序 あ 

ら、 詳 に 此甞の 來由を 述 ぶ、 此 書 は e 學の 系統 を揲る に、 缺 くべ から ざ 

第一 篇 第二 窣 林羅山 ー 第二 著書 五 九 



第一 篇 第二 窣 林羅 山— 第二 著 害 六 〇 

る ものな, 9、 

經 典題說 一 卷 

此 書 は 詩、 書、 禮 記、 周 禮、 儀 禮. 樂 經、 周 易 、森 秋、 左 傳、 公 羊 傳、 榖 梁 傳、 孝 經、 爾 雅 

の 十三 經を 解題せ しもの なみ、 

陽 明攢眉 一 卷 

此書 は、 未だ 搜 索し 得ず、 窗峯 の羅山 編著 書目に よれば、 陽 の 學說を 

排斥せ しもの なう、 

梅 村 載 筆 三卷寫 本 

此書は 隨筆體 の 著に して、 惺窩 の說も 亦處々 に 散 a す、 ー讀の 際、 興味 

ある を覺 ゆ、 百瀨川 〔卷之 二十 三〕 に は 一 卷 として 之れ を收载 せら、 

其他經 書の 註解、 老子の 標註 及び 神道 關係 書類 等 少しと せざる な,^ 



羅山は 純然たる 朱子學 派の 人な ち、 曾 て 藤 原 惺窩に 師事せ しと 雖 も、 惺 

窩の 如く 陸 象 山 を も 併せて 崇敬す る ものに あら ず、 况 ん や 其 他 異端に 

屬 する もの を や、 羅 山が 始めて 惺窩の 門人と ならし は 二十 ニ歲の 時に 

して 啻に 四百 四十 餘 部の 書 を讀 破せ しのみ なら ず、 又 巳に 一 家の 定見 

あ.^ て 朱 子學を 確守せ り、 行 狀 及び 年譜に よる に、 羅 山 は 十八 歲の 時よ 

ら宋 儒の 書 を 攻究し、 二十 一 歳の 時 已に朱 子學を 唱道す るの 氣勢 ある 

を 見る、 此れに 由り て 之れ を觀れ ば、 羅 山が 朱子學 派と なりし は、 惺窩の 

薰陶 によるに あら ず、 之 れに 先ち て獨り 自ら 見地 を此に 定めしな り 若 

ぃ學 i: の 博 宏、 才 識の敏 慧 を 言 は て、 羅山逾 に 惺窩に 優れる 者の 如 し、 然 

れ ども 星 窩は羅 山 よら は 十八 歲の 年長者に し て、 德 望 一代に 邵 し、 然 力 

のみなら ず、 若 し 心 胸の 量 度、 學 問の 正大 を 言 はべ 羅 山. 惺 窩に數 步を譲 

、、、、、、、、 、、、、 、、、、、、、、 、、、r 、ヽ, P い-、,,、 

ら ざる を 得 ず、 是 れ其 弟子の 禮を 取りて 師事せ ざる を 得ざる 所以な,^ 

第一 篇 第二 窣 林羅 山— 第三 學說 六 一 



田 を つ をつ 朱 o 山 o ざ、 せ、 然、 

玄 排 '〇 §h 子 o に 〇 る、 取、 れ、 -^a 我 

さ し0 斥。 學 o あ o は、 み、 ど、 取 A 邦 

• 耶 すつ を 知 可、 一、、 も、 る A 鏺 

に 蘇.:) る o 崇 o て o な、 切、 惺、 こ A 洛 

云 敎、 to 奉 O は 'つ み、 を、 窩、 と A の 

く を。 厭 o す o 旗 o と、 包、 の、 ^ A 學 
徘っ は。 る o 幟 o 雖、 容、 併、 の A を 
し o ス0 以 o 鮮 o も 、 し、 せ、 如 A 首 

, て、 即 O 上 明 亦、 て、 取、 し A 唱 

己。 ち。 は、 に。 模、 之、 る、 营 す 

れ o 陸 o 全 o し o 桉、 れ、 も、 志 る 

自。 象 o 然 つ て o 兩、 を、 の、^ も 
ら o 山 之 O 此 o 端、 融、 獨、 錄 の 

収〇 to れ。 の o を、 合、 も、^ を 

る 徘。 k° 如つ 持、 す、 朱、 威 

所。 し、 つ 崇 き o す、、 る、 陸、 公 
の。 王。 奉。 瞹 o る、 の、 の、 レ 
朱 陽 o し o 昧 o の、 傾、 み、 た 
子 o 明 o て o 模 o 態、 向、 な、 す 

學 を — 棱 o 度、 あ、 ら、 而 : 
を 〇 徘。 切 の O な、 ク、 ず、 T 
主 し o 之 點。 し、 其、、 又、、 て 

張。 道。 れ O あ O と、 一、 更、 早 A 

せ o 敎っ と る o せ、 派、 に、 已么 
ら、 o を o 異 o を o ず、 の、 儒、 に A 

殊 徘。 な 見 、つ 然こ 學、 佛、 朱 A 

に し、 o る o ず。 る。 に、 を、 陸 A 
^ 佛、。 も'。 已 o に 偏、 も、 を A 
P 敎 の に。 羅 o せ、 併、 併 A 



を に o は o 然 o 
論 歸 o ず o れつ 
じ し ◦ 是 o ど 〇 
て な れ o も o 第 
曰 が。 其 o 惺。 g 

く ら。 朱。 窩。 

尙 o 子 o の o 第 

ほ i-o 學:) f 
佛。 取。 mo 林 

敎 ら O 差、:) 羅 

の 〇 て。 ずつ ャ 

痕 o 之 o 宏 ^ 
迹 o れ o につ 

を に。 失 1 

存 反 o し o 

す すつ 其:) 

る る o 主 o 

に 陸 張 

因 o 氏 o す 
る や る o 

な 棄 所つ 
え。 つ。 遂。 

佐 る に 〇 

藤 能 it? さ 

一 は 漢 c 一 

齋 ず のつ 
曾 已。 弊。 

て に o な o 

惺 儒 き o 
窩 敎 能〕 



向きに 專ら陸 氏の 學を 言 ふ、 陸 氏の 朱 子に 於け る、 薰 蕕 氷炭の 相反す 

、、、、、、、、へ、、、、、、、、 

るが 如 し. 豈 に 同 器なら ん、 同 爐 ならん や、 

又 曰く、 

厶 <3 厶厶 厶厶厶 <"厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

其 夫子の 道 は、 六 經 にあ ら、 經 を 解す る 乙と は、 紫 陽 氏より 粹 なる はな 

厶、、 、、、、、、、、、、、、、、負、、、、、、、、、、、 

し、 紫 陽を舍 て、 之れ に從は ず、 而 し て 唯 i 區 々たる 象 山 を 是れ信 ず、 惑 

、、、、 、、、、、、、、 

へ るに 似た るに 幾から ず や、 

此の 如 く、 其 家學の 系統 を 揭げ來 たらて 復た疑 を容 るべ からざる もの 

あるな り、 然 るに 是れ羅 山が 吉田玄 之に よ, 9 て 惺窩に 寄す るの 書に し 

て、 書 中 言 ふ 所 は、 直 に 惺窩其 人に 對 して 之れ を 言 ふ な も、 蓋 し羅 山が 未 

だ 惺窩の 門に 入らざる 時、 先 づ 惺窩の 門人 吉田玄 之を識 る、 故 に 玄 之 に 

よ, 9 て 書 を 惺窩に 送れ ら、 惺 窩が 之れ に 答 ふるの 文、 亦 載せて 惺窩 集中 

に あ ら、 羅 山の 此 文と 惺窩の 之れ に 答 ふるの 文 と、 共 に 二 氏の 學問 識見 

、、、ス^、、 #-、、、、 ^、\、 

いかん を 窺 ふるに S る も ® な り、 羅 山の 朱 子學を 崇 奉 す る る と、 之 れ を 

*、、、、、、、、、、、、 、1 、、、、.、、 、、、、 、、、、、、 

惺窩に 比すれ ば、; S! に峻峭 明快なる もの あ,^ と雖 も、 山 崎 閽齋の 如くに 

第一 篛 第二 寧 林 羅山〜 第三 學說 六 三 



b o (Co go 日 
別: つ 宋 窝〇 く 
考 o 儒 o 羅 o 
あ o の o 山 o 

(} 〇 み 〇 ま 〇 

乃 o な。 子 o 
ち o ら o 弟 o 

^n o ず 〇 を。 

る し 課 o 
其 〇 て o す 〇 

— ° 兀 る。 

家 〇 明 經 o 
に 諸 o 業 〇 
拘 家 o 大 o 
は o に o 略 〇 

ら 及 朱 o 
ざ ぶ 氏 o 

る m° に 
も 峯 よ。 

の も o ド 

顯 亦。 て。 

然 諸 o 其 c 

た 經 C 取 G 

る に o 舍。 

を。 於 ◦ す ◦ 

て o る 
私 o 所 o 

考 o は 〇 

あ 3 特 つ 



第一 篇 第ニ荜 林羅山 —第三 ms 六 四 

偏 固狹陋 に陷, 9 たるに あらざる な ら、 佐 藤 1 齋 論じて 曰く、 

^士家 古來漢 唐の 註疏き 遵 用す、 惺窩 先生に 至, o て 初めて 宋賢 復古 

の學を 講ず、 神 祖甞て 深く 之れ を悅 び、 其 門人 林羅 山を擧 r 痴^、 

b,gi い、 ゆ^^^も • 、き ひ 1^ き あや^ si い r が駟 

ひ IA§ や s&p?^^ ,? |氏€ ,^^甲。 同。 じ。 か 。らで 

(言 志 晚 錄) 



又 



是れ 本と 一 齋が 自家 取る 所の 首鼠兩 端の 地位 を 辯 護す るの 意に 出づ 

と ® ネ亦羅 山が 全く 朱 子の 圈套 中に 埋沒 する の 愚 をな さど. ^しと い 

ふこと は、 未だ 必ずしも 否定す る を 得 ず、 然 れ ども 其 朱子學 派と しての 

旗幟 は决 して 瞹眛 模棱 なる ものに あらざる なり 二き^ if 生^^ ^かい 



、、、、、、、、、、、、、、、、マ、、、、、、、、、、、、、 

を ー樣に 見做 し、 寬 宏の 度に 於て 異同な きが 如くに 論ぜし は、 未 だ 其 肯 

、、、、、、、、、、、へ、、、、、 

繁を 得た る ものと い^を 得 ざ るな り 

羅 山の 太 極 陰陽 天命 心性 等に 關 する 諸 說は、 皆 朱 子より 得來 たるが 故 

に、 之 れを 叙述す る も、 是 れ唯 i 朱 子の 旨 意 を 反復す るに 過ぎず し て、 毫 も 

此れに 由り て羅 山の 特色 を 見る に 足ら ず、 故 に 是等は 悉く 之れ を 度 外 

視 せ ん、 蓋 し 羅山は 別に 自家 獨 創の 見 ある ものに あら ず、 哲 學 倫理 等の 

事に 關 して は, 朱 子の 旨 意 を 叙述 若く は 敷衍す るに 過ぎざる な り、 然 れ 

ども 此れ を 外にして 左に 一 の 注意すべき 點を擧 げん、 

羅山は 朱 子 を 尊崇し なが ら、 獨 み 理氣の 說は王 陽 明の それに よれ 6、 「寄, 

田 玄 之, 書」 に 論じて 云 く 

太 極 は理な り、 陰 陽 は氣な ,9、 太 極 の 中、 本 と 陰陽 あ り、 陰 陽. の 中、 亦 未 だ 

甞て太 極 あら ずん ば あら ず、 五 常 は理な ゥ 、五 行 は氣な み、 亦 然 り、 是 を 

oo〇〇〇ooo〇〇〇o〇o〇〇〇A/1〜ZA 厶 厶 厶 A 厶 A A △ 

以て 或は 理氣 分つ ベ か ふ ざ るの 論 あ も、 勝 (I 5) 其 朱 子の 意に 戾るを 

厶 <"△△<" 厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶厶 厶厶 

知る と雖 も、 而 も 或は 强 ひて 之れ を 言 ふ、 

第 i 第二 寧 林羅 山— 第三 學説 六 五 



第一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 淳說 六 六 

と 3 子 は 理氣を 分離して 决 して 是れニ 物と な す、 然 る に 陽 明 は 理氣は 

合 一 して 分つ ベ からず と す 導 今 羅山は 朱 子に 背 い て 陽 明に 與み す、 是 れ 

其^く 朱 子の 圈套 中に 埋沒 せざる 所な ら、 隨 筆の 四に 云く、 

程 子 曰 く、 性 を 論じて 氣を 論ぜ ざれば 備 はら ず、 氣 を 論じて 性 を 論ぜ 

ざれば 明かなら ず、 之 れを 二に すれ ば、 則 ち是 なら ず と、 古 今 理氣を 論 

〇 め 02-9 00 つ、、 ooooo-ccooooo、 、 、 r 、 、 、 、 、 

する もの 多き も 未た 乙れ に 過ぐ る もの あら ず、 獨 ,9 大 明の 王 守 仁 云 

く、 理 は 氣の條 理、 氣 は 理の運 用と、 (g ff I 5 ^ M) 

是れ稃 子 以後 獨, cn 陽 明の 說、 創 見に 属する を 謂 ふな も、 又 云 く、 

理氣は 一 にして 二、 二に して 一 、 是れ宋 儒の 意な, 9、 然れ ども 陽 明 子 曰 

く、 理 は 氣の條 理、 氣 は理の 運用 と、 此 れに 由, cs てこれ を 思 は、、 ^ がが 

離の 弊 あ K 後 學 によらて 起ら ば、 右 の 1 一 語、 此 れを 捨て、、. き^ 匕き^ 

へ 力ら^る なら 之れ を 要するに、 一 に歸 する の み、 惟 ^ 心の 謂 か 、(は 悄 I、 

第 十. j 

葉 左) 

宋 儒の 理氣を 論ず る、 必 ずし も 一 轍に 出で ず、 朱 子 は 理氣は 必然ぶ s 待 



ちて 倶に存 する ものと し、 殆んど 其 合 一 を說 かんと 欲して、 未だ 必ずし 

も 其 合 一 を說 かず、 遂に 决 して 是れニ 物と 斷 言 せえ 故に 朱 子の 取る 听 

は 即ち 理氣 併存 論なる を 知るべし、 然れ ども 程 子の 見解 は 反 もて 理氣 

合 一 論に 近し、 彼れ 以 爲 く、 性 と 氣とは 分 離すべからず と、 性 は 人に 就 C 

て 言 ふ 所な りと 雖も、 是れ 亦理に 外なら ず、 是 故に 其 性と 氣とを 分離す 

〈 からず とする は、 即ち 现と氣 と を 分離すべからず とする ものなら、 然 

れ ども 陽 明 は氣の 條理を 以て 现 となし、 现の 運用 を 以て 氣 となし、 分明 

に 其 同 鉢 不離 を 道破して、 之れ が 一 元た る 乙と を^ 示せ り、 是 故こ^^ 

£き£ 伫 さ "其 「一 

の み」 と い ふ は 二 元 を 意 味 し、 其 「惟,. 心の 謂 か」 と いふ は 唯 心 を 意 * する が 

* し、 若し 彼れ が尙ほ 一 層 深く 考察して 唯 心的 一 元 論 を 主張す るに 至 

もしなら ば. 哲學上 最も 興味 多き 結果 を 生ずべ かもし も、 彼れ は 遂に も 

す 以上に 步を 進む る こと 能% ざち き、 之れ を 要するに 痴 .1 g 酔^ § • 

。に^ Q い 。て。 は? 木 酽。 の 1 說^ Q 以 QV^Q 足 Q せ 。ず、 Q 反^ 。て。 陽。 明 Q の。 一? 兀 。的 Q 世 Q 界 ,ビ。 取 

第 一 篇 第二 窣 林羅 山: 第三 雲 六ヒ 



第一 篇 第ニ荜 林羅山 —第三 六 八 

00、、、ヽ -'、 ヽ、、 、、 、、ヽ 、ヽ、 、ヽ ヽヽ、 ヽ、 ヽ、、、 

れ 5、 然 れ ども 其 他學問 全體に 於て は、 全 く 朱 子 を 奉 し、 决 して 陽 朱^ 

、、、、、、、、、、、、く、、、、、、、、、、、、、 

王と いふが 如き 首鼠兩 端の ^ 位 を 取る ものに あらざる な り、 隨 筆の 四 

に 云 く、 

周 子の 主 靜、 明 道の 動 も 亦 定、 靜 も 亦 定、 伊 川の 主 一 、朱 子 の 窮 sr 各 t 悟 入 

する 所の 處ぁ ら、 其 成功 は 一な ら、 皇 明に 至らて 一 代の 巨 擘、 陳 白 沙 が 

、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 

靜 座、 王 陽 明が 良知の 如 き、 即 ち頓 悟に 似 力みと 雖 も、 高 明 あらと 雖も、 

厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 ヽ广, .,.< き,、 , にク 

然れ ども ギ易 ならざる か、 (紗 4 f ^ 針お) 

是れ羅 山が 未だ 陽明學 派の 人と なる rJ と 能 はざる 所以な ,9、 然 れ ども 

其 論鋒の 極めて 薄弱なる を 見 る、 其 「平 易なら ざる か」 の 語、 殊 に 陽 明に 適 

厶< "厶 厶、、 、、、、、、、、、 ヽ、、 、、、、、、 、、、、、、 

切なら ず、 陽 明の 學 は、 直 に內 部より 聖域に 到達 せんとす る ものにして、 

、、、、、、、/*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

眞に 直截簡明なる ものな り、 故 に 最も 平易なる ものと 乙 をい ふべ けれ、 

ヽ ヽ、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

今 是 れ を 「平 易なら ざる か」 と い ふ も、 毫 も 陽 明が 學に對 する 打擊 とする 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、へ、、、、、、、、、 

に 足 6 ざるな も、 羅 山 自 ら 「か」 と い a て、 自 家 立論の 未だ 鞏固なら ざる を 

表白せ え 之 れを 夫の 惺窩が 



と 

ぼ と o 

n あ o 

は bo 
又 て 〇 

yA 之 o 

に れ o 

陽 を。 
明 一 〇 

m に 〇 
眉 せ 〇 
の ん o 



陽 o 明 

明。 k 

出 o 論 

で o じ 
、o て 

后。 曰 

皇 o く 
明 o 

の。 
學 o 
大 o 



^ だ 各-自 ら入 頭の 處ぁ, 9、 周 子の 主 靜、 程 子の 持 敬、 朱 子の 窮理、 象 山の 

、 、 、 、 , 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ヽ 、 ?、、、』、 ,;, 1、:, — 

易 簡、 白 沙の靜 圓、 陽 明の 良知の 如 き、 其 言 異なる に似て 入る 處 ゆなら 

41、/ 文集 卷 三 t 一 

す I 二、 第 七 葉 左」 

と、 云 へ るに 比すれ ば、 其 見解の 精 粗、 果 して 如何 ど や、 惺 窩答問 中に 羅山 

〇〇〇〇〇〇〇 〇0〇〇〇3 00 〇0 

に 亂 る、 必 ず又畏 るべき の 君子 者 出つ る こ 

一 書 を 著 はして 陽 明の 學を 排斥せ 5、 之 れ 

厶厶厶 厶厶厶 <1<1厶 厶厶厶 厶、. , -, , 

に反して 其 朱 子 を 尊崇す る こと 孔子に 次ぐ 其 言 に 云く 

o o o o o o o o o o o o o O o O 、 o Q o o o o o p や、 p レ つつ 

其大に 斯道 を 開 き、 全 く聖學 を 起す は 之 れを 上に して 夫子 之れ を 丁 

う 3〇oc;〇〇、 ゝヽ、 *、、、、、、、、、、、 ゝヽ、 、,ヽ ヽ 

にして 文 公な に 末 俗 小 儒、 毛 を 吹 き、 聲 に 吠へ、 妄に文 公 を議す 固よ, 5 

、、、、、、、、、、 

唇 吻に掛 くるに 足 らず、 (行 狀) 

此れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 羅 山 は 朱 子に 左袓 する ものに て、 必 ずし も 

、、、、 、、; *、 、、、、 、 、ヽ、 、、、、 、、。、、、、 ゝ 

陽 明 を 尸 祝す る ものに あらざる 乙 と、 復 ^論 を 埃た さるな々 

第一 篇 第二 草 林羅 山!. 第三 學說 六 九 



第 ー篇 第ニ窣 林羅山 —第三 學說 セ 

\ 羅 山の 陸 象 山 王 陽 明 を 擯斥す る 乙 と、 頗 る 其 度に 過 C る もの あ る ; D 

し、, 寄, 一田 玄 之, 書」 に 象 山 を 攻撃して、 復た餘 力 を 遺 さ ず、 其 中 謂へ る あ う、 云 

^ く 

か £££かぉ£か££,£ぃ£卜:^ 一お か 

\ 子に 見えし めば、^ いき いもか^い、 かき" 

\ 見 ^ ^き^ゃ i^^i か^ひ^^き^ ヒ 4;^ お^^^〗^^ む^ 

文 集 卷ニゾ 

力 I 第五 葉 右」 

一 此論 未だ 必ずしも 是 ならず、 先づ象 山が 莊 子に 似た, o とい ふ 事に ずハ 

て 多少の 異論な きに あらざる べき も、 姑く 之れ を 看過 せん、 然れ ども 其 

「若し 莊周 をして 一た び 孟子に 見えし めば、 則ち 道 を 聞く ゃ必 せり」 とい 

ふ は、 抑; 何に よみて 之れ を斷定 せる や、 假 令ひ莊 子が 眞に 孟子と 相 逢 ふ 

て 霧 論. を 上下す る N! と ありた. :9 とする も、 莊 子が 果して 容易に 孟子 こ 

\ 11 せし や 否 f 最も 疑 ふべ しとな す、 4 か^ゃい ^ や: u^t^rw;- 

\ 之れ を 推測す る を 當れ纟 と^わ^^い i:^ か if^ いあい^い^^^ 









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若。 是、 






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き 〇 れ、 






末 A 


は o 其、 






流 A 


則 o 入、 





若し 門人 末流の 弊 を 言 は ど、 朱 子 も 亦 之れ あ に 何 ど 獨り陸 王 を咎 むべ 

け ん や、 且 つ 夫れ 世人が 如何に 呼び 倣す も、 是 れ 必ずしも 顧慮す るを須 

ひず、 但 i 精 細に 之れ を 攻究し て、 其 禪と 如何なる 異同 あるか を 論 證 す る 

を 耍 す、 然 るに 羅山 是れを なさず して. 低 人の 呼び 做す に從 ひ、 胃 頭よ.^ 

之れ を 擯斥す るの 意志 あるに 似た れ其 到底 偏見 を 免れざる 所以 

な り、 羅 山 又 老子 を排せ i 、其 言 に 云 く、 

李 耳 曰 く、 道 の 道と すべき は、 常. の 道に あらず と、 其 所 道 は、 淸 淨無爲 

をい ふなら、 天地 未 分 を S ふなら、 夫れ 人 今の 世に 生れて 上古の 無事 

をな す ベ か ら ず、 而 る を 况ゃ何 を 以て 此身を 天地 未だ 判れざる の 先 

第一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 學説 七 1 



第一 篇 第二 .sli- 林羅. a—桀 一一 一 S 七 二 

きに 置かん や、 若 し 天地 を 以て 譬喩と な し、 渾 沌 未だ 開け ざ る を ュ て 

1 念 を 起さず とせ ば、 則 ち 一 息 未だ 斷ぇ ざるの 間、 何 を 以て 一 念 を g 

S : ? :、 い 〇、 め o,〇poooooooooo 

さ らん や 人 は 本と 活物な ,9、 爭 か 枯骸と 似ん や、 蒙 叟が槁 木 死灰 及 

び柴 立の 說、 亦 是の如 く、 異 端 の 言 語 な Km だ 、の ^ ダ ぎ に f オ f 、臣 

父子 男女 兄弟 朋友^^い^ いで.^^^ 4":-^^ いも^い.;、 

五常 本と 一 心に あ ,9、 此 心の 具 ふる 所 か r 尸 " ゆ ^ 

れか^^§$^即^^ゃ歜^>|^^ゃか^^|^。ぃぉ、^&^^^1 

i き き 案^^ おぎお 

P ぶ^, o o 〇 o o o o o o O o O o O o o O O o 

a 人の 道に あら K; るな ら 、堯 舜の 道に あ £ ざ^ ^知、 (き ff S 六 針 ; T) 

若し 羅山 にして 一 たび 老子の 無名 は 易の 太 極に して、 朱 子の 理と 同じ 

く實 在の 觀念を 言 ひ 表 はせ る ものなる を 知ら ば、 豈 に 此の 如く 老子 を 

徘 する を 得ん や. 中 甯に も、 

喜 怒 哀樂の 未だ 發せざ る、 之 れを 中と ハふ、 



と あ ,9, 此塲 合に ありて は、 中 は 未だ 一念 を 起さく る 混沌 未 分の 境^と 

a る を 得べき にあらず や、 然れ ども 羅山 は是 等の 事實を 顧慮せ ず、 斷然 

老子 を徘 し, 其 取る 所の 主義、 確乎と して 定ま, 9、 牢乎と して 拔く ベから 

ざる もの あり、 惺窩 曾て 羅 山に 敎 ふるに、 見地 未だ 堅く 定まら ざれ ば、 妄 

A A A A ^ A A L ,A , A A > A, ひ A ^ > ひ 文 集 卷 三 十ンヒ こ. S ,9 て 之 

に 異端の 書 を讀 むべ からさる を もて せ らパニ、 第 三 葉 左.^ ^ ( s i 

れを 観れば、 羅山 見地の 堅き もの、 亦 惺窩の 此の 言 に 起因す る 所な しと 

せざる な, ON 

o o o o 

次ぎに 羅山 は佛敎 を徘 斥し、 頗る 痛快の 論 をな せ り、 其 主意 は 佛敎を ^ 

? しだ^ い の^ SO^ST ると する にあるな え 殊に 其禪徒 

に吿 r る 言 の 如 き、 頗 る 奇矯な, 9 とな す、 云 く 

か^^^! ^1 口 かや、 人 (5 お) か^い"、 お^ 橋 下に 居る こと 年 あら 其 

門徒の 行狀 年譜 を 作る や、 皆諱 んて载 せず、 獨. 9 狂 雲 子 宗純贊 を 作, 9 

て 日く、 ま ^ I 路 矿 人 ぎぎ A 五 A A a ザ A 五 4,、 と、 世 傳ふ、 妙 超弱齡 にして 法 

を 顯密の 家に 問 ふて 心に 快から ず、 乃ち 元に 入 も て 法 を 求めん と 欲 

第一 篇 第二 隼 林羅 山— 第三 學說 七三 



第一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 學說 七 3 

し、 遂 に 博 多に 赴 く、 適; 僧紹 明が 元よ. 歸 るに 遇 ふ、 是に於 て 叁襌 す、^ 

に 超 妻子 あら、 ••^•h ^かや:^ き^かき h い^ 、き 

*#を 鎖して 其 ニ歲^ いふ^^,^^ い^ 一勢^い ひさ^^ 一 

見て 怪 むに 及 わ やかい 4^^^h^^^^^i かまき きい ^かい 

叫喚し て 出づ、 超 も 亦 ^や 、曰が^ か いき ^ き か ^ ^ ^ Avfa 、集 卷五. T 

!p ン , 务 二- で 九 

1、 山 此事を 叙述し 了 は,, て.^ 4n が, 4- き^: <き いま: yirr まケ ^ 

非 を 擧げて 痛く 之れ を攻擊 せ,;、 妙 超が 己れ 自身の 兒の 肉を啖 ひたみ 

とい ふこと、 亦 梅 村載肇 にも 載 すれ ども、 未だ 其 果して 事實 なう や 否や 

を知& ず、 然れ ども 彼れ:^、 一わ^^;^ や;^^ い;^ かか^き わ^ 

生活 をな したる は、 事實 なる が 如し、 本朝 高僧 傳 〔卷之 二十 五〕 に 妙 超が 傳 

あら、 今 之れ を讀 むに、 超 曾て 大應國 師に建 長 寺に 參禪 し、 一 朝 忽然 大悟 

して、 谒を 作る、 應其 後に 書して 曰 く、 

なむ^ 

吾 宗儸に まらて 大に 世に 典 6 ん, 但 !是れ 一 一十 年長 養して 然して i 、人. 



をして 吾證明 ある 乙と を 知らし めよ 

超 乃ち 京師に 還ら、 之れ を實 行せ しと 見え、 高 傅に 

A <3 A A < "ム <" <3 <- A A , 力と <- A <I A A マユ 

洛柬の 雲-居 寺に 逸 居す、 m 侶數 輩、 枯淡に して 自ら 疆 むる こと 二十 年 

厶厶厶 厶 <! 、 

に垂ん とす 

と、 云 へち, 而 して 尙 ほ又贊 に 於て 其 乞丐の 生活なら し を 明かに せ ら、 云 

く 

• か ま ^、をき き^^ゃ 二十 年、 與ヒ 丐 人: 將レ 終-其 身 ー矣、 

一 休 詩 を 作りて 此事を 歌へ ら、 其 詩 載せて 狂 雲集 〔上〕 にあら、 羅 山が 引用 

する 所と 異同 あるが 故に 左に 之れ を 擧げ ん、 云 く, 

一 排,, 盡 大 燈- 輝- 一 天; 鸞 輿 競レ春 法 堂 前、 風 飱 水 宿 無-人 記-、 第 五橋 邊 二十 年、 

妙 超が 乞丐と 相 伍 し^る は 十五 年に あらず して 赏に 二十 年なら 然^ 

一 ども 是れ 獨, CN 超の 奇行と いふべき ものに あ. らず、 釋迦 彼れ 自身と 雖も、 

全く 乞丐の 生活 をな したる ものに て、 後の 僧侶 は 皆 之れ に 傚 ふべき も 

一 の な り、 羅 山 又 「,三人 この 文 を 作りて 天台 眞 言 及 び を 飜弄嘲 罵 し、 論 じ 

第一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 學說 七 五 



X 

し o 夫 o # 

虚 o れ。 1% 

と 〇 儒。 遊 
實っ は o ^ 

と o 實 o に 
に o 佛 o 虛 
於 o は o 實 
て o 虛 o の 
せ o 點 
ば 〇 に o よ 
誰 〇 虛 o b 
れ o 實 o 儒 
が。 の o 佛 

虛。 ^。 の 

を o 滔 o 二 
取 o 々o 敎 
i>o た を 
て。 る o 比 

實 o も o 較 
を〇 の o し 
舍 o 天 o て 
て o 下 o 論 
ん o 皆 o じ 
や o 是 〇 て 



云 

し 



れ o 曰 
な o く 

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今 o 
若 o 



を o 罪- 
貴 o あ' 

ぶ。 い 

と .o と' 
何 o いえ 

ど o レ 
夫 o 官 ^ 
れ o の。 
刻 o 禁^ 

激〇 すつ 

な O る A 

る 能 A 

や、。 は A 
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所 A 

き 

云 

云 
五 

れ 
聞 
< 

浮 

屠 o 
は o 
不。 
殺 o 



二 集 
ナ卷 
七 五 
葉 十 

お パ 



' 活 A 是 
な △ れ 
が A な 

ら A b 

之 A 其 z 
れ A 徒 z 

を A 法 A 
埋 A を A 
め A 犯。 

然 A し A 

し A 罪 A 

て A I ひ 
後 A 當 A 
石 A る A 
を A む 

下 A の A 

だ △ あ A 
し A れ A 

以。 ば A 
てム 衆 A 
封 A 胥 A 

樹 A 

し 力 し A 

表 A 深 A 
坑 A 



中 

の 

徒 
頭 
巾 
を 
着 
け 



し' 
て' 

某' 
山' 
伏 2 



ち 
て 



ひ' 今 

事 浮 
あ 屠 
れ 
ば 
乃 
ち 
貝 
を 
吹 

て 露 

衆 衣 

を t 
呼 挂 
ぶ け 
世 劎 

の を 
號 帶 
す び 
る '錫 
所 を 

の 杖 

山 き 
伏 大 
な 螺 
る 貝 
も を 
の 派 



尙 

ほ 我- 
併 れ、 
せ 未、 
て だ, 
修 君, 
驗 父、 
道 の、 
を 外、 
非 別、 
議 に、 
し 所、 
て 謂、 
曰 道、 
く、 あ、 
る、 
を、 
聞、 
か、 
ざ、 
る、 
な、 

b、、 

第 文 
ョ集 
十卷 
一 五 
葉 十 
右 六 



て 

絕、 浮、 曰 
滅、 屠、 く 



し 

我- 
道' 
に, 

罪, 



氏' 
畢, 

兒、 

山、 

河、 

' あ、 大、 

' 云、 を、 
' 云、 以、 
彼、 て、 
れ、 假、 
君、 と、 
臣、 な、 
を、 し、 
去、 人、、 

b、 f き、 

父、 を、 
子、 幻、 
を、 妄、 
棄、 と、 
て、 な、 
以、 し、 
て、 遂、 
道、 に、 
を、 義、 

求、 理、 
む、 を、 



第 

m 

i 

林 

羅 
山 

第 



說 



申の 大需張 橫渠壯 にして 釋 書を訪 ひ、 年を累 ねて 盡く其 說を究 む、 得 

る 所な きを 知りて 、反りて 之れ を 六經に 求む、 渙 然として 自ら 信じて 

曰 く、 吾 道 自ら 足る と、 鳥 乎 橫渠は 善く 過 を改む る ものと いふべき な 

ち、 其れ 李 蓆に ありて は、 韓 氏が 原 道、 佛 骨 表、 趙宋 にあり て は、 稃子朱 子 

巳 下、 釋老の 事 を 言 ふ を愧 づ、 云 云、 程 子 曰く、 佛書は 淫聲美 色の 如 く、 能 

く 人 を 惑 はし 易しと、 朱 子 曰く、 寂滅の 說高 うして 赏 なし と、 云 云、 彼 れ 

が 所, 謂 道 は 道に あらざる な り. 吾 所^ 道 は 道な, ^道なる と 道に あら 

o o o o o o o o o-o o o y o <?4 〇 , 、 文集 卷づ 一、 ン 

^がと、 他な し、 實と虛 となり 公と 私と なち (I ぱ ま 左) 

羅 山の 佛敎を 排斥す る、 其 敎義中 誤謬の 存 する 所を逐 一 列擧 して 之^ 

を擊碎 する の勞を 取らず、 寧ろ 大處 より 之れ を 考察し、 犟に其 人 &を滅 

し、 義 现を絕 ち、 虛 妄に陷 るの 弊害 を 論破す るに 過ぎず と雖 も、 亦 略 I 耍 @ 

を 得た,^ とい ふべき なり、 

羅山 又鬵時 伴天連に よちて 輸入せられ たる 耶蘇 敎をぉ 斤セ, 9 もれ 少 

壯の 遊 (IM I) が 紹介に よら 弟 信 澄 ^ きと 共に 耶蘇 宣敎師 の不于 

第一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 學說 七 七 



, 第一 ii 第二 窣 林羅 山. ー 第三 ゃ說 七 八 

氏 1 二-き <| ,の 許 に 至り、 種々 論難 をな せ ら、 後 其 事 を 叙述し て 「排 一一 耶蘇,」 三 

篇を作 る、 其 中 耶蘇 敎の敎 義に關 する 問答に し て、 學 者の 一 顧 を價 する 

もの は 左の 如し、 

羅山問 ふて 曰 く、 利 瑪 寶、 天 地 鬼神 及び 人の 靈魂を 以て 始 あり 終な し 

と す、 吾 れ 信ぜ ず、 始 め あれば 終 あ ら、 始 なく 終な き は 可な ち、 始 あり 終 

なき は 不可な 夂然 れ ども 殊に 證 すべき もの あるか、 

不于答 ふる 乙 と 能 はず、 

羅山 曰く、 天 主、 天 地 萬 物 を 造る と、 云 云、 天 主 を 造る もの は 誰 どや、 

不于曰 く、 天 主始 なく 終な し、 

羅山 以て 遁辞と な し、 更 に 問 ふて 曰 く、 理、 天 主と 前後 あるか 

不于曰 く 、天主 は 鉢な h 、理 は 用な り、 體 は 前にして 用 は 後な,^、 

羅山 乃ち 面前の 器 を 指して 曰 く、 器 は體 な, 器 を 作る 所以の もの は 

、、、.、、、、、、、、、、、、、、、 

な ら、 然 らば 理は 前にして 天主 は 後な, 5、 

不于 更に 譬喩 を換 へ て 曰 く、 燈 は體な み、 光 は理 なみ、 



羅山曰 く、 火 の燈 たる 所以の もの は、 理 な り、 光 は理に あ ら ざ る な 5、 唯;. 

厶厶. <厶 厶厶厶 厶厶 

之れ を 光と いふの み 

不于曰 く、 器 を 作る の 一 念 起る 處を理 となす 二 念 起らざる 以 前、 元 と 

無想 無念に して 體ぁ り、 然 らば 則ち 體は 前にし て、 理 は 後な トン、 

羅山 之れ を 駁 して 曰く、 不可な り、 無想 無念と い はず、 唯 i 理と 天主と を 

& A A A <"〇ooo〇oooo〇9p 

いはんの み、 無 想 無 念 の 時, 理 ありて 存す 

羅山は 來子學 の 立脚 點ょ 5 論じ、 不于は 天主 敎の 立脚 點 より 論じ、 各; 其 

見る 所に 執着し て、 他 をして 己れ に從 はし めんと す、 故 に 一 上 一 下、 遂 に 

OOODOOOOOOOO oooo o'o^o o ので" 

歸着 する 所な し、 若 し理は 即ち 哲理 上の 本體 にし て、 天 主 は^ち 之れ を 

DD33DDDODOOOOOOOOOOOOOOOOO O OOP 

かき!^^ ^53^ &、k 我の 間に 融合 調和の 點を發 見す る を 得 

わ、 か ^ す即 い 儒敎に 所 上帝な り、 羅 山が 問 答 の 際、 上 帝 を 連想せ ざち 

、、ヽ 、、、、、、、、、、、、、 △ 厶厶厶 厶<3 厶厶 < "厶: A ^ A A 

し は、 甚だ 意外の 事と いはざる を 得 ず、 兎 に角此 問答 は 不結果に 終りし 

な 1、 是 れ 畢竟 彼我の 思 想、 到 底 相 徹せざる に 由るな え 最 後に 頌遊笑 ク 

て 曰 く、 問 高 うして 答卑 し、 彼 れが 解せ ざ る、 信 に 宜 な るかな と、 羅 山 乃ち 

第 1 篇 第二 窣 林羅 山一第三 ^說 七 九 



不 

端 o 乙 o 凡 o 于 汝ょ 

な o と o そ o 怒 

o を o 義 o ら 謾 z 
之 o 爭 o 理 o て なえ 
れ o は o を o 口 い 
を 、、o 言 o を 太 \ 

愼 則 o ふ o 杜 極 A 
め o ち o はつ づ は A 

や 忿 o 彼 o 時 汝 a 

怒 O れ に が A 

の に 羅 知 A 
色 〇 益つ 山 る A 
嫉。 あ。 坐 ベム 
ら o に き A 

の o ず o 復 所 A 
M° ん o り に A 

Sj° ば て あ a 

に o ぬ、 o 曰 らム 

見。 ず。 く、 ずム 

ゆ o 此 o 

是 o れ o 
れ 〇 に o 
jjjo 畠 〇 

術 o あ o 

を O f)0 

害。 若、。 

す o し o 

る o 勝 〇 
—0 つ o 



第 IfJ 第二 箄 林羅 山-第三 學說 Ac 

事 あ, CS て 坐 を 起つ、 時に 暴雨疾 雷、 不于悅 びず して 曰く、 

儒者の 所. 謂か^^ や^^^^ゃ 、やお^^, ま 4^ 

厶厶厶厶厶厶<"厶厶 k 

我れ 能く 太 極 を 知る、 

と、 少 しく 羅山 一 輩 を 侮蔑す るの ロ氣 あらしな う、 是 を 以て 3 澄 之れ こ 

耐 へ ず、 乃 ち g 馬, て 曰く、 



と、 流石 は羅 山なら、 之れ を 信 澄に 比すれば、 其老實 にして 平靜 なる、 自ら 

大家の 氣象 ある を 見る なえ (4 固き 一一 一、 悄! I 針) 羅山 叉 「示, 一石 川 丈 山 一」 書 

中に 耶蘇 敎を 論じて 曰く、 

耶蘇 變 じて 異學 となる、 猶ほ妖 狐の 妲己を 食 ふて 涎 己に 七す るが 



し、 畏 る ベ き か、 云 云、 近 歲 禁ずる こと 最も 嚴な ら、 賊 蠻其面 を 革む と雖 

も、 然も 其 心を姦 にす、 其 共に 同じく 謀る もの、 叨に 異學を 唱 へ、 儒の 天 

道を說 く を竊ん て、 糟 粕を吐 く、 其 心密に 謂へ らく 天主に 本づく と、 天 

主 は 彼れ が崇 信す る 所な り、 佛 の 性 空 を 說くを 掠め て、 心 理を誣 ふ、 亦 

密 に 謂へ 6 く、 其 天 敎を傳 ふ と、 將 に 之れ を 奪 はんとし て、 先 づ 之れ に 

與 ふ、 亦 老 聃を盜 むな え 善 なく 惡な く、 善 あみ 惡ぁ ゥ、 善 をな して 惡を 

除 く、 亦 王 陽 明 を 剽むな み 、儒 にあら ず、 老 にあら ず、 釋 にあら ず、 之 れ を 

三脚の 猫 鬼と い ふ、 云 云、 戒 めざるべ からざる な ,9、 彼 れ隻字 を 知らず、 

自ら 稱し て 人 の師 とな も、 一 宿 を經 ず, 自ら 稱し て 大悟と い ふ、 烏 の 雌 

雄 を 知ら ず、 自 ら稱 して 予れ聖 ならと い ふ、 氓 の蠢々 た る、 耳 を 傾けて 

雷 同 す、 衆 の昏々 た る、 口 を 異にして 淵默 す、 吁 耶蘇の 變此に 至りて 極 

ま れ ら、 誰 れか太 公 を 九 原に 起 し、 妲 己 を 斬, 9 て 其 首 を 白旗に 懸 くる 

も の、 之 れ あらん か、 世 こどって 狐の 人 を 惑 はす を 怖 る、 是 れ惡ひ ベ し、 

唯 >懼 く ば 人中の 狐、 是れ 誠に 最も 憎むべきな ら、 (ぼ 瞻特 £、) 

第 一 篇 第二 草 林羅 山— 第三 學說 A1 



55 枨羅 山— 第三 學說 八 二 

尙 ほ 耶蘇 敎を 以て 有害と なし て、 論 じて 曰く、 

耶蘇の 變、 果 して 亂臣 賊子と なる こ と、 唯 i 是 れを 之れ 懼 る、 若 し 意 ある 

も の、 何 ど微を 防ぎ 漸を杜 が ざ らん や、 

又 曰く、 

耶蘇 變 じて 訛 言 と な ゥ、 旣 に 善 類 を 敗 も、 或 は妖 狐と な ,0 /或 は 流 離 (I 

名) と な る、 な ん すれ ど 懲めざ らん、 

と、 其 異 學を徘 斥し て、 自 家の 學問を 主張す る や、 滔 々として; a じ、 娓 々 と 

して 辯 じ, 其 欝勃 たる 精神、 一 時に 迸 出して、 光燄萬 丈の 大文字 を 成せら、 

但- 今日 より 之れ を 見れ ば、 其 論旨の 刻薄に 失する もの ある は、 蓋 し蔽ふ 

ベ からざる 事實な り、 然 れ ども 是れ 本と 其 自家の 學 問に 忠實 なる 熟 心 

の餘に 出づる ものなる を 知ら ば、 亦 必ずしも 深く 咎む るに 足らざる な 

10 山 又 「示 お 川 丈 山-」 書 中に 耶蘇 敎 徒の 一 夫 一 婦の敎 を 布く を 難 じて 

曰 く、 

世の 匹婦と 雖も、 妬 忌 最も 多し、 耶蘇、 女 を 誑し、 以て 男、 妾を蓄 へ ず 、強姦 



せ ず、 和 姦 せざる を敎 ふ、 故 に 婦女 悅んで 之れ を 信奉 す、 彼 の 邪 學、 諸 方 

の 室 家 を 誘勸 する も、 亦 之の 如しと しか い As 悄 酷 IT 第) 

又 曰く、 

彼の 邪 徒、 外 踩 くして 內親 み、 陽 に默 して 陰に 談 る、 是 れ邇 曰の K 聞な 

も、 主 人に 敎 ふるに 鄙吝を 以て し、 婦 を 誑す に 夫, 妾 を蓄 へざる を 以て 

す、 皆 是れ蠻 奴 耶蘇の 妖變 な- 、(ぼ 愤 ^ 紙. 第) 

と、 儒 敎には 本と 一 夫 一 婦の敎 あるな し、 唯! 文中 子 魏相篇 に 二 夫 一 婦、 庶 

人 之 職 也」 と あるの み、 耶 蘇敎の 一夫一婦の 敎 は、 恰 も 儒 敎の缺 陷を補 ふ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

べき もの な るが 故 に、 羅 山 喜 んで 之れ を 取 ,9、 以 て 自家 藥籠 中の ものと 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

な す ベ き に、 反 ら て 之れ を 非議 し、 譎 詐の 策に 出づ るの 外、 復 た 何等の 旨 

*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、.•、、、、 

意な しとす る も の、 决 して 是れを 精到の 見と いふ を 得ざる な, 9, 

羅山は 一 方に 於て 力 を 極めて 異學を 排斥す ると 同時に、 又 一 方に 於て 

は、 我 邦の 神道と 結託 和合 せんとす るの 傾向 を 表 はせ ら、 文 集の 初めに 

载 する 所 の 「倭 賦」 に 武人の 跋麿を 憤慨 し、 佛 敎の 侵蝕 を 憂慮 し、 殊 に歷代 

第一 篇 第二 草 林羅山 I 第, 三 學說 八 三 



第一 篛 第二 草 林羅山 —第三 學說 A 四 

帝王の 稜威 を稱揚 する が 如 き、 已 に 其 尋常 儒者の 口吻に あらざる を 見 

る、 行 狀 による に、 彼 れは甞 て 曰く、 

〇〇〇〇〇o〇〇c〇o〇o〇〇〇ooo 〇〇〇〇〇、: i t, , 

本朝の 神道 は是れ 王道、 王道 は 是れ懦 道、 固よ,^ 差等な し、 s、g ^ ^ 

\ m) 

: 是れ 神道と 儒道と 王道の 點に 於て 一 致す る ものに て、 復 たニ途 なき を 

いふ ものな ,9、 叉 隨 筆の 二に よ るに、 或 る人羅 山に 神道と 儒道と 如何に 

一 區 別すべき かと 問 ひし に、 羅 山 之れ に 答へ て 曰く、 

\ q- 〇 〇 q 〇 〇 o- 〇 .O 〇 O o o、o わ y o O 〇 〇 O 、c fee き」、 JI ィ 

我よ, 9 之れ を觀れ ば、 理 一 の み、 其 爲 異なる の み、 (1、g ^ I ナ) 

又 曰く、 

〇0〇〇002 0,〇000〇〇0000〇〇0000〇0 OO0 

王道 一 變 して 神道に 至 夂神 道 一 變 して 道に 至 る、 道 は 所" 謂 儒道な, 9、 

羅山 は^の 如く 神 儒 ニ敎の 融合 調和 を 成せ ら、 隨 筆の 二に 又 曰く、 

伊勢 皇太 神宮に 詣す るの 時 や、 外 淸淨ぁ ら、 內 淸淨ぁ ,9、 肉 を 食 は ず、 酒 

を飮ま ず、 葷 を茹は ず. 女 を 御せ ず、 身 凡ての 穢惡に 觸れざ る、 之 れを外 



淸淨と いふな り、 所 JS 齋 なら、 心 敬して 名利 を 忘る、 之れ を 內淸淨 とい 

ふ な り、 所, 謂 心 齋 な り、 今 の 世の 人の 如 き、 外 淨 おも 尙ほ なさ ず、 而 る を 

况ん ゃ內, に 於て を や、 是 を 以て 未だ 神明に 協 ふ もの あらざる な, 5 

?ひ。 はぎが 、。神。 は。 主が ま。 亦。 一が。 の? 王. ,が I。 故 。に。 敬。 あ Q れ Q は、 。則 。ち。 神 Q 來 

。たい。 格。 る、? 右。 し。 敬 。な。 け 。れ。 ば。 ふ、 がが。 故。 に? 气宅 が"、 「神^。 ん。 す。 れ^^が 

o 〇 〇 〇 〇 o 〇 〇 〇 o o 〇 〇 〇 o o po,〇 〇、 

い f f ? ら んゃ 、唯,. 敬 か、 敬 は 神明に 合 ふ 所以な ち 




^ー篇 第二 窣 林羅 山., 第三 ,說 八 五 



"gl 篇 ^二 ネ 林羅 山— 第 四 子孫 るハ 

第 四 子孫 附林 家系 圖 

^山の 子孫 は 世々 相繼 いで 幕府の s 官 とな S 然として 一 家の 系統 

をな せ ら、 羅 山 五子 あ 5、 長 は 叔 勝、 字 は 敬 吉、 小 字 は 左 門、 夭 す、 次 は 長 吉. 布 

夭 す、 次 は 春 齋、 名 は 恕、 叉 は 春恕、 一 名 は 春 勝、 字 は 子 和、 後、 之 道 と 改 む、 K 峯 

と 號 す、 延 寶八年 を 以て 歿 す、 年 六十 三、 私に 諡 して 文穆 先生と い ふ、 著 は 

す 所、 騖 峯 文 集、 本 朝 通 鑑等數 十 種 あ り、 次 は 春 德、 初 の 名 は 守 勝、 字 は 子 文、 

通 稱は左 近、 後に 名 は 靖、 字 は 彥 復、 祝髮 して 春 德 と稱 す、 凾 三 子、 讀耕齋 等 

は 皆 其別號 なえ 寬文 元年 を 以て 歿 す、 享 年 三十 八、 著 書 十 數種ぁ り、 次 は 

女 子、 春 齋にニ 男 あ え 長 は 梅 洞. 名 は 春 信、 又 の 名 は 愨、 字 は 孟 著、 寬 文 六 年 

を 以て 歿 す、 年 二十 四、 私に諡 して 穎定 先生と いふ、 著 はす 所 梅 洞 文集 十 

六 卷、 史 館茗話 一 卷等數 種 あ り、 次 は 鳳 岡、 名 は 戆、 一名 は 信 篤、 字 は 直 民、^: 

號は整 宇、 享 S 十七 年 を 以て 歿す、 年 八十 有 九、 私に 諡 して 正獻 先生と い 

ふ、 博 學 にして 著 書 頗る 多 し、 長 野 豐 山が 松陰决 談 〔卷 之 一 〕 に 云 く、 



oooooooo 000000000300000000 0*00 

羅山鳳 岡 二 先 生、 其 學 該 博、 和 漢 古今 之 書、 靡, 所, 不, 窺、 可, 謂 前 無 = 古 人; 後 燕,, 

3〇〇o〇〇〇〇o〇o〇 〇〇 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇• 〇o q 

來 者, 矣、 近 世 以,, 博 識, 自 负 者、 或 知, 彼 而 不, 知, 此、 或 知, 古 而 不, 知 xr 、豈 足 レ望,,1 1 

o 〇 〇 〇 o o 

先生 之 萬 二 哉、 

是れ固 よら 推 獎過當 の 言 たる を 免れず と雖 も、 鳳 岡が 羅 山と 同じく 一 

大 碩儒たり し 乙と 疑な きな り、 鳳 岡に 三男 あ ち、 長 は 奢 宗、 次 は 信充、 一 名 

は S 、字 は 士 信、 榴 岡と 號 す、 著 は す 所、 榴 岡 詩集 五卷、 正懿 先生 文集 六卷及 

び 其 他 數種ぁ ら、 次 は 信 智、 信 充にニ 男 あ ら、 長 は 信 言、 字 は 士 恭、 鳳 谷と 號 

す、 安 永 二 年 を 以て 歿 す、 年 五十 有 三、 私 に諡 して 正貞 先生と い ふ、 著 書 數 

種 あ り、 次 は 信 寬、 夭 す、 信 言 に 男 あ ,9、 名 は 信 愛、 明 和 八 年 を 以て 歿 す、 年 一 1 

十 有 八、 私 に諡 して 孝 悼 先生と いふ、 信愛に 男 あ も、 名 は 信徵、 天明 七 年 を 

以て 歿 す、 年 二十 有 七、 私 に諡 して 正 良 先生と い ふ、 信 徵、 信 敬 を 以て 養子 

となす、 信 敬 寬政四 年 を 以て 歿す、 年 二 十 有 六、 私に 諡 して 簡順 先生と い 

たん 

ふ、 信 敬、 信 衡を 以て 養子と な す、 信 衡 字は叔 M 、一 の 字 は 公 鑑、 幼 字 は 熊 藏- 

1 述 齋と號 す、 天 保 十二 年 を 以て 歿す、 年 七十 四、 私に 諡 して 快 烈 先生と い 

第 i 第二 窣 林羅 山— 第 四 子孫 八 七 



山 

に 

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や 

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も。 
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正。 

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君 o 
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K 敬 

宇 



文 

集 
卷 
之 

4- 



b o づ つ 

人 o 而っ 

或 o し o 

は 〇 て 〇 

以 o 其 3 

て o 嗣っ 

言 o 檁 o 

を。 宇 o 

な。 君。 

す o は o 
公 o 謹 〇 
曰 o 厚 o 
く 〇 小 o 
兌 ◦ 心 o 

の 〇 規 



林 o じ 
述 o て 
齋 o 曰 
先 o く 
生 o 
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時 o 

儒。 

林。 

の o 

魁。 
たつ 

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豁 o 
達 o 
に o 

し 

て o 

大 
度 

あつ 



第一 篇 第二 搴 林羅 山— 第 四 子孫 

ふ、 著書 頗 多し、 林 家中 奥の 人な, ^、佐 藤 一 齋と 兄弟の 如き 關係 あ, 述齋 

輝、 夭 す、 次 は 鴆、 字 は 用 S 宇と 號 す、 著 は 

は 輝 字は綳 中、 式部と 稱 し、 復 齋と號 す、 著 

所 數種ぁ り、 次 は 蕭、 次 は 規. 別 に 孫の 鳥居 桄を 養うて 以て 子と なす、 

の 事蹟 は 近世 先哲 叢談 續編 〔卷 上〕 に 見 ゆ、 中 村 敬 宇 先生 嘗て I 齋を 



九 男 あ り、 長 は 光-. 先 づ 歿 す、 次 は 

す 所 數種ぁ ら、 次 は 耀、 次 は 臁、 次 



よ す 

述齋 



、0 〇 〇 〇 o o o 

事 をな す と 多 

〇 o 〇 〇 〇 〇 〇 

に 循ひ矩 を 踏み、 

^ o o o o o o 

我れ を學ば ざ る 

】) 

> -< ラ 1 ,く.? こさ.^ と: V ひ宗士 口と い 

え 永 喜 二 名 は 信 澄, 柬 舟と 號す 、刑 部 卿 法 

印と なる、 寬永 十五 年 を 以て 歿す、 年 五十 四、 其 子 信 次、 薙髮 して 名 を永甫 

と改 む、 叉 春德の 子に 勝 澄 あ, CN 、一 名 は憲、 字 は 章 卿、 右 近と S し、 晋 き と號 



ふ、 甚 性 と 宗 吉 と は、 何 れも &«" な 



す、 後、 名 を 

先生と い 

如 を養ラ 

保 十九 年 

信 亮 あ り 

信 亮の男 

先生と い 

三年 を以 

有、 信 彭 あ 



春 柬と改 む、 延寶四 年 を 以て 歿す、 年 二十 有 三、 私 に諡 して 

ふ、 著 はす 所, 稽古 錄六 卷、 晋 軒 文集 十二 卷 及び 其 他 數種ぁ 

て 以て 子と な す、 信 如 字 は 翼 成、 葛 廬と號 す、 通 稱は 又右衛 

を 以て 歿す、 年 六十 四、 私に 諡 して 溫謙 先生と い ふ、 信 如の 

天明 元年 を 以て 歿 す、 年 七十 有 五、 私に 諡 して 齋莊 先生と 

に 信 方 あ ,9 、寛 政 八 年 を 以て 歿 す、 年 六十 有 四、 私 に諡 して 



ふ、 II! 一 a 方の 男に 言 ^ あ, 5、 又 鳳 

て 歿 す、 年 五十 有 七、 私 に諡し 

i 有、 初め 仙 助と 稱 し、 後 に 

年 五十 有 五、 私に 諡 して 紹定 先生と い 

又 百 助と 稱 す、 養 子 な り、 寬 政 八 年を以 

厶<3 厶厶厶 厶<3 厶厶厶 

頃 先生と い ふ、 就 中 最も 傑出せ しもの 

厶厶 厶、、 、、、、、、、 、、ヽ ヽ 

と な す、 羅 山の 子孫 は單に 此の 如く 列 

、負、、、、^'、、、、、、、、、 

して 長き 歲月 に涉ら て 蔓延せ るか を 

第一 篇 第二 窣 林羅 山— 第 四 子孫 



岡の 三男 信 智は百 助 と^し 

て靖厚 先生と い ふ、 信 智の男 

百 助と 稱 す、 天 明 五 年 を 以て 

ふ、 信 彭、 賴 母と 稱 し、 後、 主 水 と 

て 歿す. 年 三十 有 四、 私に 諡し 

△ 厶 C-C 厶厶 < -厶 < "ヽ 5 て \ 厶 

を 春齋、 春德. 鳳 岡、 述齋 (I きの 

、斗、、、、、、、、、 、 

擧 する のみに て、 其 如何に 繩 

、、、、、、、、 、、、、 

知 る ベ し、 縣 々たる 瓜 瓞とは 

八 九 



晋 軒 

,9、 信 

門, 享 

男 に 

い ふ、 

良 順 

寬保 

に $5 

歿す、 

稱 し. 

て 堅 

厶 厶 

R ノ 

、 、 

令 と 

蓋し 



第 1 篇 第二 窣 林羅 山— 第 四 子孫 九 〇 

林 家の 如き 一 族 を 形容す るに 最も 適切なる 文字なら ん、 王 朝 時代に か 

りて 菅江ニ 家の 如 き、 何 れも學 閥 を 成せら と雖 も、 其 權 勢に 至, CZ て は、.^ 

、、ヽ 、 、\、、 *、、、、、、 oo〇oo 〇〇〇〇〇〇 G>〇〇〇 

だ 林 家に 及 はざる もの 遠き が 如し、 一 たび 林 家の 手中に 歸 せし 學 閥と 



〇 〇 〇 〇 o o o 



、oo 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇 oooooo 

しての 權勢は 時に ffi 長な きに あらざる も、 兎 に 角 德川氏 三百 年 を A じ 

〇〇〇 o〇 〇〇〇 〇〇〇o〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇 

て 地に 墜ち さ, nN き 登に 亦 盛な うとい はざる ベけ t や、 



, 林 家系 圖 

:羅 山— 



-吉勝 

,31 一一 口 時- 

-周 堅 



I 永 喜— 永 甫 

—甚性 

—宗 吉 



—叔勝 

—長吉 > 梅 洞 

.: 春齋 |:: 鳳 岡, 

•: 春 德 

I 女子 



.0 宗 

-信 充 I 信 言— 信 愛— 信 徵 I 信 敬 (转) -•: 信 衡 (g 

-信智 宽 



七 以年遂 り 賢 三 友 し 熊 三ナ: 日從リ 校 範群省 王 ろ へ林羅 
十て 七に 、の 十 > 、谷 十り 光 事: の ゆ あに 政: • て 學山 
四淅 n 明 臥 胃 六せ 閑の一 し^し^ 校 校縣出 維 と 儒齋十 
c ' く 十 袷 床す 年 リ 雲 柿 年 力、' 照 、年 e 及 前 仕 新 十 者 幕 二 

C H 三 三 所の c !Bf 沼 辭 、宮 乂敎 やび 橋し 後 八本 府世 
直 日 十 年と 頃 明 鶴に し 明に き 育と 女の 、司 年 行に の 

年^ 九 、な ニ殆な 住て 治ず て に な 學師後 法 



10 



德— 勝 澄 —信 如 05)1. 信 亮.. 



U 岡— 信 智- 



〜J 一一 n 盲 



~ 信 彭 (!^ 



* へ養ノ 

.ま 子 



^Mfi 第二 草 林羅 山, ー 第 四 子孫 



^1篇 第二 草 祙羅 山—^ 五 羅山關 係 害^ 

第五 羅山關 係 書類 

羅山 先生 年譜 二 卷舂齋 撰 

羅山 先生 行狀春 德 撰 

羅山 先生 編著 書目 一 卷 春齋攒 

以上 三部の 書 は羅山 文集 附錄に 收载せ 

先哲 叢談 S 之 二 

先哲 像 傅 〔卷 二 

近世 叢 語 〔卷 之 一 〕 

Si 職 家系 二 J 

玉 滴隱見 

筆の す さ; 3 

寬政 m 修 諸家 13 

驚峯 文集 



近世 大儒 列 傳 f 上 卷〕 內 蔬燦聚 著 

武門 諸說 拾遺 

« 燕 偶 記 

明 良洪範 

老人 雜話 

常 山紀談 〔卷之 十八〕 

日本 古今 人物 史 〔卷 之 五〕 宇 都営 遯菴饕 

近代 名家 著述 目錄 二〕 

慶 長以來 諸家 著述 目錄 〔上〕 

鑒定 便覧 二〕 

大日 本人 名辭書 

ip 咪傳潞 井 太 室 著 

日本 名家 人名 詳傳 〔上〕 

讀史 論集 山 路 彌 吉 著 

第 1 篇 第二 草 榨 羅 山—^ K 羅山關 係 害 類 



it 



第一 篇 第二 0- 林 

事 實文歸 卷之十 二 

國書 解題 

名 家 全 書 

日 本德 育史 俾 

東洋 &理大 綱 〔後 § 

大日 本 史料 原稿 一 卷 

藤樹全 書 〔卷 十〕 

野 史 〔第 二 Sn 五十 四卷〕 

斯文 源流 河口 t 齋著 

墨 水 一 滴 稻葉默 齋 箬 



像 1ま 之 庵 順 下 木 



第三 章 木 下順菴 

一 惺窩の 系 統を 繼 ぎ、 敎 育 家と して 異彩 を 放つ も の、 是 れを木 下順菴 とな 

一 す、 順 菴、 名 は 貞 幹、 字 は 直 夫、 小 字 は 平 之 丞、 順 菴は 其號な り、 又 錦 里と 號す、 

一 京師の < 幼 よら 强 記、 善 く 書 を讀 み, 字 を 寫 し、 頗 る 早熟の 徵を現 はせ, 5、 

一 僧 天 海 見て 之れ を奇と し、 以 て法嗣 となさん と す. 然 れ ども 順菴從 はず- 

一 年 十三に して 太平 頌を作 る、 载 せて 文集 卷 十八に あ う、 其 造 句 構 思の 技 

一 倆、 迚 も 十 三 童 の 作と 思 はれざる 程な ,9、 大 納 言 烏 丸公 之れ を 後光明 帝 

に 献 ず、 帝 大に 之れ を 賞賛 す、 其 後 惺窩の 門人 松 永 尺 五が 門に 入 え 學 業 

: 大に進 む、 尺 五 乃ち 期す るに 大器 を 以て す、 旣 にして 柬、 江 戶に赴 き、 道 の 

一 合 はざる を 見 て、 復 た 京師に 歸 6、 跡 を柬 山に 潜 め、 書 を 讀 み、 人 を敎 ふる 

こと 幾 ど 二十 年、 其 家塾 を 雉 塾と い ひ、 殆んど 一 世の 俊 髦を集 め、 彬 々 と 

して 人材 を 出 だせ ら、 是 に 於て か 順菴の 名、 天 下に 聞 え、 臺 閣 公卿 爭ひ引 

一 いて 以て 門 客と なし、 一時の 名士 貝 原 益 軒、 安 柬 省 菴、 宇 都宫 遯菴の 如き 

第一 篇 第三 窣 水 下 順 i- 九 五 



第一 篇 第三 草 木 下順菴 九 六 

亦 皆 推 重し て、 敢 て 之れ と 並ば ず、 其 聲 望の 盛な る、 以 て 想 見すべきな え 

加 賀侯幣 を 厚う して 順 菴を召 す、 順 菴辭 して 曰く、 

厶厶厶 厶<" 厶厶厶 <J 厶厶 <3 厶厶 A 厶厶厶 厶厶厶 厶厶. d<! 

余 は 尺 五 先生の 門人な え 今 先生の 嗣子 永 三 I) ぁ夂 未だ 仕 途に就 

.3厶<" 厶厶 AAiJA 厶 厶厶厶 <<3<3 厶厶厶 

かず 家 道 屢ズ <M し、 請 ふ先づ 之れ を聘 せられよ、 

侯 之れ を 聞 き、 嘆 じて 曰く、 

oooo o o o o oooooooo 

順菴の 如き 古人の 風 あ,^ とい ふべ し、 

即ち 松 永 氏と 共 に 之れ を聘せ ら、 天 和 二 年 常憲公 命じて 國史を 修めし 

む、 書 成 もて 之れ を 上 る、 其 後 常 憲 公 親ら 周易 を 講ずる に 當 り、 ^ に順菴 

をして 其 座に 侍せし む、 順 菴元祿 十 一 年 十二月 廿 三日 を 以て 歿す 享年 

七十 入、 私に 諡 して 恭靖 先生 3 綱 誠 s I S) とい ふ、 順菴が 墓、 今 池 上 本 門 

寺の 傍に あ .9、 蓋 し 當時彼 處に葬 ftN しもの なら ん、 順 菴著 はす 所 錦 里 文 

集 十九 卷 及び 班荆集 ニ卷ぁ み 、二子 あ み、 長 は 敬 箇、 字 は 順 信、 淨 菴と號 す、 

早く 死 す、 次 は 汝弼字 は 寅 亮、 小 字 は 平 三 郞、 菊 潭と號 し、 又 竹 軒と 號 す、 加 

賀 侯に 事 ふ、 菊 潭の 曾孫に 靜、 字 は 正直なる もの あ み、 天 明 中 順菴が 遺稿 



を 校 刻 す、 今 の 錦 里 文集 是れ なら 

巽 軒 あ ら、 名 は 國 堅、 字 は 彌 夫、 又 栗 

を 作 る、 载 せて 錦 里 文集 卷末 にあ 

南海 文集 〔卷之 五〕 に 見 ゆ、 

順 菴は敎 育 家と して 成功せ る も 

だ せ り、 例 へ ば、 新 井 白 石、 室 鳩 巢、 祇 

宅 觀 瀾、 服 部 宽 齋、 向 井滄洲 等の 如 

柴野栗 山 曰く、 

盛なる かな 錦 里 先生 門の 人 を 得る や、 大 政に 參諜 する は、 源 君 美 在中 

室 直淸師 禮、 外 國 に應對 する は、 雨 森 東 伯 陽、 松 浦義禎 卿 、文 章 は 祇園 瑜 

伯 玉、 西 山 順泰健 甫、 南 部 景 衡 思 聰、 博 該は榊 原 玄輔希 翊、 皆 瑰奇絕 偸の 

材、 其 岡 島 達の 至 性、 岡 田 文の 謹 厚、 堀 山 輔の志 掇、 向 井 三省の 氣 節、 石 原 

學 魯の靜 退, 亦 得 やすから ざる ものにし て、 師 禮の經 術、 在 中の 典 刑、 實 

oooooooooooo 〇〇〇〇 

に 曠古の 偉 器、 一 代の 通 儒な り、 夫 れ かくの ごとき 數 子の 资を 以てし 

第一 鴛 第三 窣 木 下順菴 九 七 



、頓菴 が 弟に 木 下 恒菴ぁ り、 恒 菴の 子に 

園と 號 す、 巽 軒 曾て 恭靖 先生 挽 詞十首 

.ON 、又 祇園 南海が 巽 軒に 寄 送す るの 序- 

の に て、 其 門下よ,^ 濟々 たる 多士を 出 

園 南 海、 榊 原 篁 洲、 南 部 南 山 • 松 浦 霞 沼、 三 

き、 皆 順菴の 薰陶を 受けた る ものな,^ 



第一 篇 第三 窣 木 下 順铌 九 八 

\ OJO 00^ 000000000000003000000300 

て而 して 終身 先生の 訓を 奉遵 服膺 し、 敢 て 一 辭も 異同 あら ず. 則 ち 先 

生の 德と學 と 想 ふべ し、 (錦 里 文集 序) 

\ 順菴 門人 中 白 石、 鳩 巢、 芳 洲、 南 海. 篁 洲の五 人 を 木 門の 五 先生と いぶ、 之 れ 

に 南 山、 霞 沼、 觀 瀾、 寬 齋ぽ 洲の五 人 を 加 へ て是れ を、 木 門の 十哲と い ふ、 又 

南山 霞 沼の 二 人 甲子 相 同じき を 以て 木 門の 二 妙と 稱す、 一 說に霞 沼と 南 

海と を 二 妙と し、 又 一 說に 南山と 西 山と を 二 妙と す、 順 菴 が 句 に 「舊 遊 雖ュ 

已沒; 二 妙 繼,, 餘 芳;」 の 句 あ り、 是 等の 門人の 外 安 柬 « 菴の 如き も甞 て順菴 

に 接 し、 殆 んど其 門 人の 列に あるし もの 、如 し、 彼 れ 自ら 柳 震澤に 寄す 

る 書に 曰く、 

令 師順菴 先生 去年 特徵を 得 て、 天 下の 儒 宗 た p:0 し 先生 學 古今 を豁 

に し、 道 聖賢 を 師と す、 不 肖 京に あらて 素よ る 知る 所な ら、 云 云、 不 肖 昔 

〇ね〇〇〇0 0>〇〇0〇0〇〇0〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

し 僭に 同門の 末席に 陪 し、 栽 培 に 沐 し、 陶 鑄 を 承 く、 奉 別、 U 往 今に 三 十 

P 、^つ,、 〇r-o〇〇ooo〇o〇ooooooooooooooo 

餘年 未だ 甞て領 を 引いて 柬に望 み、 懿 範を 欽慕せ ずん ば あ もざる な 

,5、 (省菴 遺集 卷之 五) 



貝 原 益 軒 も 亦 順菴 と 相 接して 得る 所 ありし もの、 如し、 (益 軒 年 譜) 戰 

菴が薰 陶の廣 且つ 大な る、 决 して 尋常なら ざる もの あ, nN し を 知るべき 

な り 

順菴著 はす 所 文集 あ, 9 と雖 も、 學 說の 紹介すべき もの あるな し、 然 れ ど 

〇〇〇oo〇〇〇oo〇o〇〇〇〇〇o〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 

も 彼れ が敎育 家と して 成功せ る を 以て 之れ を觀れ ば、 必 ず 其 成功し 得 

oooo〇〇〇c 0000000030000000000000 

べき もの を 有せし に 相違な し、 木 下 菊潭が 撰に 係る 錦 里 先生 小 傳に云 

く 

、ヽ、 、、、、,、、、、、、、* かたち, ゥ く 、ヽ ヽ、 ヽ、、 ヽ、、 、、 

其 朝に ある や、 終 曰 整 齊嚴肅 にして、 容ら ざる 者の 如 し、 其 家に ある や、 

ヽヽ、 ヽヽ ヽヽ、 ヽ、 ヽ、、 、 〇〇or-〇〇〇〇oo〇、、、、 

燕 居 私 室 と 雖 も、 恒 に 盛 服 端坐 す、 人 之れ を 望む に 神の 如 し、 天 資 至孝 

にして 父母に 事へ て 其 志 を 致 し、 其 養 を 極 む、 云 云、 

又 云 く、 

三 宅澹菴 君の 女 を 娶らて 配と な す、 先 づ 卒 す、 後 再び 娶ら ず、 孤 枕獨 衾- 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、/*、、 

野 僧の 如く 然 ら、 平 生 一 も嗜 欲な し、 食 は 必 ず 淡 泊、 服 は 必ず 黄 白、 云 云 _ 

〇〇〇o 〇〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇 o 

此れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 順 菴は 古風の 道學 者に し て、 高 尙 なる 人格 

第 一 篇 第三 窣 木 下 順^ 九九 



第一 篇 第三 窣 木 下 順^ 1〇〇 

を 有せる ものな ら, 菊 潭又 順菴の 學 を 論じて n く、 

先君 子 天質 穎悟の 器 を 抱 き、 大 平 無事の 世に ® ふ、 。一 ^ が f 肥 ま ぎ ぎ 

2^boo,〇pq-o〇〇、o〇oo〇〇〇o〇〇〇oo〇o〇oo 

命の 學を て 根本と なし 博聞 多識を 以て 枝葉と な す、 其 詩賦 文章の 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

如 き は、 殘 膏 剩 腹 のみ、 (錦 里 文集 序) 

木 門の 出身に^ 巢芳洲 等の 如く 道德を 赏ん ずるの 士 少しと せざる 以 

上 は、 其 師の學 の 必ずしも 文舉の 一 方に 偏せ ざ りし を 察知す ベ き な ら、 

園 南海 は 親しく 敎を順 菴に受 くる も の、 曾 て 順菴を 論じて 曰く、 

9*c、9.〇〇〇〇occ〇〇oo〇〇〇〇〇〇〇o〇〇〇o〇oo 

恭 靖 公 は 一 代の 宿 儒、 道 德 文 章、 所 醇乎たる 大 賢、 賓 客 門 生. 薰 然とし 

o o o ooooooooooooooooo oooooooo 

て 化せざる はなき な り、 左 右 使 令、 充 然として 醉 はざる はなき な fts 、(南 

海 文集 卷之 五) 

室 鳩巢又 曰く、 

91 9, 力, - 9,:〇,、 f 9. D ◦ 、o, o o o o o o o o o ひ o o o o o o o o D 

鳴 呼 先 * 德 業の 岽 き、 文章の 懿 なる、 獨ら 天資の 然 らしむ る^^^^ 

、9、 o,, 9-— o o O O O o O O 、o ► o O o G o o o c c c o o o o o o 

す亦學 # の 自ら 致す に 由る 故に 其 行の 篤き や、 家 にあり て は 親に:; i 

o on- o. o oo ooooo ooooooooooooooooo 

へ て 孝に 兄に 事へ て 弟に、 以て 室 家 宗族の 類に 及ぶ、 恩義の 厚き 至^ 



ざ 

此れ 

な ^. 

道學 

育 の 

事 を 

力 

、 

る 



上 

是れ 



o o o o 

る 所な し 

こ 由., 9 て 

、 、 、ヽ 

,順 は 言 

、 、 、 、 

に關 する 

、 、 、 、 

効果 を不 

し て 云 

る 人、 神 は 

乂 いひた 

o 〇 c o 

知ら 給へ 

、 、 、 、 

A とも S 

、 

き.^ r 力き 

〇 〇 〇 〇 

會 得した 

厶厶 <" △ 

三尺の 天 

順菴 がい 

第一 篇 



云 云、 (祭 = 恭靖 先生 v 文) 



之れ 

、 、 

よ 

著書 

、 、 

^一 B の 

る 一一 一一 口 

〇 〇 

ば 乙 

、 、 

づれ 

r\ け 

〇 〇 

る 人 

厶 <3 

と い 

か に 



を 視 

、 、 

6. よ 

、 、 

は 一 

、 、 

中 に 

正直 

葉な 

を と 

、 、 

も せ 

て 見 

〇 o 

の い 

厶 厶 

へ る 

子 弟 



れば、 順 

、 、 、 

寧 K 實 

、 、 、 

も 之れ 

顯 はせ 

にして 

る 力と 

.rfr 力お 

、飞、 

なかに 

れ ば、 さ 

〇 O 〇 

へる よ 



菴が有 道 



な 



ご 

、 

、言 



乙と はた 

を 感化せ 



きに 拘 

,雨 淼 芳 

なると 

づ ね し 

りし 人 

、 、 、 

を そ、、 

て か は 

〇 〇 〇 

のま 

厶厶厶 

ふとし 

し 力 を 



の 君子た 

、 、 、 

て f 弟 を 

、 、 、 、 

まらず!^ 

洲 其 著 「た 

い ふ 言 葉 

〇 〇 〇 

に 一 念 Z 

乙た へら 

、 、 、 、 

ぎた る や 

,9 たる 事 

o 〇 〇 〇 

かに 人 を 

と, わ が 師 

證す るに 



よ 



-フ 



第三窣 木 下順菴 



し 乙 と、 復 た 疑な き 

、、、、、、、、 

化せし ものと 見え、 

、、、、、、、、 

て 人材 を 養成 し、 敎 

れ草」 の 中に 順菴の 



あ げ て、 聰 明と はい 

〇〇〇o〇〇oo 

にお 乙れば. V のま 

、、、、、、 

し に、 其 座に 侍りた 

ヽ、、 、、、.、、 

に お ぼ ぇ咸 悟し た 

〇 o 〇 

も あらわ ど、 ま 乙 と 

OOOOOOOA 

ずる 事 あるに や^ 

つねに かた ,9 き、 

る ものな り、 今 其 旨 

1〇1 



第 I 篇 第三 草 木 下順菴 一〇ニ 

意を考 ふるに ^ITTi ン, の 箴 言 第五 章第廿 一 節に、 

一 各自の 途は 神の 目の前に あ, - 、彼れ き繳, ^か^ lg か^ 曰き § " 

一 と 云へ るに 同じ、 束 西洋の 暗 合 も、 此に 至り て聊、 奇 異 の 威な き 能 は ざ る 

な ら、 芳 洲又橘 窓 茶 E 卷 中 j に 順菴の 人物 を 論じて 曰く、 

Ju* k 〇〇〇.?〇 oo〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇 

愷^ にして 雀 を 愛 し、 英 才を敎 育す る は、 之 れを: :,; る、 其 他 吾れ の 得て 

知る 所に あらざる な, os、 

一 芳洲 が此數 言 幾 ど 順菴の 人物 を 形容し 盡く せえ 「愷 梯 にして ® を 愛 し、 

\ 英才 を敎 育す る」 は、 順菴 一 生の 事業に して 是れ 彼れ が敎育 家と して 成 

\ 功せ る 所 以 な り、 近 世 叢 語 〔卷 之 三〕 に 順菴が 事蹟 を 叙 し、 g じ て 云 く、 

人 を教 ふるに 力 あ ら、 磨 淬 濯、 其 器 を 成 就 す、 

\ 是れ 蓋し 順菴が 耳提面 命の 狀况 を說 示す る ものに て 未だ 其 何のよ る 

\ 所 ある を 知らず と雖 も、 事 實の 多く 之れ に 差 はざる こ と £, 想 見 す る を 

\ 得べき なう、 頃 不 偶-長 野豊 山が 松 下快談 〔卷之 四〕 を覽 るに 云く、 

^ず^ビま^^^^ビ鲈^^^びま!^?-^^^^ォド!^ず^ 



二 先生に 折 服 す、 鳩 巢の才 德、 世 皆 之 を 知 る、 今 必ずしも 之 を 論 ぜ ず 順 

、ヽ ヽゝ、 ヽヽ、 、ヽヽ 、ヽ ヽヽヽ ヽヽ、 ヽ、、 、、ヽ 3© @© 

菴 先生に 至って は、 世 唯 i 目 する に溫 厚 長 者 を 以てする の み、 先 生 の 德 

©@@@^@©@©@@©©©©@ 、、ヽ 、、、、力、、^' 、、 

量 の 大、 當 時 無 雙 なる を 知らざる な り、 若 し 夫れ 鳩巢白 石觀瀾 南海 芳 

、、、、、、<*、、、、、、、、、、、、、、、、、、,*、 ヽ、 

洲の數 人 は 皆 右の 所 fe 奇才 豪傑に し て、 各; 長ず る 所お 擅に し、 名 聲 天 

、ヽヽ /'ヽ 、ヽヽ ヽヽヽ ヽ、/ -ゝ、 >、 、、ヽ ヽヽ 、、〇c〇〇 

下 に 震 曜 す獨ら 先生 默 然として 能 く す る 所な き 者の 如 し、 而 して 前 

〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 ooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇oo〇o 

の 數子皆 先生に 師事 す、 猶 ほ 七十 子の 孔子に 於け るが ご と く、 思 ふ て 

〇〇〇oooo〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇o ooooo 

服せ さるな し、 是 れ豈に 徒に 聲音 容貌 を 以て 世 を 欺き 名 を盜む 者の 

能くし 得る 所な らん や、 先 生 人 を敎ふ るに、 各! 其 材に 因って 乙れ を 篤 

®® ooo〇〇〇〇〇 〇〇〇oo〇〇〇〇o〇o〇〇oo〇〇〇 

うす 猶ほ 孔門の 諸子の 德行 政事 言 語 文 學各其 材を成 す が ごときな 

o ooooooo ; J とで G 3 o o o o o o cooo oooooooo 

,5 S れ豈に 腐儒の 柱に 膠して 瑟を鼓 し、 舟 を 刻んで 劍を 求め、 一 定の 

oooooooooooooooo ooo@@©@ © ® ® ® ® @ 

櫂衡 を縣 けて 以て 人 を 待つ と 同じ からん や、 先 生 才を愛 し、 士 を 好 み、 

®©®@®®®@®©®®®oooooooo oooooooo 

稱 * 薦 達、 唐 宋名 賢の 風 度 あ ら、 亦 佘の 深く 其 德 量に 服す る 所以な ら、 

是れ亦 能く 敎育 家と しての 順菴が 人格 性行 を 描出す る ものな り、 之 れ 

,oooo 〇o〇〇〇〇〇o〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇oc 

を 要するに 順菴は 直接に 自家の 主張に よ^て 何等の 貢献す る 所 も、 之 

第一 篇 第三 草 木 下順菴 一 〇 三 



m 一 篇 第一 一一 草 木 下 順 .菴 一 ou^ 

o o 〇 〇 o 

な, ftv とせず、 

尙ほ順 菴の學 問 文章に 就いては、 先哲 叢談 〔卷之 三〕 に 左の 如き 評論 を擧 

r 、云 く. 

物徂徠 曰く、 錦 里 先生^^ の^ 、ま^つの^^^^い と、 服 部 南お 

日く、^ ず^^ H^^^< ^^ぎ^が 24- 酽^^ ^だと^ vl^fft 

と-又 聞 く、 先 生恒に 言 V 十 一二 ぎ ぎ A 疏ピ : 熟 | 气す A るい ざ ^ A れ A はま A h A 

に 通ず と V ふべ からず と、 此れに 由,^ て 之れ を觀れ ば、 ぎ まが f^l- 

0: o - o ' o 〇 o 〇 〇 o 

先生 之れ が 開祖たり、 

若し 此 十三 經 注疏 云云の 事 果して 眞實 なら ば、 順 菴 は、 古學 の 開^と C 

ふよ,. は 、寧る 铲^^ ^酽酽 な. か^^^ゅ i^i^ ,瞥 きあ^ き 

讀する§|踟れー&£レむ、ま^^き^^^§^^和!^^^^ー^ゅ 

なみ、 彼れ 述懷 の 詩 あら 、云く、 

滔© 儒 流 天地 始。 發き太 極少义 窺^ f ぎ! ^ぜ ぎ^^ぎ^^! ^ま 



OG-3〇〇〇oo〇o〇〇OA <" A 厶 A 厶 <3 厶 A 厶 <I*A_<1 ^ 

直義方 宜, 守. 靜。 博 文約禮 豈 求, 奇。 東 夷 小 子 空 勤 苦。 佛 法 千年 涵_1 四 維: 

又 朱 千と 題す る 詩 あ ら、 云 く、 

I; & ザ, き, ま ぎ義 a 精微 抽,; 繭 絲: 仰 止 S 湖 論,, 舊 學: 確 乎 鹿 洞 定-新 規" 百 

王 蓍 鑑 解 綱 目: 四 子 階梯 錄& 思 一頓 悟 金谿何 足, 貴。 泗 源嫡派 舍. 君 誰。 

厶 厶 

其 程 朱 を 尊信す る, の 篤 き、 以 セ 知る ベ き な ,9、 唯 i 自ら 卑下して 東夷と 稱 

す る は、 徂 徕と 同じく 拜 外の 弊に 陷 ねる ものに て、 深 く惜 むべ しとな す、 

之れ を 要する に、 順 菴は 篤く 程 朱 を 尊信す と雖も 自ら 其圈套 中に 限 極 

せし にあらず し て、 更 に 叉 古註 を 併 取せ しもの、 如 し、 其 門人 榊 原篁洲 

が 折衷 的 態度 を 取., 9 て、 學 派 を區 別す る こと を 好ま ず、 古 註 と 新 註と を 

兼用せ しも の、 順 菴 が指篛 に本づ くに あらざる か、 併 せ 記して 姑く 疑 を 

存す, 

次ぎに 順菴 門人の 事蹟 を 一 瞥 せん、 

S 新 井 白 石、 名 は 君 美、 字 は 在 中、 小 字 は 勘 解 由、 初 の 名 は R. 姓 は 源 氏、 白 

石 は 其號な り、 又 錦屛 山人と 號 す、 江 戸 の 人、 幕 府に仕 ふ、 白 石 は當時 

第一 篇 笫三窣 木 下順葡 1〇 五 



第一 篇 第三 窣 木 下順菴 一 o ゥ 

の 人 豪に して, 學識も 亦 非凡なら、 然れ ども 經學 者に あらず、 寧ろ 歷 

史、 故實、 制度、 詩文 等に 長 ぜら、 其 著 はす 所 一 百 六十 餘種 あ〜 とい ふ、 

然るに 堤 朝風 撰ぶ 所の 白 石 先生 著述 書目に は 凡そ 一 百 七 卜 S と 

列擧 せえ 我 邦に^; ^は、^ ^ぎぎ <の< 多 A きま だ <白< 石 A に <及< ぶ 气ら 

ざるな-、 白石少 より 大志 あり、 常に 自ら 誦して 曰く^ ぜ^び 

あ 侯 を 得すん は、 死して 當 に閻玀 となる ベび と、 彼れ 享保十 年 五弓 

十九 を 以て 歿す、 享年 六十 九、 淺 草の 報恩 寺に 葬る、 門人 益 田 鶴樓、 

土 井霞洲 あ, ^先哲 叢談、 卷之 五、 先哲 像傳卷 三、 近世 叢 語卷之 二、 文會 

雜記、 鑒定便 g 、閑散 餘籙、 甘雨亭 叢書、 活版 經籍考 、近 聞 寓筆、 白 石 先生 

著述 書目), . 

室 鳩 巢、 後 に 出 だす、 

§ 紙 園 南海、 名 は瑜、 又の名 は 正 卿、 字 は 白玉、 一 の 字 は g 小字 は與 一 p、 

南海 は 其の 號な, -、 叉 鐡冠道 人と 號す、 紀 伊の 人、 紀州 侯に 仕 ふ、 詩 を 

以て 名 あえ 寶曆十 一 年 を 以て 歿す、 享年 七十 五、 著 はす 所、 南海 葉 五 



卷、 湘 雲瓚語 三卷等 ぁ么先 哲 叢談 卷之 六、 近 世 叢 語卷之 三、 日本 詩& 

卷 之 四、 補 遺鳩巢 文集 卷之 六、 諸 家 人 物 志、 * 乘 耍 略) 南 海の 子 を 鐡船 

と い ふ、 鐡 船 名は尙 濂. 字 は 師援、 小字 は 孫 三 郞、 亦 文 墨 を 以て 世 に 名 

句, S 篁 洲、 名 は 玄 輔、 字 は 希 彌、 篁 洲と號 す, 通 稱は小 太 郞、 後、 元 輔を以 

て通稱 とな す、 篁 洲 ば 其 號 な ら、 又 惕々 子と 號 す、 和 泉 の 人、 紀 州 侯に 

仕 ふ、 篁洲は 主として 力 を 經義に 用 ひ、 旁 ら雜 技に 及 ベ ら、 順 蒂 晚 年 

戯ヱ 人に 謂 つ て ぼく、 「伯 陽の 華 音、 君 美の 典 詁、 師 禮の經 義、 希 翊の技 

ぎ、 k i: 、の 、手 、足 、な り」 と、 篁 洲書畫 を 善く し、 又 支那の 法制 を 硏究 せ,^、 

厶厶 △ 厶 A 厶厶厶 A A 厶 A A A 厶厶 <J A 一 A A fL A ム 

或 は 云 ふ、 我 邦に 於て、 支那の 律學政 書を講 明す る は實に 篁^よ も 

始 ^ る、 と 篁 洲 常に 云 く、 

つ J o o o o o o o o o o o o o o o o o o、o p o o £-〇、9, 

おで & • き、^^ 四 箏 あ 6、 一 に 日 く、 下 手、 二に 日く、 巧者 三に 日く 上 

OOOOOOOOOGOOOOOOO; 900 0. ^ o Jq ん 、お 

和、 |& £ レ^ 盡. 上下 三千 年、 縱橫 一 萬里存 する 所此に 出て す學 

〇〇〇〇〇〇〇 o 、cp> q』、 

者の 道に 於け る も 亦 然も • 

第一 篇 第三 寧 木 下順菴 一 〇セ 



m 一 篇 第三 窣 木 下順菴 一 3 人 

彼れ » 永 三年 を 以て 歿 す、 享 年 五十 一、 著 はす 所. 十 有 餘種ぁ り、 男. 名 

は 延 毒、 字 は 萬 年、 孫、 名 は 良 顯、 字 は 彰 明、 靑 洲 と 號す、 (先 哲 叢談 後編 卷 

之 二、 近世 叢 語卷之 三、 後編 鳩巢 文集 卷之 十六、 諸家 人物 志、 鑑定 便 e、 

日本 名家 人物 詳傳) 

g 雨 淼 芳 洲、 後 に 出 だす、 

S 南^ H 南 山、 名 は 景 衡、 字 は 思 聰、 南 山 は 其號な ら、 又 環翠 園と 號 す、 i ^ 

は 昌 輔、 長 崎 の 人、 富 山 侯に 仕 ふ、 正 德ニ年 を 以て 歿す 年 五十 五、 南 山 

人と なら 溫恭 にして、 經史に 精通 し、 詩 文 を 以て 稱 せ らる、 子 あら 景 

春と い <景 春、 字 は國 華、 幼に して 詩才 あ 夂 享保 二 年 を 以て 歿 す、 年 

僅 に 廿三、 (先 哲 叢談 後編 卷之 三、 近 世 叢 語卷之 四、 先 民 傳、 鑑 定 便 覽) 

の 松 浦 霞 沼、 名 は 儀、 字は禎 卿、 通 稱は儀 右衛門、 霞 沼と 號す、 播 磨の 人. 雨 

淼芳洲 と 同じく 對馬 侯に 仕へ 、屢> 韓 人と 相 接 す、 享 保 十三 年 を 以 て 

疲す、 年 五十 三、 著 はす 所 通 交 大記 五十 卷、 宗 氏 家譜 卅ニ卷 、殊 號辨正 

1 1 卷、 殊 號事畧 正-誤 一 卷等ぁ り 、彼 れ 嗣子な し、 乃ち 芳洲の 第二 子 名 



は權 允なる もの を 養 ふて 子と な す、 權 允 字 は 文 平、 通 稱は贊 二 郞、 職 

を 襲ぐ、 (先 哲 叢談 續編卷 之 五、 近世 叢語卷 之 四、 諸 家人 物 志、 鑑 定 便 覽) 

g 三宅觀 瀾、 名 は 緝 明、 字 は 用 晦、 小 字 は 九十 郞, 觀 瀾は其 號 な り、 石 菴 の 

弟、 平 安 の 人、 初 め 水 ^義 公に 仕 へ、 後 白 石の 推薦に より 幕府に 仕 ふ、 

正 德ニ年 を 以て 歿 す、 年 三 十 八、 著 はす 所 中興 鑒 言 一 卷、 觀 瀾 文集 二 

卷等ぁ り、 彼 れ兄 石菴. の 陽 明學を 奉ぜし と は 其 流 を 異にし て、 朱 子 

學を奉 じ、 殊 に 薛敬軒 丘 瓊山を 稱揚 せえ (送 嚴 書 記 序 一 梁 田 蛻巖が 文 

柄と 題す る 文に 云く、 

、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

物 徂徠老 た ら、 弩 末、 縞 に 入る N> と 能 は ず、 天 又 滕煥圖 を 奪 ふ、 左 右 

飞、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

の 手 を 失 ふが 如 し、 室 鳩巢は 醇乎たる 古 先 生、 澹 泊 自ら 守 り、 鬪 心 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、力、、、、、 

なきな ら 、宅 觀瀾 幟を駿 臺に竪 て、 堂 々正々 の 威、 殆 んど牛 門 をし 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て關を 塞 いて 敢て 東、 馬 に飮 ましめ ざ ら し む、 不 幸に して 星隕 す、 

勝げ て 嘆す ベ け んゃ、 (蛻 籙集後 編 卷之 八) 

觀 瀾の當 時に 於け る 名 望、 此 れに. S りて 知るべきな り、 彼 れ 早 逝 す 

第 一 篇 第三 草 木 下順菴 j 〇 九 



第一 篇 第ョ箄 木 下順菴 t T a 

と雖 も、 當時 有名の 士と 並び 稱せ らる、 (先 哲 叢談 卷之 五、 近世 叢 !s 卷 

之 三、 廿雨 亭 叢 書、 蛻 巖集、 諸家 人 物 志、) 

g 服 部 寬齋名 は 保 庸、 字 は紹 卿、 通 稱は藤 九 郞、 寬 齋は 其號な ら、 又 龍 溪 

と 號 す、 服 部 氏 自ら 修 して 服と す、 柬 都 の 人、 文 廟の 侍講と な る、 寬 齋 

人となり 至孝に して 其 行 謹 厚 に、 博 學 にして 才華を 競 は ず、 弟 愿. 字 

は 維 恭、 亦 共に 侍講と な る、 享 保 六 年 を 以て 歿す、 年 五 十五、 (諸 家人 物 

志、 鑑 定 便 覽、 名 人 忌 辰錄) 

§ 向井 滄 洲、 名 は 三 省、 字 は 子 魯、 後 に魯 甫と改 む、 通 稱は小 三次, 一 時 柳 

川 氏 を 胃せ 6、 攝 津 の 人、 滄 洲 曾て 仕 志 あ, ^しも 遂に 果たさ ず、 家 居 

して gf 行 を 修 め、 其 居る 所の 堂 を 名 づけて 敬 居と い ふ、 其 言 に 云 く、 

〇ooo o 〇〇〇〇〇〇 o oooooooo 〇〇〇〇 〇〇〇 

子弟 を敎 育す る、 宜 しく 我躬 之れ に 先ずべ し、 德 以て 經 とな し, 才 

〇oo〇〇〇〇oooo〇〇oo〇〇 

以て 緯 となす、 二 つ の もの 居 敬に 始まる、 

と、 眞 に 然 ら、 彼 れ享保 十六 年 正月 十九 曰 を 以て 歿 す、 年 六 十 六、 門 人 

宇 明 霞、 石 川 麟洲、 上 柳 四 明 等 あみ、 (先 哲 叢談 續 S 卷之 五、 近 世 叢 卷 



之 三、 鑑定 便覽、 諸家 人物 志、) 

W 西 山 西 山、 名 は 順 泰, 字 は 健 甫、 西 山と 號 す、 通 稱は健 助、 本 と 阿比留 氏 > 

後、 氏 を 西 山に 改 め、 自 ら修 して 西と な す、 對 馬 の 人、 對 馬 侯に 仕 ふ、 元 

祿 元年 十月 三 曰 を 以て 江 P に 歿す、 年 三十 一、 〈先哲 叢談 後編 卷之 二、 

近世 叢 語卷之 六、 諸 家人 物 志、 鑑 定 便 覽) 順 菊 西 山が 碑 陰 を 作る、 (錦 里 

文集 卷 十八) 

ゆ 岡 島 石 梁、 名 は 達、 字 は 仲 通、 小 字 は 忠四郞 、本姓 は 越 智 氏、 加 州 侯 に 仕 

ふ、 寳 永 六 年 六月 を 以て 歿 す、 年 四 十四、 (鑒 定 便 覽) 

ゆ 田 竹 圃、 名 は 文、 字 は 信 威、 小 字 は 文 藏、 東 武 の 人、 其 先 は 朝鮮 人、 壬 辰 

の 亂に我 兵に 掠められて 遂に 歸 化せ り、 竹 圃は其 孫な ぇ從 仕して 

南紀に あえ (諸 家人 物 志、 g 定 便 覽) 

W 堀 山 補、 字 は 順 之、 江 P の 人、 年 二十 餘 にして 始めて 順 菴に學 び、 家 貧 

窶 なみと 雖 も、 其 志 を 屈せ ず、 高 行の 聞え あら、 故に 栗 山 も 其 志 操 を 

稱 せり、 (近 世 叢 語 卷 之 四, S 定 便 魔、 諸 家 人 物 志) 

0^0 第三 草 木 下順菴 一 1 一 



r ルー!. i 第三 草 木 下 5_せ ニニ 

g 石 原 鼎 菴、 名 は 學 魯, 字 は 賞 卿、 鼎 菴 は 其 號 な り、 叉 梓山と 號 す、 長 崎 の 

人、 元 錄十 一 年 を 以て 歿 す、 時 に 年 四十 二、 著 はす 所 梓山 拾翠集 あ.^ 

(續近 世 叢 語卷之 三、 鑒 定 便 覽、 諳 家 人 物 志) 

び II 田 宗 叔、 字 は 子 it 、雲 鹏と號 す、 後 勝 田 氏 M 改 む、 柬 武 の 人、 醫 を 以 て 

« と なす、 (鑒 定 便 覽 、諸 家人 物 志) 

g 靑木 東菴、 名 は 證、 字 は 元 證、 一 の 字 は 元 微、 又 以 行、 別 號は松 岳、 姓 はる £ 

氏、 京 師 の 人、 (鐾 定 便 覽、 大 曰 本 人 名 辭 書) 

,安東 « 葡、 名 は 守 約、 字 は 魯 默、 筑 後 の 人、 後 に 出 だ す、 錦 里 文集 卷三に 

左の 詩 あ え 云 く 

送 &安束 詞宗 還,, 海 西, 

渭城聲 裏 暗 添 レ愁、 行 色 明朝 天 一 涯、 春 樹慕雲 千里き、 & まき き 

詩、 盟 存 車 笠-深 知レ 去、 學 辨,, 陶 陰-博 决, 疑、 好 賴 平生 稽古 力、 榮名長 向,, 九 



g 柳 川 震 澤、 名 は 順 剛、 字 は 用 中、 通 稱は平 助、 震 澤 は其號 な え 叉 霱 溪 釣 



叟と號 す、 震 澤木 門に あら て、 尤 も 先輩と な す、 篁 洲、 南 山、 西 山、 鳩 巢 等、 

皆 之れ に 兄事 す、 惜 くば 彼れ 僅に 不惑 を踰 えて 歿せる を、 著 はす 所 

た i 

譽溪 曰錄六 卷, 續 錄 六 卷、 平 菴漫錄 二 卷、 震 澤長語 十 卷、 韓 館 酬和集 二 

卷、 及び 遺文 集 若干 卷 あり、 (先 哲 叢談 續編卷 之 二, 鑒定便 覽, 諸 家人 物 

志) 鳩 巢が柳 川 三省に 與 ふる 窨に 云く、 「吾 友震澤 博物の 識、 人 に 過ぎ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

るの 材ぁ ら、 宜 しく 世の 用 ふる 所と なるべくし て、 遂 に 窮死 す、 未 だ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

嘗て 震澤を 識ら ざる ものと 雖 も、 苟 も 稍- 學 を 好 み、 書 を識る もの は、 

^1 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ,-、、、、、、 ヽ 

猶ほ 愛惜して 之れ を 嗟嘆 す、 况 ん や 淸、 震 澤と 同門の 友、 交 遊の 久し 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

き、 一 念、 此 に 至る 每 に、 未 だ 嘗 て 慨然 大息 し、 之 れに繼 ぐに 泣 を 以て 

せ ずん ば あ らず、 」云 云、 (前 篇鳩 i 文集 卷之 八) 

o とん 

, 板 倉 復 軒、 名 は 九、 字 は 惇 叔、 小 字 は 九 郞右衞 門. 江 ^ の 人、 初 め 業 を 木 

門に 受 くと 雖 も、 後、 徂 徠と交 は り、 其 子 をして 皆徂 徕に學 ばし む、 享 

保 十三 年 を 以て 歿す、 年 六 十四、 (先 哲 叢談 後編 卷之 三、 鑒 定 便 覽、 日 本 

名家 人名 詳傳) 

第一 篇 第三 窣 木 下順菴 】 一 II】 



第 一 篇 雨 森 芳洲— 第 一事 蹬 1 1 四 

第 四 a 雨 森芳洲 

第 一 事蹟 

惺窩羅 山 以後 朱 子學を 奉じ、 一 家 を 成す もの、 其 人に 乏しから ずと 雖 

學說の 見るべき ものに 至らて は 比較的に 少し、 但 i 雨 森 芳 洲. 安 朿 省 菴, 室 

鳩巢の 三人 は 倫理に 就いて 說を 立つ る こと 少しと せ ず、 因 ら て先づ 芳 

洲を 考察せ ん、 芳 洲、 名 は 東、 一 の 名 は 誠 淸、 字 は 伯 陽、 (口) 近代 名家 著述 n: 

錄 LL 名 は 悛ー4 とす 

小字 は 東 五郎、 芳 洲と號 し、 又尙綱 堂と 號す、 其 先 橘 れ ども、 未 だ ^ K 

姓に 出づ、 或は 京師の 人と 去 ひ、 或は 伊勢の 人と 云 なる 恨據 もるな 發 

兌せ ず、 故 に 姑く 疑 

ふと 雖 も、 對 州 十日 記に 據る に、 彼 れ 本と 近 江國雨 一 か^す、. 

森 村に 生ま る、 甫 め 十二 三 歳の 時人 或は 醫を學 ばんこと を勸 む、 時 に 伊 

勢の 名 醫高淼 某と いふ も の、 人 に 謂 つて 曰 く、 書 を學 ベば 紙费 え、 醫 を 學 

ベ ば 人 費 ゆ、 此 眞 に然り と、 芳 洲傍 にあ ち 、之 れを聽 いて 以爲 く、 人 其 れ 

費やす ベ けんや と、 乃 ち 醫を學 ぶの 志を絕 つ、 年 十七 八の 頃 江戸に 赴き、 



木 下 順 菴に從 つて 學 ぶ、 芳 洲人 となら 風神 秀 一徹、 螢 雪の 功 を 積む に 及ん 

で、 博 學 多 通、 順 菴 乃ち 稱 して 後進の 領釉 とな す、 對 馬 侯 人物 を 木 門に 求 

むる に當 うて 順菴 彼れ を勸 む、 彼 れ是に 於て か對 馬 侯 に 仕 へ、 藩 の文敎 

を 掌, 9、 屢 i 朝 鮮 人に 接對 し、 名 聲 海の 内外に 開 ゆ、 彼 れ 能く 朝鮮 音に 通 じ、 

又 支那 音 に a ぜ ち、 故 に 通 辯 を俟た ず、 直 に 朝鮮人 及び 支那 人と 談話す 

る を 得たら とい ふ、 橘 窓 茶 話 〔卷 之 下〕 に 云 く、 

厶 <:厶<3厶 厶厶厶 厶 <厶<" <:△△△△ 厶 <3 厶厶厶 厶厶厶 

余 心 を 唐 話に 用 ふる rJ と 五十 餘 年、 朝 より 夕に 至る まで 少しも 廢歇 

厶厶ム う •△ 厶厶 < "厶厶 <3<1 厶厶厶 厶厶厶 

せず、 一 に 沙を搏 ちて 把握すべき こと 難き が 如 し、 云 云、 

彼れ の 苦 心、 以 て 知る ベ し、 思 ふ に、 芳 洲は 殊に 詩 文 を 以て 長ぜる ものに 

あ ら ず、 就 中 詩 は 最も 拙な ち 、彼 れ晚年 常に 人に 謂 つて 曰く, 

吾れ 詩才な し、 平 生 作る 所 無 盧數百 千 首、 而 し て 人 に 示 すべき も の、 數 

十 首なら 、(日本 詩史卷 之 四) 

晚年歌 を 作らて 其數萬 首に 及ぶ と雖 も、 亦 成功せ る ものに あら ず、 換 言 

す れ ば、 文 學者 として 大に 一 代に 秀でた る 所 ある を 見 ず、 然 れ ども 彼れ 

第一 篇 第四窣 雨森芳 洲— 第 1 事^ 1 一 五 



m 一 篇 第 TO: 草 雨 森芳洲 〜第 一 事蹚 

oooooooooooonooo 

は 朝鮮 音と 支那 一 者 と を 學 んで 正!; 的 

〇o〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

異 なる 所な ぇ且 つ 彼れ は 一 種の 見識 

せし も の、 此 にあうて 存す る か、 答 „ 屈 景 

厶厶 厶厶厶 △ 厶厶 <厶<1<" 厶 A3A 

洛に 伊原 藏ぁ ら、 海 西 雨 伯 陽 あ.^ 

一 世 を 空う する 徂徠 にし て、 天 下 の 

に 及 ぶ、 芳 洲の 未だ 遽に 侮る ベ から ざ 

る ベ き な -ON 、又 與, 一江 若 水 一書 に 云 く、 

雨芳洲 果して 來訪 す、 劇 談三 曰、 偉た 

な す、 門 下に 留まる もの 三 月、 行 i 將に 

ず 家聲を 墜 さてる も の、 余 皆 序 を 作 

二人 あ ら、 皆 幼に して 詩 を 善く す、 渠 

ず、 亦 福 人と いふべき な Ay. 

徂徠が 此の 如く 芳洲を 推 重す るに 拘 

に滿 たざる もの あ ら、 芳 洲 嘗 て 徂徠を 



一 一六 

〇 〇 〇 〇 o 

せ ,9 、是 れ 其 



c o o 

餘 人に 



o o o o 〇 

に 漢學を SI 究 

を 具有せ ら、 物 徂徠の 彼れ を 推 重., 



山 一書 に 云 く、 

厶厶厶 厶 < "厶 

關 以東に 室師 

學者を 數へ來 

る もの ある 乙 

る 丈 夫、 其 子 顯 

西に 歸 らんと 

らて 之れ を 送 

れ 啻に 偉た る 

はらず 芳洲は 

江 戶に訪 ひ、 相 



禮ぁ り、 

た, 9 て 海 西 

と、 此 れに由 

允、 予 を拜し 

す、 亦 偉た る 

る、 芳 洲 更に 

丈 夫なる の 



の芳洲 

6 て 知 

て師と 

丈 夫、 必 

丈夫 子 

みなら 



徂 被に 於て 未だ 心 

見て 甚だ 之れ を悅 



ぶと 雖 も、 學 問 文 章、 徂 徕と 其途を 異 に す、 是 れ其 遂に 徂徠に 心服せ ざる 

所 以 な り、 彼 れ竊に 徂徠を 評して 曰く、 

〇〇〇 0〇0〇〇〇た*、00〇〇 o o o o 〇〇〇〇〇〇〇 

博 覽 文 章、 域 內 比な し. 第 大綱 上に 於て 差 あ ら、 心 實 に 慊 せ. y 、一: 橘 窓 茶 話 

卷中) 

又徂 徠の敎 育法 を 論じて 曰く、 

oooooooooooo o o ゥ0〇〇〇〇00〇〇〇〇〇 

徂徠 人を敎 ふるに 盛氣を 以て す、 此 れー 術な ら、 然 れ ども 知らざる も 

〇〇o〇o〇o〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇 ooo〇or〇oo〇p 

の は、 激 厲未だ 至らず し て、 遽 に 自ら 許 與 す、 故 に 徂徠の 精細なる が 如 

ooc〇〇c〇oo〇〇〇〇oo〇〇〇〇〇 

きこと 能 は ず、 此 れ亦思 は ざ る ベ か ら ざ る な, 9、 (橘 窓 茶話 卷上) 

芳洲 曾て 一 たび 其 子顯允 をして 祖徠 に從學 せし む、 旣 にして 数 じて 曰 

く 

〇〇〇っ〇000〇〇〇0〇〇〇0〇〇0〇〇〇0〇〇〇0〇〇 

茂 卿 は 一 代の 豪 傑 .然 れ ども 其 人を敎 ふるや 浮華 を 尙 んで德 行に 原 

oo〇〇〇〇〇oc〇〇o〇〇o〇o〇〇 

づ か す、 久 しぐ 少年 輩 を 託すべ か ら ざ る なら、 (甘 雨 亭 叢 書) 

乃 ち 塾 を 出で 歸 らし む、 蓋 し 劳 洲、 徂 徠と心 術 性行、 一 致せざる もの 多 

し、 徂 徠李王 を 喜 ベ ど も, 芳 洲 之れ を 喜 ば ず、 論 じて 曰く、 

第 1 篇 第 四 草 00^ 第一 事蹟 1 1 七 



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も、 


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す、 


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^ 亦 o 


れ、 


世 


云: 之 o は'、 


人 



是ネ^ れカ 二, f 歳の 時の 事 なれば 固よ ら蘐 園の 徒に 對 して 言 ふ 所に 

あらず、 殊に 其 翰林の 宗匠と い ふ は、 林 鳳 岡 を 指して 言 ふ ものな み 、(粒 M 



第一 篛 第 四^ 雨 森 芳洲; 第一 事蹟 一一 八 

朱 明 王 李 等の 家 m 、の、 如 气 む;/ ま、 た 甲、 な: 4gf で/る;/ まだ、 可 

叉從 つて 言 つて 曰 く、 讀 まざる に 如 かず、 (橘 窓 茶話 卷上) 

是れ 畢竟 李 王 を 無用 視 する ものなら、 徂徠 支那 を崇拜 する 乙と 甚 しく、 

總 ベて 我 官名 地名 を も 支那 風に せら、 然るに 劳洲は 大抵 原 名 七 i 义 中 

に 使用 せら、 徂徠は 支那 を崇拜 する の 極、 或は 名分 を 顧みざる こと あう、 

芳洲は 名分 を 正す に嚴な う、 其 論 に 云 く、 



惺 i の 二 先生 以來東 藩を稱 して 柳營 となし、 將軍を 呼,, しご 大^と で 



(同上) 



^ e 然 れ ども 亦 能く^ 園 一 派の 弊に 當れ ら、 徂 徠 豪傑の 態度 を 取りて 

道德を 重んぜ ず、 道 學 先生た らんより は 寧 マ C 曲 藝の士 たらん こと を 公 

言 せ り、 が るに 芳洲 は儉 素に して 道義 を 重んじ、 一 點耿々 として 良心の 

胸中に 存 する を见 る、 彼 れ道を 論じて 曰く 

天下の 道 を 言 ふ も の、 こ れを 口に 發し て、 之 れを 弟子の 耳に 入 る、 弟 子 

これ を 耳に 得 て、 又 之れ を 其 弟子の 耳に 入 る、 口 耳 相傳へ て、 心 與 る こ 

~ 厶厶厶 < "厶厶 *"ム<"<"<3 o 〇〇〇〇〇〇 oo〇JOC〇 

とな くん ば、 何 の 益 か あ ら ん、 故 に 曰 く, 之 れを敎 ふるに 3 を 以てする 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇 0〇.〇0〇09>p つ :] . , 

は、 之 れを敎 ふるに 身 を、 y てす るに 如かす (屏 上) * 

實踐 躬行の 千 言 萬 語に 優る 乙 と、 眞 に 彼れ が 言 ふ 所の 如 し、 古 人 が 「言 に 

訥 にして 行に 敏な らんこと を 欲 す」 と S ひし も、 亦 此 意 に 外なら ざるな 

う、 彼 れ又 曰く、 

、ヽヽ 、ヽ ヽ、、、 乙 ひねが は、 、 、 、 , 、 f、 ヽ 、 f 、 fr 

中庸に 云 く、 詩 に 曰 く、 尙 くば 屋 漏に 愧ぢ ず 君 子の 及ぶ、 へ からざる 所 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、に、:、,、. 

の も の、 其 れ唯 > 人 の 見ざる 所 か と、 余 甚だ 斯 言 を 重ん じ、 心 に銘し 骨に 

、ヽ、 、ヽ、 ヽヽ、 ヽヽ、 ヽヽヽ ヽヽヽ ヽ、、 f 、、: 、ヽ, f,、> 

刻 み、 初 學ょら 年將に 八十な らんと する に 至る まて 未た 嘗てし はら 

一 篇 第 四 草 雨 森 芳洲— 第 一 事蹟 二 九 



- ^ 雨 森 芳洲— 笫 I 事蹟 | 二 〇 

、 、 > 尸, ノ、. . ヽ , 、、〇o*〇3 oooooooa 

くも £ れ さるな り 但^ だ 其髡髴 を 得ざる の^ (橘 窓 茶話 卷中) 

此れに. S りて 之れ を 観れば、 彼れ が 私室に 於け る 時と 雖も、 亦 常に 其 動 

作を愼 み、 戰々 兢令 として 聖人の 敎に 背か ざらん こと を 務めた る を 力 

るべき な夂 彼れ は 又 自ら 奉ずる こと、 極めて 儉 素な,^ き、 其 言 に 云く、 

吾れ 飲食 衣服より 以て 宮室 爵位に 至る ま で、 絕 えて 偏好な し、 故に 閨 

寂 然、 家 門 事な し、 此 れ 即ち 以て こ れを 鬼神に 都 して 愧な かる、./ し、 

縱ひ 老莊に 及ばざる も、 關尹 以下 は 蔑 如たり 、唯,. 平生 最も 堪 へ ざる も 

の、 四 あり、 一 に 曰 く、 S の 惡 し き、 一 1 に 曰く、 基に 輸く る、 三 に 曰く、 身の 8 

き、 四 に 曰 く、 錢 な き のみ、 (同 上) 

又 曰く. 

余庸拙 不肖、 素よ ら片 善の 寸稱 なし、 £. マ 世人 患 ふる 所の 疝氣痰 火 頭痛 

痔癤 等の 症、 一 も ある 所な し、 禀質 健康に して、 年將に 八十な らんと す、 

又 早く 侯 家に 托して、 身、 凍餒の 憂な し、 長子 亡ぶ と雖 も、 次男 三男 以て 

家 を 保すべし、 女子 女.、 孫 早く 巳に 閤 よら 出て \ 孫 兒箕裘 の 望な きに 



あ ら ず. 亦 人生の 大 快事なら ず や、 王 侯 の 貴、 素 封 の 富、 盛 ならさる にあ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、ご、 

ら ざるな り、 然 れ ども 吾が 慕 ふ 所に あらざる な ,9、 此 れ 皆 祖 宗 の 褒 德 

父 母 養育の 致す 所、 平 日 祠堂香 火、 唯 i 拜謝 あ ,9、 敢 て 祈禱の 言 をな さず * 

3000 0000000000 ^' 00 > 

蓋 し 器 小に 量笮 く、 願 欲 足, 9 易き が 故な, 9 (同上) 

、、、、、、、、 、、ヽ 、、、、、、、、、 、、、、、、ノ^ _、、 

彼れ 平生 儉素 にして 其 分に 安ん ずる を 以て 平和 は 常に 彼れ か 胸中に 

*、、、 、、、、、、、、 、、、、 、fi 、、、、、?、、、: し,, 

宿 り、 貪 欲なる 煩悶の 爲 めに 累は さる k が 如き 乙と な 力ら き 彼れ 力、 

る 人格に て あ, ON ながら 意外に も 戯譃を 好め, 9 と 見 え、 或 る 人 嘗て 何故 

に 其 戯謔の 多き や を 問へ ら、 彼 れ 乃ち 之れ に 答へ て 曰 く、 

、、、、、、、、、、、、、、、 <1<5厶< 厶厶厶 <3 厶厶厶 ム厶』 厶 

佘素 よら 束 方朔の 人と な * を 慕 ふ、 敢 て大 先生た る を S はさる 故な 

ら、 (同上) 

彼れ 固よ, 9 德 行を修 むと 雖 も、 亦 嚴肅の 一 方に 走 え 全 く 洒落の 趣 を 失 

ふが 如 き、 奥 咴 索然た る 態度に 陷ら ざう しこ と、 以 て 知るべきな り、 室 鳩 

巢 「た はれ r さ」 の 末に 朝鮮の 趙泰 億が 芳洲^ 贈れる 留別の 詩を载 す、 云 

第 一 篇 第 四窣 雨 森芳洲 I. 第 一事^ ニニ 



第 一 篛 第四窣 雨 森 芳洲— 第 一 事蹟 二三 

1 海 誰 奇士。 芳洲獨 妙譽。 釙 tM^^^^i ず ,^。お^き 4 

レ餘。 明 朝 萬 里 別。 囘 首 意 如何。 

一 K 園 南海 は 木 門の 俊秀な ら、 嘗 て 芳洲を 論じて 曰 く、 

力 め I で *o ^ o o ^ o o o o o o o o o o o G 5 

予 諸 友に 於て 其 敬 畏 す る 所、 伯 陽 氏に 如く は なし ぺ鍾 秀 蕖) 

\ 芳洲の 時人に 推 重せられ しこと 此の 如し、 彼れ a 石と 共に 木 門に 出で 

一 、相識る こ と 三十 年、 然 れ ども 遂 に 相 合 はず、 ^1 ピ A 以 A て A ^K0 :" や 

\ からざる ものと なす、 白 石、 朝鮮の 使者に 對し、 幕府 を稱 して i お i P と 

一 s へ ら、 I 方洲 乃ち 書 を 白 石に 送り、 其 非 を 論じ、 橫說 縱說、 復た餘 力 を 遺さ 

_ ず、 其 害载 せて 文集 卷 二の 首め にあ 5、 自 ら書 尾に 書して 曰く、 

柬 此書 を 作 る、 實 に 憂盧 に 切な い、 1 ^ きい^^い、 ま^^^^ い、 き い 

加 ふ る に 時 政 を. 謗 訨 す る の 罪 を 以てせば、 則ち 家^ ^ „ ^ ^ ^ ふ 

ベ け. んゃ、 第 一 片 慷慨 忠 i の^ま、々: U い 、て^い^;/ る;^」 ぎ、 はで r 

っ紀 綱に 任 じ、 名 分 を 正す 、唯-君 子の 學ぃ^ わい b 、之 i い & r ャ、^ い 

^ 自ら 威 を 畏れ、 安 を 偸み、 口 を 履 霜^ 氷の^に ^^^きい,^ is い^ 



、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ベ、:; 

の も の、 果 して 何の 書 ど や、 縱 ひ^-測 を 踏む も 實に廿 心する^ 云云 

彼れ が 如き 實に. 名分 を 知る の士と S ふべ し、 諸 家人 物 志に 芳洲の 人と 

な り を 記して、 

〇〇〇〇〇〇〇〇 ooo〇 

性質 溫厚 にし て、 人 と & は ず、 

と 云へ ど も、 苟 も 大義名分の 關 する 所に 至らて は、 侃 々 々、之 れ を 爭 ふ 

て寸 毫も 假借 する 所な きな, 5、 . 

芳 洲は寶 永 五 年 正月 六日 を 以て 歿 す、 享 年 八十 八、 著 はす 所 橘 窓 文集 二 

卷、 橘 窓 茶 話 三 卷、 芳 洲 口授 一 卷、 たはれ 草 一 卷等 あり、 就中 茶話 は 普 通 の 

隨 筆に 過ぎず と雖 も、 亦 間 i 彼れ が 道 學に關 する 學殖を 窺 ふに 足る もの 

あ ら、 芳 洲 口授 は 甘雨亭 叢書に 收载 し、 た はれ 草 は 百 家說林 中に 編入せ 



第 一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— ^一 事^ 1 二三 



第一 篇 雨 森^ 洲— 第二 ^說 一二 四 

第二 學說 

芳^ 深く 宋 儒の 學說を 尊信 し、 明 儒 を ば ず、 明 儒、 宋 儒 を 以て 迂^と な 

すと 雖も、 宋儒は 反りて 孔子に 近似し、 明 儒 は 之れ と 其軌を 異にし、 巾韓 

老莊の 說を雜 へ、 滔々 として 詭譎に 流れん とする ものと せ ら、 彼 れ 論じ 

て 曰く、 

れい、^^^ 、& 鍬ー&§1鹼^俨^.||1| ^^^。の^が 

^,,,。§,,,ゃ^^眷^1き。の|^^,^。の、ぉ|どび。て 

之れ を 貝れば. 竦動ゼ ざるに あらず、 究竟 ® 人 を 去^^, い、 (橘 窓 茶話 

卷上) 

彼れ 力 程 朱 を 推 尊す る こと 餘らに 度に 過ぎた ら、 陸 象 山 陳同甫 及び 王 

陽 明の 學說を 以て 悉く 其 範圜內 にあり とい ふ も、 未 だ 遽 に 首肯す る 乙 

と 能 は ず、 若 し 陸 王の 見解 を 以て 明 道に 本づ くものと せ ば、 姑 く 之 れ を 



し o る o 家 
て o 乙 o は 
之 o と o 之 
れ o 異 o れ 

を o あ o を 

名 O り O 理 A 
づ O 自0 と 

け o ら o い 

て o 修 o ふ 
之 o む o 曰、 
れ o る o く 



恕 す ベ き も、 悉 く洛閩 の圈套 外に 出で ずと する が 如 き、 頗 る 過 言 の 嫌な 

〇 〇 o 

しとせ ざるな ら、 彼 れ程朱 を 尊信す る こ と、 深 且つ 厚な りと^ も、 彼 れ 自 

^ の s-^^^^o て,^^ び^^^^^。 に,^^。 る^。 の^^ 彼れ 

論じて 曰く、 

上天の. 载は聲 もな く 臭 もな し、 ® もな しと は 形な き な ら、 臭 もな しと 

よ、 體 なきな ら、 佛 家 は 之れ を虛 さとい ひ、 道 家 は 之れ を 自然と い ひ、 儒 

〇 o 〇 〇 

、然 らば 三 家、 門 を 同う する か、 曰 く敎を 立つ 

G〇ocoo〇〇〇o〇o〇〇oooq> 

ひ^ T 一 ならず、 五官 四肢 之れ を 形と いふ、 湊 

〇 o 〇 〇 . 

を體 とい ふ 〈同上) 

是れ ii 道佛の 三敎を 通じて 異なる 所な き 根本主義 を 執 へ て 之れ を 論 

ずる ものに て、 同 中に 異を認 め、 異 中に 同 を 認 むる 處、 自 ら 一 家の 識見 あ 

る を 知るべきな り、 彼 れ又 論じて 曰く、 

r-300 3〇00〇〇〇〇00〇〇0〇00〇00000、0 9 

^き^^ i 無の as なる ものな り. is 迦は 慈悲の 聖 なる ものなら 孔^ は 

聖の S なる ものな り、 三 聖人の 形而上 を 言 ふや 謀らす して^ じ 蓋し 

第 一 篇 第 W 窣 雨 森 芳洲— 第一 一^ 說 ニー 五 



ら o 天 o 

修 o 惟。 
む o 一 o 
る o 道 o 
ひ に o 
と 〇 し o 

一 O て o 

釅 理 o 

ら。 に 〇 

ず、 二 o 

釋、 致 o 
子、 な o 
の、 し o 

法、 惟。 

は、 敎 

乾、 t° 

おち〜 立 〇 
儒、 Oo 
門、 る o 
の、 乙 o 
敎ヽ と o 
は、 異 o 
溢、 な o 
潤、、 る o 
彼、 あ o 
れ、 f>o 

n、 故。 

爲、 に o 
く、 flo 



彼 
れ 

曰 
< 



ば。 遇。 列。 佘 

先 o す o に ◦ 以 
f か ベ ◦ あ o 爲 
と かつ る o く 

いつ ら。 も。 夫 〇 

ふ。 の 〇 子。 
亦 o れ o 敢 o な 〇 
宜っ ば。 て o ら 
な 之 o 抗 o 迦 o 
ら o れ o せ o な o 

ず を0 さ" O 1)0 

- お い る。 聃 o 
しヌ な o な。 
之 ら o ら o 

れ 抗 o 此 o 

を o す 三ら 

揖。 ベ。 人。 

1° か o は 〇 
■ZP ら o 衆 o 

れ 3 さ、、 o 父 o 
を る o の o 
拜 な o 父 o 
し b 。 な o 
之 當 o ら o 
れ に o 我 〇 
を 之 o れ o 

m° れ o 子 o 

す に o 弟。 
れ 抗 c の o 



を る 

待 は 

つ 其 

の 好 
道 む 



や、 
橘 
牕 
文 
集 
卷 
之 



問 

ふ 

免 

へ 

て 
曰 
< 



所 
に 
僻 
す 
る 

由 
る 
な 

b、 

る 
人 

曾 

彼 

れ 
に 

敎 
に 

於 

て 
之 
れ 



な 

b 

此 

事 
實、 

に 
然 

b 

然、 
れ 
ど 
も 
獨 

b 

孔 
子 

の 

み 
を 
以 
て 

の 

な 
る 

も 
の 

と 



と 是 

な れ 
さ 儒 
も 道 
其 佛 
敎 共 

k に 

» 其 
に 敎 
施 の 
す 由 
所 b 

の て 

方 生 

法 ず 
即 る 
ち 所 
形 の 
而 精 

下 神 



は 
同 
じ 
か 
ら 



即 
ち 
形 
而 
上 



ざ は 
る 異 
を な 

い る 

ふ Z 



B® 二 

ふ © S 
や © 

差③ 

へ。 

同 ® 



0S §^ 雨 森 芳洲— 第二 平說 

上) 



其 溢 潤な らんよら は、 寧 ろ 乾燥なら ん、 此 れ 以^く- 

は 寧 滋 潤なら ん、 (同 上) 

其 乾燥と いふ は、 陰 氣 なる を 意味 し、 其 滋 潤と いふ は _ 

るに 似た り、 彼 れ又同 一 の 旨 意 を 述べ て 曰く、 

僕不宵 竊に三 家の 斷案を 立 つ、 曰 く、 「天 惟 一 道、 理 無 一 

不二」 と、 一 生得 る 所、 惟 ^ 此 十 六 字 あるの み、 未 だ果し 

らず、 (橘 窓 茶話 卷下) 

彼れ 此の 如く 一 生得る 所 惟 i 此 十六 字 ある のみと い 

れ ば、 是 れ 彼れ が 一 生に 於け る 得意の 論と 見る を 得 

の K 抱す る 所 は三敎 一 致の 說 なり、 支那に あらて は I 



其 乾燥な らんよ も 

_ 陽氣 なる を 意^す 

厶厶厶 厶<3 厶厶 

一 一 致; 立 敎 有 ,異、 自 修 

て 然る や 否や を 知 

ふ を 以て 之れ を觀 

ベ し、 耍 す る に、 彼 れ 

元の 陶 宗 儀、 明 の 林 



兆 恩の 徒、 三 敎 一 致の 說を 唱道せ も、 我 邦に あらて は僧签 海 始めて 孔老 

o 〇 



o oooo ooooooo 

釋の 一致 を 言 ふと 雖 も、 儒 者に して 之れ を 言 ふ もの 

嚆 矢と す ベ け ん、 芳 洲の得 意、 想 ふ ベ き な ら、 宋 儒は竊 

る も、 未 だ 曾て 之れ を 公 言 せ ず、 而 して 佛敎を 徘觝す 

第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 舉說 



る 



o o o o o o 

ば、 芳 洲を 以て 

佛敎に 取る 所 あ 

rJ と 切な, 9 芳洲 

1 二 七 



第一 第 ^ネ ^森 芳洲 —第二 學說 一二 八 

は 之れ と 異にして 佛 敎に對 し、 寬 大 なる 態度 を 取れ ら、 其 言 に 云 く、 

ある 人の 佛道を もしる とて、 つくれる 文 を 見る に、 お ほかた^ 徒の 惡 

業 をのみ あばき 出 だし て、 ほ とけの. みちの 是非に は およばず かく い 

、、、、、、、、、、、、、、、、、 、ヽ、 、、、、、、 、、、 

は ^儒生の よろしから ぬし かた いかほど も かき あら は し、 ひ じらの 

、、、、 、、、、、 

をし へ を そしる ベ し、 影 を 見て かたち をお も ひ、 な がれ を さぐらて み 

oooooooo 〇o〇〇 

な もと を 知る は、 ま M とに さる 事 なれ ど、 末 のつ ひえ ある 事の み をい 

〇oooo〇〇〇o〇oo〇〇〇〇〇〇o 

ひ て、 其 もとの いか ^-と 知らざる もうる さ し、 (た はれ 草) 

此論洵 に 公平なら とい ふべ し、 倚 ほ 又 老釋の 言、 未 だ 必ずしも 非と す ベ 

からざる を 論 じ て 曰 く、 

oooooooo o〇o〇〇〇o〇〇o〇o〇〇oo〇oooo 

老子の 言 未だ 非と す ベ からざる な り、 釋 子 の 言 亦 未だ 非と すべから 

oooooooo OCOOO 〇〇〇〇〇〇 

ざ る な 6、 異 端た る 所以の も の、 事 業 差 ふの み、 V 橘 窓 茶話 卷上) 

是れ道 敎佛敎 共に 根本主義に 於て 儒敎と 異なる 所 ある にあらず、 唯 1 其 

敎を 立つ る 方法に 於 て、 此 れと 同じから ざる 所 ある を いふ ものな み、 彼 

れ又孔 老釋を 論じて 曰く、 



三聖 一 致に して 未だ 敢 て三敎 一 法と S はざる な り、 然 れ ども 斯 言 を 

厶 厶厶厶 △△△△<! 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A 

な す や、 自 ら其 洛閩の 罪人た る を 知るな ,0/ (同 上) 

彼れ の 見解が 儒敎 の範圍 を超脫 して 二 層豁大 なる 丈 其れ丈 程 朱の 軌 

道 を 離る、 こと 遠 し、 是 れ其 自ら 洛閩の 罪人と 稱 する 所以な ら、 彼 れ 又 

時 あらて 佛敎を 以て 儒敎に 優れる ものと する が 如 し、 其 言 に 云 く、 

形而上の TP の、 之 れを 道と S ふ、 釋 老 以て 敎 とな す、 所 第一義 佛 法な 

ち、 形 而 下の も の、 之 れを 器と い ふ、 吾 儒 以て 敎 とな す、 所 第二義 王法 

な り 、(同 上) . 

若し 道 敎と佛 敎とを 以て 形而上の 敎 とな し、 儒 数 を 以て 形而下の 敎と 

な さ ば、 是 れ儒敎 を 以て 道敎 と佛敎 とよ. hN 一 層卑 きものと する にあら 

ずして 何 ど や、 凡 を 是 等 の 言、 悉 く 純然たる 儒者の 口 よら 出づる ものと 

して 之れ を 考察せ ば、 亦 奇異の 感なき 能 はざる な み 、是 を 以て 當時已 に 

芳洲の 立脚 點を疑 ふ もの あ,^ き、 橘 窓 茶 話 〔卷 下〕 に 云 く、 

或は 曰 く、 子 喜 んで 佛說を 言 ふ、 所 駸々 然として 其 中に 入る もの か 

第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 學說 二 一 九 



第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニー 一〇 

笑って 曰 く、 非 な i 

彼れ 自ら 此に 其佛敎 徒に あらざる こと を斷 言 せ 5、 然 れど も带經 に^ 

く 所 を 以て 理氣の 二字に 攝し、 如 來藏を 以て 天道と なすが 如く、 儒敎の 

旨 意 を 以て 佛敎 を解釋 する の 傾向 あ る、 是 を 以て 他の 儒者の 如 く、 弗 敎 

に對し て、 甚 しき 反 情を懷 かざるな ,9、 彼 れ朱子 を 論じて 曰く、 

朱 子 佛を修 むる もの を 以て 槁木 死灰と な す、 蓋 しき 如 § , ^ V 志 

茶話 卷中) 

又 山 崎 閽齋を 論じて 曰く、 

嘗て 妙 心 寺に 沙彌 たら、 廿歲 左右 闢異 一 篇を著 はし、 寺 門に 船し、 還俗 

髮 4 蓄 ふ、^ 知 ひ i や?^、 かや おんお^^^ 、(同 

上) 

芳 洲が佛 敎に對 して 寛容の 態度 あらし は、 森 儼 塾の 徒と 異なる ことな 

し、 然 れ ども 又 儒 敎の長 處を發 揮せ ざるに あら ず、 乃 ち 朱 子の 言 を 引い 

て 云 (. 



異端 固よ, 9 說き 得て 著す る處ぁ 5、 但,, 綱 常 上の 說 にあら ず、 君 子の す 

る を 屑し とせ さる 所な え (橘 窓 茶話 卷下) 

又揚 子の 言 を 引いて 曰く、 

^ ひ 

揚 子に 云 く、 老 子の 道德を 言 ふ、 吾 れ 取る あるの み、 仁 義 を槌投 し、 禮 學 

- ., 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

を絕: ^する に 及ん て は 吾れ 取るな きの ^と、 吾 れ佛敎 に 於ても 亦 云 

ふ、 (橘 窓 茶話 卷中) 

尙ほ又 積極的に 儒敎の 世間 敎 なる を 明 言 して 曰く、 

聖人の 敎は , 天 下 を 治む るな え 天上に あらざる な り、 (橘 窓 茶 話 卷 下) 

更に 又 佛敎の 旨意已 に儒敎 中に 含有 せらる、 乙 と を 論じて 曰く、 

釋子 西域に 生まれ、 一 生の カを窮 むと 雖 も、 言 ふ 所中國 聖人の 說に出 

てず、 (橘 窓 茶話 卷中) 

此に 至-' て 彼れ の 言、 過 大に 失せ .CV 、例 へ ば、 四 諦 の 說、 ニー 界 の 說、 十 ニ因緣 

の 說、 三世 因果の 說、 豈 に儒敎 中に ある ものな らん や、 解 脫 湼 槃の說 も、 牽 

合附屬 の解釋 をな すに あら ざれ ば、 儒 敎中 にあら とい ふ を 得 ず、 其 他 儒 

第】 篇 第 四 草 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニニ 一 



第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニー 一二 

一 数に 之れ なくして 佛敎に 之れ ある もの 二々 算へ來 たら ば、 實 に 其 煩し 

きに 堪 へざる な, CS 、此れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 佛 敎を 以て 儒敎 の範圍 

一 に 出て ずと する は、 固 より 其當を 得た る ものに あらざる な る 

\ 彼れ 聖人の 人格に 就いて 論じて 曰く、 

所 S 人 は 即ち 英雄の 極な ら、 (橘 窓 茶 話 卷 上) 

其 意 印度に 於て 釋 迦 及 び 其 他の 智 者 (例 へ ば 「ジ ャ イナ」 派の 祖師の 如き) 

を 指して 大 英雄 gal る- vira と稱 すると 同 じ、 又 曰 く、 

r><Jnr> つつ 〇oo〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 0000 

gss^pi" ひ^^,^^ ば、 便ち 一等の 人^ら、 等しく 之れ を 上 

ooooooooooooooooooooopo り。 2., 

い ",い^ g 人よ,^ 高き M と、 其 幾何なる を 知らず 萬 世の 敎主 

たる 所以な,^、 (橘 窓 茶話 卷中) 

:: 是れ 聖人の 人格の 天下 萬 衆に 超絕し て、 思 議 すべから ざ る もの ある を 

いふな, 9 又 曰く.. 

\ I. 如の 百世 を 憂 ふる 乙 と 一 日の 如し、 蓋し 智 愈,. 大 なれ は盧愈 遠し 小 

$ 〇 〇 〇 C 〇 ひ 〇 。 

人 は 是れに 反 す、 (同 上) 



• 



次ぎに 聖人の 行藏 いかん を 論じて 曰く、 

^き^ i ^ 君子の 已むを 得ず して 之れ に 居る 所以の ものな り、 貧 賤 

» » » 、 、、、、 、ヽ ヽ、 、ヽ ヽ、 、、、、、o〇o^oo-.9,op: 

い^^^ 甘い か 之れ を樂 む 所以の ものな り、 惟, 聖人 は 榮耀に 意 

れい 4 難^ い、 i^^siA?^ 鲈 (橘 窓 茶 卷下ー 

是 孔子 を 以て 鎏 人の 標本と な し、 其 意中の 眞相を 寫出 だせる ものな 

芳洲義 利の 別 を 論じて 曰く、 

o つ oocoooooooooooopoooqo、ooo〇 

^き § I. 、きより 自然の 利 あり、 義と 利と 元と 二に あらさるな, 9 かれ 

ども 人に 吿 ぐるに 此の 如く すれば 利に し て、 此 の 如く すれば 不利な 

る を 以てすれ ば、 耳 を 傾けて 聽 かざるな し、 若 し 之れ に吿 ぐるに 此の 

如く すれば 義 にして、 此の 如く すれば 不義なる を 以てすれ ば、 面、 忤 色 

o o o o o o o o o ^ o o お ? .s ,o お^^ o o o 、 

あらざる な し、 君 子 は 面、 忤 色 ある を 以てして 義を 以て 自ら i はらす 

^^^^^きい^ S かいか^^^き お や-橘 窓 茶話 卷 

上) 

第一 篇 第四蓴 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニー ニー 一 



第一 tl 第 四 草 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニニ 四 

又 同 一 の 旨 意 を 述 ベ て 曰く、 

P 、、、 、、、、 、ヽ、 、、、、、、、、、、、、、 、、 、、、 

功 や を 以て 之れ を 誘 へ ば、 人 皆 喜 ぶ、 道 德 を 以て 之れ を責 むれ ば、 人 皆 

ffl む、 君 子 其 a む を 以てし て、 其 道德の 責を廢 せ ず、 蓋 し 之れ を 誘 ふに 

"ト 、、、-、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、 

功^-を 以てすれば 人欲 日に 熾ん にし て、 禍 必ず 之れ に隨 ふ、 之 れ を 責 

、、、、二、, 、ヽ ヽ、、 1ヽ、、 ヽ、、 ヽ、、 、ヽ ヽ ヽ、、 、、、、、 

むる に 道德を 以てすれ ば、 善 心 日に 興み て、 禍 或は 歸 へ る 乙 と あらん、 

豈に 自然に あらず や、 (橘 窓 茶話 卷中) 

此れに 由み て 之れ を觀れ ば、 芳 洲が義 を 以て 道德的 行爲の 目的と し、 功 

利 論者の 如 く、 利 を 以て 目的と せざる こ と 明瞭な ら、 彼 れ以爲 く、 刊 を 以 

て 目的と すれ ば、 反 り て 利なら ず、 義 を 以て 目的と すれ ば、 反 らて利 あ々 

と、 是 れ 彼れ が 「仁 義の中 固 よら 自然の 利 あ ら 」 と いふ 听以な ら、 S ま 一 賺 

-攀 V , 

分明に 其 旨 意を述 ベ て 曰く、 

ffi は 樂の府 なち、 天下 未だ 聖人 を樂 まずん ば あらず、 然れ どもき § き 

あれ は樂 得へ 力ら す 唯,. 當 になすべき 所 をな せ ば、 求 めず して. & い 和、 

♦ (橘 窓 文集 卷之 二) 



彼れ の 說此に 至りて グリ r ン 氏の 倫理 說と 左右 逢 原、 殆 んど 符節 を 八に 

する が 如 し、 何 ん となれ ば、 其 旨 意、 グ リ f ン氏 の 道德的 行爲の 目的 は、 快 

樂其 物に あらず し て、 寧 ろ 自己 充足 self-satisfaction にあ, ON とする に 一 致 

. oooo〇〇〇o〇o〇〇〇〇o〇oooooo〇oo 

すれ はな^、 一 般の 幸福 即ち 公利 公益 は 道德的 行爲の H 的たり 得べ し 

〇 p 〇 o po〇ooo〇〇 o〇〇〇 oooooooo 〇〇〇ooo 

と雖も 個人的 快樂は 道德的 行爲の 目的に あら ず、 道 德的 行爲の 目的 は 

0JO〇o〇〇〇o〇〇〇ooooooo〇〇〇〇〇o〇〇o〇〇〇 

自己の 良心に 質して 何等の 疚しき 處も なき 自己 充足 を 得る にあるな 

o ' o o〇〇〇o〇ooooo〇ooo〇o〇〇〇〇oo〇〇〇〇〇 

ら自 己 充足の 結果と して 內界の 快樂を 得べ く、 又 其 結果と して 外. 界 の 

o〇ooooo〇o〇o〇〇o〇o f し SOO 〇〇〇〇〇〇〇〇 oo 

快 樂をも 得べ し、 然 れ ども 快 樂其物 を 目的と して 努力 すれ ば、 個 人 以上 

〇〇〇〇oooooo〇〇〇〇〇oo〇o〇〇oo〇o〇o 

に超絕 したる 高尙 なる 道義 を 失 ふの 恐れ ある を 免れざる な り、 果 し て 

J" 厶厶厶 <1厶<1 厶. <<• 厶厶 <"厶厶<3<" 厶厶 厶厶 <"<3A 厶厶 △ 

然 ら ば、 芳 洲 の 說、 徂 徠の をれ と 正 反對を 成して 反, cv て 其當を 得た る も 

厶<3厶<3厶 厶厶厶 厶< 

のなる を 知るべきな, nN、 

次ぎに 又 彼れ が 爲學の 方法 を 見る に、 平 素 諸 生に 揭 示して 曰く、 

〇o〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 

學は 人た る こと を學 ぶ 所 以 な ら、 (橘 窓 茶 話 卷 上) 

と、 或 る 人 其餘, o に單 純に して 且つ 明白なる を怪 み、 問 ふて 曰く、 

第一 篇 第四荜 雨 森 芳洲— 第二 摩說 ニー 一 五 



第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 學說 ニー 一 六 

學は 人た る こと を學ぶ 所以な ,c /此 意、 人 々之れ を 知 る、 何 ど 之れ を 奥 

妙と い ふ を 得ん、 (同上) 

彼れ 乃ち 答 へ て 曰く、 

:1: 、: v 、〇〇〇, 〇oco〇o〇〇〇o〇ooo〇ooo 

是れ なう、 是れ なち、 人々 之れ を 知らて 而 して 人々 未だ、 ま^』",!" 

〇 o 〇 o 

ざるの み、 (同上) 

彼れ 力 人た る こと を學 ぶと いふ は即 ち、 人 格 修養 を 意味す るな も、 其 言 

恐く ば 尹持講 が 「學 者、 所,, 以 學, 爲, 人 也、」 と 云 へ るに 本づ くなる べしと 雖も. 

之れ を揭 示して 以て 爲學の 方法と なすが 如 き、 其 當を 得たり とい ふべ 

き な も、 彼 れ又 一 日 諸 生 を 戒めて 曰く、 

老身 叨に函 丈の 尊に よ み、 動 も すれ ば、 輙 ち恣 に責讓 をな して 曰 く、 賢 

等 不敏な 力 と、 此 れ 自ら 老身 を敏 とし て、 獨 も 賢 等 を 不敏と する にあ 

ら ざるな, 老 身の 賢 契に 於け る、 一 同 不敏 中の 輩 行、 但盛曰 を讀む N! と 

たが 

日ク しく 生 位 較> 差 ふ の み、 所, 謂 聰敏 なる もの は、 必 ず 程朱韓 蘇に 至, o- 

て 乃ち 極まる、 然れ ども 程 朱韓蘇 未だ 嘗て 不敏 を 以て 自ら 嘆ぜ ずん 



ば あらざる な ら、 故 に 曰 く、 士 は 賢 を 希 ひ、 賢 は 聖を希 ひ 聖は天 を 希 ふ 

0000 00 00 ^-00 

蓋し 義 理、 窮 * なき 故な,^ 云云 (同上) 

此 最後の 言、 周 子が 通 書 に 「聖 希 k 、賢 希 、士 希 *;】 と 云 へる を 倒 逆せ る も 

のにて 大に味 あ ち、 普 通の 士 人が 直に 天 を 以て 己れ が模 範. とす る も、 之 

れを實 現せん と 努力す る 乙と 餘, 9 に 突飛な り、 故に 其 間に 二種の 段階 

を 設 け、 以 て 迥に相 接する 乙と を 得せし めた も、 或 る 人 又 彼れ を 訾 り て 

曰 く . 

叟將 に^ 十に 近から んと し、 讀 書 倦ま ず、 是 れ 自ら 其 學の竟 に 成る こ 

と 能 はざる を 知らざる な ら、 愚 とい ふべ し、 (同 上) 

と、 彼 れ乃ち 之れ に 答へ て 曰く 

o o o o oooo oooo oooo 000 9 ^ ^ o P ^ o ^ 

活 くる 乙と 一 日 なれば 讀む rJ と 一 日に して 務めて 上, 9 前まん と 欲 

す、 乃 ち 吾 黨 の 志 な ,CN、 學 の 能く 成る rJ となき や、 吾 れ 之れ を 知る 乙と 

久し、 (同上) 

是れ 彼れ が 向上 的 進路 を 取, 9 て 活動し、 一 息の 間 も亦已 むこと なき を 

第一 篇 第四窣 兩森 芳洲— 第二 學說 一三. 七 



第一 篇 第四窣 兩森 芳洲— 第二 學說 1 三 八 

叙述す る ものな り、 彼 れ又講 學の妙 機 を說 破して 曰く、 

昨夜 一 劍客を 見 る、 其 術 を 言 ふ 乙と 甚だ 詳か に、 反 覆 萬 端、 之 れを聽 く 

に 耳 を 以てする rJ となく し て、 之 れを聽 くに 心 を 以て す、 之 ^を 聽く 

に 心 を 以てする rJ となく し て、 之 れを聽 くに 氣を 以てする の說 にあ 

らざる 乙 とな し、 夫 れ藝は 至 理の寓 する 所、 故 に 一 擊劍の 微と雖 レ、 其 

道に 精 はしき も の、 其 言 暗に 至 道と 合 す、 奇 と S ふべ し、 (橘 窓 茶 話卷 中) 

一 技 一 藝に 長ず る も Q 、必 ず 之れ に 長ず る 所以の もの あ ら、 之 れに 長ず 

る 所以の もの を說 くに 及んで は、 聽 くもの 亦 必ず 講學の 妙 機 を 連想し 

來たら ざる を 得ざる な, CN、 

最後に 芳洲が 神道 を 尊重せ しこと を 看過す ベ から ず、 文 集の 卷 首に 大 

寶說ぁ ら.、 三 寶の 意義 を 說 き、 國 體 の尊嚴 を述 ぶる こと 至れ, 5 盡く ^カ 

とい ふべ し、 其 言 に 云 く、 

三 寶の 設け や、 一 に 曰 く、 璽、 二 に 曰く 劍、 三 に 曰 く 鏡、 璽 は 仁なら, 劍は武 

な, -、 鏡 は 明な り、 明 以て 之れ を燭 らし、 武 以て 之れ を斷 じ、 而 して 仁以 



て 之れ を 成 す、 云 云、 

大寶說 は 彼れ が 得意の 文と 見え、 橘 窓 茶話の 最後に 云 く、 

厶厶 厶厶厶 ム厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

吾が 平生の 文字、 只 大寳の 一 說 あるの み、 

以て 其 意の 存 する 所 を 察すべきな り、 又 橘 窓 茶 話 〔卷 中〕 に 論じて 曰く、 

神道 は 三ウ、 一 に 曰 く、 神 璽 は 仁なら、 二に 曰 く、 寶 劍は武 な,^、 三 に 曰く. 

鏡 は 明な り、 我 東、 質 を 尙 び、 未 だ 以て 之れ を 文に する もの あら ず、 然 

と 雖 も、 深 く 信じ 篤く 行 ふて 而 して 得る あ み、 何 ど 必ずしも 言 語 文 章 

を 之れ せん や、 或 は已 むこと を 得ず して 其說を 求めん と 欲せ ば、 之 れ 

を 孔門 六 藝の學 に 求めて 可な え 所 .謂 三 器 は、 本 と經な ぇ鄒 魯の述 ぶ 

iS 所の もの、 我 註 脚な り, < 或は 雜 ふるに 釋老 異端の 說を 以てする も 

の あ ら、 其 神道 を 去る 乙と 遠し、 

彼れ が 此に斷 じ て 「所レ 謂 三 器 は 本と 經な ら、 鄒 魯の述 ぶる 所の も の、 我 註 

脚 な ら」 と いふ も の、 誠 に 痛快^ら とい ふべ し、 凡 を 國體の 尊嚴を 知る も 

の、 這 箇の 識見な かるべ から ず、 彼 れ又 曰く、 

第 5 第四荜 雨 森 芳洲; 第二 學說 1 三 九 



. 第! 篇 第 四,^ 雨 森 芳洲— 第二 ^說 一四 o 

神代 一 卷、 以て 尊重せ ずん ば あるべからず、 其 言た る や、 遼濶奧 崎 究め 

ずして 可な え 人 其 的確 を 求. めんと 欲す 無識 とい ふべ し、 (橘 窓 茶話 卷 

下) 

其 神代の 事 を 以て 究 むべ からず とする は、 未だ 首肯すべからず と雖 も、 

神代 一 卷を 尊重す る もの、 本と 國體を 尊重す るの 意に 出づ、 今 是れを 儒 

者 の 言 として 之れ を考 ふれば、 亦 甚だ 床しき 听 ある を 覺ゅ、 殊に 彼れ が、 

れば、 唐と 韓と 如かざる 所 あ 夂豈 に 神 ^ & い ,い^ゃ (同上 > 

一 と い ふが 如き、 爾餘の 儒者と 大に其 見解 を 異に す る 所 あみ 、是れ 芳洲が 

\ 親しく 支那 人 及び 朝鮮人と 相 交 は ら、 而 し て 後、 自 己の 經驗 によらて 道 

\ 破す る 所な り、 故 に 反.^ て 事實に 近き もの ある を 知るべきな. o、 

: 橘 窓 文集 〔卷之 一 ごの 末に 附 載せる 劄記 二十 八 則 は 彼れ が語錄 なみ、 其 中 

に 謂 へる あ ら 、云 く、 

か s い^^ゅ 知^^ やかき i やや Ifc む^ 跏^ si^l^BI^ き 



や 獸、 き 胃、 鶸、 て、 友、 の、、 夫、 
歸、 德、 突、 庸、 と、 是、 れ、 
第 を、 を、 道、 俗、 せ、 に、 書、 
; 同、 立、 理、 の、 ざ、 於、 は、 
を、 人、 れ、 て、 以、 一 

明、 ブ 2、 ば、 力、、 て、 
力? る、 平、 得、 讀、 
に、 に、 生、 何、 ま、 
せ、 染、 膠、 ど、 ざ、 
ざ、 ま、 の、 以、 る、 
れ、 ざ、 如、 て、 ベ、 
ば、 ら、 く、 廢、 力、、 
关、 ん、 漆、 す、 ら、 
は、 や、 の、 ベ、 す:、 

狗、 人、 如、 け、 鎏、 

彘 5 生、 き、 ん、、 を、 

ブ 2、 得、 も 、み、 師、 
b、 る、 の、 聖、 と、 
小 と、 皆、 人、 し、 
は、 雖、 是、 を、 賢、 
蟲、 も、 れ、 以、 を、 

し、 得、 蛭 5 百、 庸、 て、 友、 
― き、 る、 た、 歲、 夫、' 師、 と、 

S も、 所、 ら、 過、 俗、 と、 す、 
の、 な、 歐、 ぎ、 子、 な、 る、 
に、 く、 陽、 易、 幾、 し、 所、 
あ、 *、 公、 し、 何、 賢、 以、 
ら、 木、 の、 魯、 に、 人、 の、 
ず、 禽、 所、 憧、 し、 を、 も、 



う、 て、 
第 し、 功、 

1 て、 を、 

^ 澌、 立、 

森 盡、 て、 

1 す、 言、 
k る、 を、 

? も、 立、 

學 の、、 °: 
說 豈、 三、 
に、 つ、 
慙、 の、 
づ、 も、 
ベ、 の、 

き、 一、 

の、 つ、 

甚、 も、 



やき、 4 き、 き、 吾 友 又 新 M 喚んで 萬病圓 となす、 余 之れ が爲 めに 節 

を 擊 ちて 嘆 賞 す、 今 は. C ふ I > 

此〜 t て 之れ を觀 るに *r の £i あ £ざ、£ 。を f し、 其 

か^ゆ^ ^ひ 卜^踟^?^れ|^、0 ヘレ、 其 他 彼れ が 著書 中に 散見せ る、 

格 言 を 拾集して 之れ を 左に 列擧 せん、 



第 一 篇 第四窣 雨 森芳洲 I 第二 學說 一四 二 



凡そ 讀書 

君子の 學 

を 誦し、 越 



と雖 も. 

、 、 、 

と せ ず、 

o o 〇 

天下の 

f 、 、 

の 人に 

、 、 、 

fe» レー Y 

、 、 、 

る 所 を 

、 、 、 

とする 

、 、 、 

して、 而 

、 、 、 

然とし 



o 

ぎ 



は、 聖 賢 の 言 を 視、 輒 ち 喜 悅 恐 怖、 自 省 自 警 の 心 ある も の、 以 て 

、、、、、、、、、、、、、、、、、に、 - い、、 〈、ハ ハ 

をな すべきに 庶 し、 若 し泛 然として 之を視 居然と して 之れ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ^、.、、、 

人の 越 を說 くを聽 くが 如くせ ば、 或 は 案に よ も 卷を 手に す 

、 、 、 、 • % 、 f 、 、、、 、 、、、 , , 、 、*f 、、: ハ、 r 

日唔咿 して 成すな きに 竟 らんの み、 况 やよ るに 未、 た 案 を必 

、、、、、、、、、、、、、 

未だ 卷を必 とせざる もの を や 

o o o o o o o o o o o o、o 0,0 0、 め o o O.C5 力で o ひ 

是 中に 必ず 非 あ も、 非 中に 必ず 是 あら 全是 なく 全 非な し 人 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、刀、、 、h、 

け る や、 先 づ 彼の 是 とする 所 を是と し、 彼 れの 非と する 所 を 

、; *、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、力、、 

し て 後、 徐 にして 我れ の是 とする 所を是 と し、 我 れの 非と す 

、、- *•、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 

と せ ば、 爭 論庶 くば 息 ま ん、 爭 氣 なる もの あ 5、 遽 に 彼れ の是 

、、、、、、、、おさ、、、、、、、、、、、 、、、/、 

を 非と し て、 之 れを壓 へんと 欲 す、 是 れ 彼れ が 非と する 所に 

、、、、、、、、、、、、、、、^、、おさ、、、、、、 

之れ を 張らん と 欲 す、 朝 を 終へ 夕を畢 へ、 相 壓へ相 張 る、 * 冷 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

1 に歸 する こ と 能 は ず、 豈 に 惑に あらず や、 



凡 を 人 只 君 上に 事 ふる を 知, ON て 父母に 事 ふる を 知ら ず、 蓋 し 臣の使 

はる、 を肯ぜ ざる も の、 即 時に 職 を 罷め祿 を 奪 は れ、 其 勢、 使 はれざる 

O〇〇o〇〇〇oooooo〇〇〇o〇c〇q9〇 

を 得ざる な ,0/ 父 母 は然ら ず、 故 に 事 へんと 欲せ ば、 之 れに 事へ 事 へん 

OODOOOOOOOOOOOOOOOOA A 、厶 A A A A A A A、 

と 欲せ ざれ ば、 事 へ ず、 是 れを 愛を恃 むと いふ 然れは 其 君に 事 ふるや 

厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A<iA 厶 AA 厶 A 

利の 爲な .ON 、忠 の爲 めにあらざる な, nN, 

五 

〇〇〇r-〇o〇〇o〇〇o〇〇〇〇〇o〇ooo〇ooooop 

天下 二 あ り、 才 と い ひ、 德 と い ふ、 德 を尙ぶ もの は迂 腐に 似たり 才を尙 

oooooooooo " 

ぶ もの は 聰敏に 似た, ov、 

000000000000000000000 0-0 00 

徳を尙 ぶ もの は、 君 子の 歸な ち 、才 を尙ぶ もの は、 小 人の なり 

〇〇〇oooo〇o〇〇CJO〇〇o〇〇o〇〇〇. 

明察なる もの は、 僞 に 流 れ、 質 朴 なる もの は、 閽 に 近し 

第一 篇 第四窣 雨 森 芳洲— 第二 學說 一四 コー 



第一 篇 第 四 章 雨 森芳洲 ー 第二 ^訝 一 四 四 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、-、、、、 , 

身 は 外な ら、 輕 し、 心 は內な も、 重 し、 身 を 外にし て、 安 を 心に 求む る もの 

、、、、,、、、、 ヽ、、 、、、、、、、、、、、、、、、 

は "君 子 な ら、 身 に 切々 とし て、 心 の 安 を 求めざる もの は、 小 人な, nN 

九 

厶厶 A 厶厶厶 厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <- 厶厶 

天下の 不祥なる も の、 王 侯に 若く はなき な,^、 

十 

oooooooooooooooo oooo 

僥倖の 心 多き もの は、 必 ず 救 はれざる の 敗 あ,^、 

十 一 

OOOOOOOOQOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 

君子 は 君に 勸む るに 恭儉を 以て す、 其 國に益 あらん rJ と を 欲するな 

〇〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇〇o〇o〇〇ooo〇〇〇〇o〇c 

ち、 不 宵 は 君 を 誘 ふに 驕奢 を 以て す、 其 己れ に 利 あらん M と を 欲する 

〇 o 

な A 

十二 , 

、 、、ヽ 、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 

下 を 視 て餘ら あれ ば、 驕 慢の心 を 起 す、 上 を視 て窮, ^なけれ ば、 謙 虛 の 

、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、 

意 を 生 ず、 世 の自 滿自大 なる も の、 皆 下 を視て 自ら 覺ら ざるな, OS.. 

十三 



地位 高 けれ ば、 見 る 所 遠 し、;^ れ ば, 之 れに反 す、 君 子 小人の 殊 なる 所以 

、、、、 、、、、/»、、、 、 

の も の、 其 れ 遠近の 間にある か、 

十四 

物に 固然ぁ り、 事 に 必至 あ fts 、春 あれば 夏 あ 



の、 物 に固然 あるな り 、春 去. o 夏來た ち、 夏 去 

〇〇〇o〇o〇〇〇〇o 

あるな 夂少壯 老死、 一 呼吸 も 亦然夂 



,秋 あれば 必ず 冬 あ る も 

,秋 * たる もの、 事に 必至 



S,V《:>^VIJ ュ: 



一 pkl 



第一 篇 第 四 草 雨 森 芳洲— 第二 學說 



一四 五 



木 門 十四 家 詩集 

日本 諸家 人物 誌 

紹述 文集 f 卷ニ 十五〕 

湘雲瓚 語 

鍾秀集 

徂徠集 

兼 山麗澤 秘策 

近代 名家 著述 目錄 

慶 長以來 諸家 著述 目錄 

日本 名家 人名 詳 侵卷 之 下; J 

鑒定便 覽 〔卷 上〕 

大日 本人 名辭書 



第一お 第 四窣 雨 森 芳洲- —^三 



篇 第四窣 雨 森芳洲 —第三 芳洲 if 係^ 類 一四 入 



19iLOOO』ooo-oo〇〇 o〇o o o 3 o o 

智識と 勇 氣と は、 偉 大を造 出 だ す、 此 二者 は 人 を 

o, op*9L〇oo〇、oo〇o〇o〇o〇 〇o〇 

して 不朽たら しむ 是れ 不朽なる ものなる が 故 

o o、2-b OOO0OO0OO0OOOOOO 

な, 9 如何なる 人 も 智識 を 有する 丈 其れ丈の 價 

.o-oo pooo ooo ooooo 〇〇〇〇o 

個 あら 而 して 智者 はなし 能 はざる 所な し、 人 に 

O'o^bvooo.0 000000000000 

して 智識なければ 世界 は 暗黑 中に あるな も、 識 

o—〇 9〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇o〇o〇o 〇〇 

見と 勢力 即ち 目と 手と なかる ベ から ず、 勇 氣 な 

OOOOOOOOOOCOOO 

け れ は、 智 識も 結果な き もの な み、 



第五 章 安東 省 菴 

安柬省 罨、 名 は 守 約、 字 は 魯默、 初めの 名 は 守 M 、通 稱は市 之 進、 省菴 は其贺 

な り、 筑 後の 人 柳 川 侯に 仕 ふ、 靑 年 の 時、 江戸に あ ,9、 松 永 尺 五に 學び、 日夜 

刻苦、 》 神 を 消磨し、 死に 瀕: して 巳まず、 友人 之れ を諫 む、 彼れ 答 へて 曰く、 

方正 學日 くム! ^a^<s ^みゃ^お^^ i レ^ 踟^ やかゃ^^^ 

跏^^ ^^^1^ かや, ひか い,^^^、^^^ ゆ^^かい 

(甘 雨 亭 叢 書) 

其 人 乃ち 笑って 企 む、 省菴偶 > 小瘡を 患 ひ、 久しく 牀褥 にあ, 9、 時に 耶 の 

賊、 島 原に 起る、 彼れ 乃ち 病を强 ひ、 馬に 跨ら、 侯に 從 つて 西し、 島 原の 有 馬 

に 至 -、 劇 痛 を 忍ん て 陣頭に 立 ち、 其 志、 必 死に あわ、 時に 年 僅に 十 六、 彼 れ 

が 勇敢の 性、 以 て 知 る ベ きなら、 明曆 元年 明の 朱 舜水長 崎に 來た る、 舜 水 

第二 篇 第 S 窣 安東^ 菴 一四 ナ 



, 第 一 篇 第五 窣 安東 省菴 一 五 ◦ 

? に學問 あ, 5、 節操 ある 人な,^、 然れ ども 時人 未だ 之れ を 知る に 及ば ず、 ® 

一 - 省菴往 いて 之れ を師 とし ふ^^き^ 一 I む^^ ^、! 1 き 

一 して 一 大 高誼と なす、 伊藤, 仁齋 が 「答, 一安 東 翁 菴, 書」 に 云 く、 

承-聞く、 明國の 大儒 越 中の 朱 先生、 鋁、 秦を 帝と せざる の 義を懷 き、 來 

た ー て 長 崎に A まる、 臺ト きい^ や^^い^.; か^い^^い ^、つ 

妻子 を菩 へ ず、 衣食 を^、 へ ゃ酽^ &^ぃ ぞい、 て、 W か ibls^^ かか 

お, o _^ o o o VO . o o o o o o o o 

のに あら すん は豈に 能く 然 らん や X 古學 先生 文集 卷之 一 ) 

\ 舜水 自ら 深く 省菴の 高誼 を 感ぜし と 見 え、 其 「與 „ 孫 男 毓 仁, 書」 に 云 く、 

日本の 唐人 を留 むる を 禁ずる こと 巳に 四十 年、 先 年 南京の 七 船、 同 じ 

く 長 崎に 住まる 十に 九、 富 商 連名 具 呈、 懇 留 累次、 俱に 準せ ず、 我れ. 故に 

此に 意な し、 乃ち 安 柬省菴 苦々 懇留、 轉展人 を ^ む. 故に 留駐此 にあら、 

是れ 特に 我 一 人の 爲 めに 此厲禁 を 開くなら ま^ af< る < のぎが 

一 俸 を 分ち て 我^^^^"^ やき" かか トゃ^ ♦b.^" 



^^^ゼゃ^|-添^き^^"^^^^^れニ ^に 費 銀 五十 兩、 こ 次 

おい 1 か 阵£^ も^^ 4』fl い、 わ^^^んい」 き はして 送〜^ 

かや,^^ 4f ゲが まだ^ 酽 i-ir の^ 、ぎ^^に^ iaw 魚 ® 数枚の 

や • や A 一 ム唐 ぎ、^ ピ ぼ A て ぎ < を ^ 酽 < す ムる ひ < と A な < くま A 封 A m 織 ま 宗親 朋友、 

J 、 、、 、 、 、 〇〇〇〇(,.〇〇 00 〇〇〇〇〇 

:4 か 4 い^^ を 非 笑し、 之れ を諫 S す、 省菴 恬然と して 顧みず 惟^日 夜 

I 曰^^^^^ Ik 、我れ 今 此に來 たる こと 十五 年、 稍, 物 を 寄せ 意 

を 表する も、 前 後 皆 受 け ず、 矯 激に 過ぎ、 我れ 甚だ 樂 まず、 然れ ども 改む 

る 乙と 能 はざる なり ^等の 人中 原 亦 自ら 有る 乙と 少し、 汝、 名義 を 知 

ら ず 、。亦 | 田 に % に 銘 f に o 刻 o し 、o 世 % 忘 o れ 9 さ 。る ズ い、 云 鐘 水 文集 卷二 

省菴が 始めて 舜 水に 師事せ し は、 尺 五 歿後 五 年な りき、 省菴舜 水に 感化 

せらる、 所 多く、 其 學問德 行是れ よら 大に 進み、 遂に 關 西の 巨 儒と 稱せ 

らる、 に 至 1 も 、後、 舜水水 戶に聘 せらる 、 に 及んで、 尙ほ ar 書翰 を 送う 

て學問 道德を 論じ、 相互に 氣脈を 通ず るる と を 廢せざ もき、 省, おへ ノ# 水 

を 尊崇す る こと 至れり 盡 せり、 彼れ が 曾て 舜 水に 送れる 書に^ 

第 一 篇 第五 窣 安東 省菴 一 五 一 



第一 篇 第五 草 安東 省菴 一 五 二 

、、、、、勺、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

守 約 之れ を 開け ら、 萬 物 の 生. 人 より 貴き はな し、 人 の 業、 儒 よ, o- 贵きは 

、、、、、、、*、、、、、、、、、、、、、、-、、、、、、、 

な し、 儒 者の 道 は、 身 及び 家を修 め、 國 天下 を 平にし て. 以 て; g 明に 配し 

、、、、、、、、力、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て、 變 化に 參 はるべきな ら、 苟 も 斯に志 ざ、 ずん ば、 其 生た る や、 徒 に 天 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

地の 疣贅の み、 百 ェ技藝 の 小に し て、 賤 しきもの も、 亦 皆師 あ, CN て 以て 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

其 術 を廣 む、 况 や 儒と して 師 なかる ベ けん や、 守 約昏 愚と 雖 も、 而 も 志 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 , 

なきもの にあら ず、 不 幸に して 未だ 君子の 大道 を 聞か ず、 汲 令 乎と し 

て 先生 長者の 敎を 求む る rJ と、 猶 ほ饑 塞の 衣食に 於け るが ごと し、 先 

、、、、、、 ヽ、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

生の 來た る、 豈 に 平生の 願に あらず や、 も し稃朱 日本に 來たる こと あ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、; *、、、、、 、 

らんに 之れ に 師事せ ざれ ば、 な んど 之れ を 識見 ある ものと いはん や、 

^厶 , -厶 • た 厶厶厶 <1厶 厶厶厶 AA 厶厶厶 厶、、 、、、、、、、、、 

今 先生の 來たる は 即ち 程 朱の 來た るな ら、 守 約 幸に 其 業 を 儒に し、 而 

も往 いて 見え ざれ ば、 彼 の 曲藝小 技の 人、 師 を 尋ねて 千里 を 遠し とせ 

ざるに 如か ず、 は た 之れ を 道に 志す とい はん や、 (@ ^遺集 卷之 六) 

省菴 一生 唯 >孜 々として 學を講 じ、 德 を 修 め、 書 を 著 はすの 外、 別 に 特筆す 

べき 異變 なし、 彼れ が舜 水に 送れる 書中に 云く、 



厶厶 A 厶厶 A<3 厶 <<3 厶厶厶 

守 約 門に 雜賓な し、 學 問の 事に 

上) 

是れ 蓋し 其 平素の 狀况を 形容し 

が傳を 作, ON て 曰く、 

ooooooooooooo 

晚 節制 行滋 邵、 威 而 和、 毅 而 謙粹 

是れ 恰も 吾人が 省 菴の爲 人に 就 

省 菴元祿 十四 年 十月 廿日 を 以て 

卷、 耻齋漫 錄ニ卷 等 十 有餘種 あら、 

字 は 守 直, 俗 稱は正 之 進、 洞 菴と號 

す 所洞菴 文集 あ み、 元 簡の男 を 守 

幼に して 父 を 喪 ひ、 京 師に往 いて 

藩の 文學 とな る、 著 はす 所 仕學齋 

へて 曰く、 

厶厶厶 厶厶 厶厶厶 *" 厶厶 

我れ 才 なく 德な し、 汝 諸 生と 年 

第 一 篇 第五 窣 安東 省菴 



厶 <" 厶 A 厶厶厶 A<3<1<3A<IA<1 

あら ざれ ば、 諸 生と 雖 も、 亦 來 たらず、 (同 

盡 くせる ものな 纟、 板 倉 勝 明 曾て 省菴 

如 也、 (甘 雨亭 叢書) 

いて 想 見す る 所 を 描出す る ものな う、 

歿す、 享年 八十、 著 はす 所省菴 遺集 十 一 

、省 菴ニ男 あ も、 長 は 早く 夭 す、 次 は 元 簡、 

す、 父 の 業 を繼 いで 柳 川 侯に 仕 ふ、 著 は 

經 とい ふ、 守 經 字は士 勸、 仕 學 齋と號 す、 

伊藤東涯に 學 ぶ、 後、 家 に歸, 9 職を繼 ぎ、 

文集 あ り、 省 菴晚 年男 元簡に 遺訓 を與 

厶 A 厶 <3 厶厶厶 △ 厶厶 <3<3 厶厶 A 厶 

譜、 行 狀、 行 實、 碑 銘、 墓銘 及び 文集の 序 等 

1 五 一二 



一 第 ー篇 第五 草 安東 省^ 1 五 四 

| 厶 厶., ,△△△ 厶厶、 厶厶 △△△△ 厶厶厶 厶厶厶 <" 厶厶么 A 厶厶厶 <1<J 

を 撰ぶ こと 勿れ 嗚呼 實 なきの 譽を 後に 垂る k とき は、 君 子 之れ を 何 

\ <<^<"<1< <3 <3 <3 <1、厶厶厶厶厶<1<"厶<"<-厶<1厶厶<"<,<,厶么 

とい はんや 我れ 人に 若かず と雖 も、 而 も 生 平 自ら 欺く 乙と をな さず、 

豈に 死し て 人 を 欺かん や、 (省菴 遺集 卷之 七) 

是れ春 日潜菴 及び シ ョ ッ ぺ ン、 ンゥ 1 〃 氏の 遺囑と 相似た ,nN 、潜 菴 死に 

一 際 し、 嗣 子 淵 を 呼んで 曰く、 

\ ^ 00000 0000000000 00000003033 

吾れ 死す るの 後. 碑文 を 刻す る 勿れ、 大丈夫の 宇 § ^ £u | ^ ^ き § § 

OO OOOOOOCOOOOOOOOO 

もの 區々 たる 碑 上の 文字に あら, ざるなら、 

一 シ. ョッ ペン Z クュル 氏 も 亦 人に 遺囑 して 碑 上に 唯 i 其 名字 を 刻れ レ む、 

厶 厶厶厶 A 厶 <"厶<"<3<3 厶 <厶厶<" 

其 他に は 一 字 もな し、 歲 月 も 何もな し、 門 人グヴ * ン ネル 氏 死骸 は 可 處- 

' ' I r * ^ 、 I 、厶, 厶 <"<1厶厶 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <} 厶厶 <i 

に埋 むへ きかと 問 ひしに、 何處 にても 宜し、 世人 我れ を 見出だす べしと 

い へ ら、 潜 菴 及びシ ョ ッ ペン ハウ 二 氏の 碑文 を 要せ ざ, CN し は、 必 ず し 

も 謙遜の 意に 出で^る にあらず、 然れ ども 其 i P だ^,, W ま p P ぎ 

OPOOOOO 、ヽ、 、、ヽ ヽ、、 、ヽ、 ヽ ヽ、、 ヽ、、 、、ヽ 、 

らざ らし は 同 じ. 世 の 巨石 を 立て 諛辭を 刻す る も の、 豈 に 之れ を 聞いて 

\ 赧然 たらさる を 得ん や、 安 積澹泊 が 「與, 一山 崎 玄 碩 一書」 に 云 く. 



-^^^K^^^^^^^'^ ^ へ 

其 



く • 徒 o 吾 o の o 今 ® — 

る 爾 o れ o 食 o 古 @ を 
Z 何 o と 〇 ま に @ 立 
と を、。 同 o の o 如 ® 志 
あ 思。 じ o 服 o 力 * と 

b は o 心 © す o ざ © い 

'1隹0 ず o に © る o る ® ふ、 

士 o 自 o 於 © 所 は、 ® 云 
た o ら o て @ の o 其 @ く 
る o 甘 〇 何 © も o 志 © 
も o ん o ど © の o な © 
の o じ o 異 @ は o き ® 
は o て O な^) 孔 o を ® 

德 o 愚 る @ 顏 以 @ 
業。 に。 或 o の o て ® 

多 o 歸 は 服、 な @ 
く o す。 私 o 仁 o () ® 

は o る c 或 義 、つ ま 
棄 o 我 は o 禮 o の 
つ o れ 公 o 智 o 食 o 
何 o 百 公 o 口 す o 

に o ェ は o 耳 。る o 
よ o を 舜 鼻 o 所 o 

つ o )視 の o 目 o の 〇 

て。 る 徒 o 勸。 も 
然。 に 私 o Iho の o 
る o 其 は o 語 o は 〇 

志 o 術 跖 o 默 o 孔 
の o 遂 の o 皆 o 顏こ、 



古人 文集 多 附,, 行 狀 年 譜; 其 懿 德 茂 行、 可お 就^ 而《« 卑謙敦 篤、 遺 i 一 

^ き # か; き A ^ 服 云 云、 § 泊齋 文集) 

是れ亦 省菴が 少なから ざる 感動 を 時人に 奥へ たる 一 證と 見る を 得べ 

きな, 9 

省 菴 嘗 て 遣 k の 詩 二 首 を 作 る、 其 一 に 云く、 

我 生 愚 魯 不^, 人、 自 許 居常 慕 i 淪; 爲, 善 近, 名 本 非, 善、 志, 仁 役, 物 亦 何 仁、! S 

/化 ^ ^ ず i k& か ^ ^ ぎト k 、至 ^ , k か 然, 得、 隨 % 舒 卷 任-天 眞〖 

お 以て 其 裏^と 性 S と を 知る に 足るな り、 彼 れ又 嘗て 雜箴六 首 を 作る 



第 一 篇 第五 窣 安東 省菴 



1 五 五 



一 第一 篇 第五 皐 安東 省 巷 一 5,、 

か 8 め-^^^ ^ o ?、 め 、p 00^ ^ .0^0 > o o O 、 、、 、 

や- つと 立た さると なら^も 志 立つ N- とな けれ ば、 百 事なら ず、 齊 ま 

なきの 舟の 流蕩 かない、 t^^"^^ か^ • 、き^かいい ^ ト^^; j 

一 し、 5 尺の 童子 も猶ほ 且つ 耻,、 ゲゲ "^や 、り: l,i:.i^、 お、 る; J:o^v 

4 ^い^^ゅ 歙 ^ひ: u_b,; 、き^い!^^ ^^ゆ^^ 枷か^^^ e. 

一 い、 き, | レ^^ せ^、,^^^"、 

\ 彼れ が靑 年子 弟 を敎ふ る、 厚 しとい ふべ し、 彼 れ又諸 生を敎 ふるに 三條 

一 を 以てす、 一 に 曰く、 ひ s き や 一一 に 曰く、 一 s^l^ 、三に 曰く^^,^^^ や 

一 是 れ亦靑 年子 弟の 以て 自警と なすべき 所な 6.、 省 菴 の學說 を 窺 ふ ベ さ 

一 書類、 目錄 によれ ば, 少 くも 數種 あるが 如しと 雖も 、今日に あつて は 之れ 

一 を 獲る rJ と 難し、 因らて 左に 耻齋 漫録 中より 其 稍 i 見 るべき もの を 抄出 

一 せん、 

; 彼れ 朱 陸の 異同 を辨 じ、 頗る 其 肯綮 を 得た る もの あ 5 、云 く、 

朱 陸の 同異 說紛々 とし て、 終 に 千古 未了の 談た ら、 予 害 て 自ら ず ず. • 

其辨を 作らて 曰くみ P か^ 1 ^い、 k や^ &&、 oi レ^い あん^ 6、^ 



^_^w-s^^^ ^W-W*^^"-^*^-^"^ ^ 



^^^r^^x^ f ^"^^,.1"^^% ゆ 道に 於け る も 

• き や: い^ ケ^^、 す^^いい いかおに きし、 或は 末よ, 9 溯, 9 て 

おやお や 云 

云、^^^ ^か^か^い^ いいい い、 欺^^お 師の 淵源 を 知らず、 朱に 

^かわ^ ム^ レ あ^する もの、 朱 を 以て 

、と、 な、 し、 互、 に、 相、 嫺、 議 い、^ に&、 り pis ^ い^^は 堅^れ は 白、 戈 を 操 i 

いか^^^ &ゃ、 & か^いい^い、 云 云、 蓋し、 朱 子 は 博 文 

^び Q て^。 次 Q に に 酽 る Q を Q 以 。て^。 と。 な。 し、 つ 陸。 子。 はき ^一^レ^ ^ゆ 

や. Ik 巾^^ ぐお ^ど^^^ 經禮 三百、 曲禮 一一 一 

卄、 i わ^ r& ま^^ま^い ど^^か、 一 ^忠恕、 何す れど簡 

^いや k 矿で Vkii お、 よい^^ 矿ぃ、 す^^や 所 • 本に よるな." 其 

、約 、に 、歸 、す 、る 、と 、道 、に ぎ 、る 、と 、、未 (た 、始、 め、 よい^い よら ずん ば あらざる な 

viitp;^ お っ兀 卜 一、 一い^い や、^^ ^きま" 師 とし、 仁義 を 1. び、 人 

^ いかい、 や i い^ 4^ ネ^^い い、 5」^、 い、^^^ や 離 ® 寂 や、 特に 

第一 篛 第^ 窣 安東 省菴 一 五 七 



而 o に o 透る す 
し o 氣0 ら とる 
て c 轉。 ず 氣 に 
往 o 折 o ん?: 人 
く、 o の o は: 認 善 
其 o 處 o 多 め く 
然 o に o く て觀 

る o 於 o 說 理 て 

所 て くと 默 
以 之 3 もな し 

を。 れ o 亦す て 

知 を 用 と 之 

る o 觀 o な兩れ 

乙 る き 言 を 

と o ベ o な明識 

な し、 b 力 > る 

く o 往 o と に に 
し o い o 又 分 あ 
て o て o 曰 別 I) 

然 而 く あ 只' 

る o し o 理 o b 氣 

あ。 て。 は。 若 : に 
i> 、o 來 o 只 し 就 

一 o た o 是。 此 い 
物 〇 ら0 れ o に て 
の o ポ o 氣 於 理 

其 〇 た o の o て を 
間 o () o 理0 看 認 
に て o 當 o て む 



て o や 一 o 天 
理 o 羅 に o 地 
と 整 す o の 
な 菴 る o 間 
す o 曰 亦 o 理 

too く 是 o と 

ち。 理 o な ◦ 氣 
是 o 須 'つ ら o と 
な o ら0 ず o の 

ら く o 先 み 
す: 氣 o 儒然 
此上 o のれ 

處 に 論 ど 
間、 就 — も 

髮 い o に 之。 
ど て o 歸 れ 
容 認 o せ を 
れ 取 o ず 二 

ず す。 豈 に。 

M ベ o に す 
も し o 管 れ0 
言然 o 窺 は 'o 
ひれ o の 是 3 
難 ど o 及 な o 

し も 〇 M ら o 
と 氣。 所 ず。 

な を o な 之 o 
す、 認 o ら れ 
耍、 め o ん を 



お 一 li 第五 窣 安 菴 一 五 k 

末流の 弊なる を 知る の み、 云 云, 

省 菴が區 々たる 朱 陸 二 派の 爭論 を超脫 して、 楚學の 淵源に 接せん とす 

^ゅ1 氣眞に 敬すべし となす、 彼れ 理氣に 就いてはき ^ 仏 f 鼬 を 取み、 

理は 氣に隨 つて 具 はる も § とし、 殆ん ど唯氣 一元の 見解に 進める が 如 

き 痕迹ぁ ら、 其 言 に 云 く、 



ooooooooooooooooooooooooooooo 

主宰た るあって 之れ をして 然 らしむ るが ごと し、 此 れ理の 名 ある 所 

〇〇〇o〇ooo OOOOOOOODOOOOOOOOOOOO 

,M な ら-、 易 に 太 極 あ, 9 と は 此れ を いふな ら、 若 し轉 折の 處に 於て 看て 

分明なる を 得ば 自然に 頭々 皆 合す と、 此 說 極めて 明かな,^ 要するに 

須 らく 省 悟す ベ し、 

此れに 由ら て 之れ を 觀れ ば、 省 菴は貝 原 益 軒と 同じ く、 理 氣の說 に 於て 

羅整菴 に 賛同す る ものな り、 整 菴は理 氣のニ 元 を 認容す と雖 も、 理 は 唯.. 

氣に 就いて 存 する ものと し、 氣 を 以て 主要なる ものと な し、 理 を 以て 殆 

ん ど其屬 性なる が 如くに 說き來 た る、 故 に 歸. す る 所 は、 唯 氣 一 元に あう 

とい ふ を 得べき な ,9、 整 菴, 名 は 欽 順、 明 人、 困 知 記 を 著 は す、 省 菴が實 行の 

餘に發 したる 訓 言 は、 後 進の 徒に 裨益 する 所 少しと せ ず、 左 に 其 剴切な 

る もの を擧 げんに、 

ooo〇〇〇〇*、t 、ヽ、 、、な • つ、、、、、、、、、、、 * 

學は a 得 を 貴 ぶ、 苟 も 自得せ ず、 文 義に泥 み、 聞 見に. 溺 るれ ば、 本 然の明 

反 もて 蔽ふ 所と な る、 所 k 謂 學を 以て 益 を 求 め、 反 も て 自ら 損する もの 

第 一 篇 第五 寧 安東 省菴 1 五 九 



第一 篇 第五 窣 安東 省菴 一六 〇 

儘,. 亦 之れ あ ら、 當 に 自ら 思 ふ ベ し、 

二 

道に 志す もの、 急迫 之れ を 求め ば、 即 ち 所レ謂 助長な み、 甚 い』^ あ h あ 

め、 異 を 取 ら、 世 を 驚か し、 俗 を駭 かすに 至 る、 苟 も:^ ん. ^い^^ めい 4 

ぶこと 能 は ず、 己 れも亦 久しき こと 能 は ず、 且 つ 道 を 以て 別い 1-^ や 

、ct、、 、,ゝ 、、ヽ ヽ、、 、、、、、、 、、飞 、、、 

ひ 難き の 事と なす 是れ人 を 遠ざけ て、 以 て 道と するな, CN、 

三 

0〇900〇〇000* 、、、*、、、 ゝ、 *、、、、、、、> 

名 を 好む は學 者の 大 病、 善 をな して 名 をな せ ば、 則 ち 是 れ 善、 名 を ^ る 

、、、、、、、、う、、 飞、、 、ヽ、 

の 具 た も、、 y て 善と なすに 足らざる な, ov、 

名 を 好む を惡む 所以の も の、 其 實 なくし て、 徒 に譽を 干む^ も ^ 

き, §^1 の。 如。 き。、 君。 子。 未。 だ。 始。 め。 よ。" 之。 れ。 h 欲。 せ。 ず。 ん。 ば。 あ 。ら 。ざ。 る。 n、 



、 


惡 o 




VJO ほ ◦ も 


む、 


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七 〇 勝 【ェ、〇 


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道、 


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适、 


t 口 /-\ ゃト /、 z へ 

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の、 


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第一 篇 第五 窣 安東 省菴 一六 二 

、、/.、、、、、 、、、、、、、、、な >、、、、、、、、、_?、 

人 皆 曰 く、 我 れ 能く 言 を 受く と、 其 之れ を規 すに 及ん て、 輙 ち 遁 辭 を な 

、、、、 ヽ、、 、 、、、、、、、、、、、、、、〇 c-〇〇〇〇〇 

し、 自 ら改 むる 乙と 能 は ず、 甚 しきもの は、 終 に 隙 あ み、 蓋 し 自ら 許して 

つ 〇〇o〇〇〇〇 & ooooooo〇〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇 o 

賢と な す、 故 に 不善の ある 所 を 知ら ず、 人 の 規すを 善しと せざる 所以 



ooo 〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇 o〇 ク o〇〇〇〇 



o 〇 〇 〇 〇 〇 



な ,5、 若 し 能く 己れ を虛 うして 反, て 求め ば、 則 ち當に 人の 規すを 待 

ooooooooooooooooo 

たずし て, 自 ら 之れ を 知る もの あるべし、 

〇〇〇〇 o〇〇〇o〇〇o 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇 o, o〇〇〇〇o 

毀譽は 君子と 雖 も、 喜 怒の 心なき こと 能 は ず、 蓋 し 自ら 知る こと 審な 

0000O0O0D000O000000000O030000 

れば 之れ が爲 めに 動かされ ざ るな ら、 我 れ善 あれ ば、 人 の 譽 む る は、 理 

〇〇〇〇〇 o〇〇 し 〇〇o〇〇〇〇oo〇 o 〇〇〇〇c〇〇 oo 

な ら、 當 に 自ら 彊 めて 善 を 脩め て 可なる べきな ,9、 我 れ 善なければ 人 

oooooooooooooooo OOOOOO 〇〇〇〇〇〇〇 

の譽 むる は、 愚 な ら、 只 虛 名の 笑 を 取らん 乙と を 恐る 、な り、 何 の 喜 び 

〇〇〇ooo〇o〇〇o〇〇o〇〇〇o〇〇o〇〇c〇〇〇〇〇 

か 之れ あら ん、 我 れ 不善 あれば 人の 毀る は、 堙 な ら、 當 に 自ら 勵ん て惡 

〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇o〇c〇〇 

を 去らて 可なる べきな り 、我 れ 不善な けれ ば、 人 の 毀る は、 狂 な ら、 只 

o〇^oc〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 oooo®®@© 

惡の禍 を 招かん こと を 恐 る、 何 の 怒る ことか 之れ あら ん、 毀 譽 は 人 



® ® ® ® ® © ® ® ゆ ® ® ® @ ,. ®, 力 ® ゆ ゆ ® 、 £ 严.? ヽら fa S 』 ^お 

^が^ゅな ,9、 喜 ばず 怒らざる は、 我れ にある ものなら 只 當に我 r t 

^^^^を 求めて、 人に ある もの を 求む ベから さるへ きなり 

十 一 

^理は 知ら 難 し、 須 らく 先づ 人の なす 所と 天の なす 所と を 知りて 後 

之れ を 言 ふべ し、 春 生 秋 殺 は、 天の なす 所なら、 播種 灌漑 は、 人の なす 所 

な お お 沙£ や、 ゃ§ お =も おひお S 

o〇〇〇c〇〇〇〇〇oooo, Q〇ooo ^、 

ゆ ひれ を 天に 委す、 天豈に 能く 之れ をな さんや 

o o o o o o 0: o o ^ ^> ^ o 

是 等の 訓 言に 由って 之れ を 察する に、 省菴 胸中 名利の 念な く 粋然た 

あ^^^ひ ひ^^^^^"^^ 省罨. 舜水 平素の 行 狀を叙 

して 曰く、 

謹 かて, 動 靜語默 を 察する に、 一として 道に 合 はすと いふで となし 

厶 S 厶 厶 厶 A 厶 A 厶 厶 厶 厶 厶 厶 A -A A ^ c - ^ ,M3\ 

其 矯飾 虚偽の 如き は、 天 下 を 得る ともせす (よ 朱 先 生-書) 

又 曰く、 

第一 篇 第五 窣 安東 省菴 一六 一一 一 



第一 篇 第五 草 安東 省^ 1 六 四 

厶厶厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶、、 、、、、、、 

其 人となり 二 生僞ら ず、 言 行 動 息、 @ 然に 道に 合 ぶ、 我 儕 交 接 の 間、 强 ; :- 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て 人を悅 ばし めんと 欲 す、 覺 えず 偽に 涉るも の、 間 > 之 れ あ り、 豈 に 心に 

ば、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、 

媿ぢ ざらん や、 庸 衆人の 若き は、 或 は 昏夜哀 を 乞 ふ て、 人 に 白日に 驕ら 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ほこ、、、、 ゝ、 

或は 富んで 財に 乏しき 乙と を 歎 じ、 貧 うして 多 金に夸 る もの あ り、 言 

; -、、 、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、 厶厶厶 厶厶 

として 偽に あらざる な く、 行 として 利に あらざる はな し、 庶 くば 先生 

厶厶 A 厶 厶厶< "厶 <"厶<3<3厶厶厶 

の 風を閒 いて 頑懦を 起さん 乙と を 、(同 上) 

舜 水の 感化せ しこ と、 此 等 の 言 に 由, nN て、 以 て 略 > 想 見す る を 得べき なら- 

省菴が 事蹟 は 先哲 叢 談 〔卷 之 三〕、 甘 雨 亭 叢 書、 先 民 傳, 近 世 叢 語 〔卷 之 六/儒 林 

傅、 舜水 文集 等に 見 ゆ 



第 六 章 室 鳩 巢 

第一 事蹟 

大 塚護國 寺の 右方に 小 墓地 あ, 9、 荆棘 叢生して 風景 荒凉 たり、 是れを 儒 

f A 舎 f とす、 儒者 捨塲の 一 隅に 小 碑 あら、 高さ 約 三尺、 正面に 「鳩巢 室 先生 

之 墓」 の 七 字 を 題す、 米 人 ノックん 氏 「日本 之哲學 者」 を 著 はすに 當 りて、 劈 

: 頭 第 一 に 其寫眞 を揭げ て、 以て 其 人 を 追想せ しむ、 今 鳩巢其 人の 事蹟 學 

一 問 等 を 討究す る 乙と、 豈に亦 一 種の 興 * なしと せんや、 鳩巢、 名 は 直淸、 字 

は 師 禮、 又 の 字は汝 玉、 幼 字 は 孫 太郞、 通 稱は新 助、 室 氏、 鳩 巢 は其號 な, 9、 又 

一 滄 浪と號 す、 其 先 は 熊 谷 次 郞直實 に 出 づ、 父、 名 は 玄樸、 草庵と 號 す、 備 中 國 

z ?; 郡の 人、 初め 攝 州に 移 ,9、 後、 武 州に 徙り、 家居して 醫を 業と す、 母 は 平 

\ 野 氏、 萬 治 元年 (紀元 一 六 五八) 二月 廿 六日 を 以て 鳩 巢を武 州 谷 中 村に 生 

ノ む、 鳩 巢幼 にして 穎 悟、 大 に 常兒に 異 に、 ® だ 讀 書 を 好 み、 總 角 巳に 成ゾの 

一 如し、 年甫め 十五に して 出で 、加賀 侯に 仕へ、 順 祥と稱 す 二日 侯の 命 を 

第 一 篇 第 六 草 室 鳩 巣— ^ 一 事蹚 一 六 五 



第 一 篇 第 六 章 室^ 粱第— 一 事蹟 一 六 六 

奉じて 大學を 講ぜし に、 義 理明暢 な も、 侯 乃ち 以て 異器 とな し、 嘆 じて 曰 

厶<" 厶厶 <3 厶. 厶 厶厶厶 厶 A 厶 C 厶 <3厶厶<:<1 さム 4,ュ へ 1 

く、 眞 に英 物な り、 宜 しく 其材を 養成し て、 以 て 天下の 器と ならしむべし 

と、 因 もて 之れ に 命じて 京師に 遊學 し、 業 を 木 下 順菴に 受けし む、 鳩 M i 

菴 門下に 於て 神童 を 以て 稱 せら る、 錦 里 文 集 〔卷 十 二に 左の 詩 あ .CV 、云 く、 

室 少年 穎悟 絕偷、 釙@ 十更 f ^ 概 け き、^、 角 f 、然、 、老、 成" 3kk 、ぼ 

J 曰 賦, 詩、 適 應ぉ 林 公 命; 卒 賦,, 小 詩; 辭 義 可 fe 、感 嘆 之 餘、 爲,, 次 韻, 以 P 前 程; 

o. o o ,o o o o o 〇〇〇〇o〇〇o〇c〇〇 〇o〇〇〇〇o〇 

五岳 英 靈 鍾,, 少 年; ー篇 珠玉 踵,, 前 賢; 聰 明 自 與 二世 .ム, 異、 未, 必 降, 才 無, 一 1 1 鍾 

此れに 由 も て 之れ を觀れ ば、 順 菴が 鳩巢の 文才 を 驚嘆せ し rJ と 疑な き 

な り、 鳩 巢是れ よら 學 益-精 し く、 文 益 i 進 み、 慨 然道を 以て 自ら 任 じ、 世 の 功 

名 富貴の 爲 めに 毫も 其 心 を 動かす 乙 とな く、 泊 如と して 守る 所 あ ら、 木 

門 本と 俊 髦の士 多き も、 皆 彼れ が爲 めに 席を讓 るに 至れら とい ふ、 鳩 M 

が 木 門に 在學 せし は、 其 果して 幾年なる や を 知らず と雖 も、 鳩 巢 年 譜 に 

よるに、 二十 三 四歲に 至る 迄 は 加州 京師 及 び 江^の 三 箇處を 往來せ 

し 七 以て 之れ を觀れ ば、 多 年間 引績ぃ て 木 門に ありし にあらざる が 如 



し、 然 れ ども 彼れ が 順菴の 薰陶を 受け し^と 决 して 尋常なら とせず 文 

集の 前篇 卷之 三に 詩 あ り、 云 く、 

將&, 賀陽, 奉, 簡,, 順菴 先生- I 、 

斯文 倚 重 在,, 先 生; 休 k„ 金 門- ^太 平 ハ齒 德 倶 高 懸" 北 斗 M 霜 比】 照" 東 瀛ハ緇 

4 6^ やや,^ おず ^ .1 ^妒、 征路慘 將^ 杖 几; 何時 廊廟 當 きき、 

以て &れ がいかに 其師を 尊崇せ しか を 知るべきな り、 彼れ が 京師に あ 

る や^い^かい I! ^い 二 廟 1 ^通^ て A 將 A 成功 を 禱れら と 云 

ふ、 是 れ 或は 事實 ならん、 補遺 鳩巢 文集 卷十 に 「祈 ^官 神- 自 警 文」 あ り、 云 く 

維 延寳辛 酉 二月 壬 寅。 武城布 衣 室順祥 謹告- 于菅相 公之 靈ー維 相 公生 以" 

道 德 忠 義, 顯,, 於 當 時: 死 有-神 靈ー以 廟 i 于百 生; 方今 天下 衆庶 莫ネ - 尊 信ー矧 

維ぎ^^ # 酽^^ o ?乂 o ^ o a p 順 等ー尤 I 賴" 順 自--幼 時- 

以 ,儒 ^業。 竊 不^ Mfs 行, 道。 不^ R 所^。 而 氣質昏 弱。 チ P 自 I 循 苟 

且。 以 至 k 今 M 自 料 。區 區 之 志 芣レ? 終 已芙 雖" 爲 b 由^。 不" 可" 他 求ー然 f 人 

有, 所, 畏。 I? 所, 信 而 不-敢 自 欺- 焉。 非-神 之 聰明 正直者 一 其 誰 能^" ま 今 以 往。 身 

第一 篇 第 六 章 室鳩巢 —第一 事蹟 一六 七 



第 一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第 一 事蹚 一 六 八 

心 動 靜, 維 神 是 依。 莫レ 所,, 顧 盧: 願 垂,, 庇 庥? 監麵 弱 Ms 自 成 立。 以 終,, 素 志; 不 

, 勝,, 大願: 敢 布- 懇迫? 神 其鑒レ 之。 自警 條目 

1 毎朝 卯 前後 可&。 

一 毎夜 子 前後 可 "臥。 

一 除-賓客 或 疾病 及 難レ避 事: 不, 可」 曰 懈怠: 

一 毎 朝 對. 案 先 整,, 衣 帶: 乃 一 坐 了 。非. 有き き や,^ き 

一 ,案 之 間。 惰 念 將. 生。 呼 b 正 念 や^ 懲 き ^£ 

_^ 00050000 0OODOO 

1 不, 可,, 妄 語: 雖,, 下 人, 不, 可, 接,, 無 益 之 言: 

1 飮 食 須, 充& 渴: 不. 可 節。 及 不, 可,, 不レ時 食 飮: 

1 色欲 之 念 ー萌便 可, 遏,, 絕 之? 不, 可,, 有 ,時 放, 之。 

1 雜 念 不, 問, 善 惡: 最 害,, 於 讀 書 之 間: 戰戰ぁ き^ 1 £ u , 

一 讀 書 之 時 。凝お 志 意; 不. 可き 速: 又 i .4, か A: 

i 畢 竟 不 I 己 職 § 終, -一 きき m is ^ i。„£ き ^ ^ 

右 十 一條 欲, 銘,, 心 肝 一 § 之: 一 一 在 一一 天 之 照 属敢 昭 吿-于 百 神 之 請 



是れ 彼れ が 二十 四歲の 時の 作に 係 る、 彼 れ がいかに 菅公を 推 f し て、 其 

庇護 を 祈願せ しか は、 此れに 由り て 察知す るに 足るな り、 正德 元年 幕府 

の 隱 員に 擧 げられ、 頗る 信任 せらる • 其 著 六 諭衍義 大意 及び 五& 五常 名 

義は皆 命 を 奉じて 撰す る 所な, 9、 鳩巢 初め 白 石の 推薦に ょ纟て 幕府に 

仕 ふるに 至る と雖 も、 巳に 幕府に 仕 ふるの 後に 及ん で、 稍,. 白 石の 態度に 

蒹焉 たらざる もの あ り、 其 幕府に 仕 ふるの 翌年 白 石に 書 を 送って 之れ 

を 諫めて 曰く、 

昔延喜 年中に あ, 9 て、 菅相公 儒家よ も 出で、、 時に 用 ひら れ、 權 を 専ら 

に す、 時 に 三 善 淸 行 書 を 奉, 9 て、 菅公 を諫 むる に 身 を 慎み、 禍に 遠 ざ 力 

るの 道 を 以てす、 夫れ 菅 公の 材 德. 古今 に 傑出して、 丞相の 賁 きに 居れ 

.9、 固より 天下の 衆、 畏服す る 所に して、 誰れ か敢て 間然す る もの あら 

んゃ、 然る を淸行 一 介の 賤士を 以て、 獨, 9 其 威厳 を 胃して、 人の 言 は ざ 

る 所 を 言 へ, o、 その かみ 恭靖 先生 S まし、 時に、 僕と 此事を 論じて、 淸 

1h を a て 天下の 奇士 とせ み、 僕 おも へら く、 淸 行 豈に奇 士の名 を 求 t 

第一 篇 第六窣 室 鳩巢. ー 第一 事蹟 一六 ブ 



第 一 篇 第 六 草 室鳩巢 I 第 一事 蹬 一七 〇 

る ものな らん や、 實 に 菅公を 愛する の 深き に 出 づ る の み、 今 吾 兄 儒 望 

、、、、、、、、、、、、、、、、、一、、^、、、、、、、、、 

の 高き 乙と 菅 公に 比する に、 いかんと いふ 乙と を 知らず と雖 も、 其 學 

術 文章に 於て は、 恐 く菅 公の 及ぶ 所に あら ず、 加 之聖 主の 知 過に 逢 ふ 

、、、 、、ク 、、、、、、、、、、、、へ/'、、、、、、 、、、 

て 其 材カを 振 ふ 乙と も、 菅 公 の 後、 未 だ 儒官の 斯の 如くなる こと VJ 聞 

、、 〇〇〇〇〇c〇〇o〇o〇o〇〇〇〇〇〇〇ooo〇〇clo 

かず 僕 昔よ, 5 同門の 交 り を 辱う し て、 近 頃眷 顧の 厚き を 蒙 る rJ と 日 

qoo〇q〇〇、o〇〇〇o〇oco〇o〇〇〇〇o〇〇o〇〇〇 

久し 竊に思 ふに 吾 兄 を 愛する の 深 き、 誰 れか 僕に 若く もの あら ん、 淸 

p〇o〇qo, 〇〇〇〇〇〇〇o〇〇o〇oo 〇〇〇〇〇〇 o〇o 

行 これ を 疎 交の 相 公に いふ こと を 得 て、 僕 M れを 同學の 故人に いは 

0〇.0〇0〇0〇〇〇〇〇0〇0〇〇00〇〇〇〇0 , 

ずん ば 旣に切 倨の 情に 背 き、 叉 仁を輔 くるの 道に 違へ も 、今 吾 兄の 寵 

隆を 聞い て、 來 ゥ て忠吿 する も の.、 必 ずい は ん、 今 よ, CN 以 後、 迎 接 を 慎み、 

櫂 利に 遠 ざ か れ と、 是 れ 常人の 知る 所な ち 、豈 に 吾 兄の 爲 めに 論ずる 

, 、厶厶 0厶< "厶 △△ 厶 AA 厶 厶厶ム 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

に 足らん や 僕が s ふ 所 はこ、 にあら ず、 吾 兄 志氣の 間に あ ら 、吾 兄 朝 

厶厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶 △ 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A<1 厶 

廷 に 於 て、 將 順 匡救の 功. 頗 る赫々 とし て、 人 の 耳目に あ ち、 然 れ ども 古 

<"△, 厶厶 厶厶 <-<1<1<1<3ム厶厶<1 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <|厶<1 

人 天下に 勳勞 あるに 比せ ば、 恐 くば 未だ 並稱 する に 足ら ず、 吾 兄 の 豪 

厶 厶厶 <"<3A 厶 <!<3 厶 厶厶<3 厶厶 厶厶 厶厶厶 ム 

傑なる をお て 胸中に 塵芥ば か, CN ともせざる ベ し、 豈 に是等 \ム K の 事 



を 以 て、 自 ら滿 つるの 志 あらん や、 た ^盤根 錯 節、 利 匁に のがる、 乙と 

<1 厶厶 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 ム厶厶 厶厶ム 厶厶厶 厶厶厶 

なう し て、 破 竹の 勢 あるに よつ て、 其 詞 色の 間、 お のづ から 剛銳 果敢の 

△ <1A<1*3 厶厶 A 厶厶厶 △ 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 AAAAAA<J<IA 

氣 盛んにし て、 謙 返 抑 損の 心すくな し、 吾 兄 も 其 此の 如くなる こと を 

厶厶厶 <1<"么 厶 厶<3<" 厶厶厶 厶<:厶<3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 < "厶厶 

覺ぇ ざる ベ し、 書 に 曰 く、 有, 一 其 善き 厥 善; 矜, 一 其 能 1 喪 一-其 功一と、 僕 願 く ば、 吾 PU 

△ △ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶 厶、、 、、 、、、、 、、*、,、► 

其 善 を 有せ ず、 其 功に 矜ら ざらん こと を、 孟 之 反が 其 馬に 策ち て 聖人 

、、、、 、ヽ ヽヽ、 、、さ、、、、、、、、、、、、、、,、 

に 賞 せら れ、 馮 異が樹 下に 辟く る、 古 今の 美談と せ,^ 是れ吾 兄の 取る 

べき 所な も、 正 考 父が 鼎の 銘に 曰く、 一 命而 僂お 命 而 值、 三 命 而 俯、 循, 墻 

而 走、 亦 莫_1 余. 敢 侮; と、 蓋 し 其位彌 > のぼれ ば、 其 心 彌 > 下 れ ,9、 譬 へ は 堂 を 作 

、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

る に、 上 一 尺の 崇さを 添 ふれ ば、 下 一 尺の 基 を增 すが 如 し、 然 ら ざれば 

, 費零考 、、 、、厶 △ 厶 △△△ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

必 ず 傾覆の 禍ぁ ,9、 方 今 ® 明 上に 臨ん で、 讒 毀の 患な く、 彼 延 喜の 時と 

厶<1 厶." ム ム厶<"厶<3 厶厶 <"厶 厶厶厶 厶 A な厶 厶厶厶 <<" 

ひとしから ずと 雖 も、 盈 つる を 害し て、 謙 に 福 し、 盈 つる を惡ん て、 謙 を 

t み M<J< "厶厶 厶厶厶 厶厶< 厶 厶厶<1 厶 厶厶<3 厶厶 厶ム厶 

好す る は、 天 人 不易の 常理な ら、 愼 まずん ば あるべ からす 僕 願 はくば 

<JA*-<1 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △△△△ 厶厶 AAA- 

吾 兄 謙々 の 心 を秉っ て、 天 人の 道に 叶 ひ、 能 く 其眷を 終へ て 福 音 口 し 

から ざらん 事 を、 今 吾兄寵 錫の 新なる を 聞い て、 祝 を 以てせず し て、 规 

第 一 篇 第六窣 室 鳩 粱,! 第 一 事蹟 一 七 一 



第一 0$ ^鸪粱 :- 第一 事蹟 一七 二 

を 以て す、 た て 吾 兄 其 愚 を 哀 ん V 乙 れを 察納せ よ、 不 備, 

鳩 巢晚年 即ち 享保 十二 年以 來末疾 を 患 ひ、 之 れを久 うして 癒え ず、 或 は 

脚氣 症な りし か、 駿 臺 雜 話の 序に も 「ち かき 頃よ ら衰病 日に 加 は ゥ 、を れ 

に痿 痺の疾 ありて 起居 も 心に 叶 はね ば、 日 ^衾 枕 をのみ 親し み、 書 類 に 

さへ うとくなら にた り」 と い へ ,9 、彼 れ 乃ち 疾の故 を 以て 返いて 老を養 

はん rJ と を 乞 ふ もの 再三に 及 ぶ、 然 れ ども 遂に 允され ず、 因 5 て 尙ほ職 

名を帶 び、 駿 臺 に 家居 し、 靜 養 を 以て 事と せ り、 駿 臺 の 邸宅 は 蓋し 幕府の 

賜 ふ 所に 係 る、 彼 れ病間 門人 子弟と 講論 する 所 を 叙述して 一 篇の書 を 

著 は す、 是 れを駿 臺 雜話 とな す、 其 序に 享保 十七 年の 月日 を錄せ り、 享 保 

年間 徂徠 古學を 江^に 唱 へ てよ り、 其 學風 一 世 を 風靡せ ら、 鳩 巢此 時に 

〇〇〇ooooo〇〇〇〇〇〇〇o〇co〇〇o〇ooo〇oo〇 

當, CS て 毫も 徂徠 と相爭 ふの 氣な く、 寧 る 謙 退 抑 損の 態度に 出 て、 多 く 生 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 ooooo〇o〇〇〇、 、 、、 , ヽ 、 、 、、 

徒 を 謝絕 し、 超 然迹を 掃 ふて 自ら 其 節 を 守れ り、 然 れ ども 篤志の もの あ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、負、、、、、 

ら て來 たり 請へ ば、 必 ずし も强 ひて 拒絕せ ず、 之 れを 其牀 下に 引 き、 疾 を 

、、、、、、、、、、、も 、、、、、、、、 、、、、、、、、 

力 め て指敎 し、 諄 々とし て 倦まず、 各,, 其材に よりて 之れ を 成就せ り、 病 の 



巳に 漸 する や、 尙 ほ 太 極 圖述を 著 は し、 其 平生の 蘊蓄 を 寄く さんと せり 

是れ實 に 彼れ が絕 筆に 旙 す、 彼 れ 遂に 享保 十九 年 (紀元 一 七三 四) 八月 十 

二日 を 以て 歿 す、 行 年 七十 七、 男 名は洪 謨、 字 は 孔 彰、 通 稱は忠 三 郞、 勿 軒 と 

號 す、 年 僅に 三十 四に して 歿 す、 女 某 高 階 氏に 嫁す とい ふ, 甥 昌 言 あ *、 姓 

は 大 地、 新 A と稱 す、 鳩 巢 文集 を 編纂 せら、 

^勦5&4如^ぉ^?|1§知#^^^ま^ゃ、4^^^き^^き^レ 

か^^, き』 かいいむ, き^い^きい^^ か 私、^ S 齋、 芳 洲、 益 軒 等 

き おけ きいか^ ,き 、きき は 徂徠、 東涯ニ 氏と 鼎 足 の 勢 を 成し、 眞に W 

^ ^ ^い^^む, ありき、 橘 窓 茶 話 〔卷 下〕 に 云 く、 

oooooooo 〇〇〇o 〇〇 p 

觀 1., 鳴巢. 柬涯、 徂徠は い かん、 曰く、 で の 數人は 盛名 雷 轟す、 曹丘生 

o o o o 

を 待たん、 

鳴 巢が當 時の 名 望、 以 て 察知すべきな り、 江 邨 北海が 日本 詩 史 〔卷 之 四〕 に 

云 く、 

nr-^r-oooooooooooooooo-^o g ^ 

余 嘗て い ふ、 & i 、力 きに 習 はず、 文士 或は 經業 を 遺 す、 能く 二者 を 兼ぬ 

第 一篇 第. K 覃 室 媳粱— 第一 一七 三 



第 一 SI 第六窣 室 鳩巢— 第 一 事蹟 - 七 四 

oooooooooooo 

る は 唯,. 朿涯 滄浪 の 二 儒の み、 

此 ; T 全 く 徂徠を 度外視す るが 故に 公平な, o- と は 言 ひ 難 し、 然 れ ども 經 

學と 文章と は 極めて 兼備し 難き ものなる に、 鳩 巢が 能く 之れ を 兼備し 

得た るが 如き は、 亦 以て 珍と する に 足らずと せん や、 又 錦 里 文 集 〔卷 八〕 に 

左 の 詩 あ,^、 云 く、 

0^0>〇〇〇0〇〇〇0〇0〇〇〇〇〇〇0〇〇〇〇〇0 

鳩巢室 生、 吾 門 益友 也、 忠 信 篤 敬、 有, 志き 學; 英 才 博 識、 專,, 美 文 塲; 不 日 將 

V 歸,, 鄕 異忽 有,, 留 別 瓊 贈; 走, 筆 和 答、 以 華,, 行 色; 

老境 年來 畏,, 後 生; 羨 君 高 志 仰 S 平; 昌 平 興起 三千 魯、 學 士行登 十八 瀛、 理 

義常甘 芻 豢 美、 橐 装 忽 促錦歸 榮、 好 將,, 軟 脚 忘 憂 物; 併 遺 萱 堂 穎 谷 羹、 

師た る順菴 彼れ 自身が 鳩巢を 以て 益友と な し、 「忠 信 篤 敬、 有レ 志, 聖 學;」 と い 

a て、 其 經學を 以て 身 を 立つ る を 意味 し、 又 「英 才 博 識 、專。 美 文 場;」 と いひて、 

其 文 學の才 の卓絕 せる を 意味せ ら 、此 れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 鳩 巢 亦 

一 種 得 易から H- るの 材 なるこ と、 以 て 知るべきな ら、 又 長 野豊山 曰く、 

,S れ 9 わ- 91、(1 つ, つ o o o o o o o o つ o o o o o o o o o o o o 

本 % の 儒 先、 藤 惺窩、 林羅 山、 木 順 巷、 室 鳩 m 諸 公の.!"^^ き^^き、 和 



Q o o o o o o o o o Q o o o 

载 之を傳 ふる も、 弊 なきの 學な ら、 (松 陰 快 談卷之 一 ) 

亦 鳩巢の 崇拜 者と 見る を 得べ し、 又 板 倉 勝 明、 鳩 巢を 論じて 曰く、 

oooooooooooooooo ooo で oc^oo:f 、、一,、 、 ひ 

我 邦 洛閩の 學に醇 なる も の、 山 崎 闇齋中 村惕齋 二人の み然れ ども 闇 

、ヽ、 、、ヽ 、ヽ、 ヽ、、 、、、 、、ヽ 、ヽ、 、、〇〇o〇o〇 

齋は 從容涵 泳の * に乏 し、 惕 齋は 苦心 力 索の 功 少な し、 唯 i 先生 は 其 成 

OOOOOOODO 、 、ヽ、 、、、、 、、、、 、、、>、;、. f 、ヽ 

を 集む る ものなる か、 當時物 茂 卿の 徒 出で、 異說 蜂起 す 先 生 獨り卓 

然、 道 を 以て 自ら 任 じ、 力 めて 異端 を 徘 し、 以 て聖道 を扶 く、 善 類 之れ が 

爲 めに 踴躍 す、 W 道の 地に 墮 ちざる も の實 に 先生の 力な,^ 綱 齋淺氏 

曰 く、 羅 山 子の 功、 十 哲の 下に あらず と、 余 先生に 於ても 亦 云 ふ、 (甘 雨 亭 

叢書) 

古學 全盛の 際に 當 ら、 鳩 巢が朱 子學を 一 縷の危 きに 持續 し、 之 れを 後世 

、、、、 、 、、ヽ ヽ ヽヽ、 ヽ、 、、、〇〇〇 ooooo〇p、oo o 

に傳 へ たるが 如き 形迹 ある は、 事 實 な う、 此 點ょ り 之れ を 言 へ は 鳩巢の 

oooooooo oooo oooo.^-po 

功、 决 して 遝沒 すべから ざる もの あるが 如 し 文 章に 於ても 鳩巢 は鹿宋 

八 大家 を 尸 祝 し、 殊 に 韓歐を 稱揚せ も、 故 に 其 作る 所 徂徠の 古文 辭と顯 

著なる S 比 を 成せら、 (I- 一 龍 g f 一 S) 拙 堂 文 話 〔卷 一〕 に 云く、 

第一 篇 第六窣 室鳩巢 I 第一 事饋 一 七 五 



第 一 篇 第六窣 室 鳩^— 第 一 事蹟 一 七 六 

o」〇、〇〇〇o〇o〇〇〇〇 OOODOOOO ooooooooo 

徂徠鳩 巢と世 を 同う して 出 で、 盛 氣相 下ら ず、 猶 ほ弇 州の 歸 S 川と 脾 

〇〇〇oo、〇〇oo、oooo〇〇〇〇〇〇〇〇〇o〇〇o 〇〇o 

睨 相 軋す るが ごとし 穽 州、 後、 震 川に 心 折 し、 功 を 桑 楡に收 む、 是 れ徂徠 

〇 〇 o 〇 

に 勝る 處、 

又 摩 島 松 南が 娛 語 〔卷 之 四〕 に 鳩 巢が文 を 論じて 云 く、 

〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇oo〇〇o 〇〇〇〇〇〇 oo、* 、、、 

て 鳩巢集 を讀む に、 其 文辭齊 整 博 膽、 亦 一 時の 鴻 匠な ら、 朝 鮮聘 使に 

、一、、、、、、、、、、、、、、、 、; *、、、、、、、、 

寄す る 二百 韻 詩の 如 き、 詞 鋒 精 銳、 以 て雞 林を衝 くに 足 る、 云 云、 

是 等 の 評、 大 抵其 肯綮に 當 れ り、 鳩 巢 敢て徂 徠に對 して 挑む 所な しと 雖 

も、 隱 然 一 敵國を 成し、 や 疑な し、 先 哲 叢 談 〔卷 之 五〕 に 左の 一節 あ ら, 云 く、 

鳩 巢、 蘐 苑の 徒と 互に 相輕ん ず、 金 華 ー曰來 つて 鳩巢を 見 る、 其 得 意 の 

文 一 篇を出 だして 之れ を 示 し、 且 つ 删正を 求 む、 鳩 巢 一 過 善しと 稱す 

金華彊 ひて 正 を 乞 ふ、 乃ち 二十 字 を. 削らて、, 史に p , X, I お、 余 1 華 喜 び 

ずして 去 る、 翌 曰に 至, 9、 rJ れを南 郭に質 す、 南 郭决 する を 得 ず、 又 乙 n. 

A<"<3 厶厶 △< -厶 厶厶 厶厶^ 厶厶^ <I<I、5、A>- 

を 徂 徠 に 質す、 徂徠、 鳩巢が 改竄す る 所の もの を 視て曰 レ^ ^^^^ 

<"△△、△<"△ 厶厶 厶厶厶 A 厶厶 <1厶 厶厶厶 △ <3<3A 

して 後 文 を 成す と、 是 に 於て 其 徒 始めて 鳩巢を 重 ん ず、 



往 o に、 ^、 
き o 寓、 趣、 
實0 居、 向、 

に 〇 し、 造、 

歸 o 相、 詣、 

ら 〇 與ヽ を、 
曰 〇 に、 見、 

に o 優、 る、 
其 o 遊、 に、 
- 聞 o 其、 曲、 

七 か 〇 議、 學、 

ざ o 論、 淺、 
る o を、 識、 

所 o 上、 の、 
を o 下、 徒、 

聞 〇 す、 に、 



、 , ? 力、、、 、 *、、 、、、、 、、、、、、、、、 , 1 , ,w レノ 

Ma 徠 も 文 章 の 技, に 於 て 决 し て 鳩 巢 を 侮る 7i と 能 は さもし M と此、 r に 

かいか^ ややき な り、 鳩 巢の 師事せ し は順菴 なりし も、 其 他 亦 羽 黑成實 

に 得る 所 多し、 成 實、 字 は 養 潜、 牧 野 と號 す、 近 江 ゆ 人、 閽 齋に學 び、 儒 行 あ ら 

官に彥 根に 就 き、 後、 仕 を 致して 加賀に 徒る、 鳩巢 嘗て 此 人に 師事 し、 義 理 

の學に 於て 推 重す る こと 淺 から ず、 答-羽 黑 先 生 一 第 二 書に 云く、 

淸幼 よら 學を好 み、 畧 > 古 人の 遺 意 を 得る もの あ り、 見 間す る 所 士大夫 

厶 A A A AAAAAAAA A ^ A A ^ A A A 

亦 頗 る 多 し、 然 れ ども 義理に 於て は 則ち 必ず 高 明の 許可 を 得て おて 

A 厶 厶 5 厶 厶 <1 厶 厶 ム 厶 厶 厶 A ム A A A A' A A A A- A A A A A O 

^い 13! か 、^辭 に 於て は 則ち 必ず 木 翁の 品 題 を經て y て 自ら 足る 私 

つっつ r-GOOOCOO つ OOOOOOO0 〇 や 〇* の ooooo 

^お^き か 、一一^ § や 下の 知己なら、 故に 平生 今の 世 二 公 ある を 以て 

勢^^^の み、 (前 篇鳩巢 文集 卷之 十) 

又 答,, 遊 佐 次 郞左衛 門 1 第 一 書に 云く、 

、、*、、、、、、、、、、 

羽 翁と 一た び 京師に 邂逅して 

、^ 、、、、、、、、、、、 

あらざる な ら、 旣 にして 翁敝邑 

、; *、、 、、、 〇ooo〇〇 

る こ と、 今 に 十 年、 常 に 以て 虛く 

第 一 篇 第六莩 室 鳩巢— 第 一 事^ 



第 1 篇 第六窣 室 鳩粱— 第 一 事蹟 一七 八 

o 、〇,〇o 〇〇〇〇〇〇 o〇、〇〇 00 C-0000 0000000 

き 我が 惑 を 解 き、 我 疑を辨 じ 我 が 善 を 誘 ひ、 我 が 惡を戒 む、 視 て 法 を 取 

o〇ooo〇oo〇o〇〇〇oo〇GOOO〇oo〇o〇〇〇o 

る 所 あ .ON 、畏 れて爲 さ^-る 所 あ ,ON 、我 れ をして 放 辟 邪 侈に 陷る こ と を 

o oooooo ooooo oooooooooooooo 〇〇〇 

免れし むる も の、 翁 の 力 多し とな す、 豈 に 古人の 所, 謂 斯人 なか り せば、 

0O00OOOOOOO 

誰れ と 與に歸 する もの か、 (前篇 巢 文集 卷之 八) 

又 祭文 を 作らて 曰く、 

始め 吾れ 公 を 京師に 見る、 尋 ぃて復 た、 北 陲に來 辱 す、 爾 來 上下 議 論、 往 

o o 〇、〇 OO 〇c 〇〇〇〇〇〇 OOOA 厶厶厶 <1<3 厶 <" 厶< "厶厶 

復切^ 忠吿 善道、 一 に 道義 を 以て 相 期 す、 而 して 不肯弱 質、 公 に 頼, ON て 

<",-△△△<"< "厶 <"厶<3<"<" 厶厶 <j 厶厶厶 oo〇ooo〇〇o 

勉強して 以て 學に 進む もの、 玆に十 有 七 年、 云 云、 鳴 呼 公 か 遂に 吾れ を 

9,〇op つ ooo 〇〇o〇 oooooooooooo 〇〇〇〇〇 

棄て、 死す るか 今よ, o 以 往、 惑 あらば 將に 誰れ か 之れ が爲 めに 辨ぜ 

〇oo o〇o〇ooo〇o〇ooo〇o〇〇o〇〇co〇〇〇〇 

ん とす 而 して 過 あらば 將に 誰れ か 之れ が爲 めに 規 さんと する か、 之 

oc g>〇oo〇o〇〇c〇〇o〇〇〇〇〇oc〇〇〇〇〇 

れを瞽 にして 相な きに 譬 ふ、 倀 々乎と して 其れ 何ん か 之 か ん、 (補遺 鳩 

巢 文集 卷之十 一 ) * 

鳩巢 が羽黑 牧野に 負 ふ 所 多 か, ON し は 此れに 由ら て 察知すべきな も、 鳩 

巢 最も 經學 文章に 長ず と雖 も、 亦 詩 を 能く し、 歌 を 能く し、 且 っ國 文の 技 



に 長 ぜ り、 謁,, 恭 靖 先生 事の 詩に 云 に 

荒 煙 満目 自 傷, 春、 愁 見 年々 草色 新、 今 曰 九 原 如 可&、 應レ憐 白髮泣 恩 人、 

又 忠臣 無二の 心 を 詠 ずる 歌に 云く、 

o o o o o o o o c o o o 、o o o o o 、o o o " g o o o ^ ^ 

-& い はじ な、 乙 のて がし は の ふ まも て 身 は 葛の 葉の 力ら みあ, 9 と 

も 

北 窻瑣談 後篇に 此歌を 評し て 「其 體は 後世の 風 なれ ど も、 詞 調 ひ、 義 理 穩 

に て、 面 白 く、 よ く讀 みお ほせた る 歌な ら」 と い へ り 、又 大 學和髿 十/首 あ 

り、 左 の 如し、 

o o o o o o o o 〇0〇、0 00,〇 9、〇〇0〇、p.*9 0" 

皆 ル の、 も との 心 は、 ま す 鏡, み が >- ばな ど 力く もら はつ へ き 

新 B 

ふりに け る、 な らの都 の、 な ら はし も、 あ らた^り ぬ る、 君 がま 乙と に。 

止,, 至 善, 

0000 0000 00 つ ooooo、oooo 0' ^-0 q£,p〇9, 

レレと みる、 その ひとふし を、 難 波 江の、 あしかる かたに うつさす も 力 

第一 篇 第. 一 ハ窣 ^鳩 巣 ー 第 一 事蹬 一七 九 



第一 篇 第. K 草 smim _ 事蹟 】八〇 

o 

な。 

格 物 

、、、、、、、、力、、、、、、、、、、、、、、、 

我 宿 の、 千 草の 花 を、 と めて 乙 を、 色 なき 春 の、 色 もしら るれ。 

o〇〇〇o〇〇〇〇ooo〇〇〇ooo〇o〇o〇〇〇oooo 

しらくもの S く 重と 見え て、 越え 來れ ば. 只; 5 とすお の、 山路な りけ, CN- 

致 知 

日を歷 つ、、 ふみ 見る にミ を、 玉 鋅 の、 み ちの 奥 を も、 し ら 川の 關。 

月 花 も. 馴 れて 見る に そ、 ま さ,^ け る、 さ も とて か は る、 色 かならねば。 

誠意 

、、、、、、、、力、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

い ろ 見え 、ろの 水 は * 乙 TP ^ 江 の、 艸 の はっか に、 つ ゆ もに ごすな- 

烏羽玉 の、^ を てらさず ば、 からに しき、; 3 る もうらな き、 色 と 見 まし や- 

〇〇〇 〇〇 o 〇 C〇〇OQO〇〇0 〇〇〇〇〇〇 O 〇〇 

人 しれぬ 心に 恥と はぢて 乙 を、 つ ひに 恥な き、 身 と はな るら め。 

正 心 

三輪の 山、 杉た つ かど を、 尋ね 來 て、 すぐなる 神の、 心 を ど 見る。 

修 身 



o o o 〇〇〇〇0ひ〇0000、メ ひ ooc に oo,Q 「- J 9 

朝 夕 に、 た もつ 我 身 は、 か ら 衣、 た ちわに うつ せ、 道 のす 力た を 

思 へ た V- 、身の あやま, 9 を、 み か さ 山、 さ して 心 の、 と が ならず と も 

齊家 

いつまで も、 と もに くむ 井 の、 底 つ K み、 む すび も か は せ、 も とのこ、 る 

を。 

治國 

しる やい か に、 民 の 竈 に、 た つけふ^、 いく 夕暮 の、 な がめ な,^ と は。 

, 、 、 、 、 、 ヽ 、 、 ヽ ヽ 、 、 、 , 、 X 、 > 、 ク、、 r ノ, 、\ " Lfa 

何 乙と も、 み るめ かひ あ る、 國 な れ や、 乙 、 ぞうき 世に すみよ L の鑌 

平 天下 

ooooooocooooolooooqoo で oo、oo^。 

九 重 の、 よ るの 玉 衣 、を て さむく お ほふば からに 世 を 居 ふらむ 

春 風 の、 ふ くと はなし に、 あ の づ か らの どかに 見 ゆる 四つのう みつら 

^巢が 如何に 國 文に 堪能なる か は、 駿 臺雜 話の 一 書に よりて 之れ を 知 

るべき な み、 三 上 博士の 曰 本文 學 史 〔下 卷〕 に 

厶 厶厶厶 A<3<3 厶 C 厶厶厶 厶厶厶 △ <"<!△ 厶 <"<"<" M <a, Ah <a <s 

標本と すべき 國 文の 精華 は、 實 に 木 門に 在らと いふ も甚 しき 過 言 に 

第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第一 事蹟 一八 1 



得 o 滅。 
る。 ぶ。 



第一! 3 第六窣 ^鳩 粱;^ 一 事蹚 一 八 二 

厶 △ 厶 △ <" A △ 

は あら ざ る ベ し、 

と 云 へ る は、 新 井 白 石、 雨 森芳洲 等の 外、 又 鳩巢の 如き 卓絕 せる 作家 ある 

が 故なら、 



ooooooooo たか ooooo 

るに 先ち て 人の 心 は亢ぶ り、 名 # を 

OOOOOOOOOCOOOOO 

に 先ち て 苦痛 を 受けざる ベから, す, 



第 二 著書 

前 鴛鳩巢 文集 十四 卷 

鳩巢 曾て 加州に あるとき、 甥の 大地 昌言 (i I、 は) に 命じて 其 作る 所 を 

錄しニ 家の 集 を 成さし む、 昌 言 乃ち 撰 次の 任に 當 ら、 手 づ から^ し. 手 

づ から 書し、 業に 巳に 年 を 積み、 纔に前 集 十三 卷を 成し、 終に 編を完 う 

する 乙と 能 はず、 中途に して 沒す、 是に 於て か 中 村 蘭 林 (S 5 翻 i 、さ 書 

を 加州に 致して, 遂に 其 稿本 を 得、 將 に 家塾に 於て 之れ を刊 せんとす 

然るに 天 之れ に 年を假 さず、 遽 然として 下 世 す, 其 疾 革なる や 、伊東 澹 

齋ぉ、 は) を 呼んで 志 を 繼ぎ、 業 を 成さし む、 澹齋備 藩の 補助 を 得 て、 此 書 

を 上 木す るに 至れ ち、 前 鴛凡を 十三 卷、 序 目 を 合して 凡そ 十四 卷、 其收 

; 载 する 所、 悉く 鳩巢が 加州に 在る ときの 作に 係る、 

Z 後編 鳩巢 文集 二十 ー卷 

此篇は 鳩巢が 江戸に 在る ときの 所作 を收载 す、 凡 を 二十 卷、 序 目 を 合 

第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第二 著書 ー-ノ 三 



第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第二 著書 1 八 四 

して 二十 一 卷 となす、 

補遺 鳩巢 文集 十 一 卷 

此篇は 前篇 後編に 洩れた る 所作 を收 載す、 以上 皆寶曆 年間に 於て 刊 

行す る 所な -nN、 

鳩巢集 外纂ニ 卷寫本 

是れ 蓋し 前篇 後編 及び 铺 遺に 洩れた る もの を 集めて 編 次す る 所な 

り、 然 れ ども 其 編者の 果して 誰れ なる か は、 未 だ詳 なら ず、 最 後に 鴻 S 

の 墓誌 及び 門人 所作の 祭文 等 あ $、 

駿臺雜 話五卷 

此書は 隨筆體 の 書に し て、 記 する 所 種々 なる 方面に 及べ ら、 決 

ら道學 をのみ 論ずる ものに あら ず、 然 れ ども 道 學に關 する 乙 

多 く、 墙 巢が 學說を 知る が爲 めに は、 缺 くべ からざる の 書な. 



郞氏 之れ が 註釋を 作 ら、 上 下ニ卷 となして 誠 之 堂よ も發 行せ 



し て專 

と 頗る 

,關儀 一 

え 或は 



A 厶 



云 <寬 政 異 學 の 禁、 實 に 鳩 巢が此 書に 本 づ く と、 亦 一 說 な え 



書批雜 錄三卷 

此書は 土 佐の 鈴 木重充 の輯錄 する 所に して、 廿雨亭 叢書 中に 收载せ 

赤穗 義人 錄ニ卷 

此書は 甘雨亭 叢書 中に 收载せ も 、大地 昌言其 題蹑を 集めて 一 卷 とな 

し、 是れを 義人 錄後 語と い ふ、 又 尾 張の 國枝 惟熙、 義人 錄の 補正 を 作,^ 

是れ を赤穗 義人 錄 補正と いふ、 ニ卷 あ,^、 明治 五 年の 刊行に 係る、 

大學 和歌 ー卷 

是れ大 學の三 綱領 八 條目を 詠ず る ものに て、 凡 を 十八 首 あ ら、 坂 倉 勝 

明 之 を 甘雨亭 叢書 中に 編入せ う、 別 に單行 本 も 亦 之 あ り、 寬 政 八 年 の 

刊行に 係 る、 今 悉く 之 を 第一 の 事蹟の 末に 揭载 せ,^ 

鳩 巢經說 若干 卷寫本 

大學或 問 ー卷、 中庸 ニ卷、 論 語 若 干 卷、 孟 子 六卷、 大極 圖述ニ 卷、 合 して 十 

有 餘 卷、 是 れ を鳩巢 の經說 とな す、 伊 柬澹齋 が 編纂す る 所に 係る 

第一 篇 第六窣 室 媳巢— 第二 著書 一八 T 



第一 篛 第 六 草 室鳩巢 —第二 著書 一八 六 

献可錄 三 卷寫本 

此書は 古今の 制度 及び 其他當 時の 政治に 裨 a すべき こと を 叙述せ 

る ものな, CN 、是れ 蓋し 鳩巢が 幕府の 下問に 應 じて 著 はす 所な らん、 就 

, 中 彼; ^力 幕府の 命 を 奉じて 撰述 せらと いふ 五倫 五常 名義の 如き は、 

此 書の 第一 卷に 收载せ 力、 . 

西 銘詳義 一 卷 

六 諭衍義 大意 一 卷 

五常 五倫 名義 一 卷 

此書は 献可錄 の上卷 中に 收 載せ 其 蹑文は 文集の 後編 卷之 十五に 

見 ゆ、 

朝鮮 客 館 詩文 稿 一 卷 

士 說ー卷 

是れ 蓋し 文集の 饺編卷 之 十四に 收载 する ものと 同 一 ならん、 

H 喪正議 一 卷寫本 



是 1 鳩 巢が白 石に 代 はらて 作る 所に し て、 载 せ て、 鳩 集 外 霧 〔卷 上〕 に 

あ り、 又 別に 犟行本 も あるな う、 . 

不. u 抄卷數 未詳 

神 儒 問答 一 卷 

鳩 巢小說 三 卷寫本 

此書は 又 鳩^ 逸話と もい ふ、 蓋 し 彼れ が 見聞す る 所 を輯錄 せし もの 

にて、 一 種の 隨 筆な も、 經 說に關 する 事は此 害に 徵すパ 力らず と雖 も. 

藤 史上の 事實 として は 多少 参考に 資すべき ものな きに あらざる な 

り、; 牛 山 兵 原が 鳩 巢小說 評論 一 卷 あり、 蓋し 堤 朝風が 鈐林巵 言 六十 八 

九 兩卷ホ より 鈔出 する 所に 係る、 

鳩 巢小說 後編 ニ卷寫 さ . 

鳩巢秘 錄ニ卷 

駿臺翁 遺訓 一 卷 

兼 山麗澤 秘策 八卷 S 本 

篇 第一 ハ窣 室 鳩巢〜 第二 〗A 七 



第一 篇 第六窣 室^ 巢 I 第二 著書 一八 八 

此書は 一 名 を鳩巢 手簡と もい ふ、 內 容は 鳩巢が 幕府に 仕 へ て 江 戶 に 

在 る 時、 在 金澤の 門人 靑地齊 賢、 同 禮幹 等と 往復せ し 書翰 を輯錄 せし 

ものに て、 齊 賢禮幹 等の 書翰 も 亦 其 中に あ え 兼 山は齊 賢の 號な も 、此 

書は齊 賢の 編纂に 係る を 以て 兼 山の 二字 を 胃す る ものな .CN 、卷 數 は 

寫 本なる を 以て 多少の 異同 あら、 

兼 山 秘策 拔書 一 卷寫本 

此書は 前の 兼 山麗澤 秘策 中よ fts 鈔 出せし ものな も 、其 果して 何人の 

手に 成, o- しもの なるや は 未だ 詳 ならず、 

一 文 公家 禮通 考ー卷 

此書は 甘雨亭 叢書 第 一 輯の 劈頭 第 一 に收载 せ, 5、 

一 天下 天下 論ー卷 

; 病中 須佐美 一 卷 

右二 部の 書 も 亦 共に 甘雨亭 叢書 中に 編入せ も、 

^ 明君 家訓 一 卷 



此書は 鳩巢が 明君の 敛訓 に擬 して 作れる も の、 故 に 初め 憚りて 己れ 

が 名 を署せ ざら しと 見 え、 世 其 何人の 作なる や を 知ら ず、^ に 井澤 蟠 

龍が 武士 訓の 附錄 として 出 づ、 故 に往々 此書を 以て 蟠 龍が 著書と な 

す. 然 れ ども 兼 山 麗澤秘 策 $ 五 及び 卷 六〕 に 據 る に、 其 鳩巢の 作た る こ 

と 疑な し、 且 ゥ鳩巢 後 自ら 此書 を 「楠 正 成諾士 敎」 と 改 題 し、 序 文中に 其, 

理由 を 論ぜ 纟、 此 書の 卷 末に 松宮觀 山が 踩ぁ み、 亦 其 鳩巢の 作た るて 

と を 言 へ り、 因 らて玆 に此書 を蟠 龍が 著書と する 乙との 誤謬なる を 

明かに す、 




第六窣 室 鳩 お— 第二 著 著 1 八 九 



^1 篇 第 六 草 室鳩粱 —第三 學說 一 九 o 

第三 學說 , 

oo〇〇CJ 〇〇〇〇〇〇〇 000、*、、 、、、、*、、 

鳩巢は 純然たる 朱子學 派の 人な ら、 先 きの 惺 窩. 後 の 一 齋の如 く、 朱 子 學 

-、 -ぃ 八、,、 、、〈►、. 、h ヽ、 ヽヽヽ 、ヽ、 ヽ 、、ヽ ooooooo 

を 標榜しながら 朱 王 を 併 取す るが 如き ものに あら ず、 徹 頭 徹尾朱 子 を 

pqo〇〇〇〇o、、、、、、、、 , f f t. 、ヽ ヽ、 、、、、 ヽ、 

尊 奉せ しもの な ら、 仁 齋徂徠 の 古學、 東西に 呼應 し, 一 代 を振搣 する の 時 

に當ら て、 狂 瀾 怒濤 中に 屹. 立 する 巖礁の 如くに 動搖せ ざら しもの は、 鳩 

、- 、oo pop 〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇 Q〇〇ooo〇〇〇 

巢其 人な, ON 乃ち 彼れ が 如何に 篤く 朱 子 を 信憑せ しか を 察知すべきな 

り、 彼 れが朱 子 學に歸 せし 由來 及び 其 最後に 决定 せし 立脚 點は 彼れ 自 

ら 駿臺雜 話の 首め に 「老 學 自 叙」 と 題して 論ずる 所に よ, 9 て 明かな も、 云 

ある 日講 はて、 宋儒以 來、 學 術の 異同に 及 ぶ、 座 中に 程 朱の 學に疑 を 

のこ 

貽す人 あらし に、 翁 のい ふや う、 某 も わか、 らし 時、 俗 儒に 習つ て、 記 誦 

詞 章 を 學び て * 多 くの 年月 を 赜 うせし が、 或 る 時 忽ち 往日の 非 を 悟つ 

て、 古 .< 己れ が爲 めに する の 學に志 あらし かど も、 不 幸に して 良師 友 



もなか, 9 しかば, 諸 儒紛々 の說に K 惑して、 稃朱を も 半 信じ 半 疑 ひ 

> "定見な か, cv し 程 に、 兎 角して 又 空しく 歳月 を經 にけ り、 年 四十に ち 

かき 乙 ろに てあらん、 深く 程 朱の 學 、つ ひに 易ぶべからざる こと を 悟 

りて, をれ よ, 9 日夜 程 朱の 書 をよ み て 心 を 潜め 思 を覃 うする 事 <r に 

三 十 年、 仰 げばい よ/ \ 高 くき れ ばいよ く 堅 く 高 遠に 過き す 卑近 

厶 ~ 厶 ~ <3 A A 厶 A A A △ A A <" A A A- A A A A A 〇 O O 力 £ 

におち ず、 聖 人復た 出 ,、つと も、 必 ず 其 言 に從 はん 事 疑な しされ は 天地 

^^^isi ゆ^^"、 i 舜の道 は、 孔孟の 道な え 孔孟の 道 は 程 朱の 道 

^"、きお ,? ^、& p&is に 至るべからず、 孔孟の 道 を 捨て、 

oo〇〇 〇o〇〇 〇ooo o o o o o o o ^ o 

ゆ ^いや、 i 舜の道 を 捨て \ 天地の 道に 至る ベから 

^、老 學 もとよう 信ずる に 足らぬ 事に は 侍れ ど も、 是 れ ばか, 9 は實見 

<j 厶厶 厶厶厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △*« ム, 

ありて 申す 事に は 侍 る、 若 し實 見なく し て、 さ もな き 事 を 申すなら は 

き^^き 1 きの 罰 を 蒙るべし と、 誓 ひける にど、 座中 も 聽を改 むる 

氣 色な え 

鳩 巢斯く 論ずれ ど も、 程 朱が 果して 正しく 孔孟の 道を傳 へたる や 否や 

第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第一 一 一 學說 一九 一 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢. I 第三 學說 一九二 

は、 卽 ち 異論の 存 する 所に し て、 仁 齋 及び 徂徠の 古學は 之れ が爲 めに 起 

れ ら、 是 故に 單に程 朱 は 孔孟の 道 を 傳 へ たる ものと 唱道す るの みに て 

は、 未 だ 十分なら ず、 更 に 進んで 仁齋 及び 徂徠の 古學が 全く 妄 謬に 過 ぎ 

ざるで-と を說 破 し、 明 確なる 事實 によら 程 朱の 正しく 孔孟の 道 を傳 へ 

たる M と を 證 明せ ざるべ から ず、 然 るに 鳩巢 毫も 之れ を 企圖せ ず、 故 に 

其 唱道す る 所、 畢 竟獨斷 の 見解た る を 免れざる な ら、 又 其 堯舜の 道に よ 

らざれ ば、 天 地の 道に 至る ベ からず とする が 如き は、 尙 ほ 一 層甚 しき 獨 

斷の 見解と いふべ し、 假 令 ひ 彼れ 實見 によると S び、 天 地の 罰 を 蒙る と 

/*^-、、、、、、 <•、、、-、 、、、、、/-«、、、 ヽヽ 、、ヽ ヽ、、 

S ふと 雖 も、 か k る 言 は、 以 て證 明に 代 ふる の^ 値 ある ものに あらざる 

な ら、 鳩 巢又其 論を續 けて 曰く、 

其 時 翁い ふ は、 是 れは五 百年 來 論定 まらた る 事な ち, 今 更 翁 が 誓 を 待 

ウベき にも あら ず、 朱 子 以 後. 宋 に は眞西 山、 魏 鶴 ,3、 元 に は許魯 齋、 吳 草 

廬、 明 に は 薛敬 軒、 胡 ♦ 敬齋の 諸賢 を はじ め、 其 外道 學に 志 ある 人 、程 朱 を 

尊信せ ざる はなし、 一 代の 碩 學 な る 事、 宋 潜 溪の如 く、 百 家を綜 核す る 



事、 楊 升 菴が如 き、 文 字 論說の 末に 於て は、 程 朱を議 すと 雖 も、 學 術道德 

に 於て は、 間 然 する. 乙と を 聞か ず、 さ れば 明の 中葉まで は、^? ほやう 世 

の 學術も 正し く、 名 敎も 頹れ ざり しど か し、 王 陽 明 出で >- 、良 知の 學を 

030000000000000000000000 9? 力-一 ? < 

唱へ、 朱 子を排 せし よ り、 明 の 學風大 に變じ ぬ、 陽 明 旣に沒 して 其 徒 王 

oooo oooo ooo o oooo 0^9-0, つ、 OPOPQ o g ^ 

龍 溪の如 き、 つ ひに 禪學 とな る そ れ より 世の 學 者 良 知に 沈醉 し窮理 

o o o o o o o o o o o o o o - o o o 、〇:〇 o 〇: 9 .97 ^1 タ> 9r> P 力, j o . 

に 欠. 伸 し、 其 弊嘉靖 萬曆の 間に 至らて は 天 下の 學者陽 儒 陰佛の 徒と 

な, て やみ ぬ、 諸 賢 よく 思 ひて 見 給へ、 西 山 以下の 諸 賢、 假 令ひ汙 下な 

ク と も、 好 む 所に 阿ねる に は 至ら じ、 又 其德行 材識、 いづれ も明季 並に 

今の 儒者の 下に あるべき にあら ず, を れに程 朱 萬 分の 一 にも 及ばぬ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ご、、、、、 、 . 、 ft- 

學識を も て、 輕 々しく なにくれと 譏議 する は 、鸚 の鵬を 癸; 5 蠡 にて 海 

、、、、 、、、、、、、、 、、、、 、、、、 、、、、 f、 ^ \) 

を 測る に 似た ら、 韓 愈が いは ゆる 井に 坐して 天 を 小な, 9 とい ふの, 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 w、 ft 

な ら、 然 るに 輕薄 無識の 徒、 其 說の 新奇なる を 喜び て 雷 同 S 鳴す る 事 

あげぐ 數ふ ベから ず、 國 家 百年 以 來、 太 平 久し く、 文 化 曰に 開けて、 師儒 

世に 輩出し け ゥ、 其 學の 是非 は 知ら ず、 た ^稃朱 を 堅く 崇 信し て、 ふ る 

第 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 1 九 三 



第 一 篇 第六窣 室 鳩 巢!. 第三 學說 一 九 四 

き 模範 を 失 は ざ, 9 し を どひ とつ の 幸と せし に、 ち かき 頃俑 作る 人 あ 

o o p^o ^.0 o- .0 0000 0000 00 000 0000 

ら て 始めて 一 家 を 立 て 徒 弟 を 集めし よ も 、老 姦の 儒いて 、其 上に 立 

^ 000 ^ 0^0^-0000000000000000 

たんこと を 欲し 猖 狂の 論を肆 にし て、 忌 み 憚る 乙と なし、 一 犬 虛を吠 

^ o o q o 〇 o P 〇 〇 o o o jO 、o 0000 ooooooooo 

ゆれ は 群 犬 これ を 和す る 習 なれ ば 邪 說橫議 世に 盛なる こ を 、狸 に て 

p〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

侍 れ, 誠 に此 道の 厄 運と もい ふべ し、 云 云、 

鳩 巢が玆 に 程 朱 以外に 一 家 言 をな す もの あらとし て、 痛 く 其 非 を 論ず 

る は、 仁 齋 及び 徂徠の 古學を 唱道す る を 指して 之れ を 言 ふ ものなる rj 

と 疑 ひな し、 東 涯の時 學に對 して 一 語 を も發 せざる と は、 大 に 其 趣を異 

に す と. 雖 も、 亦 其崇 信す る 所の 學に 忠なる ものと いふ ベ き な ら、 然 れ ど 

〇 9*^ 9. 〇〇-. o <"<"<"<" ュ Aoooo GOO つ o o o 3 

も 程 朱の 學を 以て 五 百年 來論 定ま, cm だ, CS とする はふ^ 僻 

する の 訾 を 免れ ず、 朱 子の時 巳に 陸 象 山 あらて 別に 一 派 を 成せる のみ 

ならず、 陽 明の 如き は、 象 山を繼 いで 一 新紀元 を 劃せ, CS 、加 之 我 邦の 古學 

派 及び 淸 朝の 考證 家の 如 き、 皆 程 朱 を 信奉せ ざる ものな り、 き ^お^ § 

すし も 程 朱の 學を 以て; j| 定ま, CN^,CN とい ふべき にあら ざるな ら、 鳩 巢 



又 高木 氏の 僞學 論に 題して 曰く、 

古より 邪 說の道 を 害する こと 多 し、 然 れ ども 其妄誕 S 惡、 忌 憚す る 所 

れ^ J S と. 今 世の 甚 しきが 若き もの あら す、 或 は 古 學と稱 する もの あ 

ち、 曰 く、 大 學は孔 氏の 遺書に あらず と、 又 曰 く、 我 れ 能く 伊洛の 淵源 を 

塞 ぐ と、 或 は文學 を矜る もの あ ら、 曰 く、 道 天に 出て ず と、 又 曰 く、 道 は 事 

物當 然の理 にあらず と、 其 他 淫辭浮 一一 一 曰、 勝 げて數 ふべ から ず、 若 し此等 

の說を して 數十 年の 前に 出て しめ ば、 庸 人孺 子と 雖 も、 亦 其妄を 知,^ 

て 之れ を 非 笑せ ん、 今 ゃ然ら ず、 世 の 師儒と 稱 する ものよ り、 皆 之れ が 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、人 、;に 、5 に 

爲 めに 動かさ れ、 其 說を 崇んて 之れ を 信ぜず とい ふこと なし W や 後 

4 & き^^のに 於て を や、 宜 な る か な、 其 靡 然として 趨 いて 之れ に歸 

、 、 、 、 oooooooo-coo p、oo、0 9^0 9,ST0 o ^ 〇,、9 

する こ と、 吾 れ是に 於て 世 道の 日に 下お ,5 人 心の 日に 傺るを 知る 亦 

きき, ひ、 然 りと 雖も 彼の 釜 鳴 K 合の 徒、 何 ど 道 ふに 足らん や、 吾 れ 意 

やき い 能く &範を 守ち て變ぜ ざる も の、 先 後輩 其 間に 出づる あらば- 

、、、 、、ヽ 、 、、ヽ 、、ヽ 、、、、、、、、、、 、Q〇、<^poo- 

邪說ぉ 道の 一 時に 熾なる もの 熄ま ん、 古 人 曰 へ る あり 千 人の 諾々 は 

第 一 篇 第六窣 - 室鳩巢 I 第三 學説 一九 五 



ち、 ー0 

私、 士 o 
心、 の o 第 

深、 腭 つ i 



第六窣 室 鳩 菜— 第三 學說 一九 六 

〇〇〇〇 ヽヽ、 、ヽ、 、、、 、ヽ、 、ヽ、 ヽヽヽ 、ヽ > 

々に 如かず と、 吾 れ 嘗て 世に 正學 不屈の 人 ある を 聞け は、 則 

く 以て 喜びと な す、 此 れが爲 めな り、 (後編 鳩巢 文集 卷之 十六) 

又 中 村 氏五經 筆記の 序 を 作み て 曰く、 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 oooooo 

奈何 ど 近世 邪誕の 說、 競 ひ 起 ぇ漢 唐 を 凌 駕 し、 程 朱 を, S 毀し、 一 己の 私 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇occ*oo〇o〇 

見 を 以て 天下の 耳目 を誣 ひんと 欲 す、 有 識の士 をして 之れ が爲 めに 

〇〇〇〇〇ooo〇ooo〇〇〇〇〇oo〇o〇〇3〇〇〇〇〇 

愤惋殆 んど寢 と 食と を廢 せし むる に 至 る、 勝 げて 嘆ず ベけ ん や、 (同 上 

卷之 十三) 

是 等 憤慨の 言、 皆 鳩 巢が仁 齋徂徠 の 古學に 激昂して 發 する 所な ら、 然 れ 

ども 多く は 其 人 の 名を顯 はさ ず、 隱 然 之に 敵抗 する も の 如 し、 獨 ク 仁 

齋の みは 時 あ,^ て 之れ を 明 言 し、 公 然 異端と して 之れ を 排斥す る を 憚 

からざる な ら、 遊 佐 木 齋に答 ふる 第二 書に 論じて 曰く、 

〇o〇oo〇o〇〇oo〇〇〇o〇o〇〇ooo〇oc-o〇oo 

^藤 仁 齋經書 を駁 し、 程 朱 を 非と す、 則 ち 我 徒の 戈 を 倒に する もの、 亦 

oooo oooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇 

異端な も、 其 他 博識 著述 を 以て 京師 及び 柬 都に 鳴る もの、 則ち 所 記 

誦 詞章の 學、 皆俗學 なち、 (前篇 鳩巢 文集 卷之 八) 



毀 ざ o 言 o ベ o 所 o る ® 吻 欲 彼 

讒 る。 論 o き o を o を す れ 
す な o に o な 勦 も ® な るが 
第る ら o 徵 o ら o 絕 o の © せ の 自 
^ と 彼 し o 人0 せ 。 な@ り 氣家 
同れ て o 或0 ん ら, 凡 @ 勢崇 
第 時 仁 之 o は と 然 3 そ ® を 奉 

g に 齋れ 彼 す る 文 @ 示 す 

—獨 徂? :0 れ o 其 o に o 運 © し、 る 

慮り 徠考 o を。 偏 敢 3 の @ 殆 所 
千 朱 及 察つ 以 狹 て o 勃⑤ ん の 

第 子び す て 固 己 興 @ ど 學 

一 を 其る o 寬。 陋 o れ o は、 @ 秦 に 
| の 他 に o 政 o に o 力; o 種 © の 忠 
み 一 吾 o 異。 し o 好 o 々© 始 な 
贅 切 人 o 學 o て o む o な ® 皇 る 
賞 朱 未 o の。 寬 所 る ® のの 

嘆 子 お、 禁 宏 に 思 ® 如 磔 

美學之 o を の 僻。 想 ® き 齒 
し 派 れ o 驯 氣 し o の ® 暴 餘 
て に を。 致 o 象 o て o 競© 王 一 

之 あ 否 せ に 悉: 起 @ を 切 

れら定 o る o 乏 く o に @ 豫 の 

― を ざ す o も し 己 よ @ 期 學 
も 九 る る o の o き o れ O |)© す を 

天 も 所。 と。 寧 力; て @ る撲 

まの 以 o す o ろ 好つ 催 @ 力; 滅 

で を を。 彼 憫 ま 進 @ 如 せ 

指 觝 知 o れ o 笑 ざ o せ ® きん 

し 徘 ら。 の す る ら @ 口 と 



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第一 篇 第. K 章 室 鳩巢— 第三 舉說 一九 八 

擧げた ら、 其 言 に 云 く, 

古の 經を なす も の、 瀵 に專 門の 傳ぁ ら、 唐 に義疏 の說ぁ ら、 儒 家 者 流 S 

に, 相 祖述 す、 之 れを經 に 功な しとい ふ は、 固よ. o 不可なら、 然れ ども 其 

學、 記 閜 に拘滯 し、 大義に 懵如 として、 聖人 垂敎の 意を發 明す る こと 能 

は ず、 徒 に 乃ち 區々 として 章句 訓詁 を 分析 し、 以 て 之れ を 得た, CN とな 

す、 抑 > 亦 末 な ら、 遂 に學者 をして 其 卑近 を 厭 ひ、 高 遠 に騖 せし め、 顧 つ て 

.老 佛の說 を 以て © 人の 言 を 亂らて 乃ち 巳む、^^ ゆ^^^,^、,^ 

I き 磯。 4 づ。 知 に。^ や. S ふ^^^お, 5^14^4 か^ふ 

.o. o 〇 〇 o 〇 〇 o o o , 

天に 並り 懸かる がごと し、 云云、 (後 編鳩巢 文集 卷之 十三) 

又 云 く、 

聖人の 學、 明 德を 明かに する を 以て 體 とな し、 民 を 新に する を 用と な 

し, 至 善に 止まる を體 用の 極と な す、 而 して 博 文 約 禮ケ」 進修の 法と な 

す^^ 、,^ききま^ ず や in 





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ち と o し o か 〇 名 o は:; o 業 o 克 o 
近 光 o 以 o 其 o 四 o 則 o と o つ o 
步 を o て o 六 o 海 ち な て 
の 爭 o 經 o 經 o に o 見 o る o 德 
諸 ふ ◦ に o を o 溢 o る o や、 o 行 o 
儒 も o 附 o 注 o れ o ベ o 政 O と 

稍 の o す す o 施 し 脩 な 
y な o 名 o る o ひ o 其 o ま o る o 

^ り O は O 皆 O て O 晚 O f)0 や、 o 

を ^ 傳。 其。 蠻。 年。 事 o ®o 
以子註 o 行 o 貊 o 義 o 擧 o に o 
て の の o ふ o に o 精 o 力 W |?o 
樹 朱 書 o て o 及 o う o り。 に、 o 
立 子 た o 心 o ぶ o し o 至 o 背 o 

すた b° に に て る o に o 

るると 得 及 仁 所 盎 
も 所 雖 る ぶ 熟 風 n° 

の以 も o も o 豈 o し o に o 周 o 
あ の 其 o の o に 德 o 嚮 o 旋 
f) も 實 o を。 殆 o 盛 o ふ 禮 o 
との ®o 以 o ん ん 之 に 

雖 此、 經 て ど に れ 中 

も の と 之 聖 し を た 
g 如 並。 れ 域 て 行 る、 

に く び を に 禮 狀 其 
以 な 以 文 入 恭 に 發 
てれて 字 る し 考 し 
其 ば 日 に も く ふ て 
藩 則、 月 施 の 聲 れ 事 



第一 篇 第六窣 室 鳩 巢-— 第三 學說 二 〇◦ 

隙す るの 言、 左 の 如 し、 云 く、 

山 崎 氏佛を 逃れて 儒に 歸し、 朱 氏 を 尊んで 、ぼ 家 を 黜ぞ け、 師 道を嚴 にし 

て 後生 を 誘 ひ、 其 斯道に 裨 あるが 若き は、 誣 ふべ からざる もの あ ,り、 亦 

O^OOOOOOOOOOOOOOOODOOOODDDDDD 

を 待つ こと 太お 嚴に、 含弘 の度少 く、 人の 過失 を容れ ず、 其 授受が ^ま 

〇Q0q90〇0, o〇〇〇oo〇oooooooonooo つつ 

く 心 を 平 かにし、 懷を虛 にし、 從容 委曲. 以て 彼我の ぎ^^ い が ひ^が 

ooooooooooo • 

し と、 此 れ其 短なる 所な え (同 上) 

尙ほ 閽齋を 以て 朱 子に 比し 「螢燭 の 太陽に まき^^ £ ^^レ 

な ,9」 と 道 破 し、 意 氣 昂然たる もの ある を 見る、 

鳩 巢の學 說、 全 く 朱 子に 本づ き、 別 に 自ら 發明 する 所 あるに あら ず、 然 れ 

ども 其 道 德に關 する 言、 躬 行に 益 ある もの 少しと せざる が 故 に、 學 者 宜 

しく 傾聽 すべ し、 彼 れ愼獨 の 要 を 論じて 曰く、 

君子 室に 居て 言 を 出 だして 善 なれ ば、 千 里の 外應 ず、 况 やい^ 聰卜 ^ 

の を や、 室 に 居て 言 を 出 だして 不善 なれ ば、 千 里の 外 違 ふか ゲひ、 のぎ 



いい^い^い 、^かい^か^り it とて 家に てす る 事の 忽に 千里 

ひ、 い r い^^い や、 だ^、 へ ^^、の^^、 に 纩ゲ、 る" か 如し、 其 ひい 

"き^い^ ャ いおい 程い、 およち 國に ひくき、 國 よら 天下に ひくく、 是 

^^^か き いいでま^ お ほふべ からざる 所な, 9、 是を おて 君子 は 常 

胼 S ,ヾ^ ひお 膨^ & ひいび。 て、!:^ 鲈。 る^。 な。 し^。 と。 へ 

一 . ゆ 蜘^^ ぎ^!^^ や |.妙 い、^ き? ^。へ ほ v へ。 か^で 

I や;^ い、^ や やび 。てめ おが 。の^ 緲 

o o o o o o o ふた o O o O o、o か o o £ p o 、o 2- ? ?ゝ 〇、 on£»、oc- 

^ゆ 5^, きものに 蓋す るが 如し、 其 臭 ふさけ ども ふさぐ へ 力ら すい 

一 ^^い s^ss-l ^、枚 乘が吳 王を諫 むる 書 にき suf 

^ |^ま、&^き¥此 語淺 きに 似て 味 ふかし、 名 とい ふべ し、 口にい ふ 

か〃^ ま^^い:^^^^: ^^ii^^"^ ^"ひ?/ いや 

い^^: Z へ ^4 い^^^^ひ^〉 p^^^> ノ^^: Z 日 A にひ^^に 

A A A A A A A A A A .A 'A <a: ム A A A A A 卜 M、 VJL- いい、 に y cs» , よ、 

そ ひ て、 其 おひ まさ, 9 なば いかでお ほひ 力く す へ き &ゾ よ,? お^" 

君子 も 過ちな きに あらね ど も、 乙 れを かくさんと はせ ずし て、 ム の 見 

第一 篇 第 六阜 室 鳩粱— 第三 學說 二 ◦ 一 



し o き、 o 我 o な o 我 ': 
て 〇 邵 o れ o 6o と ス 
誰 〇 康 o よ o 君 o い 
れ o 節 o ら o 子 o ふ | 
に 〇 の 〇 育 〇 乙 o も \ 

力 )o — し 〇 く O の 7 

よ 念 鬼 を ゝ、 ネ 

ら o 起 o 神 o 存 o あ き 
ん o る o も o 養 o る 
と 〇 て。 我 o し o 所 〕 
い o と o れ o て o を ^ 

へ o な よ そ o 尋 \ 

る 〇 け ◦ b° zo n % 

は o れ o 烕 o な o る L 
Zo ば 〇 應 o は o に マ 

れ〇 鬼 す、 ね o — a E 
を0 神 o 何 o ば o 念 A く 

い 〇 も o 事 o 天 o 未 A 
ふ o 知 ◦ 力、 地 o 生 A 

な る 我 も。 の A 
i) 事 れ o 我 o 時 A 

云、 な に れ 本 A 

云 し よ よ き 
常、 我 ら」 ら 未 △ 

人、 れ o ぬ o 位 o 發ム 
多、 に o 事。 し o の A 

く、 よ O ぁ。 萬。 體 A 

は、 ら o る0 物 o 是 o 
心、 ず 〇 ベ o も れ 〇 



と o 

知。 
る 
れ。 

ば 



る 

は o 

改 

む 

る さ 



と 云へ る も、 亦 這箇の 消息 を洩す ものに 外なら ず、 眞 に 東西 一揆と (な 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 

, 、 、 、 、 、 ヽ,、 〇〇o〇〇〇oooo 

る ま 、に改 むる 程に 過ち は 過ちと 見 え、 改 む 

,9 p, ^000000、 ^oopooooo 

仕方に 力く る 事な く 心 に 一 點 くも, 9 なき 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

の! 3 から もま さ, o ぬべ し、 云 云、 (駿 臺雜話 卷 之 

是 れ古來 聖 人の 僞 善を戒 め、 至 誠を敎 へる 旨 意 

行 上 頗る 適切なる もの ある を 知る ベ し、 馬 太 專 

Hs ist schts verborgeii, das niclit offellbal- さ erde, 

das man mclit yviin werde. 



〇 〇 〇 o o 

と 見え て、 其 

〇 o 〇 〇 〇 

反りて 其德 

二 

を 敷 する ものに て、 實 

第 十 章 第廿六 節に 

unci ist niclits lieimlich. 



ば、 善、 

千、 惡、 

里、 の、 
の、 わ、 

謬、 か、 
も、 れ、 
毫、 あ、 
簠、 れ、 
の、 ば、 
平 差、 年、 
5 よ、 の、 
一 ぃ內、 

雲 お、 に、 

乙、 乙、 
る、 ど、 

と、 と、 

い、 ひ 

ふ、 と、 
も、 し、 
乙、 の、 

乂、 分、 
に、 か、 
あ、 る、 
るヽ い 
事、 に、 
な〜 同、 

!)、 じ、 
糠、 さ' 
溪、 れ' 



〇 



す 
る 
用 



尙 

し、 我、 ほ 
き、 心、 善 
も、 に、 惡 
見、 人、 に 

免、 し、 m 
ず、 ら 
いず 
は、 一 
、'、 念, ; 
年、 の、 を 
の、 き、 論 
內、 ざ、 じ 
に、 す、 て 

春、 は、、 曰 
の、 獨、 く 
來、 居、 
る、 の、 
に、 時、 
同、 暗、 
じ、 處、 
―、 め、 

念、 事、 
の、 な、 
萌、 れ、 
す、 は:、 
處、 圍 
' に、 に、 
' 旣、 の、 
' に * け、 



し 

, *^ ヽ 

同 
上 



な。 る o て o る。 何。 の A 
る o 無 o 鬼 程 〇 事 丄ム 
不 o 體 つ S 申 に も 夫 A 

御 o の。 に 萬 思 は、 ム 

の o 體 o 制 物 盧 3 私 A 
權 o と o せ . の 作 欲 A 
と o も o ら 先 3 爲 な A 
も o い o る き を き A 
い o ふ o く o に o 力、 o を a 

ふ o ベ o 事 o 定 ら 本 A 
ベ 〇 し o な t° ずン と A 
o d° し り ブ 20 す、 ム 

ひ 〇 聲〇 て ヾ 乙 

も 〇 も o 萬。 靜 の 

な 〇 な 物 虛 o ノ& 
/ o く o の o の 〇 禾ム o 

爲。 臭 .後0 中 欲 
す o も o に o よ た、 

も o な〇 墮。 り、。 に。 

な 〇 く o つ n 道 な 
く o し o る o 堙 o け 
し o て o 事 o の れ 

て ◦ 天、 な ま は: 

萬、 o 下 o く o 、o 靜。 

化。 の 鬼 に 虛 o 
の。 大 o 祌 o 眞 ®° 

大 o 本 を 直 ひ 直 

柄 と 制 3 に と 

と o な し 出 て、 



ば o 氣 
ZO に 
の o ひ 

我 G か 

れ o れ 

失 o 

は o 



物 

に 



ば、 

、 、 

れ' 

て' 

我- 
れ 
と 



じ o 

と 

な 

ら 

ば o 
心 o 

源 

存 〇 V- 

養 ふ 

の も 
ェ 

夫 
を 
な 
す 

ベ o 事、 

t° 能、 

ぎ i よ 

源 A ず、 

存 a さ o 
^ れ o 



に、 
閑、 

思, 
雜、 

ぼ 

常 

に' 
絕 

沙 
る 



の, 

幽, 

立' 
す' 
る 



な、 
<> 
何、 

事、 
も、 
思、 

i。、 
作、 

の、 

中、 

い 
出, 
づ, 
る, 

に- 



第 致 


十 


一 知 




と あ 


L 


す b 


学 


る 力 


と 


鄉 


い 


1 て ^ 

なに CO 


> 
ふ 


學 o も 


は 


と ◦ さ、 




い 〇 れ 


M 


へ o V 




ば。 其 




致 理 


?ノ 


知 ◦ を 


j 


を 知 


と 


主 る 


め 


と は 


習 


し 書 


> 
ふ 


致 に 


宙 
爭 


〇 


な 


と Q ら 


L 

9 


い ね 


k 


へ o y 


の 


ぱし' も 




讀'' m 


と 


書 賢 


め 


を の 


習 


主。 書 


ふ 


h° を 


に 



さん 

m 


て ff, 
恐 


及 


の 




す 


Al 


/L 




果 


マ 

o 


Or 
め 


て 


お 


は 


m 


9 


勿 


し 


我 




と 


ナ 


但 
侍 


れ 


な 




半 


ザ 

る 


に 


9 


ズ 
な 


恶 


m 


ポ 


彼 


Hi 


の 


に 


m 








あ 


我 


壁 


,ぶ 


pit 
別 




あ 


門 


9、 


ヒ 


ぶ 


9 




曰: 




然 


と 


學 


V\ 


1 、、 
し 


in 

Al 


し 


の 


散 


動 


と 


本 


何 


れ 




ち 


脚 

m 




か 


チ 


韆 


イド 

我 


る 


お 
存 


れ 


に 


は 


か 


資 


は 


外 




を 


の 


W 


物 


卽 


辨 


丄 


ザ 

ち 


に 


チ 

b 


し 


夫 


惡 


接 


絕 


て 




の 


I 

し 


對 


曰 


ョ o 

nit 


JJ 


想 


辛 

# 


く、 


さ 






に 


ノ k、 


> > 

(こ 


, ^ 

ど 


し 




察 


傾 


惹 


て 




の 


向 


起 






力 


す 


す 


切 




行 


る 


る 


外 




を 


の 




物 



勉 o き の o 惡 o ベ、 先、 
强 o め o 本 o と。 し、 生、 
す o て o と o や o さ o の、 第 
と o さ o す o い o れ o 幾、 g 
も o と o る o は o ば o は、 ' 
力 o ら o 事 o ん o 目。 善、 第 

を。 ば o な o と o を o 惡、 g 
用 o た ◦ れ o 尋 o は o と、^ 
ふ o vro 若 o ね o な o い、 ^ 
る 〇 手 o し o つ o た ◦ へ、 予 
に 〇 の o 此 o 、〇 ず o る、 第 
難 o 延 o 處 o 一 此 も、 一 

か 〇 び に 筋。 關 o 此、 i 

る o た。 心 o に o を o 事、 
ベ 〇 る ゆ 惡 o 守 o な、 

し 〇 と 〇 る O を。 j)0 い 

^ い し 去 て 是、 

上 ふ て o ら o 我0 非、 

^ ば 色 善。 れ の、 ' 

力、 に o に o と o さ、 
ら い o 向 o 我 o か、 
に で o ふ。 心 o ひ、 
も 聲 こ o に o 善、 二 
あ o に。 そ o 善 O 惡、 g 

ら あ 我 と の、 

ず ら 儒 や o 關、 
1Z。 は の o い o と、 
と れ o 修 o は o 知、 
へ 〇 て o 行 o ん o る、 



や 云 云、 い ^、いへ ど學は 書に 限る ベから ず、 書 をよ み て、 義 理を B じ 

l^i い |^」?=& きい^が^^ ひい^^の 事に して、 カ行の 始めな," 

いいい い^^^き ^心^ず ぎい 外にせ ねば、 父母に つかへ、 君に つか 

い^^: 41 物、、 いづれ か 致 知の 地に あらざる、 一 動 一 靜、 いづれ か 力 

ヤ^^い^ら ざ る, 善 は 其 善なる 理をき は め、 惡 は其惡 なる 理をき は 

か u ^ま 事善惡 とも に、 皆 我學 中の 事な, 9、 いかて 世事に さ へ られて 

懈 ると いふ 事 あるべ き、 (同 上) 

彼 1 又 陽明學 派の 人が 朱 子 格 物の 說を 以て 先づ 事物の 理を 窮めて、 後 

こ 其 事 をす る ものと なす を 非と し て、 論 じて 曰く 

おや^^ &ひ いふ は、 さ に は あら ず、 親 に 事 ふる 上に て、 其 事々 に卽き 

か、, か, い^^ め、 君 に 事 ふる 上に て、 其 事々 に卽き て、 忠 の理 をき は 

か^ ぃ& のお だ 至らざる を 今日 知 え 今 日 事の 未だ 盡 くさ くる を 明 

^ 知 VP れ&物 致 知の 學な り、 官 に 居ら 職に 任ずる が 如き も、 必 ず、 其 

第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第三 學說 二 〇 五 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 舉說 二 〇 六 

事 を つとむる 上に て、 當 否を處 し、 事签を % い、 、日 ゲ、 に^,、 に^、 します 

| にす ゝむ、 是れ i; ちき^お かいい、 云云、? -^^,^^1. ,が" で 蒙^^ 

和 ^一一 ひ^^ isi^ ひかき &ぎ& レ、^ 

上) 

或る人 鳩 巢に吾 儒の 道 は、 百行 を該 ぬれば、 何 を か 題目と して 心懸く ベ 

きと 問 ひし に、 彼 れ 之れ に 答へ て、 

翁 常に 立 居に つけて 思 ひ 出で つ i れぬ事 三 あ え 其 三 は ^ き & 

の 恩、 S 人の 恩な み、 (同上) 

とい ひ、 尙ほ 委しく 之れ を說 明して 曰く、 

ゆぶ ゆ うぢ お | お、; ^さ^、 わ^ 

求し 本な 6/ 我れ を 生じ (し、 ず か ヒ^^、、 一 ず、 一 ,;-0ゃ〔乂、 母、 の^^、 に 

し 1 遺愛の ある^い^: 0、y い^い: y 、い^がい、 てお、 る や^、、 さ、 て、 君、 恩 

4 洛 して、 餓るず 寒 いや、^; h いきの きき ヒ き^で:^ へ 、て^ ピ^ 

ひ、 死 を 送る の^ぼ^い 、い: ^^^r^^^f^^^^^s. 



、、、、、、、、、、、、、、、、 、、- >、、、*、、、、、、 

いかがして 忘る ベ き、 さ れど 飽くまで 食 し、 煖 に 衣 て、 君 ハ乂 にっか ふま 

つ ひ 道 を もしらず ば、 禽 獸に近 かるべ し、 幸 に 聖人の 敎 によ ゥ て、 義 理 

、、、、、、、、、、^、、、、、、、、、、、、、、、、、「、て 

の あらまし を もし ら、 禽獸 に 免 かる、 は、 乙 れ 聖人の 大恩に あらす や 

、 、 、 、 、 、 、 、 、 GOOOOOOOOOO-OP、0 9 9、^2E0 9; 

いかがして 忘る ベ き、 お よも 人と して 常に 此三を 忘れす は 天理お の 

o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o 9C p o> 9. o o P 

づ から ほ^びず し て. 本 心 を 失 ふに 至らざる べし 衆 善の あつまる^ 

G 〇 o 〇 〇 〇 

とも いふべ し、 (同上) 

是れ 彼れ が 最も 重大視せ し 所と 見 え、 更 に 其 哀情 を 吐露し、 

翁 は 常に 此三を 忘れ ず、 あ も ひ 出で て、 身 にしむ ばか み に 覺ぇ恃 る、 家 

學の 要訣と も 申しつべし、 

と 云 へ ち 、彼 れ又仁 を 論じて 曰く、 

o o o o o o o o o o o o o o 〇、、 、 "1、レ、 • 、こ、 、, 、 ノノヽ 、ノ" ン 

心の 仁 ある は、 人 の元氣 あるが 如 し 人 の 元氣は 豚に あら はれ 心の 元 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ご 

氣 は、 愛 にあら は る、 脉 のかよ ひ絕 ゆれ ば、 人 死す る 如く 愛の 理 ほる^ 

> 、 , ヽ 、 、 、 、 /- 、 、 ,* ゝ ヽ 、 ヽ X ヽ 、 ひ、、 o 〇, o 〇 の. が o o 

れ ば. 心 死す る 程 に、 仁 は V ひの い のちと も * すべし 夫れ 心 は 活物なる 

〇〇0〇〇〇〇〇〇〇〇000〇0〇〇〇〇0〇q*9 0,,〇,、、 、 f, 

に よ ら、 人 に 情 あ ら、 物 の 哀れ を しらて 常に いき^る 物ぞ 力し よ もて 

第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 舉說 二 〇 七 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 舉說 二 〇\ 

父 诏 を 見て は、 自然に 親 愛 し、 親愛せ ざるに 忍 び で、 君 ^ ピゲ、 て 、は、 ぎ 

に 尊敬 し、 尊 敬せ ざるに 忍び ず, 齒 德を 見て は、 自 然に遜 讓 し、 遜 一 m 、せ で 』 

るに 忍び ず, 義 を 聞きて は、 必 ず 感ずる 事 を 知 .CS 、不 義を^ ^/て ^へ 必 、ず 

恥 づる事 を 知 る、 若 し 情なく 哀れ を 知らず ば、 其 心 頑 然とし^-, 鬼 ^ ^ 

石の 如 く、 痛 さ 痒 さも 知らず な $ な ん、 何 を 以て 自愛 し、 何 w ^ ず f 

せ ん、 義 を 聞きて 感ずる 事な く、 不 義を 聞きても 恥 づる^ ^八へ い、 

タ o で o, oooo olooo oooo OOOOOOOOOOODD 

是れを 以てい ふに、 仁義 鱧智 いづれ も 心の 德^ レ やか >0 ^ ま^^^ r 

o 、.B、 p:s- 〇、 P, 〇 o o oooo o o o o o o o o o o o o o o o o 

も 其 本源 は 仁に 外なら す 人と して 不仁 なれ ば、 義 も 禮も智 も 其 さま 

?ン. 、! S: w o o 9 。- p P £ P つ D 9:? o p 、p O o o o o c o o o 

あ, 其 用 ありと い へど 所詮 R よも 生ぜね ば、 眞 の德 にあら ず、 公 の 理 

P で, o oooo oooo oooo 000003000 

にあら す rJ の 故に 仁に 心の 德と いふて、 外に 德を いはず 、ひに!^ IJ 

o. ? o -o ^ _p,^p?o o、OQOO、oooooooooooooo 

とい ふて 外に 理を いは す、 そ の いはざる 所に 深き 意 ありと. B るべ レ、 

(駿臺 雜話卷 之 二) 

是れ仁 を 以て 愛情と な し, 愛 情 を 以て 唯一 の心德 とする ものに て、, ぎ 

理 畢竟 博愛に 歸 する ものな も、 偶 >哥 林 多 前書 第 十三 章 を飜閱 す る に、 左 



の 言 あ 5、 云 く 

^^^^^^^c ^ や^ 言葉 及び 天使の 3 葉 を 語る とも、 若し 愛 

わい^、 i ひき^ いま かまい.^^ ひ 我れ 預 言 する の 能 あえ 又す ベ 

かか ゆきい、 わ やか^ ゆ i い 達し、 又 山 を 移す ほどなる すべての 信仰 

、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 V 、 、 、 、 、- 、 o o o ovo o o o ^ ^ _^ 

^いい 败 い、 若 し, 愛な くば、 我れ に 益 な、 し. 愛 は寬忍 をな し 又 人の 益 を 

^^^や!^^^ や^い や^^ず いや^ 緲ト& ^や^。 れ Q の, 。を^ 

^ ^^^rp f、o 人 。の o o し 。き Q t ^。は f 、。不 。義 。を ^。ば や、 & ま Q t 

、^一 や^ひ ひ^ Si や^ひ^ ぞ 

o o o o o o o o o o o o o o:o め w o ^、の o o ^ ^ ^ o o ^ ^ 

i § ,1 i、 未だ 全から ず、 預 言 も 未た 全から ず 全き もの 來た ると き は 

DDOOOOOOOOO @ © @ © ® @ ^ @ @ ^ @> @ @ ^ 

お 一い^ ^^ゆき^べ し、 云 云、 それ 信仰と 望みと 愛と 此三 りの もの 

は、 常 に 在るな ,9、 此 中 尤も 大 なる もの は 愛な,^ 

是れ 鳩巢の 言 ふ 所と 其 精神に 於て 全く 一 致す る ものと いふべき なり 

然れ ども 鳩巢は 仁と 共に 義の 重んずべ きこと を 忘れ ズ乃 ち、 

第一 篇 第六窣 室鳩粱 I 第三 學說 二 〇 九 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 ニー 〇 

厶<" 厶厶. <厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △ 厶厶厶 ム^ 厶<! 

若し 義の裁 制な く ば、 心 の 生 道 を 損じ て、 仁 も 亡びぬ ベ し、 

と 言 ひ て、 義 の 要 を說 くに 力 を 用 ひ、 且つ 所, 謂 浩然の 氣の 如き も、 義 よ う 

生ずる ものと せ も、 其 言 に 云 く、 

浩然の 氣 は、 至 大 至 剛、 天 地の 間に 塞がる とい ふに は あらず や、 各 i 考 へ 

て 見 給へ、 かくば から 盛大なる ものが、 いか なれば 義ょら 生ずる とい 

ふ にゃあら ん、 人 は 天地の 正 氣を得 て、 も と 浩然たる ものに て 候へ ど 

も、 私 欲 あ, 9 て、 心 のきれ をな づ まする 程 に、 其 氣 いっとな くち く けて、 

小さくなる 事に て 候、 されば £ 口! ^^ず!^^^^ いき^ ^^ゆ^ 

t や タレ、 云云. £ロ#4^ •li^^ 知: S む^お ひや 铷,^ IJ^i い 

oooooooooooo 

る こ をい と 奇妙に 覺ぇ 侍る、 (駿臺 雜話卷 之 二) 

彼れ 又 義の觀 念に 本づ き、 武 士道 を 論ずる rJ と 頗る 委曲 周到なる もの 

あ り、 或 る 人 彼れ に 

兵家 山 鹿の 何が し が、 世に 士の 金銀. の 事 を 口に 沙汰す る は、 い やしき 

事と いふ は、 大 きなる 僻が こ とな り、 余; 銀 はな くて 叶 はすし て、 至 り て 



大切なる 物な, 9、 をれ をい やしめ 輕ん ずべき にあらず とて、 諸侯よ i 

金銀 を 贈れ ば、 取 ら て 戴きて さしお きけ る、 一駿 臺雜話 卷 之 五) 

事 を 述べて 之れ を 質し V に、 彼 れ 乃ち 答へ て 曰く、 

を^ は 兵家 利害の 愈議 よ. 9 いふ にゃあらん、 士の道 はさに は あらう 

oooooooooooo o £ S> P ?, ^ び- S 

いかにと なれ ば、 士 は 義理 よら 大切なる はなし 其 次き に は 命 を大 4 

ひ 力 ひ&, お^ ド虬 1、;.;^ き^^い^きい 4- もペれ 

ゆ^^^^ ^ t & 4 い |!〃 や^^の 義理と いふお もき 物 を 取 違へ 

か^^いふい f^^^s^pl^o の 、。ロ^^。 い 

S ひ^^, f 如 s^p^^^l" &少ゲ ひ^^ ビ ぎじ、 て 

^ & ひい ハ^^ い^ゃい や、^^^ 手 を 思 ふ は、 皆 利欲な,"、 さ 

い^ん 叩扒 いい 大切なる i にあらず や、 勝手 を 以て いは く 、命 を い 

o o o c o o 9 p o c o P 

くるば か, CV 勝手によ き 事 はな けれど も、 義 に 臨ん、 て は 塵 芥ょ 6 も輕 

^や^ S も や IS か^^, ^や もとよ-大切の もの 

な れ ば. 常 に 身の 養生 を 慎 み、 金 銀 も あらく 費やし 用 ひざる は、 さも あ 

第一 篇 第六窣 室 鳩巢, I 第三 學説 ニー 一 



第一 篇 第六窣 室 鳩 巣— 第三 舉^ ニニ f 

; 、、ゝ f . . 、、、一.、、、、 ヽ 、:^ ク、、 、、、、、二、、、、、 

る へ き 事な, 9 され はとて 命 を し、 金 銀た つと しと 心に おも ひ、! n に も 

^ 、、 、、、ひ,、. ヽ 、、、、、二、 ヽヽ、 ヽヽヽ 、、ヽ ヽヽ、 ヽ、、 

ぃズ は商賈 などに は 似合 ひたる ベ し、 士 に は ある まじき 事な ftv 、(同 上) 

此れに 由^て 之れ を 觀れ ば、 義 を 以て 生命 金錢 等より 一 層高尙 なる も 

のとし て、 凡 を士 たる もの は、 徹 頭 徹尾義 によらて 立つべし とする もの 

な り、 武 士道の 根本主義が 義てふ ものに あちて 存 する 乙と 彼れ が 論ず 

る 所の 如 し. 然 るに 是れ實 に 儒 敎の大 骨 頭と いふべき ものな り、 儒 敎 と 

武士道と 毫も 相戾る ものに あら ず、 武 士道 は 我 邦に 淵源す と雖 も、 儒 敎 

によらて 助成せられ、 益 i 發 達する に 至れる rJ と、 疑な きな, ^彼れ 叉 鬼神 

を 論じて 曰く、 

神 は 正直なる ものと 5- ふ 事 は、 誰 れも 知れ ど も、 聰 明なる 事 を 知らず、 

神ば か, nv す >- ときもの はな し、 其 故 は 人 は 耳 を 以てき け ば、 耳 の及ズ 

ぬ 所 は、 師 曠が聰 とい ふと も、 き かずし セぁ, nv な ん、 目 を 以て 硯れ ば、 目 

の 及ばぬ 所 は、 離 婁が 明と いふと も、 見 ずして あらな ん、 心 あらて 思慮 

す れ ぱ、 穎 悟の 人と いふと TP 、な ほ猶豫 あ,^ ぬべ し、 神 は 耳目 をから ず、 



^ あ ハ^ら ず、 眞 直に 感 じ、 眞 直に 應 ず、 是 れニ つもな く、 一一 一 つもな き、 唯 

>**、、、、、、、>、*-、、、、、、、、、、 P、、,、A, 、ご 

^ ゲ か 誠より 得た る德と 知る ベ し、 さ れば 天地の 間に 極めて 耳と く 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、り、、、、," 

• めて 目 はやき 物 あら て、 時 を も わか ず、 所 さらせす ありの まくに 現 

、、、、、、*、、、、、、*、、、、、、、、、- 、、^!.、、、> 

^ い、 ^ 的に 往來 し、 あ ら ゆる 物の 體 となり て、 兩 間に 盈ち わたらて あ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、二、^、,、、? -o 

れ ^ い、 元 よ, 9 形 もな く聲 もな けれ は、 人の 見聞に は 及 はすして たく 

ま^^, 跏^、 S やや §#れ、 踟 踟 ややき ゆきかき ふやき や 

H おやき お ぉき&ぉぶぶ ぷ,、 

云 云、 譬 へば 淸く すめる 水に は、 K ま、 月のう つ ,0- て、 互 に 光 をます 力 

一 い、 かいいい か^、 1 ケ まい &ま しか、 神と 人と を わか ず、 譬 へば 水 や 

、、、 、、、 、 、、ヽ ヽ ヽヽ、 、ヽヽ 、ヽ、 、、- ヽ、、 、- (, ch、.、x 

^、め^ 水、 一 りに かよ ひて すめる が 如し こ、 に 至りて は洋々 乎と し 

**、、、、、、、、 **-、、、、、、、、 、、〇oooooo 

^其 上に 在す が 如 く、 其 左右に 在す が 如くなる べし、 是れ 神の あら は 

oooooooooooo、o ooo、 oooo お J £21s,〇-£c £i ^ 

&、 な ft>、 ま の お ほふべ からざる な もさ ら とて 神 を 遠き 事と な 居 ひ 

o o o o o o o o o o o o o o o o o c o 、 o、 卜 p J 5, p o 、 7 ,2 二 

き § や^^ 我心に 求め 給へ、 いかにと い へ ば 心 は 神明の 舍 な,^ 1 毫 

ODODOOOO oooooooo o O O O O O q -。■ £ め O o ^ 

お^"^^^ ばぶ のづ から 天地の 神明と 同 氣相應 じて 力 

第一 篇 第 六 草 室 鳩 奥— 第三 學說 一二三 



學、 


身 o 


問、 


の 〇 


は、 


文 o 


勉、 


章。 


厲 5、 三 


は o 


を、 


言 o 


耍、 


語 o 


と、 


Xo 


す、 


bo 


1z、 


重 o 


い 


さ 


急、 


は o 


に、 


な o 


し、 


し o 


て、 




迫、 




切、 




な、 




る、 




を、 




:&、 




そ、 




る〜 




義、 




理、 








涵、 




泳、 




を、 





は o 深 o な o 天 o 

よ 〇 廣0 る 下 〇 

け 〇 に o ベ o の o 

難 し o 力、 つ 法 〇 

し o て o ら〇 は 〇 

し o あ o ず o 寬 

力、 な o 、江ち 大 o 

t° ど o 河 o に 〇 

淺 〇 ら0 は o し c 

狹 難 o 大。 て 〇 
に o き o き o 江 o 

し 故 〇 に o 、河 o 
て こ、 に o し o の o 

近 o て 如 o 

づ し o い o く o 
き o 難。 ち o な o 
易 o し o じ o る o 

き o 溝 〇 る 〇 ベ 〇 

故 渠 o け o し o 
に o は o れ o 瑣 o 

犯 o '小〇 ば o 細つ 
し o さ o よ o に o 

易 o く o け o し o 
し。 し o み o て 〇 

て。 す ◦ 溝 〇 

し。 し、 B° 

げ o し o の o 
AO か。 如 o 
れ O も0 く o 



第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第! 一一 學說 . ニー 四 

OO^O O OO O^O O^O OOOOOOOOOOOOOOOOD 

くいち じる しきお 力し 但、、 相感 ずる 事なければ、 さる 事なが^ ゆ い、 (駿 

臺雜 話卷之 ! ) 

彼れ は 此の 如く 神の 實在を 信じ、 又 我れ に 誠 あるに よみて 之れ と相感 

應し 得る ものと せ, 、其 他 彼れ が 著書 中に 散見せ る 格 言 として 紹介す 

べき もの は 左の 如し、 



第 

. レ 

草 

室 
鳩 
巢 

第 



學 

M 



五 





專、 


M、 卜、 づ、 i ?、 

ノ Jf し 'レ 


朝 o 


< o 一 o 


ナ。 


fl、 

,ょ 


セ ヽ き、 し、 ヾヽ 

3> ^'よ レ、 


に o 


し o Bo 




h 、 


入、 h 、た、 改、 

に ソ /し 


3^o 


て 〇 い。 




も、 て、 る、 め、 


を o 


死。 き。 


け r-. セ 
【よ U ハ 




に、 S> と、 て、 五 


聞 o 


し て o 四 


ぷ。 
ェ。 




ゆ、 人、 ぬ、 も、 


さ o 


一 o は o 


力 n 




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じ、 に、 の、 を、 




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き、 は、 疵、 は、 




ひご 盡 o 



に、 貴、 
於、 ぶ、 
て、 緩、 
緩、 に、 
急、 し、 
相、 て、 
得、 懈、 
て、 弛、 
背、 な、 

力い る、 
ざ、 を、 
る、 戒、 

に、 む、 

近、 迫、 
か、 切、 
る、 な、 

ベ、 ら、 
し、 す:、 
、 懈、 
弛、 
な、 
ら 
ず 
學 
者 
進 
修 
の 

道 



第一 篇 第. K 章 室 鳩巢— 第三 55 ニー. 一 ハ 

p〇〇〇〇o〇0〇〇〇0 〇oooooo〇〇〇Q〇o〇〇〇o 

士は義 を 以て 職と なし 商 賈は利 を 以て 職と な す、 義 利の 間士商 判る- 

oo oo 〇o〇〇〇〇〇 oo〇〇oo〇oooo〇o〇〇o〇o 

士の 重ん する 所の もの は義な ら、 商 賈の 重んずる 所の もの は、 利 な Ay. 

o o〇〇 oo 〇o〇 ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o ゥ 〇〇o 00 

重き rJ と義 にあれば 輕 きこと 利に あ も、 重 き こ と 利に あれ ば、 輕 き Z 

〇 〇 o 〇 〇 

と義 にあ 6N、 

00^ 0000 0^0-00*0000 0000 000 00 QOO 

士の志 す 所の もの は 道な,^ 守る 所の もの は、 義 な ら、 富 は 固 よら 我れ 

^2-.oo の 00 oh 0000 0000000 つ oo ooo 

の ^ する 所 なれ ども 其 道に あらざる に當, CS て は、 今 日 の 富 貴 も、 明 日 

o 〇〇 p〇〇 〇 〇〇oo〇oo〇〇〇〇〇〇〇〇〇o〇〇o〇o 

之れ を棄 てん 生 は 固よ, 5 我れ の 欲する 所 なれ ど も、 其 義を 取る に當 

〇〇〇、〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 ©©©©©©©©©©© 

ら て は 今日 生く と雖 も、 明 曰 之れ を 捨て ん、 是 れに由 もて 之れ を 言 へ 

ば 天下 道よ, 5 大 なる はな く、 義 よも 重き はな し、 死 生 禍福に 至, ^て は、 

君子 以て 心と せ, さるもの あ ,CN 、况 や 一 身の 奉 に^て を や、 



今士大 夫の 家、 古 書名 器を蓄 へんに は、 必 ず 其 眞 を擇ん で、 後 之れ を藏 

、、、、、、、、、、、 、、、、、oo〇〇〇ooo〇〇o〇〇 

す, 一 たび 其 贋 を 覺れ ば、 捨 て k 收め ず、 身 の 言 行に 至み て は、 則 ち外是 

oooo〇o〇ooooo〇o〇〇〇obooooo〇〇QOO 

にして 內非 に、 陽 善に して 陰 惡 な ら、 是 れ其身 を 以て 天下の 偽物と な 

〇〇0 、、、、、、、、、、、、、 ヽヽヽ ヽ、、 ヽヽ、 ヽ、、 f、 

す な ら 、且 つ 身と 書 器と 孰れ か 重 き、 孰 れか輕 き、 書 器、 眞 にあら ざれ は 

、 、 、 r 售 > > , , 、 , , 〇〇〇〇oo〇〇〇〇〇 •〇〇〇〇〇〇、 

鄙んで 之れ を 棄っ る を 知 る、 身 偽物た るは恬 として 之 恥づ るな し 

ooooooooooo . 

亦 其 理に昧 きを 見るな, 9、 

十 一 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇OOCJ〇oo〇〇〇o,、>、<f、*f し、、 

凡そ 學は 志の 立たざる を 患 ふ、 力 の 足らざる を S へす 夫れ 志 は氣の 

、、、、、、、、*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、* 

帥 な も、 志 の 至る所に し て、 氣 之れ に從 ふ、 未 だ 志 立って 力の 足らざる 

、 、 、 、 、 、 > , o o o o ooooooooooo '0 0'000 ^_ 

もの ある を 聞か ず、 若 し 夫れ 學を 好んで 志 立た ざれ ば 善 道 あらと 雖 

〇〇〇〇〇〇 o〇 oooo 〇oo〇 ooooooo-o 〇〇oo 、g 

も、 安 んど 施す 所 あらん や、 然 も と 雖も志 を 立つ るに 本 あ.^ 根 あら 譬 

oooo oooooooo 〇〇o〇 oooooo'oooooo o 

へば 植木の 地に あるが 如きな り、 必 ず 根 あ .5 て 立 つ 則 ち 其 本を强 う 

〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇o〇〇 

し、 其 根 を 固う する にある のみ、 

十二 

第一 篇 第六窣 室 鳩粱— ^三 學說 ニーお 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 ニー 八 

^ o^ooooooooooo oooooo 〇〇〇〇〇〇 o〇o 

學者志 を 立つ るの 要 は、 道 を 信ずる rJ と 篤き にあ ら、 道 を 信ずる rJ と 

oooo oooo 〇〇o〇〇〇〇〇c〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇 〇o 

篤ければ 之れ を 得る こと 深 し、 之 れを 得る こと 深 けれ ば、 之 れを 守る 

ooo o oooo ooo〇 〇o〇〇 〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

こと 堅し 其 之れ を 得る 乙と 深く し て、 之 れを 守る N! と 堅ければ、 一 心 

〇o〇〇o〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇o〇〇o 

卓 然として 根據 する 所 あ み、 而 して 天下 能く 之れ を 易 ふる ことなし、 

〇〇〇Q〇 oooooooo 〇 

豈に 外物の 能く 奪 ふ 所な らん や、 

十三 

つ o OOP o〇〇〇o〇〇o 〇oo oooooooo 〇〇〇〇〇 

世の 學 者、 書 を讀 まざるな くし て、 而 して 善く 書 を 讀むも の、 天 下鮮し 

十 四 

學は 深淺を 論せ ず、 行 は 難易 を 論せ ず、 其 志の 邪 正い かん を 顧みる の 

み、 

鳩巢が 務めて 節義 を說 き、 忠 孝 を 論 じ、 以 て 世 道 人心に 裨益 する 所 あら 

んを 期せし は、 後 世人の 最も 感謝すべき 所な, cs 、日本 詩 史 〔卷 之 四〕 に 彼 れ 

を 論じ て 「甞 著-犬 學 新 疏、 義 人 錄、 駿 臺 雜話等 書; 莫. 非 ,提„ 起 經 義; 維, 持 名 敎, 者 

也」 と い へ る は 誠に 當れ も、 然 りと 雖も、 一 つの 疑 はしき もの あ も、 他 な し、 



彼れ が si 府を 貴ん て、 帝 室 を 蔑 如せ しこ と. 是 れ な ゥ、 彼 れ が 寄" 朝 鮮聘使 一 

二百 韻の 詩 中幕 府を稱 して 七廟 とい ひ、 敢て 之れ を 天子に 擬す るの 嫌 

あ ら、 摩 島 松 南が 娛 語 〔卷 之 四〕 に 論 じ て 云 く、 

厶 \ ^ 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 △ △ 厶 A 厶 ム A 厶 厶、^ . -厶 厶 厶-厶 -厶 -A A 

夫れ 當今 七廟 等の 稱、 天 朝に あらざる よら は决 して 之れ を 用メ るお 

得 ず、 其 他辭を 措 き、 字 を 下 だ す、 皆 辨別 なし 安ん お知らん 其 虬邦を お 

d<3< "厶 厶厶厶 厶厶 厶厶ム OA<"<"<"<"<5AA<IA<a<3< "ム ^ 

^^^む ^、谪 r 以 て 我れ の 德を掼 する に 足るな り. 關 東の 諸 懦白石 鳩 

厶厶厶 <3 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶 厶 厶 ム厶、 

巢、 徂 徠、 春 臺 の 諸 先 生、 皆 此弊を 免れす 惜ぃ 力な 

又 盟闌文 集 〔卷 之 下〕 を 見 る に、 左 の 驚く ベ き 記事 あ ら、 云 く、 

有,, 藤 井蘭齋 者-在,, 京 師; 今 則 死 矣、 素 S 行 1 稱、 嘗 聞 其 爲レ人 亦箇好 人、 其 人 

〇〇〇〇〇〇〇〇0〇0:0 0*919-, 

恒 言、 が S ぎ W ダ順、 孔 子 之 言 昭 昭. 今 土地 政 令、 則 悉 歸" 關 東き 正朔 冠 

き、 & £ 鎖 s " f 口 £ きき ^ 一 ^ に 道 ^ ゆ 

&ぉ 移, -虛 位 天 子; 准 爲 J 二 格-耳、 室 S 淸 話、 予 聞- 此 ,愕 然 驚、 感 然 愀, 如 

,s 地間漸 有 * 爲- 此 說-者 〔使^ 執. 政、 取, 餘 此 人: 科 均=少 正 卯-耳 

塲巢が 皇室に 對 する 見 解、 杲 して 此の 如くな, 9 とせ ば、 其 大義名^に 於 

第一 篇 第六窣 室鳩粱 ー 第: 一一 S ニー ゾ 



第一 篇 第六窣 室 鳩粱— 第 2 學說 ニニ 〇 

て 誤れる こと 實に甚 しとな す、 彼れ が 又!! ^^•hi 5 ち"^,、 

厶厶 1 厶 A<1 厶厶厶 <1厶< "厶厶 ム厶 な 

に 豐丄閤 を 貶 it したる は、 殊に 惜しむべし とな す、 其 太閣を 論ずる 言 に 

云 く、 

豊 臣秀吉 は、 もとよ, 9 不仁に して、 暴 を誅 し、 亂を 止む るの 兵 に て は な 

けれど も、 勝 敗の 大數に 明かなら しか ば、 師 を 出 だすに なにの 造作 も 

なく、 兵 を 行る になに の 巧 計 もな く、 戰 となれ は、 必ず 功 を 一 擧に收 む、 

遂に 兵を頓 して 日を嚒 うする 乙と をき かず、 いは ゆる 拙に して^な 

る ものに 近 し、 其 將 § 、恐 く は 謙 信. 信 玄の 及ぶ 所に あ ら じ、 然 れ ども S 

輕猾賊 の 人に し て、 禮 樂 慈 愛 は、 夢 にも 知ら ざ らし 稃に晚 節 無名り * 

お 興 して、 朝鮮 を 征伐し、 久しく 師旅を 暴 露 し、 多く 人民 を 魚肉せ しか 

は、 天 下の ノ心 離れ 叛 きけ り、 亦 兵久 うして 收め 、さ る の 禍 な ら 〈駿 臺 難 

卷之 四) 

又 云 く、 

かの 朝鮮 を 征伐して 多くの 人 を 殺し、 大佛を 建立して 多くの 財 を S 



やしぬ る は、 天 下の 害に て 乙 そ あ れ、 國 家の 爲め になに か 絲毫の 益に 

なる 事 あ る、 た ^愚人の 耳目 を 驚かす ばから に て、 少 し 心 ある 人 は、 い 

まの 世 迄 も 眉 をし は むる どか し、 し かれば 末の世に 名 を 遺す と は い 

一 へ ど、 な がき 譏 を 招くなる ベ し、 (駿臺 雜話卷 之 三) 

一 鳩巢の 太閤 を 非議す るの 言、 一 理 なきに あらざる も、 餘 ,9 に 貶黜に 過ぎ 

一 たる もの ある を 知る ベ し、 英 雄の 心事 は、 尋 ^儒者の 窺 ひ 知る ベから ざ 

、、、、*、、、 o〇〇〇〇oo〇〇oo〇〇〇o〇〇o〇〇〇o 

る もの ありて 存 す、 當 時 海 內の爭 亂、 太 閤 によらて 平定 せら れ、 無 數の勇 

\ oooo〇〇ocoo〇o 〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇〇o〇〇o〇 

\ 士、 其 鬱勃の 氣を洩 すに 由な し, 乃 ち 悉く 之れ を 驅,^ て、 武 勇 を 海外に 示 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

すが 如 き、 眞 に 大和 男 兒の膽 力 を 鍛練すべき 震天動地の 大事 業に して、 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

啻に 以て 異邦人 を驚駭 せし むる に 足る のみなら ず、 又 永く 後昆 をして 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

之れ に 倣 ふて 奮起せ しむる もの あるな り、 太 閤が 雄大の 氣勢 は、 殆 ん ど 

j 〇〇〇〇r50〇0〇00〇〇〇0〇〇〇〇〇0〇〇0〇〇〇00c 

一 東方の 天地 を吞 吐す るの 狀 なしと せ ず、 是 れ豈に 千古の 一 大 快事なら 

ずと せん や、 鳩 巢甚 しく 太閤 を貶黜 し、 之 れ に反して 大に 家康を 稱揚し 

一て 日く、 

第 一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 一二 二 



第一^ 第. K 草 室 鳩粱— 第三 學說 一二 一 二 

しらず や 今 曰 光の 御 廟、 屹 として 泰山の 如 く、 國 ク ま で も 舉祀し て、 仰 

ぎ 奉らざる はな し、 是 れこを 永代 不朽の 御名 譽とは いふべ け れ、 を れ 

に 別して ひとつ 感じ 奉るべき は、 か くば かり 古今に 傑出し 給 ふ 御 事 

に て、 御 在世の 內、 御 自身の 聰明に 傲, cs 給 は ず、 常 に 下の 直 言 を 納めさ 

せ 給 ふこ を、 眞 の 御 聰明と も 申し 奉る ベけ れ、 (同 上) 

家康 固よ, 一 世の 人傑なる に 相違な き も、 鳩 巢は 殊に 之れ を 尊崇 し、 其 

厶厶厶 厶<" 厶厶 厶厶厶 厶厶 A 厶厶 

徳を頌 する こと 一 再なら ず、 遂 に 朝廷に 就いて 言 ふべき 乙 と を 以て 之 

厶<3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶ふ <! 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶 厶厶 厶厶厶 

れに擬 せんと 欲する に 至 る、 果 して 然 らば 其 事 ふる 所に 佞す るの 嫌 あ 

りと いふべき な 5 、偶 ユニ宅 尙齋 が默識 錄 t 卷 之 四〕 を 讀 むに 左の 言 あ り 、云 

く 

<1 厶 A 厶 A 厶厶 <!△ 厶 AAA 厶 厶厶< :厶厶 <1厶<1 厶 么厶厶 

聞 室 某 荻 生 某 等、 陰 有,, 革 命 之 說; 大 義 湮 晦、 滅 i 常; 其 罪 莫. 所, 容 矣、 

と-, 吾 人 鳩巢が 革命の 議を なし ゝ事を 信ぜ ず、 然 れ ども 彼れ が 皇室 を 眼 

中に 置か ざ るが 如き 弊 あらし は、 蔽ふ ベから ざる 所な み、 但,. 鳩 巢 が徂徠 

春臺 等と 其說を 異に し、 赤 穂の 四十七士 を 義人と 稱 せし は、 名 敎 に裨铺 



する 所な しとせ ず、 然 れ ど も、 楠 正 成に 至りて は 又 稍 i 之 れを 貶黜 する の 

ロ氣ぁ 5、 其 言 に 云 く、 

正 成 かくの 如く 絕倫 の材を 以て 聖賢の 道 を 學び ずし て、 孫 吳 が 術 を 

のみ aK びし は、 遺 恨と いふべ し 、獲 川に て 自殺す ると て、 弟 正季と 最 後 

の 一 念 を 語る 事 甚だ 陋し、 (駿臺 雜話卷 之 四) 

鳩 1 佛 敎に對 して は 左の 如く 言 へ り、云 く、 

〇〇0〇〇0〇〇03 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇oo、oo 

君 をす て 親 をす て、 佛に歸 し て、 我 身 一 つたす けむと おも ふ は 世 を 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

ば捨 つれ ど も、 其 心 は 君に か へ、 父に か へ て. 其 身 をば すてぬ にて あ, 9 

〇〇〇〇o〇ooo〇〇〇o〇〇〇〇〇〇〇〇p、〇〇〇〇o〇o 

け ら 、身 を 捨てず して は、 世 をす つと も いふべ からず 世に あ, て 名利 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

をね がふ も、 世 をす て、、 極樂 をね がふ も、 淸 濁 はか はれ ど、 身 の 樂みを 

田 5 ふ は 同じ かる ベ し、 も とよ, ON 佛の敎 は、 人 倫 を假, ^と 見れ ば、 君 父 を 

〇〇〇〇〇〇 o〇o〇〇〇o〇〇〇 

すつ る はよ し、 さ も あらば あ れ、 た て とても 捨 つると ならば 第一 に 身 

〇〇〇〇〇o 〇o 〇o〇〇〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇<! A A A' A 

の 樂みを 思 ふ 心 を もす て >- 、扠 名利に はなれて 見よ か し、 世 をのが る 

A 厶 A 厶 A A 〇〇〇〇〇ooo〇ooooo〇〇po〇〇.9〇〇 

ゝ にも 及ば ず、 名 敎 中に 自然の 樂地 あるべ し、 何 ど 必ずしも 人倫 をす 

笫 一 篇 第六窣 室鳩巢 I 第三 學說 



第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 ニニ 四 

一 oqpo 9 0,0〇0』〇00 o、oo〇o-o〇o o〇o〇〇co〇o..- 

て 事 物 を 離るべき 人倫 をす て 事物 を 離れ てた て 己れ が 往生 極樂を 

^ 〇p〇o o〇〇〇〇〇〇〇〇ooo〇o〇co〇〇〇〇〇 つ 〇o 

ねが ふ は 世 をす つると いへ ど、 未 だ 身 をす てえぬ よ, 9 起, o て、 樂 欲 甚 

oo 〇〇〇〇 〇 〇 ,、〇〇,0 0〇〇〇0 00〇〇〇〇0 0〇〇 

だしと もい ふべ し 云云. されば 昔よ^ 佛に歸 する 人、 賁 賤 男女 をい は 

j 、〇 〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇 o〇ooo〇〇〇 

す いづれ も 身の 苦樂を 思 ふよ, ON 起らぬ はなし、 (駿臺 雜話卷 之 五) 

是 れ宗敎 心の 利己的 方面 を 道破して 頗る 其 肯綮 を 得た る ものな ら 、固 

より 宗敎 心なれば 必ず 悉く 利己的な, 9 とい ふ を 得 ず、 其 高尙 なる もの 

に 至み て は、 區 々たる 個人的の 藩赅を 超絕し て、 全 く 普遍的なる ものな 

り、 換 言 す れ ば、 絕 對 的に 博愛 的なる ものな ら、 然 れ ども 滔々 たる 世俗の 

宗敎 心に 至, 5 て は、 利 己 的の 動機に 本づ かざる もの 殆んど 稀れ な ち、 鳩 

一 巢 普通 宗敎 家の 急所 を 衝き たら: とい ふべ し、 彼 れ又 神道に 就いて 左の 

一 如 く 言 へ り、 云 く、 

其 所, 謂 道 と は、 果 して 何の 道 ど や、 其 れを して S 人の 道に 合 は ざら し 

め ば、 則 ち 異端な み、 吾 儒た る も の、 當 に 力めて 其 異を辨 じ て、 之 れを排 

し、 人 をして 他 岐の惑 あらしめ ざるべ し、 當 に 苟も 阿附 する 所 あ ,0 て 



且 

の o 直つ 

み o 淸 ヌ 

誓 o が 其 
Oo 愚 守 

て o のる 

此 o ご ^ 

れ 〇 と を 

を 〇 き、 M 

以。 惟。 ベ 

て 〇 孔 ズ 
一 〇 孟 -ミ 
生 〇 の o く 

を o 道。 
終 o を。 
へ o 道 o 
以 o と o 
て 〇 し o 
天 o 程 
下 o 朱 o 
の 〇 の 〇 
道 o 學 o 
乙 o を o 
れ o 學 o 
に o と o 



以て 我國の 道と なす 

め ば、 則 ち 神道 も 亦 儒 

ら ざ るな も、 (鳩 巢集外 

つ 又 其 守る 所 を 述べ 

〇 

直淸が 愚の ごと き、 惟、 

〇o〇c〇〇〇oo 

の み、 誓 つて 此れ をお 

o o o . 

と な す、 (同 上) 



彼れ 深く 儒 敎を信 じ、 懦 敎 

將た又 神道, たると を 問 は 

、、、、、、、、、人、. 11 

き は稱揚 すべ しと 雖も頑 

ん、 尙 ほ 最後に 鳩 巢が立 

す れ ば、 制 止 的な ち、 故 に 



ベから ざるな ,9、 其 れを して 聖人の 道に 合せし 

な り、 云 云、 當 に 儒と 並び 稱 して 之 を 左右す ベ か 

纂卷之 上) 

o 〇 o 〇 o 

する を 知る 

〇 〇 〇 〇 〇 

尙 ふるな し 

敎 以外の 道の 如き は、 其 佛敎 たる と、 道 敎た ると、 

は ず、 皆 斷 じて 之れ を 信ぜ ず、 故 に 其 守ろ 所に 篤 

A A A A A A A ム、 <" A 厶 ^ A A ,^ A ^1 ^ A 

固 と 崇 外との 訾 は 恐 くば 其 免れざる 所なら 

敎の 態度 を 瞥見す る に、 槪 して 消極的な り、 換 言 

S も 自由の 行爲を 嫌惡 する の 傾向 あ り、 乃 ち 論 



じて 曰く、 

o o o o o o 〇 o o 〇 〇 o o o o o o p / -C ) UF ) I r - ^t. i 

人とな^ば 自由なら ず自 由 は 人 をな さず 蓋し 宋の 時の 諺に 然カ 

第一 篇 第六窣 室 鳩巢— 第三 學說 ニニ 五 



第一 篇. 第六窣 室 鳩粱— 第三 學說 ニニ. -ハ 

W 二」. 、 、,、、?、 、 、. 、 , , 、 、 〇o〇〇 oooooooo 

ふ 此れ 俗語と 雖も 最も 切要の 言 と な す、 凡 を 士大夫 其 身 を 持す る 

oo〇o〇〇〇ooo〇〇oo〇〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇 〇o〇 

と 自由なる と 自由なら ざると を 見 て、 然 うして 後, 一 生の 成 就、 卜 す ベ 

o;N 、:、 :、 、 ク、 ク、 、 、►、 、 、 、 、 ヽ 、 、 、 、 ヽ 、 、 、 、 、 、 

し 吾れ 天下の 人 を觀る に、 未 ぉ擧動 自由にし て、 能 く 身 を 立て 名 を墜 

、、、、、、、、,、、 〇o〇〇o〇o〇o〇〇〇〇〇oo〇o 

さ^る もの あらす 古稱 す、 善 に 從ふは 登る が 如 く、 惡 に 從ふは 崩る、 

わ £o 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 oooooo 

力 如し 安ん AJ 自由にして 惡に 流れざる もの あらん や、 士 大夫好 人た 

〇〇〇〇 p 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

る 乙と を 欲せ ざれば 則ち 已 む、 苟 も 好 人た る こ と を 欲せ ば、 凡 を 言 行 

^ へ2_、 一 2. o ^ p o o o o o' o o、o o o o o o 〇 o 〇 o 〇 〇 o o 

動 靜須く 规矩繩 墨の 中よ, 9 過ぎ て、 常 に 畏れ 忌む 所 あるが 如くなる 

を 要すべ し、 乃 ち 善く 久し けれ ば、 之 れに處 る こと 安 し、 然 らざ れば縱 

ひ 未だ 科 を 犯し 咎を 招い て、 大 惡に陷 るに 至らざる も 、亦 終に ー無狀 

の 小人と なりて 乃ち 已ま ん、 譬 へ ば 匠 人の 器 を 製す るが 如 し、 規 矩 に 

P 、ヽ、 -、. 、、森、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

由ら されば 力 方 を 成さず 圓、 圆 を 成さ ず、 無 名 無用の 器物た るに 過ぎ 

/ 、 广ノ, パ,, 、 、 、、 ク、、 ヽ 、 、 、 、 、 ヽ 、 、 、 、 、 ヽ 、 、 、 、 

ざるの み况ゃ 目の色 を 欲 し、 耳 の 聲を欲 し、 四 肢の 安逸 を 欲 す、 苟 も 以 

、>、\\卜、、、、ヽ、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇 

て 之れ を f する 乙と なけれ ば、 則 ち 其大 惡に陷 るる と、 亦 難 からず、 但, * 

tov ^ ^ o ooocoooo〇oo〇〇o〇〇o〇〇〇o〇oo〇 

其始 め 自由なる と 自由なら ざると にある を 要する のみ、 一 つの 自由 




第一 篇 第 六 寧 If S3 學說 



ニニ 七 



お "二の ぺ^ ^お: K 

^ゆ^^や & ^や^でへ ^かか 、(後編 鳩巢 文集 卷之 二十) 

若し 自由の 二字お 以て 放蕩 無 賴の義 とせ ば、 眞 に 鳩巢の 言 ふ 所の 如し、 

^h>XG ^あ^;^ あきん^ 發展に 必要なる 行動 を 束縛せ さるの 義 とす 

^^^^卜い や^わい^ か i 無 賴の義 とすべからざる な, 9、 若し 一 槪 

ひ^かい^ 踟^ゅた卜 い^^^!^^ ib^ii^ いむる の 弊な しと 

000030000000 o o o' o ^ 

かや 此點 よ, 9 之れ を 言 へ ば、 鳩 巢^ 徂徠の 自由主義と 相反し、 形式に お 

^ し、 消 極 的の 一 方に 偏せ る rJ と復, K 疑な きな^ 



第 

四 

鳩 
巢 
門 
人 



大地 昌 言、 字 は 士兪、 一 の 字 は 行 甫、 通 稱は新 八 郞、 奚 疑 と 號す、 又 遜 軒、 東 川 

等の 別號ぁ ら、 加 賀 の 人、 鳩 巢の外 甥な り、 彼 れ幼 にして 學を好 み、 年 僅 

に 十二 三に し て、 善く 文 を 属し、 詩 を 作 る、 新 井 白 石 之れ を稱 して 千里 

厶厶 、、、、、、、、、、、、、、、、>、、、、、、 

の 駒と いへ ら、 長 ずるに 及ん で、 事 大小と なく 鳩巢を 以て 法と な し、 容 

、、、、、、、 、、ヽ /*、、、、、〇 oo 〇〇〇〇〇〇 o〇oo 

儀 を 脩む る こ とに 於て 深く 心 を 用 ひ、 居 る 常に 道に あら ざれば 言 は 

o〇〇〇〇c〇〇〇o〇3〇〇ooo〇〇〇、 、 、 、 、 、 、 、 、 

ず 道に あら ざれば 行 は ず、 勸 止 進 返 必ず 禮ぁ ら、 是 を 以て 士大夫 皆 其 

有 德に服 す、 眞 に 君子 人と いふべ し、 寶 曆ニ年 を 以て 歿 す、 享 年 六 十、 著 

はす 所奚疑 遺稿 ニ卷ぁ り、 (燕 臺 風雅 拔 杪滅 疑、 鳩 巢 の 遺命に よ,^ 鳩巢 

文集 を 編輯し、 唯 > 其 前篇 をのみ 完了 し、 其 補遺 と 後編と は 未だ 成らず 

して 歿せ ら、 其 事 は 伊 柬澹齋 が 前篇の 叙に 詳悉 せ, 9、 

中 村 蘭 林、 名 は 明 遠孛 は 子 晦、 通 稱は深 藏、 蘭 林 は其號 なり、 又盈進 齋と號 

す、 姓 は 藤 原 氏、 江 芦の 人、 幕府に 仕 ふ、 彼 れ が 父 玄 悅、 幕 府の 醫官, K も、 是 



第 一 篇 第. I ハ窣 室 鳴 ^—^ 四 鳩粱 門人 



ニニ< 



を 以て 蘭沐も 亦 初め 玄奢 と稱 し、 父 の 業を修 め.、 著 はす 所醫方 綱紀 三 

卷ぁら 、然れ ども 彼れ 醫官 たる を 好ま ず、 其 志す 所 寧ろ 儒官た るに あ 

o c o o o つ o o o o 、o ,9 3 ^ o o ^5 :f 

^嘗 て 歎じて 曰 く、 士 君子 世 を濟 ふ、 奚 どた ぉ醫 のみな らん やと 乃ち 

慕き に 上 言 して 儒官た らん rJ と を 請へ ど も、 允 さ れ ず、 居 る こと 數年 

幕府 之れ に 命じて 侍醫を 以て 經 筵の 事 を 行 はしむ、 是れ 蓋し 特 恩に 

出 づと雖 も、 亦 其 志に あらざる なり、 延享四 年に 至らて 始めて 醫を改 

めて 需 員に 櫂ん てら る、 此 時 蘭 林 年 正に 五十 有 一、 彼れ が 得意 想 ふべ 

きなり、 彼れ 寶曆十 一 年 を 以て 歿す、 年 六十 五、 著 はす 所 學山錄 六卷、 講 

習餘筆 四卷等 あ, 9、 蘭 林 鳩 巢に學 ぶと 雖も、 鳩巢の 如く 固く 宋說を 守 

いや、^!^ 鲈^& き^^^ b4i^^>^ か^^が 如い、 (先哲 叢談 卷 

之 七、 續 近世 叢 語卷之 r 前篇 鳩巢 文集 叙」 

綾部 綱 齋, 名 は 安 正、 字 は 伯 章 * 一 の 字 は 惟 木、 通 稱は進 卒、 豊 後杵 築の 人 • 幼 

C し VJ 穎 悟、 其 父 道 弘に從 つて 書を受 け、 長 ずるに 及ん で、 京 師に 遊び 

伊藤東涯、 北 村 篤 所に 從 つて 學ぶ所 あ り、 後 又 江^に 到ら 室 鳩 巢を見 

第一 篇 第六窣 ^鳩粱 —第 四 鳩巢 門人 ニニ 九 



第一 fj 第六窣 室 媳粱— 第 四 鳩巢 門人 二三 〇 

て 大に悅 び、 乃ち 弟子と なう、 主として 洛閩 の學を 治め、 旁ら 服 部南郭 

に從 つて 詞章 を講 す、 後 編卷之 十三に 鳩 巢が送 序 あ 纟、 頗 る 其 人と な 

らを 知る に 足る、 綱齋性 剛直に 一して 謹 恪、 身 を 奉ずい ひ い かかいいで 

+ゅゅ ゆ ゆ ゆゆ^" 5 ^き^^き? ^、臉 摩^^い、 や 。及^お ひ 

と を 恐る 、の み、 嘗 て杵築 藩の 龍溪 公に 仕へ、 能く 輔弼の 道 を 竭 くせ 

ら、 時 に 詩 あ も、 云 く、 

春 暉歲々 知, 難, 報、 細 草 指レ天 是 如 >|、 

蓋し 其 志 をい ふな, CS 、彼れ 寬延 三银を 以て 歿す、 享年 七十 五、 著 はす 所 

家庭 指南 一 卷 あえ 綱齋が 二子、 長 を 富阪 とい ; s 、次 を剛 立と いふ、 皆 一 

家 を 成せ ら、 門 人 三 浦 梅園 獨 創の 見 を 以て 世に 顯は る、 (近 S 叢 語卷之 

1 、後編 鳩巢 文集 卷之 十三、 鑒定 便覧 等) 

河 口 靜 齋、 名 は 子 深、 字は穆 仲、 一 說に名 は 光 遠、 字 は 子 深. 通 稱は三 八、 靜 ^ 

は其號 なら、 又苧 山と 號す、 江戸の 人、 川 越 侯に 仕 ふ. 寶 曆四年 十二月 十 

六日 を 以て 病歿す, 享年 五十二、 麻布 六本 木の 善學 寺に 葬る、 著す 听 W 



文 源流 一 卷、 靜齋 筆記 一 卷等 あり 溫知 叢書 第三 編に 收载 せら、 ゆに 靜 

賣文 稿の 著 ありと いふ、 門人 植木 筑 峯、 近 藤 西 涯、 岩 瀨華 沼、 及び 伊東 好 

義齋 最も 世に 聞 ゆ、 (鑒 定 便 覽、 名 人 忌 辰 錄、 諸 家人 物 誌) 

伊東 澹 ^、名 は 貞、 字 は 知 量、 通 稱は 貞右衛 門、 長 門國豊 浦の 人、 好 義齋の 養 

子な り、 晚年悠 哉と 號す、 明 和 元年 九月 廿 一 曰 を 以て 歿す、 享年 六十 六、 

ニ說に 七十 一、 又 一 說に 五十 餘) 著す 所性理 節要鈔 あら、 澹齋の 功 は 鳩 

巢の 文集 及び 經說を 編纂せ しに あ り、 文 集中 前篇 は奚 疑の 編輯に 係 

ると 雖 も、 之 れを上 木せ し は 澹齋な ,9、w 遺と 後編と は 蘭 林 之れ を 刊 

行 せんとせ し も、 不 幸 疾に罹 り、 復 た 起つ 能 はざる を自覺 し、 澹 齋を召 

ぴ囑 する に 彼れ が 志 を繼 ぎ、 此 事 を 成す を 以て す、 澹 齋 乃ち 補遺と 後 

編と を 編輯して 之れ を 世に 公に せ り、 (文 集 叙 記、 續 諸家 人物 誌、 鑒 定 便 

覽) 

淺岡芳 所、 名 は 朝、 字 は 之蓂ニ の 字 は 子 喜、 小 字 は 喜 藏芳所 は其號 なり 武 

? F の 人、、 可 越:^ に 仕 へ て 儒官と な る、 明 和 中に 歿 す、 著 はす 所經說 及び 

第 一 篇 第 六 草 室鳩粱 I 第 S 鳩粱 門人 二三 一 



^ー篇 第. 一 ハ窣 室鳩粱 第 四 鳩巢 門人 ニー 一二 I 

文章 あらとい ふ、 或 は 曰 く、 彼 れ業 を靜齋 に受く と、 又 補遺 鳩 I 文集の 

叙に よれ ば、 澹 齋の 門人なる が 如 し、 姑 く 疑を存 す、 (鑒定 便 覽. 續 諸家 人 

物 誌、 慶 長以來 諸家 著述 目錄) 

奥村修 運、 字 は 子 復、 通 稱は 源左衞 門、 祿 三千 石、 

靑地齊 賢、 字 は 伯孜ニ の 字 は 伯 强、 通 稱は藏 人、 兼 山と 號 す、 祿 千 石、 著 は す 

所 兼 山麗澤 秘策 八卷 あ. o、 

靑 地 禮 幹、 字 は 負 叔、 通 稱は藤 太夫、 齊 賢の 第、 文集の W 遺 〔卷 之 一 〕 に 贈- 靑 地 

貞 叔, 序 あり 云く、 

伯 や 吾れ 其縝 栗に して 齊莊 なる を 愛 す、 叔ゃ 吾れ 其 恢^い いひき 

通なる を 愛 す、 禮 を 好 み、 義 に 近 づ き、 古 道 自ら 處り、 卓 4 いいひ^か 

自ら 流 俗に 異なる rj, と ある ものに 至, cs て は、 二君 之れ を 同う で か 

、、、、、、 

一 國 の 選 な ら、 

小 谷 » 成、 字 は勸 善、 一 . の 字は勉 善、 通 稱は伊 兵 衞、 

以上 四 人 は 本と 羽黑 牧野の 門人な, 9 し も、 牧 野 歿して 後、 皆 鳩 * ズ師 



事せ り、 (斯文 源流 を參看 せよ) 

河口 仲 -K 白 河 侯に 仕 ふ、 

兒玉圖 南、 薩 摩 の 人.. 文 集の 後 編 〔卷 之 五〕 に 送- 兒 玉圖 南-の 詩 あ, 9.9 云く 

い^^ 4 か 寨き : F & A ^ & ?、 か 渡 3 殘客 喚. 舟、 

^ や ,き 4 ま きき ^ ^ir &登 樓; 南中 舊友如 相 問、 爲 道 夢 居 感" 昔 遊" 

圖 南の 門人に 山 田 君 豹 あ ,9、 補 遺の 跋文 を 作れら 

中根柬 里、 名 は 若 思、 字 は 敬 父、 通 稱は 貞右衞 門、 朿里は 其號な り. 伊 豆 下 田 

の 人、 彼 れ 嘗て 鳩巢に 師事す と雖 も、 後 又 陽 明 學に轉 ず、 其 事蹟 及び 學 

^は 日本 陽明學 派之哲 學 〔第 二 篇第六 章〕 に 詳 なみ、 



第一 篇 第六窣 室鳩巢 ー 第 四 鳩粱 門人 二三 一一 一 



0S 第六莩 室 鳩巢— 第五 鳩 粱關係 書類 ニー 一一 四 

第五 鳩 巢關係 書類 

鳩巢 先生 行狀大 m 玄昌撰 

翁草卷 四十 一 に收载 せ, 

文集 叙 記 伊東 澹齋著 

前篇 鳩巢 文集の 首め に载 する 所の 澹齋が 叙 は、 鳩巢の 事蹟 を 記述し * 

併 せ て 昌 言 が 經歷に 及ぶ、 以て 參考に 資すべき ものな 力、 

鳩巢 先生 年 譜 

鳩巢溥 

鳩巢 先生 墓誌 大 地 昌 一 百 撰 

鳩 巢集外 纂卷之 下に 收载 せ. cs、 

先哲 叢 談 S 之 五〕 

近世 叢 語 〔卷之 三〕 

日本 詩 史 〔卷 之 四〕 



北 窓 m S 篇〕 

木 門 十四 家^ 集 

e 學 源流 

日本 諸家 人物 誌 

近代 名家 著述 目錄 

瀨田 問答 

溫知 叢書 中に 之れ を 收载せ 

大日 本 史料 原稿 

儒 * 專滥井 太 室 著 

野 史 〔第 二百 五十八 卷〕 

甘 雨亭叢 書 

大日 本人 名辭書 

松 陰 快談長 野 豐山著 

鑒 定便覽 

第一 篇 第.! ハ窣 室 鳩巢— 第五 



へ^-^^^ — ^八"^ 



第一 篇 第 六 草 室 鳩粱— 第五 鳩 粱關係 書類 

近世 大儒 列 傅 〔上 卷〕 

日本 名家 人名 詳 傳 〔下〕 

S 本 之哲學 者 (英 文) 氏 著 

事實 文鎮 卷之 七〕 



人 胸中 各 有,, 茵 S 人: 只自 Is がお • 

王 陽 明 



〇, o 〇 

S 自埋倒 了 



二三 六 



第二 篇 惺窩 系統 以外の 朱 子學派 

叙 論 . 

藤 原 煶窩が 一 たび 朱 子學を 京師に 唱へ てよ,^ 其 源流 澄々 として 盡く 

る 乙と な く、 僅 かに 半世紀 を經 るに 及ん で、 已 に 我 邦に 於け る 思想の 一 

大潮 流と なれえ 其 脉絡關 係 いかん は 、大要 第 一 篇 中に 叙述せ,^、 然るに 

隍窩 系統 以外に 於て 單獨に 朱子學 を唱 ふるもの 往令 之れ あ ら、 其 重 も 

なる もの は 中村惕 齋、 藤 井 懶 齋、 貝 原 益 軒の 徒にし て、 是 等 は 皆 木 下順菴 

兩 森 芳 洲、 室 鳩巢 等と 大抵 同時代に 出で しもの な も、 揚 齋、 懶 齋, 益 軒の 徒 

は其數 多の 著書に よ も て當 時名敎 を裨 補せ し 乙と 少しと せざる な.^ 

懶 齋は筑 後の 人、 嘗 て 醫術を 以て 久留米 侯に 仕 へ し も、 或 る 時 一 患者 を 

療 し、 其 起たざる を 見、 自 ら思 へら く、 治 を 誤りて 此に 至る と、 乃 ち 慨然 匕 

を 投じ 醫 術に 斷念 し、 儒 を 以て 家 を 成 す、 其 學、 紫 陽 を 主と し、 米 川 操 軒 及 

び 中 村 惕齋と 友た ,0/ 著 はす 所 本朝 孝子 傳、 國 朝 諫諍錄 の 類、 皆 志, 名 敎 を 

第二 篇 惺窩 系統 以外の 朱子學 派— 叙 論 二三 七 



^ニ篇 惺萵 系統 以外の 朱 子學派 —叙 論 二三 八 

禆補 する にある もの、 如 し、 然 れ ども 彼れ が 一 家の 學說 として 見る ベ 

きもの あるな し、 故 に 今 S 齋と益 軒と を 擧げて 以て 惺窩 系統 以外の 朱 

子學 派と なす、 



第一章 中 村惕齋 

第 一 事蹟 

\ 惕齋名 は 之欽、 字 は 敬甫、 小字 は 仲 ニ郞、 或は 云 ふ、 七左衞 門と 稱 すと、 惕齋 

一 は其號 なら、 京師の 吳服屋 の 子な^、 彼れ 量子たら し 時 よら 身 を 持す る 

一 こと 厚 重に して、 嬉戯 を 好まず、 長ず るに 及んで 唯, 篤實を 務め、 浮 靡 を 喜 

一 ばず、 彼れ が 家 本と 市中に あらし も、 m 齋其喧 囂を厭 ひ、 遷 りて 閑静の 地 

に 居 fts 、日に 門 を: ^おて 心 を 大業に 潜め、 學を 論じ 文を談 ずるの 外 はめ 

て 人と 交際 をな さず、 獨逸 語に 所 ^「プ リグ, ト、 ゲ レ f レノテ レノ」 として^ 

めて 單 調なる 生活 を 成せる もの k 如し、 或は 彼れ を 以て 阿 州 侯の 儒臣 

とすれ ども、 其眞否 疑な しとせ ず、 彼れ 元祿 十五 年 七月 廿 六日 を 以て 病 

歿す、 享年 七十 四、 洛 北の 一 條 寺村圓 光寺に 葬る 、著 はす 所講學 筆記、 四書 

鈔說、 五經筆 記、 四 書 筆 記、 讀 易 要 領、 三 器 通 考、 三 器 考略、 愼終疏 節、 追 遠 疏 節 

姬鏡、 本朝 學制考 等 凡 を 五十 餘種 あえ 亦 朱 子學派 中の 一 大家と いふ を 

第二 篇 第一章 中 衬惕齋 I 第一 事蹟 二三う 



第二^ ^一^ 中 村惕齋 —第一 事 ^ 

得べき な ら、 

惕齋 幼年の 時 句 讀の師 あ, 9 しと 雖 

しが 如 し、 恐 くば 獨學 自修に よ 

厶厶厶 厶厶厶 C" 厶厶厶 △△△ 

錄 〔上 卷〕 に 惕齋を 以て 貝 原 益 軒 

<"<J 厶. 厶厶厶 厶厶厶 < "厶厶 厶 

にあら ず、 叉 澀井太 室の 儒林傳 



二 四 〇 



ざ り 

A 厶 

忌 辰 

A 厶 

あ る 

る も 



惕 齋- 

〇 〇 

な し- 

授 

迪齋 

し、 一 

對 す 



• 亦 全く 誤聞に 出づる ものな, 9、 

- 博物 洽 聞なら と雖 も、 德 行 を 修 

〇〇〇〇〇o 〇〇〇o〇〇o 

_ 純然たる 道學 先生の 態度 あ,^ 



も、 朱 子學に 就いて 

う て 得る 所 あ もし 

厶 厶厶ム 厶厶厶 <" 

の 門人と すれ ども 

厶 ム厶厶 

に 惕齋を 以て 山 崎 



o o 〇 o たす o o 

め、 名 敎を裨 くる を 



の 



は 

-35111 # 

閽齋 



o 

以 



に常師 あら 

な ら ん、 名 人 

厶厶 厶厶厶 

す ベ き 根據 

厶厶. q < ;厶 

の 門人と す 



o o o o o 

己れ が 任と 



雨 森芳洲 曰く、 

a 卯の 時、 米 川 儀 兵 衞, 中 村 迪 齋、 藤 井 蘭齋、 俱 に 經 

す、 信 從の もの 衆 し、 (橘 窓 茶話 卷中) 

は 惕齋の 誤な り、 思 ふに 惕齋 在世の 時、 伊 藤仁齋 

世 を 振搣 する の槪ぁ も、 此 時に 當 うて 固く 朱 子學を 守 

る も の、 京 師 に惕齋 及び 米 川 操 軒の 徒 あるの み、 又 曰 く _ 



學を 以て 京師に 敎 

古學を 京師に 主張 

て 仁齋に 



佘少歲 の 時、 明 經を 以て 志と な す、 中 村 米 川の 諸 儒の 如き 固よ, 9 博學 



, 、 、 、 、 , 、 、、 、 、 、 , 000〇000000〇p:〇0 9. ? 

を 以て 之れ に名づ くべ から ず、 然 れ ども 其 身 を 立つ る 卓 偉 自ら 修む 

c〇o〇〇o〇oo〇〇, 〇〇〇oo-〇*3 、卜、,。、, ヽ ,i :v 1 z 

る 謹厳、 亦 以て 篤行 の鄕 先生と なすべ し 今 は 則ち 斯人 なし (同卷 中) 

室 鳩巢又 惕齋の 人物 を 論じて 曰く、 

聞 く、 洛 下の 宿 儒 中 村惕齋 先生なる もの あ ぇ隱 居して 經を 家に 講ず、 

一 に 皆 朱 子 を 崇尙 し、 其 五經 論孟 等の 書に 於け る、 皆 筆 記 あ ち、 篤 學 の 

〇00厶厶厶厶<厶<"<"厶厶厶<厶<"<"<1厶厶厶^.«ム-^"^- ^ A 

人 な え 其 後惕齋 巳に 沒 し、 京 師 の 學、 大 に變 ずる rJ と 今に 三十 年猶ほ 

A 厶 AA<T.q<J<3 厶厶. 0<3厶<" 厶厶ム 、厶 厶、、 1 ' J 

人 をして 先輩の 風を感 慕して 自ら 已 まさらし む (中 村 氏五經 筆記 序) 

又 曰く、 

惕齋 京師に あ ら、 其 學 行 頗る 人の 爲 めに 信ぜら る (答 n 牧 野 先 生 一書) 

叉 曰く、 

oooooooooooo 0000 0-90 0. o ^ o o o ^ o 

惕齋 一 生稃 朱を崇 信 し、 始 終變 はら ず、 近 世の 醇 儒者と いふ ぺし (與 一一 和 

角 淸左衞 門-書) 

鳩巢は 此の 如く 屢> 惕齋. の 人格と 學 問と を 稱揚 せ. 9、 是れ 一 は 其 同じく 

宋 學を崇 奉す るに. H ると 雖 も, 亦 以て 當時惕 齋の儒 林に 名望 あ. リしを 

第二 篇 第一 窣 中 村惕齋 —第一 事蹚 二 四 一 



第二 篇 第一 窣 中 村 惕齋— 第一. 事蹟 二 四 二 

察知すべきな み 、然 れ ども 惕齋 世の 子弟 を敎授 する を 好^ ず、 退 いて 獨 

ら學 を講 じ、 道 を 樂 み、 閉 戶 先生 を 以て 自ら 擬 し、 頗 る 山中 獨 善の 風 あ,^、 

是を 以て 鳩巢其 所爲を 非議して 曰く、 

厶厶厶 <"<3*"厶<" 厶厶厶 △△△ 厶 AAAAA 厶 厶厶厶 

惕齋隱 居して 人に 接する rJ と を惡 む、 來 もて 贄を 執る もの あれ ば、 固 

△ AA 厶 △△△ 厶厶厶 厶厶厶 △ 厶厶 厶厶. A A A A A 

く辭 して 見 ず、 彼 れ志を 求 め、 獨 も 善く せんと 欲 す、 故 に 此の 如 し、 亦 一 

厶 <" 厶厶厶 A 厶 AJ 厶 厶厶. < 厶厶 厶厶厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

の 道な も、 然 れ ども 朋來 たる もの は、 君 子の 樂む 所、 麗 澤 の 益、 相 觀 るの 

厶厶厶 △ AAA 厶厶 △ 厶厶厶 A "厶 <3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶. d<- 

善、 古 よ み 學に志 ある も の、 皆 之れ を 急に す、 今 物を絕 ち、 人 を 拒ぐ に 偏 

厶厶 厶厶厶 厶厶厶 AA 厶厶 厶厶厶 厶厶. <厶<3 厶 A 厶厶厶 <! 厶厶厶 

にして 遁思を 以て 自ら 遂ぐれ ば、 刖 ち 罪 を 大中至 正の 敎に得 て、 自 ら 

知らざる な i 答, 一遊 佐 次 郞左衞 門 一 第 一 一 書) 

^齋は 實に市 隱と稱 すべき 生活 を 成せ ら、 故 に 門人の 如き は 殆んど あ 

る な し、 門 人と して は獨, ^增田 立 齋 あるの み、 立 齋名は 謙 之、 字 は 益 夫、 阿 

州の 人、 講學擎 記の 序 及び 惕齋が 行狀を 作れ $ 、先哲 叢 談 〔卷 之 四〕 に 云 く * 

惕 齋、 伊 藤仁齋 よら 少き rJ と 二 歲、 額 頹名 を齊ぅ す、 當 世稱 して 曰 く、 © 

齋兄^ り 難く. 仁齋 弟た, CN 難しと、 



此れに 由,^ て 之れ を觀れ ば、 惕 齋返隱 して 人と 爭 はずと 雖 も、 其 名 聲 の 

世に 高 かりし 乙と 推して 知るべきな う、 惜 齋は 蓋し 鳩巢の 徒な り、 然 れ 

o〇〇〇〇ooo〇〇〇〇 〇0〇〇〇0〇〇000〇90>〇〇〇9 

ども 之れ を 鳩巢に 比すれば、 一 層 消極的に して 叉 反, て粹然 己れ を 持 

する の 態度 あるが 如 し、 閑 散 餘 錄 〔卷 之 上〕 に 云 く、 

中 村 惕齋は 忠信 篤實 なる 學 者な り、 旁 ら樂を 好んで 音 锊 に 精 し、 朱 子 

のい ふ 處、 も し 孔子の 道に 戾ら ば、 朱 子に 欺かれ^,^ と 思 ふ て, 朱 子 に 

〇〇oo〇〇〇〇oo〇oo〇〇〇 

隨 はん 钚 とい へ る を 見れ ば、 其 人品の 溫 なる 乙と 想 ひやら れ^り 

又 彼れ が 商家に 生長しながら いかに 財 利に 淡泊な, 9 しか は、 如 下の 事 

實 によらて 之れ を 知るべきな 纟、 先 哲 像 傳 〔卷 三〕 に 云 く、 

、、、、、、、、、、、、*、、、、、、、、 、、、、、ばか 

嘗 て 家の 手代 某、 引 負の 事 あみ て、 親 戚の 人々 其 罪 を i ほに 訟へ ,< と議 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 o〇 o 〇〇 o 〇〇, oo〇 

る、 惕 齋獨, ^許さ ず、 從 容 として 諭して 言 ふ、 吾 W を 以て 人 を 死地に 陷 

ooo 〇〇〇〇、、、、、、、、、、、 >、、*、、、 

る、 甚 だ 不 慈 な i と、 ま た 意と せず、 rJ れょ, cs 家產 零落に 及 ふとい へど 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

も、 志 いよく 高く、 性理 の學を 修め、 禮 義を踐 行して、 篤行 先生と 稱せ 

、 、 ^ 

ら る 

第二 篇 第一 草 中 衬惕齋 —第一 事蹟 二 四 三 



第二 篇 45 草 中 村 慘 齋— 第 一 事蹟 二 四 四 

又 彼れ が 他人に 對 して 如何に 深厚なる 同情 を 有せし か は、 思 齋 漫 錄 〔上 

卷〕 に 叙述せ る 逸事に よって 明 か 一な も、 云 く、 

ある 時 ほど 近き 家 に、 火 を 失しけ る に、 を i ふし 惕齋の 家、 風 下な ムし 

か ば、 親 戚 門人 驚きて 馳せ 集らし に、 忽 ち 風 ふき か は も. 風 上と な ら 、チ 

は 類燒の 憂な しと 衆み な 心 を 安んじ 相賀 する に、 惕 齋 ひと, 却て 憂 

ふる 色甚 しけれ ば、 人 々あやし み、 其 故 をと ふ に、 其 火 もとの 人 々、今 ま 

、、、、_、、、、>、、、、、、、、*•、 、、、、、、、、、、、 

て赝士 な, o とて 心 を 安ん じ、 油 斷 の 所、 俄 に 風 か はう し 事 なれ ば、 喜 勿 5 

、 、-、 P 、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、 

ち 弓き 力 は, ON て さど^. jj 早 し、 措 き 所 を 失 はるべし と、 思 ひやら て 憂 ふ 

、 、 、 

るなら と 答 へられし によ ^、集 れる 人々 感じて、 いそぎ 火 もとに 馳せ 

行 き、 防 ぎた すけし と、 あ る 人 かたられし、 

尙ほ叉 惕齋の 人格い かん は 彼れ が自 像の 題 詩に よるて 彷彿す る を 得 

ベ し、 云 く、 

^ ,o[ お- ^ PJ ^ p 9> P o 9, o o oa、o OCOOOOOOOOOOGM 

や 名雙字 &爲 者、 億 萬 民生 俱策 驅、 養 鎏弃材 i ^世 計; 考-槃 林 曲, 永 言 娘、 

彼れ が 超然と して 名利 以外に 脫 出し、 一 生學 者と しての 淸節を 持せ し 



ち o す o 物 o 汝 o 

是 〇 や 之 果 

れ o 意 o れ o し o 
な o 志 o を o て o 
bo な o 汝 o 最 o 
し o に o 高 o 

汝 敎 の 

は 〇 へ o も o 
意 ん o の 

志。 然 最 

を o れ o 大。 
以 o ど o の o 
て o も o も o 
之 o 植 o の o 

れ o 物 ◦ を。 
を o の o 竟 

Z° 之 む Q 

せ れ o る 〇 

よ を 力、 

卽 o な 植 



は-他 人の 容易に 企及す る 能 はざる 所な ら、 又 彼れ が 女子 敎 育に 裨 補す 

る 所 あらん を 欲 し、 姬 鏡の 一 書 を 著 はした るが 如 き、 其 功績 决 して 鮮少 

な, CN とせざる な, c>、 



ヅゾノ ゾ \ 



瑢ニ. 篇 第 1 窣 中衬^ 齋 ー 第一 二 W 五 



第二 篇 第一 窣 中 衬惕齋 —第二 學說 二 四 六 

第二 學說 

惕齋 が學說 として 紹介すべき は、 主として 講學肇 記に ぁ纟、 講學 筆記ば 

寧 k: 語錄の 如き ものにし て、 毫 も 秩序 的に 學說を 立てた る ものに あら 

ず、 然 れ ども 言 々句々、 彼れ が 躬行 實踐 の餘に 成る 所に して、 後世の 學者 

を裨 益す る 所 少しと せ ず、 就レ中 仁 愛、 存 養 ® 察、 死 生 等に 關 する 見解の 如 

き は、 殊 に趣咴 ある を覺 ゆ、 因 らて 左に 之れ を擧 ぐ、 

T- 仁愛の 說 

吾 儕學 をす る rJ と、 私 に克ち 己れ を 推す の 功に 於て 少しく 試みる 所な 

きに あらず と雖 も、 而 も 未だ 其 力 を 得 ず、 所, 謂 R 充と いふ ことに 於て は、 

則ち 未だ 嘗て 其 旨 趣 いかん を 知ら ず、 竊 に 嘗て 之れ を 思 ふ に、 是 れ 未だ 

o 〇〇〇〇〇〇 oooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇oo〇〇〇 

仁者の 大公 博愛の 意味 氣象を 知らざる に 由るな え 之 れを 知らざる 所 

q-ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇 

以の もの は 又 心 を 立つ るの 大 本、 未 だ 其 道 を 得ざる に 由るな ら、 心 を 立 

つるの 道い か ん, 按 ず る に、 程 子 言 へる あ み 、曰 く、 人 只 自ら 私して 自家の、 



^ 333000000000000000000 0^000 00 

& i おき^, て 意 を 起す が爲 めの 故に、 道理 を 看 得て 佗 底 を 小に し 了 

§ や §i の 身 を 放ち 來た^ て、 都 て 萬 物の 中に 在, 5. て 一 例に 看れ は 大小 

^き! S 2< " と-今 是れに 由り て 之れ を 論ずる とき は, 凡 を 事に 學に從 り 

か お^^^ きふ^ タき おき 41 お^。 の 

^ずい^ 心の 注ぐ 所, 皆 吾軀殼 上よ ち 發し來 た ら、 私 欲の 由ち て 生ずる 

一一 ^ い、 4 かハ & い,".^、 かい ^ ハ$ い 以て 之れ に 克^ん と 欲する は、 猶 ほ 家 

いき, ふに 之 れ一を 管す る ものな きが ごと し、 是 をお て纔に 私欲 を 禁ず 

\ ゎ> い b 、力 i 6 か^か、 我れ 元と 人と 其 利 を 共に し、 其 善 を 共に せんと 欲 

\ する の > ひな し、 苟 も 人 と共にす るの 心なき とき は、 則 ちた ビ獨ら 己れ を 

利す る 乙 と を 要する のみならずし て、 己 れが是 とする 乙と を視 て、 亦 囂 

々として 自ら 足れり と す、 猶 ほ 終日 訟庭 にあう て、 人 と對頭 し、 曲 直を爭 

一 辨 し て、 己 れを 伸べ、 人 を 伏 するとき は、 悅 んて 以て 志 を 得. K も とする も 

一 の、 ごと し、 是 を 以て 一 時 己れ を 推して 人に 及ぼす と雖 も、 而 もし ばら 

第二 篇 第一 窣 中 衬惕齋 —第二 學說 二 四 七 



第二 お 第 一 草 中 村 惕齋— 第二 舉說 二 四 八 

く あみて g た 物 我相隔 つる を 見る、 今 廓 然として 其 I 穀-を 。私。 す 。る G り 心 

で,? 、の. o*、? o ? 2 9- 5^ o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o 

を 忘れて 一 に 天地の 爲 めに 箇の心 を 立て 定め、 己れ を 以て 天,^^ Q1 

O OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOD3DDDDD 

人と なして、 其 是非 利害に 於け る、 己れ が 自^ 12?^,^^ ド, p"^, 

S 一 o、w、〇—o, o れ o^^oooooooooooo つ ooooooo 

處し人 己れ を視 るの 公なる を 以て 自ら 處し て、 愛 惡僻^ 所な^ So が、 

.5、 9 お、 91 o:o o.o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o 

其 心の 發用 殆んど 彼の 造 物 者と 上下 流 を 同う す、 凡 ぞ,^ 蒙 び、, に 1$ 

UO ^ ^ お、 5, "お, 5- pop OOOP 0000000、 、 、 、 、 、 、 、 

する の 際 我 仁愛 S- 铍る 所に あらず とい ふ rJ とな し、 乃 ち 人 ffi の 欲すべ 

、,ハ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

き 所の ものと 雖 も、 皆 公共の 心 を 以て 之れ を 視 ると き は、 則 ち眞情 自ら 

發 見し て、 之 れに處 する rJ と 、各-其 宜しき 所 を 失 は ず、 私 情^い || ぎい で 

之れ に S つ 乙 と、 亦 其 力 を 容れ易 し、 未 だ 復萌の 念 ある を 免れず と雖 も、 

亦 以て 漸くに 之れ を遏 むべ し、 其 己れ を 推して 人に 及ぼす む^ ^ 

い、、,、、』、、.、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、.' 

i 油然と して 人と 其 利 を 共に し、 其 善 を 共に する 乙 とを樂 む、 豈 に 其 

、^ 、、、、•、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

し 去る N! と 難から ずして 叉 能く 後に 保つ 乙と を 得 ざらん や、 其 れ, く 

flh /、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

此の 若くなる とき は 則ち 我 惻隱の 情、 類 を 以て 之れ を擴 めて 其 本 量に 

充り べし 夫れ 學を なすの 大本 旣に 立り とき は、 則ち In &§き1、^:|^ 



oooooooooooooooooooooooooooooo 

に 由ら て擴充 して 以て 己れ に 全うすべ し、 又 此れに 由り て 推し 去,^ て, 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

以て 人に 及ぼす ベ し、 其 不善なる もの も、 亦 此れに 由, 5 て克 治し て、 以 て 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

天理に 復 るべ し、 又 此れに 由 もて 己れ を盡く し、 實 を 履 み、 言 行 相 顧みる 

oooooooooooooooooooooooooooooo 

と き は、 則 ち 以て 誠 を 己れ に存し て、 物 を 感動す ベ し、 百 行 莴 事、 皆 此れに 

OOOOOOOOOOOOOOCOOOOOOO 

由ら て 進修し て、 以 て 吾 仁 を 全うする に庶 かるべ し、 

蓋 * し 人、 天 地 生物の 理を 得て 以て 生 ず、 而 して 生理 乃ち 心に 具 は る、 此 れ 

®®®©®®®®®®©〇〇〇〇〇〇o〇o〇ooooo〇〇〇o 

便ち 是 心の 德、 所 k 謂 仁 な え 故 に 人心 物 を 愛する の 情、 便 ち是れ 仁の 發 用 

ooo〇〇〇ooo〇oo〇〇oooo〇〇〇〇ooo〇〇 

人の 生脉 にし て、 亦 其 心 を 用 ふる こ と、 由 もて 公なる 所の 主な り、 若 し 此 

理を 明かに せず し て、 徒 に 直 を 秉 ,9、 平 を 持し て、 以 て 物 我 を 一 にせ ば、 則 

るば 

ち 公に 似て 公に あら ず、 只 是れ絞 直の み、 其 弊 或は 父の 罪 を訐ぃ て、 以 て 

直とす る もの あ ,0 /竟 に奔々 蕩々 とし て、 以 て 都て 仁と 交涉 なきに 至る、 

ooooooooooooooooooooooooo ooooo 

此 れ 惟 i 私 なき を 以て 公と する こ と を 知. fts て、 而 して 人心 本然の 生 意 を 

ooooooooooooooooo 、、、、、、、て 

以て 主と する こと を 知らざる が 故な も、 竊 に 謂 へ ら く、 入 身は是 れ生氣 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

の會 にし て、 心 は是れ 生理の 賤若 し 能く 吾 身 を 放ちて 同じく 天下 人の 

第二 篇 第一 草 中 衬惕齋 —第二 學說 二 四 九 



を o と' 
生 o し' 
と o て, 
い o 憂, 
ひ o ふ, 
人 o る, 

心 ( 



な o 機 o 息 

ら 〇 の ◦ む 



所- 
な' 
さ、 

の、 



能、 
い 
與, 

に, 
す, 
る、 



の o 
全 o 
德。 

を。 

仁 o 
と o 
い。 
ふ。 
其 o 
Mo 

—0 
な o 所、 

bo な、 

罄 o ら、 
人 o ん、 
の o や、 

天 o 夫 o 
に れ o 
繼 o 天 〇 
い 地 o 

て。 の。 

人 o 大 
を o 德 o 



箇 

の- 
ェ 

m, 

に, 
人, 
と、 
是、 
非、 
曲、 
直、 
を、 
爭、 

ふ、 

と、 
を、 
知、 

!>、 

て、 



の' 

外, 

Mi 

然, 



> 發 o 
' 動 o 
' に o 
' よ o さ 

' ho も 

て o の 

' 皆 o な 

隳 o b 

め o 學 A 
て o 者 a 
之 o き 

れ O に A 

を〇 鼸 

充 〇 め A 

Oo てム 

ベ O 生 A 

し o 機 a 
此 o を a 

れ O 擊 A 

75° つ A 

ち o ひ 
仁 o と a 
を o 勿 A 

求 O れ A 

む o 須 〇 
る。 ら o 

の o く o 
耍 o 生 o 



y 

I 

皆 
惻 

隱 

の 

に 
由 

b 

て 
以 

て 



以 

て、 

其' 
愛' 
亦, 
殺、 
に, 



す 
る 

の' 
み- 
凡 
其 そ 
頭 四 
を 端 
起 の 
す 善 
便 
ち 



烕 
に 
隨 

て 



れ 

天 
地 應 
の ず 
生 と 
機 雖 
少 も 
し 然 
ち れ 



其、 至' 

私、 る' 
す、 且, 
る、 ケ 
所、 往, 

に、 ゲ 

厚、 其、 
き、 愛、 
と、 す、 

&〜 <D y 

は、 所、 
則、 以、 

ち、 の、 
ひ も、 
れ、 の、 
を、 適き 
公、 に、 
に、 以、 
奪、 て、 
ふ、 之、 
ひ れ、 

と、 を、 

め、 齊、 
る、 9 ヽ 

を、 る、 
免、 に、 
れ、 足、 
ず、 る、 
是、 况、 
を、 や、 



' し、 凡 o あ' 

' 得、 そ o b 
て、 小 o 乃 
公、 人 o ち' 
な、 の o 仁, 

ら、 な。 た' 
す:、 す。 る, 

是、 所 o 所, 
を、 皆 o 以, 
以、 殺 o な、 

て、 機 o ^ 
喜、 に o 云 
ぶ、 歸 o 云 
も、 す o 凡 

の、 故、 そ 
未、 に、 君 
だ、 愛、 子 
饕、 を、 の 
か、 施、 な 
ず、 す、 す 
し、 乙、 所 
て、 と、 常 
怨、 あ、 に 
み、 み、 生 
る、 と、 « 
も、 雖、 を 
の、 も、 存 
隨、 而、 す 
つ、 も、 云 
て、 愛、 云 



' の、 間、 

' 私、 に、 
' を、 置、 
' 容、 き、 ? 

れ、 吾、 I 

す:、 心、 

內、 の、 第 
形、 本、 i 

氣、 然、 中 

の、 のヽ 衬 

欲、 德、 齋 
を、 を、 ▲ 
生、 以、 二 
せ、 て、 學 

ず、 天、 說 
普、 地、 
博、 萬、 

公、 物、 

平、 に、 

の、 體、 
中、 す、 

目、 る、 
然、 と、 
に、 き、 ^ 
惻、 は、 〇 
ffi、 則、 
慈、 ち、 
愛、 外、 
の、 物、 

意、 我、 



o o o o o 

治む る 所以 

o o o 〇 〇 

や、 仁 を尙ぶ 

稃子曰 く、 心 

心 と、 又 曰 く 

と なきな も 



ooooooooooooooooooooooooo 

の 道、 學 者の 義に則 も、 己 れを修 むる 所以の 法、 豈 に 他 あらん 

o o 

の み、 

は 腔 子 裏に あらん こと を 要す と、 又 曰 く、 滿 腔子是 れ惻隱 の 

、仁者 は 天地 萬 物 を 以て 一 體 とな す、 己 れ にあらず とい ふ M 

、と、 今 此 三 言 を 看 得 て、 其 旨 相 串 き、 渾 て 一 片 となさん こ と を 

oooooooooooooooo 

要すれ ば、 亦 益 あるべき に 似た み、 蓋 し 仁 は 是れ天 地、 物 を 生ずる 所以の 

oooo〇〇oo〇o〇oooooo〇oo〇o〇ooo〇〇〇〇 

理、 人 此 生理 を 得て 以て 生 ず、 心 は 乃ち 此 生理 を 具 ふる 所以に し て、 人 の 

ooooooooooooooooo 

由, 9 て 生 じ、 由 ,9 て活 する 所の ものな ら、 故 に 直に 人心 を 以て 仁と なし、 

心の 德を 以て 仁を訓 す 、来 子 の 所 Ji 仁 は、 是 れ此 心の 德、 才 かに 此心 を存 

し 得る とき は、 即 ち 仁なら ざる ものな し と、 亦 卽ち 是れな り 、人 能く 常に 

箇の心 を收 めて 腔 子 裏に あるとき は、 則 ち 心、 其 所に 安ん ずる rJ と を 得 

て、 腔 子 裏に 充満 す、 乃 ち 其充滿 する 所の も の、 皆 吾 惻隱の 由ら て發 する 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

所 な ,9- 滿 ち ffl る こと 十分に 至る とき は、 則 ち觸 れて應 ずる 所、 思 ふて 及 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 oo 

ぶ 所、 細 と な く、 大 と な く、 皆 惻隱の 情に ようて 以て 發見 流行 す、 其 れ 此の 

第二 篇 第一 窣 中 衬惧齋 —第二 學說 二 五一 



第二 篇 第一章 中 村 惕齋— 第二 學說 二 五 二 

i お K お ま 2=、£§ ま&ゃ お 

一 ^^^い io^s^A、 いま ゆ^い,^^^、^^ 酽^^ 

一 あら ゾゃ、 若し 天下の 44 い まか^^ らか^^ 

る 所 1 もの あらば. 4; れ吾 かか ト き、 4^:1:^ わい^^か^^ VI- 

ど 能く 天地 萬 物 を 以て 一 體と 4^ ひ: Jb^4r 然れ ども ^4^ir^ ひ 

is お S おぎ ま おやき 踟 i 

者 能く 敬 を^い、 きいき 4^、か ひきき い^い^:^^ rili^i マ 

常に 腔 子 裏に^^ ひ^^^い やきお^,^ きで^きき ^いき!^^ い 

て發 する 所、 漸く 以て 満腔 子 十分に 至 かやい、 愚 程 子の 三 言 を 看 得 て、 相 

串いて 1- となさん と 要する も の、 其 意 此の 如 し、 程 子 の 所 満腔 子是 れ 

惻隱の 心と は、 只是れ 人身の 生氣を 以て 仁の 體段を 語る に 過ぎず^ い 

人 j 1 身、 生氣の 貫かず とい ふこと ない、:^ いき^い き^ゃ 、ききい^ か、 

人 此れに よみて 満天^^き^ い^^い 、^ぞま い^^;^ ひ^い」 t い 



か、^ かか 如 a い て、 以 て 仁に 至る を 求めん と 欲する の み、 然 れ ども 常人の 

心 は、 人の 痛痒 己れ が 身に 關せ ず、 若 し 人心の 德、 本と 人 己 を 隔てざる に 

由, 5 て 之れ を 觀る とき は、 則ち 所, 謂 木 頑 不仁なる ものな え 一 身の 痛癢, 

相 貫かざる は、 風 邪 之れ を 障 ふるが 爲 めな ら、 人 己の 憂 歡、 相 關 せざる は 

私欲 之れ を隔 つるが 爲 めな ら、 身 體の不 仁、 未 だ廢 用に 至らず と雖 も、 而 

o o o o o o、 o o ,o b ^ ^- o ^. 

も 必ず 之れ を 患へ て、 以て 療安を 求む、 心 術 の 不仁 は 則ち 我 力 人た る^ 

o o o o o o o o o o o o o- o o、 o o o o め^。: p ん 9- p w o、 ^、 

以の もの を. U ぼせ ど も、 而 も 之れ を 患 ふる 乙 と を^ら す哀 L へ き 力な 

故に 愚 又 嘗て 謂 へ ら く、 人、 生 を 好 み、 死 を惡 まざる ものな し、 利 に 趨も害 

X> i i , ひ^^わし ム 己 を 以て 之れ を 言 へ ば、 私 意 の み、 然 れど も實に 

O0000O0000 O, oooo £, ,0 00^^0、 

是れ 人心 本然の 德愛 の理 によ, 9 て發 する ものな,^ 

0000000000000000000 0』 に P いお o お; 

i ひや、 • i ^き 成す るの 外、 他心な し而 して 人の 道と する 所以の もの 

o o o o o o o o p o o o o o ,p o 5 o o 〇 o 、い パれ、 ^ひ^ ク ,ノ 

一 に 其 4 ^成の 功 を赞 する にあら すと いふ 乙と なし 但し 其 1 親 を 薪と L 

やかい ^^、かい やまい」 愛しむ、 施す 所 緩急の 序 あるの み、 生と は、 

^ニ篇 第一 窣 中 衬惕齋 —第二 學說 二 五三 



第二 篇 第 一 窣 中 衬惕齋 —第二 學說 二 五 四 

o、j2,〇opooooo〇〇o〇〇〇oo〇oooo〇〇〇oo 00 

は s ち 至大な, 9 至難な み 、而 して 其. S 力て 出づる 所の 源 は、 卽 ち 我心に 

9- 〇 、,pl お, 〇1 〇、 ^ ,9、 o o 9 o o で o o o o o o o o o o o o o o o - 

あ ク 所 JS 仁 は心德 なら 其 之れ を 行 ふの 術 も、 亦 獨, o 己れ が 心を盡 して、 

^.oon-oooo-oooooooooooooooooooooo 

以て 之れ を 人に 推す にある のみ 則ち 亦 至近な も、 至 易 な え 然 れ ども 攛 

W .〇 o o 〇 o o o o ?、 o o o o o o o o o o o o o o o o o o o - 

おて 之れ を充 つると き は 則ち 六合に 彌 り、 萬 物 を 貫 く、 是 れ 聖 人の 道た 

〇 〇 〇 〇 〇 

る 所以な ク、 

一 J 存養 省察の 說 

朱 子 常に 學 をす るの 要 を 擧げて 人 に 示す 己 と 涵 養、 致 知、 力 行に あ 6、 而 

ノ- -0 ^^000^ 0000000000 00000000000 

して 三つの もの、 序 乃ち 涵養 を 頭と な し、 致 知 之れ に 次 ぎ、 力 行 叉 之れ 

に 次 r 、凡 そ 書 を 讀 み、 理 を篛 むる の 功、 固 よ り 涵養 を 以て 本と な す、 然 れ 

ども 見聞 講 討の 積、 淺 深 あらと 雖 も、 皆 分に 隨 つて 以て 開明す る 所 あ, CN、 

い 0、*、, ク *、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

明 力なる 所旣に 多き とき は" 則 ち 叉 相 照して 以て 進む ミ と. を 得、 若 し 夫 

れ躬行 實 踐 の ェ 夫 は、 s- ち 常に 其 進み 難う して 返き 易き を 患 ふ、 特 に 其 

賴らて 進む 所の もの は、 專 ら 涵養の 功 を 主と し て、 其 常に 存 して 失 は ざ 

〇 c o, 〇o〇oo〇oooo〇 

る 所 は 則ち 又 省察の 力に あ ら、 故 に 中庸の 首 章、 戒 懼愼獨 を 以て 道に 



體 す. るの 要と な す、 戒 懼は存 養な も、 愼 獨は 省察な ケ自 ら修 むる の 士、 必 

、、 、、、、 、、 、、、、、、、、夕、、、 、,、,、„、、、、 、、ひ.、、 

や ^ 兩端を 以て 並に 其 功 を 施し て、 須 臾 くも 忘る ベ 力ら さらん と 欲す 

今 my に 二者の 名義に よりて 其 略 を 論じて 曰 く、 所 レ謂 存 養と は何ぞ や、 

felhn レ^ ふ^, sfesi おおき 跏; §^》 蓋し 心の 體 たる、 本と 靜か 

こ し て、 天 理 完 く 具 は る、 心 を 操らて 之れ を存 するとき は、 則 ち ffi 然の ffi 

、、、、、、、 

脑竿 失 はずし て、 天 理と涵 泳 す、 滋 息 長 養 を 得る 所お な,^ 其 功 を 用 ふるの 

*****、、、ヽ<* 、、、、、、、、、、、、、、. 、、、、、、* 

^^、きかい &歛 して、 之れ を 純 一 に し、 之れ を淸虛 にし、 以て 常に 圑々 S 

い^^い や 固い 內に 4 りて 之れ を存 する 所以な., ^衣冠 整齊 に、 容 

貌锾肅 に、 門 を 出で、 は 賓の如 く、 事 を 承け て は 祭る が 如きの 類の 如き 

*、、、、、、、、*、、、、、、 、、、o〇ooo〇ooo〇Q 

^か 外の 恭敬に 由, 9 て、 其 內を養 ふ 所以な ゥ 、動 靜相含 み、 表 裏 变} 正 し き 

^お 即^^ I 珈^. si し 其 統體の H 夫た る を 以ての 故 に、 體用 

を 包ね、 勸靜を 貫く、 而 して 又 省察の 地た る 所以 な ち、 且 ク存 養の 要 は、 其 

成熟の 效を 見る にあ り、 若 し 養 ふて 熟せざる とき は、 養 を 食ぶ 所な し、 然 

れ ども 其 熟せざる 所以の も の は、 又 其 功 を 用 ふることの 間斷 あるに 由 

第二 篇 第一章 中 衬惕齋 —第二 學說 二 五 五 



第二 篇 第一 草 中衬^ 齋— 第二 學說 二 五六 

りて な ら、 夫 れ 出入 時な うし て、 其 鄕を 知る 乙 となき もの は、 心 な .CN 、其 機 

の繫る 所、 至 危 にして 測る ベから ず、 故 に 操ら ざれ ば、 之 れを舍 つ ると な 

し、 存 せ ざ れ ば、 之 れを U ぼす とな す、 其 舍て、 顧み ず、. D ぼして 尋ねざる 

〇ooo〇o〇〇o〇oo〇 〇〇o 

が 若 き は、 亦 甚だしから ず や、 云 云 人 心 旣に養 ふ 所 あるとき は、 其 善を懷 

〇 ooooo 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇oo- 

充 し、 其 恕を 推し 去る も、 亦 皆 力 を 資る所 あ ,5、 靈 根、 滋 息 を 得る とき は、 知 

〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇o 

識 啓 發 し て、 耳 目 聰明な ち 故 に理 を窮 め、 知 を 致す の 功、 亦 由る て 進む こ 

o 〇〇〇〇〇〇〇 oo 〇〇〇oo〇c <"△<"< 厶 

と を 得、 袼物 愈-精し きとき は、 涵養 愈 > 熟す、 故に 先 儒 謂 へ らく、 此 二 事 互に 

厶厶厶 、、、、、、、、、、-、、、、、、、、、、、、、、、、 

相發す と、 若 し存 養の 功、 深 く 造る と き は、 至 密 、尾 漏の 地と 雖 も、 亦 耻 づ る 

、 、、ヽ 、ヽ、 、ヽ、 、、、、、、、、、、、、、、、 ヽヽ 〇〇o 

所 な く、 至 靜未だ 眯聞 せざる の 時と 雖 も、 亦 戒懼 する 所 を 忘れ ず、 是 の 如 

〇o〇o〇o〇〇〇〇〇oo〇〇〇〇〇o〇〇o〇〇〇〇〇〇〇〇 

くなる とき は、 則 ち 至 靜至密 の 中、 自 ら綱 然として 味から ざる もの あ ft> 

o〇oo〇〇〇ooo〇ooo〇o〇〇o〇o〇〇〇〇o〇〇〇〇 

て、 頑 冥 に陷ら ず、 乃 ち 能く 靜 中の 動 を存す 故に 其發 する に 及んで や、 喜 

o〇oo〇o〇〇〇〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇0〇〇oo 

怒 哀 樂、 皆 節に 中る こと を 得、 是 を 以て 能く 中和の 德を 致し て、 天 地位し、 

〇〇oo〇oo〇〇o〇〇o〇o〇〇 

萬 物 育す るに 至 る、 是 れ聖學 の 極 功な ち、 所, 謂 翁 察と は 何 ど や、 自 ら 警 省 

撿 察す る 所 あるな り、 專 ら發 用に 馬し て、 之 れを 施す 乙と 將に 動かん と 



する の 始めに あ り、 存 養の 間に 備 ふる 听 H な ら.. 云 云、 入 心 の 體, 未 お始め 

よら 靜 なら ずん ば あら ず、 但> 其 用に 發 する も の、 靜 によ, 9 て 動く とき は 

^ た も 、動 により て、 動 くと き は、 妄 た .CN 、是 れ 人の 常に 動に 失する 所 お. な 

り 、故に^か^ いやゃ^^^ S あい ^tsl^s^^ssl 

S き む 欲 s^s^ "をい &ぃ かいゆ ゆ ゆ ゆ、,^ 

お 靜體を 涵養す る 所以な り、 省 察 の 功、 動 端に 屬 すと 雖 も、 然 れ ども 內、 心 

^^か いや^ か、 提撕收 歛の敬 を 奥 し、 外、 身 の 應接を 察して、 B て是 

非 正 偏の 幾 を審に し、 或 は 事旣に 過ぎ て、 其 後に 滯る所 を 察 す、 察 すると 

oooooooooooo 0、、2 q o o o p o 9 〇 お 3- S o>、 い い ノ 、: 

^ § 、則 ち 心 止まらて 靜 かな り 、靜 かなれ ば 欲 返 V て理見 はる 故に 凡 を 

4 、ゅ やか 一 か^ま^ i いく 乃ち 之れ に應 ずれ ば、 欺 に 妄 動 を 免 る、 卽 ち 

^^^だいい 動 中の 靜を失 は ざら しむる 所以な.^、 苟も 一 時の 察 

せざる あら ば、 其 主宰 を 失 ふ て、 以 て此身 を撿 する 乙と なし、 一 念の 察せ 

ざる あら ば、 其 權度を 失 ふて、 應接其 正 を 得 ず、 彼 の存養 を緝繼 し、 私 欲 を 

克 治す るの 功、 亦 並に 其 察せざる 所に 廢 す、 若 し 省察の 功、 其 精 を 致す と 

第二 篇 第一 窣 中 衬惕齋 —第二 學説 二 五 七 



第二 篇 第一 草 中 村 惕齋— 第二 £gg 二 K\ 

き は、 視聽 言動、 一 い き や い^い、 かいさ^ x/^ い^、 ふ^ 匕4 

に I. 其 前に 參は, c、4 い 4^bD^^if;^ い^^^き ふ^い^に 抓 あ 

-て 離れず、 豈に 惟ぶ ュ いい かかい、 4; いい か^わ ひ い"^ ち あ 

れ 能く 此の 如くなる ひき^き きをい^ I ? :/ て、 す、 日 r ま := /月、 に^ 

むの 效窮 むべ^ い や^^^. gro」 知 ^^,ひむ 

〇 〇 o つ o D ざ J- ネ タ 1 I S 

の 雪の 如きの み、 原ぬ るに 夫れ きふ ^かゆ^^い や"^^ や 

i^£"s お "ま; £ いき £ お 

り も 其 功亦存 養に 歸ゃ 影い き^^か^,^ いいで^^ い^わ^、 も、 の 

^は 、私欲な に & に其锂 い^いで^;, か わ;^ わ^;., 4 ^きか 

を 察して、 其 欲 を をレ おへり^^^^^,、?, 4 ,v わ、 あ^おい おや 馳 

ち 心の 德 レゃ ^^レ 、か^^かむ^き^, レ ふ^^ 

4 心 を 立り る こ と、 當 お か^;^.:^ い、^^ かい 

こと、 當に存 察 を 以て 要と Ar" やい、 かか^ かか 一、 一 かき^^い^い ま^ 



未だ 其效を 得ざる とき は、 亦 當に只 自ら 其 之れ をす る 乙と の、 未 だ 着實 

、、、、 、、、 、つぶさ * *、、、、、 、、、、、、 *、、、、、 、、 

な ら ず, 且 つ 其 未だ 備に 困勉 の.^ を 嘗めざる rJ とを咎 むべき の み. 豈 に 

、、、、、、、 

又 他 術 あらん や、 

Q 死生の 說 

旣に 其當に 死す ベ きを 見 て、 自 ら許 すに 死 を 以て し、 再 び 深く 之れ を 察 

するとき は、 又 其 未だ 死すべからざる の義 ある を 疑 ふ、 然 れ ども 苟難過 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

高 の 人、 是 に 於て 未だ 其是否 を决 せず し て、 遽 に 死に 就く とき は 恐く ば 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

義未だ 正しから ずし て、 反 もて 其 勇 を 害する もの あら ん、 若 し理 旣に定 

、、、*、、、、*<*、、、、、、、、、、、、、、〇〇〇〇〇〇 

ま ら て、 而 して 後 死に 就く とき は、 死 に 果せる にあらず や、 嗚 呼 死生 は大 

〇o〇〇oo 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇o〇〇〇〇oo 

事 な ら、 遺 體を 奉行して 之れ を 敬せ ざると き は、 毀 傷 すら 且つ 不孝な, 5 

.〇〇〇〇 〇〇o〇〇〇〇〇ooo〇〇〇〇〇c〇o〇〇〇〇〇〇〇 

况んゃ 性を滅 する を や、 其 死 果して 是 なるとき は、 則 ち義 正しく 勇 全う 

〇oo〇 〇〇o〇〇〇o〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇ooo 〇o o 

し て、 遣 體を 辱め ず、 乃 ち 孝た ら、 其 死 或は 非なる とき は、 則 ち義 未た 正し 

〇oooo〇〇ooo〇o〇〇〇〇oo〇〇o〇o〇、、 .* 、 , 、、二 

か ら ず、 勇 未だ 全から ずし て、 遺 體を 慎ま ず、 乃 ち 不孝た, 5 二つの もの 疑 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、,、 、ク、、、 ,、、 , 、f, 

似の 間に あらて 之れ を辨 ずる 乙と 審なら ざれ ば、 相 違 ふこと 霄壌す 死 

第二 篇 第一 草 中 衬馁齊 I 第二 舉跋 二 E 九 



第二 篇 第! 草 中 衬惕齋 —第二 ^說 

、、 、、、、、、 、、! *-、、、、 

して 過ぎた る は、 復 た改 むべ から ず- 

、、、、、、、、、、、、、、、 

ベ か ら ず、 明 哲の 君子に あらざる よ 

若し 一 時の 見る 所、 是 非 相半ばする 

は、 寧 ろ 安んじて 死に 就か ん、 是 れ 又 

〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇o〇〇 

な ら 、然 れ ども 其 志 趣 常に 此 にある 

〇〇〇ooo〇o 〇〇〇〇〇〇〇 

て、 死 を輕ん ずるの 失 あり 故に 事に 

〇o 〇〇〇〇〇〇 

を 以て 至要と なす、 云 云、 

四 神明の 說 

天地の 神、 洋 々浩々 とし て、 人 をして 

つらし む、 然 れ ども 人心 神速 靈 妙の 

未だ 親切なら ずと な す、 且 つ 天監の 

な し、 然 れ ども 人 猶ほ視 て 以て 彼是 

、、、、、、、、、、、*、、、 

己れ にあら て 自ら 知る とき は、 則 ち 

〇〇〇〇OGO〇〇〇〇oo〇〇 

畏 るべ くして ral ふべ からざる もの 



二 六 〇 

、、、、、、、、、、、や、、、 

事 旣に迫 まらて は、 决 せ ずん ば ある 

^ は、 孰 れか 能く 眩惑せ ざら ん、 云 云, 

と き は、 則 ち 其苟? P 生. を 貪らん よ, 

理の疑 はしき も の、 厚 きに 從 ふの 義 

〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇 かな 〇〇〇 

とき は 未だ 時の 宜しき に稱 はずし 

-o oooooooo 〇〇〇o〇o 

臨んで 義を擇 ぶに は, 心 を虛 うする 

齊明盛 服して、 以て 祭禮 にっか ふま 

至れる に 比すれ ば、 猶 ほ汎 然として 

明、 幽 暗と 雖 も、 照 らさ ずと いふ 乙と 

の 別 ありと な す、 若 し 4K れ心の 神明、 

、、ゝ r、、、、 、、ヽ ヽ、 〇〇 

將に 之れ を 奈何 せんとす る や、 鳴 呼 

ooooooooonooo 〇〇 

は、 我 心より 藤なる はな し、 尊 む ノ、 く 



go 奉 o を o 事 o 下 o の o し。 
漏 o す o 竊。 を o の o il^o て o 
の c る o む o な o 地 o 放 o 忽 o 
J 止 o を o の o し o に o 置 o に o 
ち o 忘 o 智 o て、 o 居 o す o す o 
さ、、 o ^ao の o f^o き、 o ベ 〇 ベ 〇 
る。 ず o み o 倖 o き 力、 
に o し o 故 o し o 釐 o の o ら 
%o て o に o て o も o 時し ざつ 
力、 o 而、 o 道。 以 o 穢 o あ o る o 
ゝ o し o を o て o 濁 o る o も o 
る o て o 學 o 免 o の o て。 の o 
ベ o 後 o ぶ o る o 犯 o と o は o 
し ◦ に o も o ゝ。 す o を o 我 o 
^ 操 O の0 乙 o に o 得 o 心':) 
云 存 o — o と 忍 ん よ 

、 の o 言 o を。 ぶ や り 
功 〇 一 o 要 o ベ。 又 o 重。 
動 o す o け o 安 o き o 
力 o の o る o ん o ん o は o 
を o 微 o も 〇 ゃヌ ど 〇 な o 

得。 と の 彼 此 し 尸 

る 〇 雖 o は 〇 の 身 安 

こ。 も。 皆、 〇 自。 を? ん 
と 。亦;。 耳。 ら。 以 お 

あ o 我 o を 貪 て 閃 J 
|)0 天 o 掩 o 胃 o 須 c 躱: 

て o 君 o ふ o 玷っ 臾 o すつ 

以〇 を o て 〇 汚 o も 〇 にぐ) 

て o 尊 o 鈴 o の o 卑 o き o 



是等 惕齋の 見解、 毫も 朱 子學の 範圜を 出て ずと 雖も、 大抵 皆 着實に 

て 穩逮、 頗る 其 肯綮 を 得た る もの あ. 9、 乃ち 其篤學 者な, 9 し を 察知す 

ベ し. 彼 れ が 言 辭 の 間 > 近 世 的なら ざる もの あるの 理由 を 以て 其 旨 意 

の眞摯 にして、 且つ 實 行に 益 ある 乙と を 忘るべき にあら ざるな i 



第二 il 第一 窣 中 衬惕齋 —第二 ^該 



二 六ー 



第二 篇 第一 搴 中 衬惕齋 —第三 祖 

第 1 一一 惕 齋關杈 

惕齋 行狀ー 卷增田 立齋撰 

其槪 要は 先哲 像 傅に 轉载 せり 

先哲 叢 談 〔卷 之 四〕 

先哲 像傳 〔卷 三〕 

近世 叢 語 〔卷 之 五〕 

諸家 人物 誌 

鑒 定便覽 

橘 窓 茶話 〔卷 中〕 

名人 忌 辰 錄 〔上 卷〕 

鳩巢 文集 

閑散 餘錄 〔卷之 上】 

大日 本人 名辭省 



\ 日本 名家 人名 詳傳 

一 事 實文編 〔卷之 十九】 

一 思 齋漫錄 〔上 卷〕 

一 近代 名家 著述 目錄 

一 慶 長以來 諸家 著述 目録 

ノ 臑» 傳潞井 太 室 著 




第一 Tfl 第一 寧 ^衬 惕齋— 第三 慘齋關 係 書類 二 六 三 



第二 篇 第二 窣 旦原益 軒— 第一 事績 二. K 四 

第二 章 貝 原 益 軒 

第一 事蹟 附貝原 氏 家系 畧圖 

貝 原 益 軒 は 曰 本に 於け る 朱 子學派 中の 巨擘な ら、 益 軒、 名 は 篤 信、 字 は 子 

誠、 小 字 は久兵 衞、 益 軒 は 其號な り、 初 め 損 軒と 號 す、 後、 或 る 人の 勸め によ 

り 改めて 益 軒と 號す とい ふ、 筑 前 の 人.. 黑 田 侯に 仕 ふ、 益 軒、 寬 永 七 年 (紀 元 

一 六 三 〇 千 一 月 十四日 を 以て 福 岡 城 中の 官舍に 生ま る、 父 は 利 贞、 寬 齋 

と 號 す、 黑 田 侯の 醫官た 5、偶>存 齋 遺集 を 覽 る に、 左 の 詩 あ ら、 云 く、 

稱^ 考 有 n 美 德- 

r-o〇G〇co〇oo〇o〇〇〇〇〇oooo〇〇oo〇〇〇 

謙德 平生 不, 侮, 臣、 外 遇,, 急 難 一 内 常 春、 機 心 旣 盡 無,, 機 事; 安 樂 場中自 養 ,眞、 

此れに 由,^ て 之れ を觀れ ば、 寬 齋 人となり 謙德 あら て、 自 得する 所 あら. 

し が 如 し、 母 は 緒 方 氏、 益 軒 は 其 第 四 男に し て、 三 人の 兄 あ も、 長 は 家 時、 山 

三 郞と稱 す、 其 事蹟 詳 なら ず、 次. は 元 瑞、 存 齋 と 號 す、 次 は 義 質、 樂 軒と 號 す- 

存 齋、 樂 軒 共に 學名ぁ り、 益 軒 幼より 警 敏に. して 殊質ぁ り、 甫 め九歲 にし 



像 肖 之 軒 益 原 貝 



もま, 係^; -. 

〃タ? やせ 6 X み そ.:^ 傳ボ、 せーさ. 

ほ ^るる 越. ん ,*5: ^ ^ ^ ま. タ, ?f 

お褒^^ ぉ绅畫 肉. 

^ ^ ふ. "お i タ」 ^ 

ぇ絲 ,ほ ヰ,《3せ.^ ■ 



W° 日 年 

ー^ 誦っ 譜 
旦 佛っ に 

©° 敎 x 

其 常 云 
過 念 く 

而 佛 、 

終 號。 

身 每 o 

不。 '月 

好 o 當 

? *° 佛。 
自0 曰 o 

是。 則 
始 素 
知 食 

ffi 拜 3 

人 佛 

ク o 堂 o 
道 〇 お o 

可 兄 

尊つ の存 

而 事考 



て 

能つ 先 o 兄 

讀 o 生 o 存 
書 o き 齋 

籍〇 耽つ に 
徒 3 於。 就 

費 〇 讀〇 い 

時 c 書 o て 

月。 雖。 書 

而 o 然 o を 

a° 此 o in 

時 o み 

也) 多 



o o o Q o o » 

先生 素 崇,, 浮 屠- 

〇 o r- 〇 〇 

吿, 之 以,, 浮 屠 之 

深 信 y 之 

是れ實 に 彼れ が 十四 歲の 時の 事なら、 彼れ が 儒者た らんと する の徵候 

已に 十分に 呈露 する を 知るべし、 中年に 及んで 京師に 講學 す然れ ども 

かひ^^^^^ い、 其後屢 "京師 江戶福 岡の 間 を往來 し、 又 好ぶ て 各處に 

第二 寧 具 原 益 軒— 第一 事饋 一一 ブ五 



く 暗誦 を 成 す、 年 譜 に 曰 く 

1 1 £ 曰 ま き き 1、 且 梓 行 之 書 未. 多 故 不 

と、 P 軒 少時の 苦 學、 以 て 想 見すべきな, 9、 然れ ども 彼れ の 父兄 能く 文字 

を 識るを 以て 或は 字、 或 は 詩、 或は 歌 を學び 、家庭教育に 於て 殆ュ ど備は 

ら ざ る 所な きが 如し、 彼れ の 父醫官 たる を以 て 亦 略 > 醫書 にも 通ず る を 

,导 2 り、 彼 1 後日に 至, ov て 養生の 道 を說 くも の、 其 由,^ て * たる 所 ある 



第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒— 第 一 事蹟 二 六 山、 

旅行 をな し、 足跡 殆んど 海 內に遍 し、 正德四 年 (即 ち 紀元 一 七 一 四) 八月 廿 

七日 を 以て 家に 病歿す、 享 年 八十 有 五、 荒 津の金 龍 寺に 葬 る、 辭 に の 歌 あ 

i く、 厂 

ひズ W . s、 ? Js- f 、ぬ o お、 9 5- o o やそな。 o o o o o o o o o 

でし 力た は 一 夜 は 力, の 心地して 、八十 あま^ の、 夢 を 見び がが。 

益 軒の 妻 江 崎 氏、 名 は 初. 字 は 得 生、 柬 軒と 號 す、 年 僅に 十七に して 益お こ 

嫁す、 時に 益 軒 年 三十 九、 能 く 東 軒 を敎育 す、 東 軒 遂に 才德を 成す を 得た 

ftN 、然れ ども 益 軒に 先つ こと 一 年に して 病歿 す、 享年 六 十 有 二、 柬軒 子な 

し、 是を 以て 益 軒 初め 樂 軒の 子 好古 (g g 、と) を 以て 養子と なす、 然れ ども 

好古 益 軒に 先ち て 歿す. 是を 以て 更に 存齋の 子 重 春 を 以て 嗣子と なす、」 

益 S 二十 六 歳の 時 、江戸に 赴く、 途上 川 崎の 旅 宿に 於て 祝髮 し、 柔 齋と號 

す、 蓋 し醫 たらん と 欲するなら、 然れ ども 寬文八 年に 至う、 復^ 朿髮 して 

久兵衞 とい ふ、 時に 彼れ 三十 九歲 なら き、 是 れょら 遂に 一 生 を 儒 敎に委 

ぬるに 至れ^、 

益 軒 初め 陸 王の 學 b!^^ ヒ^^ i む^^^^^き^^ ,£^ い^い 



て: ム 

寢 C の O 大 O て O て O ら、 O 先 O 

食。 流。 に。 陸 o 、o 今。 生 o にム 

を O に O 異 O 王 O 純 O 年 O 嘗 O 陸 A 
忘 o 泝 O な O の O 如 始 て o 王 △ 
る o ら c る ◦ 說 o i2.o め o 陸 o の a 
、〇 ん を を b ° て 學 學ム 

に o と o 覺 o 正 O 先 O 學 o を。 を a 
至 o 欲。 ゆ o さ o 生 o 都 o 好 o 棄さ 
る o し 是 ば 'o 謂 o 通 o み。 て △ 

心 れ 則 へ 辨 且 、 A 

を o に o ち O ら O を。 つ 〇 純 A 

專 o 由 大 く 讀 王 然" 
ら o 々o に O 尙 O み O 陽。 朱 A 

に o て o 離 ◦ 書 o 遂 O 明 子 A 

し o 益 o 齬 o 論 o に o の o 學 A 

志 糠 す 語 陸 書 派 A 
を。 d° る o は o 氏 を〇 の A 
致 關 所 是 の 玩 人 A 

し 〇 閩 あ o れ o 非。 讀 o とさ 
晝 o の o i、o 聖 O をつ し O な A 

夜 o 正 o て o 人 o 悟 o 數0 れ A 

力 學 o 而 o の o () o 歲 o い 
め を o し。 說 盡 朱 年 

學 信 o て o くつ く ◦ 陸 譜 
ん じ o 歸 所 o 其。 兼 に 
て 直 o 向 o 此 o 舊 o 用 o 云 

懈 o に o す o れ o 學 o の く 
ら 洙 o る o を o を O 意 
す 'o 泗 o 所 o 以 o 棄 o あ 



是れ 彼れ が 三十 六 歳の 時の 事に 係る、 然れ ども 晚年 宋學に 就いて 疑 ふ 

所 あ ち、 乃 ち 大疑錄 二 卷を著 は し、 其 自ら 見る 所 を 叙述 す、 是 れを 彼れ が 

最後の 作と な す、 序 文中に 謂へ る あ ftN 、云 く、 

、、、、、、、、、、、、、、、、入、、,、 、-- 、 >、、">、 /」- Cj .、. 

篤信 十四 五歲 よ,^ S 學に志 あ り、 夙 に宋 儒の 書を讃 んて敦 く其說 に 

、 、 、 、 、 > 、 、 ヽ 、 、 f 、 、 r 、 、 、 、 、 、 X 、 、>、:、 .〈,、.〈,,CJ 

於て 之れ を宗師 す、 復 た 嘗て 大に疑 ふ 所 あ ら、 然 れ ども 愚昧の 資發明 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、一、 \ 、、、「、、い 

する 乙 と 能 は ず、 復 た 明師の 質問すべきな し、 近 來老耋 港り に 至, 5 益 

第二 篇 第二 寧 貝 原 益 軒— 第一 事蹚 二 六 七 



第二 篇 第二 窣 sc^ 益^ 第 一 一一 六 八 

惑 を 解く 識見の 力 な く、 思 を m ラ す る こい 一 i 一ね き や^い^ j き VI; ,や 

ども 獨ら惑 を 抱いて 未だ 啓 m わい ひい^^ や、^ (し 4 ^^き. ^^わ、 

此. に 於て 姑く 疑惑す ひ 4 へ 5 & いか 二、」^^ ^す、? 、ど^ ゲ、 

、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て 自ら 是 として 先 正と 抗論 すべ けんや、 

其 謙譲の 意、 以 て 知るべきな, CN、 

益 軒 博 學多識 にして 著 はす 所 百 有餘種 あ. きル b^l^^h^ む 

志 と な す、 故 に經 學に關 する もの、 外 は 大抵 皆國字 を^か^^ い を^ 

I 一 に 其 解し 易 くズ り 易き を 以て 旨と せ り 、是 を 以て 兒 童 走 卒い睢 や 

か^い^か い^い^い ぃ^ かい、 き |n き^ S か^^^ 5^ ん 壬ぃ 

bo〇〇oo〇〇oo〇〇o 

识に 因由す る を 知るべきな ら、 愼 思錄の 末に 附载 せる 自己 編 中に 左の 

一 節 あ 6 - 云 く * 

或は 曰 く、 吾 子 夙に 經學に 志 あ ら 然 ,9 而 して 嘗て 和漢 名數 等の 小說 

を 著 は し、 今 復た方 技 猥陋の 書 を 作 る、 此 れ 皆 小 道、 泥 むこと を 恐る > - 

の 事、 何 ぞ蹭蹬 たる 乙と 此の. g くなる や、 世 儒の » 笑 を ^何せ ん、 予 之 



1 て 答へ て 曰 く、 吾 曹旲 天極 ま, 5 なきの 恩を受 くる こと 他ソに J え 

^や 11^ ゆ^?^。 い 。ん ザ。 經、 傳、 を、 解、 釋、 し、、 義、 理、 を、 發明 する 

,4 妒 " か、 かやき ゃ& い^^い ぃ{1 i ふ 書に 求めて 足れ. - 、お 

^かいか ひ 4 や^い 能く 喙を其 間に 容 れんや、 別事 又 なすこと 能 は 

力 ,◦ 國? 子 。の^^お I! ひ ^ゆき^^ S ^^^きび マが?^ 

^^•li^^^^ ^&ー い 。日胪 。に Q 小^^^ん 。と^だ^ 

g:l££^s、SI^igs てに 5 にん £^獸 

い^ひ ill い、 ま やき §il ブ s%、,s^l^^^^^ 妒 

1$ § I* • h 勸, 9 て、 世 儒の 誹議 を受 くと 雖も 亦辭せ さる 所な. 9 

此れに 由, 9 て 之れ を觀れ ば、 益 軒の 心事、 以て 諒 とすべきな り、 益 軒 は 順 

庵、 仁齋、 徂徠 等の 如く、 私塾 を 設けて 子弟 を敎授 せず、 蓋し 其 人となり 謙 

遜に して 敢て 人の 師 たる を 欲せざる な h 、故に 其 直接の 門人と して は、 

柬軒、 耻軒 等の 外 竹 田 春 巷、 香 月 牛 山 二人 あるの み、 若 し 之れ を 彼の 濟々 

たる 多士を 出た せる 順菴、 仁齋. 徂徠 等に 比せ ば、 其 差、 亦 甚だし からず や 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒 〜第一 事蹚 ニナ ゴ 



第二 篇 第二 窣 M 原 益 軒 —第一 事蹟 二 七 〇 

£5 = §、? おおお、 ££s£sru- 

益 軒 年 三十 九に して 近思錄 備考 を 著 はし、 明年 又小學 備考 を 著 はす、 年 

譜 に 云 く. 

凡そ 小學 備考 近 思^ 備^^ ^ に 仏 1^ " ちあ^^し 、き』 

蔥 むの 功、 亦 少 か ら, す、 云 云、 小 學 註解の 如き は、 從 前 頗る 多 しめ ききい 

至 5 て は、 未だ 之れ を詳 1^^^^^ いやき^^ 昏^^ ふ^い^い 

て M ち 初 學の此 書を說 くもの、 始めて 其 逕庭 を 知る、 か ^ ,4 , いかき 

い^'、、、、、 

I する もの 多 し、 嘗 て 人 見 友 元の 言 を 聞 く、 凡 を 古昔 本邦の 先 儒, 朮」 ,乍 

する 所 多し、 然^ i む^き^ eii^ き;^ む,、^^^^^^^^^ 

Y 厶厶, △△△<"<, 厶厶 *3 厶 

考を おて 始めと なすと い ふ、 

果して 然ら ば、 益 軒 の 功、 實 に 洪大な, 9 とな す、 然 れ ども 惕 齋、 鳩 巢 の 徒、 益 

軒と 時代 を 同う す、 經傳註 釋は攀 ^當 時世 運の 然 らしむ る 所と 見る を 

妥 ならと す、 竹田定 直が 撰に 係る 益 軒の 墓誌に も 



近 世 興,, 性 理 之 學, 者、 先 生 爲. 始、 

と 云 へ り、 然 れ ども 性 理の學 は 惺窩羅 山に 始まる を 以て 獨.^ 益 軒 を以 

、、、 ^-、、、 ヽ、、 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇o 〇〇〇〇o〇 o〇 

て其嚆 矢と なす を 得 ず、 但. II 軒の 如く 深く 宋學を 攻究し、 細に 性 理の說 

〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇ooo〇〇o〇 〇〇〇〇〇〇〇〇 o o 

を發 揮せ しも の、 未 だ 曾て 之れ あら ざ, 9 しが 如 し. 是 れ 彼れ が 功の 决し 

p〇〇〇〇〇o〇〇ooo 

て埋沒 すべ からざる 所な も、 

益 軒は少 小よ, ^ 學を 家庭に 講 じ、 長 ずるに 及んで 益> 力 を 研鑽に 用! S. 晚 

年に 至る まで 殆ん ど間斷 なきの 勉强を なせる が 如 し、 年 譜を 見る に、 彼 

れが 二十 九 歲の處 に 

〇〇〇〇〇o 〇oooo〇〇〇〇〇 

先生 比 年 曰 タカ 學則 苦、 或 至,, 通 宵 不, 寢、 

と 云 ひ、 又 三十 六 歲の處 に 

o〇〇ooo〇〇〇〇 

畫 夜カ學 不, 懈、 至 寢 食; 

と 云へ ら、 苦 學 以 て 想 見すべきな ら、 又 其 著述の 如 き も、 老 い て 益.^ め た 

る が 如 し、 五 十六 十 は 言 ふまで もな く、 已 に 七十に し て、 和 字 解、 曰 本釋 名、 

及び 三 禮ロ訣 を 著 は し、 七 十四に して 筑前續 風土 記、 點 例 及び 和歌 紀聞 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒, I 第 一 事蹟 二 七 一 



第二 篇 第二 窣 i 原 益 軒. I 第一 事蹟 二 七 二 

を 著 は し、 七 十五に して 菜 譜を著 は し、 七 十六に して 鄙 事 記 を 著 は し、 七 

十九に して 大和 俗 訓を著 は し、 八 十 一 にして 樂訓 及び 童 子 訓を著 はし、 

八十 二に して 五常 訓及 び: 家 道 訓を著 は し、 八 十三に して 心畫 規範 及び 

自娛集 を 著 はし、 八十 四に して、 養生 訓 及び 曰 光 名所 記 を 著 はし、 八十 五 

にして 愼思錄 及び 大疑錄 を 著 は す、 其 精力の 多大な る、 眞 に 人 をして 驚 

嘆せ しむる に 足る もの あ 5、 益 軒 自ら 其勉强 して 休まざる 乙と を 叙し 

て 曰く、 

ooo^oo ooooooooooo 〇o〇〇〇〇 do 

許 白雲 曰く 吾れ 大に 過ぎた る こと あるに あら ず、 唯 i 學 をな すの 功、 間 

〇 〇 o 〇 〇、〇 OOOOOOOOOOOOOOOOOOODOOO 

斷 なきの み 篤信 も 亦 謂 ふ、 吾 が 不肖 固よ, C 一 事の 人に 如く ものな し、 

〇〇ooooooo〇〇o〇o〇ooo〇〇〇〇oo〇〇 oor> 

唯 >書 を讀 むの 功 老に至 もて 勉勵 休ま ず、 老 耋 の 年、 衰 憊 の 至,^ と雖 む、 

OOGOOOOOOOO 〇〇、、、、、、、 *、、、、、、 、、 

亦敢 て間斷 する 乙と なきの み、 然 れ ども 古語に 云 く、 家 に弊蒂 ありて、 

、、、、、、あ、、、、、、、、、、^、、、、、、、、、、、 

之れ を 千金に 享 つ と、 是 れ 以て 輕 薄の 人、 自 ら小 しく 才能 あるに 矜る 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、*-、、、、、、 

に喩 ゆべき な み, 吾 れ此語 を 思 ふ て、 敢 て 勉強して 休まざる を 以て 自 

、 、 、 ^ ご、、 

ら 人に 敖ら ず、 (自 己 鑣) 



又 曰く、 

篤 一一 1!5 が^ を 禀 く る や、 信 に 庸 劣、 是 故に 文學の 事、 一 も 能くす る 所な し 

0000000030 

百事 皆 拙 陋、 人 に 及ぶ 乙と 能 は ざ る こと 遠 し、 唯! 恐 くば 勸 苦して 書 を 

^一 i ^ 5 つ 道 を 思 ふの 二 事、 以て 人に 及ぶ こと あるの み 古 語に 云 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、夕、、、、 人、 い 

者 も 千慮 すれ ば、 必 ず 一得 あ り、 蓋 し區々 辛苦 居繹 して 萬 一 を覬 

まれる も の、 其 れ 或は 此 語に 庶幾 からん (同上) 

益 軒 萬 事に 於て 謙遜 を 極む と雖も 、唯! 勤苦して 書 を讀 むと 恭默 して 道 

を ^ふとの 二 事に 於て は、 敢 て 人に 讓ら ざる 乙と を斷 言 して 憚らざる 

〇 o o o o o O 、 ジ o O - り- O つ C Q 

な も、 此 れに 由.^ て 之れ を觀れ ば、 其 休む ことなき の 勉強 優に 餘人を 凌 

oo〇oooooo〇、_5〇〇o 

ぐ もの あみし を 察知すべきな, o- 

更に 又 益 軒が 謙遜の 德 いかん を 考察せ ば、 其 决 して 餘 人の 及ぶ 所に あ 

ら ざる を 了知せ ん、 近 世 名家 書 書 讓下 卷〕 に 云 く、 

、、、、 、のぼ、、、、、、 

貝 原 先生 遺事 あ ら、 聞 くま、 に 左に 錄 す、 先 生 京師へ 上. 9 し 時、 道 中 湊 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

川 を 過 ぎ、 楠 公の 昔 を 追想 し、 折 しも 田 間に 一 彈 丸の 如き 小高き 所 あ 

第二 篇 第二 阜 具 原 益 軒— 第一 事蹟 二 七三 



第二 篇 第二 窣 具 原 益 軒— 第一 事蹟 二 七 四 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、/*、、、、 

る を 依み 見 て 傍 なる 老農に 乙れ を 問 はれし に、 答 へて 云 く、 Z れは往 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、う, っ^、、、 

古よ, 9 口碑に 傳 へ 楠 公 討死し 給 ひし 時、 其 遺骸 を こ 、に痤 めし 所な 

、、、<"-^ 、、、*>、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

Ay と て 、今 に gst=N て も 御 覽の如 く、 鞋 の 間 乙 の 所 は 除き 耕 やしまう 

、 、 、 、 、 〇oo〇〇o〇o〇〇 o〇o〇ooo 〇〇〇〇〇〇〇 

さず と 語 る、 先 生 乙の 言 をき k 不, 覺 淚 下 ,9、 慨 然として おも へら く、 公 

〇〇0〇0000〇0000〇〇〇〇0〇000〇30000〇 

の 忠臣なる こと 古今に 比な く、 芳 名 青史に 垂 れ, 千 歲 不朽なる とい へ 

〇 o 〇 ちゆん せき 0〇000000〇0〇〇0>〇〇0〇00〇0〇0〇 

ど も、 其 窀 穸 の 所、 今 かく 荆 棘に 沒 し、 片 石の 表する 無き は いかん どや、 

oooo〇〇QOOO〇oooo〇〇o〇〇oo〇〇〇oo〇 〇 

かくて は後來 もの 知らぬ 牧豎 田夫の 爲 めに 此所 s かどなる べき や、 

oo〇o〇o〇o〇GO〇o〇〇o〇〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇〇 

吾輩 讀 書の 者、 聊 義理 をも辨 へ、 此事 を閜 くま \ にい かて 過ぐ ベ き、 實 

ooooo〇OOQ〇〇〇oo〇o〇〇o〇o〇〇〇〇〇〇oo 

めて は 公の 梗 槪を片 石に 記 し、 是 れを 表して あら ば、 往 來の人 も 自然 

00-0 000000000000000000000000 

と 遺跡の 存 する を も 知 5、 又 牧豎 田夫の 唐突 を も 免れん と 思 ひ、 其 日 

は 先生 兵 庫の 商賈 某の 家に 宿を投 ず、 (1^1 赚 1^1 陽赌 糊 

g、) 此夜 先生 宿主 人に 旅 中の 事 ども 物語り、 湊川 にて 所, 見 所^、 並 に 自 

らの 趣意に も 及び けれ ば、 主 人 欣然と して 云 くお も P 有 思 召 を 聞く 

も の 哉、 鄙 人 數代此 所に 住居 し、 畢 竟其 古なら ば 鄙 人 等 も 楠 公の 民な 



ラブ 

り、 物 換, 9 星 移 ,9、 公 の瘦 ま, 9 し 所 さ へ かくな, ftv 行く こと は 嘆か はし 

きこと どもな も、 鄙 人 は 數代此 所に て 先生 御國の 御用 を も 蒙 5、 右 を 

もて 多 口の 家眷を 安穩 にいた し 居候へ ば、 先 生此 度の 御躯 意に 付、 力 

を 出 だし まねら すべ し、 况 や 公の 塋 域、 先 生 御 筆に て顯 はる、 乙 と、 鄙 

人 も 又 望む 所な ,9、 先 生 京師に おはす るう ち 碑文 を 作り 給 ひ、 歸 途 に 

は 必ず 賜 はれ か し、 碑 式 は 其 上 御 指圖を 得て 立 石の 事、 速 に 成就 申さ 

ん とて、 殊に 喜びけ も 、無, 程 先生 京師に て 碑文 を 作り、 約の 如く 歸途に 

主人へ 贈り けれ ばぶ しいた^ き、 猶 ほ 御 歸國に は 碑 式 委しく 御 認め 

賜 はれ かしと て、 匆 々に 別れけ り、 其 後先 生の 書來, 9 けれ ば、 主 人 取 も 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 /^、 

あへ ず 碑式此 中に あるべし とて 開き 見る に、 左 に は あらで 先生の 言 

、、、力、、、、^、、、、、、、、、、、、 、、、、、、,ひ 

びお Z せし は、 碑 文 を 返さる ベ しとば かもみ えた ら、 宿 主人 不審な が 

、、、、、、、、、^、、、、、、やが、、、、、、、、、、、、 

ら、 或 は 改竄し 給 ふこと もや あらん と、 頓 て 返し や も、 再 び^れ を 待つ 

> OOOOCOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 

に、 又 程 もな く 書來, nN て 云 く、 我 等 先き に湊 川の 見聞す る處を もて、 一 

oooo〇o〇〇〇〇〇o〇〇〇ooc〇oo〇〇o〇〇o〇o 

旦 さは 思 ひし まま に、 匆 卒 にも 貴殿に 其 言 漏らし はべ. 5 ぬ、 退 いて 考 

第二 篇 第二 隼 貝 原 益 軒 —第一 事蹟 二 七 五 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 二 七 六 

o o o 〇 〇 o 〇 〇 〇 oooooooooooooooooooo 

ふ る に、 楠 公の 精 忠 千古に 百 一 ら、 U 月と 光を爭 ふ、 か 、る 希代の 忠臣 を 

9«oooooo〇〇ooo〇〇〇〇o〇oooo〇〇〇〇〇oo 

. 碌々 たる 書生の 拙文 もて 乙れ に 表せん こ と、 誠 に 己れ の 分 を 知ら ざ 

o o o 〇 〇 o ooooooooooooooooooooooo 

る わざな,^ 今是を 心に 耻ぢ 不, 覺 惣身汗 を 流せ り、 か k れば此 事 思 ひ 

o*qo、osoo〇〇9〇, 〇〇oo〇〇〇o〇ooo〇〇〇ooo〇 

止みぬ 返す /\ も 貴殿へ 麁忽の 言 を 申した うと 言 ひお N> せ^とな 

ん、 實 に 先生の 德 行、 此 一 事 にても しるべし、 

と、 偶 >自 娛 集 〔卷 之 三〕 を 覽, る に、 楠 公 墓 記 あ み、 云 く、 

今玆慕 春、 余 京師よ ら發 して 將に 故里に 歸 らんと す、 偶-西 風に 阻 てら 

れ、 舟 を攝津 州の 兵 庫に 泊 む、 衣 を攝 して 船よ, 5 下 ,リ、 陸 行して 湊 川の 

n :v,f 、〈,、、、、、、、、、、、、えん、、、、、 

北に 到,^ 公の 墓 を 見 る、 墓 は 平 田の 中に あ ぇ榛 莾 蕪 穢、 埏 隧 な く、 墳 封 

、 、、、■ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

なく 叉 碑磷な し、 塋 上 唯-松 梅 二 株 あ ら、 悲 風蕭々 とし て、 春 草靑々 た,^ 

ハ: いひ、 、 、 、 、 クヽ :、:、 , 、 、. 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 

佘^ 欷 する 乙と 良 >久 し 低回して 去る M と 能 は ず、 忽 ち 謂 ふ, 今 碑石な 

ヽヽ、 fl ヽ P 、、ひ ヽヽゝ C ヽヽ、 ヽヽ、 、ヽ、 、ヽヽ ヽヽ、 、ゝ 

き rJ と 此の 如し 恐く ば 後 世、 或 は 公の 墓た る 乙 と を 認め ず、 古 墓^し 

、、、、、へ ク. V. お、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て 田と なら 松梅摧 かれて 薪と ならん も、.^ 未だ 知る ベ か ら ざ る. を、 是 

、/、、:、,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

に 於て 兵 庫の 館 人繪屋 氏に 託し て、 小 石. 碑 を 其 塋 上に 建てん と 欲 す、 



此 

れ は o 庫 o 逃 o は o を o 名、 o 頗、 
に ず o の o る o ざ o 石 o 區 o る、 

由 頗 o 館 ゝ る。 碑 冷。 彼、 
\) る o 人 o で o な o に o の o れ、 

て 其 o に o と o り。 勒 楡 と、 
之 懷 o 送 o 能 o 且 o せ o 揚 營、 
れふ o 》o は o つ o ん o を o 計、 
を 所 o 彫 o ざ o 吾つ と o 待。 を、 
觀 を。 刻 o る o 儕 o 欲 o ブ 2 。 な、' 
れ 記 。を o を。 微 せ ず し、 

ば す o 輟ゃ 恐 o 賤 ば、 し て、 
近 と o め 〇 る o に o 文。 て0 去、 

世 云。 し 終 o し o 章 明 る、、 
名 ふ 〇 む に 〇 て o に o け o 予 o 

家 乙 c ^ 改 o 石 老 し、 鄕 
金 と o れ o め o 碑 o い 〇 若。 に o 

翥 爾 o ど o 悔 o を o iz。 し o g|o 

談 bo ち い o 他 o る o 今 o bo 

に 感 て o 邦つ も 彼 て 

記 歎 其 o に の の 自 

す の 事 o 立 に 德 o ら o 

る 餘 を oo あ o 業 o 顧 o 

所 廢ゃ る ら を 念 

は 止 む は ざ ^° す、 
事 す 且 僭 れ 述 公 3 

實 る 〇 o° 率 3 ば し の o 

fr Z° 書 の 切】 て 偉 o 

り と o を o 罪 o ち o 之 o 烈 o 

し 能 o 兵 を 能 れ 洪ひ 



なり、 其 後 水 戸の 義公, 楠 公の 爲 めに 碑 を 立て、 碑 面に 『嗚呼 忠臣 楠 子 之 墓」 

の 八 字 を 刻し、 其 背面に 朱舜 水の 文 を 刻せ り、 今にして 之れ を考 ふるに、 

I: か^ 一 彆かき ,^いい〃^ ひ^ 41 ^い と是れ 13 國の 遺臣に 

い^^,,^^ 4 をい. 卜 I お-や^い や、^^ ひ^^き) ずとの 意に て 

^お ^^^^^ いい^い^ I: き P ^^きい 翳へ て、 祿を 受けし か 、か、 

いひ^ んム,^ ト^ bi:^ い^^い 卜^^れ を 益 軒の 如き 高 

第二 麓 第二 窣 貝 原 益 軒!. 第一 事蹟 二 七 七 



第二 篇 第一 5 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 二 七 八 

囑 する を迥に 優れ. とな す、 叉 近世 畸人 傳 〔卷 之 一 〕 に 

に て、 同船 數輩 、各! 姓名 をと; 3 きくに も 及ばず、 何とな 

を し て、 日 を 重ねし に、 其 中 一 人の 若き 男、 人 々に對 し 

て 經書を 講ず、 先生 例の 恭々 しく 默 して^れい で 1 一 きい i 

ぜず、 船 着岸し て、 各! 始めて 其 鄕里を あかし、 再會を きり つ k 、るいに h 

み、 先 生 も、 吾 れは貝 原 久兵衞 と 申す ものな, ON と 名のらる る を 聞いて、 

^ ^ ^- o ^ o o o ゆ、 o o o o o、o o o o o o o o o o 

彼の 若き 男 大きに 耻ぢ あそれ て、 速 に にげ 去,^ しとな ん、 云 云、 

亦 以て 益 軒の 人と な ち を 知るべきな も、 益 軒 は 其 學、 實 用 を 主と する を 

以て 詩文の 如き は、 唯; 其 思惟す る 所 を 叙述す るに 止まる の み、 隨 園 一 派 

の鴻文 雄詞の 如き は、 彼 れに 就いて 求むべき にあら ず、 然 れ ども 道德若 

く は 事 實に關 して は、 大 に 彼れ に學 ぶべき もの あるな ち、 門 人 竹 田寒菴 * 

自娛 集の 序 を 作 もて 曰く、 

益 軒先 生 自ら 其 平日 著 はす 所の 文字 を纂輯 し、 釐 めて 七卷 とな し、 名 



ゾ 厶 △ 厶厶厶 <|厶<3 

一 德淸 節の 曰 本人に 

\ 云く * 

先生 歸國の 海路 

き 物が た,^ ども 



づ くるに 自娛を 以て す、 蓥 しこれ を 五 柳 先生の 言 に 取れ ら、 其 自娛と 

する 所以の もの は、 獨 り 自家 天然の 趣 * にあ, 9 て、 之 れを 街 ふて 以て 

譽を 世人に 耍 めんと 欲する にあらざる な .ON 、夫 れ文も 亦 同じから ざ 

Ooo〇〇〇〇o〇〇ocooooo〇oo〇,〇,or^〇2,09〇 

る あ ち 、古 昔 賢哲 作る 所の 文 は、 譬 へ は 布帛の 美、 菽 粟の * の 如く 一 日 

。。。。。。。。。。。。。。。。っ;^。。."。"。。.^。^。 

も闕 くべ からざる ものな り、 夫 の詞人 墨客 爲る 所の 若き は 切ち 徒ら 

つ o o. oooo o oo o oo 00000 0で,0 00、9>0 9.^0 

に 浮華 を尙 び、 藻 飾 を 好 み、 務 めて 人の 耳目 を悅 はしむ 殆んど 俳優に 

o o o o〇〇 〇〇 o oooo 〇c o o o o 〇 oho o o o ^ o 

類す るの み、 所, 謂 巧 女の 刺 綉、 精 妙 絢爛なら と雖も 初めよ り實 用に 補 

なき も の、 豈 に 以て 貴し とする に 足らん や 故 に 君子 は 詞章の 習眞儒 

〇〇〇oooooo〇 ヽヽヽ 、ヽヽ ヽ、、 ヽ、、 ヽ、 ヽ 、、- 、 、 

の 事に あらず とい へ ,9、 我 先生 幼よう 深く 聖學に 志し 老に 至りて 孜 

々として 倦ま ず、 靜 養 の 餘、 今 玆壽を 保つ こと 八 卜 有 三、 身體康 寧 を 得、 

未だ 嘗て 一 曰と して 書 を 讀 むこと を廢せ ず、 博 洽 精 勸、 識、 和漢 に 達す、 

o o o o o 3 o o o o o o c q o o o b o <p 〇 ,o 、 o;?i お な2, で 13、 o; 

然れ ども 其從 事す る 所專 ら濂洛 關閩の 學を崇 んで泛 濫駁雜 を惡み 

ooo〇〇o〇〇o〇ooo 厶 厶 厶, A A A A A A ^ ^ A A A A ^ 

恭默道 を 思 ふ を 以て 務 とな す、 先 生 性 を禀 くる rJ と 謙遜に して 人の 

<1 厶厶. M<3 厶厶厶 厶厶厶 <3A 厶 A3 厶ム厶 、力、 、、、、。*"•• 

師^る^ と を 好ま ず、 且 つ 僻遠の 海 隅に 居れ ら、 然 れ ども 聲 望の 籍甚 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 二 七 九 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 二八 〇 

、、、、、、、、、、、、 、、飞 、、、、、、、、、 ; •、、、、 

な る、 高 門 華族の 人と 雖 も • 亦 其 敬 を 致 し、 遐 方^ 野の 徒と 雖 も、 猶 ほ 其 

名 を識 る 著 はす 所の 書、 凡 も 百 有餘 種、 皆 世俗 を 曉 し、:^ 用 を 利す る. の 

言、 業 に已に 坊間に 刊行す る も の、 亦 多き に 居れ ら、 本 集 の 如 き は、 則 ち 

、ヽ ヽ、 ヽ、、 ヽヽヽ ヽ、、 、、ヽ 、、ヽ ヽ 、ヽヽ 〇o〇〇〇o 

事物に 感觸 する の 際、 胸 褢の蘊 を攛發 する 所以に し て、 道 德 仁義の 說 

o〇〇〇〇o〇n〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 r. 〇oo ひ ooo〇〇o 

にあら Vd る はな し、 Hj つ 其 字 を 用 ふる 乙と 平 易、 其 言 を 立つ る 乙と 切 

oo〇o〇oo〇〇〇o〇〇o〇〇〇o〇〇o〇〇oo〇oo〇 

實 にし て、 皆 其眞 情に 發 し、 其 肺腑に 出 づるも の、 浮 虛巧 飾の 文に あら 

0、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、 

ず、 其 世 敎を補 ひ、 後 學を惠 む rJ と 寡から ず、 豈 に 啻に 自ら 娛 むと いは 

、 、 

ん や- 

と、 益 軒の 文の 質實 にして 浮華なら ざる 乙 と、 眞 に 春菴の 言 ふ 所の 如し、 

詩に 就いては S 軒 本と 一 家の 持論 あ も、 云 く、 

詩 を 作る 乙と 多し と雖 も、 講 學 に 益 な し、 况 んゃ 之れ を 能くす る もの 

と 雖 も、 苦 思 の 勞, 時 を廢 する の 失 あ り、 苟 も 此の 如くなら ざれ ば、 則 ち 

厶厶厶 厶厶厶 AAA 厶厶厶 厶厶厶 A 厶厶厶 < "厶 

巧なる こと 能 は ず、 國 俗、 唐 詩の 聲 韻 文字に 通 ぜ ず、 此 れ古來 本邦 人の 

AAAAAAAAOOOOOO^-OOOCOOOOOOOOOO 

詩に 拙 き 所 以 な 6、 然 らば 則ち 唐詩 を 作爲 する は、 本 邦 風土の 宜しき 



^^^^^u^ い ,4 か 6 や iib.^ いひ、^ か^^い^ い、 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、よ、、、、 ご、、、 、- 

之れ を 和歌に 比 す る に、 甚 だ 及ばず となす 巳む 乙 と を 得さる にあら 

» • • 、 ヽ、 、 > 、 、 、、 、*〇 〇0〇〇00〇000〇009 

や^か 、^い 作らず と雖も 可な 5 、唯,. 古 人の 詩 の、 其 時 情と 景致 とに 合 

o o c c o o o o o o o o、 o o o ,o!2- ? a c ,o ぁ 9- ^ ^ ^ B 05 

かる もの を 詠吟して 足れ ら豈 に 自ら 拙 詩 を 作らて 勞 苦す るに t ら 

^いか やかか^ i ト&^ いいや か妒" か 、^ik&t4 い^ゃ ゃ英 華、 外 

い^ゃ、 i い,^ しく 其 志 を述 ぶる 所以な ち、 後世の 及ば さる 所以 

なら、 (愼思 錄卷之 五) 

益 軒が 玆に 詩と いふ は 固よう 漢詩の 事な 5、 我 邦人の 漢詩 を 作る 力 如 

o o o o o o o o o o o o 9 o o 、 お o, p お £ 'ね、 ^ o f 、^お g お 

き、 唯-支 那の 格調 を 模倣す るの みに て决 して 其 自然に あらす 我 まの 詩 

o o o o o o o o o o o o o 0,0 o ^ 9 o^^^p^p^^^ 

は 國語を 以て 作, 9 たる ものなら さるべ からす 漢詩 は 宝 底 外國の 詩に 

い i§m ま si ま&基 

お 1! ゆ^い や、^ 如 や 2^^^^!:^^ や 

oooooooooooooo ぶ oo o q to* ? S o o o ^ お & か 

き點 よみ 之れ を 言 へ ば、 我 邦人に 取うて は漢 詩 を 作る よ,^ は 寧る 和 ® 

^細お &^》 益 軒 此意を 述べて 日く、 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒, I 第一 事蹟 二八】 



第 U 篇 第二 章 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 二に 二 

本朝の 歌 詠、 微婉 にして 溫雅 、且つ 精巧 を 極む る もの 多し、 恐く ば 中 夏 

の 歌 詩と, ふて 鑌颃 をな すべ し、 乃ち 國 字の 文章の 若き は、 專ら艷 一き 

を 務めて、 體 製柔媚 な, cs と雖 も、 然れ ども 其奇 巧なる もの 數家、 亦 以て 

俊 歌に べし^い^^ お,^^; ^、か | 曰 41^^^;^;. 

作者と 比讎 をな すに^い でかい^^^^ や rwc. か^い^^^ や 

に較 ぶる に、 其 巧拙 雅俗 、日い^^ い ク^ や、 や^い^^いゃ^^^^ 

r£、2 0qooo〇〇〇〇oo〇o つっつ J ; 

國 俗と 土宜 とに 合 はざる^^ お』 ^^^み (同^ 

又 曰く、 

禾^ は、 我國 俗の 宜しき 所に して、 詞意 通曉し 易し、 故に 古人の 歌 詠、 極 

めて 精絕 なら、 古昔 婦女と 雖も、 亦 之れ を 能くす る もの 多し^^ は o& 

邦風土のきレぉ|!§^^ゃ^5|勵、§|§^き^^^ぃゃ^|^^ 

倣し 難し、 故に か/曰^ ふ あい^ゃ あ きぃ^^^、 き^』^^^^ し、 ひ. 

遠し、 我 邦 只 和歌, s 以" あ^ b 一; s^、 あ feh^i ム f 』 、ああ ^ぉ" や^ 

o jp o o 〇 つ 〇 〇 o 、メ - n () 、、 つ f j 

て 諳瘡符 の諧を 招く こと を 要せ ざ れ, (同 上) 



益 軒 此の 如き 見解 を 有せる が 故に 多く 力 を 詩に 用 ひ ず、 間 * 和歌 を 作,. 9 

て、 其 胸臆 を 吐露す る もの あ り、 然 れ ども 詩 も 亦 作らざる にあら ず、 慶 長 

以來 諸家 著述 目 錄には 損 軒 詩集 一 卷を揭 r 、是 れ 蓋し 寫 本の 儘、 家 に 藏 

する 所なら ん、 江 邨 北海が 日本 詩 史 〔卷 之 三〕 に 益 軒 を 論 じ て 云 く 

元 和 以來、 著述お ほしと 稱 する もの、 柬涯 徂徠の 外、 蓋し 益 軒に 如く も 

の な し、 其 撰ぶ 所 名高の 爲め にせ ず、 勸 め て 後人に 益 す、 乃 ち 家 範、 鄕 訓 

樹 藝、 製 造に 至る ま で、 甕 冷 懇 v 佘 少年の 時、 事 を 解せ ず、 意、 其 學 術を輕 

ん ず、 今 にして 之れ を 思 へ ば、 殊 に 懺悔 をな す、 其 詩 も 亦;^ 實な, 9、 

北海の 如き 專門詩 家に して 猶ほ 且つ 益 軒の 詩の 朴 實を稱 せる 以上 は 

其 一 槪に捨 つべ からざる もの ある を 知るべきな ち、 益 軒 は 亦 書に 巧な 

i き、 近 世 名家 書 畫 談 〔下 卷〕 に 云 く、 

貝 原 先生 篤學德 行の 君子 儒なる こ と、 誰 れか 知らざる もの あら ん、 叉 

筆 札 を も 好まれし か ど、 世 に傳 ふる rJ と、 稀 な る 故、 其 賞 する 輩 、てれ を 

見る rJ と 星 鳳の 如し、 , 

第二 篇 第二 皐 貝 原 益 軒!. 第一 事^ 二八 三 



!? S 羝ニ草 U 原^^.,. 第一 事跋 二八 四 

伊藤東涯 亦 曾て 益 軒の 書 を 見て 歎じて 曰く、 

嗚呼 損 軒 子 之 書、 端 好 有, 度、 老 而 不, 衰、 (紹 述 文集 卷之 十五) 

今 試みに S 軒の 筆蹟 を 見る に^^ H ま&ま 即鲈 ひ pas, ゆ S む 

-o-、 で 3 9- o ,っ, o o o o o o o o o o o o o o 

て 始めて 體を 成す ものと 同 一. 視 すべ けん や、 益 軒 は 又 音 樂を好 み、 頗 る 

音樂 の 事に 通曉 せし もの、 如し、 年譜 を 見る に、 元 祿 三年の 處に 言 へ る 

あ り、 云 く、 

-厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

先生 彈= 琵琶; 好 逑 鳴き、 

益 軒 自ら 琵琶 を彈 ずるの 技倆 あ, cv し M と 此れに 由 もて 知るべきな. 

殊に 首 軒が 晚年 京師に 在る に當, て は、 幾 多の 公 卿、 彼 れ が 音 樂を 好む 

を 聞き、 彼れ が爲 めに、 伶人 をして 音樂を 奏せし むる こと、 啻に 一 再なら 

さ る な Ay 

益 軒 は 人 見 竹 洞、 木 下順菴 等と 親密 な る 交際 をな せ ら、 仁 齋とは て 一 

たび 相 見し こと ある も、 說相合 はず、 (S 職 # 2、 ^先哲 叢談 〔卷之 四 j に 



\ 益 軒の 學、 常師 なき を 叙し、 併せて 辯 じて 云く、 「或 以き松 永 昌三円 人-者 謬 

\ 矣」 と, 當時益 軒 を 以て 松永昌 三の 門人と する の說 ありし と 見 ゆ、 果して 

\ 然らぽ 是れ大 なる 誤な え 益 軒が 一 回, たも 松永昌 三に 會 見せし 乙と あ 

一 り や 否や 、をれ さへ も 頗る 疑 なきと. 能は ず、 况ゃ 師弟の 關 係に 於て を 

や、 或は 益 軒 を 以て 閽齋 若く は 順菴の 門人と する もの ある も、 是れ亦 何 

\ 等の 根據 もな きて とに て、 全く 臆說に 過ぎざる なら、 年譜の 元祿五 年の 

一 ^^^f o 0k ^ ^ 糊)、。 木 。下 。順 f 。論 ま A 儒 A 養 ぎ 酽 ^ 

一 と あり、 玆に 「養 遇 厚 至」 と s ふが 如き、 豈に 師弟の 關係を 意咏 する ものな 

一 らん や、 甘雨亭 叢書に 益 軒の 傳を 載せ、 叙して 云く 

從, -松永 尺 五山 崎 閽齋木 下 順菴諸 公- 而學 焉、 " A < < A < 

\ と、 S れ 画よ, i 證の據 るべき もの あるに あら ざ. mrAH ほ 

\ いい^き^い A いむ 1 • 卜 4 いい 卜^^で かて 師事す る 所 あ.. しに 

一 厶 厶厶ム 厶厶、 

\ あらざる な, nN 

一 工人 & 

き i 第二 章 は-像 益虾— 第一 事蹟 



元 家 

瑞 時 

髓 三稱 
存 郞山 



第二 篇 あ ニ窣 貝 原 益 軒— 第一 事蹟 

貝 原 氏 家 系 畧 圖 

-可久 



二八 六 



只 原 寬齋— 

一— 緖方氏 



S 



,J ^ ) 



嗣 一 

—義 質 (難-; 樂)— 好 古 (籠 耻、) 

I 益 軒— 重 春 



江 崎 

氏 



A A 



益 軒の 妻 江 崎 束 軒 學才ぁ ら、 曾 て 女大學 一 卷を 

A A A -A A_ <3 厶厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 厶<5 厶厶 

著 はす 此書 一 時大に 世に 行 は る、 其 女子 敎 育に 

1^ー 厶 厶厶 厶厶厶 A 厶厶 < "厶厶 厶 厶厶厶 

影響す る 乙と 少しと せ ず、 或 は 以て 益 軒の 卞と 

する は 誤なら 然れ ども 固よ, CNS 軒の 校 閱を經 

• <"△<"△△ 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A ^ A A 

たる ものなる ベ く 、又, 其 旨 意 は 和 俗 童 子訓 中の 

敎 女子 法に 本づ くもの K 如し、 



第 一 !• 著書 

慎 思 錄六卷 

此書は 益軒晚 年の 作に し て、 正 德四 年の 春 を 以て 脫稿 する 所に 係る、 

乃ち 知 る、 是 れ 彼れ が 逝去の 年なる を、 益 軒 著書 多し と雖 も 彼 れ が 道 

oooooooooooooooooo 」,c 

德に關 する 學說 は、 大 抵此 書中に 叙述せ &、 其 體裁は 全く 宋 儒の 語箭 

に 擬 す、 蓥 し 得る 所 あるに 隨ゥ て、 之 れを 書に 筆せ しもの なら ん、 故 に 

全 篇 唯-幾 多の 思想の 斷片を 集錄 せる の狀ぁ う、 此 の 如くに して 其 分 

類 な く、 組 織 な き は、 今 日 よら 之れ を觀れ ば、 甚 だ 遺慽 な, nN とせざる を 

得ざる な り、 然 れ ども 其 中 格 言 の 以て 服膺すべき も の、 勝 げて數 ふべ 

か ず、 我 邦に 於て は是れ を語錄 中の 白眉と 稱 する も の、 决 して 溢 美に 

あ 6 ざるな ち、 又 之れ を薛敬 軒の 讀書錄 、若く は 胡 敬 齋の居 業 錄に比 

す る も、 恐 くば 伯^: の 間に あら ん、 自 叙 あ ,9、 云 く、 

佘 十四 五 歳よ,^ 頗る 聖 學の尙 ぶべき を 知, 5 て、 經 傳 を誦讀 する を 

第二 篇 第二 草 貝 益 原 軒— 第二 著書 二八 七 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 —第二 著書 二八 八 

好 み、 幼 よ, 5 老に 至, cv て、 晨昏廢 て ず、 妄 意に 自得 せんと 欲する の 志 

あら、 且つ 性を禀 くる rJ と 拙 鈍に して 機務に 闇し、 是を 以て 也 事の 

まと 

念に 縈 ふな し、 爲 に 講學の 事 を 以て 當 務 の 急 と な す、 故 に 平生 拙詞 

をれ, - , 詁に 泥んで 無益 をな し、 學 功 を 曠 うする こ と を 喜 ば ず、 閒 

に 居、 書 を讀 ひの 時、 每に 心に 疑惑 を 生ずる こと あれば、 開通 せんと 

欲し、 恭 f して 之れ を 思 ふ、 之 れを思 ふて 得 ざれば 措か ず、 I ^ ^ g、 

•BS^T 之 V を敎 ふること あるに 似た ゥ、 此 に 於て か每に 6 に會 する 

こと あれば、 之れ を 策に 記 し 、歳 を 積んで 編 を 成 す、 云 云. 

最後に 自己 編 を附 載し、 自己 精神の 存 する 所 を 叙述す る こと 颇る詳 

密 な み、 今に して 之れ を閱讀 する に、 謙遜 恭敬の 意、 誠 實眞摯 の 情. 蔽 ふ 

《からざる もの あ, 9 て存 す、 乃ち 以て 其 人格の いかん を 想 見すべき 

な ,9 .- 

大疑 錄ニ卷 

此 書 は 益 軒が 最後の 作な り、 年 譜 によ る に、 正 德 四 年益 軒 八十 五 歲、 先 



づ 愼 思 錄を脫 稿 し、 尋 い で 此 書を脫 稿す、 而 して 幾 もな く 長逝せ り 益 

軒 a に 慎思錄 中に 於て 多少 宋 儒に 異なる 意見 を 叙述せ. 5、 然れ ども 

未だ 敢て宋 儒の *範圍 以外に 出 づるを 欲せず、 乃ち 陸 王を排 し、 又 暗に 

仁 言 1 徂來 を排 し、 大に周 張 程 朱 を稱揚 し、 斷 言 し て、 

K ョ-" まま ま S ョ ま ョョ、 

と 云へ I やま SESS^it* 

、曰 ゆ^ 太 宰春臺 嘗て 此書を 讀んて 

批評 をな せ, 9、 春臺文 集 〔後 稿卷之 十〕 に ま _, 損 軒先 生大疑 錄 U を 载 す是れ 

なり、 春臺が 批評に 對 して は 鈴 木 離屋又 「跋矢 疑 錄-」 を 作 もて 批評 をな 

せり、 (離 屋集初 編坤) 益 軒 歿後 五十二 年を經 て、 仙臺の 北海 大野 通 明な 

る もの、 始めて 此書を 上 木し、 卷 首に 彼れ が 跋文と 春臺の 批評と を揭 

に 益 軒の 自叙 は 年譜の 末に 附载 せる も、 大野 氏 之れ を 得 ざち し は W 

遺慽 となす の み、 番 外 雜書解 題 〔卷 之 十 七〕 に、 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 —第二 著書 二 「/ ブ 



の に 〇 b 
此 關 贅 
書 す あ 

を る o I) 
度 も o 實 

外 〇 の 〇 に 
M° 殆'。 種 
す ん 令 

ベ ど o 雜 

き 其 o 駁 
に o 半 o な 

あ に o る 



第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒 I 第二 著書 二 九 3 

: 鼬^: Eiio ^跏^ £ 曰』^ ベ。』、 

と 云 へる は事實 にして、^!:? (が§ きき g §1^1^^ かゆお^ 5, 

彼れ 本と 謙、 遞 にして 敢て 一 家の 學を 唱^;^ い^^ゃ、^^ 鲈 

、、、、、、、、、、も、 

を大 疑と 名づ くる 所以な, CN、 

自娛 集七卷 

此書は 益 軒の 文集に して、 正 德ニ年 を 以て 脫稿 する 所に 係る、 益 軒の 

遺稿と して 家に 藏 する もの を 見る に、 詩 も 亦 少しと せず、 然れ ども 益 

軒 自ら 見る 所 あみて、 詩 は 一 首 も自娛 集中に 編入せ ず. 此 書の 內容は 

論 あ 々、說 あ り、 » あ ち、 記 あ, oi 曰 あ 6S 、序 あ 

文章 を 以て 成る ものな う、 I . き^むきき 

? £i き i おきお- 

o "o o o o 

ら さるな み、 自 己 編に 云 く、 

g 信 嘗て 鄙 文 百 七十 八 編 を作爲 し、 之れ^ 4| けて 自娛 集と いふ、 且 

つ 俚 語 を 輯録す る 乙と 十 卷慎思 錄と號 す、 其 書た る や , が 拙 S 、言 



ふに 足らずし て. 僭 妄 の 罪、 識 者の 誹 笑 を S れ難 し、 是 れ 啻に 吾後覽 

に i へんと 欲するな り、 且 つ これ を 後裔に 傳へ て. 予 の 幼よ ら 老に 

至る まで 刻苦 怠らざる を 示さん とする の み、 其 中 或は 愚者 千慮 一 

得に. ^て 自ら 信ずる もの あ り、 昔 し 揚 雄、 法 言 を 作,^ て 曰 く、 後 世 揚 

子 雲が 如き もの あ, 9 て、 必 ず 之れ を 好まん と、 我 が 此書は 恐く ば縱 

謬. 後 世の 子 雲 を 待つ 乙と 能 はざる の み、 

此 書の 首め に 竹 田 春 が 序 あり、 正德ニ 年の 結 撰に 係る、 發行 は正德 

四 年 三月に し て、 猶 ほ 益 軒 存命中の 事に 屬 す、 谷 秦 山が 隨 筆 〔卷 一 〕 に 

益 軒 自娛集 七 卷, 其 學 可, 謂, 正 矣 

とい ひ て、 鑽 仰の 意 を 述べ、 併せて 批評 を附 載せ も、 益 軒の 學說を 知る 

^き^か^^ ひむ,^、 きき 錄、 大 疑き 及び 自娛 集の 三 書と なす、 

初學知 要三卷 

此書は 讀んで 字の 如く 初學の 徒の 爲 めに 編纂す る 所に して、 內容は 

爲 學、 修 身、 接 物、 處 事、 警 戒の五 項に 分 ち、 多 く 有益なる 古人の 言 論を揭 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒— 第二 著書 二 九 一 



第二 篇 第二 章 貝^^ 矸 I 第二 著書 二.^ こ 

げ、 附す るに 自家の 見解 を 3 てす、 •^ibll れ^ ひ》 お^ 

oooooooooooo 

の 小學に 劣らざる の觀ぁ う、 首 めに 門人 伊藤 素 安の 序 と、^ 軒の 自序 

と を 載 せ、 卷 末 に 「元 祿十 一 年 戊 寅 仲秋 吉 辰」 と あ り、 乃 ち 其 字 命中の 發 

行に 係る を 知るべきな ftv、 

自警 編 一 卷 

此書は 心 術、 言 語、 威 儀 及び 應 接の 戒を 叙述せ しものに て、 古人の 名 言 

を 引用す る N! と 少しと せ ず、 明 治廿七 年に 吉安小 谷 二 氏 之れ を譯解 

し て; 今 日の 青年に 便に せ.^、 

小學 備考 六卷 

此書は 朱 子小學 の解釋 にして、 益 軒が 四十 歳の 時に 上 木せ る ものな 

り、 卷末, に 益 軒が 踩ぁ ら、 云 く. 

稈 朱の 書、 海 に航 して、 我れ に傳 ふるもの、 蓥し此 に 三百 餘 年、 然 れ ど 

も 小學近 思錄の 世に 行 はる 、や、 未だ 二 幾 | "廿) に 満 た ず、 眞 に 恨 

r 、、 、 Z 、 p, ,o o c 〇 〇 〇 o o つつ C 〇 〇 3 o つ 〇 コ つ 

むへ しとな す我曹 幸に 今の 特に 住れ て此 を, 見 て、 之 • I ■ I "れ 



此 o 體ひ 
れ o し 〇 
亦 o 身 3 

朱。 に ひ 

子 o ifo 
の o ふ ひ 
罪 o 乙 o 

人。 と 



つ o ひひつ ひ o o ひひ ひ^. ひ, o .q c ひ 。 ^ o 

る rJ と を 得た り、 坊 も 徒に 空文 を 事と して 心に 

oooocoo〇〇〇oo〇o<qo;poo^、 

能 はずん ば ffi 賢 を 侮る ものに 幾 力ら さらん や 

o o : 

な ら云 云, 

最 後 に 「寬 文 己 酉 六月 三 日」 と あ り、 此 れに 由り て 之れ を 歡れ w、^ 譜 i 

此書を 三十 九 歲ひ時 に 『彫 刻 終 功」 と す る は、 疑 なき を 免れざる なり 

近思錄 備考 八卷 

年 譜 の貞享 三年の 下 を 見る に 左の 注 意 すべき 記事 あ り、 云 く 

4- 年中 夏の 人、 朱 鋅 尊長 崎に 來た り、 頗 る 好ん て 書を讀 み、 先 生 作る 

、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 , r. 、 、 〃、、い、、"、 1 4 卜い w s» 

所の 近思錄 備考 を 看 て、 以 て 好 書と なして 曰く 中 夏と i も 此の 右 

A A <" A A 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、、^いい ひ pre い、 .5ゥ ぐ い 

き 註 解 な し、 然 れ ども 日本 自ら 厳禁 あ .9 本 邦 印本の^ きは携 へて 

、、、、、、、、、、、、、、、、 ノ、, 

中 1 に歸る N! と 能 は ず、 終 日繕寫 して 還る 

此書 偶然に も 經學に 精通せ る 朱竹诧 の稱揚 する 所と な,^ て 一 段の 

光彩 を 添へ たりと いふべ し、 

頤生輯 要六卷 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒- —第二 著 寄 ご 九-一 



第二 篛 第二 窣 貝 原 益 軒— 第二 著書 二 九 四 

此書は 門人 竹田定 直の 編. 次 する 所に し て、 多 く 古人の 衛生に 關 する 

論說を 蒐集し 且つ 分類す る ものな ら、 要 する に 一 篇 の 養生 論な も、 其 

世人 を救濟 する 心の 切なる、 フ ヘランド 氏の 延壽 學 Makrobiotik と 相 

類す る もの あるな fts 、首 めに 益 軒の 序 あ ら、 云 く、 

篤信 素よ,^ 氣を禀 くる こと 薄弱に して 夭 札 を 免る., こ と 能い ざ 

、、い、. ひ、 1、、1、、ヽ、、 ヽヽ ヽヽヽ ヽヽヽ 1 ヽヽ、 ヽ 

る を 恐る 故に 幼よ も 衞 生の 術に 志 あ ら. 書 を 看る の 際、 古 人 の 言、 養 

ひひ ひ、 、 、 A、> 、い、、,、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 

^を資 くる もの ある 每 に、 則 ち隨 つて 之れ を 抄出 す、 道 義に合 は ざ 

る もの は、 舍 て、 採ら ず、 年 を 積む こと 久 うし て、 漸 く 數百條 に 至る、 

B 、弓い、 > ヽ、 ? 八,、 * ゝ ヽ ヽ ヽ > ヽ 、 ヽ o o o o o o o o o 

竊に 謂へ らく 頤 生の 道い さ k か 具 はれ,^ と、 自 ら 覺 ゆ、 予 の 幸に し 

-0:?、 〇.- ? .B ◦ ,9:o- o o o o o o o o o o o o o o o o o o 

て 夭 札 を 免 れそ 耄耋に 至る も の、 乃 ち 職と して 此れに 由るな, cv、 

最後に 竹 田 春 菴が跤 あみ、 外に 古今 養生 論 和解 一 卷を附 載せえ 華洛 

の 居 行 子が 序と 補篇 とあみ、 

五 常 訓五卷 

此書は 五常の 義を 平易に 國字を 以て 解釋 せし ものに て、 寬 永 八 年り 



も 

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衣 



論 

じ 

て 

一二 



軒 

て o 其 o を 

人 o 著 
に o 述 o 

耀カ; す 

力、 o る 〇 
す o 所 o 

を。 Ro 
好 〇 勸 o 
ま。 め o 
ざ o て o 

る o 民 o 
な o 俗 o 
も o の o 



刊ー 了に 系る- 卷の 一 は總 論に して、 卷の 二、 卷の三 は 仁 を 說き. 卷の四 は 

^ と禮と を^ さ、 卷 の 五 は智と 信と を說け も、 卷 首に 竹 田 春 菴カ序 あ 

大和 俗 訓八卷 

此書は 爲學、 心 術、 衣 服、 言 語、 躬行 及び 應 接の 六 門に 分ち、 實踐 躬行に 裨 

益 ある こと を 平易に 說 示せる ものな り.. 首め に 竹 田 春 菴が序 あち、 益 

c o o o c o o、-o O O £ o o £ " 

益 を なす を 要 す而 して 敢て 旁 高 し 

、此れ 先生の 志な も 

五 'の 作に K る、 

11モ ゾ 『§ TJ 叫, ジ ! By t/ T* ^ -/V 441 ン - ーノ: J <- f ノ- 产 

和 俗 童子 訓五卷 

お 書は兒 童敎 育の 書に して、 卷の 一 ニは總 論に して、 卷の三 は 隨年敎 

法 及び 讀 書法 を 論じ、 卷の四 は 手 習の 法 を 論じ、 卷の 五は敎 女子 法卽 

も 女子 敎育を 論ぜり、 首め に 益 軒の 序 あみ 、此書 又兩葉 支鑑と 題す る 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 I 第二 著書 一.】 九 五 



第二 篇 第ニ聿 貝 原 益 軒. (第二 著書 二.^, 

fj と あ ら 、恐 く は 後世 人の 命ずる 所な らん, 

初學 訓五卷 

此書は 初學の もの 、爲 めに 講述 せる 修身 書な ftN 、首 めに 竹 田 春 巷が 

序 あ ぇ此 書 を 評して 云 く、 

^ u> ^ ^ <1<1 厶厶厶 A 厶厶 A 厶 厶 厶厶厶 厶厶厶 1 厶么 △ 

諸 節の 中に もと- 5 わき 親切 著明の 懿訓 なち と 言 ひ ベ し、 

以七 其 書の 內容 いかん を 知るべきな も、 

文 訓ニ卷 

此書は 文 學に關 する 事を說 示す る ものに て、 ゆ g ^き;! いかき きか 

え 首め に 竹 田 春 菴が國 字の 序 あ も、 享保 元年の 作に 係る、 其 中 謂 へ る 

あ り、 云 く、 

益 軒先 生 平生の 著述す ベ て百餘 種に 及べ 纟、 其 坊間に 出で 世に 行 

はる >- は、 三 が 一 の み、 况 ゃ晚 年に 著 はし 給へ るた ぐ; 3 は、 猶 ま 草本 

のま、 にて、 藏 めて 荧笥 にある も 亦 多し、 正德甲 午の 秋 先生 世 を 謝 

し 給 ひし 後、 同 門 の 輩、 其 令嗣 <" 姪と 共に 先生の 舊 堂に 會 集し、 遺 編 



X 

仁 o 凡 o 云 
心。 そ o く 

よ o 先〇 

bo 生。 

出 o 著 o 
で。 述。 

一 O を0 

念 o 好 o 
も o み o 
名 o 給 o 

に ふ 



を險閱 して ビと く 梓に 壽 せひ 乙と.^ 議 す、 爾 後定直 東^して 

江府 に奄留 し、 ふ た >- び裘褐 を更へ て 猶ほ宋 だ 西に 歸る こと を 得 

ず、 鄕 邑の同 志 も、 他 の 塵務に 暇な く、 荏 苒 として 其 宿志 を果さ ず、 此 

ごろ 同志の もとよ, 9 はづ かに 文 訓武訓 各 一 部 を 淨謄し 更に 附け 

て 寄せ こせ ぬ、 定 直歡 喜に 堪へ ず、 す な はち 京師に 送 もっか は し、 書 

肆柳枝 軒に 授けて 刊布 せし む、 云 云、 

00000000 め- o:^ ,o Q 9 ^ ,0 わ 

Z と 、ひ とへ に 人 を 愛し 俗 を あはれ むの 

o 〇〇〇〇〇〇〇、 

近づき 給 ふ 意 な し 

其; 他此 序文 中 益 軒 平素の 心 術 行 狀を徵 すべき もの、 少しと せざる な 

武 訓ニ卷 

首め に 竹 田 春 菴が序 あ も、 享 保 元年の 作に 係る, 

家 道 訓六卷 

第二 篇 第二 草 M 原 益 軒 I 第二 著書 二 九 七 



第二 篛 第二 窣 貝 原 益 軒 —第二 著書 二 九 A 

此書卷 の 一 二三 は總 論に して、 卷の四 五六 は 用 財 を 論ぜし もの^ か 

を當 時の 家政 學と いふ も 不可な きな, ^卷 末に 京師の 書肆 柳 枝 軒 茨 

城 信 淸が跋 あ も、 正德ニ 年の 作に 係る、 

樂 訓三卷 

卷の 上は總 論に して、 卷の中 は 節 序を說 き、 卷の 下は讀 書を說 き、 最後 

に 後 論 あ み、 內 容 は高尙 なる 和 樂の道 を 叙述せ しもの な^、 

君子 訓三 卷 

是れ 在位の 君子の 道を說 示せし 書な ク、 首 めに 自序 あみ、 

養生 訓八卷 

此書卷 の 一 ニは總 論に して、 卷の三 は 飲食- 卷の 四は飮 食、 飮酒、 飮 茶、. 及 

び 慎 色欲、 卷の五 は 五 官、 1 一 便、 及び 洗 浴、 卷 の 六 は 慎 病 及び 擇醫、 卷の七 

は 用 藥、 卷 の 八 は 養 老、 育 幼、 铖.. 及 び 灸 治 を 論 ぜ る、 最 後に 益 軒の 後 K あ 

り、 云 く、 

愚生 昔し わかく して 書 をよ みし 時、 群 》 の ft 、養生の 術 を 說 け る 古 



- 語 12 て 門 客に さ づけ、 其 門, わかた しま m、 

要と 5、 養生に 志 あらん 人 は、考 へ 見 給 ふべ し、 でに しるせし は 

厶<3 厶厶厶 

其 要 を とれるな り 

お 後記 は正德 三年の 作に 係る、 頼 春 水 詩 あり、 云 く 

益 軒西筑 古名 臣、 捐館 方 過 一 百 春、 原 識^ m 一 ul、 

^ き ^ ^ ^ 1:^ ^ £ o 入 ^ ^ &多 最 舉仰、 養 生 遺訓 濟^ 民- 

a 上列擧 せる 十 種の 通俗的 國字 訓戒の 書 を 「益 軒 十訓」 と稱す 、東京 女 

學館敎 授西田 敬と 氏 之れ を輯 めて 一 W となし、 「益 軒 十訓」 と 題し、 博 3 

館 よら 出版せ, 9- . 

克明 抄ー卷 & > 

き は 益 軒が 天 和 二 年 十一月 を 以て 起稿し. 黑田 侯に ヒ りて、 治者の 

道 を 示せる ものに て、 人君 爲學 之耍、 爲學之 工夫、 改過、 知人、 賞罰 明人偷 

の 六篇に 分ち て 之 を 論ぜ 6-、 此書 久しく 寫 本に て傳は りし を 明治 三 

卜 五 年、 ん 至み、 躬行 會鼗書 第 一 集に 收载 して 之 を ぞ纟 せり 

二 - L 

^二 篇 き i ais-s 軒— 第二 奢 書 



第二 篇 《nH:f 旦原益 軒— 第二 三 〇〇 

格 物餘話 一 卷 

此書は 甘雨亭 叢書 中に 收载 せみ、 一 種 隨筆體 の 書な も, 

神祇 訓ー卷 

三禮ロ 訣ニ卷 

太宰府 天 滿宮故 實ニ卷 > 

古今 知 約 七十 餘卷寫 本 

此書は 益 軒が 博く 古今の 書 を涉獵 する に當 もて、 後日の 記憶に 

るが 爲 めに 抄錄 して S 成す る 所な i、 

日本 釋名 三卷 

si 例" ニ卷 

和字 解 ー卷 

扶桑 紀勝五 卷寫本 

筑 前績 風土記 廿九 卷寫水 

大和 本草 廿五卷 



心 書 軌範 一 卷 

\ 和漢 名 數三卷 • 

一日 光 名勝 記ー卷 

一 和名 本草 ニ卷 

一 筑 前名 寄ニ卷 

一 初學詩 法ー卷 

本朝 詩仙 抄六卷 

一 歷代 詩選 五卷 

其他紀 行、 植 物、 歷 史 等に 關 する 著書 少しと せ ず、 然 れ ども 今 悉く 之 r 

を 省略す、 益 軒の 學說を 知る に 必要. ならざる もの 多き が 故な も 又^ 

軒の 訓點 書類 數種 あら、 世 是れを 「貝 原點」 と い ふ 

\ 

§s 第二 窣 a 原 益衧— ^二 奢 害 三 ◦ 一 



第二 li 第二 草 貝^ 益 針.! 第三 學說 三 〇 二 

第三 學說 

H 總論 

益 軒の 學說を 叙述 せんとす るに 當 え 先 づ其 立脚 點を 明かに せ ん、 彼 れ 

初め 陸 王の 學を好 み、 朱 陸 兼用の 意 あらし も、 三 十六 歲の 時、 偶,. 學 荮通辨 

を 讀 み、 其 非なる を 悟 ft /專 ら朱 子學を 尊崇す るに 至れ り、 年 譜を 見る に、 

三十 九 歲の處 に 

> 厶 *ム<1厶 厶厶厶 △ 厶厶厶 厶<3 厶厶 A 厶厶厶 

先生 頃歲益 > 朱 文 公の 學術を 信じ、 其 文集 を 好む、 

と あ ら、 乃 ち 知る 彼れ が 中年 學識 の進步 する に從っ て、 純 然たる 紫 陽 一 

派の 人と なれる を、 時 に 近 思錄備 考、 小 學 備考 等の 著 ある も、 亦 全く 此 思 

想の 傾向に 本づ くな ftN 、彼 れ 嘗て 孟子 以來の 學統を 論じて 曰く、 

孟子 夫子の 道を傳 へて 謬ら ず、 鳴 呼 吾が 夫子 は 古今 天下 一 人の み、 其 

道 大中至 正、 純 粹 精 微、 夫 れ 賢者と 雖 も、 偏 性な き rJ と 能 は ず、 恐 くば 其 

道を傳 ふる 乙 と 能 は じ、 孟 子 固に 賢哲と 雖 も、 未 だ S 人に 及ば ず、 何 を 



以て 能く 夫子の 道 を傳 へ て 謬らざる 7J と 此の 如くな らん や、 藎 し 孟 

子 嘗 て 言 ふ、 聖 人の 世 を 去る 乙 と、 此 の ごとく 其れ 未だ 遠から ず、 聖 > 

の 居に 近き こ と. 此 の ごとく 其れ 甚し と、 其 命 世の 才を 以て 且つ 聖人 

の 世と 聖人の 居と を 去る M と、 其 近き こと 此の 如 し、 宜 なる か な、 聖 ス 

の 道 を傳 へて 謬らざる 乙 と、 漢 唐の 諸 儒の 如き は、 雋傑 の才 あ, 9 と雖 

*、*、、、、、> ヽヽ、 ヽヽ、 、ヽ 00000000Q-0 

まかき て繼述 する こと 能 は ず、 獨 .M 木の 諸君 子の 如き は 

〇〇〇〇〇ooooo〇,ooooq〇〇o r き- 、 ) t< c J 

#i を 承け て 其 道 を 失 はずと いふべき な ,9 然 れ ども 聖人の 道大中 

至 正、 精 微 純 粹、 孟 子 の 後、 諸 儒 全く 其體 を備へ て、 偏 なく 黨な きこと 能 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、,、..、 い 

はず、 然れば 孟子 歿して 後、 聖人の 道 を 略 i 傳ふと いふ は 可なら 全く 傳 

、、、、、、、、、 ooooo o:o. o ^ o o p 力 ^ に 、、s> Llo ^ ^. 

ふとい ふ は 不可な み、 蓥 し 孟子の 後 道 を 知る もの 二 程 及 ひ 朱 子な ft- 

〇 ooooo ooooo o, • 、こ , 

是れ 聖人の 道 畧>傳 ふるな り (慎 思 錄卷之 四) 

乃ち 彼れ が 程 朱 を 以て 孔孟の 嫡傳 とする を 知るべきな り、 殊 に 朱 子に 

就いて 論じて 曰く 

陳北溪 が 曰 く、 孔 孟周 程の 道、 朱 子に 至, 9 て 益,. 明 かなり と、 魏 鶴 山 曰く- 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 —第三 學說 三 〇 三 



第二 篇 第二 章 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 〇 四 

韓子謂 ふ、 孟 子 の 功、 禹 の 下に あらず と、 予謂 ふ、 朱 子の 功、^ 子の 下に あ 

ら ずと、 1 魏ニ 氏の 言、 il";^ や、 や^^,;、 き^^き かか 一 や あ 仏 仏^ 

に 阿る とい はん や、 (同 上卷之 五) 

此の 如く 朱 子の 功 を 以て 孟子の 下に あらず とする の 說に贊 同す る を 

以て 之れ を 觀れぱ 、其 崇敬の 念、 决 して 尋常なら ざみ し を 察す ベ し、 然 れ 

ども 朱 子の 如き も、 未だ 聖人と いふべ からざる が 故に、 過失な きを 免れ 

ずと せ fts 、其 言 に 云 く、 

夫れ 朱 子 固に 聖人に あらず、 且つ 其 著述す る 所、 亦甚 多し、 其 中 過失 恐 

くば 亦 間 >將 に 之れ あらんと す、 故に 古人 曰く、 人 聖人に あら ざ 1 ば. 誰 

れか 過な からん と、 又 曰く、 智者 も 千慮に 必ず I 失 あみと、 き"^^ 知 

の 事、 朱 子と 雖も、 免^^ ひき^ ヒ^"^ I や ^^。の ^、か^ず^ 寸 

やきき Siil いま 1" 驂^ 4 駟卜緲 ^や. i お^ゃ 其 功 

恐く ば 孟子の 下に あらず、 恨む らく は 後人 往々 に 朱 子 を 知らず、 且つ 

未だ 朱 子の 全書 を 見ず、 故に 其 疑 ふ 所 未だ 朱 子 立言の 本旨に 達せ ざ 



5 

m 

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5 

貝 

原 
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第 



說 



お 
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な 
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然 
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ど 

も 

彼 
れ 

は o 

徹 
頭 軒 

徹 o の 

尾 朱 
朱。 子 

子 Q 學 

の Q 派 
學 o の 

說° 人 
な 
る 



〇 
五 



此 
れ 

に 

X 

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て 
之 
れ 
を 
觀 
れ 

は: 



言 o て、 敎 
を o 天、 を 
易 o 地、 說 

へ 〇 に' 

ざ o 事. 

る。 ふ 

ベ o る 
き o の 

な。 道 

bo と 

な 
す 



に 
服 
す 
る 
も 

の o 

に。 辨 
あ を 
ら 埃 



と 

復 

1Z 



慎 

錄 



之 



い 
I ひ 
戒、 
懼、 
愼、 
獨、 
を、 
以、 
て、 



を 
後 
に 
す 



る 

朱、 を 
子、 認 
が'、 容 
大、 せ 
論、 學、 ら、 
語、 の、 彼 
を、 袼、 れ 
說ヽ 物、 又 
い 致、 朱 



此 o 存、 

等。 養、 

の 〇 お、 

諸 o 察、 
說 o の、 

m° ェ、 
人 夫、 
ま。 と、 

1Z。 な、 
起 o す〜 

る 及、 
と 

も 西, 

恐 ST 
く Q ヒ 
ば Q 說' 



に、 知 

博、 誠 
文、 意 
を、 正 
先、 心 
き〜 を 



子 

の 



に 
し 

約 

禮 

を、 き 
後、 則 
ち、 ち 



に 

說、 い 
く、 て 
が、 左 
如、 の 
き、 如 



< 



に、 
す、 
中、 

庸, 
の, 
性, 



知、 へ 
を、 b 

先, S 

き、 く 
に、 、 

し、 



此 い、 道、 行' 



と 
い 
へ 

ど 

も 

尙 

ほ 

朱 

子 

の 

未 

た、 

m 

域 

に 

入 

る 

能 

は 

ず 

し 

て 

過 

失 

な 

さ 

を 

免 

れ 

ざ 



作 

b 
て 



開 o 朱 o 軒 
く 〇 子 o ス 
の o 誠 o 異 
功 o に o 學 

後。 是 o p 
世 o れ o 朱 
に 〇 眞 o ナ 

於。 ii° p 
て 〇 te o を 
極。 古。 

ら o の 〇 

な。 豪 
き。 傑。 

の o と o 

恩 い 
あ ふ 

j)0 ベ。 

^ き 

な o 

b。 
其 o 

往 

go 

を0 
繼 o 

や 

來。 
學。 
を o 



同 
上 



す、 る 
を、 も 
免、 の 
れ、 多 
ず、 し 
况、 聰、 
や、 明、 

其、 英、 
下、 俊、 
な、 陸、 
る、 子、 
も、 き 
の、 王、 
を、 守、 
や、 仁、 

1 が、 

娛 如、 
集 し、 

卷 ^ 



之 
四 



雖、 
も、 
猶、 
ほ、 
未、 
お、 
誣, 
枉, 
を' 
な' 



第二 篇 第二 窣 具 原 益 軒 —第三 學說 三 〇 卞 

ず、 其 いかなる 點に 於て 朱 子と £1;^ い^^: に P い、 て^^ ビ^;: 

へきな 6/ 慎 思 錄は尙 ほ 朱 子學の 立脚 點 よる 叙述せ る ものな 力と 雖も, 

時 あ, -ては 異說の 1 端 を 見る を 得, 例へば、 11,14 い^^き^^^^^ 

とせず して、 單に氣 質の 性 をのみ |§ ま^ひ^.! 沪、 是れ なり、 然れ ども 益 

軒の 朱 子 を 尊崇す る こ と 實に甚 しきもの あ ら、 是 れ其 朱子學 の.^ と 

して 數 へざる を 得ざる 所以なら、 彼れ 固よ も 朱子學 派の 人た る を 以て 

の 故に 獨も朱 子 を 尊崇す るの みならず、 叉 周 程 諸氏の 如く 宋學の 系統 

に屬 する もの は、 皆 之れ を 尊崇し、 其 主張の 存 する 所 を 明かに せえ 彼れ 

論じて 曰く、 

周 子の 通 書、 こ 程 全書、 學 か 4 いい^きき ひ "い ^;. や ぃ、^ や 

熟讀 して 得る 所 最も^;,^,^ 4 、おや ,^ま^き^ §も曰^3、 か^ 勣 

〇 〇 〇 〇 二 - ノ 一 J 

重す ベ し、 (同上 卷之 二) 

又 周 張 二 氏の 書 を 論じて 曰く、 

周 子の 通 書, 漢ょ 4 ^11^ 一 か 4 食、 曰い 4 やい あい 4 かか^い &^^> 



又 

ざ、 し o を o 行、 の、 程、 更 
る、 蓋 o 異 o の、 法、 子、 に 
も、 し o に o 燈、 則、 の、 程 
の、 朱 o す o 燭、 と、 言、 朱 
あ、 子 o と o 迷、 な、 氣、 を 
i)、 の o 雖 o 者、 す、 象、 擧 
と、 學 o も o の、 ベ、 渾、 げ 
雖、 二。 然 o 指、 し、 厚、、 え 
も 、 程 o れ o 南、 朱、 語、 れ 
寡、 を。 ど o の、 子、 意、 
し、 崇 o も o 如、 の、 簡、 
蓋、 師 o 其 o く、 言、 深;、 
し、 と o 道 o 學、 氣、 其、 
訓、 す o の o 者、 象、 說、 
詁、 る o 異 o の、 平、 を、 
の、 も o な o 明、 直、 立、 

較、 の。 ら o 證、 ゥ、 

な o ざ o と、 意、 る、 

bo る o な、 詳、 乙、 

經、 乙 o す、 明、 と、、 
說、 と ベ、 其、 規、 

の、 符 o し、 說、 矩、 

如、 節 o ニ0 を、 準, 
き、、 を o 子 o 立、 繩、 
間、 合 o の o つ、 の, 
同、 す o 出 o る、 如, 
じ、 る o づ o Z_、 く、, 
、 力; 〇 る o と、 學, 

者, 



を 
論 
じ 
て 
曰 
< 



異、 
な、 
る、 
其、 
道、 

の、 

同、 
た、 
る、 
を、 
害、 
せ、 



ら、 ど、 
く、 も、 
更、 其、 

に、 餘、 
精、 正、 

審、 蒙、 

を、 の、 
加、 諸、 

ふ、 xS^ 

ベ、 の、 

し、 中、 

m , 

上 程、 

リ 子、 

の、 

い 
所、 
と、 

異, 

な, 
る, 

の' 

あ' 

b 



か、 が o る o と、' 
ら、 如 o 時、。 夜、, 



な、 も、 
いの、 

西 o な、 
銘 o i、 

一 〇 張、 

篇 o 子、 
の o の、 

如 o 言、 
き o 氣、 
前 o 象、 

人。 雄、 

の o 偉、 

未。 語、 

だ o 意、 
發 o の, 
せ O 淳 1 
ざ o 厚, 

る。 其、, 

所。 學' 

大。 亦' 

' に o 正' 

' 聖。 大 

' 門 o 
» に o 

' 功 o 

» あ 

• i>o ふ, 

> 然、 ベ' 
» れ、 き' 



光, 
明, 
と' 

い 



ず、 (同上) 

又 特に 二 程 子 を 比較 論斷 して 曰く、 

口 l^t^§IKS か^ & 、易 傳の說 の 如き 、専ら 訓詁 解釋を 主と せず、 胸裏 

^二 鑄 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 OJ- 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 〇 八 

在る 所の 蘊奥 を攄發 する の み、 儒 者 の 學、 當 に 此の 如くなる ベ し、 廣 大 

を 致 し、 精 微を 極む とい ふべき な う、 其 言 謹嚴 にして 緊 切、 後 學 の 箴 ^ 

、、、、、.,、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 , f , 

となす ぺ し、 百 世 の 下、 之 れを 聞く もの 興起 し、 貪 夫 をして 廉 に、 懦 夫 を 

、、、、、、、、、、勺、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

して 立た し む、 其 益た る 亦 少 か ら ず、 是 れ大に 名 敎に功 あると いふべ 

, 、 、、〇0, p〇〇o〇o_〇〇〇o〇〇ooo〇〇〇ooo〇〇o 

きな 5 其敎を 立つ る ゃ嚴 毅 方 正、 蓋 し 孟子 以後 一 人の み、 其 人 を 論じ、 

00£)p90-0 o』ooo o oooo oooo oooo o 

スを責 むる の 際 抑揚 褒 跹、 儼 然として 畏る ベ し、 只 恐く ば 從容不 迫の 

o 〇 〇〇 o^ o oooooooooooooooooooooo 

粲象 すくなし 之れ を 伯 子の 言 の溫 厚和 一, 午なる に 比すれ ば、 自 ら 同じ 

か ら ず、 云 云、 明 道 は 美 玉の 如 く、 伊 川 は 精 金の 如 し、 皆 天成 純粹の 德、 固 

より 末學 愚者の 敢て 輕く議 すべき 所に あらざる な み 、(同 上卷之 五) 

1 cv l 1J . -. -<、. 、 9:9〇o-〇〇〇〇〇o〇ooooo 

上來弓 用す る 所の 論に よ. CN て 益 軒の 濂洛關 閩に出 づるを 知るべし、 

,で0レ9>^,9;0 0-00〇、9 0000 0000 oooooo oooo 

乃ち 周 張 程 朱、 皆 流子以 後、 洙 泡の 正 脈 を 傅へ たる ものと してお^^ § 

^ 〇〇〇〇〇〇〇、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

宇と する ものな も、 然 れ ども 其 中獨, ns 張子に 對 して は 間-意 に 満たざる 

もの ある を 言 へ ら、 例 へ ば、 正 蒙 に 「知,, 死 之 不 者 、可, ー與 言, 性」 と 云へ る を 非 

なみと し、 是 れ ま ろ 老子の 所 y 謂 「死 而 不 者 壽」 と 云へ るに 異ならず とし、 



論じて 曰く、 

張子 正 蒙の 中、 猶 ほ 疑 ふべき こと 此の 如き もの ある は、 何 どや 豈に偏 

僻の 害た る や、 賢者と 雖も 免れ 難き にあらず や、 (同上 卷之 三) 

其 張子 が 「形 潰 反, 原」 と い ひ、 又 「萬 物 不 』& 不&散 而 爲。 太 虛-」 と いへ る を 以て 程 

朱の 說と 相戾 ると な し、 敢 て 之れ に從 はざる の 意 を 示せ り、 然 れ ども 大 

體ょ. ftv 之れ を 言 へ ば、 張 子 も 亦 其 尊崇す る 所の 一 人た る を 失 はざる な 

Av.h ュ 孔孟よ, OS 下 は 周 張 程 朱に 至る 迄の 間に 於て は、 益 軒 殊に 董仲舒 

と 韓昌黎 と を 推 尊せ え 其 言 に 云 く、 

o o o o o o o o o c o o o p, o o o P o o o o p 9 o o か 

漢 儒、 董 仲舒に 如く はな し 唐 儒韓退 之に 如く はなし 孟子 よら、 お 茅 五 

o o o o o o o o o o o o o o o o o 、 o o o o o ^ *p に o 〇 おお 

季に 至る まて 儒 を 以て 世に 名 ある もの 多から すと せす 而 して 

〇0〇0っ〇〇〇〇〇〇っ000〇〇』〇0こ-- I TJ I] E 

れ i び、 道 術 を 正う する もの、 たど 此 二人の み韓 子の 如き は 固より 寶 

瑕な きこと 能 はず、 然れ ども 此れ を 以て 其大 體を掩 ふべ からず、 左傳 

oooo oooooooo»o > :, パパ いへ.^ a 

に 曰 く、 吾 れ 一 眚を 以て 大德 を掩 はずと 斯 言 宜 なる 力な 凡 を 人 をき 

や^^^い」^ ハゃ かまい、 ヤ^い^ ぐ ゃ」^^^ ぃ棄 つべ からず、 (同上) 

^ニ篇 第二 寧 貝 原 益 軒 I 第三 學說 一一 一 〇 九 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 11 二 〇 

益 軒 此の 如く 周 張 程 朱の 外 董仲舒 及び 韓返之 を 尊崇す と雖 も、 陸 象 山 

と 王 陽 明と は、 痛 く 之れ を 排斥せ り 、曾 て 「陸 象 山 論」 を 作,^ て 曰く、 

〇o〇〇〇〇〇3〇o〇〇GO〇〇〇〇〇〇o〇〇oo〇ooo 

象 山の 人た る や、 豪 邁 穎 悟、 人 に 絕 す、 固 に 振 古の 英傑と なすべき なう. 

o〇〇oo〇〇〇〇o〇〇3〇〇3〇〇〇o〇〇o〇〇〇〇oo 

然れ ども 性 を禀 くる と 偏 僻、 故 に 疎放 曠 逹、 矜 高に して 志 を 遜る こ 

〇〇〇〇〇〇 ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇o〇〇〇〇 

と 能 は ず、 自 ら用 ひて 以て 足れら とな す、 己 れが 聰明 を 負 み、 人 に 取る 

〇c〇〇〇oo〇o 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

M と 能 は ず、 故 に蔽 塞す る 所 多 し、 朱 子 の、 器 小な もとす る 所以な ら、 其 

oo〇〇o〇o〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇〇〇〇〇〇 

學を なす や 粗 § 、格 物 窮理を 以て 支 離と なし、 一 超 直 入 を 以て 工夫と 

〇〇〇〇o〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 

な す、 朱 子の fg 學 とする 所以な み、 而 るに 其 作る 所の 文字 言 語 を 顧み 

〇〇〇o〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇oo〇〇oo〇 

るに 一 語 も禪佛 の說を 取る ものな し、 只 其學 術と 心 術と を 看る に、 禪 

ooooooooo 〇〇〇〇o〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 o 

たる を 免れざる の み、 云 云, 陸 氏人の 惡む所 を 好 み、 人 の 好む 所 を惡 む、 

COO- もと 〇〇〇 ooooooooo 〇〇〇〇〇o〇〇ooooo 

人性に 拂 ると いふべき な 久其 才性大 に 人に 過ぐ と雖 も、 然 れ ども 其 

o〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇 L , 

學術躬 行、 甚 だ 偏 異、 功 過 相掩ふ rJ と 能 は ず、 惜 むべき か な (自 娛集卷 之 

六) , 

又 王 陽 朋の學 術 を 論じ て、 左 の 如く 言 へ ^、云 く、 



明 儒 博識 聰明に して 才 俊なる も の、 往 冷 陽 明 を 宗 師 と し、 之 れを 尊信 

する rJ と 神明の 如 し、 中 庸に云 く、 百 世 以て 聖人 を俟 ちて 惑 はず と、 人 

を 知れば な も、 陽 S が 學 の 如 き、 杲 して 聖人 を俟 ちて 惑 はざる ものな 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇〇〇 

ら ん や、 之 れを 尊信す る も の、 安 ど 人 を 知る とい ふべ けん や、 嗟 乎 陽 明 

〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇oo〇〇〇o 

文章 功業、 一 世に 超絕 す、 天 下の 英才と S ふべき な り、 其 學 術の 如き は 

oooooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 oooo 〇〇〇〇〇o〇o〇 

粗 謬、 孔 孟の敎 と 同じから ず、 葱 嶺 よら 來^ る 乙と を 免れ ず、 其 述作す 

oo 〇〇o 〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇o〇oo 〇〇〇o〇〇〇〇〇 

る 所 を 見て 知るべき の み、 然 れ ども 其 述作 1- る 所 を 見る と雖 も、 猶 ほ 

00000 000 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇oo 〇〇〇〇〇 

未だ 其 禪佛の 徒た る 乙と を 悟ら ず、 是 れ學 術の 蔽 惑、 是 非の 心なき に 

幾から ず や、 (愼思 錄卷之 四) 

又 云く 

歷 世儒臣 多き こ と 明朝に 若く はな し、 獻 徵錄载 する 所 を 看て 知る ベ 

き の み、 其 衆多の 中、 學 術 純正なる も の、 極 めて 鮮 し、 異 學 に陷溺 する も 

の、 滔々 として 天下 皆 是れな り、 其 餘弊 流れて 胡淸に 至りて 未だ 止 息せ 

ず、 恐 くば 外 國に傳 へ て 遠く 及ば ん、 此 弊 陳白沙 王 陽 明 を 以て 作 俑 と 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒, I 第三 舉說 三 一 一 



第二 篛 第ニ莩 只 原 益 軒— 第三 學說 一一 ニニ 

△ A,AA、5><J^ 厶厶厶 <"厶<1 厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶厶厶 <1么 

なすべし 陽 明 最も 稱首 とな す、 天 下 後世の 蒼生 を 誤 まる も の、 此 い ^ 

厶 厶厶厶 厶厶厶 <3厶<"厶 厶 △ 厶厶厶 <" 厶 AAA 

あ も 、何 おたく 晋人淸 談を尙 ぶの 弊の みな 6 ん や、 然 れ ども 明 淸の諸 

儒才 俊に し て、 畧>學 識 ある もの、 亦 迷 眩 し、 之 れを 尊んで 宗師 となす こ 

と, 神 明の 如くす る もの は、 何 ど や、 云 云、 蓥 し學 術の 偏異迷 溺、 英 俊の 人 

と 雖 も、 免 る、 乙と 能 は ず、 古 よ み して 然 も 、怪 となす に 足ら ず、 學 者 の 

恐 省すべき 所以な ら、 柬 坡が六 一 居士 集の 序に 曰 く、 「邓說 の 人 を 移す 

Z と、 豪 傑の 士と雖 も、 免 れ * さるもの あ ら」 と、 誠 なる かな 此 言 や、 (同 上 卷 

之 六) 、 

益 軒 は 陸 王の 學 術の 弊 を 論ずる 乙 と、 痛 切 を 極む と雖 も、 其 人物の 雋邁 

なる 一 點に 於て は竊に 之れ を 認容す る もの k 如 し、 彼 れ又陸 王 を 捨て 

>- 、專 ら朱子 を 尊崇す と雖 も、 時 ありて 其 學說寧 ろ 陸 王に 近 y も A の ^ ゲ 

<"厶<" 厶 厶厶 A 厶厶 △△△ 

は 殊に 注意すべき 所な, となす、 

益 軒叉當 時の 古 學に對 し て、 屢! 批 評 をな せ ら 、例 へ ば、 其 

近世の 學 者、 往 々古義に 執定し て、 人 情に 合 は ず、 動 も すれ ばき きに き 



く、 是れ蔽 固に して 通 ぜ ず、 此 病 ある 所以な り、 (同上) 

と い ふが 如き は、 蓋し 仁 齋徂徠 の 徒 を 言 ふならん、 又 其 

近世 異學の 輩出て \ 以て 只 之れ を 道と いふべ く、 之れ を理 とい ふべ 

からず とい < 此れ 亦 固陋の 甚 しき、 時變 に通ぜ ざる ものな、 り、 一同 上卷 

之 四) 

と い ひ、 又 大學は 聖人の 言に あらず とする もの を 斥けて、 近世の 俗儒と 

いふが 如き、 殊に 仁 齋の徒 を 指す に 似たり、 又 其 

^虧 鈿ぉれ^"?^ 一 & ^^む, 同上 卷之 二 

とい ひ、 

-JDODOOOO , 

きき 化濫、 偏 僻駁雜 (同 上) 

ま跏^ おお ム, 

(同 上) 

と い ひ、 

第二 篇 第二 窣 旦原益 軒— 第三 學說 一一 ニヨ 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒!.. 第三 學說 三 一四 

〇o〇 〇 ooooo〇〇〇 

ftv 自ら 厚う する 乙と 能 は ず、 (同 上) 

とい ひ、 

155 まひ ョョ羅 ョま i 

ー„ 一^^ やめお おき, %か ふ" や ま き 

ベ きの、 み、 (同上 卷之 五) 

と s ふが 如き は、 皆 徂徕の 徒 を 指す に 似た,^ 彼れ 此の 如く 仁 齋徂徠 の 

一-. IF 二、 一 - - I ' > -^1 A A A A A ^ A A A A A 厶 △ A <i A 厶 厶 厶 .a A 

徒 をき 斤 1 と 1 も 時 ありて は 又 折衷 を 主張し、 殆ん ども 學^, き レ^ 

PA<JM 厶 △△<, 厶厶 AA<1 

吻を なせる は 一 奇と いふべ し、 其 言 に 云 く、 

六經語 S を讀 むい、 宋^か^ xl^ ひ^;^ いひい, い き い 、き^み^ 

古註 疏亦廢 すべ か & ず、 朱 子の 曰く、 漢 魏の諳 儒、 音 讀 を 正 し、 訓 詁 に 通 

じ、 制 度を考 へ、 名物 を辨 ふ、 其 功博し、 學者 苟も 先 づ其流 を涉ら ずん ば、 

巧 何 を 以て 其 力 を 此に用 ひんと、 朱 子 四書 詩 易に 於て 旣に專 註 を 乍 



る 

益 o 都、 立、 後、 を 
を o て、 つ、 儒、 證 

第 得 o 之、 る、 の、 す 

g る o れ、 の、 說、、 る 
乙 o を、 み、 宋、 に 

m と o 徘、 若、 儒、 足 

^ 少 o ;^、 し、 と、 る 
か o す、 異、 ff«、 な 

原 ら o ベ、 學、 義、 b、 

| ず o か、 偏、 同、 益 
' 須 o ら、 僻、 じ、 軒 
I ら o ず、 の、 か、 又 
學 く o 蓋 o 說、 ら、 論 
說 之 o し o に、 ざ、 じ 

を 〇 義 あ、 る、 て 
存〇 理 ら、 も、 曰 
し 〇 窮 ず、 の、 く 
て o i> ん、 あ、 
參〇 な ば、 り、、 

考 o し o 己、 亦、 
に 〇 博 o れ、 各、 
備〇 く o に、 見、 

三 ふ o 取 異、 る、 
五 ベ o り な、 所、 
し o 周、。 い あ、 

m く と、 b、 
上 謀 な、 て、 
卷 れ し、 說、 
之 ば て、 を、 



りて、 其 言 此の 如し、^^^ か 註疏 も亦考 へ ざるべ からず、 夫れ 朱 子の 

專註を 作 る、 義 理 精 當、 固 より 古 註疏 を 待た ず、 然 れどネ i 詁、 文 義、 名 物、 

制度の 如き は、 古 註疏に 讓 りて、 詳に 解せ ざる もの 多し、 今人の 1 を 

i や^ la & い^^^ゃ、 ず 、々^いぐ^ 儒の 諸說を 貪ら 見る. 是れ 

^まい か; >ぃ 、お^い^^^ ひ iginii^^ 疏を 看れば. 文 義の. 

か^ 酽ど& で。 へ^^。 の 4。 しま。 すや^^ や、 (同上 卷之 I) 

是れ 全く 4 かきな, -、 折衷 說 なりと 雖も、 明 儒の 諸說 ようは 寧ろ 古 註疏 

を 取る ものなる が 故にか^ & い^! い、 其說、 朱 子に 本づ くと 雖も、 殊に 此 

必要 を 言 ふ もの、 偶^ S て 益 軒の 闇齋 一 派の 如く 決して 偏狭 固陋なら ざ 



第二 篇 第二^ 早 ^原 益 軒〜 第三 一一 ニム、 

六) 

此れに 由 もて 之れ を 観れば. 宋儒 以後の 學 說と雖 も、 亦 併せ 取らて 參考 

に 資する の 意な きに あらず、 其 襟度 宏 量、 推 して 知るべきな, 然 1 ども 

又 一 方に 於て は學 術の 當に 純一 無雜 ならざる ベから ざる こと を 道破 

せ ^、其 言 に 曰く、 

夫れ 道 は 一 のみ、 故に 學ぶ もの は、 純 一 を 貴ぶ、 若し 王道 を 行 ふて 観 術 

を まじ ふるもの は、 伯 道と なす、 王道に あらざる なみ、 儒と なみて 異術 

を まじ ふるもの は、 異術 となす、 儒に あらざる なみ、 程 朱 を 學んで 陸 王 

を まじ ふるもの は、 陸 王の 徒た, ^程 朱の 學 にあらざる なみ、 道 證をー 了 

ふて、 功利 を まじ ふるもの は、 功利と な す、 道 誼に あらざる な 丄§ u i 

• § おおれ ま? き お ま S お St 、(同上 卷之 

1 ) 

今 益 軒の 學說を 一 瞥す るに、 陸 王 を 排斥して、 反, て 陸 王に 近き 處 あ々、 

古學 派に 反抗して 、反ち て 古學に 類す る處 あ,^、 是れを 純 ー無雜 といよ 



んと 欲する も豈に 得ん や、 益 軒の 言、 未だ 終始 一 貫せ りと いふ を 得ざる 

二 唯氣^ TO 

益 軒? sf: と 、神= 如^^ mt^t^. 

,於て 他の 見解 を 取, fc^^ss 同一 轍に 出、 つるき 一 

s~ と OS o は, 0る0 を^, がが ぐ 朱 子 は 理氣の 二 元 を 立て"、 宇宙 を 解釋せ 

え 故に 彼れ は 分明に 二元論 者な り 、唯^-子が 太 極 を 立て、 以て 宇宙の 根 

本 主義と する 所より 之れ を 言へば、 恰も 一 元 論者の 如しと 雖も、 太 極 は 

彼れ こ ありて は理 なり、 氣 にあらざる なえ 又理氣 二者の 合體 にも あら 

ざるなら、 故に 彼れ は 到底 二元論 者た る を 免れざる な,, 、然るに 王 陽 明 

は 朱 子に 反し、 理氣を 合 一 し、 畢竟 一 元 論に 歸 せ,.、 然るに 益 軒 亦 理氣を 

みちて 二者と なすべからざる 乙と を つに^、。 : :_ 

£ きい £=i、£££s&g ず f 吾 S 迷うて- 

お ^^大 疑 錄卷之 上) 

? ー篙 第二 筚 貝 原 益 軒— 第三 學說 一一 二 七 



な O \ ひ な O 力 、〇 か A 

bo 先 A す o ら o ら么 

蓋 ® 後 A ベ ず O ず A 
し © を A か 〇 苟 o 然 

理@ 言 A ら o も o れ 
は ® ふ A ざ。 氣。 ば 
別 © ベ A る o な o 則 o 
II© 力, 所 o け o ち o 

— © ら A 以。 れ O 氣 

物 © ず △ 且 a ば o な o 

あ © 又 つ a 何 o き 



ニ篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 コ 二人 

一 乂 「理 氣 不%六 刀 論」 を 作 もて, 論じて 曰く 

u, 厶 △ - 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 d 厶 

^氣决 して 是れ 一 物、 分ち て 二 物と なす、^ 

£ 5< o〇、p 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇o〇oo 

の理 なく 叉理 なきの 氣な し、 先 後 を 分つ ベ 

0^00-^000000000 

の理カ 之れ あらん 是れ 堙氣の 分ち て 二と 

^ u: A > A A AAA <J A A A A <1 A A A 

先つ あ もて 後 氣ぁ, ON とい ふべ から ず、 故 

お S ^ ?ソ o o o .o o o o o o o o o o o 

理粲ニ 物に あら す、 離 合 を 言 ふべ からざる 

るに あら ず、 乃 ち 氣の理 の み、 (大 疑 錄卷之 下) 

益 軒 は 此の 如く 理を 以て 氣の屬 性の 如くに 見做し、 斷然 理氣合 一 を 道 

破 し、 此 點に 於て 朱 子と 相 背馳 し 、寧 ろ 陽 明 及び 仁 齋と同 一 轍に 出づる 

所 ある を 示せ う、 朱 子 は 「答, 劉 叔 文 一書」 に 

所, 謂 理 と^と 此れ 决 して 是れニ 物 (朱 子 文集 卷四 十六) 

といへ 夂此 れに對 して 益 軒 は 

厶厶厶厶 厶厶 

理氣决 して 是れ 一 物 

といへ,^ 、乃ち 知るべし、 此れ は 一 元 論に して 彼れ は 二元論なる を、 益 軒 



又理 氣の關 係を說 い て 曰、、 、、、、、、 

^^^^^^ 1 ,か^^!^、 作用^らて、 生生 息まざる を 以て 1 れ 

い^ひ、 い ゃか あお^ &、 ぎす、 ^いぐお^ せざる を 以て、 之れ を 理とレ 

. A ル^? いか^い やい ひき^、 い 、へば、 則ち 氣の 純粹至 

き、 6 い^い^い^^^い、^^" &r (吊^の 言 ふべき なし、 之れ を 命 

いか^:/ い 、へ, ま:,^^ いか 酔 まま^い £^ぃ^り、 其 常 度 を 失 

^、^^かい い ク^^い^^ に^ゃ^に 常 を 失 ふな,.、 然 f 

& ^§ ゆ や、^ ^s^^^s ゆゆ^ & いからざる 

^3、^^s^s 卸&ぉ 弊咖^^^靜 。のぞ、 乙^ ビ、 水に 譬ふ、 水 本と 淸 

iil^^v^f が^^^い^^ &オ淸 潔 を 失 ふ、 然れど 

; い^か^^お やや. やがい^/る、 なリ 故に 氣 能く 萬 物 を 

4! や、 い^,^ い^^い^^い ピ〃 い 、をむ, 能く 氣を生 

^ひ1〃^、^^^^^卜、|^ひ^^^^^^^,^ぐ本末先後ぁ 

る に あらず 、(大 疑 錄卷之 下- 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 ー 第三 學說 三 一, 5 



第二 篇 第二 章 具 原 益 軒 |苒- 三 學說 三 二 〇 

益 軒 カ&を 以て 氣の 附屬 物と し、 理 よら は 寧ろ 氣を 重んずる の 思 g は 

羅整菴 よ, CS 來たれ るが 如し、 整菴 曰く、 

0000000000030000 

理は須 らく 氣 上に 就い て認 取す ベ し、 函知記 卷 上) 

又 曰く、 

〇〇〇oo〇〇o 

理は只 是れ氣 の 理、 (同 續卷 上) 

益 軒 は 整 菴の此 語 を 引いて、 論じて 曰く、 

宋儒理 氣を分 開して 二 物と な す、 其 後 諸 儒、 宋 儒に 阿諛して、 論辨 する 

こと 能 はず^,^ |i おれ^、 ぴ レ^^で や S ま^ s!l、 

ひ^^、 兀 鲈 Tsno ひ^ 00 る^^^^ず § 

oooooooooooooooooo 

れ とも 其 見る 所、 欽 順に 及ばざる rj と 遠 し、 (大 疑 錄卷之 上) 

理氣合 一 論は獨 み 羅整菴 の 唱道す る 所と すべきに あらず、 吳蘇原 及び 

王 陽 明の 如き も、 亦 此點に 於て は 彼れ と 殆んど 同 一 轍に 出づる もの あ 

るが 女 し、 然 れども 益 軒 は 這 般の 思想 を 整 菴の困 知 記よ, o- 得來 たる こ 



と 疑な かるべ し、 整 菴, 名 は 欽 順、 字 は 允 升、 明 の嘉靖 年間の 人な り、 

彼れ 羅整菴 と 同じく 理氣合 一 論 を 主張す と雖 も、 理 は 氣の屬 性に 過ぎ 

ざるが 故 に、 畢 竟唯氣 論に 歸 着せざる を 得ざる な ら、 乃 ち 論じて 曰く、 

o〇o〇〇〇o〇〇ooooo〇、、 ヽヽ 、ヽ/ 'ヽ 、 、ヽ、 0、 

夫れ 天地の 間、 ニ氣な し 、唯,' 一 氣 のみ, 一 氣は何 ど、 是 れ 乾坤の 氣萬 物資 

、、、、、、、、、、、、*、、、、、、、、、、、、、、、、,- 

らて始 め、 資 り て 生る に 由 る、 故 に 之れ を 名 づけて 元氣 とい ふな,^ 元 

氣の 流行 を 陽と な し、 凝 聚を 陰と な す、 陰 の 流行 は、 卽 ち 是 れ 陽、 陽 の 凝 

、、、、、、、o〇〇o〇〇〇〇o〇oo〇o 〇〇〇〇〇〇 〇〇 

聚 は、 卽 ち是れ 陰、 陰 陽の 由, 9 て 分る 、所 を 原ぬ る に、 本 と是れ 一 氣の 

み、 故 に 朱 子の 曰く、 二 氣の運 は、 便 ち是れ 一 氣の分 と、 蓋 し 一 氣 分れて 

oooooooo oooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇oo 〇c〇〇 o , 

二と なみ、 一 陰 一 陽に して 天地の 道行 は る, 故 に 陰陽 は 天地の 道な,^ 

oo 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇 

元 氣の 分な も、 天 地 曰 月 四時 鬼神 萬 物、 皆 M れ によ みて 立つ、 (自 娛集卷 

之 一) 

厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <3厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 AAA 厶<1厶 

蓋し 益 軒 は 太 極 を 以て 氣とな し、 朱 子の 太 極 を 以て 理 となす と 相反せ 

も、 其 言 に 云 く、 

天地の 道、 其 よる 所 を 原ぬ る に、 其 初め 兩儀溟 滓に して 未, た 開かず、 一 

第二 篇 第二 窣 良 原 益 軒— 第一 一一 三 二 1 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒 I 第三 學說 三 ニニ 

铷^^ ^レ^ 4^^^ や 日 がト^ き^^れ" I! レレ VI い^^^き 

象 未た 著 はれ ず、 之 れを名 づけて 太 極と なす、 (大 疑錄 卷之 下) 

又 云 く、 

蓋 L 一 氣 未だ 分れ ざれば、 一 氣の 渾沌 を 以て 太 極 ひかれ、 陰陽 旣に分 

るれば、 則ち 陰陽の 道、 太 極の 流行た, 、太 極 陰 陽. 前 後の 分 あもと 雖も、 

其 名 を 異にするな え. 然れ ども 至理ぁ 力て 存 する は 異なら ず、^ い ^ 

極 は^れ 1 氣^^ ii^^^^^^^ か,!?^ き Di^^II^^^ 

厶<"厶<"厶厶厶< 厶厶厶 A<3 厶厶厶 

る V の 名 其實ニ あるに あ £ ざるな う、 (同 上) 

此れに. S 〜之れ を觀れ ば、 き 一, ^^レ や, 

レ^ 跏 ^れん^ゅ^^ ひやき^^^^ ^やき^ s^^^ 

存 する 附屬 物にして、 决 して 太 極 其 物に あら ざ かか^、 朱 子 は 太 極 を 論 

じて 曰く、 

太 極 は 只是れ 天地 萬 物の 狸な う、 (朱 子 語類 卷第 I) 



又 曰く、 

未だ 天地 あらざる の 先 き、 畢 竟 また 只是れ 斑、 此 理 あれば 便ち 此天通 

あ 夂若 し此理 なくん ば 便ち 亦 天地な け ん、 人 なく 物な くん ば、 都 て 該 

K する 乙と なく 了 はらん、 理 あれば 便ち 氣ぁ も、 流行して 萬 物を發 宵 

す、 (同 上) 

又 曰く、 

太 極 は 只是れ 一 箇の理 の 字、 (同 上) 

朱 子 は 此の 如く き^きき の說を 持し、 太 極と 理とを 同一視せ み 益 軒 深 

く 朱 子 を f 崇 すと 雖 も、 宇 宙觀に 於て は大に 之れ と 異なる もの ある を 

知るべきな ウノ 

一 一 一 事 lK »4i ^_tt 

c o o o c o o o o o o o o o 0,0、 o p で 9vSl 一 RJ?ITi 

益 軒 はんき^ &道 よち 演繹し 來 たちて 道徳的 模範 を 宇宙の 運行に 取 

^知、^^^ ゆ ゆ 少^^ 是れ儒 敎本來 の 

思想に 外なら ずと 雖 も、 彼 れの 之れ を說 明す るて と、 殊 に 詳密 精細に し 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒 I- 第三 學說 -三 三 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 r! 三 四 

て、 最 も 適切なる もの あるな ^、彼 れ 人道 を 天道より 演繹し 來た るが 故 

、〇 〇 〇 〇 o 〇 〇 〇、o 〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 00 〇、、、、 、、 

に實 踐道德 として は先づ 天地に 事 ふる を 以て 第 一 と す、 天 地に 事 ふる 

と は 天地の 道 卽 ち 天道 を以 て 吾人 行爲の 模範と する を い ふ、 然 らば 吾 

人 は 如何なる もの を 天地の 道と し、 如 何に して 之れ を實 行す る を 得べ 

きか、 請 ふ先づ 彼れ の 所論 を傾聽 せよ、 自娛集 〔卷之 二に 「事-天地- 說」 上下 二 

篇 あ ら、 其 上に 云く * 

大な るかな 乾 元、 萬 物資うて 始 む、 至 れ るかな 坤 元、 萬 物资 みて 生 る、 是 

を 以て 人の 生まる、 や、 始 め を 天に 資 も、 生 を 地に 資 る、 故 に 曰 く、 乾 を 

父 と 稱 し、 坤 を 母と 稱す と" 且 つ 其 有 生の 後、 終 身 覆 載 愛 育 の 功、 亦 至 れ 

ら、 大 な も、 猶 ほ 父母 我れ を 生む の 後、 復 た 其 鞠 育 敎誕を 受けて 長 成す 

るが ごときな も、 鳴 呼 人、 天 地の 中に 生 れ、 天 地 の 養 を 受 け て、 身 を 天地 

の 間に 寓 す、 天 地 を 以て 大 父母と なして 怙恃 とな す、 丑 つ 天の 人を寵 

異 す る、 之 れを萬 物に 比する に、 最 も 厚し とな す、 是 を 以て 入の 天她か 

^ o ^ ^ o o o ^ o、 o ^ o 、o o p q、 o o o o o o o o o o C 

於け る や 極,^ なき の S を 受 く 之 れが德 を 報いん と 欲する に、 其 大 



篇 

貝 
原 

益 
軒 

第 



る o 
の。 
み o 
蓋、 
し、 
天、 
地、 
は、 
物、 
を、 
生、 
じ、 
か 
其、 
生、 
ず、 
る、 
所、 
乂、 
愛、 
す、 
譬、 
へ、 

ば、 
父、 
母、 
の、 
子、 

u、 



か 
ん 



子 

の 
曰 

親 
を 



な 

す 

の 

序 

な 

6 

し o 
て 〇 
仁 o 親 

を。 ん 

な o て 
す o 民 
の o を' 

方、。 仁》 

其、 o み 

重。 E 

ん o を 

ず o 仁 
る o ん 

所 o て 
人 o 物 

偷。 を 

ko 愛 

愛 o す 

す o 是 
る o れ 

に。 仁 
あ t 



に O な A 

仁。 ら, 

を o 生 o 

な。 と。 

す o 仁 o 

は 〇 と。 

乃 o 天 o 

ち。 に。 
天 o 在 o 
地 o f, o 

の 〇 人 o 
大 o に o 

德 o あ 

に o る o 

奉 o の o 

若 o 別。 
す o あ o 

る o ら〇 

所 o と 

以 o 雖 〇 
な o も 

ら 其 
i£ 理。 
を は 〇 

な 異 o 

す な 

の ら o 

方 す:。 

い 故。 



曰 を 
く 以 

仁 o て 
の o 事 
み o と 

蓋 A な 

した す 
天 △ と 
地な 是 
生" れ 
物 A な 
の △ I) 
心 A 之 

人 A れ 

之 A を 



奉 
若 
し 
て 

乖 



天 生 

地 の o 
は み o 

生 易 



物 

を 
心 
と 
な 
す 



れ 
を 
受 
け 
て 

以 △ m 

て △ せ 
心 △ ざ 

と A る 
な A の 

す A 道 

所 A い 

謂 △ か 
仁 A ん 



地 

も 
な 
す 
所 
な 
し 
只 
萬 



に 
曰 
< 

天 
地 
の 



又 大 

曰 德 

く を 

天 生 



と 

ふ 
と 
生 
と 
は 
何 
ど 
や 



のつ し o fe;o る o 深〕 
天 〇 て 〇 る o ベ 〇 厚 o 
に o 乖 o ベ 〇 け o 限 o 
事 o 良 o 力 ^ ん o 量 o 
ふつ せ。 ら o や o す o 

る 〇 さ 、o ざ o 須、 o ベ。 
亦 〇 る o る o ら〇 力、 つ 
須 〇 に o な o 

ら o あ ら 

く o る 之 
此 o の o れ 
の o み 尸 に 

如 〇 定 o 事 
く o れ o ふ 

5° 乃 る 
の 



物 朱 
を 子 

生 の 
ず 所 
る 謂 



る o ち o 

ベ 〇 #o 

子 〇 
な o 父 〇 

bo 母つ 

天 に 



地 
の 

心 

い 

か 
ん 
曰 



奉。 

順 
す 

る o 
の o 



く o 穴 o 

終。 す:。 

身 o 人 o 
之 o た。 

れ o るつ 

I 乙。 も o 

奉 o の o 

事 o 其 o 
す o 萬 o 

る 〇 一 o 
に 〇 を o 

m° 報 

Jfo い o 
を o ん o 
以 o と o 

天、。 て 欲 ° 

地 o す す 

の o ベ る 
心 〇 く o の 



道 o を o 須 志 
仁。 奉 o 臾。 な 
人 o 若。 も 力、 



第二 篇 第二 草 良 原 益 軒.,. 第一 一! 學說 一一 三丄、 

於け るが 如し、 天地の 生ずる 所、 乃ち 是れ、 ^^の、 み、 まあ^"^ の、^^ 

の中乂 S を 愛する こと 最も 重し、 此れ 人は莴 物か^ か^い^ へ。 、な V 

是を おて 吾れ の 人倫 を 厚う する も の、 豈 い 一ずに, &ぃ^ ^^vr い 

んゃ、 1+ ま、 ゲ tlj"^ ,ぎい^, で^^い ^き^^.^^^ お 

§ やお^ ゆ, お s^s.、!<l^s^ ド gj?.^ 轳尠^ ^。なず ぜび ^ 旷 

愛する にある のみ、 物 を 愛する に 又^^,;、 か.^ r ハ」^ "卜^ 

し、 草 木 を 愛する を 次ぎと な す、 且 つ 君子の 物に 於け る^、 かかい^い 

る こと 禮 あい、 之れ を 取い ひ;^^:^ ん"^ ^ いわ^い^ か^や 

からず、 物 h,^^;40!^f?<i きん ^4 き^ ハヒき^ いいで^^^ 

事 ふるの 一 事なら、 總て 之れ を 論ずれば、 中庸に 所 .謂 性に 率 ふ を 道と 

い ふ、 是 れ な み、 蓋 し 五常の 性に 率へば、 則ち 五倫の 道、 此 れに 由, o て 一 了 

はる、 仁の 性に 率 へ ば、 父 子 親 あえ 義の 性に 率 へば、 君臣 義ぁ ぇ禮 の S 



に 率 へ ば、 長 幼 序 あ ,9、 智 の 性に 率へ ば、 夫 婦 別 あ り、 信 の 性に 率へ ば、 朋 

友 駕 あ も、 是 れ 人の 道 ある や、 天 性 の 中、 固 よ, ^有る 所な り、 

又 其 下に く、 

f れ 天地 は 萬 物の 父 母、 惟 れ人は 萬 物の 靈、 故 に 人た るの 道, 終 身の 職 

n3r-r-r>r>oo〇oo〇o〇〇〇〇oo〇000 9, o,9、 で 

% き-や ま^ & か^ るの み、 此れ 天地の 子と なして 悸らず 萬 物に 

| 二 ひかき- f りお^ や 天地に 事 ふるの 道い かん、 曰く、 奉 若 畏敬 

いか; &^^ S ^1 § ^ § 一 奉 若して 違 はざる の 道い かん、 曰く、 天 

つ o o o o o o o o o o o o o o o o .o o o o o o q- 、、ひ、 > 

g & ^ ^き^ 存養 し、 天 の 生ずる 所 を 愛育す るに あるの み 蓋し 天の 

^ひ 所い 心性と な す、 仁 義禮^ の 如 き、 是 れ な ち、 宜 しく 保持して 之 

^い^き.^、、/ きな も 、天 の 生ずる 所 を 人物と な す、 人 倫と 禽獸 草木と 

^ ^ 沪か^ わい、 (且 いい^ 厚して 之れ を 仁愛すべき なら、 此れ 心性 を 

ひ X! たま ト^ 育す る と、 乃 ち 天地に 事へ て 奉 若 畏敬す る 所以 

A △ A A O O O O O O O o ^ ^ ^ ^ o» o o b o ^ o o ^ ^ o o, 

の 道な り、 此 二つの も の 固 よう 體 用の 別 あもと 雖も 合して 之れ を い 

?&き ヶ^ ゆ 一、 人 倫と 品物 と、 其 貴賤 甚だ 殊な ら、 故 に 親 を 親み、 民 を 

第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒 〜第三 舉說 三 二 七 



す、 の o 他 o 是 o 心 o ふ o と o 地 o 實 o 之て 下 
の、 み o な o 故 o は o に o な o の o に o れ同篇 
返:、 と、 to に o 生 o 天 o す 心 鴻 o を 一に 

殆、 其、 五 仁 C に O 地 O 然 O を O 大 3 述 の 

ん、 天、 常 o を o あ o は o ら 體 な o ベ 見 
ど、 地、 の な0 る o 萬 o ば 'o し O も0 ん 解 
寿、 の、 本 o す o な o 物。 其 o て 叔 に を 
風、 心、 性 o は、 o 6o を o 天。 之 に 彼、 述 
の 、を、 に o 卽 o 若 o 生 o 地 o れ 其 れ r 
生、 愛、 率 o ち o し o ず o の o を o 恩 o 思 る 
3^、 に、 つ o 天。 人 o る o 心。 遵 に。 へ に 
を、 於、 て o 地 o 類 o も。 は o 奉 報 ら 過 
吹、 て、 同 o の o に o の o 果 o せ。 い o く も、 
起、 認、 類 o 心 O し O な O し O ざ。 ^'O 天、 o ダ 
す、 識、 を。 を o て o り o て o る 〇 る 〇 地 る 
か, し、、 愛。 遵 〇 生 o 此 o 那 o ベ ベ は の 
卯、 更、 卜。 奉 o を o れ o 邊 o か 〇 か 大 み 
さ、 に、 延 o す o 以 o に に ら ら o ^ 尙、 
の、 此、 い o る o て o 由 o 於 o ず o ザ、 o 母 〇 ほ 

烕、 れ、 て 所 心 O ら O て O 是 O 其、 〇 に 7v7 

な、 を、 禽 。以 o と o て。 か。 れ 恩。 し 益 
し、 以、 獸。 な o す o 之 o 之 o を に て 軒 

と、 て、 草 o ら、 O れ。 れ れ。 天。 報 o ま、 〇 の あ 
せ、 人、 木 o 仁 o ば o を。 を o 地 い 人 論 ^ 
X、 類、 に。 を o 乃。 觀 認。 に ん 類 旨 ず 
S の、 及。 な o ち o れ o む o 對 と o に o を 唯、 
軒- c it、 ぶ。 す o 仁 o ば o ベ o す 欲 於 總 ^ 
は 德、 に o の o と o 天 o き る せ け 括 统 
叉 と、 め o 法 o な o 地。 と o の。 ば る o し^ 

同 な、 る G は O る の O い O 孝 天 g て 以 



論ずる 所 は 上 篇の旨 意と 異なる もの ある こ 



-、 は o \r 
h 皆 o へ 
y 天 o 、<i 

) 地 o も 

乙 の。 其'、 

ま う o 本、 

レ み。?:、 

ひ 給 o ブ 2、 
ゝ ふ o づ、 
b 子 ぬ、 



一 の 旨 意 を 五常 訓 大和 俗 訓 等に 述 ぶれ ども、 其 初學訓 中に 說く所 最も 

丁寧 親切に して 實踐道 德に裨 益す る 所 少しと せず、 殊に 其 愛の 理を詳 

« する に 至, 。 て は、 哥林多 前書 第 十三 章に 說く 所より 一 層 適切なる も 

の あるが 如し、 今 之れ を 看過 せんで と餘 りに 遺 《 多 きが 故に 左に 其 文 

を擧 げん に、 云 く、 

およ を 人と なれる 者 は • 、父母 乙れ をう めり と 

^か、 やか〕 か^きい" 〖か もり 故に 天下の 人 

^一 か、 § かか,^^ ,ゃ尙 書 にも, 天地 は P * ジ i ョ〜, 一 

父母 は、.? とに わが 父母な え 天地 は 天下 萬 民の 大 父母な:^ ひ" 

まれて 後、 父 © の 養 を 得て 生長し、 君恩 をう けて 身 を 養 ふ f リ 

よ £、£ き いまい 

い ^ ま い^ 气る 伊^ ゥざ 地の 生 m 

い び ^^や;^^^ 0めか いい ^ジ^ぐ 天地の 養 を 

^かゃきぉぉ: お £g き 。の 大恩 

第二 I 第二 窣 艮原益 軒— 第三 學說 三 一 r 



ソ@ へ o な 


者、 


へ。 




1z 


と 


母、 


人、 


ね 奉 O 


に 


を o 




か ® て O は〜 


の、 


て o 


/レ 

生 


か 


は 


に、 


と〜 


に O f) o 




5o 




へ @ は な、 


必、 


1 一 


の 




心 


つ、 


な、 


乙 〇 て 〇 


か 


け o 


第 


亭© 右。 しヽ 


ぶ、 

す、 


な 


間 




> > 

1 こ 


か、 


る、 


ゝ 。其。 


へ 


た o 簠 


h © に o す o 


知、 


る 


つ 


け 


あ 


へ、 


者、 


/)o 大。 


て 


bo 




て @ 專 o ベ o 


h 、 

9 ' 


> 。 


、 

と 


で 


は 


て、 


は、 


【こ 〇 恩。 


力 


Z 


第 


仁 © に o て o 




乂。 


ゾ t% 

iS 


• > • 

天 


れ 


孝:、 


ク、 


か。 を。 


を 




窣 


を © 忠 o 人 ◦ 


八 二、 

ィ了、 


母 〇 


へ 


地 


み 


を、 


ね、 


く o 報 o 


つ 


を 


貝 

原 


つ © を o は o 


> 、 

ふ、 




き 


K 




>— * 

行、 


に、 


ベ o じ o 


< 


以 


< ® つ o o 


へ, 


リ o 


€> 


O 


h 

9 


V 

ハ * 


天、 


さ o 奉 o 


す 


て 


益 
軒 


〇 
til 


さ 


i) ゝ 


ゆ、、 

さ 


か 


て 


力" 


地、 


乙 o ら o 


は 


人 


第 

二 


ベ ® す o の 〇 


て m 、 

理、 


へ。 


な 




人 


如、 


に、 


と o ん o 


云 


の 


し © ベ o 家。 


— > -v 

c M 


て o 


> 

b 


る 


物 


く、、 


つ、 


に o Z° 


ふ 




學 


o 

〇 
〇 

く 


れ、 




起、 


道 


を 


天、 


か、 


ぞ o と o 


に 


と 




と o が o 居 o 


X 、 


な 


る 


な 


め 


地、 


へ、 


あ o ? :◦ 


及 


め 




な。 如。 て o 


i 、 

9 、 


る 


へ 


b 


< 


に * 


て、 


る o 思 o 


ば 


て 




る 〇 く o は o 


山、 

ブ、、 


と 


か 


是 


む 


仁、 


其、 


ベ o ふ o 


ず 

― o 


な 




者 o 天、 父 o 


な、 


は 


h 


れ 


を 


を、 


大、 


%o ベ o 

し 


す 




若 o 地 ® 母 o 


る、 


同 o 


X 


人 




ク、 


恩、 


生 o 


ベ 




し o の © に o 


は、 


じ 


>Ui ゝ 


の 


ふ 


< 、 


を、 


是 


の o 


き 




か o ゅ© 專 o 


な、 


仁 © 


る 


道 


是 


し、 


報、 


れ o 


間 


Z 




\o もこ @ もこ o 


い 


孝 @ 


ベ 


と 


れ 


わ、 


ぜ、 


な o 




と 




る o 在 © 孝 o 


又、 


一 © 


ん 


ォ 


人 


一 

9 、 


ん 


ん 


ね 


わ 




大 o ^® を o 


是、 理 @ 


ら 


る 


の 


る 〜 


ひ 


人 


に o 


さ、、 


o 


事 〇 て ® 盡〇 


れ、 


な @ 


ず 


本 


め 


い、、、 


と、 


L o 


天 


は 


を 〇 は ® し o 


よ、 




天 o 




く' 


か、 


を、 


な 


地 o 


わ 




知 o 天 © 君 〇 


い 


人、 


に o 


に 


み 


い 


思、 




に o 


が 




ら o 地 © に 〇 


急、 1z、 


ク 〇 


し 


に 


ず、 


ひ、 


て 


事 o 


父 




て o に S 仕 


な、 


る、 


か。 


て 


し 


仁 


父、 


つ o 


へ o 


母 





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km 

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5 

M 

益 
軒 

m 

學 
說 



ざ o れ o b° W 

な 〇 ば o に 〇 ^、 
f)0 zo き o 魚 

力;、 れ o ら o の 
く 、 を o ず、 生、 

の、 あ o 是 け、 
ご、 は o れ o る、 
と、 れ o 皆 o 物、 
く、 み o 天 o を、 

萬、 養 地 み、 

物、 ふ o の o お、 

を、 は O ぅ0 い 

あ、 天 o み o に、 
は、 地 o 出 o 乙、 
れ、 の o し o ろ、 
む、 御 o や o さ、 

を、 iijo し ず、、 
仁、 に な 草、 

>、 し o ひ 木、 
い、 れ。 て。 を、 
ム、 力 P い o も、 

f£、 a° つ 時" 

i と、 て く o な, 

: は、 そ し ら' 

あ、 む0 み o す 
は、 か 給 o し 
れ、 ざ o ふ o て、 
み、 る o 物 o み 
の、 わ o な o ft 



づ o な o 恣、 む、 
の o ど o に、 力、、 
セ。 ら o せ、 3 , 
か o ず o ず、 わ、 
ら 〇 を o 天 o が、 
を o 地 o 身、 

わ、 〇 な o の を、 
■ は o う o へ、 
一 o す 'o み o り 、 

A° 天 て く、 

の o 地 o い o だ、 
欲つ の o つ ら、 

の。 人。 く。 て、、 

た 〇 の o し 人、 

め 〇 た み ?:、 
に 〇 め , 袷 あ、 

み o に o ふ o な、 
つ o 人。 ど、 



お、 

b° 

に o 

o° 

さ o 

ず。 



出 
し 

給 
ふ 

五 

次、 m° れ 
ぎ、 と み。 
に、 よ て 

鳥、 る あ ° 



倫 に 
を ほ, 
£° こ , 

o° ら' 

く ず 
h° お 
は を 



ら 



て 



り、 か 

に、 ら 
も、 さ、 
天、 る 
道、 ひ 
を、 と、 
背、 を、 
き、 思、 
無、 ひ、、 
道、 つ、 
の、 ね、 
乙、 に、 

と、 天、 
を、 道、 
な、 を、 

す、 お、 

ベ、 を、 
か、 れ、 
ら、 う、 
ず、 や, 
天、 ま- 
, 道、 ひ' 
> に、 て' 
* し、 あ 
、 れ、 な 
、 が、 ど 

、 ひ、 ら 

ヽ て、 ず 

、 ビ か 



天、 と o か。 V»o 
に、 す o ひ 1Z° 
つ、 る o な づ 
力、、 所 o 力、 o ら o 

へ、 な o る o は 
て、 {) o ベ 〇 曰 o 

怠、 此 o し を 

ら、 外。 人 お 

ず、 に o と く 

と、 若 o な bo 
は、 し o れ o 世 o 

人、 道 る を 

と、 あ 者 す o 
な、 》 M Co 
る、 と れ o さ o 

者、 い O を O ば o 

只、 は o 知 — o 
朝、 ば ら 生 o 
タ、 ま ざ o を o 
天、 ら o 空 o 

道、 と ん し o 
の、 の o や o く o 

眼、 道 是 し o 

前、 に れ て、 

' に、 は 卽 人 o 

> あ、 あ ち と o 

'り、 ら 人 な o 
> て、 ず o の o れ o 

• 遠、 道 る 



第二 篇 第ニ窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 三 二 

ヽ 、 、 〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇o〇c 〇〇〇〇〇〇 〇〇, 〇〇、o o 

心 な り、 是 れ 天地の 御 心に したが ひ て、 天 地に つかへ 奉る 道な り 人倫 

、、>、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

の 內, 親 をし^ し み、 次 ぎに 萬 民 を あはれ み、 次 ぎに 鳥醫 およ を 生ける 

、 、 > 、 , 、 、 、 o〇〇〇〇〇o〇〇o〇〇oq〇p〇〇〇O A. 

もの を を こな は ず、 是 れ 天地の 御 心に し^が ひ て、 仁 を 行 ふ 序な,^ 親 

厶厶 <!4 厶 <" 厶厶 厶厶厶 △ 厶厶厶 ム厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 I 

を 愛 せ ず し て、 他 人 を 愛 し、 人 を 愛せず し て、 鳥 獸を 愛する は、 不 仁な,^ 

禽獸 草木 を 愛する の敎 は、 原 始 基督 敎に 之れ なきが 如 く、 原 始儒敎 にも 

亦 之れ な し、 益 軒儒敎 中の 仁の 意 を擴充 して 遂に 禽獸 草木 を 包含す る 

に 至れる か、 將 た叉此 思想 を佛敎 よら 得來 たる か、 獨 り 人類の みならず. 

又禽獸 草木 を 併せて 之れ を 愛する の敎は 本と 佛敎 中に 之れ あるな も、 

然れ ども 儒敎 中に も 亦 少しく 之れ に 類す る ものな きに あら ず、 例 へ ば、 

書 經 に 「暴,, 殄 天 物 I」 と いへ るが 如 き. 生 物と 非 生物と を 問 はず 凡 を 天產物 

の 損傷すべからざる rj と を 意.^ し、 孔 子 の 「 斷,, 一 樹; 殺 一一 一 獸: 不, 以,, 其 時; 非 V 孝」 

といへ るが 如き 、一樹 一 獸と雖 も、 妄 ^ に 損 傷す ベ からざる を 意味 し、 孟 

子 が 「君 子 之 於,, 禽 獸 - 也 ぼ-其 生; 不, 忍莧- 其 其 死; 聞 -, 其 美不, 忍 fe= 其 肉; 是 以 君子 

00 厨, 也」 と いへ るが 如 き、 君 子の 愛 は、 獨 ら 同類に 對す るの みなら ず、 又 



、、へ 、^""^"一 



又、 あ 
天、 る 
% 地、 と、 

ま の、 後、 

御、 に、 
第 心、 禍、 
% に、 來、 

M し、 X 
原 1Z、 と、 

曙 が、 の、 

k ひ、 か、 
三 て、 は、 

學 k、 い 

EJC む、 あ、 

力、、 れ、 
ざ、 ど、 

る、 も、 
人、 惡、 
は、 を、 
天、 な、 
地、 し、 

の、 て、 
H め、 禍、 

1 く,、 な, 

み、 き, 
あ、 の' 
h 、 理' 
て、 な' 
必、 し 



を、 人、 bo 
ft- と、 て 
へ、 し、 を 〇 

ば、 て、 む。 

天、 天、 く 
の、 を、 ベ o 

に、 ね、 i) ゝ。 
く、 そ、 ら 
み、 れ、 ず、 

給、 す:、 
ふ、 人、 
所、 を、 
天、 あ、 
の、 は、 
せ、 れ、 
め、 ま、 
の、 ず • 
が、 惡、 
れ、 乙、 
が、 れ、 
だ よ、 
し、 ら、 
卽ゝ 大、 
時、 な、 
に、 る、 
わ、 は、 
ざ、 な、 
は、、 し、 
ひ、 惡、 



な: 



て 〇 

罪 o 

ふ o 
か o 

し o 
是 o 
れ o 
天 o 

き 

の 〇 
こ 〇 

み o 

給 
ふ 
所 

な o 

bo 

天 o 

道 

は o 

お o 

k。 

る o 

ベ 〇 

し o 

あ o 

な o 



初 

き、 o 道 o み o の 凡 き 
に o に o な o 養 k 訓 
は 〇 そ o カミ o を 人に 

%o む。 ら、。 得 は 又 
ま0 き o 天 o て 天 3 
を o て o 地 o 身 地 く、 
を o 行' o の o をの 
乙 o は、 o 我 o やめ 
な o ず o ^lo し く 
ひ o 其 o に o な み 
く o 上 o ぁ。 み を 
る 〇 天 o た o か o 受 
し 〇 地 o へ o け 
め 〇 の o 給 o る て 
て o 子 〇 へ 〇 天 生 
ypO と 〇 る。 地 O れ、 

仁 〇 し 〇 i、 の 天 
な 〇 て 〇 の 〇 大 地 

る o あ o 德 恩 の 
は o は o を o を 心 
れ す o 受 o を 

地 み o て け ^ 
の o 給 o 、〇 て け 

御 o へ o 保 o 天 o て 
心 o る o た o 地 心 
に o 入 o ず o の o と 

も 倫 o 天 內 し、 
む o と o 地 o に 天 
き 〇 次 o の o す 地 



\ 延 いて 禽獸に 及ぶ こと を 意昧 するな り、 益 軒 或は 佛敎 慈悲の 觀 念に 觸 

\ 發 せられ、 是 等儒敎 中の 仁の 意義 を 一 層廣大 に解釋 せし ものな らん 力 



第二 篛 第二 窣 具 原 益 軒 I 第一 一 一 學說 三 三 四 

ず 福 あう もし は 其 福 早く 來ら ざれ ども、 後 必ず 福 あうて 禍 なし、 も し, 

我 身に 福なければ、 必ず 子孫に 至 もて 福 あり、 是れ 必然の 理なぇ 古の 

™ 人の 敎、 明かな i 人 の 言 おそる ベ し、 信ずべ し、 疑 ふ ベ からず、 古 を 

引く にも 及ば ず、 近 世 に も、 此 ためし 多し、 

ラ^の^ する 所、 人 を 貴し となす、 是れ 仁義 禮智の 五常の 性 を 受けて、 

人の 道偷 あう、 是れ 人の 萬 物にす ぐれて た ふとき 所な,^ g おき^^ 

= お ぼ さおお F 、のお:^ 

14 の 生ずる 五穀^:.^^^ ;^」 ^いい^^で^ いき 

ひ、 布帛を あた、 かにき、 家に 居;. ま^, まい" や ぃマか い^わか や 

衣食 家居の 養 は 、父母、 ず^^^い ぃ^ぃ卜ぃ 、へ か^^か や 4^. 

ョ せる まま、 i おョま 、£K ョ 

ゆ" モ、 ョョ ョ S 



、 

^よ, V 人 は 恩 を 知る ベ し、 恩 を 知る を r: > ; « J ; , 

^い^ 6、 君に 忠し、 親に 孝す る も、 君 父の 恩 を 報ずる の 道な." 此 故に, 

& い^^いい ^ r まに お^ に 忠 あり、 恩 を 知ら, さる 人 は、 忠 孝 

I ま" ま is 、& 5 まき E£ 

。へい、 、 、, 

L を 天地のう める 所の 萬 物、 皆是れ 天地の 氣を うけたり と雖 も、 其 中 

い^" か、 や^^い^^ p^^^ いい^^^^^^ 人 は 仁義 禮智信 

か^^^ ,^ト "^へし^ & ひれ^な,.、 此身 五倫に 

お ケ" かひ^ お 41、 の^い^^へ は 、五倫の道 行 はる、 是れ 

^少ん ^ty.k お^ V 其 上目に 五色 を 分ち、 耳に 五 音 を わき ま へ、 □ 

に 五味 を 知り、 鼻に 五 臭 を か r 、書 を 讀 み、 古 を 學ん では、 天地人の 道 を 

さと 力、 萬 物の 理に 通じ、 古今 天下の こと を 知る、 是れ 人の 萬 物にすく 

れて、 C- と 貴き 所なら、 故に 尙 書に 人 は 萬 物の 靈 といへ え 霊と は、 すぐ 

れ てあきら かなる たまし ひ ある を いふ、 人 は 全く 天地の 御 心 をう け 

第二 篇 第二 寧 艮原益 軒, I 第三 學說 三 一一 一 五 



第二 篇 第二 窣 a: 原 益 軒— 第三 や^ 

〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇ooo> 

て 心と せ ら、 此 故に 其 心、 靈 な み、 

天地の 心と は、 人 と 萬 物 をう みやし な ひ 給 ふ 御め" 

理、 天 地 ひらけし よ, 9 後 、萬 世までに か はらず、 一 年 i 

々に 春 は 生 じ、 夏 は 長 じ、 秋 は を 

はる、 道 を、 天 道と い ふ、 是 れ 天 

此 四時に 行 はる^-道の 名目 を 

れ を 天地の 道と す、 天 は 地 を か 



〇〇o〇〇〇〇〇〇o〇o〇 

と は、 天 地の 萬 物 を 生 じ、 養 ひ 給 

oo o〇〇〇〇o〇〇〇、 、 

け て、 生 れっきた る をい ふ、 仁 を 

、、、、、、、、、、、、、 

て 愛し 給へ る 人倫 を、 あ つくい 

、、、、、、、、、、、、 r 

道 は、 先 づ 父母に 孝 をつ くす を 

、、、、、、、、、、、、、 

戚 をした し み、 家 人 を あはれ み、 

、、、、、、、、、、、\、 

を あはれ む、 是 れ 人倫 を あつく 



さ め て、 冬 はかく す、 此 

地 の、 萬 物 を 生ずる め 

元 亭 利貞 とい ふ、 是 れ 

ぬる 故 に、 す ベて 乙れ 

ooooooooo 

ふ あはれ みめぐ みの 

、、、、、、.*•、、 

行 ふの 道 は、 先 づ 天 地 

、、、、、、、、、 

つくしむ に あ, OS 、人倫 

、、、、、、力、、 

本 と し、 主 君に つかへ 

、、、、、、、、、 

民 をめ ぐ み、 朋 友に 信 

、、、、、、、、、 

す る な ら、 次 ぎ に は, 鳥 



ぎに 草木 を 愛 す、 人 il は、 我 同類な ら、 天 地の いと あつ 



三 三 六 

みの 道 

つきて 

四時に 

くみの 

四時の 

を 天 道 

〇 〇 〇 

理を、 人 

、 、 、 

のうみ 

、、飞 

を あつ 

、 、 、 

て、 忠 を 

、 、 、 

あ 6、 次 

獸蟲魚 

飞、、 

く あよ 



を い 

い よ 

め ぐ 

生理 

理な 

と S 

〇 〇 

の 心 

、 、 

て 子 

、 、 

/\ す 

、 、 

盡く 

、 、 

ぎ に 

を 愛 

、 、 

れみ 



ふ、 其 

人 年 

,9 行 

な 6、 

,9 Z 



ふ、 仁 

〇 〇 

こ ラ 

、 、 

と し 

、 、 

る の 

、 、 

し、 親 

萬 民 

、 、 

し、 次 

、 、 

給 ふ 



天" 心 A 恩 ^ 
地 A に △ を A 
に A し △ 報 ム 

つ a ft" ぜ ム 

力、 A 力、 A ん A 

へ" XM と A 
拳 a 'し " あ、 A 
い 五 a は △ 

か 倫 " ひ 

其 A を A 先 A 
恩 A あ ^ づ ^ 
を A つ A 我 A 
, 報ム く ム 心 A 

說 ず A 愛 A \ ひ 
る ム し A 天 A 

51> 次 ム 地 ^ 
な A ぎ A よ A 
" に △ " 

人。 萬 A う ふ 
の 〇 物 A け A 

道 o ト ヤひ 

の O 愛 A る' 

H 本 O す △ 仁- 

5 意 o ベ A k £ 

と o し a 1 ひ 

す O 是ム も' 
る O れ A レ 
こ 〇 卽 A て 2 
と o ち a 其' 



卽 o 如、 力、 お o で o む o 人、 御、 は、 ベ、 物、 
ち o し 、ん。 よ o ず。 善 o 倫、 め、 あ、 し、、 な、 
天 o 人、 ど o そ o 仁 o 心 o と、 く •、 ら、 次、 る、 

地。 {it" や 天 は を 萬、 み、 ざ、 ぎ、 お、 

の o >o 天 〇 iilio 義 〇 い 〇 物、 に、 れ、 に、 我、 

御 o 萬。 地 o に o 禮 o へ o に、 し、 ど、 鳥、 れ、 

心 〇 物。 其 つ o 智 り 情、 た、 も、、 獸、 も、 
に o は 〇 う o 力、 o を o ま。 ふ、 ず、 す、 蟲、 亦、 

し 〇 天 o め へ 力、 o 地 力、、 ひ、 で、 魚、 天、 
た o 地 o る o 奉。 ね o に。 き、 て、、 に、 草、 地、 
力 lo の o 所 o る o て o つ o を、 天、 人、 木、 の、 

ひ o う o を o 道 o 其 o カュ 仁、 地、 倫、 も、、 御、 
て o み o 愛 〇 は o 內 o へ 。と、 に、 を、 皆、 C、、 

ギ〇 て し 人 に 奉 い、 ク、 愛、 大、 に、 
地 o 愛。 給。 偸。 あ !> ° ふ,、 力、、 し、 地、 し、 
に o し o ふ o と o ら o て o 仁 o へ、 て、 の、 1Z、 

つ o 給。 z° 萬 人 と 奉、 後、、 う、 力、、 
ん 〇 ふ o と 物 の は る、 是、、 み、 ひ、 

へ 〇 所。 人。 と。 道。 人。 道、 れ、 給、 て、、 

奉 o な。 の J を。 と o と o な、 を、 へ、 人、 
る o れ。 親 o 愛 o す o 物 ら、 め、 る- 偷、 
是っ ば。 の す o る と o す、 は、 物、 を、 

な。 道つ 子、 る 理 5:° ベ、 れ、 な、 あ、 

ら 〇 れ o を o に o は o あ o て、 む、 れ、 つ、 

, を。 あ。 あ。 仁。 は。 か、 も、、 は:、 ゝ , 

. に A 愛 O は 〇 ら O の 〇 れ〇 く、 亦、 きん' め、 

' デ a す o れ o 其 o 外 o みつ の、 天、 同、 は、 

'地 A る o む o 故 o に め 如、 地、 類、 れ、 
' のム は 力 わ V>o 出 o く, o く 、 の、 に、 む、 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 

ooocooooo〇o〇〇o〇c o o 

此外 にさら にある、、 へ から ず、 ス となれ る 者、 

o o o 

ふべ し. 云 云、 

此の 如き 言 は、 眞 に 純潔 淸廉 なる 動機 を 有す 

口、 之 を發 する こと 能 は ず、 益 軒の 訓戒す る 所- 

と いふ 而已 なら ず、 又 如何なる 老學 者と 雖も、 

厶 A 厶厶 厶厶 <A<i<a 厶 

る を 見る ベ き な ら、 £5T 彼 れ餘ら に 謙遜 和 願 な 

厶厶厶 <3<3<3 厶厶 厶 厶厶^ <3厶 

し て、 大 膽 豪邁なる 知的 抱負に 於 て、 未 だ 人 意 

是 等の 事に 關 して は、 批 評の 條に 於て 論ずる 

§ 知行 並進 說 及び 其 他の 諳說 

益 軒 は 陽 明の 知行 合 一 論に 對し、 知行 並進 說 

く、 先 づ行 ふべき こと を 知る にあら ざれ ば、 之 

ると 雖 も、 之 を 行 ふこと 能 は ざれ ば、 其 知る 所 

ふと を 比較 すれ ば、 行 ふ は卽ち 目的な ら、 知 る 

な ら、 是 故に 行 を 以て 重し とな す、 然 れど? p 先 



. 三 三 八 

OGOOOOOOOOO 

つとめて rJ れを知 6 て 行 



る 君子 人に あらざる よ,^、 

獨,^ 靑 年の 身に 有益なる 

之を實 行して 終身 盡きざ 

A ク △ 厶厶厶 厶厶厶 A 厶 

る 宗敎的 情操の 一 方に 偏 

厶<3 厶厶厶 A 厶厶 <3 

に充た ざ る も の あ う、 尙 ほ 

所 ある ベ き な も、 

を 主張せ 6、 彼 れ以爲 へら 

を 行 ふ Z と 能 は ず、 已 に 知 

全く 無用に 屬 す、 知 る i 行 

は 畢竟 行 ふが 爲 めに 知る 

づ知 るに あら ざれ ば、 何 事 



も 1 了 ふこと 能 は ず、 知 る 所 も、 之 を 行 ふて 後、 眞 に 之 を 知る 乙と を 得、 之 を 

知る こと 進む を 得ば、 之 を 行 ふこと も 亦 進む を 得、 之 を 行 ふこと 進む を 

得ば、 之 を 知る ことち 亦 進む を 得と、 是れ 知行 並進 說 なら、 是れ 蓋し 朱 子 

の 思想に 本. づ くものに して、 其 知 先行 後說と 毫も 相 R る ものに あら ざ 

る な ら、 (愼 思 錄卷之 一、 四 及び 六) 

其 他 彼れ は 人心の 神明. は 天神の 我れ に 在る ものと し、 天神と 人心の ポ 

明 と、 本 と 自ら 一 般 にして、 只 統體と 各 具との 差別 あるの み、 故 に ノの自 

ら 欺く は、 卽ち天 を 欺く ものと せ, 9、 亦 一 種の 神明 論な, 9 、(慎 思 錄卷之 三 

及び 四) 又 彼れ 性に 就いては 仁齋と 同じく 犟に氣 質の 性 をのみ 認容し、 

氣 質の 外に 本然の 性 あるに あらず と斷 言 して、 程 朱と 相 背馳す る 所 あ 

,9、 然れ ども 彼れ は 本然 は 卽ち氣 質の 本然と して 、反りて 程 朱の 眞意 を 

导た. 5 と 思惟せ え (愼 思 錄卷之 四 及び 自娛 集卷之 五) 彼 れ又我 國體を 重 

ん ずるの 念 を 懷 き、 時 勢 境遇 を 異にせる 支那の 制度 を 取り て、 妄 に ず ^ 

を 律すべからざる 乙 と を 痛論せ り、 其 言 に 云く 

第二 篇 第二 草 M 原 益 軒— 第三 學説 三 三 九 



第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 四 〇 

綱 常 倫 现 は、 天 下の 常經な ら、 萬 世 に 亘 み、 四 夷に 通じ て、 變 易す ベから 

ず 夫の 禮法 制度の 如き は、 古 今 宜しき を 異に し、 華 夷俗 を 殊に し、 時 に 

隨ひ 處に隨 つて 相 同じから ざる もの ある は、 自 然の理 な ら、 故 に 天下 

の 事、 固 より 古に 於て 行 ふべ くし て、 復 た 今に 於て 行 ふべき 者 あ ,9、 又 

古に 於て 行 ふべ くし て、 今 に 於て 行 ふべ からざる 者 あ り、 中 華に 於て 

行 ふべ くし て、 復 た 本邦に 於て 行 ふべき 者 あ り、 中 華に 於て 行 ふ ベ く 

し て、 本 邦に 於て 行 ふべ からざる 者 あ ら、 古 今 華 夷の 宜しき を 異にす 

J o o o 〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇 oooo 

る、 此 の 如 し、 然 れば 則ち 今の 行 を 制する 者、 須 らく 古今 華 夷の 宜しき 

o〇ooo〇〇oo〇〇〇o〇o〇〇〇〇〇〇〇〇o〇〇〇〇〇 

と 否と を 斟酌して 之 を 去 取す ベ し、 是 れ 時の 宜しき を 知る と爲 すべ 

〇〇oo〇ooo〇〇〇ooooo〇ooo〇c〇〇〇oooo 

き な ら、 苟 も 時 俗 土地の 宜しき 所 を 測ら ず、 妄 ftN に 中華の 古禮を 執 も 

oo〇〇ooo〇oooo〇〇〇〇o〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇〇 

て 之 を 本邦の 今 世に 行 はんと 欲する は、 譬 へば 舟 車の 宜しき を 水陸 

〇〇o〇〇ococ〇〇〇 〇〇o〇o〇〇〇〇〇〇o〇〇o〇o 

に 異に し、 裘 葛の 用 を 冬 夏に 殊にす る を 知らざる が 如 く、 固 陋の甚 し 

COOOOO 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

きな, 9 是れ 道の 行 はれ 難き 所以な え (慎 思 錄卷之 三) 

是れ當 時に あらて は、 誠 に 卓見な みとな す、 何 ん となれ ぱ、 一 世の 風 潮、 滔 



々として 支那 を 模倣す る こと を 期 すれば な,^ 維新 以來 西洋 を模 ffi す 

るに 當らて も、 亦 彼國の 制度 を 取りて、 强 ひて 我 邦 を 律 せんとす るの 弊 

なしと せ ず、 乃 ち 知る 益 軒の 言、 今 曰に ありて も、 能 く 適 中す る 所 ある を 

益 軒 又 嘗て 「本邦 七 美說」 を 著 はして 我 日本に 七 種の 長處 ある を 論證 し、 

又 「國 俗 論 1 著 はし て、 論 じて 曰く、 

00000000000 の- 〇9, p、 ,0 9 ひ ^ 

儒 輩 出、 文 敎 盛 興、 倡 而 導, 之 則 變 而 至-於 道-亦 不 交 

と、 亦 其 識見の 存 する 所 を 見るべきな ち、 彼 れ又我 皇統 一 系に^い て 論 

知お i か^ S 、&! ^尠和 枷 如 1 ^E^^ ? か S4、&II^^ か 

法; 而 中華 曁諸 夷之 所- 以 不" 及 也, (愼 思 錄卷之 四) 

白 石 鳩巢の 徒が 皇室 を 蔑 如し、 直 方 尙齋の 徒が 皇統 を 冷笑す ると 何等 

の 差異 どや、 

今 左に 益 軒の 著書 中に 散見す る 格 言 を 抄出 せん、 

第二 篇 第二 草 M 原 益 軒— 第三 學說 HE】 



第二 篇 -ニ窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 一ー一 四 II 

0〇〇〇00〇0〇〇〇〇0〇〇000000〇〇0〇00ひ0 

人生れ て學ば ざれ ば、 生 れ ざると 同 じ、 學 んて學 を 知らされ ば、 學 ば ざ 

o〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇oooo〇〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇〇〇 

ると 同じ 知, o- て 行 ふこと 能 は ざれ ば、 知 らざ ると 同 じ, 故 に 人^る 者, 

〇〇〇〇〇 oo〇ooo〇cc 〇〇〇〇〇〇 o〇o 〇〇〇〇〇〇 

必す學 ばざる ベ か ら ず、 學 を 爲す者 は、 必 ず 道 を 知らざる ベから ず、 道 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇 ひ 〇〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇〇〇 

を 知る 者 は、 必 ず 行 はざる ベから ず、 道 を 知る 乙と 至, CN て 難 し、 古 よ ,cs 

o, 〇 〇►〇〇〇〇 ooooo〇〇〇 00 〇〇 oo 〇〇ooo〇〇〇 

英 才敦 行の 士、 多 からず とせ ず、 然 れ ども 道 を 知る 者鮮 し、 學 問 思辨の 

〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇 o 

功、 闕 くべ からざる 所以なる、 

,o. 0, 〇 〇 〇 p, o .P 〇 0000 0000 0000 つ 〇 〇 

顔 之 推 曰く 「人 生 難, 得 勿, 一過 空;」 と、 斯 の 言 旨 有 る 哉、 蓋 し 群生の 中、 人 と 爲 

o〇o^o〇〇「 〇. 〇o〇 0〇〇〇〇. 〇〇-〇oo〇〇 00 〇oo 

る こと 難しと なす 且つ a: び 生まる 、 こと 能 は ず、 & に 空しく 此生を 

00P〇〇〇00〇0、〇0〇〇0〇〇〇C00〇〇C0〇030 

過す ベ けんや 惜む可 し、 醉 生 夢 死 し、 枉 げて 一 生 を 過す 乙と や、 荷 も 人 

〇〇〇〇o o 〇〇oo〇〇o〇oooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

とな もて 人道 を 聞く こと 能 は ざれ ば、 長 生 不死と 雖 も、 空 しく 過ご す 

o 〇〇、〇〇. 〇o〇〇o〇〇 0000000000000000C 

と 爲す然 らは见 ち 人と な,^ ては須 らく 逍を 聞かん rJ と を 要すべ し、 

o o o o OOOOOOOOOOOOOC 

道 を 聞く のェ 夫、 又 唯 ; 能 く學 ぶに 在る のみ、 



oooooooooooo ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇o〇oo 

人生 百 歲に滿 た ず、 豈 に 放蕩に して 日を曠 うし て、 而 して 空しく 斯生 

oooooooo o〇〇o 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

を 過ごす rJ とを惜 まざる ベ けん や、 古 人の 曰 く 「天 他 有,, 萬 古; 此 身 不,, 再 

oooooooo 〇〇〇o〇o〇 00 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇o 

得; 人 生 只 百年、 此曰最 易 過、 幸 生,, 其 間-者、 不, 可, チ 知, 一有 生 之 樂; 又 不,, 不 、& 

〇o〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 

虚生之 憂;」 と、 此 言 時に 省みる ベ し、 

〇o〇〇oooo 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇o〇〇〇〇oo〇〇 o 

志士 は 日 を 愛 む、 釜 し 百年の 期、 保 ち 難く し て、 時 日の 逝きて 過ぎ 易く、 

o o o o r>o〇ro〇〇〇oo〇o〇〇〇〇oooo〇〇<I 厶 厶 

萬 端の 事繁 重に し て、 而 して 進 修の功 成,^ 難き を懼る k な り而 し て 

f3< "厶厶 厶厶厶 △△△ 厶厶厶 △△、、、、、、、、 、ヽ、 、、、 

人生 最も 日 を 愛む ベ き の 時 三 あ ら、 其 一は 幼弱の 時、 記 憶と 精力と 倶 

、、、%、、、、、、、、、、、 %、、、、^ 、、、、、、、、 

に 盛んな, 9、 故に 博聞 强 記の 功 成, CN 易し、 一 ^び 記誦 すれば 則ち 終身 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 ,、、、、、、、、 

忘 れ ず、 此 時精勵 せば 則ち 一 日の 功 以て 十日に 當 るべ し、 此 れ學 者の 

、、、、*•、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、 

當に日 を 愛むべき の 時な み、 其 二 は 少壯の 時、 父 母 旣に老 い、 久 しく 侍 

、、、、、、、、、、、、、、、、*、、、、、、、、、、、、 

養す ろ M と 能 は ず、 是 を 以て 定 省の 功、 一 日 も怠廢 すべから ず、 此 れ ム 

、、 、、; -、、 、> 、ヽ 飞、、 、、、、、、、、、、、、/_-、、 

子の 當に日 を 愛むべき の 時な り、 其 三 は 老境 衰殘の 日、 躬 旣に 仕を致 

第二 篇 第二 寧 貝 原 益 軒— 第三 學說 1ー一 四 11】 



第二 篇 第二 率 Hf 原 益虾— 第三 學說 三 四 四 

せ ば、 則 ち 公事 鹽 無 きの 勤 勞無 し、 此 時に 方 ,0 て 須 ら く 其 f ず^^;^ 

する を 思 ふて、 而 して 日々 娛 樂優游 して 身 を 終 ふ 、や いめ ^^き か ^ 

き §き?^^§ か? きレ丄 ^や S と。 爲。 しで 1。!^^?4 

^ o ^ o o o o o o〇〇〇 o o o o o o 3 o o D 3 D D D 3 D つ 

年と 爲す是 れ日を 愛むな 響 志 齋 曰 く、 善 愛一-其 4 きき. s | . ぎゼ き 一 

iv.£,SMS ん やお o ^ 。v』 わ,?」 〇 -o 9 ,o、 o o o o o o o o o o 

^亦 此意 のみ 能く 锣樂し 能く 勤勞せ ざれ ば、 則 ち 日々 {4! しく 過 ぎ、 年 

^ ^ o o o o o> F o o o o oooooooo o o o c o o o 

年 徒らに 度 i 忍惰 にして 生を虛 うし、 憂苦して かド ぎ^^^^、 

五 _ 

蜘^ §.5^^》^ お やお; §她 ^^ふ レ や^^^き 

o 〇 o 

ち 同 じ、 何 となれば 則ち 衆人 下 愚と 雖 も、 其 生ける 時 亦 皆 五 品の 交、 四 

民の 業 あ ら、 且 つ 衣食の 養、 屋 室の 安 あり て、 誠 に 禽獸と 同じから ず、 勘 

S き A= ふ、? si^^Enpl ふ. ひ S 

^ お》 か 、?^ ひお SS、H かや I 



し 之 を ffl づ れば舉 を爲 すに 如く はな し、 學 んで而 して 得る rJ と あれ 

ば 則ち 德澤 功名 後世に 流れて 而 して 滅び ず、 虛 く 生きず とな す、 此 れ 

君 子沒 して 後、 衆 人 及び 禽獸 草木に 異なる 所以な も、 

君子の 世に 處 する や、 常 あ り、 變 あ ら、 常 に 居 ら ば.. 固 よも {且 しく 勸愼す 

'i: : OOOCOOOOOOOO 

ベ く、 變 に 逢 は に 最も 須くカ を 用 ふ ベ し、 大 凡大 節に 臨んで 奪 ふ ベ か 

〇,0〇00〇〇〇〇〇〇〇0〇〇0 、、、、、、、、、、、、、 

i すし て、 而 して 後 其 君子た る を 見 る、 苟 も 此處に 於て 一 たび 節 を 失 

、、、、、*、、、、、、 飞、、 、、、、、、、、、、、、 

へ ば、 平 日 他の 善の 稱 すべき あ,^ と雖 も、 亦 觀 るに 足らざる のみ, 

七 

司 馬 遷 曰 く 「要,, 之 死 日; 然 後 是非 乃 定」 と、 愚 謂 ふ、 耍 は 及ぶな 5、 衆 人 の 行、 

初め 節 正にし て、 而 して 晚節を 保たざる 者 之れ あ り、 故 に 曰 ふこと 然 

,9、 蓋 し 初 節 を 慎む 者 は、 血 氣の しわざな り、 故 に 易しと 爲 す、 晚 節 を 保 

oo〇oooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇、、、、 、、、、、、、、、 

つ 者 は、 德 行の 力な り、 故 に 難しと 爲 す、 初 節 は 慎む と雖 も、 晚 節 を 保た 

,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

ざ れ ば、 則 ち 平生の 爲す 所、 皆 虛妄 とな る、 故 に 晚節を 保つ を 重し とな 

第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第三 學說 三 四 五 



»~^^^^N^^^^^ ^ へ^^^ 



^-S^^s.^, ^ ^ "^^^^ 



十 



同 o 譽 o 休 o 
じ o す o ま o 
く o る o ず。 
腐 o 所 o 人 o 
つ o の o の。 

美つ 

惡 o 
亦 o 
是 o 
れ o 



て。 

餘。 

90 
な o 
し o 



一。 

身。 



> 〇 #〇 
謂 o の o 



は。 
ん。 

や。 



身。 

分 o 
内 o 
の o 

事。 

と o 
な o 
す o 
ベ。 
し o 
然 o 
れ o 
ば o 
何 o 
ど o 

き 
き 



に。 

生 o 

前 

百 o 

年。 

血。 

肉 o 

の o 

軀 o 

に 〇 

止 o 
ら o 

Ao 
や。 
抑 o 

ち 

身 o 
後 o 
千 o 
歲 o 
毀 o 



Ro 

と o 
殘 o 

賊 o 
> o 

其、。 
人 3 

旣 o 
に o 

沒 o 
す o 
と o 

雖 o 

も。 

善 o 
惡 o 
の。 

芳 o 
穢 o 

千つ 

载 o 
に o 

き 

れ o 
て o 

而、。 

し o 
て o 



九 



當 o る o 

i こ 〇 ,0 
初 O ら0 



を o 

忘 o 

る o 



安 ◦ 



を 
以 
て 〇 
誡 



父。 

母 o 
を o 

忘。 

る o 

宜。 

し ◦ 
く。 



に o 衆 o 
居 o 人 o 
て o 富 o 



に o 
し o 

て o 身 o 
圜 to 
に 終 o 

と 〇 病 Q る 〇 

な o 苦 ま。 

す o の o て' o 
ベで P$° 思 o 

し を 慕 o 
思 o す o 
ふ o ベ o 

ベ o し 〇 
し o 病つ 
凡 o 愈 o 
て o 乏 o 
So 

ら o 

修。 

む o 



に o 

居 o 
て o 
多 o 
く o 



て 〇 

多 o 

<° 
慎 



る o み o 

國 を 

匪 



ー多0 

く o 

故。 

舊 o 
ho 

Bo 貧 c 
る o を c 
國 忘 o 
に o る o 
存 o 須 o 
卹。 ら o 
し o く o 
て o 節 o 
踩 儉〇 
ん o に o 
ぜ o し o 

ざ o て o 
る o 奢 o 
ベ 〇 \%o 

し な。 

歲 か o 
長 o る o 
じ o ベ o 
て o し o 

多 o 貴 o 
( o ち o 



八 



第二 篇 第二 草 貝 原 益 軒 —第三 學說 一 

,、"/"、、、、、、、 

す學者 最も 力 を 著く ベ し、 



) 

、 



i ま in い im さ 





矜〇 
ねリ 


/、、 




子。 


を、 


Hz 


v ノ、 ノ 


苹、 

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〇 

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へ。 


5:、 




ば o 


養、 




高 o 


ひ、 




山 o 


ま 




に o 


を、 




登 o 


養 




50 


ふ、 




て 


の、 




mo 


ェ、 


四 
七 


000000 


夫、 



君 o ! )◦ 而 の o 危 o 
子 o と o し o 道 o き o 
人 o 雖 o て o 此 o に o 

と 〇 も 〇 奮 O の0 臨 o 
な o 觀 o 發 O 如 ん o 十 
す o る o す o く o て o — 

可 o ふこ 〇 ベ o せ o 'lf : o 

き 足 し o ざ o れ o 
な o ら o 若 o る o す :o 

f) さ' し ベ O 義 o 

、 る 恐 力、 に 
の o 怖 o ら o 當 o 

み o し o ず o つ o 
蓋 o て o 須 o て o 
し o 苟 o ら o 其 o 

大 o も o く o 身 o 

節 〇 免 此 o ? :0 
に 〇 る o に o 愛 〇 
臨 o れ。 於 o せ o 
み o ば o て o す > 

て 〇 則 能。 是、 〇 

ち o く o れ o 
ふ o 平 o 勇 C 君。 

ベ 〇 日 猛 子 

i)、o ,I、o 果 變 〇 
ら o 廉 敢 に 

ざ o 曲 o に o 處 o 

れ o 謹 し す 

ば o あ o て。 る o 



ず ◦ の o ば o 取 

夫 O 間 O 則 O り、 

子 o に o ち o 禾 i】o 

毕〇 在 o M° の 

に 〇 る o も。 爲 o 
禾 l】o の O 巧;0 め o 
を0 み o プと o に o 

言。 蓋 o 義 o し。 
ム 〇 し o な o て 〇 

利 o 利 o ら o 義 
を。 は o 禾 lj。 を 

言 O 人 O を0 行 ◦ 

は。 に o 以。 ふ o 

さ、、 o 施 o て c 者 o 
る 〇 す o 主 o は o 



に o 


ベ と o 


不。 


非 c 


く。' 爲 o 


可。 


ざ o 


し o さ c 


な o 


る ◦ 


て o ば o 


ゆ 


な o 


己 o 則 o 




b。 


れ o ち o 


も。 




に o 義 o 


義 




專 o も 〇 


を o 




ら o 亦 o 


以 o 




に o 利。 


て o 




す o な 


主。 




ベ O 1) o 


と o 




か o 公 


爲 o 




ら。 私 


さ o 



ぶ。 則 o 
ベ o ち o 
Lo 必。 

惡。 ず。 

を o 其 o 
な o 功 〇 
す o を〇 



十 



も。 
5?。 
馴 

致 o 
の c 
み o 



成。 
し。 

て o 
So 
然 o 
の o 

如。 

し o 

然っ 

れ 3 

は、。 

善 o 
を o 
な o 
す o 
者 o 
は o 

fiio 

致 o 

の 〇 

功つ 
贵、 つ 



善 o 

を o 
な o 

す o 
者 o 
は o 五 
其 o 

道。 

を o 
馴 o 
致 o 
す o 
る o 
て o 
と o 

mo 
ふ o 

蓋 o 
し o 

積。 

習 o 
し o 
て o 

已 o 
ま o 
ざ o 
れ o 
ば o 



其。 
好 o 

惡 o 

す o 

る o 
所 o 



て、 

其。 
人 o 
知 o 
る o 
ベ。 

さ o 

の o 
み。 



十 
四 



r 

I 

i 

小。 

な o 

bo 



譬。 

へ o 

ば、。 



第二 篇 第二 草 贝原益 軒— 第三 學說 三 四 八 

GIO0OOOOOO0OOOOOOOOOOO3DD33 

見る 所廣 遠、 其 規模の 大 なるなら、 和. S; § | 曰 ^ | おい^ § わ^、 

,2 で " 〇 ,o』 o o o ,o o o o o o o o o 3 〇 3 o o o r) つう 

管 を 以て 天 を 窺う が 如く、 能く 一 @ に ® ず^ 酥^、 い 



第 四 批判 

I 時 中 以來朱 SS 擧 して 立つ もの、^^^ 

iB き iES 窗 きの 群 鷄屮" f 1f:1 

£s お St6£ いい お、 f 木 m 

きか ひま ハ^ ま 5 いい 二; 觀れ yf:f? = 

お^? きさ £ お ぶ: 軒 1 

^一 0頭0 地 。』^ や 1^^』^"』^》 何 どや、 他な し、 彼れ が 倫理に 關 する 

^£^££:ぉ£ぉぃひひ是れ?、固〜朱子 

學 派の 手に 成る 所の 著書、 啻に 汗 牛充楝 のみならず、 然れ ども 多く は是 

れ經 書の 註解に あら ざれば、 朱 子の 學說の 鸚鵡 的 反復 若く は 閑 文字^ 

る 詩文 集の 類の み、 若し 强 ひて 偷 理に關 する 一 家の 見解 を 叙述す る も 

のを擧 ぐれば、 僅に 鳩巢の 駿蔓雜 話、 揚齋 の講學 筆記、 尙齋の 狼楚錄 及び 

默識錄 の 類 あるの み、 きり^^まい かひ" 然るに 益 軒の 如き は、 其 研究 

三 四 九 

第二 篇 第二 寧 貝 原 益 軒— 第 四 批判 - 



第二 篇 第二 草 凤原 益虾— 第 四 批判 三 五 〇 

の 事 項、 極 めて 多方面に 渉れる に拘 はら ず、 偷 理に關 して も、 亦 一 家の 見 

解 を 叙述す る 所 少しと せ ず、 卽 ち 慎 思錄ぁ ち、大 疑錄ぁ り、 自 娛集ぁ 纟、 其 

他 初學知 要、 自 警 編、 克 明 抄、 家 訓、 五 常. 訓、 大 和 俗 訓、 和 俗 童 子 訓、 初 學 訓、 文 武 

訓、 家 道 訓、 君 子 訓 等、 枚 擧に遑 あら ず、 何 ど 其 れ 豊 富 な る や、 鳩 巢、 m 齋、 尙 

ooo 〇〇 coo〇o〇o〇〇o 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇 oo 

等の 一 家の 見解 を 叙述せ る 著書 を 悉皆 合 一 する も、 未 だ 以て 益 軒に 比 

〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 、^、、、々/'、、^、、、力/'、;?、、、 

敵す るに 足らざる な ら 、且 つ 益 軒の 著書 は、 悉 く 躬行に 裨益 ある ものに 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、-、、、、、、、、、 

し て、 是 れを 千古 不磨の 價値 あ, ON とい ふ も、 未 、お 必ずしも 否定す る を ^ 

、、、、、、 〇〇〇〇ooc〇o〇〇o〇o〇 

ざ る ベ き な ち、 此 點 よ,^ 之 を 言 へ ば、 益 軒の 如き は、 朱 子學派 中に あらて 

oooooooooo 

屹 然挺拔 せる もの なり、 

益 軒 は 又 我 邦に 於け る敎育 家の 元祖と もい ふべき 人な ら、 王 朝 時代に 

ありて は 菅原氏 大江氏 等 カを敎 育に 用 ひ、 德 川 時代に あらて は惺 窩、 羅 

山、 順 菴 、闇 齋 等の 諸 儒、 亦 皆敎 育に 盡す 所な しとせ ず、 然 れ ども 是 等の 學 

者 は、 未 だ 曾て 敎育其 物に 就いて 考察す る 所 あら ず、 卽 ち 敎育の 目 的、 方 

、ヽヽ ヽ、、 ゝ _'*、、、、、、、、、/'/»'、、 >、、ooo〇 〇 

法、 順 序、 範 圍 等に 就いて 未だ 何等の 定見 を 有する に 至ら ず、 然 るに 益^ 



s^^^^s^^s^w か^^い、^,^^^^^ se^"^s^^^ 

かや^ で 彼れ 自身 は 

京 坂に I 戶に福 岡に 往來 頻繁な,^ し を 以て 家塾 を 開いて 多く 子弟 を 

敎育 する の 機會を 得 ざり しと 見え、 彼れ が 門人と して 數ふべ きもの、 僅 

r, o o o o o o o o c o o ,9 p o o o o つ o 2」 21 ^ ?3 ? . 

々數 人の み、 i £ ども 彼れ は 其 有益なる 著書に よらて 廣く社 會 敎 育 を 

^ い^ ,むかひ t4-^Ji1 i い^づる もの ある は、 明治の 敎育家 をし 

か い^が^ 他の 點は 姑く 之 を 置き、 敎 育の 目的に 於て 

^^^ A ^ 1 , ハぃ^ 氏 はき 誑の 目的 は 

お | 4 を 涵養す るに あらとせ^、 (Ilerbart: Apiiorismen zur ivlago に ik) 々;; る に 

益 軒 も 亦 氏と 同一 の 精神 を懷 き、 大 和 俗 訓の爲 學篇に 於て 十分に 德性 

を 涵養す るの 耍を論 じ、 更 に初學 訓 〔卷 之 三〕 に 於 て 

〇 〇 〇 o 

る に あ 

第二 篇 第二 窣 瑪煉益 軒一第 四 批 三 五一 



第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第 四 批判 一一 一 五 二 

と い ひ、 又 慎 思 錄 〔卷 之 一 〕 に 

ooooooooooooo 

S 之 道、 唯 以. 爲 爲 .事 而 a 矣、 

と い び、 又 自娛集 〔卷之 一 〕 に 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇 ooo 

大凡 學也者 欲^,, 君子, 之 道 也 

と い ひ、 分 明に 敎 育の 目的の 德性を 涵養す るに ある の 旨 意 を 道破せ,^ 

東西の 暗 合、 甚 だ 奇なるが 如しと 雖 も、 超 實際的 立脚 點 よら 敎育を 論じ 

來 たれ ば、 必 然に此 に 到着せ ざる を 得 ず、 へ \バ, い 氏 曰く、 

厶厶 厶 厶厶厶 △<"<! 厶厶厶 △△<" 厶厶 △△ 厶 厶厶厶 厶厶厶 

ブラ トンよ, o フ t ヒープに 至る 迄敎 育に 就いて 多少 思惟 し、 且 つ 書 き 著 

<"厶 厶厶厶 厶<厶< "厶厶 厶ム △△<!< "厶 <3 厶 <厶<3 厶 八厶厶 

はせ る 偉人 は, 皆 理想に 向って 努力す る rJ と を 示せ 、り、 而 して 如何に 

厶厶 △△<"<!△<" 厶厶 

して 然ら ざる 乙と を 精る か、 (A.pllorlsmen zur i、adag.oglK) 

眞に然 6、 然るに 益 軒の 如き 東洋の 敎育家 も、 亦 理想に 向って 努力す る 

の 一 人た る こと を 忘るべからざる な も、 此 點ょぅ 之 を觀れ ば、 尙 ほ 一 層 

oooooooooo〇〇o〇ooo〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇〇 

益 軒の 蠢々 たる 群 儒の 間に 卓絕 せる 姿勢 を 想 見す る を 得べき な, CN、 

益 軒 本と 朱子學 を崇 奉す と雖 も、 世 界の 根本主義に 關 する 理氣 の說に 



/ ゆて は 之に 從 はずし て、 唯 氣の ニ兀を 信 じ、 殆 んど仁 齋と歸 着す ろ 所 を 

: 同う す る が 如し、 是 故に 或は 益 軒 の 學 は 仁 齋の學 に本づ くに あ ら ざ る 

- かと 疑 ふ ものな しとせ ず、 然れ ども 益 軒の 學の 羅整菴 に本づ くこと 慎 

一 ^き^^か^ レ いか ^^^卜、酚 い^ ケ^^ iili 本づ くの 

\ 二 む^^^^^》 蓋し 羅山、 仁齋、 益 軒 等 皆 期せず して 同じく 唯氣論 

に歸 着せし ものなら ん * 益 軒 は唯氣 論及び 之と 關連 せる 氣質 論に 於て 

は 朱 子と 相容れ ずと 雖 も、 其 他の 點に 於て は、 大抵 朱 子に よる、 故に 之 を 

ぉハ勡!^54^,^5^&、眷^^ゃ,%^&^^^ゅ£1&^きゅぉ^ 

^|!ひ、き&^^ 4 踟^ ト^^ ^^ゆ^や 益 軒と 仁齋 との 學說の 相違 

點を擧 ぐれば、 第一、 仁齋は 古學を 主張して 朱 子 を 攻撃 すれ ども、 益 軒 は 

朱 子 を 尊崇して. 未だ 必ずしも 古學を 主張せ ず、 益 軒 亦 曾て 古 註疏の 廢 

すべから ざる 乙と を 言 へ ど も、 固 よみ 朱 子の 新 註 を 以て 先き とする も 

第二 篇 第二 寧 貝 原 益 軒 —第三 批判 H 五 一 一一 



第二 篇 ^二 草 風 原 益 軒— 第三 纰判 三 五 四 

の な ら、 第 1 一、 仁 齋は宋 儒の 寂 靜 主 義 quietism に反して 活動 主義 を 主張す 

れ ど も、 益 軒 は 未だ 曾て 活動 主義 を 主張せ ず、 但,. 慎 思 錄 〔卷 之 1 一〕 に 

厶厶 厶厶厶 <" 厶厶厶 厶厶厶 厶厶. <j 厶厶厶 <j 厶厶 A 厶厶厶 △ 厶厶 △ 

苟も 忠信 を 以て 主と せ ず、 徒 に 敬 を 以て 一 心の 主宰と せ ば、 是 れ 工夫 

厶厶 •.< 厶 <"<!•△ 厶厶厶 厶厶厶 厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 厶< -厶. a 

を 以て 心の 主と な す、 恐 くば 敬に 偏し て、 流 れて 束縛 强 持の 病と なら 

厶 

ん、 

と 云 ふが 如 く、 頗 る宋 儒の 寂靜 主義に 反する もの、 如し、 然れ ども 彼れ 

は 仁齋の 如く 整々 堂々 活動 主義 を 標榜して 立つ ものに あらざる なる、 

第三、 仁齋は 孟子に 本 づ き、 仁 義を 以て 道と せ ftN 、然 るに 益 軒 は いか ん、 愼 

思錄 〔卷之 1〕 に、 

厶 A 厶厶 A 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

蓋し 理 一 は 仁な ら、. 分 殊は義 なみ、 

と い ひ、 自娛 美卷之 四〕 に、 

人 天地 を 以て 父母と なす 生れて 澆漓の 世に あ, CN と雖 も、 天 地の 道 を 

さ、 厶厶厶 A 厶厶厶 厶厶. "厶厶 厶厶 厶厶厶 A 厶厶厶 <"<a 厶 <i 厶 

奉 若し 之 を 法則と し て、 仁 と 義とを 立て ずん ば あるべ から ず、 是 れ 人 

厶 AJ 厶厶 厶厶厶 A3 厶厶厶 厶<5-„" 厶. aAA<l 

道の 立つべく して 廢 すべから ざる 所以な, CN、 



と いふ を 以て 之 を觀れ ば、 彼 れ 必ずしも 仁 齋の說 に 反せざる ベ し、 然 れ 

〇oo〇〇〇〇oo〇c-〇〇〇oooo 

ども 大疑 錄 〔卷 之 上〕 によれ ば、 彼 れは鎏 ろ 易の 繫辭に 本. つ き、 陰 陽 卽ち氣 

D 3 ^-3333000300000000000 0-0000000 

^ゆかき^^^^ のな り、 而 して 未だ 曾て 仁義 卽ち 道な みと 斷 言 せ し 

ひひ^^, S きお^ I ら、 兩 者の 間に 於け る 差異 點は此 三種に 過ぎざる 

の み、 

益 軒 は 快樂を 以て 人類の 本來 有する 所と な し 「樂 是 人 心 所" 固 有- 說」 を 著 

はして 之 を 論 じ、 又 人類 は高尙 なる 快樂を 求め て、 自 ら 修養す る 所 ある 

べき ものと し、 頤 生輯 要の 末に 樂 志の 一 篇を 加へ て 之 を 論ぜ も、 彼 れ 必 

ずし も 快樂を 以て 苦痛 よ, 9 多し とは斷 言 せ ざれ ど も、 己 れに 固有す る 

所の 快樂を 修養 すれ ば、 其 結果 苦痛 は快樂 よち 少 からざる を 得 ず、 是 故 

こ 彼れ の懷 抱す る 所 は 厭世主義 Pessimism にあらず して 搴ろ樂 天 主義 

Optimism と 見る を 得 ベ し、 又 「禍 福 論」 を 著 は し、 論 じて 曰く、 

つ D o つ o o o o o o o o o o o o OJ o o o-、 o o 、 め , o 〇 o o g 2 

か § s !s "、や 道 好. 還 と、 蓋 し善惡 必ず 禍福の 應ぁ ら是 れ 天道 自然の 

つ コ つ r> o c o たが 〇 o 〇 o o o o o 〇 o o o 〇 Q 9* o で :〇 .2» 

、あ^ も 夷 吉凶 潜 は ず、 但>遲 速の 異 あるの み、 是 れ 必然の 驗甚 た昭ぽ 

^ニ篇 第二 草 貝 原 益 軒— 第三 批判 三 五 五 



第二 篇 第二 草 13: 原 益 軒! 第三 批^ 三 五六 

〇〇〇、〇*o〇o 、〇 〇〇〇〇 o〇oo 〇o〇o o o o o 〇〇oo 〇 

として 信す ベ く 且つ 畏 る ベ き な み、 夫 れ 君子の 善 をな す は、 道 の 爲 め 

〇 〇 〇 〇 ^1 む o 〇〇〇o〇〇ooooo 〇〇〇r.- 〇〇oo 

にす 福 を^る に窟 あるに あら ず、 法 を 行 ふて 命 を 续 つの み、 云 云、 (自娛 

集卷之 二) 

S れ 純然たる 福德合 一 論な り.、 是 れ 西洋に あ, 5 て は 、^; i^,,::!;^ の 如 



き 希躐の 古賢 を 首め とし、 後の 哲學 者ホ タブ ス、 ス ピノ ッ ァ、 ク/ フ、 シ TT; 



ボリ 1 ヒュ— ム 等の 諸氏に 至る 迄 皆福德 二者の 必然的 關係を 認 容 せ 

0000000000000000003 OOO .JDDD33D 

5 、 原因結果の 關 係は獨 .o 物理 界に 於ての み 之^^^^^ で, 舻 1:^ 

o つ、 oo^ c^ooo め、 ooo<^ OOOOOOGOOOOOOOO し 

に 於ても 之 ある こと 餘. ftN に 明瞭なる 事實な り、 因 果應 報て ふ 事 も、 若 し 

o oo o o^-^opooobooo oooo oooo oo、 ゝ 、 、 

單に之 を 倫理 界に 限る とせ ば、 决 して 否定す る を 得ざる な ら、 乃 ち 益 軒 

、、c 飞、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

の 自得す る 所に 至らて は、 往 々西哲の 言 ふ 所と 暗合す る もの あ, 9 て ぼ 

人 をして 趣咏を 感ぜし むる 乙 と、 鮮 少 ならと せざる な ,5、 又 益 軒よ 反覆 

丁 寧 に 仁愛 を 以て 天地の 本體 とな し、 隨 つて 天地の 恩の^ 大 なる を 明 

か に し、 次 いで 吾人々 類の 此れに S し 仁愛の 實 を擧げ て、 必ず 報 いる 所 

なかる ベ からざる を說 示せ ら、 其 旨 意 ^ る、 差 「 ス ト ァ」 派 の & 自然 的 生^ 




震、 を。 Ho に o な 比稱拔 益つ b 

洪、 得。 痛 o 謙 o し較す な 軒 
水、 ざ o 快 o 遜 o 、 的る る は 〇 
Z 海、 る o に o に o 力; 少も も 殆。 
; 嘯、 な o 其 o 餘 o 如數 の、 の ん o 
及、 ら o 見 o り o き な 大 あ ど o 

第 び、 例、、 る o に o 兮 る 抵 る 人 

| へ、 所。 和 o 曰に 皆 は、 格 
R 他、 ば、 を o 順 o よ 際 漢 上 を o 

I の、 天、 論 o to b し 文來完 〇 
| 天、 地、 斷。 る o 之 彼 を 論 ^° 
に 災、 の、 す o 力; o をれ 以す し 
1 地、 恩、 る o 爲。 見獨 てるた 
批 妖、 を、 の o め れ ち 高 所 る 

判 の、 說、 擧 に ば 心 尙 に 敎 3 



き 、 力;、 出 o 膽 o ろ 派な り 豕 
如、、 如、 で o に o 卓に し、 てな 〇 
何、 き、 ざ o 其0 見 先 國 明 " 

に、 は、 る o 知。 なち 字 カゝ又 
し、 毫、 は o 識 りて^な 其 

て、 も、 聊 o を o と 巳 以 b、 ^ 

此、 不、 遺 〇 發 o な に て 殊見 

H 洪、 可、 慽 展 O す、 通 道に の 
| 大、 な、 な。 し o 但 o 俗を當 如 
な、 し、!) o ぉ0 彼 o 的 論 時 き 

る、 と、 と o れ o れ のず の も 
天、 雖、 せ、 つ に o 力; 著 る 懦 往 

地、 も、 ざ C 由 餘 書 も 者々 

の、 地、 る o i) り を の と 卓 



つ ザ 


彼 


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觀 ^ 似 


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念 A た 


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近 A 所 


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あ A ど 


き 




い も、 


な 


れ 


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第二 篇 第二 窣 貝 原 益 軒— 第 四 批判 三 五八 

、、、、、、、へ、、、、、、、、 <*、、、、、、、 ヽ、、 、、、 

恩と 調和す る を 得べき か、 感 情 上より 之 を 言 へ ば、 是 等の 事 を 思惟す る 

、ゝ、 、、 、 、、ヽ *>、、、 、、、、 、.、、、 f、、、 ヽ、、 、、、 

は 巳に 天地の 恩 を 傷つく るが 如しと 雖 も、 知 識 上よ, o 之 を 言 へ ば、 何 等 

へ、,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

か 十分 人 意を充 たす が 如き 解釋 なかるべからざる 所なら、 



9 00〇〇〇000〇0〇00〇〇000 

善人 は 胸中の 善 庫よ, 9 善なる もの を 出お し、 惡 

oooooooooooooooooooo 

人 は 胸中の 惡 庫よ. 9 惡 なる もの を 出 だ す、 蓋 し 

是れ 胸中に 充 つるが 故に 口頭に 溢る、 なら、 

馬 太 傳第十 二 章第卅 五節 



益 軒先 生 年譜 三 卷寫本 o i 原 好古 編 撰 

此 書の 最後の 部分 は 存齋の 子 卽ち益 軒の 姪可久 の撰錄 する 

る、 

益 軒先 生 墓誌銘 竹 田定直 

貝 原 篤信 遺事 畧 一 卷逸 名 

此書は 事 實文編 〔卷之 二 十 I に收载 せち、 

熊 貝 遺 筆 二 卷寫本 〇 撰 人名 闕 

近世 畸人 傳 〔卷之 二 

日本 詩史 〔卷之 三〕 

閑散 餘錄 〔卷之 上〕 

先哲 叢 讓卷 之 四〕 

近世 叢 語 〔卷 之 一 〕 

第二 篇 第二 荜 良 原益軤 I, 笫五 益 籽關係 書 顧 三 五 九 



日本 名家 人名 詳傳 

大日 本人 名辭書 

貝 原 益 軒 一 卷沖跸 辰 之 助 著 

日本 偉人 傅 

甘 雨亭叢 書 

日本 近世 敎 育史 橫山達 三 著 

日本 理史稿 潢本武 比 古石 川 岩告共 

益 軒の 敎育學 三 宅 来 吉 著 

實用敎 育 學及敎 授法谷 本 富 著 

益軒樂 觀ー卷 S 田 敬 止 編 次 



^二 fLi ^ニ窣 ET 原 益酐— 第五 益酐關 



道 o 期 o る。 く o 善。 佘 o 
を0 し o な o は o 事 o は 
經 若 o ら o 如 o に o 唯 o 

過 〇 く o ば' o 何 o せ o — o 
せ は o 今 o な 〇 よ o 回 o 
さ、' 懈 o 之 o る o 若 o 此 o 
る 怠 o れ o 親 o し o 世 o 

ベ O せ を 切 余 を o 

け し o 爲 o に o が) 經 
れ o む o す o せ 〇 之 o 過 o 
ば' る o ベ o よ o れ o す 
な 乙 o し o 若 o をつ ベ 

b、° と o 朵 o し o 爲 o し o 
勿 O を0 佘 o し o 是 o 

れ、 ◦ し が。 得。 故 o 
榮 〇 て 人 る o に o 
は o 之 に。 な o 如 o 
再 o れ o 示 o ら o 何 

び を し ば な o 
此 o 延 o 得 o 若 o る 



第三 篇 南學 及、 び 闇 齋學派 

第 1 章 南學 起原 

慶長元 和の 頃 籐原惺 窩が朱 子學を 京師に 唱道し、 所 レ謂 京學の 基礎 を嚣 

くに 當ら、 之と 全く 系統 を 異にして、 谷 時 中なる もの、 朱 子 學を海 南に 唱 

道す、 是れ を^^^ 若く は^^と なす、 時 巾 名 は 素 有、 字 は 時 中、 通 稱はナ 

學、 後、 三 郞左衞 門と 稱す、 土 佐の 人、 彼れ 本と 惺窩と 同じく、 圓 a 緇 衣の 人 

にして、 高 知の 異常 寺に 住す、 彼れ 曾て 眞宗の 僧 天 室に 從 つて 學び、 後、 天 

室の 師南村 梅 軒が 朱 子學を 奉ぜる こと を 聞き、 百方 搜 索して、 朱 子の 書 

を 見ん と 欲し、 遂に 語孟朱 註、 學庸 章句、 朱 子 文集 等 を 得て、 之れ を讃 了し 

浮 匿の 人倫 を廢棄 する こと を慙愧 し、 乃ち 髮を蓄 へて 還俗し、 儒と 醫と 

を 以て 高 知に 敎授 す、 時に 元 和の 初めな..、 時 中 嘗て 天 室が 大學の 「生お 

有-大道 一」 の 章 を講說 する を閬 くに、 講じ 畢 りて 人に 語らて 曰く. . 

貲財は 人 を 殺し、 身 を 喪 ふの 本な え 其 之れ を 有する ことの 難 力らん 

第一 Is 第一 窣 南 學© 原 一一 一 さ 一一 



自 o に。 
ら o 心 o 
明 o な o 

燈 〇 し o 
to 人 o 

撲〇 貪 〇 

つ o 奪 〇 

が。 し o 
如 o 目 o 
し。 ら o 
眞 o 敗 o 
に o Co 

m° m 

む o JRo 
ベ o る o 

き。 ま 

の o へ o 

み c ば。 
明 o 
燈 o 

の。 

蛾 o 



第三 篛 第一 草 南 學敉原 三 六 

よ,^ 之れ なきの 易き に 若かず * 

と、 時 中 乃ち 曰く、 

o o o o o o 

財 本と 人 を 殺す 

o p o o o o 〇 

を 殺さ どれ ども 

と、 天 室大に 之れ を奇 とせ ら、 時 中眞常 寺に 住せし 時、 謙 返して 人に 降る 

こと を 欲せず、 櫂 要の 士に遇 ふ も、 唯-長 揖 して、 未だ 曾て 之れ を拜せ ず、 貴 

冑 豪族に 遭 ふ も、 唯 i 其 名 を 呼ぶ のみ、 樣の字 を 付して 之れ を稱す る こと 

なし、 故に 人 以て 矜 誇な, となす、 一 士人 あら、 大に其 不遜 を 怒 う、 刀 を 揮 

つて 之れ を 恐嚇して 曰く、 

賣僧 何の 德 あみて か、 常に 士大 夫の 上に ある、 若し 一 言 の說 くべき な 

く ん ば、 身 首處を 異にせん、 

と、 時 中 神色 變ぜ ず、 自 若と して 曰く、 

き £れ£ やま 、!: 

o o o 〇 〇 

に 足ら t や、 

纛 



る o ざ o 富。 書 
に o る o 貴 o を 
若 o な o も o 購 
か O 1)0 志 o 求 

す 'o go ? す 
れ o 失 o る 
®o へ 〇 の 
賢 o ば 'o 故 
の o 田 o を 
書 o 產 o 以 
を o 數 o て 
讀 o 百 o 資 

ん。 石。 財 

で o 此 o 爲 
道 o れ o め 

義 〇 以〇 に 

to て o 蕩 
講 o 子 o 盡 
明 o 孫 o す 
し 〇 に o 彼、 
之 o 嘉 o れ 

れ o き 嘗 
を o す 〇 て 

以 o る o 曰 

て 〇 所つ く 

後 o 以 o 
に o { こ o 

傳 o あ o 



と、 士 人 之れ を異 として 遂に 害 を 加 へ ず、 以 て 時 中の 人と な, o 如何 を 想 

見す ベ き な ら 、時 中 資性 豪邁に して 畏敬す る 所な しと 雖 も、 晚 年に 至み 

て 程 朱 を 尊信す る こと、 愈 i 益.. 堅 確 に、 力 を 修養に 用 ふること 深 く、 平 素 の 

行動に 於て 慎^ざる 所な し、 是 故に 其 子弟に 對 する 敎 育の 如き も、 亦 S 

る嚴 なる も の あら き、 時 中の 學を 講ずる 頃 は、 戰國の 後に し て、 文 運 未、 ご 

闢 け ず、 書 を 獲る こと 極めて 難 し、 况 や 海 南 僻陬の 地に 於て を や、 然 3 a ど 

も 彼れ 锼索 の勞を 厭 は ず、 乃 ち嘗を 京師に 浪華に 長 崎に 求 め、 積 年の 久 

し き、 之 れを 蓄藏 する rJ と 少しと せ ず、 彼 れが家 本と 貧なら ざ,^ し も、 多 

ふ 

と、 彼 れが 田產を 以て 子孫に 傳 ふるに 足らずと し て、 心 中 別に 期す る听 

ある は、 西 鄕南洲 が 

第三 篇 第一 草 南學 起原 三 六 五 



b 

云 我。 
へ 家 o 
る 遺 o § 
と 法 o S 

同 人。 

一 知。 5 

IS 否。 窣 



意 蒙 H 六 六 

,Q c> o o 〇 

チ爲, ー兒 孫, 買 V 天 田:; 

に 出づ 、唯,, 其 異なる 所 は 後者 は 豪傑. 前 者は學 者な も 

と 云 ふに あるの み、 叉 彼れ が 田 産の 代 はらに 道義 を 子孫に 傅へ もと 欲 

せる は、 釋迦が 羅餱羅 に 其 菩提樹 下に 得た る 所 を傳 へて、 此れ を 以て & 

間の 財資 より 七倍賁 重ならと する の 精神と 符節 を 合す るが 如し、 時 中 

慶 安二 年 を 以て 歿す、 時に 年 五十二、 著 はす 所 文集 六卷 及び 語 錄四卷 あ 

みと 云へ ども, 吾人 未だ 之れ を 得る こ と 能 はず、 未だ 其 果して 今日 尙ま 

現存す る や 否や を 知らず、 時 中の 門人に 小 倉 三省、 野中 兼 山 及び 山崎閬 

齋 あみ、 皆 一 時の 傑物な.^ 、殊に 閽齋は 朱 子學の 勃興に 與らて 力 ある も 

のな み、 時 中 も 三 子の 凡なら ざ る を 認 識 し、 遇 する に笫 子の 禮を 以てと 

ず、 三 子 も 亦 時 中が 人と ならに 心服し、 感化 を受 くる こと 少しと せず ま 

. 中 閽齋^ 如き は、 時 中^き^い^ A^n^ い^か^^いか^、、 へ^^り 

時 中の 門ノ 中小 倉 三省 最も 年長者た も、 三 省、 名 は 克、 字 は 政 義、 通 S は i 

右衞 門、 三省 は其號 なる、 土 佐の 叭、 三省、 士 人の 家に 生^れ、 國^ に 仕へ て 



火器 家長と なり, 又中大 夫と なん 、尋 s で上大 夫と なり、 國政上 功 を 建つ 

る こと 少しと せ 中 兼 山 も亦國 侯に 仕へ、 其 天 S 能 f 以て 

頻ぇ赫 成し、 殆んど 三? して 後 S 若せ しむる の 看 あ, 9 

是れ 蓋し 二人 性行の 大に相 異なる もの あるが 爲め なり、 S 此れに * 

らて遽 に 三^の 人物 を藐視 する を 得ざる なり、 兼 山 は 入と なり B 毅英 

きこして、 勇往 直行、 毫も 他 を 顧みず、 其 思 ふ 所 を 遂げ ざれば 巳まざる の 

槪 あら、 故に 事往々 人情に^ き、 利す る 所 多し と雖 も、 害する 所 も亦づ r 

らず、 漸く 重ん I に? もの あるに^:、^ r?r?t? 

ざ、 ii お及ば マ: fr??fr 

ュ仁ま き? い J く忤? となく、 1 坐 作、 急 

i い ^ 、兼 si に 取りて 

本と 時 中 門下の 學友 たる を 以て、 彼れ 嘗バは j け ff^TO o o o 

s^ss;&s£ss^ ざ?、? として 須 

, ; さ 、 三 六 七 

第三 篇 第 一 草 



常 

各 o 學っ に 
當〇 者 o 見 
に o 當 て 
止 o に。 以 
ま 止 o て 

る 〇 ま。 之 

ベ c るつ れ 

き を o t 

の 知 o ^ 
處 o る o に 

あ 〇 を。 戒 
ら 以 つ め 
其 o て た 

大 o 學 O I) 
な C 至 と 

る 處 o い 

も を o ふ 

の 〇 得。 ^ 

は る o れ 
人 o の o 又 

の o 效 o 嘗 

子 證 て 
と と 言 胃 

な な o へ 

り o すつ る 

て ベ o あ 

は し o i) 
孝。 萬 〇 曰、 
に 事。 く 



S0 ml 章 南學 起原 一一 ニ乂 

く 事 を 始めに 慎むべく 悔をを § £ぉ ^ ひれ!^、 

三 する に 及んで 爭 友の 缺點を 指摘す る ものな く、 事 稍; 安穏なる を 

得 た i を A て 兼 山 遂に 其 終る を 全うする こと 能 は ざみ き、 ョ 、省 f 、に 

君に 忠なる, のみならず、 叉 親い 孝い いでお^^^^^^^、 るい^ ^ 

る 常に 自ら 奉ずる M と儉 素に して、 餘^^ ^か: olg^n ぎ: y おい^ 

善 家 の 態 度 あ ら き、 彼 れ恒に 人に 謂 つて 曰く、 

称 &、|^4^§^^|^^5^ひ、ま?^ド|^^ひひ"ひ、 

と、 彼れ 其 政 を なすこと 嚴な, 9 と雖 も 、愛 を 失 はず、 一 に 國民を 安ず る を 

U て 己れ が 任 と な す、 嘗 て廳 壁に 書して 曰 く、 

ョ? E ま義" ま? ぶ £is ひ 

o 〇 o 、, 

あ ら ん 



人 爲 

商 o を。 學っ 長 め 
量 o 窮 o は o 澤 に 
S す o む o 其 o 潜 削 
M る o る o れ o 軒 瘦 
に o て。 ^oo 谷 し 

第 あ o と る o — て 

窣 り ◦ は。 ベ o 齋 疾 
南 迂 o 書 o き o 等 を 
| 濶。 を な o あ 致 

原 な 讀 り り し、 

る 〇 む。 行 o 彼 秋 

Z° を ふ o れ 七 
と o 以 o ベ o 嘗月 
莫 o て o き o て 十 
れ 要 な o 弟 五 
奇 〇 と o り o 子 曰 
異 o な o 涵 o を に 
な o す o 養 o 敎 至 
る o 書 o は o へ り 

Z° を 須 o てて 
と o 讀 o く 曰 卒 

莫。 もや 主。 く す 

S れ は o — o 時 

九 看 @ 氣 を。 に 

來© を o 用 o 年 

iz® 手 ふ o 五 

ら@ に o ベ 〇 -f 

看 ® し o く o ― 

去 ® て O 理ヽ FE 



^ ま ゥ 、人 の臣 とな^て は忠. に 止まる の 類な り 其 小なる もの は 手の 

o o o o 0OOO0000OOO000 0. o 〇,qopp oo 9 - 

容ょ^ し く、 足 の容は 重き も、 亦 手足の 當に 止まる べきの 處 なり 若し 

oooooooo oooooooo o o o o p o o o o L^r ^ ^' 0/ 

§ い 止まる を 知, 9 て、 志 定まれ ば、 外 物の 爲 めに 移されず、 異端の 爲め 

^i^^^ で^ sll^^^s^o へや、 云云ん エ 5 曰^き きいまい いいで 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、二 op、、、 

富 貴に 施々 たる は、 皆 止まる 乙と を 知らざる によるなら 是の 勿くな 

ひ i ^ か 、^聞 強記 も、 更 に 何の 見る 所 か あらん や、 乃 ち 無用の 糟糠の 

、 

み、 

被に 止まる と 云へ る は、 今 日に あ, 9 て は、 主 義方針 を 確定す るの 意 味 に 

解 ^ ば、 可 な ら ん、 彼 れ承應 三年の 夏、 父 の 喪に 丁 ら、 哀 戚 する こと 甚 しく、 



第三! i 第一 草 南舉 三 七 o 

6 て、 至 當の 義に歸 する のみ、 

唯,. 惜む らくば 遺著の 學說 を徵す ベ き ものな きを、 

野中 兼 山、 名 は 止、 字 は 良 繼、 小 字 は傳右 衞 門、 兼 山 は 其號な ftN 、土 佐 の 人、 三 

省と 同じく 時 中に 學 び、 後國侯 に 仕 ふ、 兼 山、 朱 子の 書 を 四方に 求めて 之 

れを 攻究 す、 然 れ ども 此 時に 當らて 書 籍、 尙 ほ 甚だ 乏 し、 因 らて歲 ごとに 

人 を 長 崎に 遣 し、 舶 來の書 を 購求 し、 或 は 之れ を飜 刻して 以 て 後 學 に 利 

する 所 あ ら、 又 山崎閽 齋は當 時の 鴻儒 にし て、 實 に南學 系統の 巨擘た i 

一 然るに 始めて 閽齋 を慫慂 して 朱 子學に 就かし めしもの は 兼 山な ら、 兼 

はの 朱 子 學に功 ある^て 知るべきな ク、 然 れ ども 兼 山 は 學 者と い ふよ 

\ らは 寧る 事業家に し て、 最 も經濟 地理に 長ぜ り、 蓋 し 彼れ の 人格 は 頗る 

\ ^ h ^ £ o k 00 090 09. 0000000 0000000000 

\ 能:. 澤蕃 山に 似て 尙ほ 多少の 差 ある ものな ケ. 蕃 山 は 衆に 絕す る深智 あ 

\ ooq^QOO^ で oo で- OOOOOOOOOOOCOOOOOO 

り て 其經營 する 所 情理 相 兼ぬ るが 如 し、 然 れ ども 兼 山 は敏惠 急峻に し 

9 o 0: o o c p o C 〇 o- o 〇 〇 〇 o o 〇 O つ 〇 〇 o C 〇 〇 o o o 

て 事 を 成す こと 速な りと 雖も 人情に 於て 或は 顧みざる 所 あ り 、乃 ち 兼 

o〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 c-oooo 

山の 蕃. 3 に 及 はざる もの ある を 知るべきな ftN 、閑 散 餘 錄 〔卷 之 上 j に 兼 山 



: が 事 t 叙して 云 く. 

厶厶 <"厶< -厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <" 厶 厶厶、 <J ^ A 厶 <\ 厶、 

土 佐の 地 は, 山 多くして 水が、 ら あし 、、然 る を 山 を 穿ち 溝槳を 通じ 

^ △ 厶厶厶 < 厶厶 < "厶厶 厶厶厶 

艸萊を 開 き、 S 作の 利 をな せり 

一 ^山 一生の 事 業. 實 に此 にあ り、 又 彼れ が 特殊の 塲合に 於け る 英斷と 功 

一 績 との 如き は、 大 高 坂 芝 山 之れ を南學 傳 〔上 卷〕 に 記述せ ら、 要 す る に、 兼 山 

へ o o o 3 o o oor-cooooooooooo^l^o-ooo^tpo 

_ は 敢爲决 行の 精神に 富める 事業家に し て、 决 して ffl 省堆 裏に 埋沒 する 

へ 〇 〇 つ o o o o o 〇 o 〇 〇 o o o 〇 〇 〇 〇 o: 〇> 〇 o 〇 pr ゆ * o <p c ^ 、 

! 腐需の 徒に あら ざ る な ら、 然 れ ども 人となり 嚴毅 にして 其 政 を 行 ふや 

ひ 〇oo 〇〇〇〇〇, 、 ' [ > I » 

一 峻法假 す ことなし 三省 常に 之れ を 諫めて 曰く 

o o o o o o o o o o o o o o o o つ, o o 0, ん" 山 9, つ I 力 ゆ. o レ、 

古の 功 臣、 終 り を 善 く し て、 福 祿、 子 孫に 及 ぶ も の 皆 德量寬 大仁を 垂れ 

000000000000000300000000 POO O 

ffi を 布 く、 若 し 夫れ 嚴刑 S 罰、 一 時效 をな すと 雖 も、 其 ffi 怨杳禍 亦 未お 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇-〇oo、o 

自ら 全うする もの あら ず、 吾 子 よ く 之 れ を 慮 れ 

" と、 兼 山 以て 善 言 と な す、 然 れ ども 終に 改む るで と 能 は ず、 彼 れが 唯一 の 

一 爭友 たる 三省 歿して より 己れ が 偏向す る 所に 安 んじ、 si 功 を 立つ る こ 

\ と を恃ん て、 奢 侈 を 長 じ、 樓 門 を 高く し、 池 園 を大に し、 歌 舞に 耽 b 、歡 樂 を 

第三 篇 第一 草 南舉 起原 三 七 一 



§0 第一^ 南^ 起原 I 一一 七 二 

極 む、 是 に 於て か 之れ を 怨むも の 愈-多 く、 遂 に諳大 夫と 隙 を 生 じ、 寬 文 三 

年貶黜 せら れ、 尋 いで 病歿 す、 或 は 云 ふ、 死 を 賜 ふ と、 又 云 ふ、 自 殺 す と、 何 れ 

に せ よ、 决 して 其 終$ を 全うせし ものに あら ず、 南 學傳に 兼 山 を 以て K 

歿する ものと すれ ど も、 然 れ ども 死後の 狀况を 叙して 云く、 

赴 を 聞いて 遠近み な 驚 く、 當 時禮 によるに 宜しから ず、 速 に 潮 江山に 

う, ゥ 厶 

む、 

' , ,-、、〇oo〇oo〇〇oo〇oo〇oo〇o 

此れに 由り て 之れ を 觀れば 何等か 怪しき 秘密の 其 間に 埋 伏せし を 察 

知す る を 得べ きな ら 、果 して 然ら ば、 三 省の 豫 言、 鑿 々竅に 中れ, と 謂 ふ 

ベ きなる、 

三省 兼 山の 二人に 學ぶも の、 長 澤潜軒 あ え 潜 軒 名 は 虎、 字 は 小 贰、 通 は 

文 藏、 潜 軒 は 其號な ,9、 京 師 の 人 、父 道 毒、 醫 を 以て 業と な す、 是 を 以て 潜 軒 

も亦醫 術に 通 じ、 兼 ねて 唇 算に長 ず、 久 しく 江 城に 寓 し、 又 京師に 住 す、 故 

に 其 名 雨 都に 顯は れ、 信 從 する もの 少しと せ ず、 喬 松 子 〔卷 之 四〕 の 註に 云 



^ ,# 、乾 冷 不, 息、 只 M 勤 謹 之 功、 無-間 斷-而 已、 是 長 澤 翁 之 說、 

此ユに 由ら て 之れ を觀れ ば、 潜 軒 Ki> 生 此の 如き 乙と を 主張せ しものと 

兒ゅ、 彼れ 延寳四 年 五月 を 以て 病歿 す, 年 五 十 六、 門 人 飯 室 與 五右衞 M 、土 

岐 M 元 等 あ ウ, 

次ぎに 三 雀の 門人と して 尙ほ谷 一 齋 ある こと を 忘る ベ からず 一 &、 名 

は S 、字 は 宜 贞、 小 字 は 三 介、 一 齋 は其號 な, 9、 又 己 千と 號す、 時 中の 子 な る 

一 齋土佐 を 去りて 京師に 移 り、 後、 又 江戸に 赴 き、 稻 葉 侯に 遊 事 す、 晚 年 に 

至りて 之れ を辭 す. 南 學傳の 跋に西 都の 高 慎 夫が 來 書 を 雕 す、 云 く 

^ A ^^f f 1:1, で や^^! ii 、出 處義旣 正、 窮困操 益 

£ £ I き, き 4 む i か き 4 4 ? 4. き 4 身、 眞 £ 哉, 

是れ 蓋し 一 齋がギ 素の 性行と 處 世の 狀况 とに 就いて 正確なる 消^ を 

洩らす ものな らん、 一 齋の 門人に 莊田 琳菴. 大高坂 芝 山、 江 木 三 S 田 正 

あ り、 一 齋 曾て 芝 山に 謂って 曰く、 

OOOOOOOQOO 

悅ま忍 後 1到 、樂 自^ I. 中- 來 

第三 篇 第一 窣 南风£ 原 ョ七コ 一 



第三 篇 第一 草 南學 起原 S 七 

洵に名 言 な ft> とい ふ、、/ し、 

莊田琳 《、 名 は 靜、 字 は 子 默、 通 稱は 萬右衞 門、 琳菴は 其 g なら、 武藏 の,、、 丹 

波の 龜山 侯に 仕 ふ、 琳菴 資性 特異に して、 才識に 富み、 志 を 立て、 自ら^ 

む、 嘗て 學 者の 志 あ み て 行 未だ 杲斷 ならざる ものに 說 いて 曰く、 

學は當 に 水 を 習 ふが 妒 いわ i やい ふ^いきまい!.^ で^い ひ^め 

きに 向 ふ、 沒溺、 死 せんと 欲わ^;^^ やかい^ かい^い^ やきい^ 

溺るゝ を 懼れ、 淺處 い^^^;, ^^いや」^^、 き^^い ハめ. ケ か^^^ 

の 水 を 游泳す る 乙と 能よ ず、 

琳菴 本と 溫柔の 人 た 5 と雖 も、 其 得失 を 論ずる に 當 ゥ て は^ 言 ^ si 

害い 力ん を 顧みざる の槪ぁ り、 是 を 以て 人に 忌憚 せら る. 寬 文 ト年君 侯 

病 逝 し、 恋 バ 志 を 得 て、 事 を 內に謀 る、 彼 れ 乃ち 思 へら く、 犹 して, y む.、、 か 

ら ずと、 或は 諫疏を 捧げて 之れ を 接し、 或は 面 折して 之れ を排 す、 群小 深 

く 之れ を怨惡 し、 讒を構 へ、 死に 抵 して、 遂に 龜 山城の 獄中に 幽囚す、 きか 

乃ち 獄中. にあり て 獄吏 問答 を かいわ も 4^; 曰い^ 滕ゎぃ い | 田:^^^ 



b^^" いひい)^^ か厶 か^、 へ ゃ* か^^^すべ からざる を稱 

かい、 木菴 獄中に ある こと 凡そ 四 年、 延寶ニ 年 十 M を 以て 死刑に 處 せら 

る、 乃 ち絕 命の 辭を 朗吟して 曰く 

^慕 胡 忠簡、 英名 萬 古流、 浩然 同" 正氣ニ 笑 霞" 儂頭ハ 

きに 年 僅に 三十 六、 白 匁、 身に 觸る 、に 及んで 、神色自若 として 變ぜ ず、 蓋 

し 平素の 修 養、 然 らしむ るな り * 

林菴と 同じく 一 齋 門下 出身の 人と して 有名なる は 大高坂 芝 山な り、 芝 

k 名 よ 季 明、 字 は 淸 介、 芝 山と 號 し、 又 一峯と 號 し、 黃 朝と 號 す、 (.1 と稱 せし 

、、と 斯文, 七生の 人、 弱 冠に して 巖城 侯に 仕へ 、後、 稻 葉 侯 に 仕 ふ、 芝 山 慷 

1 氣節 t 、然れ L いョ I まョ" i5 

に r 、順、 菴、、 伊 、藤、 仁、 齋、、 山 、崎 、画ぎ、 僧 ガ 、政、 及、 び 陳 元 贊. 朱^ 水の 如 き、 皆 酷 評 を 

^、へ 、て ^ば、 せ ^、る ^ 、な、 し、 彼. れ 南 學傳に 於て 仁齋を 論じて 日く、 

き ^ £^ 4 S | 麵 & すま P ^ 酽ま f ぎ | 誨 M 爲 新奇 之 說 S き 

A 厶ム 

黃 吻曹, 

第三 篇 第一 窣 南 學起原 



^三 篇 第一章 南學 起原 一一 一七 六 

叉 閽齋を 論じて 曰く、 

^ ま 先 g ^ ^ かき ^ ^ 伊き J 曰 ^ £^ ^ 4 鲈云 $ お ^ 昏 

レ書 者 之 罪人 也、 , 

彼 輩を掊 8 する、 率ね 此の 如し、 谷秦山 彼れ が 著書 を 評して 曰、 

J 4 許 太 過、 然文格 生 硬、 字 法 差 ^、や ili^i: ^ ^ 4 ^ t" 女 S 4 £ 

, 論 也、 一 秦 山集雜 著) 

然れ ども 又 一 槪に 彼れ が 人格 を 侮蔑すべき にあらず、 何ん とな If 、彼 

れ亦 一 種 得 易から ざるの 才 あれば な も、 殊に 門人 等 は 深く 彼れ を 崇敬 

せし と 見 ゆ、 河 一 澄 が 「嫁 喬 松 子」 に 云 く、 

先生 幼より 敏悟 聰明、 剛毅 果决、 壯歲に 逮んで 三 侯に 事へ、 皆 機 務に關 

る、 其國 政に 補 ある こと、 勝げ て算 ふべ, けんや、 諫爭 議論、 誠を竭 くし、 6 

を盡 くす 正 言して 諱 まず、 操 節して 屈せず、 左右 碌々 たる 群小、 深く ま 

み 妬み、 言 を 造.. て誣ひ 譏る, 故に 久しく 事 を 執る こと を 得ず、 先生 其 

幾 を 察し、 其 徼を燭 らし. 速に 辭し 去る、 是を 以て 籠絡して 乙れ を禍 S 



30030003 3 00000033000 

に陷 る、 rJ と 能 は ず、 先 生 耿介老 いて *r 堅 く、 淸 廉 老い て 益,. 白 し、 其 富 

〇 ooo〇〇〇ooo 〇〇o〇〇〇 oc:oo〇〇〇o 〇〇〇〇〇 

貴 を 觀る乙 と、 猶 ほ 草芥の ごと く、 其 死生 を 觀る乙 と、 猶 ほ 夜旦の ごと 

0厶 △ 厶厶厶 △△△<-△ 厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶 厶厶厶 

し、 前 後 九た び 俸祿 を辭 して 敢て橈 ま ず、 凡 そ 五た び 死地に 入らて 敢 

厶ぉ, V< "厶 A 厶 厶厶厶 △<△△△△<"△ 厶. 厶厶 △ 厶厶 厶厶厶 △ 厶厶 

て忠 5; ず、 仕 を數 邦に 致し て、 遂 に 里 巷の 間に 返 休 す、 先 生の 如き は、 眞 

AAAAAAAAA o〇c-o〇〇〇o〇〇o〇〇o〇o〇o 

の硕 丈夫と いふべ し、 云 云、 先 生經を 講ず る 、鎭 密 親 貼 す、 精 神を舒 ぶる 

ooooooooooooooooooooooooo,oooso 

に 迨 ん で、 聽 くもの 感じて 或は 淚を墮 す、 歷 史を 語る に 及んで 始終 本 

〇o〇oooon 〇〇〇〇〇〇〇 oo〇〇o〇o〇o〇〇o〇o 

末、 悉 く審 霰に し て、 恰 も 身 親ら 其 間 を 履む が 若 し、 聽 くもの 亦曉 然と 

〇 o 〇〇〇〇 〇〇〇 

して 目に 見る が 若 し、 云 云、 

此れに 由,^ て 彼れ が 性行い かん を 認識す る を 得べき な 6 へ 正 德 三年 五 

月 二 曰 を 以て 歿 す、 年 五 十 四、 著 はす 所 南學傳 ニ卷の 外、 喬 松 子 四 卷、 適 從 

錄三卷 、存 一 書 六卷、 餘花編 ニ卷等 あり、 就中 存 一 書と 餘花 編と は 土 佐 群 

書類 從 中に 收载せ ら、 前 者 は 芝 山が 文集に して、 後者 は 其 詩集な り、 喬 松 

子 は 單行本 あ ち、 是 れ芝 山が 學說を 叙述せ しものに て、 人 以て 我 %; に 於 

ける 諸子の 嚆矢 とな す、 源 有 本が 總 叙に 

第三 篇 第一 窣 南學起 三 七 七 



第三 篇 第一 草 南學 起原 三 七,^ 

\ 厶厶厶 <"<"A 厶 <"<3 厶 <1»- 

本邦 子 類 爲,, 之 魁; 此 後 恐 多 出焉、 

一 と^れ 入^に nv-^„i ^正 AH:^ に 、^にぶ | 松 < 子 て 

に 方け る 諸子の 嚆矢 とする を 得ず、 但~喬 松 子に 次いて 世に出で た-る 子 

類 は、 原子、 猗蘭 子、 水 哉 子、 鷹 起 子、 柳 子等 あらて 其 書に 乏しから ず、 源 有 本 

が總 叙に 叉喬松 子の 內容を 論じて 云く、 

此 書首卷 所, 陳、 據,, 薛 氏 之 語, 也 多 矣、 第 一 一 卷 黄. 祥 問 自 fefe 傳 之 義-以 後、 章 

句漸繁 衍、 大 率 皆 造,, 自 家 言 語; 第 三 卷 自 レ險禮 樂 文 章- 以 後、 文 之 精 神、 詞 之 

波 澜、 悉 S 於 此; 至龀 ^ ^;ル ^ £ ふ I ^ ^ ふ 私 きき あ せ 1 £ 

一 乎 哉、 

\ S 松 子 卷 共に 芝 山の 學說 たるに 相違な きも、 第 四卷は 其大骨 頭と す 

一 る 所な り、 因らて 第 四卷の 耍點を 紹介 せんに、 彼れ 先づ 

おれ S き.^: s、 js- g ゆ、 ^ o ^ o ^ o o o o ,o o o o o o o o 

達 は ヲ 地/ム^ K 底の 理 固よ,. y 一 人 一 家の 私に あら ず、 豈 に 敢て秘 して 

o o o o 

一 藏 せんや、 

\ と 喝破し、 次いで 心 法と 道體と 1 ^^ひ P を斷 言し、 我 6 の 道 蹬と合 j 



して 、一種 言 ふべ から ざ るの 妙處に 到達し 得た る 境遇 を 論じて 曰く. • 

oo〇o〇〇〇〇〇c、、、, 、、、、* 、、、、、、、、 、ヽ、 

天地 一 胸 襟、 今 古 一 東 流、 S 心 全 體の弘 き、 大 用の 停 もな き、 元 來恁地 な 

、 ヽ、、 、、、、 、、、、、* 、、*、ヽ〇〇〇00〇0〇〇〇 

ら、 存 養 功 熟し て、 今 にして 其 初め に 復 る な ら、 古 の 聖人 斯心を 以て 斯 

〇o〇〇〇〇o〇〇〇o〇〇〇〇oo〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

心に 傳 ふ、 後 世 の 學 者、 g 心 を 得 れ ば, 乃 ち 聖人の 心 を 知 る、 萬 古 一 理、 聖 

〇 o 〇 o o 

々同 >:□ な, GN 

彼れ 叉 更に 其 旨 意 を 敷衍して 曰 く、 

、、、、マ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

夫れ 心を存 して 忽に する 乙と な く、 理 を 窮めて 舍っ る rJ とな く、 攻 を 

、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、 、、、、、 

累 ぬる こと 久 うして 後、 自 ら 本心の 虛 靈、 明 鑑 止水の 若くなる を觀 る- 

〇〇〇〇 oo〇o〇o〇o〇〇o〇o〇〇〇coooo〇oo〇 

此に 到, 9 て肇 めて 心境と 天地と 其 大、 隔 て な く、 性 理と 天道と 其 源 ま 

o o 〇 〇 〇 

一 なる を謅る 

尙ほ 天命と 人性と 一 貫して 二 致な きを 說 示して 曰く、 

oo 〇o〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇ooo 

天命 は 只是れ 元な り、 分 ちて 之れ を 言 へ ば 元 亭 利 負な も、 人 性 は 只 是 

0-00〇〇〇00〇000〇0〇〇〇〇〇〇〇〇0〇〇〇0〇0 

れ 仁な り、 分 ちて 之れ を 言 へば 仁義 禮智な り、 猶 ほ 一 塊の 玉の 渾然な 

〇o〇o〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇〇〇〇o〇oo〇o〇〇〇oo 

る 中、 溫 潤 堅 確、 榮 徹 條 理、 粲 然 たる 分 あるが ご とし、 抑 i 中 な も、 極 な Ay 一 

第三 篇 第一 萆 南^ 起原 三 七 九 



次 

ぎ 

に 

彼 

れ 

天。 

性。 

> o 

氣っ 

禀 o 
と o 
の。 
同 o 

體 o 

不 o 
離 o 

を 
看 
破 
し 
て 
曰 



彼 

す o 天。 れ 

所 。と。 叉 

あ。 は o 天 

I) O 性 と 〇 

て o の o • 性 o 
名 o 源 o と o 
を 〇 1 生 o る、 o 

異 〇 と O 

に o は o の o 
す o 心 o 三 o 
る 〇 の o 者つ 

の 體っ を 

み o 心 o 合 o 

と o し 
は o て 

身 O —CD 

の o 理 o 

司 と 
三 〇 'な 
者 〇 し 

總 o て o 

ベ 論 
て じ 
是° て 
れ 曰 

― o 
理 o 
谷 o 

指つ 



は、 に、 な、 君 
る、 あ、 る、 子' 
又、 ら、 に、 學、 

何、 ざ、 逮、 成, 

の、 る、 ベ、 い 
不、 な、 ば、 て、 
善、 く、 心、 至、 
力、、 天、 な、 處、 

之、 理、 b 、 に、 
れ、 の、 性、 到、 

あ、 流、 な、 れ、 

ら 、 行、 b 、 は"、 

ん、、 に、 情、 廓、 
あ、 な、 然、 

ら、 b、 と、 

ざ、 渾、 し、 
る、 然、 て、 
な、 れ、 大、 
し、、 る、 公、 

大、 至、 物、 

本、 #、 來、 

體、 明、 た、 
立、 德、 い 
ち、 瑩、 て、 
て、 徹、 順、 
達、 し、 應、 
道、 て、 す、 
用、 天、 恁、 
行、 德、 地、 



之な か此 
れ しなれ 
を とらに 
論 は 彼 由 

じ 言れ b 

て は此て 
曰 さ' の 之 
く れ 如れ 

ど く を 

も、 人觀 
本 © 性 れ 

然 @ を ば 
の ® 以 彼 
性 @ て れ 
に © 天 カミ 
復© に 人 A 
る ® 出 性 A 

? r® づ を A 

得 @ と 以 A 

は © す て A 
何 @ る 天 A 

等 @ お に A 

の ® 故 出 A 

不© に づ、 

善 @ 衆と 

も © 人す 
な ® のる 
し ® 心 z 

と不、 と 
t 善 明' 



の o な o 
源 o bo 
な o 止 o m 

夂 な 〇 S 

,o 第 

こ 窣 

,南 

性つ 學 
_ 起 

の ムま 

德 o 
な o 
bo 
命。 

な o 

bo 

天 o 
な o 

bo 
神 3 

な o 
bo 

帝 o 三 

io§ 

bo 
唯 o 
Zo 
れ o 
性 o 



g 

裏 險 
豫 夷 



八 



或、 し、 
は、 終、 
逶、 い 
邐、 は、 
或、 佘、 
は、 其、 
崎、 四、 
嶇、 隅、 
い 
夷、 り、 
廣、 躋、 
隘、 る、 
を、 旣、 
の、 に、 
徑、 し、 
同、 て、 
じ、 ひ 
か、 の、 
ら、 山、 
ず、 を、 
佘、 視、 
歷、 れ、 
過、 ば, 
す、 或, 
る、 は 
乙、 直' 
と、 或' 
數、 は' 
十、 曲 



道 
譬、 を 
へ、 體 
ば、 得 
乙、 せ 
のヽ る 
山、 次 
に、 第 
登、 を 
る、 叙 
力;、 し 
如、 て 
し、 曰 
初、 く 
め、 
は、 
余、 
東、 
南、 
よ、 

b、 

し * 
中、 

' ろ、 
' は、 
• 余、 
、 西、 
、 北、 
、 よ、 
、 ら、 



れ 
殆 
ん 
ど 
今 
曰 
の 

m 

人 

道 

を 

顯 

彰 

す 

る 

も 

の 

に 

似 

b 

次 
ぎ 
に 
彼 
れ 
自 
ら 



の o 間 o 關 o — o 所つ 後 
廣 o 隔 o り o な o 謂 o に 
洪 o す o 人 o り o 中 〇 道 
卞と。 る o 我つ 旣 o な o の 
る o 所 o 齊:) に O り0 何 

六 o な o く o — o 仁 o 1Z 
合 〇 し o 具 o な o な o る 

に。 は 〇 れ 〇 b か 

瀰 o をつ る、 o ば o 只' 3 を 
ら O 以0 故 o 華。 是。 論 



て 〇 て o に o 夷 o れ o じ 
四。 ,つ な 。道。 其、 

下 〇 海 o 仁 〇 ん o の 、つ m 

能 o を o 者 o ど 大 大 
く o 家 o 能 o 別 o 綱 o 無 

载 o と o く o たつ 其 o 邊 
す o な o 天 o ん o 體 o な 

る。 し O 地 O 今つ 段 〇 る 

な o 中 o 萬 o 古 o 渾 o 所 
き 〇 國 o 物 o な o 々o 以 

所 o を を ん 洞 を 
以 o —。 以 o ど o 々o 發 
な o 人 o て o 隔 o とつ 揮 

f)0 と o — o て o し o し 

、 な 體っ ん て」 て 

す o と o 治 o 元 o 曰 

z° な 亂。 と く、 
れ o し o 共 o 是っ 

て に o れ o 



に o る o 夫 o 

あ o れ o 

ら o が。 

ざ o 如 o 性 o 

る 〇 し o 

な 〇 金 o 禀 o 

j) o 塊 〇 の o 
玉 o 中つ 
/So (こ o 
固 o あ o 

X° b° 
!>o て、 o 
一 o 混 o 

物 合つ 

に 〇 し o 

あ 〇 て 

ら o 隔。 
ず o て o 

復 〇 な 

1Z。 き o 
こ o 
斷 o と o 

し o ^ 
て o 玉 o 

兩 o の o 

箇 o 塊 
と o 石 o 
す o に o 

る o 藏 



因 以 

b 5ro 人 o 聖© て 

て 講 o の o 人 © 遺 
尙 じ fk'o 旣© 慽 
ほ て o 萬 o に © と 
道 得 o 世 c 生 ® す 
を る o 滅。 れ@ ベ 
講 乙 o び o て © き 
ず と o ず。 は © の 
る あ o 昭 o 道 ® み 

の ら。 昭 彼 
法 ば o とつ 人 @ れ 

を 是 たつ し o に © X 
叙 れ o て o あ ® 巧 

し 聖 遺 o り @ に 

て 人 經 o ^© 聖 
曰 の o の o 人 

く 道 o 中 ◦ 旣 
を o に o 
曉 存 o 往© 
る 〇 す o い © 
な 〇 萬 o て © 

b ° 世つ は © 

の 〇 道 ® 
To 遺 © 
や 經© 

し o に © 

能 3 あ ® 

く o ら © 
經 o 聖 o 



解 是 
的 等 
說 の 

明 言 



•3 



人 

と 
道 
と 

の 

關 
係 

說 

て 
曰 
< 



皆 
道 

の 
元 

る 

を 
論 
證 
せ 
ん 
と 
す 
る 
も 

の 

な 

如 然 
き れ 

看 ど 

あ も 
る 毫 
は も 
聊 分 



を 
な 
さ 
ず 
し 
て 

單 

に 
形 
容 

の 

文 

字 
を 

連 
綴 
す 
る 
が 



乃' 


• 固, 


> し 


曰 


» た、 な、 




ち、 


> よ、 


' て 


は, 


k る、 勤、 




渾、 


' 6 、 


1 




» く、 ^^、 

V ゝ、 i±i 、 




冷, 


' 道、 


• や 


ほ, 


* 力 n、 I > 




き 


' な、 


i ほ J 


脇、 


' f 、て、 
し, し, 


冷、 


' 6 、 


易 




' 蔡 〇 /f お、 

5Ly 1ぜ 




た、 


萬、、 


な 


の、 
*■ ノ 


ジ ズ 


草 


る、 
も、 


殊、 
の、 


5 


7、 ヽ 
レ 


' -r o ぶ、 

しリ 3 

甘 〇 、7 も Tr、 

A り 顺 


m 

平 


の、 


粲、 


は 


< 、 

ゝ 




起 


を、 


冷、 




今、 


念 




曉、 


iz、 


m 


や、 






る、 


る、 


に 


'I 仝、 

XXX 


す 〇 7 、 




旣。 


木、 


レ 


± 、 

X) 






に o 


亦、 

ノ j 


て 


女、 

ノ、 き 


に O nvx^ 

k、u 徑、 




曉 o 


道、 


今 

1 


寐、 


ラ白で >、 




れ o 


な、 


'や 


の、 

V リ 


PH、 




ば。 


b 、 


メ 


警、 

見 


て' o A 、 




乃 o 


衆:、 


求 


め、 

"ソ 






ち o 


々 、 




ブ?、 

/ C 


•to "、、 

りり お 




古つ 


碎、 


I) 

J 


7、、 

'リ 


f^ju の 




今 o 


々 、 




が、 


Mo ^?ゝ 
ィ了 




一。 


た、 


本、 


如、 


只 く、 




mo 


る、 


の、 


し、 


是 o 時、 ' 


, 人 


千 o 


を、 


渾、 


rth 


れ〇 萬、 




So 


窮、 


冷、 


は 


一 o 徑、 




— o 


&、 


1Z ヽ 


煩 


道つ の、 




心 o 


し、 


る、 


多 


の o 皆、 




云 


て、 


は、 


に 


み . 殊、 






^ 和 O 合 O 

に せ o — o 

こ る。 し 尸 

b — 天 

9 元。 命 
ぎ 論。 と。 

る を o 人 〇 

立 o 性。 

す o と o 
る o を 〇 
を o — o 

以 o 貫 o 
て o し o 

主 O て G 

於 眼。 徹。 

て と o 上 o 



も 
さ: 
お 
學 
系 

に 



、 、 、ヽ、 、、ヽ ヽヽ f い、、 

其兩端 を竭 くして これ を 示す 

〇〇〇〇o〇〇〇〇 

芝 山の 學 說、 畢 竟心 法と 道體と を 

^ち 別 に 何等 自家の 創見 あ り と 

第三 篇 第一 窣 南學 起原 



かきい & か きい^い い^.^^ はギ かにして 大路? fT+r 

いい;^ 1^ 妒 い^い^い^ゃ^^^ なら、 學者眞 に 經業を 好ま, t 

ぃ& い-ま "^ぃ &ぃま い f んゃ、 m 

l!8?>^"£Ii ^^ゆ^ い^い^いて 道 を 求めい 道 を 求め 

か^かい」, ず^^^^^い やい か^い t や^い 升り て 主人に 逢 If 

ひい い^い^い かい^いか^ や^^ば、 異端 何に よらて か 之れ を刼 

^^^やず ぉ&ぃ P いぐ^^い い^^^め^ として 挺 立し r^r 

い^い^^^ や、 & ふ、! ^^いまい^い^ いて 夕に 死す 

;^^ か^ &ぃ" &i き^^^^ ^やゆ^^^ いや^ 日用 常 行の 

• KO、 ^5^^ ひ^い^い やも^^い^ r ずと せんこと を 恐る、 故に 



第三 篇 第一 窣 南學^ 原 三 八 四 

掉 尾の 勢 をな すの 看な しとせ ざるな え 蓋 し 南學は 初め 南 村 梅 軒 之 を 

傳 授 し、 尋 いで 谷 時 中 之れ を 振與 し、 小 倉 三 省, 野 中 兼 山 等 之れ を繼 承し、 

大高坂 芝 山 其 終結 を 成せ り、 闇 齋は 京師に 赴いて 別に 一 派 を 成 し、 悉 皆 

是等 諸氏 を 合する も、 尙 ほ 未だ 及ばざる 底の 大 影響 を 生ぜし ものなる 

が 故 に、 本 と南學 よち 出て たるに 相違な き も, 亦 新に 系統 を 開く ものと 

〇〇〇〇ooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 ooo〇 

見る を 得べ し、 芝 山が 時 中 以來の 學說を 消化 し、 自 家の 見識 を 以て 之れ 

〇〇〇〇〇〇 〇o〇〇〇o〇〇o〇〇〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇 CO 

を鎔鎬 し、 遂 に 之れ を發 揮して 四 卷の喬 松 子と なし^る が 如 き、 又 彼 れ 

G〇〇o〇〇〇o〇〇〇o〇o〇o〇〇〇o〇〇〇o〇〇o〇〇〇 

が 梅 軒 時 中以來 南學の 系統 を 叙述して、 一 篇の 南學傳 となした るが 如 

〇〇〇〇〇〇 o〇〇c〇〇o〇〇oo〇〇〇o〇〇〇o〇〇c-c〇 

き、 皆 彼れ が掉 尾の 勢 を 成せる 所以に し て、 叉 彼れ が 學界に 於け る功勞 

〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇o〇〇〇 

も、 主 として 此 にあら て存 する を 知るべきな,^、 



第二 章 山 崎闇齋 

第一 事蹟 

南學 系統よ.^ 出て > "欝然 一 家 を 成 し、 純 然 たる 朱 子 學派を 代表す る も 

も9 上し 

の を 山 崎閽齋 となす 閽 齋、 名 は嘉、 一 の 名 は 柯, 字 は 敬 義, 通 稱は 嘉右衞 門、 

閽齋は 其號な も、 又 垂 加と 號 す、 京 師の 人、 閽齋が 曾 

祖父 を淨榮 とい ふ、 播磨國 宍粟郡 山 崎 村の 人、 祖 父 

を淨 泉と い ふ、 淨 泉、 又 左衞 門と 稱 し、 備 の 木 下 氏に 

仕 ふ、 祖母 は 多 治 比 氏、 父 は 淨 因 ニニ 右衞 門と 稱 す、 本 

と 泉 州の 人、 後、 京 師に住 し、 鉞 醫を 以て 業と な す、 母 

は佐久 M 氏, 子 四 人 あみ、 男女 各 J 1 人、 閽齋は 其 末子 

な ら、 閽齋 自ら 作る 所の 山 崎 家譜に よれ ば、 四 人 皆 京師に 生ま る、 就レ中 閽 

齋は實 に 元 和 四 年 (卽ち 紀元 一 六 一 八) 十二月 九日 を 以て 始めて 呱々 の 

驃を揚 ぐ、 彼 れ幼 にして 潁 悟、 祖 母 多 治 比 氏 常に 之れ に敎 へ て 曰く、 

第三 篛 第二 窣 ,3 崎 鬧齋! 第一 事蹟 三八 五 



(ハ) 此垂 加の 二字 は 

神垂 冥加の 咯 なり、 

垂加 革の 劈頭 第 一 

に 「神 垂 以ニ祈 醻 ー爲レ 先、 

冥 加 以 -I 正 直 一 爲レ 本」 の 

訝^ 揭ぐ、 是れ鎭 座 

記、 繁 基本 記、 倭姬 

世 記!, i 出づ る もの、 

闇 齋此語 .U 本づぃ 

て垂 加の 别號^ 作 

れ リ、 



第一- 1篇 第二 荜 山 崎 闇齋— 第 1 事 踵 一一 マ,、 

諺に 之れ あ-、 身 は 1 餞め い^ずか ^^い ひ"^ や I いひ^い 

字 を 習へ、 字 を識ら ざ^かめ い^;. がひ^い、 

母 佐久間 氏性嚴 な^、 甚だ 兒曹を 愛すと 雖も、 然れ ども 飮食 を恣 にす る 

力 如き こと あれば、 未だ 嘗て 呵責せ ずん ば あらず、 常に 誡 めて 曰く, 

鷹 g えて 穗を嚷 ^やも^^ や^い^い^ やい、 

H に 由み て 之れ を 觀れば 、き^^!^ h^^^^g^ か 如^ き 

翏ま; お。 し £ 。知?^。 に。 足。 る、 家庭 

彼れ 叉 嘗て 群 兒と戯 る、 人 あら、 菓子 を 擧げて 之れ を 示して 曰く、 

汝曹 各-其 能 を 奏せば、 吾將に 之れ を與 へんと す、 

群 兒是に 於て か 或は 歌 ひ、 或は 舞 ふ、 其 人 乃ち 之れ に 菓子 を與 ふ、 閽齋獨 

々何等の 技 を も演 せざる を 以て 獲る こと 能 はず、 因み て 大に號 泣 そえ 

其 人 之れ を 見て 之れ に 菓子 を與 へんと す、 閽齋敢 て 之れ を 受けず して 



曰 



之れ を 獲; I い^わい i^b いやん 《白^い;^^^:^^" I い^い 



(二) 山 田思叔 の 鬧 齋 

年譜 及び 閑散 鼢鋩 

等 皆 闇 齋先づ 比^ 

山 に 之 さ、 後 妙 心 寺 

こ \ る ものと ぜリ 



、、、、 、、、、、、、、、、、ひ、 

する 所な し、 故 に 憤, 5 に朥 へざる のみ A 

閽齋 稍-長 じて 狡 悍無賴 4 ^に A 堀!: A の 橋 上に 遊び、 長 竿 を 持ちて 行人の 脛 

ピ A 打 A ち、 < 水 <中< に <轉< 墜 A せ <し< め^^^ A と <な< す、 父淨因 之れ を 憂 ひ、 乃ち 之れ を 

賠鷇 山に 託し、 將に 以て 僧と なさん とす、 閽齋比 S 

山に ある や、 常 に 書 卷を釉 に し、 客 を 延 き、 茶 を 供す 

るの 際と 雖も、 少間を 得れば、 乃ち 出 だして 之れ を 

讀み、 巳に 其 尋常 兒子 にあらざる の徵 候を呈 せに 後、 妙 心 寺に 移に 

して 僧と なら、 絕藏 主と 號す、 彼れ 一 夜佛 堂に.^, 5 て經を 誦し 阱^ とへ 

ム^ん ム^ "やち^ hi:^^ ふい^へ A い 、降き の 虚誕 を 笑 ふと、? 

^で、 一 い ま^" Is 鼢ぃ^ &ぃ、 、にだい (し 潜に 其寢室 f 

ぃ&^ い^い ひお や 4 か^ 貧^ ビ I にぐ ビ^す、 彼れ 之れ を 聞き、 大に 

、、、、、、, 

號は, o て 曰く 

厶 厶 \ 么 A 厶 厶 厶 * 厶 厶 A A A ^ A A 

茱 して 然らば 吾れ.^ を 堂宇に 放たん 

や か^い、 是時 に當に 土 佐の 公子 某 妙 6 寺に 居る、 聰明 

第三 篇 第二 窣 山 崎閽齋 ー 第一 事蹟 三 八 七 



第三 篇 第二 窣 山 崎閤齋 I 第一 事 三 八」 

にして 鑑識 あ ら、 嘗 て 閽齋を 見 て、 歎 じて 曰く、 

此兒 神彩秀 逸、 後、 當 になす こと あるべし、 

と、 乃ち 之れ をして 土 佐の 吸 江 寺に 學ば しむ、 閽齋是 にが、 て 小 倉 三 尊 野 

中 兼 山 二 氏と 相 交 はえ 二 氏の 慫慂 により、 程 朱の 學を 修め、 谷 時 中を師 

として 其 學業を 成し、 遂に 蓄髮 して 儒に 歸す、 時に 年 二十 有 五、 然れ ども 

土 佐侯悅 びず、 因 6. て復た 京師に 歸る、 閽齋 三十 歲 にして 闢異 一 卷を著 

はし、 終, CS に 其 佛を脫 して 儒に 歸 せし 所以 を 論じて 曰く、 

吾れ 幼年に して £| 曰 卜^ 4. き^^ い ひ^き^:^ ^3 3 ひい ひ^ 

谷の? 本づご 一一 一き 1= きき 

讀んで 佛學の 道^^^ ずい!^ ひ昏 い^れ 一? セ^い 

て 未だ 立り ひい^^ や きい や^^^い^ や^ひい^^ やお, かひ 

惑 ふべき を懼 る、 

更 H 一 轉 して 道の 何たる か を 論じ、 世の 儒者の 通弊 を 論じて 曰く、 

蓋し 道と は 綱常 §4、; き^お^^^^ ^^^5^ ひ、 



や? し。、 "いや ざお, ぶぶ 

§^.|ぃゃ^^^酽^^^、かぃ^^"務め、詞章を爲して、詩鲈、道を 

^^いか やい^ や^い^か^^ に 明かなら ずして、 佛 氏の 敎 

、、、、、、、、、、、、、、一、、、、、 

に 化せざる もの は、 未 だ 之れ あらさるな り 

E 治 元年 閣齋 江戶に 赴き、 井上 侯 (§ § I、 名) を 主と す、 初め 彼れ が 江戸に 

來 2 ,9 し 時、 貧 窶 にして 儋 石の 儲な し、 故 に 書 商の 鄰に住 し、 其 書 を 借り 

て 之れ を閲讀 せり、 是 時に 當, 9 て 井上 侯學を 好み、 書 商 を 介して 閽齋を 

見ん と 欲 す、 閽 齋 曰く、 

侯、 道 を 問 はんと 欲せば 先づ * た, 5 見よ 

と、 侯 之れ を 聞 き、 嘆 じて 曰く、 

か い^ I! ひま やい^が 4 い^^い^ ふに 意な く、 東^西走、 其 技 

か^^お^い かひい い^で 4^^^ い^いまに 來た, 5 て學ぶ を 聞 

い、 &、 いひ^^い い や、^^^^ いわ^い 守 や 此れ 乃ち 眞孺 なえ 

と、 卽日駕 を 命じて 之れ を訪 ひ、 弟子の 禮を 執れち、 閽 齋是れ よ, "Ki 江 都 

第三 篇 第二 窣 山 崎闇齋 —第一 事蹟 三 八.? 



m 答 

曰 は ; o 世 〇 る O 臣0 へ 
く 一 O に J を 三 o て 

の o 生 o 得 o 幾 〇 曰 

樂 o れ o る o あ o く 

み 〇 #0 は o 1) 

な o を o — o 凡 o 
b o 讀 o の o 
是〇 み、。 樂。 天 o 
れ o 道 o み o 地 o 
臣 o を o な o の o 

の o •〇 I) 〇 p^o 
樂。 び o 天 o 生' o 
む 〇 地 o あ o 
W\° の o の o る 〇 
き 聖 o 間 o も o 

\) 罾 G O の O 

と o 治 o 何 o 

^'O -ー 〇 P'O 

を o 亂 限 o 
一 o 定 o ら o 
堂 o 數 o ん o 

の な 而 o 
上 〇 し o し o 

に O [fjjO て o 

把。 し o 萬 o 
る o て o 物 〇 

を o 右 ◦ の o 

得 o 文。 靈 
る O の O 1 乙 Q 



第三 篇 第二 草 €崎 閤齋 —第一 事黷 三 九 〇 

に 赴 き、 兩 都の 間に 往來 せみ、 

宽文五 年 會旗侯 (I s きの 聘に應 じて 之れ に 赴く、 然れ ども 仕 へ ず、 侯 乃 

ち 遇する に W; 師 の 禮 を 以 て す、 會 津侯 嘗て 闇齋に 問うて 曰く、 



二 の樂 みは 旣に 之れ を閒 くこと を 得た. り、 請 ふ 亦 其 I の 樂みを 聞か 

ん、 

答へ て 曰く、 

此れ 其 最も 大 なる もの、 而 して 言 ひ 難き 所以の もの は、 君 侯^ず 信ぜ 



先生 樂 みあ,^ や、 



佼 
曰 



敢て問 ふ、 何 の 謂 ひど や 

n 、 

^^いん 「6 ^^^ぃャ^ & か^い^ゃ まやが やい おじ、 不學無 H 

^いまい^^い t い、 まい p^^p^ か^い, 主意 を 迎合し、 其爲す 

^い, い^お^ 卜,^ に い^^^^いぐ 之れ を誹毁 し、 遂に 

第三 篇 第二 草 山 崎闇齋 ー 第一 事蹟 三 リー 



ず し て、 以 て毀訾 誹謗と なさん 

侯 曰く、 

寡 人 不敏と 雖も、 先生の 言 を 奉じ、 孜 々諫め を 求めて 忠言 を渴 聞す、 何 

すれ ど 今に 至ち て 敎を終 はらざる 力 

曰 く 

君の 言此 に及ぽ く臣假 令ひ戮 辱に 逢 ふ も、 豈に 言を盡 くさ 、"らん 4 

や ノ^^^^^^^^^^^^き^。 に^れざる こと、 

是れ な,^ 



0S 第二 草 山 f 隨齋 I 第 一 事蹟 三 九 二 

一 4 然の性 をして ^ ひ^ま^い やき^^,、^ いい ひ,^ 卜^^^い 

て 事務に 習 ひ、 師敎 へ、^^^、 き^^ き b き れい, ^ 爾パ 

• となす や、 是れ臣 ゆ 軸 膨^# や^ i ^き^お^^、 踟ー 

ものと する 所以な fts、 

是に 於て か 侯 茫然自失し、 嘆息して 曰く 

\ 誠に 先生の 言 の 如し、 

と、 常 山紀談 〔卷之 二十 四〕 に は 閽齋の 言 ひし 所と 殆んど 同 一 の 事 を小櫃 

與 五右衞 門なる もの、 會津 侯に 對 して 言 へみと せ, C/ 其 果して 孰,. か是 

なる を 失らず と雖 も、 今 は 姑く 先哲 叢談 5 之 三〕 に從 ふ、 井上 侯會津 侯の 

外力 藤 美 作 侯 (I I) も、 亦禮を 厚う して 闇齋に 師事す、 然れ ども 會津侯 敬 

信 最も 深く、 終始 一 の 如し、 閽齋 亦感奢 恩に 答 ふる を 思 ひ、 知 もて 言 は ざ 

な o く 10 に 水 魚の 看な きを 得ず、 きか^^き ゆ^^^^き^い o し^^ 

o 時に 閽齋 のお £。 のが 。地 ざ 。气 とつよ リ て、。 一。 層 ,0カビぎ。 る 。こ 。至^ 

ゲ此點 よ.. 之れ を 言へば、^. I ゆ, き^^^ゅ^^,^ いま^^ 緲^ 



境》 ay る^ 事》 
に》 廢、》 や》 し》 
入力 祀》 儉》 て, 
る》 を》 を》 大力 
乙》 興》 崇で 學ち 
と》 し》 びで の》 

を》 淫ち 奢》 a> 
許》 祠》 を》 を》 
さで を》 抑》 知で 
\ 毀》 へ》 る》 
時で ち》 1、で 先》 
人ち リひ 情》 生》 
稱で 化》 を》 を》 
す》 を々 達》 得》 
侯》 禁》 し》 るで しク く 
本》 じ》 民》 に》 士》 
と》 歹斤ミ 苦》 及》 に》 
賢》 子》 を》 ん》 下》 

然ふ を》 問》 て: ち お、 

iXX) 止》 ^ るク 
ど》 め》 社》 偽 其 も 
もち 凡で 倉》 ^ 學》 
先》?^ を》 き たち 
生》 倡" 建》 みちる》 
輔》 優 力 てで 其ち ゃク 

相で 異》 常》 邑》 誠で 
の》 色》 平で を》 敬》 

力》 の》 を》 治》 にで 

^ 人》 行》 む》 從》 



が!! 鲈。 せ 0る0 も 0の0 と OSO ふ G をぎ? へ o し、 然れ ども 會津侯 は M 齋に 先ち 寬文十 

二 年 十二月 を 以て 歿す、 翌年 正月 閽齋 會津に 赴き、 侯の 葬式に 會し、 祿を 

辭 して 歸る、 閿齋が 始めて 會津 侯に 侍して より 此に 至る まで 凡 を 八 年 

A なに: V 然れ ども 其 影響 は决 して 尠 少なり とい ふべ からず、 山 田 思叔が 



誣 ふべ からす 

閽齋天 和 二 年 九月 十六 曰 を 以て 病歿す、 時に 年 六十 五、 黑谷 山に I り^ 

を 建て、 「4ili^^£6i^^ とい ふ、 祠を下 御靈に 建て、 垂加 社と い 

"、ぶ、 之 れを 庚申 社に 附 す、 若 林 語錄に 云く 

5 一 p 第二 窣 山 崎 閻齋, 1 第一 事蹟 一一 一九-一 



@齋 年譜に 會津 侯の 事 を 論じて 曰 

きき^^^き" ま 嚴明斷 、賢 を 禮 



第三 篇 第二 窣 山 崎 闇齋— 第一 事蹟 三 九 3 

垂加靈 社 下 御靈の 中に あ も、 前 は 小き 祠 にて あ, 9 たみ 、先年 吉田 殿よ 

,5 尤 めら れ、 小 社 もた ふさ れ、 今 は 庚申の 社の わきに 相 殿の やうに 小 

き 札に 垂加靈 社と 書付け てあみ、 已むを 得ざる ゆる、 右の 如くした る 

と 見 ゆるな,^、 

る點に 於て は 木 下 順菴に 譲らず、 稻葉默 齋が墨 水 一 滴に 云く、 

人 疑 孔門 三千、 通 者 只 七十 人、 閽齋門 六 千 人、 恐 不レ 至お、 佘 云、 不レ然 、當 時 以 

, 鱧 相 見者、 門人 籍,, 記 之; 其 員 自 有,, 六 千 人; 何 必 在^ 子 之 列 M 齋 師道 至嚴、 

初見 者 皆 厚 • 以見、 不則 不, 得 寛、 一 面 後 不-相 見-者、 蓋 亦 多、 其 在 k 下 レ帷、 天 

下 書 生、 輻,, 湊 京 師; 恐 無,, 不, 見 者; 况 又 如,, 會 津 藩 中; 時 勢 豈 有 ,^見 翻 齋-者 ¥、 

1 見 記 籍其員 六 千、 何 叉 疑 之 有、 

若し f 齋が傳 ふる 所 を 以て 事實 とせば、 閽齋に 師事す る もの、 凡そ 六 千 

人、 之れ を 仁齋に 比すれば、 實に 倍數の 多き に 及ぶ、 就^' 有名なる もの は、 

淺見 綱齋、 佐 藤 直 方、 三 宅 尙齋、 三 宅 觀瀾、 米 川 操. 軒、 谷 泰山、 鵜 飼 鍊齋、 羽黑養 



替、 桑 名 松 雲、 遊 佐 木齋、 永 田 養菴、 玉 木葦齋 等なら、 又 名門 華冑と し n、q 

親 町 一位、 野-宮中 將、 及び 會 I、 井上 侯、 加 ffuffqm 

ま E^sss き ££ー气の,ぉ ぎれ を 崎 門の 三 



厶 〇 〇 o 、 

傑と 稱す 



i£ ひお おじ £ひ、南學傳 に 閽齋が 

人物 を 論じて 云く 、-<"<1<",-<"<"<!<"<:<1<" 

昏勃 4 &、 尹お まま まぎ〃 ぎ^^ 朋友 故舊、 或愁或 S 、或 鄙 或惜、 無。 

ム 厶 厶 厶 厶, 厶.、 

始終 全^ 之 人- 

是れ1 きする 1 考實 に? ftf^?nur。ro 

お き ま ュ mo に。 

ii いまい ぶョ ま?? 4。奉入 

J&^^s^?^^ まや 2>ひ^^^ や 、要するに、 彼れ は 怒 氣を帶 びた る 

一二 九 £ 

第三 賀 第二 窣 山 崎闇齋 ー. 第 一 事 膝 



第三 篇 第二 草 山 崎閤齋 —第一 事蹟 三 九 六 

圭角 多き 豪 儒な, nN き、 佐 藤 直方學 話に 云く、 

厶厶 A 厶厶 A 厶. <3 厶 厶厶厶 .0 厶厶 厶厶厶 <!<1<J、、、、 

山 崎 先生の 生 質 は 極めて 豪强ゅ ゑに、 其 偏あって、 怒氣多 し、 李 延 平の 

、、、、*、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、 、、、、、 

やうなる 師が あら ば、 た しかに 朱 子の 如くに ならん 人な ,9、 昝 は 誰れ 

、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、 、 、ヽ、 

にも 讓ら ぬと 自らい へ も 、朱 子 も 怒が 自らの 病と S へ, 5、 

、、、、、、、、、*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

閽齋が 子弟 を敎ふ る、 儼 として 君臣の 如 く、 少 しく 禮に 背く もの あれば * 

ゝ ヽ、、 、ヽ ヽ、 ヽ、、、 、、、、 t , 詹, o〇〇〇〇o 

卽ち 之れ を 叱 罵 し、 賁 卿 巨 公と 雖 も、 之 れを 眼中に 置か ず、 常 に 一 箇の棒 

oooooooooooooooooooooooooo o , o 〇 〇 

を 持ち、 講座 を擊 ちて 以て 諸 生 を敎授 す、 聽 くもの 凛然畏 憚して 敢て其 

oo〇o〇〇〇〇oo 、 

面 を 仰ぎ見る ものな し、 先 達 遺事に 云く 

閽齋 性急、 特 罵,, 門 人遲鈍 者; 及, 直 方 安正 輩來 談,, 玄 理, 始 怡 笑、 

又 云 く、 

書 生 每, 自,, 垂 加 翁 許, 還 路 見,, 美 色; 或 過,, 娼 家 俳優 肆; 心 動 情 移 ; 恍 忽 見.. 翁 面 

厶厶. 0厶 <"△<"△ ム厶 

貌 在,, 咫 尺 間; 不, 覺 存,, 畏 敬; 

又 云 く、 

佐 藤子嘗 云、 昔 師_, 事 閽 齋; 每, 到,, 其 家, 入- p、 心 緖惴々 ,下 JS, 及 a 退 出, 戶、 則 大 



i 

山 

崎 
問 
齋 

第 
事 



侮 松 ^ 
の 軒 執 a 

意 時 翁 A 
を 俗 著 ^ 
に 述ム 
從 

て 

剃 



金 

後平 平' 



含 
め 
る 
に 
あ 

ら 髮 
ざ せ 
る b 
か 故 
垂 に 
^ 加 彼 
草 れ 
卷 之 
八 れ 
に を 
世 坊 



力 



九 
七 



剃 

髮 
辨 
あ 
b 



主 
と 
呼 

へ 

b 

其 



世 中 

儒 多 
の 少 
剃 輕 



藤 は 
松 鍊 
軒 齋 
侍 が 
垂 事 
加 な 
翁 b、 
講 尤 

m 達 

拳 
畢 △ に 

顧 △ 又 
松 △ 云 

¥F^ く 
云 △ 

坊 A 
亦 A 

會 A 
麼ム 
松 A 
軒 A 
忿 A 
恚 A 
終 A 
身 A 

手 A 
不 A 



掉、 
慄、 

諸, 
人, 
失, 
色, 



翁、 垂 o 
方、 加 o 
講、 翁 o 
談、 師 o 
金、 道 o 

平、 至 〇 

在、 嚴 o 
稠、 其 o 

人、 接つ 

席、 門 o 
偶、 人 o 
弄、 雖 o 

剪、 細 

刀、 過 o 
磋、 

爪、 少 o 

翁、 假。 

睨、 一、 
視、 日、 
勵、 鵜、 
聲、 飼〜 
云、 金、 
師、 平、 
席、 與、 
磋、 諸、 
爪、 人、 
何、 侍' 
禮、 翁' 
金、 坐' 



度' 
行' 
< ^ 

ま' 
と' 



Mo 此 

な o れ 
ら o ( こ 

し o 由 

力、 〇 6 
を o て 
想 o 之 
見 o れ 
す o を 
る o 觀 
を o れ 
得 o ば 
ベ o 闇つ 色 
き o 齋 o 々 
な o が o 親 

門 o 

人 o 
弟 o 

子 o 
に o 

對 o 云 ^ 
せ o は ^ 
し o な 
態 o れ' 

度 D ば' 

の o い 
い o と 

か。 し 

に o い 

嚴 と 



又 

永 佐 息 Z 
田 藤 似 2 



菴 方 
講 學 
釋 話 



先 

達 
遺 
事 
に 
又 

云 



ど 



切 2 
な' 

と 
を 



歸 

b 

に 
直 
方 
と 

れ 

だ 
ち 
路 
に 
て 
云 

へ 

る 

' は 

' 先' 
k 生, 

、 I ひ 

、 し' 

、 か' 

^ ら 



に 

云 



脫' 
虎' 

CP 



第三 篇 第二 草 山 § 鬧齋— 第一 事蹟 三 九 八 

一 髮を非 i し、 「徒 見, 浮 屠 祝 ,髮、 癡,, 坐 人 上; 尤 而 效. 之」 と 云 ひ、 -, 其 不 背,, 孝 經 之訓; 

一 亦 書 所, 謂 亂 fe 者 也」 と 云 へ ち、 此 心、 自 ら 口頭に 溢れた る を 知るべきな も、 

闇 齋の態 度、 極 めて 嚴厲 な. 9 しと 雖 も、 又 甚だ 親切なる 所 ありし は、 前 に 

擧げ たる 永 田 養菴の 言 によらて 之れ を 察する を 得べ し、 殊 に 彼れ が 門 

人の 上達 を悅び て、 深 く 之れ に 同情 を 寄せし は、 稱 揚 せざる を 得 ず、 佐 藤 

一 直方學 話に 云く、 

直 方 や 養 菴が學 に 精出す を悅 び、 落 淚を なせ も、 

と、 以 て 證 と す ベ き な ら、 

閽齊は 超凡の 記憶力 を 有し 居, 9 しが 如 し、 彼 れ 曾て 妙 心 寺に あみし 時 

いかに 能く 中 峰 禪師の 廣錄を 諳記せ しか は、 文苑の 一 奇談と して 傳は 

れぇ又 先達 遺事に 

閽齋記 性 絕 X, 1 門 生 執, 巾 侍き 室; 話 偶 及-梅 花; 翁 乃 輙 暗- -吟 古 人 賦, 梅 詩 

無盧 五十 四 首; 

其 他 彼れ が 朱 子 語類 中の 事 を 能く 記憶し 亍 數行數 迄も覺 え 居らし る 



と、 亦 門人 等の 一 奇談と して 傳 ふる 所な.^, 

闇齋の 人物 學 問に 就いて 古來 種々 の 評論 あ ち、 先 づ 門人 等の 言 を擧げ 

んに、 佐 藤 直 方 曰く、 

朱書の 我 邦に 來た る、 巳 に數百 年、 之 れを讀 む も の、 亦 豈に少 からん や • 

然れ ども 未だ 道學の 正義 を發 明し て、 萬 世 不易の 準則と なす を識る 

oooo o〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇 o』 〇 p. 〇、o 

もの ある を 聞か ず、 近 世 獨り山 崎敬義 先生 其 書を讀 み、 其 人 を 尊び 其 

o o o o o o o o o o o つ o o o o い o o o ◦ p o £ ?— 2- め o P 

學を講 ず、 博 文の 富な る議 論の 實な る識 見 の 高 き實 に 世 儒の 及 ふ 所 

oooooooo ooooooooo» 

にあら ず、 蓋 し 我 邦 儒學正 派の 首唱な. ON 

其 推 尊 至れみ とい ふべ し、 三 宅 尙齋亦 曰く、 

ooooooooooooooooooooooooooo p o 

閽齋 先生 世に 功 ある rJ と、 勝 げ て 言 ふべ からざる な ち、 今 日の 學者邪 

o o o o oooooooo ooo〇oo〇ci〇o、 

徑を去 $ て、 正 路に 赴く を 知る も の、 皆 先生の 功な ft- 

遊 佐 木 齋亦室 鳩 巢に與 ふる 書に 闇齋を 論じて 曰く、 

oooooooo 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇oc\〇o〇oo』o 

閽齋 先生 人と な Ay¥ 生 他の 嗜好な く、 一 眛學に 志 し、 未 た 嘗て 俗人と 

〇〇o〇〇〇〇o〇〇〇OGO〇c o〇〇o〇o〇〇o〇〇〇〇 

交 はら ず、 溫 和の 氣 象に 足らずと 雖 も、 志 剛 にして 行 を 制する こと 苟 

第三 篇 第二 草 山 t 闇齋— 第一 事蹟 三 九九 



第三 篇 第二 窣 山 崎 閤齋— 第 一 事 贖 四 〇〇 

かや^ s^l^^^ 細 s お^^^か ta^ ゆ ひ?^^ む o、 

^ま i ごきき ョれ? is は 0、藩。國に 

き .0 へ薦 豪 鎖い" ま へます 0る0 

るな- ON、 

是等は 皆 門人 等が 其 師を賞 讚す るの 言 な, O 、 其 他賴春 水尾麥 二 等 皆 

贊を 作み て大 に閽齋 が學德 を稱揚 せら、^ い^い mg^^ わ ひ^ P 

ち 之れ を觀れ ば, 門人 等の 言 ふ、 所、 の、 如、 し、、 然、 れ、 ど;/ 其、 短、 處ビ、 對、 し、 て 、亦、 全 

く 目 を 閉づべ きに あらず、 雨 森芳洲 が橘窻 茶話 〔卷 中〕 に 云く、 

ffi 井 太 室が 讀書會 意 〔卷 中〕 に 云 く、 

閽齋は 精に して 刻 刹、 

刻剝の 評、 閽 齋の免 れ 難き 所 X 云 く、 

閽齋 い 痴^き^^^^ | い^き ^gili^^bl"^ る o』 



室 鳩 * 亦 避 佐 木 齋に與 ふる 書に 論じて 曰く 、 、 、 、 、 

^i^^ い 一 か昏 い^いお やい^ん て、 百 家を黜 け、 師道 を嚴 1 し 

.y か^ いも & きい^^^^,^^ まゆべ から. さるもの あり 亦 

ヒ云 云、 & む^い 一^^ 自ら 處る こと 、太お 高く、 

か b きか ひーキ か 4 厶 い?^^ か^^^い、^^^ 知 れず、 其授 

^ゆ i、¥l いか ト^い い、^ 卜^" い、 ^^を甿以 て 彼^の 情を盡 くす 

, ことなし と、 此 れ其 短と する 所な, 9 、 

^矿、 は、 本、 と 、卓ぎ 、不 ii 、の、 人、 格、 に、 し、 て、、 顯 著なる、 特色 を存 する ものな ち然 

^f^ だが^ ぞ^ ビぎ f 、るに、 及 r ぐ^、 敎 、的に 之れ を 祟 信し. 行 住 坐 

い^ ヒぎ、 め、、 僅 、にす、 外、 に^ ゲ、 る、 の 弊を少 うする を 得た も、 

^で^、 に&^ p;k^^< ぎに おい、 て 多と すべき 所なら さらん や、 然れど 

れ^や ま Q 々。と Q し Q て 。身 。を Q 修 o む 。る。 のま ^、。極。 め。 て。 窮& 。と Q な^まぎ^^ 

ドー 。陋。 とが "。全 。く。 克 。己 。制ぎ 。の。 一 。方 。に。 走ぐ 。遂。 に 。天。 性。 を。 桎。 梏 。し 、。頑お 。を。 墨 

第三 篇 ^二 草 山 崎鬧齋 I 第一 事 M 一 



第三 篇 第二 牮 山崎簡 寧-., 第一 事^ gs 一一 

9- 9 op 。1 0<?, つ 0000 00 30010 ooooooo つ r>r- 

守す る の 弊 を 生ずる に 至れら, 天空海濶の 氣象^ ま svlf^ ぎ^^^^ 

o〇o〇〇o〇ooo〇〇o〇o〇 

に 於て 药 待す ベ き 所に あらざる な う、 初 め 佐 藤 直 方が 閽齋 に從學 する 

や、 淺. 見 綱齋に 謂って 曰く、 

吾 曹 日 喫,, 翁 f ぎ 怒 晨、 精 か E s kk!R kkA 死ム女 A 正 (I ぎ !k す ^ 

厶 厶厶 厶*厶 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶 <1厶 

织今海 內此外 豈 有, 師 乎、 因 相 共 堅 苦、 遂 師,, 事 于 翁; 

乃ち 閽齋が 春風の 薰 ずるが 如き 仁愛の 德な く、 居 る恒 に嚴容 ま^い^. 

て 門人 子弟に 對せ しこと 推して 知るべきな ら、 且 ゥ閽齋 は 詩文 を 作ら 

ざるに あらざる も、 本 と 道德を 偏重して 文藝 を輕視 す、 故 に學 • &レ 心 

は 奥 味 索然た る ものな ら、 日 本 詩 史 〔卷 之 三〕 に 云 く、 

と、 誠 に 然 み 、然 れ ども 叉 時に 佳作な きに あら ず、 其 秋鶯と 題す る 詩に 云 

居 諸 代謝 四時 中、 花 散 葉 濃 復 見 k 、忽 有,, 金 衣 公子 囀; 秋 i 影 き i„i 

以て 詩的 趣味の 全く 缺乏 せる にあらざる を 知る ベ し.. 摩 島!^ 南が 娱^ 



人 o 之 o 否 の 一 然 
格 o れ o 定 短れ 
の 。を o す % ど 

感 o 認 o る擧も 

化 o 容 o z げ M 
决 〇 せ o と て 齋 
し c さつ 能 之 に 
て o る o はれ あ 

尋 o す' を ら 



常 o 得 o と 論 
な o ず o 雖 ず 

ら o ^° も、 れ 
ざ o れ o 彼 o ば: 
る o 卓 o れ o 實 
も0 >o 力;。 

の o し o 精 o 
あ o て o ^ 申 o 

る 豪 o 的 

を。 5 梁 〇 敎 o 

見 の 育 

る o 姿 o ^co 

な 勢 3 と 

も o を o し o 
、 存 o て o て、 

せ。 の。 M 

し o 功 o 人 

を 〇 勞 o も 

以。 は、。 之 

X° 吾 れ 
其 o Ac を 



第三 篇 第二 草 山 畸閽齋 —第一 事縝 



〔卷之 S に 云く , , - A A 

山 崎 M 齋^^ 4, 七月 旣望詩 云か^^ & やき 一 丹 作せ 登游 非" 我 願 (弄 

^ ,南 S 詩 巳 見-頭 角; 集 中 所, 载、 如, 劓-天 狗-黥 k 藏 〔往 々 徑 吐 "胸 f If 

韻 i 其 漁村 タ照詩 云、 & 、々ま f ^ f 柳 i 盡 殘 照 前、 漁 横き 

口; 亦楚 々 fk 



てよ 詩よ 固よ ら緖 餘に屬 す, 之 れを 要する に、 圈 齋 



に 著明なる もの あ, 9 



第 111 篇 第二 窣 山 崎 闇齋— 第二 著書 四 ogr 

第二 著書 

垂加草 全集 三十 卷 

同 附錄ニ 卷 

垂加草 全集 及び 附録 は、 門人 植田成 章が 編輯す る 所に して、 閽齋が 全 

集と して は 最も 完備せ る ものな ら、 其 編輯の 次 第 は、 成 章 が 跋文に 詳 

か な み、 跋 文 は 享 保 六 年の 作に 係 る、 成 章 は 藝 州の 人、 . 

垂加 文集 七卷 

同 續五卷 

同 拾遺 三 卷 

垂加文 集、 同 續、 同 拾 遺、 凡 そ 十五 卷は閽 齋の學 に 私淑せ る 跡 部良顯 が 

編輯す る 所に して、 良顯の 門人 俘 部安崇 が發 行す る 所に 係る、 本 集 は 

正 德四年 を 以て、 續集は 正 德五年 を 以て、 拾遺 は 享保九 年 を 以て 之れ 

を 世に 公に せ, 9、 良顯は 光海 翁と 稱し、 垂加 神道 を 奉 信す る ものな, C 



此魯は 垂加草 全集と 異同 あり、 必ず 併せて 參考 すべき ものな i 

文 會筆錄 二 十卷 

此書は 垂加草 全集 中に 編入せ り、 然れ ども 單行本 も 亦 之れ あり 、其? 

容は 種々 なる 方面に 涉れ ども、 主として 道 學に關 する 宋明諸 儒の 議 

命お 少 出せる ものに て、 著 者 自身の 評論 も 亦 間 > 之れ あ, 5 蒼し 闇齋の 

1ー1 一 n- ス キ tj ff 一 

著書 中 最も 勞カを 費やした る ものな らん、 彼れ が學 力と 識見との A 

きも、 亦此 書に 於て 之れ を 見る を 得べ し、 第 十九 卷 以下に 朱 子の 弟子 

及び 後世の 朱 子學派 を 叙 述 せし が 如 き、 殊 に 第二 十卷の 末に 朝鮮の 

道 學派を 叙述せ しが 如き、 最も 參考に 資する の價値 ある ものと なす 

朱易衍 義三卷 

周 子 書 一 卷 

此書は 周 濂溪の 大極圖 及び 大極 圖說 並に 通 寄 及び 道 文 等 を^め て 

一 卷 となす ものな, 9、 閽齋後 序 を 作らて 曰く、 

周 子の 書、 朱 子の 集 次す る. 所、 佘 未だ 之れ を 見ず、 皮 氏が 濂溪 集, 謝 氏 

第三 篇 第二 章 出 崎 閬齋 I 第二 奢 書 四 〇 五 



第三 篇 第二 窣 山 畸闇齋 —第二 著書 四 六 

カ濂溪 誌、 徐 氏が 周 子 全 書、 皆 其舊 にあら ず、 愛 に 自ら 量ら ず、 ま K ^ 

次 し て、 以 て 異 日、 原 本 を 得る を俟ゥ といら 

と、 此 れに由 6 て 彼れ が 此書を 編 次せ る 次第 を 知る ベ し、 延 寶八 年の 

刊行に 係 る、 

大家 商量 蕖ニ卷 

此書は 朱 子の 陸 象 山に 對 する 言 論文 章 を抄錄 して 以て 編 次す る も 

の な ,9、 卷 末に 眞邊仲 庵に 寄す る 書ニ篇 を附 載せ, cs、 

闢異 一 卷 

此書は 程 朱 及び 其 他 先 儒の 佛敎 に對 する 破邪 顯 正の 言論 文章 を輯 

錄 せる ものな. ftv、 

武銘 一 卷 

武 王の 作と 稱 する 諸銘 及び 之れ に關 する 諸說 を輯錄 し、 且つ 考註 を 

加メる ものな, CN、 

仁說 問答 一 卷 



是れ亦 朱 子の 仁說 並に 圜 及び 張 南 軒 呂柬莱 と 之れ を 論ずる もの を 

集めて 編 次す る 所な う 

性 論 明備錄 一 卷 

此書は 程 朱の 性 論性說 を輯錄 する 所に 係る 

感興 考註 ー卷 フ f >, 

此書は 標題の 示す が 如く 朱 子の 感 奥詩に考 ,加へ な ものな - 

經名考 一 卷 

孝 經外傳 一 卷 

敬齋箴 一 卷 

風水 草 八卷寫 本 , X 

此 書の 內容は ■ が 神道に 關 する 學說 として f 重要 なる ものな 



和漢 問答 1 卷寫本 < A A A < 、 

も 1 亦哪 *J に關 する 窨 なり、 然れ ども 其眞贋 疑に し 

. . , 四つ 七 

量篇 第二 草 山 齋— 第二 著書 . 



第一 is 5 5 山 齋! 第二 き 著 raIG、 

小 學蒙養 集三卷 

此書は 朱 子の 文集 及び 語 額 中より 年少者に 裨益 ある 箇條 を抄 おし 

て媚 次す る 所に 係る、 卷 首に 閽齋が 自序 あら、 寬文九 年の 作に 係る、 

大 學啓發 集七卷 

是れ亦 朱 子の 文集 及び 語錄 中よ, C 抄錄 して 編 次す る 所に 係る、 此書 

と 前の 小 學蒙養 集と を 併せて 蒙 養啓發 集と 稱せ 力, 

白 鹿 洞學規 集註 一 卷 

朱 子 社 倉 法 一 卷 

中和 集說 一 卷 

大和 小學 一 卷 

洪範 全書 六卷 

冲潢 無睽說 一 卷 

此書は 程 子 朱 子 及び 黄勉 齋、 祭 九 峯、 薛 敬 軒, 胡 敬 齋、 李 返 溪 の 冲 漠 無 ^ 

に關 する 諸說を 列記す る ものな.^ 



s: 序 考四卷 

樱之辨 一 卷 

此書は 甘雨亭 叢書 中に 收载 せう 

其 他 閽齋が 著書と 稱 する もの、 尙ほ 少しと せず、 然れ ども 今 は 大抵 f 

逸して 悉く 之れ を 獲る こと 難し、 巳に 吾人の 手に 觸 れ^る 彼れ が 十 

有餘 種の 著書に よりて 之れ を 考察す るに、 彼れ 闇 齋は單 に 程 朱 及び 

其 他 先 儒の 學 f 抄出して 之れ を 編 次し、 之れ. 

て、 自家の 見解 を 叙述せ る もの、 幾ん ど あるな し、 

^^,ひいで & いか^^^^,^ • い^" べき ものに あらざる な 



第三 篇 第二 章 山 崎^ 齋 I 第二 著書 四 〇 九 



第三 篇 第二 窣 山 畸闇齋 —第三 S 四 1Q 

第三 學風 

閽齋は 朱 子學を 奉ずと 雖も、 自ら 朱 子の 如く 學理を 攻究 せんとす る も 

のに あらず、 單に朱 子學を 奉じ、 此れ を 以て 唯 一 の眞理 となし、 之れ を實 

行 す-る を 以て 日常の 目的と する ものな も、 然 れ ども 朱 子の 著述 極めて 

浩瀚に して、 其 要 を 得る こと 難し、 故に 自ら 躬行に 適切な ゥと 思惟す る 

部分 を抄錄 し、 以 て 金 科玉條 とな す、 彼 れが 著述と 稱 する もの は 、太 £ 皆 

抄錄の 類に して、 眞に 著述と して 見る ベ きもの は、 幾多 も あるな し、 きか 

^+铲。に^が。 を。 崇酽 ^。る。 も Q の。 に 。し Q て、 。己。 れっか。 頭! 1^。 以。 て。 別^ 。考。 察 る 

所 あるな し、 若し 露骨に 之れ を 言 へ ば、: お f?-§lpihs: ^れ 

神 的奴隸 なえ 彼れ 本と 剃髮 し、 て 僧た: c/ し; p 、、朱、 子、 學ビ、 奉、 ず、 るに、 及、 ん "て 

之れ を崇 信す る M と、 猶ほ 僧侶の 釋ぎヒ ^^が、 如: yl^^^,^ 

。る。 一 。派。 は^^!^ 九 rli ^^。る^。 派。 と&。 に 。し。 て^ 。ろ 。敎。 條ビ 。嚴? 寸。 す。 る^ 

の。: 派。 に^がに、 虻に^ A れ r ま <ぃ< て^ <的< 探が < のぎ A 果 <を< 求が <ん< と^^ 



ra、 

«、 ^ 
の、 生 
尙、 或 
ぶ、 擧 
所、 訓 

は、 詁 



し 

を 
知 
る 



彼 

れ 

が 



き を 



な 讃 

| 精、 問 K む 
神、 之 先の 
義、 函達法 
斑、 丈 遺 も、 
に、 闇 事 亦 
あ、 齋 に 木 
る、 直 云 子 
風力;、 云く の 

故、 在 ^ 註 
に、 ャ に 
區、 書 A よ 

ゲ _、 b 
れ、 て 
る、 其 

文、 大 

字、 意 

四 の、 に 

― 如、 通 
き、 ず 

は、 る 
其、 に 

拘、 あ 

泥、 り 



m 

し o 先 o に 

て〇 生、。 又 

目 o 弟 o 云 

を 〇 子 〇 く 

7CO 【こ o 
明 o 經 o 

諸。 を 
儒 治 

の 〇 む〇 

末 〇 る 
流。 を 

に 〇 敎 o 

注 ふ 
が。 る 

ず o i こ o 

、 專 o 

ら o 
力 o 

を o 

正 o 

文。 
朱 

註 o 
の o 

間 o 
に o 

用 

ふ、 
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决 A tf A 

家 3 先 O しん 得 A 

を o 生 o てム る A 
抑 o 學 o 度 △ 所 A 

黜っ 研 o 外 △ 甚ム 

す o 精 o 視ム W 
る o を o すム S A 
を 〇 尙 o ベ A ゲ 

以 〇 び。 カ^ な A 

て o 章 〇 らム り A 
己 o 句 o ざ A と A 

れ 〇 を。 る A m A 

力; o 守つ も A もム 

任つ ら の A 行 A 

と 〇 ず o あ A 的 A 
【び 養 o 學、 な o 所 o に X A 

し A ひ。 究、 す o 見 て A 夫 A 

て A 德 的、 云 
f 行 に、 云 
育 A を 博、 
家 A 修 く 、 
をム め 百、 
兼 A 名 3 家、 
ぬム 敎 を、 
る A を 涉、 
もム 持 獵、 

の a す o し、 

な A る 洽、 
に の 聞、 
年 意 Q 殫、 



あ Q 見、 果 
る を、 し 
を 務、 て 
見 G む、 此 
る る、 の 
彼。 の、 如 
れ" 意、 く 
は A な、 な 
純 A く 、 れ 
然" し、 ば 

だ て、、 彼 

る a mo れ 

道 A m° m 
德ム 見 齋 
家 A を は 



超。 


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養 


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^ ゴさ fc 

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° 知、 れ 


齋 


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知、 


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識、 此 


m 


八 

ち 


さ 


、 退、 


者、 


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つ ネ 、 一 

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い、 如 


pi 

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、 聞、 


き、 


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ふ、 く 


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、 力、、 




醫 X 


に、 知 


存 A 


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あ、 


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曰 


あ、 行 


卷 A 

養厶 


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畢° 所、 


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踐 は、 


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躬° 行、 




不 




氣、 


る、 


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國 に、 


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象、 


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に 關、 


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終、 


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ち o 




あ す、 




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但、 


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敎 A 




聖、 


未、 


な 




^° 知、 




學 A 




人、 


た、 






と Q に、 




の A 




の、 


曾、 


漢、 




復 Q し、 




法 A 




徒、 


て、 


唐、 




れ て、 




と 




に、 


存、 


の、 




疑 つ 博、 



— 、 

ベ 〇 な o ベ o 學 o る、 

し 〇 ら 〇 き 〇 は 〇 所、 
$ 篤、。 な。 知。 に、 第 
譜 う と o あ、 g 

^ す o 鑿。 行 c ら、 
ベ o つ o と o さ、、、 第 
き ベ o の。 る、 J 
な。 か o み o な、 山 

b° ら ◦ 知〇 ら、 崎 

薄。 さ、、。 博。 ^ 1 

う 〇 る o ぅ〇 れ ^ 
す o な o す o 曰 三 
ベ O \) o ベ 〇 く 粤 

力 力 行 o き o 觝 
ら o — o な o 
さ、、。 な o " 
る o る o 雜 o 
な o ベ o な o 

b° き。 る o 

知 o な o ベ o 

b 力^ 

並 o 二 o ら〇 

び 〇 な o ざ o 四 

進 る る o 
ん o ベ o な 〇 

て" か 3 b 〇 

上 〇 ら。 精 : 

達。 さ、。 な o 
す o る o る o 



父 子 有^ 

君臣 有, 義 

夫婦 有^ 

長 幼 有 A 

月 友 有 きぶ 

右 五敎之 目。 堯 舜 使, 契 ^司 徒; 敬 敷-五 ^卽 此 是 也。 學 者 學ぉ 而 已。 其 所- 

以 學, 之 之 序。 亦 有^ 焉。 其 別 お 左。 

博 學レ之 

審問, 之 

愼 量 

明 辯, 之 

篤 行, 之 

右 爲, 學 之 序。 學 間 思 辨。 四 者 所" 以 究 k 也。 若 夫 篤行 之 事。 則 自& 身お f 

于 處 JI 接き。 亦 谷 有, 耍。 其 別 如レ 左。 

SS 第二 草 .3 崎 簡齋— 第一 一一 學風 四 ニー 一 



三。 屬 o 旋 iHo 敬 

催、 ^° 蟻 齋 
精、 —罔。 封 衣 o 箴 
'If 、 敢 o 出 o 冠 o は 
二、 或。 門 o —尊 o 左 
萬、 輕。 如 o 其 o の 
變、 チ―賓 o 瞻 o 如 
是、 東— 承 o 視っ し 
監。、 以 事 o き 、 
ま 西 如 o 心 o 
事 A 不 祭つ 以 o 
於 A 南 戰 o 居 o 
斯么 以 々o 對 o 

^ 北 兢っ 越 o 

A 當。 ❖。 上。 

持 A 事 o 罔つ 帝 〇 
敬, 而 o 敢 o 足、 

動 存 或。 容、 
靜 Bp 易 o 必、 

無、 つ 他。 守 o 重:、 

^つ 其。 口。 手 °、 

きひ So 如 o 容、 

裏 勿 瓶。 必、 
交 贰 m° 恭、 

JH° 以 意 o 採 

須:、 二 如。 地 
臾、 , 城、 3 而 
齊、 參 洞 °。 m 



SS 第二 荜 山 崎閬齋 I 第 ii 一 ^風 四 一四 

言 忠 信 行 篤 敬 

懲. 忿 窒, 愁 遷, 善 改レ過 

右 修, 身 之 要 

正-其 義-不 ,謀,, 其 利, 

明-其 道 1 不, 計,, 其 功, 

右處, 事之耍 

己 所, チ欲 勿, 施 一一 於 人, 

行 有禾, 得 反 求,, 諸 己, 

右 接, 物 之 要 

斤 

丄;ょ 

o 

0. 



私欲 萬 端。 不, 火 而 熟。 不^ 而 {# 。毫 釐 有, 差。 天 壌 易, 處。 一一 一綱 旣淪九 邐亦敦 "於 

乎 小 子。 念 哉 敬 哉。 墨 卿 司. 戒。 敢 吿-靈 臺? 

今にして 之れ を觀れ ば、 此 箴の 如き は 頗る 嚴肅の 一 方に 失 し、 活 動の 氣 

象に 乏 し、 閿 齋が 此れ を 以て 存 養の 要と せる は、 蓋 し 其 形式に 拘泥す る 

〇o〇o ooooooooooo 

の 弊 を^れ ざる 所以な ら、 要 す る に、 彼 れは壯 快なる 積極的 發展 をな し 

〇〇oo〇〇〇〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇o〇〇o 

て、 自 我 を 社 會に實 現す る こ と を 期 するとい ふよら は、 韋 ろ 消極的に 身 

〇〇〇〇〇〇〇〇 oooo〇〇o〇〇〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 

を 修 め、 行 を 正う し、 惴 々焉 として 些の 過失な からん こと を 期す る もの 

〇 〇 . 

な 

閽齋が 純然たる 朱 子 學派を 代表し、 傲然 世の 木鐸 を 以て 自ら 任ぜし 時 

は、 慶 元以 來已. に數十 年 を 經て 世俗 漸く 太平に 慣 れ、 紀 綱 頗る 弛 み、 遊 惰 

の 風、 將 に 社會の 上下に 普及 せんとす るの 狀 あら き、 此 時に 當りて 彼れ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、マ ~ 、、、、、、:、、: 

が 克 己 制 慾 を 主と し、 極 めて 嚴肅 なる 道學の 一 派 を 開きし は當 時の 社 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、?、、、、、、、、、 

會に 取, ON て 牽制 铺充の 勢と なり、 一 代の 平衡 を 維持す るが 爲 めに 餒く 

、 、 > 、 、 、 、 ヽ 、 、 〇o〇〇〇〇〇〇〇o〇〇c〇〇 o〇〇o〇 

ベ からざる 行動なら き、 此 點ょ ら 之れ を 言 へ ば、 閽 齋 が名敎 上に 於け る 

第三 篇 第二 草 山 崎鬧齋 t 第三 舉風 四 一 五 



四 一 六 

喜 渴 仰、 眞 に 宗敎の 如き もの あらと 

.^.^■A <-<-△△△ 厶厶 厶厶厶 

精神 を 失 ひたる ものに あら ず、 彼 れ 

道の 一 派 を 開く に 至らし も、 本 と 此 

な^な み 、彼 れ 嘗て 群 弟子に 問 ひて 

方今 彼 邦^き 孔子 を 以て 大將 となし、 孟子 を 副將 とな し、 騎 S 萬 を 率 

ね、 來 たもて 我 邦を攻 むる とき は、 吾 黨 孔孟の 道を學 ぶ も の、 之 れを如 

何とな す、 

弟子み な 答 ふること 能 は ず、 彼 れ 乃ち 曰く、 

不幸に してきい il^ い^^ 

戰 して 孔孟 を i いい^ ひ^きい きゅ^^^^い^^,^^^、 (先哲 

叢談 卷之 三) : 

其 國家的 思想 を 道破す、 る、 の! K 、膽、 な、 るめ 田、 時、 陋、 儒、 の、 瞻ビ、 破、 る、 に^^、 も、 の 



第三 篇 第二 窣 山 畸 闇齋— 第三 學風 

功勞 豈に尠 少な. CN とせん や、 

闇 齋は忠 實に朱 子の 學を奉 信 し、 隨 

雖も亦 全く 日本人と しての 自立 的 

が 晚年心 を 神道に 寄 せ、 遂 に 垂加神 

lb 神に 出づる ものなる こ と、 復 た 疑 



も。 

の o 
な o 

ら。 

ざ o 
る o 
ベ。 

力、。 

す: 



人つ 

の o 

心 o 
に o 

影 o 

響 

せ。 

ん0 
と o 

す o 

る 



グ 

1 

f 



と 
は 
心 
1° 
い 
出 

づ o 

る 



所つ れ あ、 

あ が b、 

ら o 學 o し、 

し 派 を、 

は o の 知、 

亦 人 る、 

實 o に o ベ、 

に よ し、 
彼 

れ o 

が 

白 

立 
的 
精 
神 
卽 
ち 
彼 

れ 

が 
國 

家。 
的 

思 
想 
' 11° 
' 永 
' <° 
> 彼 



00 0$ 山 崎闞 齋—: §1 i 



"。て^^ 。せ^^まい 妒酽。 の? <• ^^。にさへ 影響 がる 

o〇〇〇oo〇o〇o"〇〇, 0^9 0,^0、 

f 想の 外 に 出づ るの 威な しとせ さるな,^ 



第三 篇 第二 窣 山 崎闇 齋 ー 第 四 學說 四 一 A 

第 四學說 

閽齋は 純然たる 朱子學 派の 人に して、 孔子 以後. 朱 子 を 以て 第一の 人と 

j して 尊崇す る ものな も、 答,, 眞 邊 仲 ¥ 書 に 云 く、 

孔子 集めて 大成して 六 經を垂 る, 云 云、 ® 遠くき ひ でき. P い^ひ^ 少 

ゆ、 ゆ; H ぶ; £42、 き ££i"i4£、s 

を 攻. め、 書 は 察仲默 をして 傳を 作らい^、 i きい P ヤハ^ j まい おわ 

成らず 然れ ども 黄 直 卿 儀鱧經 傳を續 4、44i!i:IJnii 曰い^^ い^ 

秋 はおて 未だ 學び ずと なして 肇を下 ださ ず、 其 微意い かきき^い ^ _ 

せ 書 の 解、 小 學 の 書、 發 明 眞 切、 復た遺 • ^ 5 、か^^ き い 4< ト , 4 

ノ か 一ん^^ I い^^^, 和 い?^ ^^i^、i い?^ 

一 きれ^い い 一踟 §i き^^^ゅ 丄。 ハ, き^ゃい む^ 細^ ^ゆや i 加 

_ 草附錄 下) 

一 彼れ 此の 如く 秦漢以 * の 群 儒 を 看過し、 先づ朱 子の 鄒魯 の學を 發渾す 



汝 o 

輩。 

m 堅 o 

i く 

此 o 
第 意 o 



窣 

山 

崎 

m 

第 
四 

學 



四 

九 



を 

守 o 

ら 

て o 

失 
す 

る 

乙 o 

と 

勿 

れ o 



慽。 ざ。 

か o る o 
之 o も0 
れ o の o 

あ。 故。 

ら o に 

ん 朱。 

是 o 子 o 
れ o を。 
吾 〇 藥 o 
が o ん o 

朱。 て。 

子 o 謬 o 
を。 ら o 

信。 ば。 
じ。 朱。 

て C 子 o 

亦 o と o 
述 o 與 o 

ベ o 【こ 〇 

作 o に o 
ら o 謬 o 
さ、, 〇 る o 
る o な 〇 

所 O !)。 
以 O 何 G 
な o の。 

b° 遺 



る o 

を o 
以 o 

て。 

な o 

bo 

中 

庸 
に 

云 



to 朱 
る o 子 
に o に 

あ o 於、 
ら o て、 

ず。 亦、 
吾。 竊、 
れ 〇 に、 

意 o 比、 

ふ、。 V 

朱。 flip 

子 o し o 仲 
の o て o 尼 

學。 朱。 堯 

居 o 子 o 舜 
敬 o を o を 
窮〇 宗 o 祖 
理 〇 と o 述 

卽 o す o し 
ち o る o 文 
隱 も o 武 

子 o 赤 o を 

を o 苟 o 憲 

祖 も 章 

述 o 之 o す 

し o れ o 旮 
て o を o れ 

差 o 尊 o 孔 
は 信 o 子. 



は 
す 
や 
門 



又 

我 o 其 

學。 曾 

朱 o て 
子 o 文 

ko 會 

宗 o 筆 
と o 錄 

す。 を 

孔 o 著 

子 
を。 
尊 
ぶ 

所 o 人 

以。 に 
な。 語 
ら 〇 げ 

孔 o 
子。 

を 
尊 

ぶ 

は 

其。 

天。 

> 地 o 

、 と o 
、 準 o 

、 ふ 



草 



十 



に 




る 


明 o 鄒 o 題 


と 


に 


か o 魯 o し 


絕 


於 


に 〇 の o て 


叫 


て 


せ 〇 後 o 曰 


せ 


非 


り。 お。 く 


b 


常 


是 O 洛 




の 


れ 〇 其 o 


朱 


功 


則 o 傳 o 


子 


績 


ち o に o 


を 


あ 


述 o 接 o 


仰 


る 


ベ o し o 




Z 


て o 朱 o 


す 


と 


作 o 子 3 


る 


を 


ら。 に。 


の 


稱 


ざ 〇 至 o 


情 


揚 


る o り o 


推 


し 


も o て o 


し 




の o 孔 o 


て 


生 A 


嘉 o 氏 o 


知 


は A 


の 〇 の o 


る 


實な 


願つ 書 


ベ 


に A 


學 o を o 


さ 


夫 A 


す o 解 o 


な 


子 A 


る 〇 き、 


b 


の A 


所 o 六 o 


又 


後 A 


な。 經 


朱 


の A 


])〇 の o 


, 子 




a 道 


抄 




加 を 


略 


な A 



を o を。 と 
併 o 持 〇 閱 

せ 〇 す 〇 7^. 

て o る o 此 

之 o を o 言 
れ 〇 以 o に 

を o て 〇 本 

道 o し、 o づ 
德 o 我 o \n 
に 〇 外 o て 
Mo 界 o 敬 
せ o を o 內 

し o 方 o 義 
め o 正 o 外 
ん o に o の 
と す o 說 
せ o る。 を 

bo に o 立 

換、 義。 て 

言 に o 我 o 
す 由 o 內 o 
れ る o 界 o 
ば to を o 
彼 o 以 o 正。 
れ 〇 て。 直 o 
は o し o に o 

力 O 內 す o 
ン o 外 o る 
卜 o 兩 o に o 

氏 o 界 敬 o 



第コ S 等ニ窣 山 崎 閤齋— 第 四 學說 四 二 〇 

ffl 齋が朱 子 及び 其他宋 儒の 言 說 を抄錄 して W 行に 資せん とせし が 如 

き、 眞 に 述べて 作らざる ものな ら、 朱 子 は 固よ ら鄒魯 の學を 祖述す る も 

のなら と雖 も、 亦 一 家の 學說 として 見るべき もの 少しと せ ず、 閻 齋ょ^ 

らに朱 子 を 尊崇す る rJ と 篤き が爲 めに 二 家の 學說 として 見るべき も 

の 極めて 少し、 然れ ども 彼れ も 亦 我 邦に 於て 一 學派を 成せる もの、 豈に 

彼れ が 學說を 度外視す る を 得ん や、 

閽齋 カ學說 として 看過すべからざる もの は、 敬 內義外 かきな 々、七 a 本 

と 程 子に 出づ、 程 子 曰く、 

^ o, o. o o 〇 o 〇 o o o o 〇 o 

敬 、お 直レ內 義 以 方, 外、 An, 內 外, 之 道 也、 

又 曰く、 

〇〇oo o o o o o o 3 

敬義夾 持、 直上 達,, 天德, 貝此、 



&妒ぃ が^^^^^,^^ ^^酽 ずが が^が だ 

1 ま 。內 ぎ つ 的 o の 。も 。の、。 卽。 ち。 敬。 は ^ 。ン 。ト 。氏 つの 。格つ 法 gsime S ^ IS し、 其 外部 的 

§ ^ §、^ S ^ や ゆ ^ の^^^ !3 & Ml! Gesetze に相當 する が 

^び^^^^^^^ So ぎ ビビ^ ザ^^^だ^ 酽^^ び^^^^^^ 

p^^^^^^f ビ^^^、 彼れ が 座右銘に 云く、 

o o o o o o o o „ 9- 9:o:s. 。ジ ,01 ^。 

怒 窒^。 惟 德惟カ 敬 義夾持 是仁之 切 

又 藏柱銘 に 云 く、 

つ oooooooo ooo OOP* pa 

^ § klri § 方お。 敬 義夾 持。 出 人 無 fe: 

5, り 坡れが 居る 恒に 敬と 義とを 以て 己れ を 律す る 乙と を 務めた る を. 

知る ベ し、 彼れ がぉピ 敬義と いふ も、 敬と 義とを 最も 重んずる の 意に 出 

づる 乙と 復た 疑な きな, 9. 彼れ 朱書 抄 略の 後に 記して 曰く、 

i ま ョョま ゃ、£ぃ 

い^^い や iiis か^ゃ^^い 修む るに 敬 を 以てすと いふ 1 の、 

^^ひ^い^い わい いい 、^巾い^ かか^て 人 を 安んじ、 以て 百姓 を 

隳三篇 第二 荜 山 崎閬齋 I. 第 四 學說 m 一二 



第三 篇 第二 草 山 t 閤齋— 筑 四 學說 四 ニニ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

安ん ずる も の、 義 以て 外 を 方に するな り、 孟 子の 身 を 守る は、 守 るの 本 

、、 、ヽ、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、 

と S ふ も の、 敬 、y て內を 直う するな り、 君 子の 守 る、 其 身 を 修め て、 而 し 

*、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 *、、、、 

て 天下 平な りと いふ も の、 義 以て 外 を 方に するな み 、大 學の 修身 以上 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、へ 

は內を 直う する の 節 目、 齊 家 以下 は、 外 を 方に する の规 模、 明 命赫 然と 

、、、、、、へ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

し て、 內 外 ある 乙と な し、 故 に 明德を 天下に 明かに せんと 欲するな,^ 

、、、、*、、、-、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

中庸 九經 は、 身 を 脩む るな .ON 、賢 を 尊ぶな ,9 、此 れ內を 直う する の 事、 其 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

餘は外 を 方に する の 事な り、 誠 は 自ら 己れ を 成す のみに あらざる な 

、、-、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、 

も、 物 を 成す 所以な ,0/ 己 れを 成す は、 仁 な り、 物 を 成す は、 知 な 6/ 性 の 德 

、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 ^、 

な り、 內 外 を 合する の 道な も、 云 云、 夫 れ 己れ を 成す は、 內 な ら、 物 を 成す 

、、、、、、、、 、、ヽ 、、、、、、、、、、 <•、、、、、、、 

は、 外 な り、 是 故に 程 子の 曰 く、 敬 以て 內を 直う し、 義 以て 外 を 方に する 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

は 內外を 合する の 道な り と、 又 曰 く、 敬 義夾 持して 直に 上 も、 天 德に達 

、、、、、、、、、、、、、、、、、青、、、、、、、、、、、 

する 乙 と 此れよ ftN す と、 夫 れ八 字の 用、 窮 まらざる rJ と 此の 如 し、 朱 子 

我れ を 欺かず、 (垂加 草 第 十 一 ) 

閽齋は 此の 如く 敬と 義とを 以て 己れ を 律 し、 我 內界を 正直に し、 我 外 界 



を 方^に する こと を務 むる が 故に、 格 法に 泥み、 形式に 拘 はるの 弊 多,; 

is^^^^^^i^ 齢^^^^い、^^^ やの 短處を 承け てお に 之れ 

、、、、、、、、、、、 

を 增大 せる に 因るな 》9 

鄒© の學 派の 唱道す る 所 は、 主として 道德 にあり と雖 も、 其 道德に 就い 

て 主と する 所 は、 多少 異同な きに あらず、 例 へば、 孔子 は 主として 仁 を g 

き、 子 思 はまに 重き を 置き、 孟子 は ぎ を 並べ 稱し、 周 子 は 太 極 を 根柢と 

し、 邵 子は酽 酽 を 基礎と し^子 は 妙き を 原理と し^ 朱 は 理氣を 唱道し、 

陸 象 山 は^-を 以て 本と なし、 王 陽 明 は 良知 を 取りて 說き來 たれり、 我 邦 

にあ りても、 仁齋は till を 主張し、 徂徠は 禮樂を 主張す るが 如く、 各 > 其 本 

頒 として 標榜す る 所 あり、 闍 齋は此 間に 立ちて 敬義の 二者 を 以て 道 S 

の大骨 頭と して 一 派 を 成す ものな-、 然るに 敬と 義 とを對 照して 之え 

つつ oo つ oooooooo で、 ^、 戈 

を 考察す る 時 は、^^ とし、 義を 以て 後と せ さる へ 力ら す&は が 

內界を 正直に する の 謂 ひに して, 卽ち 修身 正 行の 始めなら、 敬に よりて 

修身 正 行 を 成し 得れば、 S に 進んで 社交的に 道德 を赏 現し 求たら ざる 

第三 篇 第二 窣 山 崎開齋 —第 四 學說 四 ニー 一一 



へ m 

垂 を。 敬。 か o い 夫。 の 
1:]\ 修 o す o に o 小 o れ o 序 
草 む o る o す O 學 O 聖 に 
第 る o を o る o の o 人 論 
十 に o 以 所 o 敬。 の o じ 
敬 〇 て o 以 o 身 o 敎〇 て 
を0 要。 に o 大 o 小 o 曰 

以 o と o し o 學 o 大 o く 
て o な o て o の o の o 

し し o 而 o 敬 o 序 o 
て o 大 o し o 止 o あ o 

親 O 學 て 以 O ゆ 

義 o は o 五 o て。 て o 
別 〇 身 倫 o 見 o ^〇 

序つ を o は o る o し o 

信 O 修 O — O ベ O て Q 

に 〇 む 〇 身 〇 し 〇 一 o 
止 る に o 蓋 o 以 〇 
ま。 を。 具つ し o て o 
れ o 以 o は o 小 o 之 o 
は :o て o る o 大 o れ o 

天、 本 是 の o を0 
下 o と C 故 o 敎 o 貫 

の な c に o は o く o 
能。 す o 小。 皆。 も 〇 

事 o 君 o 學 o 五 o の o 

畢 子。 は c 偷 は 
は o 己。 身 o を o 敬 o 
ぬ 〇 れ。 を0 明 o な o 



ビ 女 




へ 






寸 


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へ 


の 


四 


MX n»J 


さ 


势 


四 


れ 情 


な 


あ 




蒙 態 




る 




養 な 


之 


な 




啓 1) 


れ 


b 




發 是 




換 





彼 わ 力 《 と いふ は 我 內界に 於て 端 誡虔恭 の 態度 を存 する 事に して、 卽 

ち 天に 對 して 之れ を 要するな々 、故に 殆んど 英語に 所 devotig の 如き 

ものな る、 彼 れ叉 中和 集說の 字に 曰く、 



oooooooooooooooooooooooo@©@®@ 

夫れ 天命の 性 は、 人 心に 具 は る、 故 に 心 を存 し、 w t 養 ふ は、 天 に 事 ふる 

©@©®©oooooooooo 

所以に し て. 存 養 の 耍、 他 な し、 敬 の み、 (同 上) 

と、 以 て 其 宗敎的 旨 趣 ある を 知るべきな も、 

閽齋は 誠て ふ 天與の 分子 あり て、 吾 人々 類の 心 裏に 備 はる ものと し、 之 

れを完 うする もの を 聖人と せ ,9、 周 書抄 略の 序に 云く * 

oooooooo 

天地の 心 は 誠の み、 (同 上) 

又 小 學蒙養 集の 序に 云 く、 

〇 〇 o o o 

S は 誠の み (同 上) 

其 言 極め て簡 短なら と 雖 も、 其 旨 意の 存 する 所、 乃 ち 知るべきな り、 彼 れ 

<JA 厶厶厶 厶厶厶 <" 厶厶 A 厶厶/ 厶厶 

又 文武 を 以て 仁義 を實 行す るの 具と し て、 論 じ て 曰 く、 

ooo 〇〇〇〇〇〇 OOOOOOOOOOOOODOOOO 

文武 は 仁義の 具な 6、 云 云、 仁 以て 之れ を 行 ひ、 行 はれざる 所 あ, n> て義 

oooooooo oooooooooo 

以て 之れ を 通せば、 則ち 人道 斯に 立つ ベ し、 (垂 加 草 第 十 一 ) 

閽齋玆 に 文武と 仁義との 關 係を說 いて 其 要 を 得たり、 彼れ の 旨 意 を 敷 

OOOOGOOOOOOOOOOOOOOOO 

衍 して 之れ を 言 へ ば、 文 は 仁を實 行す るの 具にし て. 武 は義 を實 行 す る 

^-1 第二 巧 山 崎 問齋— 第. S €說 四 二 五 



め 



の。 
具 



。% こ 



第三 篇 第二 草 山 畸闇齋 一第四 學說 四 二 六 

o〇o〇〇〇oo〇〇o〇〇〇oo〇〇o〇o〇〇o〇〇o 

,5、 仁 を實 行す る は、 本 來の 目的な, 5 と雖 も、 社 會の 不完全な るが 

〇〇o〇〇〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇〇〇 

"か k る 本來の 目的 を 達する てと 必ずしも 容易な,^ とせ ず、 是 れ 

〇〇 or- Ooooooo oo 〇◦〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇 

種々 なる 障碍 物の 前 路に橫 はる もの あれば な ら、 種 々なる 障碍 物は武 

o〇o〇ooooo〇〇o〇o〇o〇〇〇〇o〇〇〇〇〇〇oo〇 

力 を 以て 之れ を 除去す るよ,^ 外 之れ なきな み、 是 れを義 とな す、 蓋 し 種 

oooooooooooooooooooooooooooaoo 

々なる 障碍 物 は 不善の 勸 機に 本づ き、 故 意に 之れ を 設けた る ものな る 

o〇〇〇QO〇, 〇〇〇o〇oo 〇〇〇〇〇oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

が 故 に、 武 力 を 以て 之れ を 排除す るに あら ざれ ば、 人 道て ふ も の、 到 底 立 

oooo〇o〇〇〇o〇〇o〇〇o〇〇〇〇oooo 〇〇〇〇〇〇 

ち 難 かるべ し、 何 故 なれ ば、 若 し然 かせ ざれ ば、 早 晚 不善の 跋扈 を來^ す 

〇〇〇〇〇c〇〇o〇〇〇o〇〇oo〇o〇〇〇o〇o 

ベければ な り、 是 れ義 以て 之れ を 通ず る を 要する 所、 U なう、 

閽齋の 朱 子 を 尊崇す る こ と、 殆 んど 神の 如しと 雖 も、 然 れ ども 全く 支那 

的に 感化され たるに あら ず、 彼 れが 孔孟 攻め 來たら ば、 之 れを擒 にして 

&て國 恩に 報ぜん と 云; 5 し を 以て 之れ を 知る ベ し、 彼 れ 又ニ稃 治敎 錄 

の 序に 論じて 曰く、 

00000 〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇 ooo〇〇o〇 ooooooo 

抑 > 我 神 代の 古 や、 猶 ほ 三皇の 世の ごときな ら 、神 武 の皇圖 や、 ® ほ 堯 

ooooooooo 

の 放 IS の ごときな も、 



此 一 語 は 彼れ 閽齋 が祖國 と共に 同化し て, 萬 國の 間に 自立す るの 精神 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ス^-、、、、、 

を 有せし を證 して 餘 -9 あら、 是れ 順菴が 自ら 東夷と 稱し、 徂徠が 自ら 夷 

、、、、、、、、、、*、、•、、、、、、、、、、、、、、、、、 

人と 稱し て、 崇 外 の 極、 自 尊の 念 を 失せし と眞に 雲泥の差 あ, 9 と s . ふべ 

し、 彼れ が 又 文會筆 錄 〔四 之 二〕 に 晋 書、 太 平 御 資. (g ^ も) 百 川 學 海 (g I も) 梁 

書、 續 文献 通 考、 通 鑑 前編 等に 日本人 を 以て 吳の泰 伯の 子孫と する を駁 

して 曰く、 

<j 厶厶厶 A 厶厶厶 <1_3 厶厶厶 厶厶厶 <3 厶厶厶 △ 厶厶 <" 厶厶厶 <1厶 

他 邦人 曾て 我 書 を 知ら ず、 其 我事 を 記す も の、 往 々商船 僧侶の 口によ 

-a 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

,0- て 年代 を 誤 ら、 名 實を失 ふ、 徵 なう して 言 ふ ものと いふべ し、 

又 或は 東海 姬氏國 の 名に 泥んで 天照大神 は泰 伯な え 其姬 氏なる を以 

S ひ 2 め 

て 誤りて 之れ を女體 とい ふとの 說もぁ り、 又 佛者 中には 大日 饕の 名に 

託して 大日 を牽ぃ て 之れ に 合せん とする もの も あ, 5(1 | ^ ^J)、 是 を 以 

て 彼れ 又 之れ を駁 して 曰く、 

厶厶 <5 厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶厶 A 厶 厶厶厶 <3*J 厶 

是れ皆 周禮造 言 の 刑 を 犯 し、 國 神 正直の 誕 に 違 ふ、 實 に 神聖の 罪人な 

厶 

第三 篇 第二 窣 山 trt 齋, 1 第 四 學說 四 二 七 



第三 篇 第二 草 山 崎闇齋 lm 四 舉說 四 二八 

是 等 の 言 によらて 之れ を 察する に、 閽 齋が我 邦 建國の 精神 を 體 し、 M mm 

〇ooo〇o〇〇〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 

の 重んずべき を 自覺 せし こと 復た 疑な きな る、 彼 れ晚年 神道の 硏究 を 

始 め、 遂 に垂加 神道と 稱 する 一 家の 神道 を 唱道す るに 至らし も、 蓋 し 同 

1 ;: , 厶厶厶 A 厶厶 厶厶0 ム厶 厶厶厶 厶厶厶 

1 の 動機に 出づ るな らん 閣齋が 神道の 特色 は 宋儒理 氣の說 によりて 

神道 を解釋 せし 處 にあるな ら、 彼 れ會津 神社 志の 序 を 作, ^て 曰く、 

o oooooooooooooooooooooooooo o o 

惟れ 神 は 天地の 心、 惟 れ人は 天下の 神 物にし て、 其 心 は 神明の 舍 なれ 

ば な り、 (垂 加 草 第 十) 

又 神に 正邪の 二種 ある を 論じて 曰く、 

蓋し 天地 の 間 唯 i 理と氣 とのみ に し て、 神 や は 理の 氣に乘 もて 出入す 

o〇o、o, 〇,ooo〇o〇〇〇〇〇ooo〇〇oooooo〇oo 

る もの 是 故に 其氣正 しけれ ば、 其 神 正 し、 其 氣邪 なれ ば、 其 神 邪な も, 人 

i^o,2poo〇cc^(〕p〇c〇〇o〇o〇〇〇〇o〇〇o〇〇〇 

能く 靜謐 にして 混沌の 始め を 守 ち、 邪 穢を祓 ひ、 淸 明 を 致し て、 正 直 に 

OO QP OOPPO 〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇ooooo〇o〇o 

して 祈禱 すれ ば、 正 祌福 を 申 ね、 邪 神、 禍 を 息 む、 豈 に 敬まざる ベ けんや、 

彼れ 神道 五部 書中の 鏺座傳 記、 寶 基本 記 及び 倭姬世 記に 出て たる 

〇o〇〇〇o〇〇〇〇o〇〇o 

神 垂 以-祈 禱-爲 S 具 加 以,, 正 直, き 本、 



炳 渾 o 
焉 o 沌 o 
全 ® 木。 
非 ® 分。 



の 二 句 を 神託と して 深く 之れ を崇信 し, 自 贊を 作, OV て 曰く 

1! li i i., き S & 称 i s-^^ ii5、 (垂 加 草 第一) 

一 彼れ が 神道 を垂 加と 稱 する も、 亦 神垂 冥加の 義に 出で たる ものに て 之 

一 れを 「シデ マス」 と讀 むな ら、 彼 れ尙ほ 神道 書中の 名句 を 揭げて 曰く、 

一 

S ^ # J 洲; 雖 M„ 六 合; 須. 照-正 直 頂; (倭 姬 世 © 

、 二 

吾唯 一 神道 者, 以,, 天 地 ー爲- 一書 籍; 以ー 一日 月 一義 明 一、 (名 法 耍 き 

三 

o o o o o o o o o o o o o o p o o 、 q o ^ 9:、 1 : ,., 

古 語 大 道、 而 以, 理 說 事 說, 理、 辭 S ^心 求,, 神 ^(神 代 口 訣} 

四 

oooooooooooooooooolopo^ で 9—f\ 

ir? 心 者大象 也、 苟 ,其 道; 則 先-天 地; 主-造 化; 我 國 自" 神 代- 此 道 

,關„ 內 外 之 典 籍; (束 家 秘傳) 

彼れ 闇齋は 神道 五部 書 を 始めと し て、 凡 を 神 道 書 類 を 迎 ふるに 毫 も 批 

00 第二 窣 山 崎 閼齋— 第 四 學ほ 四 二 九 



00 第二 草 山 崎 閥齋— 第 四 舉說 四 三 〇 

評 的 精神 を 以てせず し て, 何 れも 深く 之れ を 盲信 し、 之 れ を 

風水 草の 首め に 列擧せ も、 閽 齋は 神道 を 出口 延佳 及び ま 川 

へ、 更に 自ら 研究して 風水 草 〔八 卷〕 を 著 はせ ら、 風 水草 は 崎 門 

て 遂に 上 木せられ ず、 乃 ち寫 本の 儘、 之 れを 門人 玉 木 葦齋に 

玉 籤 集、 原 根 錄等を 著 はして、 垂加 神道 を 祖述 せ 6、{^ ^ ^ 

譜を 見る に 寬文五 年の 下に 閽齋が 心 を 神道に 寄す るに 至 

叙して 云 く、 

先生 吉川惟 足に 從ひ、 卜 部 家の 神道 を受 く、 侯 (<| 津) 壯 年 專 

め、 又 所 神道 を 究めん と 欲す、 未だ 其 人 を 得 ず、 後、 吉 川 惟 

あ え 其 道に 精し く、 鎌 倉に 居る と 聞 き、 服 部 安 休 を 遣 はし 

む、 旣 に大旨 を 得て 歸 る、 侯 其 說を悅 び、 遂 に 惟 足 を 江戸に 

學 ぶ、 先 生 亦 嘗て 本邦の 敎を 信じ、 粗 i 其 傳を 得たら、 此に 至 



と 謀らず して 合 す、 是 に 於て 侯 其 講說を 聞く 每 に、 先 生 をし 

〇〇c〇ooo〇〇〇o〇〇o 

て 以て 可否 を 定めし む、 先 生 其 遨を崇 ぶこと 特に 甚た し、 



加^ 及び 

足よ, 9 傅 

秘書に し 

ふ、 葦齋亦 

f s、 ま 

し 次第 を 

儒敎を 攻 

なる もの 

就學 せし 

いて 親ら 

て 侯の 意 

て^: 坐し 



此れに 由 b て 之れ を 觀れば 閽齋が 始めて 心 を 神道に 向けし は 寬文五 

年 3 後の 事なる が 如し、 き^むい^^き レ ひきい 勢 太 神官 儀式 序 

い^い cf^ pi^^^ かふい^い, きに. 叙述 せらる、 而、 して 最 

後に 「き& 一ず 44\ト1ゾ^^^」 と あ b 、寛 文 五 年に 先つ こと. 實に十 有 一 年 

なり、^ Ilill^^^A い、^^ ム へ^ひ キ^^^ 年 以後の 事なる 

n おいま まいき ぶ f 

閻齋又 思 へら く、 本 邦、 支 那と域 を 異に し、 俗 を 殊にす と雖 も、 其 道 二 致な 

し と, W て洪範 全書の 序 を 作りて、 論じて 曰く、 

酽^ き: 一" もい:! I 大^いい, か" 二 ゆ^や 是れ我 邦人の 営に 

o o o o o o o 9,o o opoo、 

敬んで 以て 思 を 致す ぺ き 所な り 

此の 如く 彼れ が 宇宙の 間、 唯; 一理 あ b て, 道 亦 二 致な とする は、 今" よ 

b 、之 れ を 見 れ ば、 卓 見なり とい はざる を 得す 

閽齋卞 t, 佛 者たり しも 二 たび 佛 門を脫 して 儒 敎に歸 せし よ b 佛敎 を 

^三 篇 第二 零 山 崎閬齋 ー 第 四 學說 四 一一 二 



第三 篇 第二 窣 山 畸闇齋 —第 四 學說 四 三 二 

以て 異端と して 之れ を 排斥す る こと 甚だ 務 む、 闢 異 の 一 篇、 以 て證 すべ 

きなり 彼れ 力 佛敎に 就いて 非と する 所 は、 其 倫理 綱常 を 知らす ひい か 

に あ b 、乃 ち 彼れ が佛 門を脫 したる 動機 は、 g 窩のそ れ, と 異 な るな きを 

知るべきな ,0/ 其 言 に 云 く、 

夫れ 程 朱の 學、 始 め 未だ 其 要 を 得 す、 是 を 以て 佛老 に^ ハ わ、^ ^ V か 

めて これ を 六經に 得る に 及ん で、 豈 い i ^ い ^ ^ ^ でお お^れ^い 

^、恥.。,? -ぉ :。 2- 9, o o o o o :o o o o o o o o o o o o o o 。 

や 綱ず を廢 する の 罪 あれ はな り、 若 し 用 ふべき の實ぁ り、 § びメ き。 の 

ts- z- o 。ノ -。、 S- o. rS, S 、?, o 2 o O 、o o o O O o O O o o 

罪な うして 陰に 用 ひ 陽に 闢か ば、 何 を 以て 程 朱と せ ん、 函 異) 

是れ 彼れ が 程 朱の 爲 めに 辯す る 所 なれ ども. 又 程 朱 を 尊崇す る 彼れ 自 

身, の 立脚 點に 外なら ざるな り、 陸 王の 學に對 して は 彼れ 又 大家 商量 集 

を 著 はして 之れ を 排斥せ り、 乃ち 論じて 曰 く、 

孟子 云 はす や、 能 く 言 うて 楊 墨 を距ぐ もの は 、塗. 人 か き い い い、^ ダ 五、 口 

れの辭 せざる 所以ない、^ き (f 0^^^^r^^?^r^^ 

して 吳草 蘆、 趙東山 再び 之れ を 倡へ、 程 篁 き、!^ ^ , ゆ い-ず^^い^ い、 



其 先生お 外にして 立ち 難き を 以て や、 篁 墩道 一 編 を 作 4、 心 經に附 註 

、 、 、 、 、 、 、 、つく、 、 、 、 、 、 、 、*、.、:、 、 、,、,、-、 ひ.、、 ひ" 3 

し、 陽 明晚年 定論 を爲 り、 朱 陸 を 混じ て、 以 て 天下 を 易へ んと 欲す 陳淸 

, , 、 、 、 、、、 、、、、 、、、、 、 、 、 ヽ 、>、\N、、,,、、,C> 

瀾が學 都 通 辯^ 負 白が 求是編 正に 之れ を 憂へ て 作れ, 9 然れ ども 陳 

*、、、 、、、、 *、、、 、、、、、、、、 、 、、ノ 、い、、"、 

馮 未だ 先生の 室 を 窺 は ざれば、 一 酌の 水 を 以て 崑 岡の 火 を 救 ふ勞す 

と 雖 も、 奚 の 補 か あら ん、 (答- 眞 邊 仲 ^一書) 

又 曰く、 

張 無垢の 學、 陽 は 儒に して 陰 は 釋、 先 生 雑 學辨の 中 之れ を 論 じ、 又 嘗 て 

張 氏が 經解板 行す と 聞いて 曰 く、 此 禍 甚だ し、 洪 水爽狄 猛獸の 下に あ 

ら ず と、 夫 れ 先生 未だ 陸 氏 を 見ざる や、 旣 に 其 無垢 を宗 とする こと を 

聞 け ら、 鵝 湖 の 會、 其 詳な るる と、 得 て玫 ふべ から ず、 然 れども 其詞 を誦 

して、 以て 槩 見すべし、 其 後先 生 辯 論して 置かず、 陸の 死す るに 及んで 

や、 吿 子に 死 了す るの 嘆 あ え 苟 に 此集を 得て 之れ を讀 ば、 則 ち 朱 陸 

同異の 分、 他說を 待たず して 明かな らん、 察 介 夫 (§ 航 | ソ子) 言 へる あえ 

來 子の 正學 精義 を 以てして、 象 山 氏 兄弟 を 一 時の 語 次に 折 服す るる 

^三 篇 第二 草 山 崎 闢齋. I 第 四 舉說 四 三 一二 



つ =2 ー篇 第二 草 山 崎閬齋 四 學說 四 三 四 

と 能 は ず、 意 ふに 亦 其 雄 辯の 孟子に 如かざる ならん と、 介 夫が 此言、 吾 

れ 之れ を I きとせ ず、!:^^^ §11^^ き ーゃ緲 き^^ §14^ £、^ 

S ひお も 鎖 i やき ひ 

o^oooooo たくら 〇 〇 o 

をお て孟 朱の 辯 を 方 べん や、 (同 上) 

彼れ 此の 如く 朱 陸の 異同 を 明かに し て、 涇 渭の混 亂を防 ぎ、 其 朱 子 を 尊 

崇す るに 於て 旗幟 最も 鮮明な, ^决 して 惺窩の 如く 朱 陸 を 併 取る もの 

にあらざる な ら、 其 言 に 云 く、 

朱書の 本朝に 來 たる、 凡を數 百年、 獨淸軒 玄惠法 印 始めて 此れ を 以て 

正と なして、 未だ 佛を 免れず、 藤 太閤 も 亦 以て 程 朱の 新釋、 肝心と なす 

, べしと なして、 猶ほ佛 に 惑へ ,0、 遂に 實に 之れ を 尊信す る もの を 聞か 

ざるな み、 慶 長 元 和の 際 南 浦 自ら 之れ を 信ずと 謂う て、 而 して.^ ® を 

尊び、 惺窩 自ら 之れ を 尊ぶ と 謂うて、 而 して 亦 陸 を 信ず、 き P ,だ や^ 





の o 


し に 


を 


陸 






以 


彼 








竊 見 Q 


獨° 比 


吿 


象 


を ^ 


生 A 


天 o 孟 o て 


れ 


の A 


の A 




に 解 


b° し 


子 


山 


察 ^ 


此 A 


下 〇 子 o 知 


が 


み A 


み A 




謂 に 朱 て 


に 


と 


せ A 


れ A 


を o Oo る 


如 


豈 A 


な A 




へ 歸 


干 之 


比 


吿 


ずム 


力 仏 


曉 o 後 o ベ 


何 


【ひ 


ら ^ 


ら せ 


を れ 


し 


子 


而 A 


厶 


せ o 周。 き 


に 


實 A 


ず ^ 


m 


く KP 


の ◦ を 




と 


し A 


め a 


b o 程 な 


純 


I ひ 


旣 。 


ill 

m 


高 o と 


み Q 論 


る 


何 


て A 


に A 


時 A 張 o b 


粹 


尊 A 


に A 


卑 o せ 


尊 Q ず 


Z 


等 


吿 A 


辯 A 


\ ひ 子。 彼 


な 


信 A 


此 A 


を0 b° 


崇 る 


と 


の 


子 A 


論 A 


陸 A 其 o れ 


る 


す A 


れ A 


1 
齋 


— 〇 近 


し Q も 




類 


カレ 


せ厶 


氏 A 學 又 


朱 


る A 


卜 


四 


に o 思 


て a の 


る 


似 


見 A 


い 


の O 曰 


子 


む 


尊 A 


し o 錄 


此 な 
れ ら 


を 


點 


に A 


と A 


ら A 絕 O く 


學 


の A 


ん A 


m 


遠 o の 


以 




終 A 


雖 A 


放 A え O 


派 


と A 


で A 


n 


近 o 序 


に。 闇 o 


て 


あ 


は A 


む 


心 A izo 


を 




彼 A 




を。 に 


由 齋 o 


闇 


る 


る A 


然 A 


を A る 〇 


以 


は A 


れ A 




合 o 論 


1) は 〇 齋 


に 


惜 ム 


れ A 


求 A を 


て 


ん A 


ヒ 




し o じ 


て。 畢。 


亦 




き 


ど ム 


む A 繼 o ' 


g 


や A 

ハ、 


信 A 




izo て 


鄒 竟 o 之 


ら 


べ厶 


む 


と A い O 


ら 


同 


ず厶 




る o 曰 


魯 佛 o 


れ 


ず 


き A 


己 A 


謂 A で 〇 


居 




れム 




も。 く 

の o 


の 敎 o に 


然 


の A 


れ A 


う A 朱 〇 


b 


ば A 




學 及 o 


傚 


れ 


み A 


力; 厶 


て △ 先 


し 




則 A 




は 〇 


を び o 




ど 


N 

垂 


> 么 


學 A 生 o 


か 




ち A 


m 


聖っ 


繼 陸。 


朱 


も 


加 


ト 


問 A 其 


は 
此 




肯 ^ 


五 


人 〇 


承 王 o 子 


朱 


草 


顧 A 


を A 傳 




菴 A 


の o 


し の 〇 


を 


子 


第 


み ム 


事 A を。 






草 A 




道 o 


大 o 學 


以 


曾 


十 


ず ム 


と A 得 o 


に 




廬 A 




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中。 を0 


て 


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人 *、 


せ A て 〇 


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の A 




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公 排 o 


JUL 


象 




の 乙 


ず A 以。 


し 




亞 A 




高 o 


i£° 斤、。 


子 


山 




< ^ 


先 a て o 


て 




流厶 



第三 篇 第二 窣 山 崎 閻齋— 第 四 學說 四 三丄ハ 

copooooooo 〇、,q〇o〇〇oo〇〇〇o〇〇ooc3r> 

きに 升る に は卑 きよみ し 遠 きに 行く に は、 近 きょら する もお む、, § 5 

00000000C000000000000000JOO3D 

の敎 な, 5、 或は 高 遠に 馳 せ、 或 は 卑近に 滯る は、 則ち 遨に ^ ^ 

ら ざるな り 、(垂 加 草 第 十) 

彼れ 若し 此の 如き 見解 を 以て 一 生 を 貫く を 得 ば、 醇 儒と して 之れ を 稱 

揚 する を 得べ か, し も、 晚 年 心 を 神道に 寄す るの 結果と し て、 猿 田 を 1! 

A 厶厶厶 厶厶厶 <"厶<3<" 厶厶 厶厶厶 <3<<3<iA 厶厶厶 <!<1 么^ 15、 

@ 信し、 庚申の 日 を 神 聖 視 し、 K し き は 土と 敬と 和訓 稍 > 相 近き 1 以て ど 

<3厶<" 厶厶 <"<<3<I<3A 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <"厶<1<1<"*1<"<"<"<1<1 

れを 同一 視し 遂に 荒誕 無稽なる 土 金の 敎を 唱道す るに 至 る、 迷 信 も f 

甚 しとい ふべ し、 佐 藤 直 方、 淺見 綱齋 等の 高足 弟子、 之れ が爲 めに 遂に ffl 

齋に 背く に 至る も の、 亦 以 なしと せ ざ る な え 



\ 第五 闇齋 門人 

》 

一 "保 科 正 之、 小 字 は 幸 松. 會津 侯な 纟、 慶長 十六 年 五月 七 曰 を 以て 江^に 

一 生れ. 寬文 十二 年 十二月 十八 日 を 以て 江戶に 歿す、 享年 六十 二、 著 はす 

一 , 所 二 稃治敎 錄ニ卷 、伊 洛三子 傳心錄 三卷、 及び 會津 風土記 一 卷ぁ, 9、 蓋 

し是 等の 書 は、 皆 閿齋が 編 次す る 所な らん、 ffl 齋が 撰に 係る 土滓靈 神 

碑 は垂加 草第廿 七に 出て、 會津中 將源公 壙誌は 同第廿 八に 出づ、 

一 g 淺見 綱齋、 名 は 安正、 後に 出 だす、 

\ g 佐 藤 直 方、 後に 出 だす、 A A > 

も 三 宅 尙齋、 名 は 重 固、 後に 出 だす、 淺見 綱齋、 佐 藤 直. 方、 三 宅 尙齋を 山 崎 門 

^ 三 傑と 稱す、 

り 米, =: 操 軒、 名 は 一 負、 字 は 幹 叔. 小字 は 儀 平、 操 軒と 號す、 京師の 人、 初め 三 

宅 寄 齋に學 び、 後 閽齋に 就いて 學び、 遂に 性行 篤學を 以て 世に 名 あん 

^ 橾 軒が 亥と する 所、 藤 井 懶齋、 中 村 惕齋、 M 原 益 軒の 如き、 皆 一 時 知名の 

第三 篇 第二 草 山 崎 閻齋, 1 第五 鬧齋 門人 四 三 七 



に 

k 好、 專、 言、 人、 橾、 書 
ま、 ら、 を、 に、 軒、 し 
亢、 經、 出、 接、 の、 て 

文、 術、 だ、 す、 人、 曰 
中、 を、 す、 る、 と、 く 
子、 好、 や、 や、 な、 ' 
に、 み、 辨、 嚴、 ち、 
^?、 平、 に、 に、 明、 
謂、 日、 し、 し、 敏、 
雜、 心、 て、 て、 に、 
學、 を、 序、 和、 し、 
せ、 程、 あ、 其、 て、 

す:、 朱、 b 、 事、 志、 
故、 の、 聞、 を、 掇、 
に、 書、 く、 處、 あ、 
明、 に、 も、 す、 み、 
か、 用、 の、 る、 福、、 
な、 ふ、 厭、 や、 を、 
る、 る、 は、 敬、 求、 

も、 乙、 ず、 畏、 む、 
の、、 と、 其、 に、 る、 

其、 最、 學、 し、 乙、 
れ、 も、 を、 て、 と、 
此、 勸、 す、 苟、 回、 
人、 め、 る、 も、 な、 
を、 雜、 や、 せ、 ら、 
謂、 書、 純、 ず、 ず、 
ふ、 を、 正、 其、、 Jt> 



§0 第二 草 山 崎 闇齋— 第五 閬齋 門人 SI 

士 なら、 其 友 を 見て 其 A を 知る ベ きな、 え 益 軒 曾て 「米 川 橾軒實 記」 の 後 



か、 (自娛 集卷之 七) 

操 軒 又 曾て 仁 齋と相 交 は る、 然れ ども 仁齋が 古學を 唱道す るに 及ん 

で 之れ に 書 を 贈, て絕 交す るに 至れみ、 操 軒 延赍六 年 八月 十九 日 を 

以て 歿す、 享年 五十 三 ニ說に 五十二、 (米 川 操軒實 記、 南 學 傳,. 先 哲 叢 談、 近 

世 叢 語、 自娛 集:) 

g 谷秦 山、 名 は 重 遠、 後 に 出 だす、 

め 遊 佐 木齋、 名 は 好 生、 小字 は 次 郞左衞 門、 木 齋と號 す、 奥州 仙臺の 人、 神 儒 



問答 を 著 はす、 (前篇 鳩巢 文集、 鑒定 便覽) 木齋が 門人に 佐久 間洞巖 あ,.、 

も 鵜 飼 鍊齋, 名 は 眞昌、 字 は 子欽、 通稱は 金, 鍊 齋と號 す、 京師の 人、 水戶侯 

に 事 ふ、 元 祿六年 四月 廿 一 曰 を以. て 歿す、 享年 六十 一、 弟稱齋 あり、 (先哲 

叢談 績 犏、 鑒 定 便 覽、 耆 舊 得閱) 

g 永 田 I、 字號 等皆詳 ならず、 能く 易に 通ず と 云 ふ. (先達 遺事、 佐 藤 直 方 

學話、 諸家 人物 誌) 

g 玉 木 葦齋、 名 は 正英、 葦齋 は其號 なり、 又 五十 鰭 翁と 號す、 元 文 元年 七月 

ぐ 八日 を 以て 狡す、 閽齋 に從學 して 其 》 道を繼 承し、 終に 一 家 を 成せら 

著 はす 所 玉 籤 集 八卷、 原 根 錄三卷 及び 其 他 十 有餘種 あ,^ 玉 籤 集に 叙 

いて は 先達 遺事に 左の 如き 記事 あち、 云く A A , A A < A A 

E! £ i i£ f き ^ ま I 秘 I、 後 晨 勸 , 

fe, 之、 葦齋遂 焚^、 

と、 然れ ども 玉 籤 集は寫 本の 儘 今日に 傳 はれ 6-、 但,, 寫本 によりて 多少 

の 異同 ある を 見る、 (國學 者傳記 集成) 葦齋の 門人に 谷川 づ^ 松 M〜j 

si 第二 窣 山 崎闇齋 ー 第五 閽齋 門人 四 一-九 



第一 一; tl 第二 窣 山 崎 闇齋— 第五 闇齋 門人 四 四 〇 

若 林 强齋等 あ 6、 仲 良の 門人に 竹內 式部 あ も、 

£ 矢 野 拙齋、 名は義 道、 一 說に義 通、 小字 は理 平、 拙 齋と號 す: 豫州西 條の人 * 

享保 十七 年 正月 十二 日 を 以て 江^に 歿す、 享年 七十 一、 品 川海晏 寺に, 

葬る、 (鑒定 便覽、 大 日本人 名辭 書) 

g 淺井 琳菴、 名 は 重 遠、 小字 は 萬右衞 門、 琳 菴と號 す、 近 江の 人、 園 部 侯に 仕 

ふ、 著 はす 所 名義 詳說 及び 武耍鈔 あもとい ふ、 (鑒定 便覽、 續 諸家 人物 誌) 

琳菴が 門人に 田 邊晋齋 あ も、 

井柬 村、 名 は與、 字 は 正直、 大阪の 人、 其 父 正 次 茶 を 賣るを 以て 業と な 

し、 家產 頗る 富む、 宽永 中生 業 を柬 村に 傳 へ、 之れ を 戒めて 曰く、 

知^い レ^^^"、、 ま, ひ^^^^ぎ るぎ Q れ、 Q 多" 。を。 欲?,^ 

b »^ 〇 〇 〇 o 〇 

ば必 ず 人 を 欺く、 

なんな 

柬ぉ年 五十に 垂ん として、 始めて 學に 志し、 業を閽 齋に受 く、 柬 村閽齋 

よら 長ず る こと 十四 歳、 闇 齋 之れ に 謂って 曰く、 

ま | お S まま SVH^EC し。 て 



o o o o o o o o o o o o ,o 、o, o p o p o, o 

き^き^、 必ずしも 書 を 讀 ま ず、 專ら實 踐 を 務む べし 

柬村是 に 於て か 力 を 持 敬の 說に專 にし、 敢て 少しも 懈ら ず、 閽齋屢 i 其 

篤 志 を 稱 す、 束 村是に 至って 常に 往日の 親に 薄き を 悔い、 又 來 日の 養 

を 終へ ざる を 懼れ、 親に 事 ふるの 道を竭 くす、 大高阪 芝 山 嘗て 進修の 

法 を 問 ふ、 東 村 曰く、 

DDOOOOOOOOOOOO はるか o o o むか o o o o ^-.o ^ ©. © 

ss§ き^^お こと 莫れ、 來 日の 杏なる を迓 ふる^と 莫れ 唯一 日 

か 下 善 をな す を勉 むる の み、 是 の 如くに L て 後 稹み歲 月 を 度る 乙 

DDDDOOOO 0000000 ^* 00 0000 

いかい^^ V 自然に 習慣し、 善、 斯 に 性 をな さん 

芝 山 嘗て 東 村 を 評して 曰く、 

き 41 i^^l-^k ま^"^ ぃぐ^ に^が^ 獨-寢 ねて 衾に 愧 

A A A 厶 厶厶、 

; 0ざ る 人な も 

柬村延 寶五年 十 一 月 六日 を 以て 歿す、 享年 七十 七、 (續 近世 叢 語、 事實文 

編) 

五十嵐 ® 翁、 名 は 浚 明, 字 は 方德、 一 に 孤峯と 號 す、 越 後 新 潟の 人、 本 姓 は 

第三 篇 第二 章 山 嵴阁齋 —第五 闇齋 門人 四 四 一 



第三 篛 第二 草 山 崎 闇齋— 第五 閬齋 門人 四 四 二 

佐 野 氏、 故 あ, 5 て 五十嵐 を 胃 す、 壯 年 京に 入 ,9 、道 を 閽齋に 問 ; s 、又 宇 士 

新 等と 交 は る、 彼 れ詩を 善く し、 又 畫 に 長 じ、 遂 に畫を 以て 一 家 を 成す、 

其 三 子 皆畫を 學 ぶ、 嘗 て 之れ を 戒めて 曰く. 

^-o ^ o ooopo ooo oooooooo OOODOOOO 

畫は 小道な もと 雖も 因, ON て 以て 世 敎を輔 くべき な fts 、爾 輩 筆 を 執 

〇- >レ S やで ,9: で 2- P., 9, o ^ o o o o o o o o o o o o o o O o O 

ら は^す 賢哲の 偉迹に 於て せよ 、謹んで 誕謾姪 褻の 事 をな して、^ 

ooooooooo 

て 人 を 敗る こと 勿れ、 

稳翁 頗る 善行 多 し、 今 一 々記す るに 遑 あら ず. 彼 れ 天明 元年 を 以て 病 

歿 す、 享 年 八十 二、 (鑒定 便 覽、 近 世 叢 語、 畫 乗 要 畧、 扶 桑 畫 人 傳、 畫 家人 名詳 

傳) 

\ — / <t う 

g 深 井 秋 水、 名 は 政圓、 一 說に政 國、 字 は 得 繇、 通 稱 は 主 膳、 秋水と 號 す、 土 佐 

の 人、 江 戶 に 住 す、 劎 客 な 夂兼 ねて 儒 學に通 ず、 能 く 父母に 事 ふる を以 

て 人 皆 其 孝を稱 す、 享 保 八 年 六月 を 以て 歿 す、 享 年 八十 一 一、 (鑒 定 便 覽、 S 

諸家 人物 誌、 大 日本人 名辭 書) 

g 植田成 章、 字號詳 ならず、 (I 腿^ 醇ィ 緣" 様 1、) 藝 州の 人、 垂加 草全粲 



を 編 次し、 且つ 其 跋文 を 作る、 

ひ 羽黑養 潜、 名 は 成 實、 養 潜 は 其 字な 5、 字 を 以て 行 は る、 牧 野 老人と 號す、 

近 江國查 根の 人、 初 め彥根 侯に 仕 ふ、 中 年 志 を 得ざる を 以て 仕を致し、 

講說を 業と な す、 後、 加 賀に遊 び、 金 澤に 寓居 し、 專 ら性理 の 學を唱 ふ、 從 

學 する もの 頗る 多 く. 養 潜 薰陶の 及ぶ 所 少しと せず、 抑> 金 澤 地方の 文 

學に向 ふ、 養 潜に 起因す とい ふ、 養 潜 本と 闇 齋に學 び、 實 踐 躬行 を 以て 

主と な す、 嘗 て 論じて 曰く、 

古人 云 ふ、 氣 象 好き 時、 百 年 是れ當 る と、 學 者 宜しく 粗暴 を 防 ぎ、 懔 悍 

を戒む ベ し、 然 し て 後、 此 等の 病 を 去らん と 欲せ ば、 格 物 窮理に 若く 

は な し、 居 る 常に 此心 をして 義理に 涵泳 せしめ ぱ、 優 游 自得の 久し 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、へ,、、 i ひ、 * ヽ fj い、、 

き、 則 ち 以て 客 氣を奪 ひ、 俗 習を變 すべ し、 而 して 易直 慈 良の V も 油^ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、,、- ノ、、 、^! 、,二 , , 、 

として 生 じ、 輕 薄 浮躁の 念、 漠 然として 消 す、 道 を 求む る もの 此れよ 

、、、、、、 

ら 近き はなし、 

養 潜 又 嘗て 病牀に あ. 9、 偶 > 赤 穗の 遺臣 大石良 雄 等の 擧を聞 き、 嘆 息 し 

第三 篇 第二 窣 山 崎 闇齋— 第五 閤齋 門人 四 四-一 



第三 篇 第二 窣 山 崎 開齋— 第五 閱齋 門人 四 四 四 . 

て 曰く、 

、ヽ 、、、、、、、、、、、、、勺、、、、、、、、?、 

鳴呼士 風の 振 はざる ゃ久 し、 獨 り是 等の 輩 あらて 同じく 死 を 國 顴 

、、、、、、、、、、 r 、、、、、、、、、、 

に 决 す、 義 烈凛々 として 以て 頹風 を激 する に 足る、 

元祿 十五 年 正月 十 一 日 を 以て 彥 根に 病歿 す、 時 に 年 七十 四、 著 はす 所 

四書 翼 十卷、 天道 流行 圖說 ニ卷、 講學 筆記 六卷 あり、 門人に 室 鳩 嚴, 岡 石 

梁 等 あり, (稱 遺 鳩巢文 集、 先 哲 叢談 續 編) 

§惠 岩 慈 雲、 名 は 壽、 別 號は 東峯、 一 の 名 は 恒、 字 は 震 翁、 土 佐 の 人、 高 知 藩に 

仕 ふぺ先 達 遺 事) 

, 梨木祐 之、 桂 齋と號 す、 姓 は 梨 木 氏,! に 梨 本と 作る、 下 鴨の 祌官 にし て、 

國史に 精 はし く、 兼 ねて 和歌 を 善く す、 享 保 八 年 正月 廿 九::" を 以て 歿 

す、 著 はす 所 曰 本逸史 四十 卷、 大 八洲 記 十二 卷、 祭 事 記 八十 ニ卷等 あ,^ 

(古 學 小 傳、 國 學者傳 記 集 成、 諸 家人 物 誌) 

i- 松岡玄 達、 字 は 成 章、 恕 菴と號 す、 別 號 は怡顏 齋, 京 の 人、 其 事 蹟 は 「古 學 

派之哲 學」 仁 齋 門人の 條に詳 なら、 



(23) (22) 



g 大山 葦水、 通 稱は佐 兵衞、 原 姓 は 松 本 氏、 京師の 人、 著 はす 所 葦水 草 一 卷. 

古語 拾遺 私考 二 

桑 名 松 雲、 仙 臺侯 

犮松氏 興、 通 稱 は 

寳八年 を 以て 歿 

o 〇 〇 o 〇 

曰 く、 今 日 列國に 

が 人と な, o 如何 を 知るべきな 6,、 (先 達 遺 事) 

其 他閽齊 に從學 する もの、 正 親 町 一 位、 野 々宮中 將、 加 藤 美 作 守、 井 上 河 

內 守、 板 垣 民 部、 山 本 源 藏、 高 田 未 白、 構 元 眞、 榴 崎 正 員、 寒 原 民 部、 雲 川 治 兵 

衞等 勝げ て數 ふべ からず、 藤 井 懶齋も 亦 門人の 列に あるが 如; し、 垂 加 

草の 附録に 眞邊 仲菴と いふ も の、 是 れ な ら、 後 藤 松 軒 は 名 儒に して 曾 

て 一 たび 闇齋の 講義 を 聞きし 乙と ある も、 其 侮 尊 を 受けて 痛く 之れ 

が 倨傲 を惡 み、 再 び 閽齋を 見 ず、 且 つ 終身 手、 閽 齋の 著書 を 取ら ず、 故 に 

之れ を 閽齋の 門人 中に 列す る を 得ざる なら、 

第三 篛 第二 窣 山 崎 閬齋— 第五 閽齋 門人 四 四 五 



卷等十 有餘種 ぁ纟、 (國 學者傳 記 集 成) 

に 仕 ふ、 門 人 栗 山 潜 鋒 あ り、 (先 達 遺 事) 

勘 ナ 郞、 會 津 侯に 仕へ、 其 家老と なる、 輔佐の 功 あ 纟、 延 

す、 時 に 年 七十 餘、 著 はす 所 孟浩錄 一 卷ぁ り、 闇 齋 嘗 て 

o o o OOODOOOO QOOOOO 

あらて 技倆 ある も の、 野 中 友 松 二人の み と、 以 て 氏 與 



§0 第ニ窣 山 t 隨齋— 第 六 閤齋關 係害顛 



四四士 



第 六 闇 齋關係 書類 



左の 磐 類^ 加 

ふ。 ^加 靈社編 

年紀事 三卷 〔寫 

本〕 閻齋 先生 行 

狀阖解 一 卷 〔寫 

本〕 



山 崎 家譜 

此 篇は閽 齋の自 撰に して 垂加草 第三 十に 收 載せち、 

山 崎 闇 齋行實 水 足 安 方 撰 

此篇は 事 實文編 〔卷之 十七〕 に收载 せう、 

闇齋 先生 年譜 

翠 軒雜錄 中に 之れ を 収載せ, c、 

閽齋 先生 年譜 一 卷 山田逑 著 

ゆ 書 は 翠軒雜 錄中收 載す る 所の 年譜と 同じから ず、 著 者 山 田 連. 字 は 

思 叔、 京 師の 人、 卷 末に 若 州の 人山 口重 昭の跋 あ も、 天 保 九 年の 作に 係 

る、 

山 崎 ffl 齋 言 行錄 一 卷大草 公 s e 

山 崎閽齋 先生 事業 大咴 一 卷 



史料 叢書 中に 之れ を 收载せ 

若 林 語 錄 

遊 佐木齋 紀年錄 

先達 遺事 

南學傳 

佐 藤 直 方學話 

大日 本 史料 原稿 

墨 水 一滴 

閑散 餘錄 

儒學 源流 

先哲 叢談 〔卷之 三〕 

近世 叢 語 〔卷之 三〕 

野史 〔第二 百 五十 五卷】 

儒 林 傳遮井 太 室 著 

第三 篇 第二 草 山 崎閱齋 I 第 六 閱齋關 係 #類 



PI 
七 



三篇 第二 牮 山 崎 闇^— 第 六 開齋^ 係蚵 

n 本 諸家 人物 誌 

鑒 定便覽 

事 實文編 〔卷之 十七〕 

近世 大儒 列傳 〔上卷 3 

學問 源流 抓 波 @ 堂^ 

山 崎閻齋 派 之學說 一 卷 法裒睽 次邵^ 

大日 本人 名辭書 

先哲 像傳 

近代 名家 著述 目録 

曰 本詩史 〔卷之 三〕 

讃書會 意 谧井太 室 著 

H 本名 家人 名詳傳 〔卷之 下】 

W 文 源流 河口 靜齋 著 

茅 窓 漫錄茅 原定逡 



叫 

A 



第 七 闇 齋學派 

山 崎閽齊 の學派 は閽齋 歿後、 分れて 四 派と なれら、 第 一 は淺 a 綱 齋の學 

派、 第二 は 佐 藤 直 方の 學派、 第三 は 三宅尙 齋の學 派、 第 四 は 玉 木 葦 齋の學 

派、 是れ な, 9、 此 中前の 三 派 は 朱子學 派に して 後の 一 派 は 神道 學 派に 屬 

す、 綱 齋には 三 宅 觀瀾、 鈴 木^ 齋、 若 林 强齋、 小 出 侗齋、 山 本復 齋 等の 門人 あ 

•CS 、强齋 に は 又 門人 松 岡 仲 良、 西 依成齋 及び 小 野 鶴 山 あみ、 成齋に は 又 子 

墨 山 及び 門人 村 井中 漸、 鈴 木 潤齋、 古 賀精里 等 あみ、 是れを 綱齋の 一 派と 

かで 直 方に は稻葉 迂齋、 跡 部 光海、 三 輸執齋 等 あり、 迂齋に は、 子默齋 及び 

門人 村 士玉水 等 あみ 、玉 水に は 又 門人 服 部栗齋 及び 岡 田 寒 泉 あり、 栗齋 

に は 又 門人 賴杏坪 及び 宫原龍 山 あみ、 光海 又 綱 齋尙齋 にも 學ぶ もの、 其 

門.^ 工岡 田盤齋 あ,^、 是れを 直 方の 一 派と なす、 尙齋に は、 久米 訂齋、 蟹 養 

齋、 石 王 塞 軒、 服 部 梅園、 山 宫雪樓 、留守 括囊、 岩 淵 東 山、 井澤 灌園、 三卞信 成、 唐 

崎彥 明、 加々 美 櫻墙、 多 田 朿溪等 あり、 櫻塢の 門人に 又 山 縣大或 あ. 9 是れ 

第三 篇 第二 窣 山 t 鬧齋— 第 七 闇齋學 派 四 四 九 



那 に 
波 第 第 第 分 
魯三 二一 る 
堂 多 力 實 D 堅》 と 
が く》 踐》 くで 雖 
學 螯》 躬》 師》 も 

問 記》 行ち 說》 槪' 
源 に》 を》 を》 し 
流 よち 重ち 奉》 て 
に んで じ^ 左 
ffl てち じ》 て^ の 
* 師ち て》 新で 如 
^ 說》 詞》 機ち き 
U をり 章》 軸》 共 
り 傳で 記》 を》 通 
V- へ》 誦》 出》 の 
k 以》 を、 だち 特 
k て》 務》 す》 色 
E 秘》 めで 乙で あ 
く き さ、、》 とち る 
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と 

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闇 
齋 
學 



第三 篇 第二 窣 山 崎 闇齋— 第 七 |-閬齋學遯 四 五 a 

を 尙齋の 一 派と なす、 葦齋に は、 門人 谷川 士淸、 若 林 强齋、 松 岡 仲 良 等 あら 

仲 良に は 又 門人 竹內 式部 あ,^ 是^ ピ^ IT の Al F ど r k 遊 佐 木 齋紀年 

錄に 云く • 



先 定| 轉) ぎ A A 以 A 前 f 一 一 vkA 神 k △ 於 A 正 : 親 A 町 A 中 ぎ r A 公 < 通 f SH ま ^ 

水 草, 許,, 可 於 板 垣 信 直、 梨 木 祐 之; 云 云、 

此 えに 由ら て 之れ を觀れ ば 、闇 齋は 神道 を 正 親 町中 納 言、 及 び 板 垣 信 直 

梨 オ^ 之に 傅へ たら、 然れ ども 敎義 として は 寧 k: 葦 齋に傳 はも、 葦齋之 

派 は 此の 如く 四 

る、 

めざる 事 

るの 風 あ 力し 事、 

I て 云く 

其 師說に 至, ,ソ て は、 講義 講錄& で^^;,、 一 ゲ i (子ヒ asc^! だ. ピ: 气し. 



乃ち 閽齋が 門人 子弟 を 同一の 模型 中に 入れて 鎔鑄 陶冶せ る畫ー 主義 

一 の 結果い かん を 見るべきな う、 

\ 尙ほ又 闇齋學 派の 傾向に 就いて 注意すべき もの 二三 あ, 9、 何 どや、 第一 

にあ I t£ 軋^ I ししん、 是れ なえ 水戸學 派の 根本主義 は 神道に 

ノ して、 之れ を 扶翼す るに 朱 子學を 以てせり、 故に 閽齋學 派が 之れ と 調ネ 

し 得る もの 、固よ, ^其 自然の 結果な もとい ふべ し、 閽齋學 派の 人に して 

\. 水 芦 侯に 仕へ しもの 三人 あみ、 卽ち 綱齋の 門人 三 宅 觀瀾、 松 雲の 門人 栗 

第三 M 第二 窣 山 崎闇齋 —第 七 閽齋學 派 四 五一 



^い^い t いぐ^お、 の妒 い^^ ビ^い オ^ を 信ぜざる 者に は、 狼." 

い^^い^^ や、 是 故に 他の 學者 は、 同じく 程 朱を學 ぶと 稱 すれ ども. 

少しく 異同な き 乙と 能 はず、 其 中 詩文 を 好む あり、 好まざる あ, 9 、博覧 

00000 00 い o、 で ゆ oo 

を 志す あ り、 發 明 を專 はらと する あ み、 敬 義の說 に 從ふ人 は 十 人に 十 

や^ I^s おや^^ l^s^ 。し^^が。 る。 書。 畫 。の^。 く J o 

お £6is:£=£l? ち £t お S 。る。 のお 



第三 篇 第二 草 山 崎閱齋 —第 七 闇 齋學派 四 £ 二 

山 潜 鋒 及び 閽齋 直接の 門人 鵜 飼 鍊齋、 是れ なえ 更に 之れ に 鍊齋の 子 B 

齋を加 へ て 四 人と な す、 此 四 人 は皆大 日本史の 編纂に 與れる ものにし 

て、 殊に 觀瀾潜 鋒 二 氏の 如き は、 水 戶 學派 中の 錚々 たる ものな ^ ^ 

派の 人 は 水 戸 侯に 仕 ふる 者 殆ど 之れ なき に、 闇 齋學 派の 人が F 、の、 如い 

水 戶 學 派の 中堅 をな し、 rJ と、 豈 に輕々 に 看 〔過^ や^ぎ^い; -ゲ、 第二 

に 其 結果 竹內式 部、 山 縣大貳 の事變 となら, しこ ど、 是 れ な み、 式 部 名 は 敬 

持、 通 稱は 式部、 羞 菴と號 し、 後、 正 菴と號 す、 越後 國新 潟の 人、 父 を 宗 詮 とい 

ふ、 醫を 業と す、 式部 享保 十三 四 年の 頃、 京師に 之き、 德大寺 家に 仕 へ、 葦齋 

の 門人 松 岡 仲 良に 學び、 後 又 葦齋に 學 び、 神 典 有職に 精 はしく、 又 武&に 

長 じ、 廣く 縉紳の 間に 出入す、 當 時の 名卿鉅 公、 其 門に 入み、 講說を 聞く も 

の 多 し、 S 曆九年 罪 を 得て 追放せられ、 伊勢 國 宇治に 赴 く、 明 和 四 年 又 山 

縣大贰 等の 擧に 連坐して、 宇治よ, CN 江戶に 押送せられ、 幾 もな く、 八丈島 

に 流さる、 然れ ども 式部 本と 大贰 等の 擧に關 係な く、 無罪の 事 明かに な 

れ, 9 と雖 も、 叉 他の 罪 を 得て 遂に 十二月 五日 を 以て 三 宅 島に 歿 す、 享 年 



五十六、 (星 野 博士 撰竹內 式部 君 事蹟 考) 式部が 京師の 名卿鉅 公に、 注、 入 !y 

、、ヽ ヽ、 、、、、、、、、、、、力、、、、、、、、 ヽ 飞、、 

たる 神道 思 想、 隱 然として 一 の 潮流 をな し、 -こ と、 看 過 す ベ からざる 事 

實 な り、 山 縣大貳 は 加々 美 櫻 塢に學 ぶ、 櫻 塢は尙 齋に學 ぶ もの、 故に 式部 

と 同じく 闇齋學 派に 扇 し、 同 氣相 求む るの 結果と して、 屢; 相 往來せ ,リ 、大 

K は 一 種 偉大の 人格に して 曾て 古今の 兵 法、 野 戰の 得失 利害 を 論 じ、 之 

<"<: 厶厶厶 △ 厶厶厶 <3 厶厶 厶 △<"<"△△ 厶 A 厶厶厶 厶厶么 A<I. 

れを證 する に 江戶城 を攻 め、 南 風に 乘じ て、 品 川に 火箭 を 放つべし 等 の 

語 を 以て す、 此 れに 由り て 遂に 罪 を 得、 大 辟 を 以て 處 せらる 逑坐 する も 

の、 甚だ 衆し、 實に明 和 四 年 A 月廿 二日な. 9、 時に 年 四十 有 三、 力 , ぉ§ 1。一 

O OP 0-〇Q0 〇-〇 oooooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 0〇〇〇ヽ > 、 

スは 何れも 勤王家に し て、 多 少不穩 の 言 論行爲 あ, cs し 者の 如 し、 大 貳 が 

、,、、、、、、、、、、、 f、、、^ 、、、、、、、、、、、、 , 

江^ 城を攻 むる に、 南 風に 乘 じて 火箭 を 放つべし と 言 ひしが 如き は、 罠 

、、>、、 、/,&、、,、 、、/.、、、、、 、、、、、、 ^、、、>、 , 

に 力、 る隱 諜を懷 きしに は あらざる べき も、 I 府に對 して 無遠慮なる 

態度たら しに 相違な し、 是 れ其 難に 遭 ひし 所以な ら、 第 三に 其 維新の 大 

功業に 關係 ありし rJ と、 是 れな ら此 事に 就いては 三方 面 よら 之れ を 考 

察する を 要す、 卜先づ 維新の 大功 業 は、 g 王家の 戮カ 協心に 由って 成遂 

笫三篇 第二 草 山 崎 鬧齋— 第 七 闇 齋學派 四 五 一 二 



業 於、 に、 齋 o 
に て、 係、 學 o 
關 多、 る、 派 c 

係 大、 靖、 中 o 
h の、 獻、 に 



第 in 篇 第三 窣 山 崎闇齋 第 七 閽齋學 派 四 五 四 

. ) »i-p 0000 0-0000000 

せられた る ものなる が、 抑 i 處 士 としての 勤王家 は、 初 めて 闇 

起 れ え 蓋: し 綱齋の 如き は、 勤 王家の 率先なら ん、 又 綱 齋が撰 

遺 言 は、 廣 く學者 間に 講讀 せら れ、, 勸 王の 精神 を 喚起す るに 

影響を及ぼせる 者の 如し、 二次ぎ に 水 戸 學 派の 維新の 大功 

^ し は、 顯 著なる 事實 なる が、 其 中に 栗 山 潜 鋒、 三 宅觀瀾 等を經 て。 一 大 

^ooooooooo oooooooooooooooooooo 

動力と なみし 闇齋學 派の 勢力 あ, CN しこ と、 何 人 も 之れ を 否定す る を 得 

>o o ^ o o o ) ヽヽヽ 、ヽ、 、、ゝ ヽ、、 、ヽ、 、ヽ ヽ、、 

ざるべき な, 9 e 次ぎに 閽齋學 派 は竹內 式部 を經 て、 京 師 の縉紳 間に 蟠 

屈 し、 維 新の 際 勤王家 を 皇室の 藩 塀 中よ ら、 出 だ せ も、 蓋 し柬久 世、^ ^ ! 7 

A 厶厶厶 < 厶厶 <厶.<<1 厶厶 厶厶 <3<"厶<1 厶 oooorjp 、- Jrlnr- 

の 諸家、 皆 式部の 神道 を 崇信繼 承せ しものに てま, ^|^|^栌、, ぎ 

p〇 <^〇9〇9〇〇〇 ooooooooooo 

學 派が 多少の 餘< 勢 を 有せし 乙 と、 復 た 疑な きな, 5、 

此れに 由ち て 之れ を觀れ ば、 闇 齋 の學說 は、 今 日に あ もて は、 深 く 顧慮す 

るに 足らざる が 如しと 雖 も、 然 れ ども 其 影響の 多大な る、 實 に豫 想の 外 

に 出づる もの あるな う、 是 れ 何に 由み て 然る か、 閽 齋 の 學 說、 本 と 何等の 

創見 あるに あら ず、 畢 竟程朱 を 祖述す る ものに 過ぎ ず、 是 故に 如何に クー 



れを者 察する も、 學 說其 物が 此の 如き 多大の 影響 を 生ずる こと 殆んど 

理會し 得られ ず、 果 して 然 らば 何に 由, て 此の 如き 多大の 影響 を 生、 ず 

る を 得し か、 思 ふに 此れに 就いて: は 二種の 原因 あ .ON 、第 一 に 閽齋が 人格 

的 品性の 偉 大、 第 二に 闇齋が 學說の 同化 的 傾 向、 是 れ な ら、 閽 齋は 博學若 

OOOOOODOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO 

く は 精通の 學者 とい ふよら は、 寧 ろ 一 種の 敎育 家に して 其 偉大なる 人 

〇ooo〇o〇〇〇oo〇o〇oo〇oo〇〇〇〇〇〇〇oo〇〇 

格 的 品性に よ, nN て 後進の 徒 を鎔鑄 陶冶せ も 、後 進 の 徒、 人 格 的 品性に 於 

〇〇o〇oo〇〇〇ooo〇ooo〇〇o〇o〇〇〇o〇〇〇〇〇 

て閽齋 彼れ 自身に 及ばず と雖 も、 一 々閽齋 の 所爲を 模倣し、 闇 齋學派 一 

Oooo〇ooo〇o〇〇o〇o〇〇oo〇〇〇o〇o-OCO〇Q 

般の 特色 を 現出す るに 至れ も、 乃 ち 知る ベ し、 閽 齋學 派の 一 般に 蹈襲せ 

oo〇〇〇〇〇〇〇oo〇o〇o〇〇〇o〇〇o〇〇oo〇〇〇 厶 

る 特色の 如き も、 閽 齋 彼れ 自身の 人格 的 品性よ, ^來 たる ものなる を、 又 

厶厶厶 <j 厶厶厶 <JAAAA 厶 <"△△<!<"△ 厶厶 厶厶厶 

閽齋 が學說 は、 朱 子學 をして 我 邦の 國體に 同化せ しむる の 傾向 を 有す、 

厶厶厶 厶<3厶< "厶厶 △ 厶厶厶 厶厶 △△△、、、、、、、、、、、、 

是れ其 幾多 有 爲の士 を 出 だし、 所以な ら、 蓋 し 朱 子學を 奉 信す る もの、 

慶元 以來其 人に 乏しから ずと 雖 も、 國 家の 事に 對 して 活動的 態度に 出 

1、、、 、、〇〇〇0〇00〇〇〇003〇0000000000 

づる もの 少 し、 但 i 閽 齋學 派の 如く 朱 子學を 借, CN て 以て 祖國の 精神 を發 

OOOOOOOOOOOOOOOOOOCOO®®®®®®®©® 

揮す る も の、 眞 に 活動的 態度に 出 づるを 得るな ち、 是 れ其國 家の 事に 對 

第三 篇 ¥1 草 5 崎閽齋 I 第 七 Bgs 四 五 五 



§m 第二 窣 山 崎 II 篛七 閤齋擧 派 ^s. 

t て 立つ へき 主義 方針 を 有すれば なみ、 闇齋學 派の 外、 朱子學 をして 我 

に 同化せ しむる もの、 亦 水 ヌ學派 あえお p, き o の酽^ ^0 派 。と 

^ばく 幾多 有爲 ゆれ"^ & てる: l,o て^ま ぎ o 

る.^ 力る 力 を 知るべきな 力、 



のム は、 業、 く 、 
儒 A 命、 に、 業、 

者 A な、 就、 を - 
の。 り、 く、 廢" 
如 A 奈、 乙、 し 



第三 章 淺見 綱齋 

第一 事蹟 

^ f き^ 曰き ^^^き h ま卞 I 卜^む 綱 齋名は 安正、 初めの 名 は 

順良、 小字 は 重 次郞、 綱 齋と號 す、 別 號は望 楠樓、 近 江 高 島の 人、 後、 京師に 徙 

りて 居る、 父 本と 豪 富、 子 三人 を 生む、 伯 を 道 徹と稱 し、 仲 を f 齋 となす、 倶 

に 醫術を 業と す、 叔を吉 兵 衞と稱 す、 賈 人た,"、 父 道 徹綱齋 をして 一 ^に 

4! かいい かい: o&t^ 、に^ぐ お ^ ビ矿 いか、 て 一 時 豪傑の 態度 を 示す、 

锏齋年 尙ほ少 うして 闇 齋に學 び、 備に 螢雪の 苦を嘗 む、 彼れ 嘗て 咯血を 

^^^^い^ &に酚 い、 て、 曰い、^^ ぞ ぎぎ 已に 此の 如し、 姑 

や h ぐず^^い 、め 、ル や i!^^^ f、 綱^ 疾を 力め て强 ひて 

:0^^:k い、 お^^い、 ない すいぐ,^, ま齋 乃ち 日く、 死生 

i: りか^い いぐ^ かい^^い、 め、 ん、 と、 綱 齋炕慨 自ら 喜 び、 他 

第三 篙 第三 窣 淺見 緬齋 —第一 事蹬 四 五, 



第三 篇 第三 窣 淺見 綱齋— 第一 事蹟 四 五八 

™ <"<".<"<3ム<"厶<"厶<1厶厶<"厶厶<:1<*"<"<1<1<|<1厶<:<"<"<1<3<3 

く 諸侯に 仕 ふる を 屑と せ ず、 故 に貧甚 しと 雖 も、 處 士を 以て 自ら 甘んじ、 

^ <"< "厶 厶厶厶 A 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △<! 厶厶 <a 厶厶 <"<"s.d 

足、 朿 土 を踐ま ず、 門 人 三 宅觀瀾 出て、 水 戸 侯に 仕 ふ、 彼 れ 以 爲く、 其 志、 道 

| 厶厶厶ム 厶 <3<J<I 厶厶厶 △ 厶厶厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 △△<« 厶厶 AAA 

を 行 ふに あらず と、 乃 ち 書 を 贈,^ て 之れ を 絕ゥ、 其狷介 孤峭の 狀、 以 て 想 

貝すべきな ら、 先 達 遺事に 左の 記事 あ .CN 、云 く、 

綱齋貧 特に 甚だし 二 時 乃ち 嚴冬尙 ほ 一 布袍 なきに 至る、 會ユ右 林の 母、 

一 衣 を 新 七に 贈 ら、 以 て 履 端の 服に 充っ、 新 七拜受 し、 輙 ち 翁に 獻 ず. 

一 又 云く、 

綱齋家 破れて 雨 日 ごとに 漏 天の 如 し、 翁 若 林と 親ら 屋に 升ら て修葺 

す、 翁 體貌 肥大に し て、 蹈 む 所 多く 破壤 す、 

此れに 由うて 之れ を觀れ ば、 綱 齋の 貧困な る、 决 して 尋常に あら ず、 然 れ 

ども 彼れ 毫も 以て 意に 介せ ず、 近 世 叢 語 〔卷 之 一 一〕 に 云 く、 

綱齋 人と な h 、嚴 毅 にして 威望 あ ち、 聞 達 を 求め ず、 貧 窶に 安ん じ、 泊 然 

として 世に 意な し、 其 父 甚だ これ を 惜む 、晩年 錦 小路に 敎授 す、 生 徒 大 

^ 厶厶厶 △ 厶厶ム <3A 厶厶 A<:<3 厶厶 な 厶<3^<5<3^1 

に 進 5、 其 書 を說く や、 低 聲に說 き 出お し 、昔 調 朗鬯ニ 坐肅 然、 氣 を 屛 げ 



綱、 

齋、 齋で 

が、 先で 

小、 生ち 

廉、 き 
細、 執》 
第 節、 而ち 
5 に、 ^ 
拘、 肯ク 
々、 
と、 
し、 
て、 
人、 
と〜 
相、 
容、 
れ、 
ざ、 
る、 



事 
蹟 



n 

五 
九 



ね、 

此、 

の、 

如、 

し、 

闇 

齋 



氣で 綱》 宅 

質で 齋》 尙 

之ち 先》 齋 
一》 生》 が 

癖》 |^ 默 
學" 1> 識 
問》 方》 錄 
之》 先、 卷 
大で 生》 之 
疵》 初》 三 
甚》 其ち 
可 \> 

惜で 如ち 

直ち 兄 力 

弟ち 

後り 
不》 

相り 



に 
又 



方で 

先 で 

き 

後で 

來で 

思で 

舊 ^ 
交で 
有》 
將で 義で 
通》 可》 
問》 言な 
之》 者ち 
意で 亦》 
綱》 是》 



無ち 
相々 
絕カ 
之》 



接ち 佐々 遺 
—、藤》 事 
淺で に 
見》 云 



晚で 
絕》 
交 ^ 

京" 
入ち 

傳カ 
說り 
綱》 
齋り 
詰 ^ 

云で 
居で 
親》 



而》 
仕ち 
何》 

禮ち 
^ 
是》 
不カ 

my 
相》 



で A て A 
曰 A 竦 A 
く A 聽 A 

理 A t A 

會 A 敢ム 
し A て A 

去 ム 嚏 A 

る A 咳 A 
や A 欠 ^ 

否 A 伸 & 
や A す A 

と A る A 

生 A も A 

徒 ム の A 
皆 A な A 

稽 A し A 
首 ュ 一 な 

し A M A 

て △ 一 ム 
曰 A 章 A 



厶 A 厶 厶 厶 厶 —厶 ひ、 力、 

Z と、 官 府の 如く 然,^ 

綱齋 兼? 武事 を 好み、 馬 s„f 帶ぶ 、其劍 5 にし i 瀾 I せ 

るお £ の 四 f 刻し V 士、 の VHS 年に, S 方と 交 

り を絕 つ、 是れ直 方が 親の 一 喪に 居らて 猶ほ 出で、 仕 ふるに 因るな.,、 先 



厶 AAA 厶 AAA 4 

說き畢 はる 毎に 呼ん 

厶. a 厶厶厶 厶厶, 厶 A" 

く、 唯 と翳矩 森厳なる 



闇 A 神。 及 

齋 △ 道 △ ん 
の A 學 A て、、 

神 △ 者 △ 綱 
道 A の A 齋 

說 A 出 A 其 
を ^ で A 師 
容 A た △ に 

る A る ^ 叛 

" い く 
Ra 以 ^ を 

至 A て ム 悔 

V 之 A い 
し A れ A 香 
が A ヒ を 
如 A 觀 A 焚 
し A れ A い 
ば A て 
綱 △ 罪 
齋" を 



第: 一一 寧 淺見 蒯齋 ー 第一 事踉 四 六 〇 

が晚年 神道 を 主張す るに 當 りて 門人 中 毅然として 之れ に 惑 はざる も 

の、 綱齋, 尙齋 及び 直 方の 三人 あるの み、 殊に 綱齋は 啻に 神道 を 喜ばざる 

のみならず、 叉閽齋 が敬義 内外の 說 にも 從はざ もき、 默識錄 〔卷之 三^ 云 

令き かほ 家 A£ き: MM;f ? 

先 生 不き于 敬義 先生^き 

と, 然れ ども 閽齋 歿後に 

f - . A 厶厶 <J 

請せ, cv とい ふ、 又 門人に 

も 尙齋と 同じく 漸次に 

綱 齋承應 元年 八月 十三 日 を 以て 生れ、 正德 元年 十月 朔を 以て 歿す、 享年 

六十、 綱齋 男子な し、 乃ち 兄 道 哲の子 を 養うて 以て 嗣 となす、 門人 三宅琉 

瀾、 若 林 强齋、 Gg^、) 山 本復 齋、 鈴 木 貞齋、 小 出 侗齋等 あり、 强齋に は 門人 西 

依 成齋、 小 野 鶴 山 等 あう、 成齋 には子 墨 山 及び 門人 古 賀精里 等 あ も、 

綱齋著 はす 所靖. 獻 遺言 八卷、 同 講義 ニ卷、 六 經編考 一 卷、 父母 存說考 一 I 



れ 義 o 其 綱つ じ 
同 所 o 大 o 齋っ て 

謂 o 槩 先つ 曰 
知 通 o 時 ◦ 生 く、 

己 儒 o 所 資 

の 全。 憂 質 

言 才 o 者 o 豪 o 
以 者 o 所 o 邁タ 

て 也。 傷 M° 

綱 於 o 識 
齋 木 o 徹 o 

が 强 ^ 

爲 不 o 終 

人 少 o 身 
v> 嚴。 勸 

か 師 苦 
ん 道 〇 於 

を 待 o 此 o 

徴 門 學 G 



程 子 論 性諸說 一 卷、 伊川 先生 四^ 一 卷、 辨大學 非 孔氏之 遺書 辨 一 卷、 聖學 

圖 講義 一 卷、 大 學物說 一 卷、 忠士 筆記 一 卷、 綱齋 文集 四卷等 あ、 就 ^靖膚 

遺 倉 は、 廣く K に 行 はれ、 名 敎上裨 補す る 所 少しと せず、 

綱齋が 人格 及び 事業に 就いては 三 宅尙齋 默識錄 〔卷之 三〕 の 中に 之れ を 

〇 〇 o o 〇 〇 ^ 、o o* o 

-不, 已、 所, 荖書 若干 可お^ 

00〇〇〇〇〇009 

^ 刻、 人 P 其嚴; 博學精 



一 す ベ き な t=N 



第一 i 第三 草 淺 a 綱齋一 第一 事疆 四 六" 



5i 篇 第三 草 淺見 綱齋 151 學說 四 六 二 

第二 學說 

綱齋 カ學說 として 紹介すべき もの は、 疆學圖 講義 中に 叙述せ る 一節な 

み、 云 く 

身と 云 ふ 己れ が、 父 子と 云 ふ 己れ、 君臣と 云 ふ 己れ、 夫婦と 云 ふ 己れ、 長 

幼と 云 ふ 己れ、 朋友と 云 ふ 己れ、 プ^^^ ^ゆ^ゃ^^ 5 ^ひ 

さう ある ど 常人 は本體 あれ ども、 生 質の くるひと、 生れて 後の そこね 

と、 是れ 二つ で、 父子と 云 ふ 己れ が 親 を 失 ひ、 君臣と 云 ふ 己れ が 義を失 

ひ、 夫婦と 云 ふ 己れ が 別 を 失 ひ、 長幼と 云 ふ 己れ が 序 を 失 ひ、 朋友と 云 

ふ 己れ が 信 4 失 ひ、 己れ が 身; Z 離、 れ、 ず、 し;/ さ、 う g 、な、 い、 己^い^、 る^ 

ゑ、 それ を 己れ が 本 法の 人の な いい^^;^ いい 一、 k や ひ^ゅ 

c o.o'o oo o o o oo o oo o It 

さね S 本體の 人倫の 己れ にて なし、 水 は 流れ、 火 は 燃 ゆるが、 水火り も 



ちまへ なれ ども、 塞\% ほれば、 其 塞; を 俊へ、 燻 ぼら を疏す カ^ 14 

本 去の もち まへ に、 しな ほす と 云 ふ もの ど 、もれと 同じ ^^ゆ 

§ さや ージ ま の frf?ff 

ま^やお-ま r ゆ: 化 mf 

ま £、::£,t い^; mm 

い い いい 知 は 己れ が 身に する 義 

^い^"^^ ひ^^^いわ^ き, い^ ジ^ ビれも 始めは 致 知力 行 

としたれ ども、 云云、 知と 云うて 置けば、 書て は 精に な,^ 大學 では 致 ま 

こぶり、 喻語 では 博 文に な り、 孟 子で は 知 言 になり、 中庸で は 明 善 に な 

; 、;皆"| き 置 sr 。フヨ? 。フヨ 

^^^が^"、 行 は 其 身になる やうに する こと ゆ^ 書で は 一にな り、 

大學 では 誠意 以下に なり、 論語で は 約 鱧に なり、 孟子で は集義 になり _ 

ト庸 では 誠 身になる、 餘皆然 り、 小學近 思錄、 凡そ 孔孟 周 程 張 朱、 學術を 

第 HI 翥 第】 一 一 窣 淺見 綱齋 I 第二 舉說 四 六 一一 一 



第三 篇 第三 率 ^見 綱齋— 第二 學說 四 六 四 

說 ける 所 ピれを 以て 推し 盡く すべ し、 言 がか はらう と. 詳略 が あ ら う 

と、 此ニぺ よら 外な い、 か いひ^;^^: .、ぃ:^ム:- 、は、^^^ い 

して 知る こと、 本 法の 知に あいで^;;:^^、 て 、^、ひ、 さ、 へ;^、 ば^いい」 

云 ふ は、 行 ふ 所 實理に 合、 は^/し、 て^が、 の^、 に、 あ:, やめい い、 へ^、 う、 し 

て も、 此 二つ をはづ さい^;^ い 二 い^や ケぃ" 

蜘^^^れ 5 ^き^^ゆ や^^^^ な 。け。 れ 。ば^が 

o ぬま ま sis ョ 

&ふ ^か^^^!^^^,^ が 。に。 放^。 て。 存。 せ ^。れ 

£ ^き や si おいま, 。のお。 に 。失 寸" 

f ゆ ゆ、 f ゆ, ゆお お^^ ^OK^&sofKQA 、凡:.、 知、 ら、 ん、 と:/ て、 理 i4. 

味し、 行 はんとして 理を踐 へ 、る v:$、 の、 身ビ、 離、 れ、 て、 覺、 え、 な、 け、 れ、 ば、 知^ 

こともう かとし、 行 ふこと V 妒い ゲ^ やか: <:. いで^, に、 至、 る^ r て、 人 

倫 日用の 義理、 知^^ 身い^ ひ^^や^^ i+ 、の^ ひに: Q 、る ひ: 

まま "u§uf 1 ^ufgo にま^る 



i^v 勤^? ^ゃ徽 1 酌"" がお がき^^^^^^ 

£s 口 ま"、 云云、? の 人 

い^いへ ハ^ か 小" い^いや^る ゆ ゑ、 我が 旣に 善くなる 

、ひ、 4 いい^い" やか iiii 田^^い い^、 へ り、、 一 人よ, - 天下 を 

い^いち^ i いも ハぃ^ かやき^ ハょ い、 父子 君臣 夫婦 長幼 朋友 ど、 ^ 

や いひ^ かい^い いか 4-"^tsi ^そこねた を 善くして やる^ 

^^"^^い ヤ^^^^^い^い 云 ふ、 凡 を 《 れ たる を をさむる を 

fcr fir ニノ **>*、、、、、、、、、、 すぐ、、、、、 

^ひ 1、K や^ li^ ^^ぞ お 時、 始めて 亂と云 ふに あらず、 直に 父子 H 

ひひ"^ ひ^ G か^^ &き "お、 へ ki;^^ な, -、 其 人 のな, -は+ 

4" 4+ や^^^お ザ^、 一 ^ヒ、 い、 へ ば、 天下 ど、 さて 家國 天下と 

や^^ S 跏 いお か S 、お^^い + ^ い、 云云、^^ 緲^ き 

S 、や ln§ お i 、! 、か^ 田き、 修め、 人 を 

第三 篇 第三 草 淺見 緬齋— 第二 學說 四 六 五 



第三 篇 第三 聿 淺見 綱齋— 第二 學^ 四 六 六 

pooo、ob r-o〇〇o〇COOOOOOOOOQ000 3nrs 

治む る は、 爲學- の實功 ど、 大根 本の 上から い へ ば、 が 命のお ゆ、^ 

^0 ^00 0-0-0000000000000000000 

かな はぬ からい へば、 人道の 當 然、 其 人道 を盡 くして、 本體^ ^^お^ 

ooooooo ヽ、、 、ヽ、 、、、、、、、、、、*!'#* 

は、 爲學 の實功 ど、 云 云扠當 然と 云 ふ は、 ひっし, cs とのつ 。ひきな い, パ ^ 

、、、、、、、、、つ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て も をうても 口 は 食 を 食 はねば なら ず、 食 へば 食 ひ 檨の道 あ も、 身 よ 

衣 を 著ね はなら ず、 著 れば著 檨の道 あ えさ しむき ない や^ う^っ^ 

はぬ 當 もまへの しゃう ど、 父 子 の 親、 君 臣 の 義、 五 倫皆然 も、 云 云、 實 功 、と 

、、、、、、、、、、、、ち、、、、、、、、、、、、、、、、、 

云 ふ はま じ ち な し、 浮 きた 乙と なし、 いらで 叶 は ぬ、 今 云 ふて 4» の 用 こ 

立つ、 正味の 功夫 ゆ <實 功と 云 ふ、 云 云、 き き い ^勘^ 

$(£:^^緲|01£4|、ぉ&&"§、ゃ.|§初^^^£^|, 

O^-OOO^O OOOOOOOOOOOOOOOOOOODDD 

きたる もの ゆ ゑす る わざ も 天命の 本體な ^、學 も斯樣 にせね §むが 

Si ,& § ^緲^ や § お"^ き l^^h^^^ お^^お、 S か 



其お 綱 齋は湯 武放伐 を 非と し、 赤 穂の 四十 六士を 義士と し、 楠 公 を贊美 

して 「^^か 4 と g し、 足 利 尊 氏 二 品 親王 を弑 すと し、 尊 氏 兄弟 を 指して、 

「^^ム^」 となし、 殊に 靖獻 遺言 を 著 はして 忠孝 節義の 精神 を 鼓舞せ,"、 

彼れ が 我名敎 上に 於け る 功勞、 决 して 看過すべからざる もの あに 彼^ 

又 嘗て 「辨, 大學 非,, 孔氏之 遺書- 辨 t 篇を著 はして 伊藤 仁齋が 「大學 f 孔氏 

之 遺 書 1 辨」 を 駁擊 せ,^、 



第三 篇 第三 窣 淺見 綱齋一 第二 學說 四. -, 七 



第三 篇 第四荜 佐 藤 直 方 —第一 事蹟 四 六 八 

第 四 章 佐 藤 直 方 

第 一 事蹟 

崎 門 三 傑の 一 人 を 佐 藤 直 方と な す、 直 方、 小 字 は 五 郞左衞 門, 備 後 の 人、 年 

二十 一 にして 京師に 赴 き、 永 田 養菴を 介し て、 始 めて 山崎閽 齋に謁 す、 先 

達 遺事に 當 時の 事 を 記して 左の 如く 言 へ ら、 云 く、 

佐 藤 直 方、 永 田養菴 にょうて 垂加 翁に 見 ゆ、 翁 問 ふ、 汝 嘗 て 何の 書 を か 

しばら 

讀 む、 直 方 云 く、 且 く 五經を 誦す と、 翁 乃ち 問 ふ、 大 夫 四方に 適く に、 安 車 

に 乗る と、 此 れ 記し 得る ゃ不 や、 直 方 答へ 少しく 凝滯 す、 翁 直に 云 く、 曲 

禮 にあ ら、 戴 記の 初 卷尙ほ 記し 得 ず、 烏 ど 五經を 誦すと せん と. 因 ら て 

養菴を 顧みて 曰 く、 年 少予 に從學 す、 早 き こ と は あ ら、 且 く 返いて 誦讀 

する 乙と を須ふ と、 直 方大 に耻慨 を懷 き、 是 れょ 6, 憒, cs を發 し、 苦 學. 眠 

食を廢 する に 至 る、 後 一 年に して 復た 翁に 詣 る、 時 に 鵜 飼 金平 坐に あ 

5 、會; 書 肆竹村 漢本ニ 程 全書 を 携へ來 る.. 翁 輙ち直 方 をして 之 を 誦せ 



脫、 傾、 れ、 直、 遂 i! 

洒、 聽、 諸、 方、 に 齋 

お、 せ、 侯、 人、 能 弟 
^ 身、 ざ、 の、 と、 く 子 
1 戚、 る、 坐、 な、 其 を 

容、 な、 に、 り、、 旨 敎 
第 な、 し、 あ、 高、 を ふ 
1 し、 彼、 る、 邁、 得 る 
^ 75° れ、 も、 逸、 る 乙 
藤 ち o 又、 毫、 宕、 に と 

| 知 o 平、 も、 皓、 至 極 
' る o 素、 之、 齒、 れ め 

一 ベ。 自、 を、 玲、 ら て 

事 し o ら、 意、 ノパ 後 嚴 
贖 舉、 と, と、 彼 な 
れ o ず、 せ、 し、 れ ら、 
本 o る、 ず、 て、 徙 然 

と o 乙、 肆、 WA^ b れ 

濶っ と、 辯、 彩、 て ど 
達 豊、 懸、 人、 江 も 

自 麗、 河、 を、 J 5 n 

在 o 日、 譬、 射、 に 方 

の 〇 に、 喩、 ら、 居 之 
S A° 醇、 涌、 颇、 る、 に 

% に o 酒、 く • る、 事 
し o を、 力 ひ 口、 へ 
て o 钦、 如、 才、 て 

閽。 み、 く、、 あ、 1, 

齊 o 快、 一、 い ら 
及 o 活、 坐、 彼、 す 



し く 直 方 受け 讀んて 頗る 滯 澀 す、 翁 叱して 金平に 投ず、 金平 卷を 開い 

て 序文 を 誦し 二 字 を ず、 讀 み畢, -、 傲然と して 云く、 明 人文 を 作る 

も、 卞 I た 5 子 靡 と、 翁 直 方に 向って 言 ふ、 讒 書 他們の 如くに して 始めて 

-そ 、 、 、 、 、 

是 な り、 何 ど汝 が滯澀 する が 若くなら んと、 直 方 益 >摧 屈す 然れ ども 亦 

^ii お^ い^ 、票い r、KV^A4 口、 て It 屠の 一 切經を 誦し、 堂塔 

い^^ゃい い^い^い やお^^で い^^^、 に 至らず、 小 子 f 懇 にし 

C4 ^^い ^い^ ^に ^ に、 て、 も^^ ザ 、气 し^ に 該博、 を 之れ せんや 

Jo 、お .k い 其 言 を奇と し、 寵 異 最も 至る、 





4rio の o ュヽ 

ス 1J リ レソ U り 


ば、 
は , 


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ル、 




紫 〇 ^ 

り リ 1 ^リ , 


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て 、 


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大、 


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繊 〇 fro 
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1^、 
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争、 


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IS〇 -Hfo 4n 


シ、 


W、 
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庄、 


す 

フ 


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ま衽、 




れ、 


彼 


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铕 11、 

刺 


喊、 

m 


介、 


れ 


す o シ o ja^ 


す、 


拷、 


く、 

力 ゝ 


享 


カミ 〇 H^O jhn, 


ス 、 


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保 


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ス 、 


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下、 


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四 


《し リ ノ V if u 


惜、 
1 貝 


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曰 


可 皆 夫、。 


れ、 


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に、 




な o こ Ho 


と、 


八、 
今、 


あ、 


以 

ザ^^ 


ら o れ o 政 


な、 


ム、 
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ん o を o の o 


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す 


唐 


や 臆 不〇 


て、 


に、 


お:、 


津 


、 R° 善 〇 


其、 


據、 


を、 


侯 


取 は o 非、 


ら、 


以、 


に 


力 乃 o 


な、 


ず、 


て、 


進 


慎 ち 〇 


る、 


師、 


考、 




重 o 黎 o 


を、 


に、 


d、 




を 民。 


知、 學、 


を〜 





m 






て o び o 




•* 

o 


す 


れ 


最。 綱。 




被 


後 


初 


も 齋 


L 


A し 


X 


め 


磊 何 M 


之 


ど 


廐 


父 


落。 齋 i 




も 


橋 


の 


不 o と o 


ia 




疾 


職 


き 大〇 g 
な 〇 に o 窣 


さ、 




に 


5: 


m 


は 


仕 


承 


る 同 o 佐 


甘 


さ 

サ 

る 


へ 


け 
て 


も。 じ。 s 

の o 力 ^ 方 


に 


ど 


邸 


本 


5-° ら m 


、う ほ 
m 




に 


城 


ら o さ、、。 一 


し 


て 


居 


侯 


、 る 事 


攸 


: 公 


プ 

る 


に 


ち o 跟 


《し 


に 




仕 


の o 


统 
BO 


一' 户 

え 


、 

と 


へ 


あ 


-Kef 


を 




俸 


る 


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從 


辭 


十 


五 


を、 




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年 


1 


蓋 


と 




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彼 




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乙 


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二 o 


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九 


之 


祿 


傑 


に 


彥 


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ハ 


中 o 


謂 


根 


百 


年 


に 




侯 


金 


之 


あ 


て 


賓 


を 


を 


b° 



疾 暴に 作,^、 肩 輿に 駕 して 家に 歸る 、翌日 永眠 す、 享 年 七十、 門人 三 輸執齋 

倉皇として 至る、 至れば 巳に 簀を易 ふ、 乃ち 和歌 を 作." て 之 を哭す 、先達 

遺事に 云 く. 

^^!^^!^幣^!:^ムの^ ^が ゲ^ ^ヒ酽 ゲ、^ 方 安正 輩 來纟て 

* れに 由り て 之 を 観れば、 直 方の 如き 闇齋に 親近して 最も 能く 其 道 を 

得た る 一 人な, os 、然れ ども 彼れ 嘗て 敬 義內外 者 論 を 作うて 閽齋 が說を 

非と し、 爲 めに 罪 を 閽 齋に 得、 師門に 出入せ ざる もの 二 年、 殊に 閿齋 か^ 

年 神道 を唱 ふるに 及ん て、 直 方 之 を 疑 ひ、 毅然として 從 はず、 是を 以て 竟 

に 弟子の 籍を 削ら る、 先 達 遺事に 云 く、 

き^ ^5 蒙^^い だい まお^に ずヒ炷 いて 拜跪、 罪 を 神霊に 謝す 佐 

△ 厶厶厶 

藤 は 否ず、 

^かやに ^に、^, ぃ鼢^ や、 &r が酽、 禮法 太お 簡 なら、 嘗て 言 A 

吾れ 臭 を逐ふ 者の 爲 めに 書籍 を講說 す、 此れ を 友 生と なす、 但> 從游曰 

第三 篛 第 四 寧 佐 藤 直 方 I 第 一 事蹟 四 一 



篇 鐘毕 佐 藤 直 方/第一 四 七 二 

久しければ、 則ち 呼ぶ に 爾汝 を 以てす、 此輩 亦竟に 弟子の 班に 居る の 

み、 今の 學者 多く は 其師を 信ぜず、 獨み師 自ら 尊大に す、 其妄笑 ら ベ し、 

: 彼れ 又 嘗て 論じて 曰く、 

博覽强 記^ や lEsv^ril^^ いきい^^い、 き^^ t ヒ^:^ ず:.. 

うして 之 を 視れ ば、 柬坡固 よらき や^い^い^ ひやり かい^お^ 釙 

1、 東坡を 以^ き| "かわい^い わ ひいい^^ | 具^ま^い P ひひい 

を 得ず、 今多識 及び^ 賦 や^^か い^い^,、 ん; ^ キ 

\ ヽ,、 、,,、、、、、、 ヽ、、 ヽ、 

まて 眞儒 たる 乙と 能 はざる なら、 

彼れ が 如何に 實 行を尙 びし か は、 此 言 に 由, て 之 を 知 る ベ き な ら、 

當 時の 學 者、 大 抵皆字 號ぁ夂 然るに 直 方獨, 5 字 もな く、 號も なし、 或 人 之 

に 謂って 曰 く、 

一: 山 崎閽齋 は、 子の 師 なみ 、淺見 綱 齋, 三 宅 尙 齋 は., 子 の 友な り 、雨して 皆號 

を 以て 稱 す、 子 獨, CN 尊稱 すべ き ものな し、 知 らず 何の 說 あるか、 

直 方 答へ て 曰く、 



知、 

% に、 

謹 载、 
す、 

第 る、 

1 所, 

の, 

佐 ル, 
藤 先 

I 

第 



の、 
或、 

0P 

に、 
吻、 
合、 
せ、 

ざ、 
る、 

も、 
の、 

多、 
し, 
而、, 
し' 
て' 
其 
見 

の 



人、 人、 
の、 と、 
み、 學、 
慽、 を、 
む、 談、 
所、 じ、 
の、 譬、 
も、 諭、 
の、 百、 
は、 端、 
其、 殆、 
學、 ど、 
小ヽ 人、 
學、 を、 
四、 し、 
子、 て、 
近、 踴、 
' 思、 躍、 
' の、 自、 
' 間、 得 1 
' に、 せ、 
> 止、 し, 
* ま、 む, 
、 i)、 實' 
* て、 に' 
、 近、 東 
、 思、 方 
、 錄、 の 
、 致、 一 



子、 ず 



に、 
あ、 
ら, 

さ、 
れ, 
ば' 



屬、 
纊、 
wr 
十、 

四, 
五, 



未、 年 
た、、 
営、 

て、 
口、 

舌、 
に、 

戴、 
せ、 
, ず、 

' 才、 
' の、 

' 穎, 
* な, 
• る 
• 辭 
» の' 
、 敏 
、 な 

、 o 

、 終 
、 H 



直、 宅 
方、 尙 
先、 齋 
生、 が 

氣、 默 
禀、 識 
宏、 錄 
濶、 卷 
峯、 穎、 之 

を、 '1 や S 

好、 故、 に 
む、 に、 直 

の、 其 
篤、 學、 
き、 苦、 
本、 ま、 

卷、 ず、 
を、 し、 

鞾、 て、 
' か、 至、 
' す、 る、 

^ 人、 中、 
' と、 年、 
' 語、 學、 

* れ、 勸、 
^ ば、 め、 
、 ふ、 ず:、 

、近、 迤_ 

、 W ま、 



し に ム 
Z し a 

と て, 

あ 直 A 
る 方 △ 
も のム 
是 き 

れ に A 



方 
を 
論 
じ 
て 
曰 
< 



亦 

の 
號 
に 
あ 
ら 
さ'、 
な:、 
な 
b 



あ A 

ず A 

直 
方 
又 

て 

其 

居 

る 

所 

の 

軒 

を 

峰 

松 

軒 

と 

名 

づ 

け 



方 ^ 是 
の ^ れ 

號 A 亦 

す A 見 

るム ^ 
も A な 

の A K 
あ ム 門 
れ A 人 
ど 
も 



門 o 
を o 
以 o 
て o 
居 o 

ん o 



稱 
し 

れ& し 

全 A 直 

くム方 

誤 A 先 
れ A ^ 

に と 

剛ム い 
齋" へ 

は A K 

門 A き 

人 A ^ 

野 A 剛力 

田 A 齋 2 

德, b 
勝 A 以' 

の A て' 
號 A 直' 



と o 余つ 

を。 邦。 
せ。 俗。 

ん 〇 に o 
假 o 從 o 

令。 ふ。 

CAo の 〇 
余 o み o 
彼 o 此 o 
の o 邦つ 

西 o 古 o 

の o ょ0 

邦 o ら o 

に o 字 o 

之。 號 

く o な o 
も o し o 
亦 o 何 o 
名 〇 ど o 
は o 必 

直 ず 
方 し 

通 o も o 

稱 邦 
は 俗 
五 に 

郞〇 背 o 

左 く 
衞っ こ c 



X 



徒 

の, 



固、 六、 

陋、 經 



な 

b' 
綱' 
齋' 
先、 
生, 
生、 



に' 
及' 
ば- 
ず, 
唯, 

之, 
ヒ 



質、 談, 
朴、 ず, 
强、 る、 
其、 四、 
舉、 禽、 

博、 小、 
う、 學、 
し、 近 * 
て、 思、 
極、 錄、 
め、 の、 
て、 み、 
精、 故、 
し、 に、 
故、、 其、 



、な、 直 
、 し、、 方, 
^ 故、 先、 
* に、 生, 
* fc' 極、 
* 門、 め、 
' 人、 て、 
> の、 穎、 
學、 悟、 
を • 其、 
な、 學、 
す、、 苦、 
精、 ま、 
微、 ず、 
を、 し、 
探、 て、 
ら、 成、 
ず、 る、 
直、 其、 
方、 才、 
先、 辯、 
生、 快、 
書、 濶、 
を、 儔、 
讀、 す、 
む、 ベ、 
ひ き、 
と、 の、 
甚、 人、 











又 




年 






の 直 


云 


や ぃ徹、 




卜 


t 

L 


—レ 

m j] 




聞、 未、 


を 


其 


己 


i: 先 


く 、 だ、 第 




餽 


れ 


受 生 




ベ、 能、 § 


し 




.1 、、 

か 


、、 始 




さ、 く、 


て 


辭 


爲 


中 め 




も、 精、 第 


rcrr 




め 


">、、 t-t 

C 曰 




ハ き PU 

の、 微、 1 


ビ 


る 


に 


ろ 向 




庶ち に、 

ル - 佐 
幾 か 入、 藤 


出 


の 


J- 


其 の 




つ 


速 


る 


rcrr i 

邸 大 




し、、 る、 1 


以 


な 


の 


に 守 




苎、 

天、 否、 一 


て 


ら 


も、 


もむ 

Is 水 




他 


ざ 


な 


し 野 




命、 や、 事 


人 


る 


し 


m 某 




本、 を、 蹟 


の 




故 


後 に 




然、 知、 


さ 《は 

m 


惜 


5: 


一 仕 




の、 ら、 


を 




以 


十 ふ 




妙、 ず、 




幸 


て 


餘 z: 




を、 其、 


す 


に 




年 ど 




發、 道、 


ベ 


メ f、 

尙 


方 


を 辭 




明、 を、 


し 


ほ 


の 


歴 し 




す、 談、 


我 


贊 


力 


酒 て 




る、 ず、 


さヒ 

輩 


を 


分 


井 後 




も、 る、 四 


m 


曰 

易 


一^ 


雅 




、 

の、 所、 £ 


に 


ふ 


の 


甚 樂 




今、 謂、 


戒 


る 


効 


n 頭 




世、 壁、 


む 


の 


な 


勢 酒 




に、 國 


ベ 




し 


利 井 




存、 隔、 


し 




佘 


に 某 




せ、 て、 



い^^か^、 4^ ややい、^ に、 て酽、 ふ^、 千ぞ、 の 、傅、 ふる、 曾 子、 に、 して 子 思 

^や^^い^ ビ、^ ^is 、くぎ、 學、 を、 誤 まらん てと を盧 力る ベ L 

„齋 が 評、 毀譽相 半す る ものと いふべ し、 長 島 侯淸曠 秀邁、 直 方 を 一 見し 

て 其 玄談を 聞き、 衽を歛 めて 讃述 す、 直方沒 する に 及んで、 便ち 尙齋 を延 

く、 尙 齋ロ談 極めて 周密に して、 曾て 淸言 せず、 侯是に 於て か 學を厭 ふの 

意 あみ、 乃ち 尙齋の 直 方に 及ばざる 所 ある を 知るべき なら 

赤穗 侯の 遺臣 大石良 雄 等 吉良氏 を 襲うて 之 を 殺す、 明日ぬ^ 光海 來ら 

て 謂って 曰く、 

赤 穂の 義士 復讎す、 先生 旣に之 を 聞く や 否や、 

直 方 曰く 

き^い^に で!^^ <士 だ A る を 得ん、 

遂こ 乙れ を柳宗 元が 駁 復讎 議に徵 し、 論じて 以て 上 を 陵ぐ ものと なす 

直 方が 門人に は、 稻葉 迂齋. 三 輸執齋 、野 田 剛齋、 天 木 時 中、 永井隱 求、 友 部 安 

宗、 跡 部 光海、 菅野兼 山 等 あえ 迂齋名 は 正義、 十左衞 門と 稱す、 寶暦十 年 十 

第三 篇 第四窣 佐 藤 直 方 —第一 事績 . 四 七 五 



第三 篇 第四窣 佐 藤 直 方— 第一 事蹟 四 七、 

1 月 を 以て 歿す、 年 七十 七、 執 齋後陽 明 學に轉 ず、 迂齋 子默齋 あう、 默齋名 

は 正 信、 通 稱は叉 三郞、 著 はす 所迂齋 行實、 墨 水 一 滴、 先達 遺事、 孤松 全 稿 等 

ぁ纟、 迂齋の 門人に 服 部 栗齋、 溝 口 浩齋、 村 士玉水 等 あら、 默齋の 門人に 奧 

平栖 遲菴. 手 塚 坦齋等 あら、 栗齋の 門人に 宫原龍 山、 光海の 門人に 岡 田 盤 

齋 あ,^、 

直 方 著 はす 所 排釋錄 、鬼神 集說、 講學鞭 策錄、 道學 標的、 學話、 饑藏錄 等 あえ 

就, 中 飆藏錄 は 彼れ 自身の 學說を 叙述せ る ものな 6/ . 



A 齋、 程 朱の 說に本 づき、 敬義內 外の 說を 立て、 身を內 となし、 家國天 T を 

外と なせ,, 、閽 齋の此 說に對 して 直 方、 綱齋と 同じく 異論 を 唱道せ,, 、直 

方 曾て 敬義 內外考 きを 作る 、載せて If ff ^ 一〕 f no^、。 o 。 o:, 

s き E&s やき; お f と s て の、 而し i 

^§ ^即^ レ^ 2 ^へ ^いや、 往年 敬義 先生 近 思 錄爲學 の 敬 義內外 を 

講じ、 4 に^い、 £5 おひ^; お、 當時 門人 或は 信じ、 

或は 疑 ひ、 信疑 相 半し、 辨 論して 學 友の 爭 論と なすに 至る、 予 時に 偶, 疾 

らり、講 席に 侍せざる 乙と 久し、 同 友の 徒 曰に 来らて 內 外の 說を問 

ふ i し、 ま I ま" まい、" If ず、 ff 

トー い かきい^ ヒ^^^^だ V 酽 A の, に ^ だ A せす^ もの、 幾 ど 二 年、 

淺見 安正 已むを 得ず して 敬 義內外 說を著 はし、 以て 程 朱の 正意 を發 

明し、 而 して 學 者の 疑惑 を解釋 せえ 今 孔孟 程 朱の 書 を 讀んて 其文義 

第三 篇 第 四 章 佐 嗨直方 I 第二 學說 四 七 七 



第三 篇 第四窣 佐 藤 直 方-— 第二 學說 四 七 八 

を曉る もの、 一 たび 之 を觀れ ば、 則ち 辨詰を 待たず して、 以て 自ら 其 旨 

を識 るべ し、 何 の 疑 か 之 あらん、 

此の 如く 直 方 は 闇齋が 身を內 となし、 家國 天下 を 外と なすに 反し、 がピ 

內 となし ^を 外と なせら、 直 方の 說是 なみ、 然れ ども 閽齋が 謬見 を 持し、 

頑として 變 せざる 極度の 執拗に 至 もて は、 亦 以て 珍と する に 足る もの 

あるな, 9- 

韜藏錄 〔卷之 三〕 に學 談雜錄 あえ 其 中往々 傾聽 する に 足る もの あら、 因, リ 

て 左に 之 を擧 げん、 

1 

nt^ff 生, 生ぐ 謂 為、 なれば 人 は 船た ものな,^ ^i^i-ir 铲 

いき^? r"?l き ま "曾點 の 章 

の 注 「曾 點之學 、人欲 盡處、 天理 見るべし、 き^ き^"^^ ビ^,^ 

S 、や や? お £1^。 る や 

し、 易 に 「君 子 終日 乾 令、 不^ 於 誠; 天 行 健、」 (お m„ § 隨; ^ §、 は) と、 一 a の 



が. 
佛 

g 神 
m の 
力 

第 を 

佐 の 

藤 み 

I I 

k を 
二 除 

學 き 

til 貨 

福 
を 
求 
む 
る 
は 
か 

し 

さ 
愚 
な 
る 

Z 
と 



四 
七 
九 



な、 ん o 道 o 
b 、 だ 理 o 
孔、 後 o を o 
子、 は o 知 o 

程、 何つ ら o 二 
の、 の o ぬ 

鎏、 調 o 人 o 
人、 法 は、 o 
で、 も o 死 o 
も、 な o ん o 
言、 し o だ 

行、 聖、 人 Q 
が、 賢、 を。 
一、 を、 調 〇 

つ、 尊、 法 o 

も、 信、 力 幻 

殘、 'ず、 る、 o 

ら、 る、; 

ね、 は、 

ば、 其、 生 ^ 
調、 言、 國 
法、 行、 人 Q 
は、 を、 乙 
な、 尊、 k。 
し、 信、 調 
異 し、 法 

端 1z、 な Q 
の も、 れ 
徒 の、 死 Q 



問 

m 

1 
は 
愛 
を 

云 

ふ 
な 



Oo 
て o 
私 o 

欲 o 

あ 

b。 

m° 

と 

ど。 

か。 
n° 
知 
も。 

S 〇 



は o 
、、、 〇 

し 

ら o 

て 
根 

に o 

入 
ら 

ぬ。 

尊 
德 

而 



始 き 
終。 と 
の 合 

耍 o 點 

mo ゆ 

學 o 力、 
の o ぬ 

基 故 
本 に 
な 心 
b° 法 
と と 
は 云 
云 ふ 
ふ 乙 
な 

敬 
か 

ら 

ゆ 



と 
を 
し 

ら 

ず 



て 〇 

も。 

此 o 

心。 

が。 

生 o 

や 

ね 

ば 

や o 

<° 

に o 

立。 
世 

の 

實 
學 
者 
と 
稱 
す 
る 



かぞ 

ね 尸 か 〇 

ば う o 
仁 Q 見 o 人 
も。 れ o は 
間 ば o 茇 
斷 敬 o が 
あ が o す 



な、 no 

し、 る o 
か 親 o 
も、 切 o 
の、 を o 
な、 考 o 

b、、 ふ 
う、 ベ 
つ、 し 

と、 周 

b 、子 

と、 の 
し、 一 
て、 者 
居、 無 
る、 欲 
人、 の 
は、 親 
放、 切 
心、 * 
な、 ふ 
い ベ 

何 o し 
程 o 佛 、- 
行 o 者 

儀。 は' 
が。 心 

よ o を 
<o 死 



所 間 
以 斷 
爲 な 
文 し 
也 川 
迄 上 
生 の 
々 歎 
積 も 
累 愛 

の な 

意、 K 

誠。 ^ 

は 。^ 

死 o 中 

物 o 庸 
て 〇 二 
な o 
さ o 

mo 

看、。 

る o 

ベ 〇 

、 し o 

、 仁。 

、 を 〇 

、 動 o 

、 で。 



十 



誠 
無 
息 
よ 

b 

王 
力 ^ 之 



0§ 第四窣 佐 藤 直 方— 第二 學說 四 八 ◦ 

な. ら、 生 た 入 は妙藥 でも 覺ぇ て、 言 うて 聞かす る M とも あるべ し、 死 ん 

だる 人が 何とす る もの ど、 我 死後に^^/孫 ピ^が、 打、 殺^ ひど ハめ いひ 

も 、なんとも 钍カ はなし 、死んで 後い 子 ^ " ^ひゃ^;: J " ^ ^ 、や い、 (、|) 

<r 孔孟の 眞跡を 持ちて も、 金 銀に はな る、 我 心身の 德、 學 問の 益に まな 

ら ず、 楠 が帶 したる 劍を 持て ば、 武 邊 がなる と S ひ、 四 ナ六 人の ど ? 

' I . * ノ ノ, レ ^0 ?、 IT/, 

望す る樣な こ と は、 淺間 敷き こ となえ i^,gi;^^^plo\ 

0-o〇、£^ q〇 〇 つ o〇〇〇〇oo 

しても 我 志 立たねば、 學問 はならぬ、 世上の 墨 跡 を 好む 人に 賣 つて、 お 

應に 生業 を し、 知 音 懇意の 貧苦 を 救 ふ 迄 のこと な ら、 弓矢 の 守, 9, p の 

談 笑 ふ ベ し、 盛 久が千 手觀音 にたす け 、ら れたを 見 て、 尊 信す る^ 士ょ、 

道理の 塲の 用に は 立たぬ、^ 2ど ^ ^ S< ^ §ゃ f 。に? - o へ酽^ , ま^ 

£、 £ R o o ^ o o o o' o o o c o ^ J .. 

き- 學の人 は 論す るに 足らぬ 事な^、 (JJ 人の 忠信が 我 進 德の爲 めに 

はなら ず、 忠 信の 人と 語 ,0、 忠 信の 人の 檨子を 聞け ば、 を 、て よ t し て、 我 

心身が 道に 進む 益 あ 纟と云 へど も、 き^き^ ~lri^^\i》 称 

△ △<3,、 厶厶厶 厶<" 厶厶厶 厶ム厶 厶、、 *、、、、、 

なければ 少しも 化する こと はなし、 况ゃ 論孟に 及ばず、 俗 1 ,ケ い ^ 



か:^ a:^ や? fK だ^ゃ、 いぐ^ぎ、 む^、 あ、 るで き や、 此樣 なる 昧 

^^^ゆ^ 駟^ 、一^^^ や、 阿 彌陀が 我れ を 十 萬 億 土へ 

迎へ とらう と 誓願 を 立てた とて、 難 有い 辱い 御佛樣 じゃひ Ifo ふ o は、 マ 

1 . とど、 がで^。 ね。 ば、。 何ぎ。 佛^。 思うても ならぬ 

^一?;^ ひ^^ 妒^, 佛も 人み、 の 志の 立つ と 立たぬ を わき まへ ずに 

我 名を唱 へたら ば、 决定 ©樂 に 往生 させう、 迎 へと らうと 1 

の 至., な.^, ^^きか ひ^^.^ ネ^い 極樂 へやら; ^一;^ 

ト^い きで? お- rr^^t^i 

お あ うに k る、 榡、 t のな, 

か 、是れ S へ 見よ、 m 

sslor^i£:t いか: ュと。 が。 な。 る。 に。 1 

s£ ま" £K に; おおお n = 

BisBEl ョぃ まに も 己れ が 自立 

第三 篇 第 g:^ 佐 藤 直 方—^ 二 畢說 四 八 一 



第三 篛 第四窣 佐 藤 直 方 I. 第二 學說 四 八 二 

,o o b o 、〇 o o o 、 。• o o o o o o o o o o o r> o 

てな:^ わ はなら す 故. に學は 自己の 立志が 第 一 なみ 、大學 の傳皆 自明 

也の 意、 中庸 末 章慎獨 考 ふ ベ し、 吾 れ 嘗 て 言 ふ、 i ^ いが ザが! ^ ち 二 

1?;5^か&|白妒^&が^^が0るぴど^^、小學^^酽,。|^ず^ 

JP 〇 〇〇oooo oooooo 

决意 而往則 須 角,, 己 力: 難レ 仰, 他 人 1 矣」 と、 學 者 之 を 思へ、 

三 

〇 〇 

な ら、 冬 寒 夏 暑 は、 常 な ft/ 時 あって 寒暑の 不時 は、 變 な も 、吉 3 禍 福、 壽 夭 

貧富の 異も皆 同じ、 。へ & 、だ?^ 白驴 i^i-^ や? 0^,,^かょ 

ゆ 5^5^ゅ§、^^&,ま^。る,ザ&妒^ず|"。の。別^。,4/生 

云 ふ 檨に不 の 字が 氣^ 變な, 《4< ゆいず!,^; :c- が、 お,^ VP ^ 、な、 る 

は、 氣 の變 なう、 性 善 は 定理なら、 不善 は變^ "や^に^^^ぎ^ s :=/ に 

ぐる は變 な一、 其變 が^^^^^^^^^ が,^^,、 朱 子の 所き 「^ 

厶厶厶 厶厶厶 △ 

其 同, F 變, 其 異, 也」 と は、 愛 を 言 ふ、 其 同 と は、 定 理 のこと な も 、其 異 と ま、 氣 

の變 な- 4 か ト や^ が ゆ^ 



き 5 ま EH まき i£s ま 

,必^ a きゆ^ ゆい ん き^^ゅ^^^^^ や 聖人 上に 立て 

ば、 理 から をさむる 故に、 下の 風俗 も、 もれに 化して 皆 善な え 聖人の 御 

代に も わるい 人 ある は、 かの 變氣. が ある 故に、 惡人も あり、 凡 ノカ上 ー 

位する と理 がな き 故に、 下が わるうな つて、 善 は ひ^と 减 少して、 世上 

一同に 不の 字になる なち、 夫れ が禽獸 にな ゥ たと 云 ふ ものな 、故に 

衰世に は、 常理の 人が 稀に し 9 不の字 多し、 (I) 學 者の 見所 あると 云 

ふ は、 此常理 をた しかに 知る ことな, 9、 朝 聞 一道の 章考 ふ ベ し、 異端 俗 ノ 

理を 外にして、 氣の變 を ありがた がる、 神明と 云うて かたじけな 

は、 皆氣に まかれた るな り & "ききに 固有して 居れ ども 氣 がわる き 

き^^ ^^。り?^。 の^^、 &。 に^ 酽。 は ^。化^^って。 な。 け^^、 肥 。に 

^|^、(|)異端は理がなき故に、氣の妨をぃゃがるから捨4"^1 

るな, -、 皆氣の 方ば かさな. -、 仙人の 術 も氣を 保つ 計な. "、吾 儒の 道 は、 

@ ® ® ® ® ® ® ® ゆ ® ® お ゆ,, ド扣び t ! ^,? v 1 ^ !J 

の 中 色々 の苦勞 なる 事 あつ て も 夫^ をの カ^う とは^ 

第三 篇 第 四 寧 佐 藤 直 方— 第二 學說 四 /- 一一 



第三 篇 第 四 草 佐 藤 直 方— 第二 學說 四 八 四 

の 當然の 理の檨 にす るな ち、 苦 勞を 免れん と はせ さるな,^ 世上の 理 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、^、、、、、へ 

を かま はぬ 人 を 氣隨と は、 よ く 云うた も、 己 れが 一 身の 乙々 ろよ ぃ樣 

、 、 、 , 、 、 、 、 @@©@@©©©©©©©@©@@©©@©© 

にと した ものな り, 人 事 は 人が する 箬に定 つ たもの なれ ば、 の がれう 

と はせ ぬ箬な り、 釋 迦が生 老病 死の 苦 を 厭 ひ て、 雪 山に 遁れた は、 理 を 

知らぬ 故な ,9、 を れ から 萬々 世の 毒 を 流した ものな も、 今 病人の 夜伽 

をす る は、 氣 の ゥ まる 乙 となれ ど も、: s をす る警の 人 なれ ば、 す る 乙と 

を いやと は 思 はぬ 箬な み、 理 をた しかに しらぬ 人 は いやがるな 5、 た 

く 四螯の 文字の 上で 理と云 A こと を 知った 分で は、 用 に は 立たず 己 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

れが 心に 得ぬ 人 は、 理 を實に 知った と は 云 へ ぬな .9、 う はつら を 知つ 

000000000300000000 / .P ノ , : >、 , 

^知り 檨は 知らぬ と 少しもち が はぬな も、 (お) 今學 者が 祿を 求め 身 

を M ゝ ろ よくした きと て、 出家 を たのみ て、 祿 仕す る は、 理 を 知らぬ の 

coo〇〇oo〇〇oooooooo〇〇〇o〇o〇 

甚 しきな り、 學 者 は 獨立特 行、 何 を も賴む こ と はな し 、人 を 杖に つく は, 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

腰ぬ けな み、 神 を 頼 み、 佛 にね が; S をす る は、 う K-^ へ ものと 云ぶべし 



の 「苟 t pi 也、. 一の 章、 極 め : ;ーく ? ベ ? ?? ^ ^ i 

き 人;」 の 意と 同じ ま。 天お^。 愧 5r33? るに〕 1 

、の い^^い^に fi< にず いぐ 恐れ かくむ こと あれ W 人の 

いか ハ^^わ^^" 聖賢に 至らざる うち は、 氣 質の 蔽、 すきと!^ ゾ 

となければ、 f 2 する こと I るべ murr 

、、、、、、、、 、? こと、 .r? い、 1、1 ^ " 、/ L " M ^の^ ,i は あは さる 箬 

出す 惡 事な く苟 に 一.^ 一一が, 仁き」 さ 广 1 i I r> C / 

^い、 U) 今日 凡夫の 上 にても. 主君に 事 ふるに、 ま を こない 不 i L は 

;: 1 45 r ;」 C- パ ノブ O こする よ、 ゆ るされ ず 伊 程 マレ- 

少る さる、 が 心 中よ, 9 君 をない 力し ス 11 ヌ { レ 

5 力 寧 功 b りても、 6 中に 君 を あなどる 意 ある は、 にくき ふ f、「f ひ 

軍梦? J ノ まつ 1 > ooooooooo, 09 0、00 

HS 於 f 至極し? -と 4、ff ま ひ 

rsrsu 。の S お ま。 人。 の v に。 しく 令名 ゾの 

^^^か^,? い、 (柳)ん「 い^ 靼 おい 肷^, が 中の 實不實 f 

£ 《か^:^: ^お、 い "、数千 卷の ffl て 

やお^ぎ 子の 徒と 云 はれず、 云き 

第三 I 第四窣 佐 藤 直 方— 第二 學說 四 「/J 



第一 一一 篇 第四窣 佐 藤 直 方.. (第二 學說 3 八-、 

五 

俗人 は 1 塲で; 3 ろ wlnl!, いか i-^^ い、 の や" 4^、 の 、は^、 く^.. 

ば 力みな ゥ、 富貴に して 妻子 病氣 なし、 仕官 首尾が よ い、 火事に 逢 はぬ、 

終身 氣の 毒な ことに あはぬ、 御 目出度 あやか もたい、 子孫 繁昌、 子供き 

皆 有 付かれた、 逆な 憂に あはれ ぬな ど、 云 ふ 類、 皆 仕 八 口せ 幸な えがが 

娠 I き警霍 鲈 ョ? 

おお まユ、 

老子が 功 成 名遂身 返く と 云 ふ は、 人欲の は ど を 云うた ものな ぇ學者 

も 愛の 窟を まぬかれねば 、^簠 程 朱の 徒で はなし、 吾人 はきと 志 を ひ 

きむ くべき ことなえ 孟子の 三 樂を云 はれた 所を考 ふべ し、 u ^ 、か 

人の 道を盡 くしての 上に^ の? き^^ひ"^" 朝 聞 道の ことなし 

に は、 根が くさった もの なれば、 樂 のせん さく はない、 父母 兄弟 息災で 

も、 我 一分が へ ぼくた なる に は 論 はない、 故に 君子 有-三 樂 一と は 云 はれ 

た、 小人 三樂ぁ 力と は 云 はぬ、^^: a^r?^^ ^^ゆ!^^^^ ひ^. 



^^かむ1&|^|^2-^"^^^^^^さて孟子の三樂を考へ 

て 見 よ、 君 子 有 _J 二 樂 一而 王,, 天 下, 不 k 存-焉 。と あえ 君子 なれ ば、 あ の箬な $、 

凡夫 は 天下 國家を 取る なれ ば * 何 もうれ ひ、 氣の毒 はな し、 只 己れ か 長 

命 を 願うて 不義 淫亂を 永く したいと 思 ふ 外に は、 望み はない、 秦の始 

皇が 長生 不死の 藥を 求めた も 夫れ なり、 君子 は 我 身の タ の^と は、 何 

^^仁 是^、 か、 ういだ、 い^^^^^ 、ぬ、 & p S 行。 不 へま 乎 其 外 一一 一一 

樂 © 註に、 秫氏 曰く、 「き 一? 一 # ^ ? i 。き ^ 『 £ £ ^ き 不レ愧 

#1 ま ^ ^ ,おき 卸」 と、 さ てく 旨い 哉、 自 致の 二字、 今日 學 者の 二 

字 符な& 、右の 處に 志の 立たぬ 學者は 太平 記讀む も、 同じ 事な. 5、 (畧) 

^^ぃ^ケか{1^?^^^^|^^^^ぃ^きぃはせぬど、去るに 

A ケひ^ ill い^^, 4 いい^いい いい 4 いるな-、 愛へ 目の りい 

か. V4^^9 い^^いか^" 吾人 深く 心得べ し, さて 志 を 立て 道に 赴 

^かゆ s^【 & い^^い^^ ひひ^"^ 一:^^^^^^ ゆ^^ 

第三 篇 第四箄 佐 藤 莨 方 —第二 學貌 E 八 七 



第一 一一 縊 第四窣 佺藤直 方— 第二 舉說 四 八 八 

f さおお おお = 

ひ£ 一 o £〇, OPOOOOOOOO 

に 道 もな し」 と^けた 意 は、 親切な も、 さて 此の 如く 道理 を はきと すま 

して 置 いて 見よ、 武運 長久 を 祈み、 神佛の 加護 を賴 み、 惡事 災難 を はら 

ひ、 富貴 を 祝し、 鬼神に 求め、 冥加 を 願 ふの 類、 淺間敷 ことに 見 ゆるな, 9. 

教 一 £ 志の 《に 何も 賴 むこと はなし、 君子の 鬼神に 祈る も、 我 身 を 祈 

る こと はない、 臣子迫 切の 情、 天地 山川 五祀も 人の 爲 めなみ、 民 を 新に 

する rJ と は あ, 9、 人に 新に しても らふ こと は、 聖賢の 書に なし、 新 民の 

新の 字 見る ベ し、 自 新の 自の字 は、 民 の 力な も、 軍 陣. に は蹈 込む 計な え 

殺されぬ 檨 にして 人に 首 を 貰 ふ の、 矢 よけのと 云 ふこと はない、 | 商 

人 曰く、 妻の しき 金て 身 を 立てん と 思 ふ は、 きか^も,;、 か^ ^ か^^ 

出す てな け^め、^ い^か, やい^い .0^^ いか^ ふ^ ケ ひ;^^ 

い、 云云、 奇特な さなら、 き^^: at! ,2^ Si .2^ む^ ゅ^^ a 



一 商人 曰 ひ § に 逢うて 迷惑せ? けれど-、 死なず 1" お:; 

Itl が お £ が I5t5l 人の 

のて 堪お 力" つ ム . . A ^ひひい や S 入 曰く、 命を棄 つる 

<" A A A A A ム、 u, トレ わ、 ヒレ J お ら ね,^ なら^.^ ノ E /T 

級らぬ ことな b 學者 はぎ 上 をう o o o われれ ひ 5 5^%sr& 

匕り ことが H か あらう ど、 予云 く、 學 者の は 命 はすて、 も纩 ま 

ュ" お^^ SS55"、 孟子の 1141" 

^るの て、 堪忍 力なる と覺怦 はバけ @ I @ 、きお 餉ぉ siA^I^ な 

と 云う まかれた ts 人 は 死ん て も 班 は 滑れ? 



き』 ISE§o:s。i ま? 

u = 一口^お) きまの 

は、 善い は 善い けれと も^' S を, ー リ、 、 、 、 、 、 o o づ 

、に r ノひ かひ ひ、 へお いがが ビ おふだ^の なら、 人々 有き が き 

を 信じて あ を 乙< ?个 つつ oooooooo 

3 o o O o o oc o> o o w^^w^si やる Nl と はない 

^ §。 其 尊 無. 對。 我 心よ, 9 外に 賴みカ I す - 

第三 篇 第 四 草 佐 藤 直 方— 第二 學說 



第三 篇 第四窣 倥 藤 直 方 —第二 學說 四 九 o 

學者カ 師の說 をき、、 諫を 受けて 身を修 むる は、 先 づ よ し、 去 み ,; ら 

我れ 自ら 奮發し き 1^ い^^,,^^^ か^ゅ や,^^^ 

れぬ、 吾人の は 一 やい、 一 ^^^^^^^^f^^^^^ 

1 の 明かぬ 箬な ら、 論 語 に 曰 く、 過 則 勿き 改め 、の 、一 ず^ ^ぎ^か { 付^ 

ら、 ± 極は理 なえ 性 卽ち理 なみ なれば、 本然に 不善 はな い、 不善 は氣に 

わたって から 以後の こと、 不善 あれば 太 極の 本然に あらず、 學間は 人 

欲 を 去み て 天理に 復る なれば、 不善 を 改めぬ と 云 ふこと はな い、 氣賀 

變化 は、 改 むるなら、 天地 自然に 改む ると 云 ふこと なけへ 

、、、、、、、、、、、、 /V ./ -^v 

ひ 學 者が ® 賢の 書 を 講じ^^^ p^"?" で, ^、の^.^ い」^、 む 

っソ ひなき は、 言語 を絕 いか^ ひ;^" 一^て、 一 、日に、 一 f^^.z 

と あるかと 云へば、 一 日い、 一 ^い、、 一 ^い、 一 f^r^ff 

門人に は 改めさせ か、 い、 心^^ H ふ^ 改、 む^て 意 ん、^ い 



. 改、 と、 人、 
I む、 は、 あ、 
• る、 な、 れ、 

: と、 し、、 ど、 

, 云、 人、 も、、 
I ふ、 い た、 

I i、、 自、 ぐ、 
' 付、 ら、 輕、 

ノ な、 省、 き、 

2 いみ、 癖、 
^ ば、 て、 を、 
)^ 稃、 平、 な、 
り 朱、 生、 を、 
ナ の、 改、 す、 

y: 學、 む、 計、 

tL は、 る、 り、 
O せ、 意、 に、 
と ぬ、 が、 て、、 



、、、、、、、、、、、 

たもの ど、 た ま^ \ 改 むる 

、、、、、、、、、、、 

ゅ土|@ 克ち 難き を改 むる 乙 

4 るかな きか を考 ふべ し、 

.ト 4 レ、 世上な ベての 人欲 

云 t?i 入 5 改 むる 合 點 のないで、 學の 進みが なきな り自 

己の 上て 改 むべき は、? あらう と氣 のつ £も遺, な m 

き s"""、i ぢき? 、きつ 學友 で ヨ:: : 

いわ" 今時の 學友 は.. 夫れ をい うてき かする 乙と なし、 兎角 自力ら 售 

〇 〇 o .〇 〇 o 2、 

察せねば ならぬ 

是 等の 言に よって 之 を 考察せば、 如何に 直 方が 講說に 巧なる か を 知る 

に 足らん、 <"<"<" 

直 方 は 痛く 陽 明が 學を 斥け、 其 論 を 以て 妄論 となし、 其 人 を 以て、 聖人の 

ずぐ となし、 甚 しき は、 ^^si 卜 得た る ものと なして、 論じて 曰パ . A < 

鼠 はくら がらに 目が 見えて 一物 を 齧み やぶる、 小人の 形な.^ 王 陽 明が 

第三 篇 第四窣 佐 藤 直 方, (第二 學說 ^カー 



第三 篇 第 四 寧 佐 藤茧方 ー 第二 學說 四 九 二 

厶<"厶厶厶厶厶厶厶厶<"厶厶厶厶<! 

事理 を 外にす る は、 鼠 の 性 を 得^る か、 

と、 其 言 の餘, o- に 皮肉に 過ぎた る もの ある は惜 むべ し、 

彼れ 又 陽 明が 學を 批評 し、 知 行の 必ずしも 一 致す る ものに あらざる を 

論證 して 曰く、 

王 陽 明が 格 物の 工夫 は 入らぬ、 良知 あれば 自然に 人欲 は 知る 、、故に 

心の わる い を ば、 其 良知て たぐ し、 ま くにす る、 是 れが 人欲 を 去, CN て 

天理に 純なる と 云 ふ、 何 の 乙と もな い、 安 いなれ ど も、 さ うはなら ねば 

Z そ、 古 聖賢の 色々 の敎ぁ I 入 欲と 知れ ば、 其 儘 をれ が 去らる、 なれ 

C I ) 7 、 』 〜、o oooooo〇〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇 

は 大學の 功夫 は 入らぬ まさしう 惡 いと 知っても 人欲 を 得 はら はぬ 

〇、、 れ OOOP め o oo^ooooo oooooooooooo o 

は^る 乙との つまらぬ 故な も、 能 く 知った こと は 行; 5 もと C くもの 

o 〇 

なら 聖賢 君 子、 惡 人 外 人、 色 冷 あ ら、 生 知 安 行 は、 良 知 良能と 云うて すむ 

、、ゝ く. s、 or ^ ^ ^ ,o o o o ^ o O b O o o-ooooooo o o o o 

へ し 其 外 は 其 分て はすまぬ どう すれ は S 賢になる どと 云 へ ば、 成 >9 

、、9 , ^ 5, ?」 o 、 お 9:0 や o o o o 9, o o o o o o o o o o o o o 

力 ある 筌な, 9 其 仕方 かう すると 云 ふ 乙 と を 知らずに なんと 工夫 

-9,oooo、o o ^cooooooo、 ヽ ヽ 、 、 、 、 、 、 、 、、 、 

力 下さる k お 其 仕方 を 知る が 知な ち、 其 知 る 所 が 詰 ら ね ば、 惡 いと 知 



— - — ^ 



第 
四 

萆 

佐 
藤 
直 
方 

第 



學 



て 

ら。 嗚。 % 
l〇 P$o 
し o 孟 o を 
と。 朱。 徘 
い 〇 の 〇 1 

ふ o 言 る 
則 o 此 o に 

ち 〇 の o 擬 
學 o 如 o す 

者。 く 其 
の 〇 之 踐 
佛〇 れ 文 
氏。 嚴 中 

に o 且 に 

於 〇 o° 

け o 切 o 
る o に 
や 〇 し o 

豈 て 



其 



さ 田 

へ 
る 
あ 
b 



々 

餘 

姚 

の 

短 

處 

に 

中 

れ 
る 
を 

る 
ベ 

し 



け' 
な 

b 



ク、 

て、 

拂, 
ふ 



に 程 ◦ 云 



四 



痛 子 

く o 义。 

辨 佛 

じ 老 o 
て o の o 

猛 害。 
く 楊 
ぎ 墨 
が よ 



方 
又 
徘 
釋 
錄 



を 
著 
は 
し 



あ、 
き 
し, 

樣, 
が- 



と、 
が、 
な、 
ら、 

ぬ、 

故、 



見、 と、 知、 ぬ、 学、 れ、 い、 

よ、 は、 ら、 所、 者、 ぬ、 と、 r 

fjo 思、 ぬ、 あ、 力;、 な、 し、 も 

と o は、 は、 !)、 す、 り、、 力い の, 

知。 ぬ、 俗、 夫、 ぢ、 譬、 丄、 f 

J.o け、 人、 れ、 め、 へ、 樣、 知 
は o れ、 な、 を、 も、 ば、 あ、 ^ 

別。 ど、 り、 致、 な、 *、 り、、 て 

な o も、 我、 知、 い、 仕、 を、 
f)0 乂、 弟、 の、 祿、 ヒ、 れ、 

JbA 欲、 や、 な、 仕、 願、 〈 , 

ぁム の、 甥、 い、 を、 ふ、 . 

C ,: 出、 は、 ふ、 ^、 仕、 あ、 致、 

知 a 歷、 家、 云、 を、 者、 ま: KI 1\ 

らム 々、 に、 ふ、 見、 の、 は、 父、 の、 
さム の、 す、 な、 よ、、 道、 知、 母、 ェ、 

に A 學、 る、 り、 わ、 て、 ら、 は そ、 

M 者、 を、 あ、、 る、 な、 で: 力ぶ 

い い は、 と、 入、 

と、 と、 な、 し、 る、 

知、 云、 ら、 力;、 な、 
ゥ、 ふ、 ぬ、 る、 り、、 
て、 乙、 は、 箬、 譬、 

も、 と、 い、 と、 へ、 

\. に、 の、 を、 行、 を、 や、 知、 ば、 
云ぶ、 す、 い 惡、 に、 知、 t、 °\ £ 
ふム る、 善、 い、 は、 つ、 ぶ、 \ * 

けム ^、い、 >、 出、 お、 は、 も、、 は 



皆 A 力、;、 ば、 1Z ヽ 

可ム 子、 學、 ま、 
^ 弟、 者、 か, 

爲 a を、 1Z、 ら, 
鎏 A 出、 る、 願, 

人 a 家、 も、 ひ 



第三 篇 第四窣 佐 藤 直 方— 第二 舉說 四 九 四 

〇 o o 〇 〇 〇 

ざるべ けんや 

彼れ 又 伊藤 仁齋 が 「送," 浮 屠 道 香 師, 序」 を 駁し、 痛く 其佛に 佞す るの 態度 あ 

る を 攻撃せ も、 

直 方 は 靜坐集 說の序 を 作らて 靜 坐の 學 者に 必要なる 乙と を 言 へ も、 云 

、 

く 

OOODOOOOOOOOOOOOOODOOO'OOOOOO O 

程 朱の 所, 謂 靜坐 は、 乃ち 學 者、 心 を存 する の 術に し て德 を 積む の 基な 

03000000000000000000000000 >oo^ 

.9、 今 聖賢 を學 ばんと 欲する も の、 力 を 此に用 ふる 能 は ざれば 則ち 亦 

oooo 〇〇〇〇〇〇 o〇 

豈に 己れ に 得る 所 あら ん. や、 

彼れ 又 時に 靜坐を 存 養の 工夫と して 門弟 子に 講ぜし と 見 え、 山 崎諸彥 

筆錄 中に 靜坐說 筆記 ! 篇ぁ も、 靜 坐の 工夫 を 論ずる 乙と 頗る 精細な .9- 

厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <" 厶厶 <Q< "厶 <J<J 厶厶 △ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

其 他 彼れ は 養子と なって 他姓 を 胃す る 乙 と を 非と し、 赤 穗の 四十 六士 

<" 厶厶厶 △<"<"△ 厶厶 *" 厶厶 *3 厶厶厶 A 厶<! 厶厶厶 A 厶厶厶 厶厶厶 

を 義士に あらず と し、 湯 武放伐 を 不可なら ずと し、 楠 公 を尙ぶ もの を 非 

力 厶厶厶 厶厶厶 A 厶厶厶 <3 厶厶厶 厶厶厶 厶厶<1 厶厶厶 A ム厶厶 厶<3 

議し我 邦 未だ 曾て 聖賢 あらず と論斷 し、 遂に 皇統の 萬 世 一 系なる を定 

<^*3<3<5<3厶<3 厶厶 厶厶ム <j<l<"<3 < -厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶ム厶 A 厶 

理 にあらず とな し、 專 ら宋學 を 奉ずる の 結果と して 種々 國體に 合 は ざ 



第三 篇 第五 享 三 宅 尙齋— 第一 事蹚 四 九 六 

第五 章 三 宅尙齋 

第 一 事蹟 

三 宅 尙 齋、 名 は 重 固、 小 字 は 儀左衞 門、 後、 丹 治と 改む、 尙齋は 其號な ,9 、播磨 

の 人、 年 十九に して 京師に 遊 び、 業 を 闇 齋に受 け、 淺 見 綱 齋、 佐 藤 直 方と 友 

とし 善 し、 遂 に 共に 崎 門 三 傑の 稱を 得る に 至 る、 尙 齋學 成うて 後江 II! に 

來 ら、 阿 部 侯に 仕 ふ、 彼 れ官に 就く ゃ忠 直、 務 めて 其 職 を盡く す、 居 る 十 年 

にして 侯卒 し、 嗣 侯 封 を 襲ぐ、 一 二の 同志と 屢 > 直 諫 すれ ど も、 其 言 行 はれ 

ざる を 以て 疾に 託して 致仕 を 乞 ふ、 允 さ れ ず、 猶 ほ 乞 うて 止ま ず、 是 を 

以て 罪 を 得、 寶永四 年 忍に 幽囚 せらる、 尙齋氣 象 豪爽、 其獄 にある や 凡, v 

三 年、 每 旦水を 乞うて 沐浴 し、 布 袍綻裂 すれ ば、 紙 縷を 以て 之 を 補綴 し、 每 

食後 必ず 起きて 行く こと 數百 E 、看 守 人怪ん で戒嚴 す、 尙 齋 笑って 曰く、 

厶 <"<3厶厶 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A3 厶厶^ -厶厶 厶厶 

丈夫 義 不,, 苟 脫; 所 „以 然, 者、 恐, 權,, 脚 疾; 膝 行 就, 刑、 爲, 人 所-笑 也、 

侯 又 嘗て 人 をして 尙齋が 擧動を 察せし む、 尙齋 乃ち 詩 を 作,^ て 之に 示 



して 云く 

,o p p P: の 〇• 〇 、 o. o .o .o o o o o o o o o o oooooooo 

富 貴 壽 夭 不 J 一, 心、 但 向-一面 前, 養-誠 心; 四 十餘年 學,, 何 事; 笑 坐, ー獄 中, 銕 石 心、 

其 硬骨 男兒た る、 以 て 知る ベ し、 尙 齋 獄中に 於て 偶 二 銕釘を 得 て、 竊 に 喜 

ん てお 爲く事 若し 不沏 あら ば、 以 て 死す るに 足る と、 「匕 にして 又 小 木片 

< "仏 △△、< "厶^ 厶 A 厶厶厶 <" 厶厶厶 厶厶. 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 <1<! 

を 得たり 乃ち 嚼んで 以て 肇 とな し、 心 に 得る 所 あれば 輙ち銕 釘 を 以て 

.,<"厶.^| 厶 《3 厶" 厶厶 厶厶厶 △△△ 厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶^ A 厶,. - 

指 を.^ して 血 を 出 し、 遂 に 此れ を 以て 狼 裳 錄三卷 白雀錄 一 卷を著 はせ 

一 メ <"*"厶<3<3 厶 、、ヽ 、、、、、、 、、ヽ 、ヽヽ 、、ヽ 

ち 世 之 を 尙齋の 血書と 稱 すお め尙齋 の獄に 赴く や、 金 二十 兩を妻 田 代 

ハ、 ■-、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 

氏に 付 レ以 て 母 を 養 ひ、 二子 を 育せ し む、 田 代 氏以爲 く、 夫 獄中に あ ら 、艱 

:、 、 ,,、 ベ w 、JT ヽ.、 、 、 、 1 、 V 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 > 、 ヽ 、 、 

苦必 i 甚し 之が 妻子た る も の、 豈 に晏 然煖飽 すべ けん や、 是 れ よ,^ 冬、 縊 

袍を 襲ね ず、 夏、 蚊 橱ト用 ひ ず、 定 省 の 暇、 人 の爲 めに 裁縫 洗濯 し、 以 て 奉 養 

、、,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、<„>、 二、 1 1 、 、 

に 供へ 一 金 を 費やさ ず、 尙 齋獄 を出づ るに 及んで 悉く 彼れ が 付す る 所 

い " f ,、>- 、、、、八、..、、、、、,、、、、 、、、、 、、、、 、、、、、 、 

の 金 を 返す ^齋 怒らて 曰く 此の 如く なれば 奉 養 必ず 缺 くる 所 あらん 

と、 妻 曰 く、 姑 を 養 ふ は、 妾 自ら 之を辨 ず、 之 を留 むる も の、 豫 め 君が 今日の 

用 に 供 ふるな りと、 尙齋 固く 朱 說を守 り、 深 く 已れに 異なる もの を疾 むと 

第三 篛 第五 章 三 宅锊齋 —第一 事蹟 四 九 七 



第三 篇 第五 寧 三 宅尙齋 I 第一 事蹟 四 九 八 

雖 も、 然 れ ども 三 宅 石 菴、 三 輸執齋 及び、 玉 木 葦 齋と相 友たら、 學派 異なう 

と 雖 も、 復 た 論辨せ ず、 三 氏 皆尙齋 を稱 して 溫厚 長者と な す、 尙 齋方 直な 

、、、、償、、、 、、^f、 、、、、 、 、*、 、、、、 、、 、、、 , 

らと雖 も 性 仁恕に し て、 物 を傷づ くるに 忍び ず、 曾 て 童子の 鼠 を 捕 ふる 

、、、 f 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

あ, 5 尙齋 之に 謂って 曰 く、 之 を 殺す も 何の 益 か あら ん r 、乃 ち 之 を 放た 

、一、,、.、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

しむ 又 尙齋が 案 上 飯粒 あ ち、 雀 每に下 fiN て 之 を啄 む、 門人 相 謂って 曰く. 

先生の 仁、 禽 獸に 及ぶ と、 元 文 六 年 正月 廿九曰 を 以て 京師に 病歿 す、 享 年 

八 十、 門 人 久米訂 齋、 蟹 養 齋、 石 王 塞 軒、 井 澤 灌 園、 多 田 東 溪等ぁ ,9, 尙 齋學規 

卜"、、、、.、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、 、 

嚴泫 ならと 雖も 師弟の 間、 情 誼 甚だ 厚 し、 是 を 以て 彼れ が 歿する や、 門 人 

哭泣、 父母 を 喪 ふが 如し、 尙齋著 はす 所 默識錄 四卷、 狼毚錄 三卷、 白雀錄 一 

卷、 祭祀 來格說 一 卷、 太 極 圔說解 筆記 一 卷等 廿餘種 あ^ 就中 默 i 錄と狼 

to ^oo o o',^.^-^-0000000000000000000 

毚錄と は 彼れ が 學說を 叙述せ る ものに て, 最も S 要なる 書類な .CN 、祭 祀 

來格說 の 如き は、 本 と 狼籩錄 中の 一 篇 に 過ぎざる な fts 、默 識錄は 倫理 彙 

編 中に 收載 し、 狼 霉錄は 甘 雨亭蒙 書中に 收 載せ ら、 尙 齋が 事蹟 は 山宮維 

深の 尙齋 先生 小傳、 板 倉 勝 明の 尙齋三 宅 先生 傳 及び 先哲 叢談 〔卷之 五〕 近 



世 叢 語 〔卷 之 一 一〕 先 達 遺事 等に 詳な 6、 

厶厶 △ 厶厶 △<-△<" 厶 <J<3 厶 厶厶 A 厶厶厶 △<"<" 厶厶厶 < "厶. a 

尙齋は 崎 門 三 傑の 中年 最も 若く して 最も 長生なら、 綱齋 歿後 三十 一 年、 

AA3 厶 A<3AA<3 厶 厶厶 厶厶厶 ftAAA .A 厶厶 <" 厶厶厶 ム厶厶 

直 方 歿後 廿 三年 生存せ, 9、 故に 能く 閽齋 の學を 大成す る を 得た ゥ、 且 ゥ 

厶厶厶 <3 厶 <"<3<3 厶 厶厶厶 0<1<<3厶<3<3<3 厶 <3厶ム 厶厶厶 厶厶厶 

綱 齋は狷 介孤峭 にして 直 方 は 圓轉滑 脫、 各.' 一 方に 偏す る 所 あ 6,、 此 間 に 

△ △△△△△A.A 厶厶厶 ム厶厶<5<"厶<"厶<3<3<3 厶 *"厶< 厶厶 厶厶 

立ちて 尙齋は 比較的 中正 不偏の 資質 を 有せ ,9、 然 れ ども 直 方よ も は 寧 

K- 綱齋に 近似せ る處 多き は 否定すべからず、 板 倉 勝 明 尙齋を 論じて 曰 

)9〇〇oooo〇ooo〇oo〇o〇〇c〇〇〇o〇o〇〇〇 

閽齋 之學實 至,, 先 生, 而 全 備、 故 其 著 書、 皆 爲,, 後 學之模 範; 所, 謂 一一 一 傑、 先 生 雖, 

o o o o o 〇 o 

晚出: 豈 居,, 第二-哉、 

洵に確 評と いふべ し、 又 三 傑 中 尙齋は 最も 詳細に 最も 愼 重に 考察 を 試 

みたる 者の 如 し、 即 ち默識 錄 、狼 踅錄の 二 書. 以 て 證 すべきな A 



00 H 宅 尙齋— 第一 事蹟 四 九九 



m 

學 



尙齋は 獄中に 於て 婆羅門 哲學に 類す る 一 種の 神秘 說を考 出せみ、 彼れ 

固より 朱 子と 同じく 理氣ニ 元 を 立 すれ ど も、 理 を 以て 大本と な し、 氣 は 

<"厶<"<3 厶 AAA 〇 o. 〇〇〇〇〇〇 o〇〇c〇 

理の 生ずる 所と す、 故 に 畢竟 唯理の 一 元に 歸 するな り、 彼 れ理氣 を 論じ 

て 曰く、 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

氣は理 の體た り、 理 は 氣の骨 子、 故 に 斑に 根して 生 じ、 现 に循 つて 聚 ま 

o〇〇〇ooooo〇〇〇〇oo〇〇〇〇〇 

る もの は、 氣 な り、 氣 は 聚散 あ もて 理は 消散な し、 (S 籩錄 一) 

乃ち 彼れ が 根本原理と する 所 は、 理 に 外なら ざる を 知 る ベ き な え 尙 ほ 

彼れ が 

ooooooooooooooooooooooooooooo 

蓋し 天地 萬 物、 堙 氣の 二に 過ぎず と雖 も、 然れ ども 亦 之 を 要 する に理 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇o〇o 〇〇〇〇〇〇 oc〇〇〇c (い 

とい ふに 過ぎざる な ら、 氣、 理 に本づ いて; ^ ず、 亦 理 の 形の みノ默 識 錄卷 

之 一 ) 

と い ひ、 X 



第三 篇 第五 草 三 宅 尙蝥. ,第二 辜^ 五 〇o 



是 o 天つ 

れ 〇 只〕 

一 o 是っ 

箇 o れつ 
の o 理。 

理 o とつ 
の o 氣) 



やま ひか^ か を 要するに、 R 

*l、i 卷之 二) 

と いふに 徵 すれば、 其 一 元 論者た る 乙と 復^ 疑な きなら 、乃ち 之 を 朱 子 

こ 七 すれ M、一 段の 進步を 成せる ものと いふ へ きな. 5 

彼,. よ 又 宇宙に 本 原 一 定の 規矩 ある 乙と を 信じ、 之 を 論 じ て 曰 く 

か 虹い か i いか、 ぃ^^&か ii, 千 萬 世 を 亘纟て 一 毫の差 

^いい、^^^ か^い^いい?^ い P 費& 、ずき ® 喚 千 萬 世を亘 

: いか ーきか か レ、 4-^ f き^ i き^^む の あるに あら ざれば、 何 

\ かか^ ひむ^ b4 いひ^ A 、き 1 一 l^i^^AP ^其れ 誰れ か 之お 

一 ,^^^いや 4^き,,ま^^"^^^ ぎ 同 卷之ご 

一 所 本 原 一 定の 規矩 は卽ち 宇宙 を 一 貫せ る 秩序に して、 初めよ, 9 豫 

一 定 せ られ たる 意 匠 Design あ る を 意味す る も の な も、 彼 れ又デ I 間^ _ 

\ 定 不易の 天命 ある こと を 論じ、 吉凶 禍福 夭 B 等總 ベて 有 生の 初めに 豫 

, 第三 篇 第五 窣 三 宅 尙齋— 第二 羅說 . 五 C1 



第三 篇 第五 窣 三 宅 尙齋. —第二 學說 五 〇 二 

定 せらる \ 約束なる M と を 言 へ も、 曰 く、 

〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇, op o_〇o 

天地の 間、 只 理 と 氣 との み、 而 して 理は 則ち 一 定易 ふべ 力らず 氣 或は 

o〇 o 〇ooo 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇 QOOO 、〇〇-〇〇 

變 ず ベ し、 故 に 君子 惟 ^ 理 を 守 ら て. 吉 凶 禍福 遇 ふ 所に 安ん ず 己れ にあ 

oo〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇 o 〇o〇〇〇Q 〇〇、〇 0>, 9„〇 o 

る もの は、 義 理、 差 は ざれば 則ち 遇 ふ 所の 吉 凶、 皆 正 命な, 5 我眞 元の 氣 

, 〇〇〇〇c 〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇〇〇〇〇o〇i〇o〇、o:〇,o. 

若し 百 歲の壽 を 得 る も、 義 死すべく して 五十の 時に 死す る も 是れ時 

運 の み、 然 れ ども 亦是れ 命な え 百 歲 の 壽 は、 有 生の 初めに 定まる 其 時 

〇oo ooooooooo©©©@@©®©@®®®®©®®® 

運 は是れ 張子の 所, 謂 遇 な り、 之 を 要する に、 遇 も 亦 有 生の 初めに 定ま 

®©@®ooooooooooo 

る 者の み、 故 に 程 子 朱 子 遇 をい は ず、 (同 卷之 二) 

是れ卽 ち 一 種の 定命 論に して セント ォ I ガス チ ン ァ l^r ヰ ナスカ〃 ゲ 

^ 諸氏の predestigtion の說と 頗る 相 類似す る 所 あるが 如 し、 彼 れ 尙 

齋は 婆羅門 哲學の 如く 最大の 精神と 特殊の 精神と ある こと を考 出し、 

後 者 を、 各 具の 神と 名づ け、 前 者 を 統體の 神と 名づ け、 兩 者の 間に 一種 神 

coo〇〇〇〇ooo〇o〇〇o〇〇o 

秘 的の 關係 ある ものと せ ,9、 特 に此 一 種 神秘的の 關係 あるに 因 もて 天 

〇〇〇oo〇o〇〇〇〇〇o〇o〇〇〇〇oo〇〇〇o〇〇oco 

地、 祖 考、 及 び 自家 三者の 相互 連絡 あ.^ て 畢竟 一 箇の 精神に 歸 する N! と 



を 

自 o 祖 o 發 3 
家 o 考 o 見 a 
の 〇 の 〇 し o 
精 o 精。 自 

神 祌0 家。 

又 o は o 獨 Q 

其 o 則 得 Q 
形 o ち o の o 

を O 天 O 天 3 
主 o 地 入 

と o の o g^o 
し o 精 o — 

て o 神 論 
其 o の o を。 
形 o 理 o 主。 

に 〇 に 張 

局 o 根 o せ c» 

せ 〇 し り" 

ら o て 其 

れ o 生 Q 言 

ず 〇 々。に 

£ m° 云 



〇 〇 o o 〇 〇 o 

,9 なきものな, 9 

ち 百 里 の 外に 往 

敬、 祖考の 精神 を 

聚 め、 祖 考の理 を 以て 之 を 陽に 求 め、 陰 に 求 むれ ば、 則 ち 自家の 精神と 

與にニ 氣、 位 に 合 復 す、 主 に 靈 あれば な り、 蓋 し 主 を 立て、 在す が 如き 

の 敬 を 致せ ば、 則 ち 我 精神の 向 ふ 所、 必 ず 引いて 聚 むる もの あ り、 卽 ち 

是れ我 精神の 伸ぶ るな,^、 二 氣合復 するな 纟、 天 神人 鬼 二なら ず、 人 に 

驗 して 見る ベ し、 十 數 年 前、 嘗 て 喜 怒の 事 あ ,9、 事 已み時 過 ぎ、 我 心 亦 停 

ら ず、 十 數 年 後、 或 は 他人 之 を 問 ひ、 或 は 自家 之 を 求む るに 因 り、 其 事 頓 

〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇 

に 復 し、 理 に循 つて 聚 まる 乙と 此の 如 し、 天 地 間 祖考を 生 ず、 是 れ 天地 

o o 〇 〇 〇 〇 〇 o 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 o c o o 〇 c 〇| o p b. 9 〇 o,, 

の 一 事、 祖 考 B に 死 し、 年 月 過度る と雖 も、 亦 祖考 の理滅 せす 祖考 の理 

OOOOOOOOOOOQ 〇〇〇〇 〇〇o つ 〇〇〇〇〇〇 o o o 

を 以て 之 を 天地に 求 むれ ば、 則 ち 必ず 祖考 なる 者の 復 する あ,^ 理に 

oooooooo 〇o〇〇 〇〇o〇o〇〇〇〇o〇〇〇、qo>po 

根して 生 じ、 理 に循 つて 聚 まること 此の 如 し、 天 地 祖考自 家 合 一 間 な 

第三 篇 第五 章 三 宅 尙齋— 第二 學說 五 〇 三 



き、 頓 に 百年 前に 至 る、 位 を 立て 主 を設 け、 必 ず 誠、 必 す 



ち A 神 △ ば A 
是 ^ と ^ 則 A 
れ A 主 A ち A 
天 A に A 天 A 五 

地 A 依 △ 地 ^ ^ 
精 A i) A の A 
神 A f$A 精 A 

Jb A に ム 神" 

に A 靈 ^ と A 
復 ム あ ム 此 A 



第三 篇 第五 草 三 宅尙齋 I 第二 學說 

\ 0〇〇〇〇0〇00<1<:厶<1厶厶厶厶厶厶 

し、 只 是 れ 一 il の 精 神、 我 精 神、 祖 考の 主に 依れ 

\ 厶厶 △ 厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 

に 聚 り、 祖 考、 天 地の 精神に 俊 生 す、 而 して 我 精 

一 △△△△△△<: 厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △△ 

も、 我 精神 聚 まる 處、 祖 考此 に洋々 彷彿た ,9、 卽 

生す るな ら、 (狼 建錄ニ 

彼れ 此旨意 を 狼 籩錄 及び 默識錄 中に 幾度と なく 反覆して 說 示せ も、 蓋 

し 彼れ が 最も 得意の 見解なら ん、 竊 に 彼れ が 意中 を揣 摩する に、 gj ^ ^ 

oqjcpo 9^00 o.o-o、o.o、o, 00 0000 000 o 000 00 o 

ち 最大 の. 精 神に して 天 地、 祖 考、 及 び 自家 を 一 貫して 永遠 不滅なる もの 

o o ^ o o o- o o' o f o 000000000000000 

なら 然るに 天地 祖考 及び 自家の 差別 を 成す もの は 唯 i 氣 に 由る の み, 氣 

〇〇* 卩 OOOOOP.C でで oooo つ ooo oooooooooo 

\ は 聚散 ある を 免れず 祖考 曾て 一 たび 世に 生存せ し は .氣 の聚 まる もの 

i 00000000 0000000000000000 ,^00000 

一 あるが 爲 めな,^ 其 氣已に 散して 祖考 巳に 生存せ ずと 雖 も、 祖 考の理 は 

I- 〇p〇〇 〇、〇 q_p 〇_〇"〇〇〇〇 000 〇〇c〇〇〇 000000 

永遠 不滅な.^ 此永笾 不滅なる 祖考 の理を 以て 祖考を 天地に 求 むれば、 

o o〇o〇〇〇 〇, 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

1 旭考 乃ち 復 生し ffl 考を 代表す る對 象 (卽 ち 位 牌) に 依る を 得と な す、 若 し 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇c〇o〇〇〇oo 0000 

我 精神に して か、 る對 象に 聚まら ば、 天 地、 祖 考と同 一 體 となら ん、 是 れ 

AAAAAAAAA 〇o〇〇ococ〇o〇〇〇o〇oo 

彼れ が 根本 思 想 な ,9、 耍 す る に、 彼 れは 祖先 を 以て 復活 再生し 得べき も 



を A 神 A る A 以 A 

動 A 我 A ひ て A 

か A れた と A 相 A 

す A に A 能 △ 通 ^ 

m 至 △ はム ず A 
; る ム ざム 形-へ 

相 ^ れ ^ な " 

通 A ば ^ き ^ 



ゃジ PI. 若し 誠意 誠心に 祖考を 崇^: し、 我 精き をして 此 一 , 凝 

聚せ しむれば、 獨立特 行せ る 我 精神の 自覺は 一 時 停止し、 殆んど 我 精神 

姑く 彼對 象に 往 いて 祖考の 精神と 相 合し、 全く 同 一 體 となる が 如きの 

感 あら、 是を 以て 彼れ 尙齋 神秘的に 之 を 論じて 曰く、 

か^ひむ, き^い^"^^、 いで 耳目 口舌 を 

^,^い 4蜘 ひかきに 口で^^^^, 形々 相 * す 

きいき I:" き!^ むき^, き 、き^い 至ら、 彼れ の 

^ひ,^ I、i. かき^,^^^ l.i、 ま^おれ の 神 

形 ある 者が、 形々 相會 し、 氣々 相 感ずる こと は、 固より 言 ふまても なき こ 

となれ ども、 形な き 者が 神々 相 感ずる 乙と は 何に よ," て 之 を 知る 力 i 

れは 言語 文字 を 以て 神々 相 交る の機關 とすれ ども、 言語 文字な き 場合 

に^て は、 如何して 神々 相感 する を 得る か、 自家の 自由意志に よりて i 

考の 精神 を聚 めて 之 を 致す とする も、 是れ 畢竟 自家の 想像に 過ぎず し 

て、 何等の 證明 もな し 得らるべき 乙と にあらず、 然れ ども 彼れ は斷 じて 

第三 P 第五 窣 三 宅尙齋 ー 第二 學說 五 五 • 



第三 篇 第五 草 三 宅尙齋 ー. 第二 學說 五 〇 六 

天地 及び 祖考の 精神が 自家の 精神と 一 賞して 實在 する こと を 信ずる 

i の、 是 れ其 神々 相 感ずる の說 ある 所以な ftN 、彼 れ 論じて 曰く、 

お o わ- Qokoo 90POOOOOOOOO oooo o o o 3 D 

昨日の 耳目 固より 心と 合 一 貫通す、 今日の 耳目、 昨日の^ ? 

お, o 、,5- 〇 ノ -o p o g お o 9 9 o 9 o p o o o o o o o o o o o o o 

W す而 して 今日の 耳目、 亦 心と 合 一 貫通す、 祖考 固よ, c^53~a 4 s;^ 

0,、 ド ^、お o .o o o タ o o o o o o oooooooo 

し 自家 祖考と 貫通 一 連 す、 而 して 自家 亦 天と 合 一 貫通 お、 (同 上) 

此の 如く 彼れ は 天地、 祖考 及び 自家の 一 貫 統合 を說 き、 絕對的 眞理の 如 

くに 之 を 主張 す、 是 れ 蓋し 彼れ が 世界 及び 人生に 對 する 根本的 信仰な 

ら ん、 彼 れ叉往 を 藏し來 を 知る の說を 立て 、曰く、 

き, まい 踟 §1^ や 一 ^§,o 兀^ | れき いかき や^ 

s£5、£sl お: ^、き や £5 お 

s "、u ife f ^ ^ お^^い,^^ 1 

il ま s m 所 。1 ま I 



i お s s ま 妙 ^ ,0 、の ぎ ま ,r 生 J f m a ? 

ョ舊、 や I ョョョ ^ョ遷 

矿舊塑|まョォョョ1 

き^ ま 仁ぶ 

ins ち 吿 f 上) 

是れ亦 彼れ が 得意の 見解な i 往 I すと いふ は、 殆んど 意識 內容 ず 

illalt の 統 一 Eilit を i する 者に 似た. i 來 I ると いふ 

は、 厳密の S に 於て 出來 得べ? -sts し將 2事變| ず 

第づ S 第五 荜 S 宅 尙齋- 第二 學說 



お、 

依、 


9 、 


天 o に。 


る ヽ 


でゝ 


神 o 依。 


所、 


耳、 


の o る o 


の、 


目 * 


發 o 直 o 


形、 


手、 


lijo 


肉、 


足、 


故 〇 是 o 


淸、 


に、 


1 乙。 れ 〇 


濁、 


亘、 


天 天 o 


あ、 


る * 


神 o 神 〇 


い 


天、 


— 〇 


濁、 


神、 


通 o 念 o 


4、 


湊、 


じ o 發 o 


に、 


合、 


息 〇 動。 


依、 


の、 


を。 以 o 


れ、 


處、 


容 o て o 


ば、 


あ、 


る。 之。 


光、 


い 


乂0 を 〇 


を、 


て、 


な 天 o 


發、 


人、 


き 神 o 



00 第 K 窣 三 宅 尙齋— 第二 學說 IOA 

へき 現在の 一 切の 原因 を 正確に 測定し 得る ものと 假定 せば、 或よ, 來を 

知る こと を 得べき か、 彼の 天 氣の豫 報の 如き、 或 程度 迄來を 知る ものと 

いふ を 得ん、 然れ ども や」 界 及び 人生に 於け る 一切の 事變に 就いて 來を 

知る こと は 、神に あらざる よら 尙ほ 不可能の 事に 馬す、 然 みと 雖も、 彼 X 

は 自家の 精神 は、 天地の 精神 卽ち 天神と ー體 たる を 得る ものと せう、 果 

して 然 らば 其 來を 知る の 結論 は、 其 前提よ も 来る ものと 見る を 得べ き 

な ら、 彼 れ 論じて 曰く * 

.0-^0 0000 00 

我 神 は、 卽ち 天神の 形 肉 

0- p o o 〇 〇 〇 〇 〇 〇 

に 問 ふ 一 念發 動、 其 れ 亦 

〇〇、、、、、、 ヽヽ 

な,^ 神明 方寸 の 間に あ 

物 に 亘 る、 其 き 一 な い、 か 

せざる の み、 (同 上) 

天地の 精神 卽ち 天神 其 物が 我 精神なら ば、 我 精神 は、 卽ち 神なる、 神と し 

て は - ッ ド」 の 如く 「ブ ラ, 'フマ ン」 の 如く 全知全能なら^ るべ からず、 是 




故に 前提 を E 容 する 以上 は、 來を 知る の 能力 も、 亦 否定す" 

り^^?:. ぎ^^^い^に ^ ft に^^^^ ひ^の あり、 何 どや、 彼れ 

やたか^^^ ^14,^^ 卜^^ 1 ^ ひ^で 果して 一 體 たらば、 祖者及 

^il^A の! g^^^l: い^^ 酽!^ ^"ひひ^る か、 又 個 體性を 有する 

^一^^^^ I! い^^ 1 き 昏^^ 天地の 精神と 合 一 する 

打 曰!^^ き ^, き^ いい^きす、 次ぎに 注意すべき は、 彼れ 

が 天 昨と する 听の もの は、〃 き^に 外なら ざる を、 彼れ 論じて 日く、 

や き お まや £so の S 

計較 あるに 似さる のみ (P 上) 

是れ 天神 は 、思慮 計較を 埃たず して 直に 知る こと を 得る をい ふな 轧卽 

ち來を 知る 能力の 如き も、 亦 其 自ら 有する 所なる を 知るべき なり、 其 他 

A れ がき きを 唱 へ (狼 蹇錄 一.) 又 食肉 論 を唱 ふる (默 識錄 一) が 如き、 皆 

學 者の 注意 を拂 ふべき 所と なす、 彼れ 叉 博愛 人道の 主義 を 鼓吹して 曰 

き 一 p 第五 草 三 宅 W 齋.! 第二 n 學說 五 リ 





あ 


- 當 


i 

し 


せ 


良 o 


る' 


- 時 


ノレ u 7^ 


人 


心。 




^ 巳 


偷 a IT 


下 
1 


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ノ k u w. 




發 o 


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人 o 論 


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れ 






しつ 




又 




か 
な 


來っ 




良 ^ 




b 


る o 




心 a 




と 


故 o 




の ^ 




い 


に ひ 








ふ 


き 




< 

nr1> 




ベ 



お o 々o 

な。 の。 
b o 本 o 

&o 心。 

恕 o を。 
は 〇 Wo 
其 o す o 
間 o 故 o 
隔 o に o 

■ 圖 

通 子 o 
ず o 已 o 
る o に o 
所 o 胡 o 
以 o 越 o 
な o た o 
b o ho 



默 
識 
錄 
卷 
之 



己 o 

れ o 
に o 

克 

Oo 

は o 
其 o 
害 o 

を。 
去つ 

る o 

所 



す o し o め、 @ 

至 〇 て o 萬 ® 
親 〇 曰 o 物 @ 

至 o く o を© 

切 〇 已。 賞 © 
ま 〇 れ〇 v»® 

著 o 立 o て ® 
至 た o 間 ® 
ん o 隔@ 
と o な © 

欲 o し @ 
し o 天 ® 

てつ 下 ® 

\o 一 @ 
を o 家 © 

立 〇 中 © 

て o 國© 
口 〇 ~ .© 

特 Q ti° 人 ® 

に。 達 孔 o 
ん o 

と 
欲。 

し o 
て o 



明 o 
な o 

と o 

ふ 

ベ。 

さ 

な o 

b。 



此 o 

赤 o 

肉 

圑 

の o 
赏。 



め o 人 o 
に o を 〇 
生 o 達 o 



+〇 

間 o 

な o 
さ o 
の o 
心 o 

を。 

指 o 
示。 



の。 人。 

德 o は o 
亦 o 是 o 

只 o れ o 

生 〇 天 〇 

々o の 〇 
慈 o 生 o 

愛。 ず。 

底。 る o 
の o 所 o 
者。 な o 
t° b° 

る o 天 o 

の 〇 物 o 
み o を。 

^© 4ro 

く © ず。 
此© る o 

生 ® を o 
々© 以 o 

の © -To 

心 @ 心 o 
を © と o 

體© な o 

す o 

則。 
ち 
人 

心 o 



ば @ 
則 © 
ち © 

我 Q 



齋 
第 



學 
說 



第 
五 
窣 



宅 
尙 
齋 

第 



學 



五 



亦 o 

之 o 

あ 

1)、 

小。 

學 o 

の 〇 

敎 o 
の o 

如 o 
さ o 

は o 

固 o 
lo 
bo 

是 

れ o 
良 o 

知つ 

を。 
導 

の 〇 
學、。 

然 

れ o 

ど。 

ネ o 

之 



知 o き o 

を o に o 

主。 し。 

と o て 〇 
す o 行 o 
go は o 
然 o 後 
ェ o な 〇 



夫 o 

の 

別 c 



る o 

な。 

bo 



然 o 知 Q 
の o り 〇 
理 o て o 

な o 後 o 

5° 行 

渠〇 ふ、 〇 

れ o 知つ 
良 o は o 

知 o 先 
を o き o 



又 
曰 



あ o 特 o 
b。 に。 
而 o 渠 o 
し o れ o 

て o @〇 
自 o 然 

然 の 

の o 知 o 
知 o を。 



致 
す 
を 



に o 

し。 

て o 



以 〇 行 〇 

て o は o 
學 o 後 o 



を 

て o 
き。 



王 
と。 

し o 

我 〇 



術 

の o 

大。 
端 
と 
な 

す 



王 o 
氏 o 

の o 

辨 o 

き 

破 o 

る 〇 



ふ o れ ◦ 

も'。 は 〇 
の。 ェ。 

我 o 夫 o 
れ o の o 



亦 o 能 

是 o は 〇 

れ〇 ず o 
知 o 此 o 

ば。 れ。 
先。 自 



理 o 知 3 倔 
况 o ら〇 は 

や o T° る 

之。 し。 豈 

を 〇 て o に 
求 o 言 o 外 
め o ふ o に 

之。 此。 待 

に 〇 理 o た 

格 o 內 ん 
る 〇 タト o や 

も。 な と、 

の o し。 此 

n° 物 言 

れ o に 似 

な o あ o iz 

る o り 

も。 然 o 
の 〇 れ o 
便 o ど o 
ち o も。 
是 O 內 

れ o 外 o 
我 o 間 o 
れ o 
に o 

あ 

る 〇 

の o 



王 



曰 



る o 

を 

や。 

同 
卷 
之 



者 

謂 

へ 

ら 
< 

程 
朱 
格 
物 
の 

訓 
是 
れ 
外 
面 

X 
b 

種 
子 
を 
下 
す、 

な o 萬 
き o 物 
の o 我 

理 o れ 

を o に 



是 

れ て o 

蓋 準 o 
し 則 ◦ 

王 と Q 

學 な o 
者 す o 
に 亦 o 

對 殆っ 

し い o 

て か 

言 な Q 

ふ 同 
も 卷 
の 之 



な 
ら 
ん 
尙 
ほ 
正 
面 

b 

王 
學 
を 
破 
し 
て 



四 



不。 

及。 

の o 

差。 

あ o 
る o 
を o 

P ク 

れ o 
ず o 

異 o 

學 つ 

の o 

徒 

之 o 

を o 

尊コ 
ぶ。 

ひ 

とつ 

賓 o 

珠。 

の o 

如 

しひ 
此 
れ。 
を o 

以) 



^^^^^ 〜 〜 ゾ^^ 



第三 篇 第五 寧 三宅尙 齋-, 第二 筝說 £ ニー 

い^^ゃ きい n!^ A 知^知 A や,?、 か^" やき^ い、 き 

o o o o o o 

す、 其 罪大な 力、 (同 上) 

叉 曰く、 

學 の 言 た る、 效 なら、^ 6 i ^ か^^^.;、 かい^^ わ b ^ 4 £ 

を 己 わに 取らず、 是を 以て 後世 書を讀 いや^い かいき^い きき 卜い 

す、 王 氏の 學、 良知 を 以て^;^^^ い^い ひ^い ^ いでき かいい^ 

の 心の 法り なし 麵き b 知ら や、 虻^き^;^^^^^ ^ ^ ^ 

質の 人 を稱揚 し、 以て 聖賢の 學、 きい^い" いや I い;. きか • ^ t 

ベく、 忠信の 人の 取^い かい^い X」 妒ぃ 、^ ^ ^ VI わい いかまい や、 

五十に して 天 ゆ を^^、 わ^^いき わ^いい かい^の ふい 妒ぃ 、おか 

尋討、 十五 十の 時に 至,; 、かにも^;. ああ か ゃル^ かや 云 云も^, 

徒 此れ を^^^、 きい 和 卜い、 か^,^ b ,^で 4^ やや ト 

か な、 (同 上) 



又王學 の獨ら 自己 天然の 良知 を 主として、 博く 客觀的 認識 を 求 ひるの 

要 を 知らざる を 難 じて 曰く、 つつ o o o o o o o o o o o o o o 

5^ ゆきい 称き ひ 、^^ゆ^^^^, る を^て、 徐に 步屨を 進む 

々5、き&£3^ゅ|^、&トず-ゃ^^き"^^^^^》尠に能く出去 

o 〇 〇 f 

ら ん や、 (同 上) 

陽明學 派の 人は是 等の 駁論に 對 して 必ず 辨 ずべき もの あるべし と.. 

も、 亦 能く 其 弊に 適 中せ る 所 ある は、 疑を容 る" 能 はざる u to o o o 

3 上 紹介せ る 所の 要領に よらて 十分 認容す べきが fr? 齋は 閽齋學 

い^^ ひ^ s^ils^^s^ のなら、 然れ ども 彼 

れ我國 體に關 して は 一 種の 謬見 を 懐けみ 、嘗て 論じて^ パ 11. 

ま i 、き 他國^ 

^ さ 4 ま ^ £ ま き ^ £ ^ ぎ 和-者、 反 一 路 i 

^^; (默識 錄卷之 二) 

第三 篛 第五 窣 一一 5 尙齋— 第二 學說 五 ニー 一 



第三 篇 第五 窣 三 宅尙齋 I 第二 舉說 五一 四 

彼れ 我 邦 君臣の 義を 以て 正道に 合する ものと せず し て、 反 ら て 中和 を 

失する ものと な す、 何 等の 僻論 ど や、 其 他 彼れ が 屨; 甚 しき 迷信 を 主張し、 

荒誕 無稽の 言 をな して 敢て 意と せざる が 如 き、 當 時の 事と はい へ、 眞に 

彼れ が爲 めに 惜む べしと なす、 



第 六 章 谷秦. W 

谷秦 山、 名 は 重 遠、 通 稱は丹 三郞、 小字 は 小 三次 、泰山と 號す、 土 佐の 人、 閿齋 

こ學 び、 後 土 倥 侯に 仕 ふ、 享保 三年 六月 三十 曰 を 以て 歿す、 享年 五十六 谷 

干城 氏の m 先な り、 著 はす 所 神代 卷鹽 土傳、 中 臣祓鹽 士傳、 保 建大記 打^ 

秦山 集、 秦山隨 筆 等 あら、 秦山集 は 士佐國 群 書類 從卷百 二十に 收载 せり 

秦 山の 事蹟 は 日本 敎 育史 資料 〔五〕 國學 者傳記 集成 及び 事 實文編 〔卷 之廿 

四〕 等 に詳 かなら 

泰山 著 はす 所の 隨筆 は秦山 集中の 雜 著を犟 行 本と して 傳 ふるものに 

して 凡 を五卷 あ-、 其 中 散見す る 所の 名言 を 摘記して、 彼れ が 學說の " 

斑 を 示さん、 

1^ や i ^^,、が P 。失。 へ,^。 ちぎ 酽。 なち、 

二 

第三 篇 第六阜 谷秦山 



第一 一一 篇 第六窣 谷秦山 五ニハ 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

大丈夫の 人に 於け る、 豈 に 畦 町を存 せんや、 

1^ ぉル £-ゎ0 00、 で 0000000000000000000 

無形の 處卽ち 天な 久方 寸の內 天地に 流通 す、 所, 謂 「莫, 見,, 乎 興莫, 顯^ I つ 

oooooooo 

もの、 此れ を 以て か、 

,5, J2,o-〇 〇,o、〇oooo〇 COOO 

理明 かなれ ば、 便 ち 取 舍の輕 きを 覺ゅ、 

、►、、 、、、、、、、、 

敬に 居て 簡を行 ふ、 尤 も 妙、 

ooooooooo 

言 を聽 いて 養 を 見る、 

七 

世間 萬 事、 百 起 百 滅、 靈 臺 を累 はすに 足らず、 但 > 不善 をい わ 6 6: ^ い ゆ 

心の 全 體、 虧 けて 復せ ず、 其 鉅 細 今 昔、 或 は 同じ^ら ずと 雖 い、、 一 ^ 

及ぶ 毎に 未だ 嘗て m 然として 慙怍し 、欲 然とい (」^n や^ゃか^ かい 



i 



第 

窣 

谷 
粲 
山 



十 



七 



當、 人、 

に、 心、 
細、 危、 
微、 險、 
と、 な、 十 
な、 る、 一 
し、 て、 
て、 と、 
忽、 甚、 

略、 し、、 
す、 一、 

ベ、 目、 



カク 
ら、 
ず:、 



の、 

偸, 
視, 



の' 



語、 
乃、 
ち、 
き 
を、 

我、 

ふ、 

の、 
斧, 
斤' 



夙 o 
に o 

奥。 

さ o 

夜。 十 

に o 

寐 
ね 
て 
今。 

曰 

の o 
士 o 

を 

tiro 

る 
1 o 

勿 

れ 



を o 
立 o 

ク〇 

る o 九 

靑 
天 

白 o 

曰 
身 
を 

守 
る 

WW 

淵 
履。 
氷 



哀 A む 心 A 
い A 此 A の A 

i) ゝヒ 本厶 本厶 
な a 體 ム 體, 

虧 A は ム 八 
け A 善 A 
てム の A 
復 A み A 
す & 故 ^ 



に' 
不 よ 

善' 
を 
な 



る , 

し' 
復 
た 

全-へ す ム 
き A の A 

に A 實 ム 
歸 A あ ム 
す A れ A 

る A ば: ム 
の A 至 ^ 
子 A い 

1^ て A 



る' 

ヒ 
能' 
は' 
ず 



細 ^ 
微 ^ 
な A 

い 
と ム 
き 



を、 ず、 
以、 則、 
て、 ち、 
な、 初、 
る、 め、 
か、 よ、 
懼、 り、 

れ、 異、 
ざ、 あ、 
る、 ら、 

ベ、 さ'、 - 

け、 る、 
ん、 な, 
や、 い 
懼、 5%、 
れ、 謂、 
ざ、 , 
る、 有、 
ベ、 天、 

け、 で 
に' チ、 
や、 熊、 

朝、 

一居、 
も 
の 
此 
れ 



第三 篇 第六窣 谷 泰山 五 一 八 

人欲 を 去 る、 他 の 法な し、 醫 へば 孤軍の 乍ち 敵に 遇 ふが 一 い、 か きいき 

、、、、-、,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

て \ 以て 前に 向 ふ を 得る のみ、 若し 靜 にして 以て 之 を 制せん と ^ せ 

ば、 天 理 人欲、 並び 立り ベから ず、 彼れ の^^い、 ず ^い^き 一一 ケ か^か か、 

豈に 能く 及ぶ 所な らん や、 

十三 

1 念の 欲 制する 能 は ざれ は、 其 罪 天 を 欺く に 至^、 便^ ゆ ^ P, 

十四 

や^い i^^^is や、 |^^^&| やきい 

,一 o お S p ,o 、,9> ,o Q .2, 、 

す慊 力ら す 天下の 同情な .CN 、只 此 一 端 亦. 决 す ベ し、 

十 五 

德の 修まら, さる は、 不仁な,^ 學の 講ぜざる^^^^:;、 き ひ^ 

る 能 はざる は、 不 勇な ム、 不善に して 改 むる ^ 、は^; ^がや^^: cs、 

十六 

天地の 間、 只 是れ 方に 生ずる の氣、 



の o 心 o 
は o 是。 

滅。 に。 

ぶ o あ o 

ら o 十 
ざ o 七 



^^踟 ^や^ 1^1^^^^ ゆ S 、や^^^" 天な きも 

秦山、隨 筆の 中に 明 人の lnrm、m^l 如 

邦 I 藤氏 山&き 尤而效 

^ 、可 鵠梟笑 = 鳳凰-之 一 按ょ 也、 

乃 ち^れが 洛閬の 忠臣た る を 知るべきな." 1^111. 

£ に; お、 U お" お まひ? 報 本の f 擧け 

A A ム A 、A ム 厶 <! 、 

のとい ふべ きな ,0- 



五一 九 

第一 15 S ハ窣 谷 泰山 



の 〇 え c> ふ 我 
結 我 o る o 田 o 
杲 爲 所 o 地 o 
は 〇 す o の o は o 

湼 所 o 鋤 o 法 o 
槃 o の o は o な 
な o き 智0 ら 

l>,o は o 識 o 我 c» 

戒 な 拔っ 

を も o く -つ 
守 我 所 o 
る 播 の o 

乙 く 莠 o 

と 所 は •。 

な の 我 o 

ら° m° ^ 

我 は な o 
獲 3 無 bo 
る 垢 我 o 
所 な 用 o 



第四篇 宽政 以後の 朱 子學派 

第 一 章 柴野栗 山 及び 異學 の禁 

柴野栗 山、 名 は 邦 w 、字 は 彥輔、 栗 山 は其號 なり、 讃岐高 松の 人、 幕府に 仕へ、 

曰 曰平黌 の敎官 となる、 文化 四 年 十 lil 日 を a^ilmj^ 一 H 

す 所 栗 山 文集 及び 其 他數種 あら^ 山が 學說 として i 

ま 仁お" ま ョ 4 派の, ひ" 

tsi££、sus£^ お 一 新紀元 を 開きし も 

§ むい、 此れ 吾人が 彼れ を 看過す る 能 はざる 所以な, 9、 

元祿 享保以 ^ 仁 齋徂徕 の 徒、 各,. 門 P を 張ち、 其 師說を 主張し、 又 別に 折哀 

學 派なる もの も 起え 安永 天明の 頃に 至え 朱 子學は 殆んど 之が 爲 めに 

壓 倒せら る、 看 あえ 當時江 P に は 紀平洲 、塚 田 大峯、 山 本 北山、 龜田鵬 

齋、 吉田 篁墩、 市 川 鶴 鳴、 伊東 藍 田、 戸崎 淡 園、 豊島 豐洲、 岳 東海、 古屋昔 陽の 徒 

第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第一 窣 柴野栗 山 五 二】 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第ー窣 柴野栗 山 

あ り、 京 阪 地方に は 皆川淇 園、 片 山 北 海、 赤 松 

龍溪、 伊藤 東 所、 佐 野 山陰 等 あ ち、 其 他 熊 本 に 

井 南 冥 あ .ON 、是 等 は 皆 朱子學 派の 人に あら 

に 於て 屈指すべき もの は 栗 山 を 筆頭と し 

泉、 西 山 拙 齋、 賴 春 水、 簸 孤山、 中 井 竹 山 等數人 

茈 しとい ふべ し、 是 を 以て 寬政ニ 年 五月に 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

總 ベて 朱子學 にあらざる 學をぃ ふ、 朱 子 學 

を懕 迫す るの 意に 出づる ものな み、 寬 政 j 一 

しものに て 左の 如し、 

寛 政 二 年 庚 戌 五月 



五 ニニ . 

滄 洲 、中 井 履 軒、 村 瀨 栲 亭、 巖 垣 

は 齋藤芝 山 あ 丄巩 前に は龜 

ず、 朱 子學 派の 人 は、 日本 全國 

て 尾 藤 二 洲、 古 賀 精 里、 岡 田 寒 

に 過ぎず、 朱 子 學の衰 返 も 亦 

至 ら、 異 學の禁 あ ら、 異 學とは 

、、、、、、、、、、、、 

を 以て 正學 とし て、 其 他の 學 

年の 禁令 は 林大學 頭に 達せ 

林 大學頭 江 g 麵 



朱 學の儀 は、 慶 長以來 御代々 御 信用の 事に て、 巳 に 其方 代 代、 右 學虱锥 



〇 o 



持の 事 被 仰 付 置 候 得 ば、 無 油 斷正學 相 勵、 門 人 共 取 立 可 申箬に 候、 然 處 

,0:0, £, 〇 .2- ^ o o o 、0 o o,o o o o o o o o o o o o o o o 

近頃 種々 新規の 說 をな し異 學 流 行、 風 俗 を 破 候 類 有 之、 全 く正學 衰微 

oo, 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、 *、、、、、、*、、、 , f 青,, 

の 故に 候哉甚 不相濟 事に 候、 其 方 門人 共の 內 にも、 右 體學術 純正なら 



& 2 

れ の^ に \)k 二) ^^(一) 一 

な き 甚で 譏で 學》 幕で 種 
ら れ で しち 園で 衰で 府》 に 
此、 あで くで をで 返で はち 歸 
時 も\> 何ち 始》 き 羅で す 
に しで 等》 めで 際で 山で る 

當 事ち カ^ 1 と》 にで 以》 な 
ら 、 振り し》 當で 來で ら 
て 肅》 異》 ^ 朱》 に、 

松 すで 學》 て》 子で 

平 るで の》 之で 學で 
越 所で 學で をで をで 

由 あで 風力 刷》 以で 

守 る》 多》 新ち てで 

定 にで くで す》 其で 

信 あ '。 檢り る》 敎で 

白 ら》 束》 ので 育》 

^ さ、、 で をで 必》 主ち 

樂 れ》 加ち 要》 義》 

翁 ば で へち あち と》 

幕 國で さ〜 な》 

府 民で るで しで し》 

の 敎で 所で 事で * で 
執 育》 よち れ》 

政 を 》 るち 

iz 蠹》 其》 力" 
f) 毒 で 弊で 故》 
此、 す》 次》 にで 

jv る^ 第》 朱で 



^o^i &、^ 酽妒 4ぃ甿 き^^きき 締嚴重 被,, m 

き^^ i! き^ 1r 御^ 矿!: 候;^ に A 候 A 得が ま ゲ^ 旨 申談、 急 度 門人。 共 

異 S 學 @相@ 禁ま。 又。 不。 限 sno 門。 他。 門 ^。合、。 正。 學^, 。致、。 人^き 立 候樣相 心掛可 

申 候 

此の 如く 異學を 官府に 於て 禁ずる 事と なりたる 重なる 理由 は、 畢竟 左 



は 天明 七 年に 老中の 上座 卽ち御 大老と なえ 寬政五 年に 至り、 願に 依," 

老中 を 免ぜら る、 故に 在職 七箇 年な り、 老中 を罷 めて よ h 三十 六 年 を經, 

憨四 ii m 玫 ^後の 朱 子學派 第一 窣 柴^ 栗 山 £ ニー 一一 



^ I 乂政 以後の 朱 子舉派 第一章 柴野栗 山 五 二 四 

一 文政 十二 年に 至らて 歿す 1: 子年 七十 二、 樂翁 人と な,^ 學を 好み、 賢 を尙ぶ 

就職の 後、 幾 もな く 栗 山 を 登用し、 叉 尾 藤 二 洲と岡 田 寒 泉と を拔擢 し、 共 

に 昌平 黌の 敎官 として、 朱 子 學を擴 張し、 異學を 排斥せ しむ、 世是れ を^ 

政異 學の禁 とい ふふ^ おひ き^ゅき^ 少^^お、 當時 博士の 

稱號 あみし にあらず と雖 も、 栗 山 二 洲寒泉 三 氏 相 並んで 敎鞭を 昌平 黌 

に 執み し を 以て 世是 れを寬 政の 三 博 かとい ふ、 又 栗 山の 名 は 彥輔、 ニ洲 

の 名 は 良 佐、 寒 泉の 名は修 助なる を 以て 世 是れを 三助と も い ふ、 後古賀 

精 里、 賴春 水、 赤 崎 海門 等 も 亦 召 出されて 昌平 黌の 敎官 となる、 精 里 以下 

の 諸氏 は樂翁 老中 を罷 めた るの 後に 登用せられ たれ ども、 亦 其 意志 を 

遂行す るの 結果に 出で たる こと 疑な きが 如し、 殊に 樂翁は 退職 後 も 依 

然 幕府の 學 政に 少 からざる 勢力 を 有せし を 以て 之 を觀れ ば、 此邊の 消 

息、 揣 摩する に 難 か 6 ずと なす、 

此の 如き 異學の 禁は實 際 學術界 に 如何なる 影響を及ぼし、 か、 異學の 

徒、 之が 爲 めに 大打麟 を 受けて 一 時 喧騒 を 極めし が 如し、 就^ 大峯 



の 如き は. 樂 翁に 上書して 大に其 非なる を 論ぜ,^ 又 赤松 滄洲の 如きに 

一 書 を 栗 山に 送りて 切に 其 反省 を 促せ, 9、 栗 山 措いて 答へ ず、 西 山 拙齋栗 

山に 代, 9、 書 を 滄洲に 送りて 其說を 反駁せ, 9、 此の 如くに して 爭論 一 時 

囂クた -、^^^^^ や^^ お義 としてず 1 勢力 を 得る 1 

かいぐき か^^^い" ぃ6の、^ ^い^^する もの 少 からさる を 以て 

\ &^^^iiifk£l い 1 ま^い ひひ^い ク^ ひべき なえ 之に 反して 

一 ^4^^^ か t かい ゃ& いひい」^^ ^^^^ しく 减 少し、 次第に 其 勢 

かい^^^ゃ 殊に 鵬 齋の 如く 憤慨 甚 しく、 生 を 酒盃に 託して、 放浪 醉倒、 

一 以て 身 を 終 はれり、 芳野金 陵 彼れ が 窮狀を 叙して 曰く、 

、 ^ 4 き。^ き ^$ ^ ^ $ M き i 。^,難 f ^ M s。 ま: 提. 衣 來: 曰。 臭 

$ i ,きふ 林 ^ ^ か ^ ^ S $ • 居。 不レ妨 也。 (金 陵 遺 

稿卷 七) 

„ 以て 其狀况 いかん を 察知すべき なら、 蓋し 異學 の禁は 一種の 迫害な,^ 

一 殊に 都下に 於け る 異學の 巨魁 某々 を 指して、 五 鬼と 稱し、 惡名 をお て 之 

第四篇 寬政 以後の 朱千學 派 第一 窣 柴野栗 山 五 二 五 



つ、 倆 
て、 の 

も、 あ, 
宜、 る、 

い、 學, 

位、 者, 

で、 は, 
大、 學、 
抵、 校、 
は、 中、 
律、 か、 

義、 ら、 

か、 養、 

fl、 ひ、 

ま、 出、 

!)、 し、 
の、 た、 
人、 も、 
間、 の、 
を、 は、 
生、 少、 
じ、 な、 
な、 い、 
す、 全、 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第一 窣 柴野栗 山 五 二 六 

を 烙印す るに 至らて は、 學 派の 爭 も、 亦 其 弊 を 極む る ものと いふべ し^ 

政異 學の禁 よ, - 幕末に 至る 迄卓絕 せる 精神的 P き^^ゃ^ ひ^お ひ 

<J, 厶 厶、 厶、 A 厶 <"< "厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶な 

して 自由 思想 を 絞殺した るに 因由す る 者の 如し、 重 野 博士 嘗て 之 を 論 

じて 曰く、 

程 朱 學の嚴 重に 定まって 以後、 幕府 や 諸 藩の 學 校で^^ いか^か か、 

權 して 律義 ー邊を 本と して、 先づ 言 はく 無用^た き^ゃ 、い、 口、 g ^ ^ ^ 

愼篤實 であるから、 誠に 無事な 人^^ ひ^^ P や il^c.ll;',^^ 

、 、 、 、 、 

く 無い と 言 

、 、 、 、 、 

と 云 ふ 乙 と 

. になつ て 居, 9 ます (東京 學士會 院雜誌 第 十六 編 之 二) 

\ 誠に 其 言 の 如し、 不世出の 英雄 豪傑 は 朱 子學派 中に 求む る を 得ず、 然れ 

一 ども 朱子學 派の 人 は 謹 愼篤實 にして 危險 なる 處 なし、 之 を 要する に、^ 

一 學 先生の 徒な 夂寬 政の 頃^ 園^^ か i^^l^^^i 、きかいい ム ^ 

一 名 敎將に 地に 墜 ちんと する に當 みて、 栗 山 ニ洲、 のぎ、 か、 g ^、きか、^^,、 4 



埋 〇 に o 求 o 閬、 
沒 o あ o に o の、 
し o ら o 應〇 學、 

了。 ず。 や 脈、 

る 〇 と 〇 る o を、 
を o 雖 o 所 o 標、 
得つ to 爲 o 榜、 
ざ o 其 o な o し、 
る o 敎っ ら o て、 
な 〇 育 o ん o 海、 
i>o 上 o 是 o 內、 
に o 故 o の、 
於 o に o 敎、 
け o 此 o 育、 
る o れ o 主、 
多 o に o 義 * 
大 o 對。 を、 
の o し o 統、 
《効 o て0 —、 
杲 o 固 o せ、 
に o よ o し、 



巢の跡 を紹 ぎ、 更 に 洛 

、 、 〇〇〇〇〇〇Q 

もの、 蓋し 亦 時勢の 要 

一 〇〇〇〇〇〇 9 〇〇 

一 ら 非難すべき 所な き 

„ o o o o o:o o 

; 至,^ て は、 决 して 之 を 

一 栗 山の 事は大 H 本敎 育史 資料、 續 近世 叢 語. 事實文 編、 家 世紀 聞、 近世 先哲 

一 叢談、 《 諸家 人物 志 及び 栗 山 先生の 面影 等に 出づ。 

一 , 




五二七 



篛四篇 ^政 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾 藤ニ洲 五 二八 

第二 章 尾 藤ニ洲 

寬政三 博士の 一 人 を 尾 藤ニ洲 となす、 二 洲、 名 は 孝 肇、 字 は 志 尹、 I 稱 は 

良 佐、 二 洲と號 す、 別 號は約 山、 伊 豫 川上の 人、 父 舟 を 操る を 業と す、 ニ洲少 

うして 足疾ぁ ,9、 年 廿六 にして 大 坂に 來 り、 片 山 北海に 就いて 書を讀 み、 

物 徂徠が 復古 學を 喜 ぶ、 彼 れ 自ら 當 時の 事 を 叙して 曰く、 

好ん て 物 氏 復古の 學 をな す、 當 時以爲 く、 ® 人 の 道、 此 に 求めて 備 はる、 

詩 を 作 &、 文 を 作る は、 唯 i 李攀龍 王 世貞の 及ぶべからざる を 以て 憂戚 

と な す、 歲 の 庚 寅、 大 坂に 來 み、 病 を臀 古林 氏に 養 ひ 、偶, f§ 園隨筆 を 讀 む、 

是に 於て 始めて 物 氏の 說に疑 あえ 乃ち 文 一 篇を著 はして、 以て 之 を 

片山 北海に 質 す、 北 海 乃ち 敎 ふるに 孟子 を 熟讀 する を 以て す、 因 力 て 

其敎の 如くす る もの 數 月、 稍 々物 氏の 古の 古なら ざる を 覺 ゆ、 然 ラ し 

て 後 中庸 を讀 み、 叉 溯 fts て 易を讀 む、 是 に 於て 疑 ふ もの、 日に 解 く、/、 與 „ 藤 

村 合 田ニ老 人 一書) 




此時頼 奢 水亦大 坂に あり、 北海の 社友たり 、因りて 二 洲と相 知る、 舂水 f 

朱の 書 を 得て 之 を 喜び、 二 洲に勸 めて 之を讀 ましむ、 ニ洲亦 甚だ 之 を 喜 

び、 以て 正學 となし、 相 共に 斯に從 事す、 彼れ 又 中 井 竹 山 兄弟と 親み 善し、 

安永 元年 偶 ^ 臺雜 話を讀 み、 其 中に 世 善く 譲洛の 書を讃 44 

の 言 あるに 至り、 手の 舞 ひ、 足の 踏む を 知らず, 遂に 鳩巢を 尊信す る こと 

い 寬政中 幕府の 命 を 受けて 昌平 黌の 敎官 となら、 柴 S 

栗 U 岡 田 塞 泉と 朱 子學の 中堅 を 成す、 世是 れを寬 政の 三 博士と 稱す、 二 

洲文 t 4- 年 十二月 十四日 を 以て 歿す、 年 六十 九、 儒者 捨塲に 葬る、 著 はす 

所 正 學指掌 一 卷、 素餐錄 一 卷、 冬 讀書餘 ニ卷、 靜寄餘 筆 ニ卷、 稱謂私 言 一 卷、 

中庸 首章 圖解 一 卷、 靜寄軒 文集 十二 卷等 あり、 門人 長 野豐山 最も 世に 顯 

よ る、 ニ洲 人と なえ 活淡 簡易に して、 音吐 爽亮、 又 喜んで 酒 を 飲む、 嘗て 古 

人の 句に 「51^ お曰^ §- きき: ききき^ ^^きと ある を讀ん で、 是れ 實に佘 

の 寫眞 なりと 云 へ ,9 、(冬 讀 書餘卷 一 ) 

彼れ 嘗て 座右 八 戒を作 る、 云 く、 

第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第二 聿 尾 嗨ニ洲 五 二 九 



第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾 踩ニ洲 五三 〇 

1 心 ま 一 事; チ 可,, 二三つ 

1 行 取 n 衆 善; 不%„ 偏執; 

1 坐 作 常 耍,, 畏謹; 不, 可, 傲慢: 

一 言語 每 要,, 簡明; 不, 可 „ 躁妄; 

1 應, 事必 辨,, 其 是非; 

1 接 レ物必 擇,, 其 邪 正; 

1 羣居之 時、 須 JS 田 同, 

1 獨知之 地、 最加, 謹愼ハ 

ニ洲は 純然たる 朱子學 派の 人に して 朱 子 を 尊信す る こと 極めて 篤し、 

其 言 に 曰 く、 

自, 有,, 儒 者, 以 來、 未, 有,, 斯 書; 自レ 有,, 懦 者, 以 來、 未. 有,, 斯 人; 百 世 之 下、 誰 不,, 欽 i„、 (文 

集卷 五) 

又 云 く、 

,。9、ゎ で つ .〇. o o . o o o o o o o o o o o o o o o o o o D o o 

德伯 子に 至み て、 其 盛 を 極む、 而 して 學術 識見、 自 いやか ゆ!,^ や,^ 



ら 〇 い o go に 
專 o ひ o と o 云 
ら o 其 o い o く 
に o 功。 ひ o 
し o 用 o 其 o 

て 〇 之 氣 

之 o を o 之 o 
を o 鬼 o を 〇 
名 o 神 o 陰 o 
づ o と o 陽 o 



お; hjsl 、まい" si^ き き^ち、 (素餐 き 

又 云 く、 

o o o . . 

あらず (同上) 

推 尊 至れり とい ふべ し、 乃ち: 彼れ が 學の紫 陽に 本づ くこと 亦 推して 知 

るべ きなり、 彼れ 嘗て 「發蒙 十二 說」 を 作る、 载 せて 中庸 首章 圖 解の 卷末及 

び 文集の 卷ニ にあり、 是れ 彼れ が 自得す る 所 を 叙述す る ものに 似たら 

固 よら 程 朱の 見解 以外に 別に 發明 する 所 あるに あらず と雖 も、 彼 ^ 文 

章の 技に 長 ぜるを 以て 說 破し 得て 頗る 巧なる 所な きに あらず、 今 左に 

「天 說」 と 「理 氣 說」 と を譯 出して 之 を 紹介せ ん、 「天 說- 

ひ l§、s お!^^,^ やか^ 鲈ど 

o o o o o o o c 9 ,。、 わ o わ £ ゎ, o 3 " g 

s ふ、 析 つて 之 を 言 へ は卽 ち 猶ほ數 ふへ きな 

い^ゅ 跏^ やゆ レ^き^^ "、今 夫れ 蒼々. たる もの を 指して 之 を 天 

第四篇 莨玫 以後の 朱 子學派 第二 寧 尾 藤ニ洲 五-二 



第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第二 草 尾 藤ニ洲 五三 二 

と い ふ、 人 誰れ か然ら ずと いは ん、 然 る を 以て 然ら となす も の、 人 の 庸 

なる ものな ら、 其 理を 指して 之 を 天と い ふ、 人 或は 之 を然ら とせ ず、 然 

ら ざる を 以て 然ら となす も の、 人 の智 なる ものな ,0/ 而 して 帝なる も 

の、 徒 に 其 蒼々 を識, 9 て、 而 して 理の卽 ち 天なる を 知、 ら ず、 智 なる もの、 

乃ち 其 蒼々 を舍て 、、而 して 獨も理 を 指して 天と な す、 皆 古人 天 を 言 

、〇〇000〇〇0か〇〇0〇0〇〇〇〇〇 

ふの 義 にあらざる な ゥ 夫れ 天の 名大な ら、 該 ぬる 所 其れ 廣 し. 是 故 に 

p 〇o〇oooo〇〇o〇〇o〇〇ooooo 〇〇〇〇〇〇〇 

太 極 を 知らざる もの は、 天 の理 を識ら ざるな ,nN 、陰 陽 を 知らざる もの 

0,0 0^-000000 0〇〇000〇〇〇〇〇000〇〇 

は 天の 氣 を識ら ざ るな み、 帝 を 知らざる もの は、 天 の 主宰 を識ら ざる 

00<POOOOOO〇〇〇00〇0 00〇00〇〇30〇〇〇〇 

な 6 命 を 知らざる もの は、 天 の賦予 を識ら ざるな み、 鬼 神 を 知らざる 

〇 o o p 〇9〇〇oopoooooooo〇oo〇〇oo〇〇〇 

もの は 天の 功 用 を識ら ざるな み、 太 極 な ftv 、陰 陽 な ,9、 帝 な き、 命 な り、 鬼 

poo>pqqo〇oooooooooo〇o〇〇 〇〇〇〇〇〇〇 

神な も 皆 其 然る 所以 を 知り て、 而 して 又 默會神 融、 其 一 たる 所以 を 知 

oo g o oooooooooooooooo oc〇〇 oo〇〇〇 

ら て 然うして 後 仰いで 之 を觀れ ば、 依 然として 是れ 蒼々 の 天な み、 乃 

ooooooooooo 

ち 與に天 を 言 ふべき の み、 云 云、 

近く これ を 人に 取れ ば、 太 極 は 其 性な り、 帝 は 其 心 な り、 命 は 其 情な, o. 



m 

人、 の o て、 の、 寒、 氣 

因、 性 o 其、 理、 暴、 の 

第 b 、れ。 節、 の、 風、 ^ 

| て、 bo に、 自、 雨、 に 

之、 理0 中、 然、 は、 ^ 

11 シ、 の 〇 る、 な、 戚、 く、 

I 脩、 自。 も、 h な、 
f め、 然 つ の、 喜、 ら、、 

朱 以、' は o 乃、 怒、 寒、 



丁、 


An ^ + も 逾、 

eP〇 り、 氣、 


暴、 


敎、 


り 〇 挫、 恋、 


M 、 


と、 


Z^.^ (T\、 け、 
ppO レノ i 厶ヽ 


nhi 、 


な、 


人 〇 H ヽ 


わ 


し、 


ir ^ タぉ、 ま で、 
((Co 恐、 


る、 


之、 


あ。 な、 ! >、、 


所、 


を、 


bo り、 M、 


以、 


天、 


て〇 mo 怒、 


は、 


下、 


は o 卽:) 愛、 


理、 


に、 


性 o ち o 惡、 


な、 


敷、 


に o 太 o す、 


い 


い 


举 o 極。 る、 


而、 


故、 


ふ o 人 o 所、 


し、 


に、 


の o に o 以、 


て、 


五、 


道。 あ o は、 


其、 


禮, 


, た。 り。 理, 


時、 


山、 
ハ、 


, bo て o な、 


> を * 


樂, 


' 古、、 は 〇 b; 


' 得、 


よ, 


* 昔、 天 o 而, 


> る、 


い 


» 聖、 命 o し, 


' い 



'き き 象 

1 1^ 5 "、 力、 


其 


心 o る o な 


理 


氣 所 b 


を 


魂。 以。 5 


明 




か 


の o 靡 o p 

、ノ ヨリ 


に 


義 o め o 鼻 


せ 


得 〇 て o は 


さ' 


て o 之 o 人 


る 


明 〇 に o の 


も 


かひ 格 o 形 


の 


に o る o な 


亦 


す c 太つ b、 


是 



ベ o 極 o 形。 れ 
き O 陰 3 象 o 蛩 

な o 陽 あ o 々 
も o 鬼〇 れ o の 

S 神 ば o 類 

云 の o Mo の 
說。 に o み、 

得。 然。 夫 

て o る o れ 

聞 所 o 曰 
く 以 o 月 

ベ o の o 星 
さ 〇 理 o g: 
な o あ は 
?)0 f) 天 

ほ 〇 ito C7) 



と、 り 乃 陰 
謂、 徒、 ち 陽 

ラ、 に、 耳 は 
て、 其、 目 其 
可、 末、 口 氣 

な、 に、 鼻 息 
ら、 循、 の な 
ん、 つ、 用 り、 

や、 て、 あ 艰 

故 而、 ち 祌 
に し、 性 は 
滑 て、 情 其 
k 其、 心 魂 
と 本、 氣 魄 
し を、 魂な 
て 問、 魄 K 
日 は、 は 夫 

月 ざ、 本 れ 
星 る、 な 人 

辰 が、 b に 
o 若、 耳 性 

行 き、 目 情 

を; ^ 、ロ^ > 

察れ、 鼻氣 
し 之、 の 魂 
て を、 用魄 
而 知、 は め 
しあ、 末れ 
て り、 な は. 



第四篇 莧政 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾 藤ニ洲 五三 四 

、. 、 ^ 门 ,、= 、、一、、、.、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

以て ; 揖讓 一 舞蹈の 微に 至る ま で、 適. くと して 现の寓 する 所に あら 

、 、 、、 、 、 、、〇」〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇 

さる はなき な,^ 是を 以て 洛閩の 學、 窮 理を貴 ぶ、 而 して 窮理の 要 は、 理 

oooooo 〇〇〇〇〇〇 

と莆 との 分 を辨 ずるに あ み、: S れを 明かに せ ざれ ば、 則 ち 見る 所 差う 

て、 而 して 趨く所 背 く、 是 に 於て 或は 直に^ 暑 風雨 を 以て 卽ち 理^ 自 

然とな し て、 而 して 其 時 を 得る と 否と を 問 は ず、 或 は 直に 喜 怒 愛 亞ぉ を 

以て 卽ち理 の 自然と なして、 而 して 其 節に 中る と 否と を 問 は ず、: H〈 究、 

視 聽辭氣 一 切の 動作に 至る ま で、 皆 以て 全 體の妙 用と なし、 一 に 其 心 

の發 する 所に 隨っ て、 肆 然として 顧み ず、 俘 然として 自ら 信 じ、 聖 言 を 

侮 慢 し、 聖 人 を 蔑視 し、 乃 ち 曰 ふ、 己 れ獨り 造る 乙 と あ. CS と、 是 れ 所』 g 差 

ふに 毫釐 を 以て し、 謬 るに 千里 を 以てする? P の、 乃 ち 乙れ を 始めに 審 

にせざる の 罪な も、 豈 に 速に 之 を 辨ぜ ざるべ けん や、 佘 故に 曰 く、^ き 

の S は、 理 氣の分 を辨 ずるに あ, と、 然 れ ども 理氣の 分、 亦 知,^ 易から 

ず、 乙 れを 天地に 觀、 rJ れを 人身に 觀、 事 に 就いて 之 を 分 ち、 き に卽 S か 

ノ、、 r、、 、ヽ、 、、、、、、、、、、、 、、、、\、 <_-、、、、 

之 を 析ち必 す此理 の形氣 にあ, o- て、 形 氣に雑 はら ず、 事 物に あ,^ て、 事 



きい^^い や、^ やひい ぐ^^、 の 如き を 見て、 然うして 後 

得べき の み、 云 云、 

ニ洲朱 子の 堡疊 によ, -古學 派 及び 其 他の 學 派に 對し 、辛辣なる 批評 を 

な せ ,9、 其 言 に 云 く、 

ゃ&齩 i 白^^び 酽齢 のみ、 (素 餐錄) 

151^ いきか いいで まい か 酔^^い ニ^か^^ いず、 原 佐 茂 卿 は 

44 か 1 いいで いぐ &お^ い 百倍の みならず (同上) 

い^ 酽 J-il ,きいか^い やま い^, い、^^ い蛆蠹 す、 所 

、、、、、刀"、、"、., い、 

レ謂桀 犬 堯に吠 ゆる もの、 み 

又"。。。 ?。 、んひ ^po, ひい??^^ I. や | ^き^^^^に 知昏 

宋 S 知 を 賁 ぶ 故 に 知 s> 力に して, イカ やる ス き 

o o 〇 o o o o 

うして 行 亦 汚る 

第四篇 莧政 以後の 朱 子學派 第二 草 尾 藤ニ洲 五三 5 



一 又 

洲 大 A て A も △ 今ム 殊 
仁 な A 以 A 柬 A の A に 

齋 る A て A 土 A 學ム 譲 

が も ^ : き 最 A 者 A 園 
唯 の A な △ も △ 往 A — 
氣ま ぃ甚 A 令 △ 派 
論 fg と A し ム 自 ム に 
に 書 な 。 其 △ ら A 打 
對 餘 し A 弊 △ 以 ム 擊 
し 卷 て A 學 A て A を 

て 二 之 △ 者 △ 一 A 加 
1 ^ に ム 皆 ^ 家 A へ 
K 倣 △ 放な を ム て 

并 M 縱ム 成 a 云 

字 を a す A く 

K 呼 A 喜 A も A 、 

t 是ム ん A の ム 

t れム て △ 皆 △ 
艮 風 A 而 A 物 ^ 
^ 俗 A し 么 氏 ^ 
^ をム て A の A 

つ 害 A 名 A 餘な 
〔 し A 撿" 毒 ^ 

3 敎 ム を ム に A 
:、 化 △ 厭 A 醉 A 

を A ふ A ふ A 
傷 A 俗 △ も A 

ふ A ± A の A 
の A 視^ な ^ 



又 云 

、 

、 

、 

も 



第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾, 睡ニ洲 五三 六 

に 古 學と稱 する もの あ り、 說、 異 を 立つ る を 以て B ら喜 ぶ、 古 ^ 

もの あ ftv 、文、 讀 み 難き を 以て 自負 す、 是 れを 以てして 古いき せ やか 

亦 S 々た み、 卑 冷 た も 、(冬 讀書 除 拾 遺) 



- . --, , 3J 2,-メ J1 -ィ 1111E" »< 一 H7 H さ 5 I > It く 

父子と いふ は氣 な, OS 、父の 慈、 子 の 孝と ぃジ がぎ^い、 r 〃 、いだ^ ^ 

な-君の 仁、 臣の 敬と いふ は理 なら 、推いて 萬 事^ぎ ゲ 

る はなし もし 孝 慈 仁 敬 を 捨て, 父子 君臣 を 直い きいい^い^^ いわ 

や、 凡そ 天地 陰陽 風雨 寒 # の 形象あ^^^. か^れ,;、 ひ^ ^ ^ ^^、い 



かき^い、 か い^^ま^^ ひ 4^11 い^し、 理は 無聲無 奥なる ゆえ 言 

ぶ^: 3か い^^^や や ^ ^い^^い やや や 君 E の 道 を 知らす、 天 跳 

r 4P i Jvv J 1 4、、、-、、、、 

£ ム^い か^:^ い、 やき t い^いや、 s 人 をれ を 憂 ひた まひて. 一 1 

か、 {! き fi^B ふいか^い^ か、^^ い t へた まふ、 皆 この 理 H な 

い、^ い^きい t^^^^^t ^^^る、 其 意 明かな,^ と V ムべ し、 彼 

れ其意 を 得ず して、 却て 宋賢を 謗らて、 氣の 外に 理を 立てた 、り とい ふ、 

をの 疎 s 甚し からず や、 云 云、、 物、 は^なり、 則は理 なり、 天下 物な き f 4 

^い * い"^^ いい、 一、 一ヶ^^^^ ぐ^ ゲ ひとな し、 物は氣 なる 

か^^" ^^きい^^い^^ いい、 や^い 月 星晨. 地の 山川 草 If の 

やや^ £ ^酽^ ^^ハ ょ歡 いい ク^^^^い し、 宋 賢の 所^ 理はビ の 

^^いか ひに ^ い"、 いお r めらず、 是れ 曉- 

難き で とに あらず、 學者此 處を會 得して、 彼の 徒が 書を讀 みなば、 其 謬 

見 明かに 見 ゆべ し、 (正學 指 掌附錄 ) 

是等 解說の 文を讀 むに、 ニ洲朱 子の 理氣說 を 叙述して 頗る 其 肯繁を 得 

第四篙 寛 政 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾 藤ニ洲 五三," 



^§ 宽玫 以後の 朱 子學派 第二 窣 尾 藤ニ洲 五三 八 

たるが 如し, 朱 子 も 「氣 以 成, 形、 而 理亦賦 焉〕 (語 類卷 二と いふ を 以て 之を觀 

れ ば、 理 は氣に 依存す る ものに て、 氣 を 離れて 自存す る ものに あら ず、 故 

に 叉 「理 未 J 曰 離,: 乎 氣,」 (同 上) とい ひ、 「有,, 此 氣, 則 理 便 在, 一 其 中,」 (同 上) と い へ ら 、然 れ 

ども 朱 子 は 理氣の 二 元 を 立 て、 氣 は理ょ i 出づ るに あらず と し、 1 は 氣 

よら 出づ るに あらず とせ ら、 是 故に 理と氣 と は 其 類 を 異にする ものに 

して、 决 して 同一 物に あらず、 是れ仁 齋が朱 子の 二元論 を 否定して、 別に 

唯氣の 一 元 論 を 建設す る 所以な え 二 洲の仁 齋に對 する 評論、 未だ 其委 

曲 を盡 くせら とい ふべ から ず、 彼 れ叉徂 徠が學 を 排斥して 曰く、 

其學た e 理 民の 術の みに て、 自 己の 身心 は 置いて 問 はざる な み、^ に 

^A ^^ ^ ^AAAAA A ^AA,AAAAAAAAAAAAAAA 

身に 非 法の 事 を すれ ども 恥と せ ず、 其 徒み な 先王の 禮、 先 王の 義 など 

<I^A 厶厶厶 △ <"<! 厶厶 厶厶厶 △ 厶厶厶 A 厶厶 < !厶 厶厶厶 厶厶厶 

とレュ こ と を ロ實 とすれ ども 其 志 は 蘇 張に 過ぎ ず、 或 は 嵇阮が 放蕩 

ム, 厶 A 厶厶 1,<" 厶& 厶厶厶 <3<3A<3AAA 厶厶 △< -厶 <q 厶厶么 <" 

になら ひて 一 世 を 傲 睨 せんと す、 も しそれ に 向! 5 て 義理 を 說く者 あ 

A. -A 厶 厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 △△△△<"<△△ 厶厶厶 厶厶厶 

れは 耳を掩 ひて 腐儒の 陋 見と 嘲ら-笑 < か K る 輩 肚に多 くな. CV て淫 

< "ム厶 厶厶厶 厶厶 はび 乙 厶 △ 

縱 奇怪の 行 をす る 者、 往 々に 蔓れ らパ同 上) 



禮樂の 事 は 今 已 に S て 且つ 此方に 行 ひ f ことなれ 2 くこの 

化き して 緣飾 せる まてに て.實.は唯> 功利の 事の みを心懸くること 

の 徒辨へ 知らず して、 とい ひて, 一生 を, 過;: 

I 返す くも 怪 si とな. i れは 彼れ が I る 者 、=n 

の t 一生の 事業と して、 年月 m^n^^l 

お H ち" ま" is きか、 誠に淺 き 丈夫と い 

ふ ベ し、 (同 上) , 

其 I 園 一派の 弊 S 中す る 所 ある 1 るべ k- 陽 

習^お = お 口い ま n^ssss: だ 

是れ氣 を 謬り て S となし 道 は メグけ" つ 3 O o o o o o o O ,o 、や 

: お さ I 學に從 事せ す 斑 

や^が r5 でお,、 其 心よ-作 爲 なしに 

第四篇 寬 g 後の 擎置 i Mi 五 f 



第四篇 ず-政 以後の 朱 ゆ 派 第二 率 尾 藤 ニ洲 五 四 Q 

出 づ れ ば、 そ れを 道と も理 ともい ひて 猖狂妄 行 す、 鳴 呼 聖人の 門、 何 ど 

か、 る 率 易 無稽の 談 あらん や、 志 あらん 者 は、 必 ず かの 本心 等の 說を 

5,、 „• > ? 、•〇, o o o .9, o c、 o- で. o o o o o o O o o o o o o 

^くべ からす 道 は 人の 理な ら父 子 君臣 夫婦 長幼 朋友の 則な み 、そ の 

oooooooooooo ooooooooooooo 

則 を 明かに し て、 を れに順 ひて 行 ふべ し、 是 れ眞の 實學な り、 (同 上) 

叉 折衷 派 を排 して 曰く、 

明かに 道 を 見る もの あ ft/ 篤 く 古 を 信ずる もの あ ftN 、谷 i 其 性の 近き 所 

を 以てして 入る の み、 今 世に 一 種の 學者ぁ り、 道 に 於て 見る 所な く、 古 

、^ 、、,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、 , 

に 於て 信す る 所な く、 一 己の 私意 を 以て 諸家の 得失 を擇 ばんと 欲す 

oooooooooo 

夏蟲の 見、 憫 む ベ き か な、 (素 餐 錄) 

ニ洲 此の 如く 朱子學 にあらざる 各學派 を攻擊 する に 於て 復た餘 力 を 

遺 さ ず、 實 に * めた もとい ふべ し、 然 れ ども 遂に 小家數 たる を 免れざる 

ものな 



^四篇 寬政 ^後の 泶子學 派 第四窣 安積 艮齋 五 四 二 

第 S3 章 安積 艮齋 

良 齋 * 名 は 信. 字 は 思 順、 通 稱は祐 助, 姓 は 安積 氏、 艮 资は 其號な ら、 別 號は見 

山樓、 奥州の 人、 年 十七に して y 戸に 來も、 佐 藤 一 齋に從 つて 學 び、 後、 昌 平 

黌 の敎官 とな み、 名 聲 鬱然 都下に 振 ふ、 萬 延 元年 十 一 月廿 一 日 を 以て 歿 

す、 享 年 七十 六、 著 はす 所 艮齋文 S 、艮 齋閒話 等 あ ら、 事 蹟は續 近世 先哲 叢 

談 〔卷 下〕 及び 大日 本人 名辭書 等に 出づ 、大日 本人 名辭 書に 左の 一 節 あら、 

云 く、 

幼よ.^ 讀書を 好み、 二 本 松 藩儒 今 泉 八 木 諸氏に 從學 して 頭角 を 露 は 

す、 十 六 歲の時 出て ゝ近 村の 里 正 今 泉 氏の 婿と な 夂其 妻 に 嫌 は 

助 大に發 憤し、 翌年 單身 出奔し 、江戸に 向 ふ、 旅 費 乏しく 艱楚ビ I 曰が、 が 

華 僧 曰 明の 拯ふ 所と な ら、 遂 に 其 紹介に 依らて 佐 藤 一 齋の 僕と まる 

こと を 得た り、 祐 助 刻 苦 勉 勵、 且 つ 薪水の- 勞 に 服し、 且つ 讀 書 し、 夜 間 睡 

眠 を 催す に 逢へ は、 煙 草の 脂 を 眼に 塗 もて 自警す、 



其壯 年の 苦 學、 推 して 知るべきな ら、 彼 れ が學說 は往々 艮齋閒 話中に 見 

ゆ、 蓋 し 閒話は 彼れ が 躬行 心得の 餘に 成る ものに て、 學 者の 精 讀を價 す 

る 有益なる 隨 筆な, 9、 其 內容略 !駿薹 雜話^ 趣 あ, 9、 今 其 一 二 節 を擧げ て 

彼れ が 見解の 一 斑 を 示さ ん、 云 く、 

〇oo〇〇〇〇〇o〇〇〇o〇〇〇ooooo〇〇oooooo 

道 は 天下の 公道な ら、 學 は 天下の 公學な ,9, 孔 子 孟子の 得て 私する 所 

oooooooooooooo oooooooo 

に 非 ず、 博 く 天下の 善 を 取る ベ し、 書 經に德 無,, 常 師; 主き 爲, 師、 と あれば、 

善の 有る 所;^ 皆 吾師な ら、 舜 は 大聖な ち、 猶 ほ 邇 言 を 察せ り、 孔 子は大 

聖な も、 三人 行、 必 有,, 吾師; と 云 ふ、 然れ ば學は 一 家 を 墨守す るに 及ばず、 

oooooooo 〇〇〇〇〇、、、、、、、、 、、、、*、、、 

道の 存 する は 皆 學と思 ふべ し、 程 朱の 諸賢 は 勿論な,^、 陸 象 山 王 陽 明 

諸 公の 言 も 其 善なる は皆從 ふべ し、 S 唐 諸 儒の 說も 取る ベ し、 老 莊 申 

、、ヽ ヽ -*、、、、、、、、、、、、、、 ヽ、、 、ヽ、 、、oo 

韓佛 氏の 言 も 善なる は 皆 取る ベ し、 愚 夫 愚婦の 言 も 亦 取る ベ し、 か く 

o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 ooo 

の 如く 胸襟 豁 大、 古 今 を 包括す る 勢に て、 志 の 高大と も 云 ふ ベ し、 朱 舜 

水 云 く、 學 問 之 道、 如, 治&、 遴,, 其 粹 然 者, 而 取, 之、 若 曰% 某氏 學吾 某氏 學; 則 

非 <所,謂 博學 審問 之 道 一也、 此 語 通會の 論と 謂 ふ ベ し、 今 の 學者は 門 を 別 

第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第四窣 安積 艮齋 五 四 一 一一 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第四窣 安積 艮齋 五 四 a 

ち、 5- を 分 ち、 各 > 其 識見 を 守. 9、 朱 子學と 云へば、 陸 王の 學は 異端 邪^と 

號 し、 其 善なる 所 を槪棄 す、 漢 學 と 云 へ ば、 程 朱の 學を老 弗の 如くこ^. 

斥す る は、 各 >其學 を 主張 せんと 思 ふよち 起み、 天下に 幾許 もな き 儒者 

の 中に て 門 の 見 を爭; 5、 仇警の 如く 思 ふ は、 公平の 道に 非ざる に a 

たら、 朱 子 は嚴毅 方正の 人に て、 陸 象 山と 太 極の 辨、 鵝 湖の 論 は 合 は ざ 

れ ども、 象 山 を 白 鹿 洞に 招き、 門人 を 集め、 講義 を聽 き、 又 象 山に 請 ラ て 

講義 を 文に 綴らし は、 人 の 善 を 取る 公平の 道な み、 象 山 も 其 門 V 朱 子 

を議 する 者お る 時. 大 に辨責 せし こと 文集に 見えた えが 酽^ 

"ョ ま" £5 ま胁 

にても ま 夫^婦^ !in や s(i^s>s!gH^£no の &SJ^S>^"^^/ の 

冶 H は、 銅 中よう 金 を 取る が 如い ま^か かい^;^^ わ;^ や 11^ 

の 冶工 精 金 を 用; 3 損し、 鉛 も 同^、 に^、 る^い、 (良 齋閒 話卷之 一 ) 

良齋は 固より 朱子學 派の 人に して、 朱 子 を 尊崇す る: と 深し、 嘗て 朱 子 



を稱揚 して 曰く - loo 

おき S- 铷 S & やや お & ^がき か &酽き 昭き 之; 以 明- 斯 道 於 天 

s i f や | Sri 井 伯 恭ー書) 

然れ ども 彼れ が 如何に 豁大 なる 見解 を 有せし か は 如上の 文に よもて 

明かな り、 彼れ 又 I や^^^ 耍點、 畢竞 忠信の 二字に ある こと を 論じて 

か ゆ^か い、^^ 曰、 き^ 

やか い^^だ" 。さ。 れ^^^。 のが^^。 ひ、^^^。 むが 

^3 :! ^,やひ. 集註に 盡. 己爲 レ忠 卩實爲 きと あ,"、 人 は 天 品の 性質. 

智愚賢 不肖 種々 の 異なる あ, 9、 譬 へば 金の 內に 黄金 も あり、 白 釵もぁ 

り^^も あ, -、 鉛 錫 も あ, 9、 是れは 自然の 生 質な,"、 紛は鐵 になる y か 

らず、 銅 は 黄金になる ベから ず、 聖賢の 人 を敎ふ る、 君 父 の臣子 を責む 

や^い かいいい 、いか や、 きい^^ いいは 云 はず、 只铅は 鉛の 

い i^^^b い、^ や 6^ か ぃ釦 い、 か^いき わる を 忠信と 云 

0^0 寬^^ 饺り泶 ナ^. ま 第 H 早 安. 核^ 5 



第四篇 政 以後の 朱 子學派 第!: 草 安積 艮齋 五 四 六 

、 、 、 

-\ なら 人臣の 君に 事 へ 人 子の 父に 事 ふる も、 心 カを盡 し、 毫 髮 怠 惰 の 

心 な く、 吾 十分 を盡 すな .9、 吾 心 力 已に盡 すなら ば、 聖 賢 も 分外の 事 は 

,cy い * ひ ハ い 、、お rp 2i o 、さ o *o oproo、o*ooooocoo OOO 

實 めさるな, 9 但> 銅 鐵は其 良なる 所 あ も 、又 あ しき 所 あ も、 其 あしき 所 

を鍛釾 して 除き 去, ns 其 良なる 所を存 する 如 く、 吾 > ひ 身 を 練磨して 其 

, ??, - o o o o o c 、、"、、、、、、、、、、、、、、、 、 

分量 を盡 すよ. ON 外な しもし 鉛の 質に て 鐵の用 をな さんと し、 銅 の 質 

にて 黄金の 用 をな さんと すれ ば、 鉛 と 鐵と雜 は も、 銅 と 黄金と 雜は. 9 

贋物と なる、 表裏 の 違 ひ あらで 忠^い 4 ^ ひいい、 お • § Si ^ ^ ^1 い、 

ヒ。- 5c J? 、。、ね、 o £ C5、 o 、g- o o ^ o 0- o 、 ぶ o o o o o o o o o o o 

赤き は 赤く 黑きは 黑く內 よ, CN 外に 至 ftN 、本 よも 末に 至る ま で、 洞 然 と 

oooooooooooo o 〇〇〇〇〇、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 , 

L て 毛 髮の雜 は, CV 無き を 忠信と 云 ふな も, 若 し 鉛の 身に て 鉛の 用 を 

盡 さず 銅の 身に て 銅の 用 を盡さ ず、 怠 慢 する は 忠信の 道に 非 ず、 唯 ふ 口 

い-い r -、 、へ、 、く R " ?, A 9- o o p OOOOOOCO 

も カを盡 すへ し此 工夫 純 熟すれ ば、 誠 の德に 至る ベ し、 (艮 齋 閒話續 上) 

是れ亦 儒 敎に對 する 一 種の 見解と いふ を 得べ し、 彼 れは又 古今 學 術の 

變 遷 を 論じ て、 左 の 如く 言 へ も、 云 く、 

三代 は 姑く 置 き、 兩 漢ょ, CN 李 唐に 至る ま て、 鄭 玄,. 何 晏、 馬 融、 王 肅 等の 註 



にて すまし 置き、 格別の 異同な し、 唐の 孔穎 達、 賈公彥 等 註疏 を 作り、 古 

人の 註 を 主と し、 一 毫 出入 無く、 誤謬の 處も回 護して 置くな."、 此の 如 

くにて は學 問に 精神 無く、 卑陋の 說 多く、 聖人の 蘊奥 は晦 塞す る ゆみ 

趙宋に 至り 劉 原 父 出で 始めて 古. < を辯駁 して 二 家の 言 を 立つ、 歐陽 

永叔、 蘇子瞻 兄弟、 王 介 甫等群 起して、 漢唐諸 儒の 外に 各 } 其 一家の 說を 

成す、 程 子 兄弟 出て 始めて 性 命の 學を唱 へ、 朱 子に 至ら 集大成す、 是れ 

に 因うて 漢 唐の 學風大 に變 ず、 宋末 よら 元 明に 至、 朱 子の 學を 奉じ 

性 命の 說 盛に 行 はる、 然れ ども 學者朱 子の 本意 を 失 ひ、 讀書 のみ を 格 

物と 心得て、 支 離に 流れ、 實行 無き 者 多し と 見えたり、 故に 王 陽 明 出て 

知行 合 一 の說を 揭げ、 其 支 離 蔓衍の 弊を矯 む、 天下 學者 翕然と して 從 

ひ、 盛に 行 はる、 然し 陽 明の 說 はつ まち 宋學 より 出て し 者に て、 朱 ヨ^ 

學と 天地の 異 あるに 非ず、 專ら內 に 求め、 知行 を 合 一 にし、 事物に 就き 

て窮理 せざる 所 は 朱 子と 相違 あれ ども、 や はら 性 命の 學 にて 陸 象 山 

に 本 づきた る 者な, -、 明 末に 至る まて 此學 盛に して 其 流 弊の 甚 しき 

第 四 ii 寬政 以後の 朱 子學派 第 四 草 安積 艮齋 五 四," 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第四窣 安積^ 齋 五 四 r< 

は 朱 子の 學に 過ぎた, 9、 然し 陸 稼 書呂晚 村の 徒 陽 明 を 掊擊し 明の 天 

下 を 滅す者 陽 明の 學と云 ふ は餘, CN 甚 しき 激論に て、 陽 明 自得の 妙 は 

後 學の輕 議 すべき 所に 非 ず、 是 れ 叉 宋 學の ー變な り、 淸 に 至, CS 顧 炎武、 

毛 奇 齡、 朱 彝 尊、 閻 若 據、 胡 渭、 江 永、 萬 斯 同の 徒 起 ら、 效 證 の 學 を 唱 ベ て 學 

S 又 一 變 す、 是 れも 自然の 勢 あるに 似た 6 、朱 子 は 千古の 大儒な れど 

も、 其 學を 奉ず る 宋季以 來の諸 儒 陳北溪 、許 白雲、 饒雙 峰よ 纟蔡 虛齊、 林 

希 元、 呂 晚 村の 徒に 至る ま で、 朱 子 註解の 書に は精詳 とい へど も、 漢 唐 

諸 儒の 註疏 老莊 申韓の 諸子 班 馬已來 の歷史 など は 深く 涉獵 せざる 

と 見え て、 其 著せる 所の 書を讀 む に、 手 近き 出典 玫據を 知ら ず、 强 ひ て 

これ カ說 を爲 し、 往 冷 一 笑 を發 する ともあれ ば、 豪 傑の 士は其 下に 屈 

する を 甘ん せ ず、 更 に 一 赤 幟 を 立てん と 思 ふ も、 一 槩に 無理と 謂 ひ が 

た し、 故 に 顧 炎 武、 閣 若 璩、 毛 奇齢、 朱彝 尊の 徒. 朱 學のカ 及ばざる 所 を 精 

究 し、 考 證 を 主と する も、 自然の 勢に 非ず や、 近世 は玫證 の學又 小變し 

て 爾雅說 文 學を唱 ふ、 惪 楝、 戴 東 原, 段 玉 裁の 徒 其 魁な えき in いい &ぃ 



第 
四 

篇 



寬 
政 
以 
後 

の 

朱 
子 

派 

第 
四 
窣 

安 
積 
艮 
齋 



天 に a 凡 

地。 人 A k 

の 〇 に A 物 

氣 o 語 a 事 

收 O る A は 

藏。 ベ" 

し o 力 ^ 

て。 ら' 
外 〇 や 

へ o 事, 

漏 〇 の. 

れ o 成 

さ、、 〇 る 

る o は 
ゆ o 吾、 

ゑ 尸 精、 

春。 祌、 

に o の、 

至 o 氣、 

bo の、 

萬 o 爲、 
物 o す、 

發。 所、 
生 o な、 

す o り、 

若 o 秋 o 

し。 冬。 

漏 o の 



と 

云 

又 



成' 
る. 

キ永 

に 
て 
も 
成 
い 
難、 
さ、 
も、 
の、 
な、 
い 
油、 
' 斷、 
' す、 

' ベ、 

' か、 
' ら、 

ず、 
且' 



を 
成 
す 

の 
工 

夫 
を 
論 
じ 
て 



洩 o 間 安 



他 

につ 遨。 彼 

非 o は o れ 
-f*o ヂ 〇 [X 
ffo 下 o 其 

く O の0 豁 

天。 公。 大 

下 o 道 c な 
の 〇 な o る 

善 o 5。 見 
を o 學 o 解 

取 o は を 
る o 天 o 述 
ベ 〇 fo へ 
t o の 〇 て 

公 o 

學つ 

な o 

bo 
孔 o 
子 o 

孟。 

子 o 
の o 

得。 
て。 

私 o 
す o 

る 〇 

所 ◦ 



艮 
齋 
閒 
話 
卷 
之 
上 



見 

m 

冷 

る 
學 
派 
の 

爭 
論 
を 
超 
脫 
し 
て 

快 
限 

b 

な 
さ 

の 

感 

あ 
る 
を 



彼 

れ 
が 
古 
今 

'學 
術 
の 



に 
拘 
は 

ら 

ず 

人 
の 

道 
を 
以 
て 

萬 
古 
不 



其 



す 
る 

の 



扶 O 明 3 の O ざ、 至、 
持 o の。 如。 ら、 る、 
し o 變。 く、 〇 し、 ま、 
家 o は o 四 o む、、 で、 
國 o あ o 時 o 是, 二、 
天 〇 れ o 變 〇 れ、 千、 
下。 ど o 化 o も、 餘、 
の o も o す o 亦、 年、 

實〇 日 o れ o 天、 の、 
用 o 月 o ど o 地、 間、 
あ 〇 の o も o 造、 學、 
ら o 光 o 日 o 化、 術、 
ば o に o 月。 の、,、 
•I し o 增 〇 の o —、 變、 
子 o 損 o 光 o 大、 ず、 
の o 無 o は o 戯、 る、 
、意 o し o 萬 o 塲、 四、 
に o 何 o 古 と、 時、 
叶 o れ o 易 o 見、 の、 
ふ。 の o る o え、 蓮、 

學 〇 z° 1z、 轉、 

に o と o ら、、 す、 
て o な o 聖 o る、 
も o し o 人 o 如、 

倫。 風 の く、、 

理 o 雨 o 道 o 人、 
綱 〇 煙 o は o に、 
常 o 雲 o 日 o 倦、 

を o 晦 月' コ ま、 



し。 

艮 
齋 
閒 



卷 
之 
下 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第 四 窣 安積 艮齋 五 五 

,o 力 、〇,、 〇、 9, <2 o つ o o o o o o o ©©@©©©@©@©©@ @ 

すれ は氣 堅から すして 發 生の 功 薄 し、 人 も妄に 漏らす とき は、 氣 薄 う 

g>©®®@®®® 〇o〇o 〇〇〇〇〇〇 ono 

して 成就す る 難 し、 易 に 機 事. 不 .密 則 害 成る と あ み、 (同 上) 

と 云 ひ、 又 誠意の 重んずべき を 論 じ て、 

只 そ 天下の 事、 智 力の 及ばざる 所 あ み、 智 力の み賴 むと^- は、 意 外の 憂 

ある ぺ し亂を 主と するとき は、 天 地 鬼神 も 擁護 し、 人 心 も服從 するな 

®:、:、p, 〇lo め OOOC- o-ooo 〇〇〇〇 o o 〇〇〇 o D o 

ら云云 聖人 は 智力の 賴み 難き を 知 え 誠 を 推 し、 仁 を 施 し、 天 下の 心 を 

^►000 000000000000000 

服す る ゆ ゑ 自然と 背叛 する に 忍びざる 處ぁ .CS 、(艮 齋閒 話卷之 下) 

LC 云 ひ、 又 人は豫 ねて 心に 覺悟 あるべき を 論じて、 

o oooq り 0.01 0,0 000000000000 ooooo 

覺悟 ある 人 は 事變に 臨んで 驚か ず、 覺 悟な き 人 は 狼狽して 度 を 失 か 

な ら、 云 云、 古 人の 書を讀 み、 人 物の 邪 正 得失 を辨 じ、 治 亂與 廢の迹 いき 

、 、、、へ い,^/ ヽ 、 ノノ, ^'oooooooooooooocoo 

る は 皆我覺 悟す る 工夫な み 、道 に 古今な く、 理 に內 外な し、 事 迹は 同じ 

0O00OOO0O0OOO0CO 

か ら ざ れ ど も、 道 理は 一 に歸 するな .ON 、(同 上) 

と 云 ひ、 叉 更に 學 者の 覺悟を 述べて、 

で oo o お わ 00,0000000000000000 

今よ, cs 百年 前 を視れ ば、 古 な ^、今 よも 百年 後 を視れ ば、 今 は古レ おか、 



第 
四 

カ^ 



笕 
政 

後 
の 
朱 
f 



き 
化〕 

推つ 
遷っ 
すつ 

る o 

ち 
亦 3 

好' こ 

し c 



第 
四 
犟 

安 

I 績 

m 上, 



間 
話 



や 

凶つ 
禍) 
福 
種 

ク o 

紛 
し。 

て 

競 
ひつ 
來 

れ o 

ど。 
い 

眞 c 



五 



の 〇 

我 o 
は o 
い。 

Oo 
も。 

自 o 
若 o 
な o 
れ o 

ば。 

其。 



足 

ら 

す'。 

夫つ 

七 c 

尺 

の o 

驅 
落 

ク〇 

天 
地 

の o 

間 
に 
生 

れ 

六 
七 3 

十 o 

年。 

短 o 
夢 o 

の o 

如 o 
さ o 
世 o 

に 〇 



を -J 
試つ も J 
むつ 亦〕 

れ o 好 

ばつ し 

是。禍 つ 

も o 患つ 

亦。 國 

好 o れ o 

し 〇 ば 
力 力 天つ 

く o 命。 

の o に o 



安 
ん 
じ 
心 
を 



如 

く 

看つ 
破 
す 

れ o 勸 o 
ば o か o 

fp]0 さ o 

事 ず o 

も 吾 
好つ 生 

し o 平 o 
憂 o 進。 

ふ 修。 

る 〇 の o 

に 力 



身。 貴。 ば。 

閑つ の o 吾 o 
に J 位 o 心 o 
し o に o の o 

て あ o 持 
心 れ o ち 

の o ば o や 

累。 道。 う 

な o を o に o 
く o 世 o て o 
に o 好 o 

を o ir° し 

鼓 o ふ o と 
し o 樂 o 思 o 
て o み o へ 

書。 あ。 ば: 3 

を o i)Q 往 o 

讀 ひ是 く 

み o れ o 

て も 
―。 ま 

き 〇 JfO 

優 し か。 

遊 o 貧 o ら o 

の 賤っ ざ 
樂 と る 
み な な 
あ れ。 し 

b° W'° 富 Q 



と 
し 
て 
x° 



と o 姿、 

し o な、 
て o き、 

富 o 如、 

貴 o く、 
に o な、 
て o り、 

も o 是 o 

加 o れ 〇 

へ o は o 
ず o 境。 
貧 o 遇 o 
賤 3 に o 
に o て o 

て 〇 外 o 
ち o よ 

損 b° 

せ o 來 o 
ず 〇 る o 
我 @ 者 o 

れ© z° 

に @ れ 〇 

輕@ ば o 

重 @ 具 
は ® の o 

圜 我 
し @ は 

さ ◦ @ 
れ o 若 



凡、 盛 
を、 衰 

人、 榮 
間、 辱 
一、 等 
生、 の 
の、 外 
事、 に 
は、 超 
貧、 然 
富、 た 



と 

云 今 o 
ふ の o 
の 學 o 

類 者 3 

皆 は o 

名 生。 

言 き o 



盛、 

衰、 
榮, 
辱' 
種' 

令 



ら 

さ、、 
る 

へ 

か 
ら 
ざ 
る 



に 
し 
て 

傾 
聽 
を 



化、 意 
す、 を 
る、 論 
ひ じ 
と、 て 
浮、 
雲、 

の、 

定、 



12P 
る o 

古 o 

人。 

な o 
b。 



上 



價 ^ 

す 
る 
に 
足 
る 
ぼ 
れ 
又 
大 
丈 
夫 
は 



窮 



と 

云 さ、'。 

へ る o 



b 



れ 
亦 



と。 
な。 
れ o 
一 ば o 

I 憂、。 

り 患 o 
翁 Ro 
& て o 

i 勺 も。 
吾 少。 

I し o 

b く 
I 安 

5 力、 〇 
こ る 〇 
| ベ o 
く し o 

ノ HI 

I 

I 

I 



上 



の o ば 

大。 ざ 

難 o る、 

に。 者, 
遇 ◦ 此、 
國 國 

し o に、 

事 o 至、 

を。 い 
思 己、 
ふ れ、 
て 9 ―、 

我 Q 尺、 

身 o の、 

と み、 
比 薄、 

較 o 倖、 

すつ と、 
れ' 3 思、 
は' へ、 
古 ば、 
人 憂、 

の o 苦、 

萬 更、 

分 o に、 

— o 深、 
に o し、 

足 古、 
ら 人、 



と 

' 人 o 云 
' 世 o ひ 
k の o 叉 

' 中 憂 

に o 苦 

憂。 患 
苦 難 
患 o に 

難つ 處 

の す 
事 Q る 
あ ェ 
る 〇 夫 
■ を 
盛 論 
衰っ じ 

go て 
然 c 、 

の'。 

狸 o 

な 
ド 
孔、 
顏、 

匸'、 

樂、 

地、 

及、 



第四篇 寬政^ 後の 朱 子舉派 第 四 草 S0 五 S 二 



の 反, 9 て藥 石た る M と を說 破して、 左の 如く 言 へ み、 云 く、 

朋友 講 論の 益は尤 むかお や い〃 い^" おい;;: ^き ふかが にい 

力ざる 者 を 友と し、 自ら 是 とする ま^で^い ま^ 、の、み、 な、 らダ 

今日の 事 屈折に 遇 ひ、 恥辱:^^ い^; ^まき^ 鼢ぃ、虻^ 事 4^ 

通ず ベ L いか 程 も 屈辱に 遇へ ^^^い^"^ い、! ま^: y 矿き 

にも 通じ、 多少の 德 きを 增^ わ^^ V 程-子 の? i Efe & 4 と 云 

ふ は滋. 咏 ある 語な り、 古人の 句に と 

あえ 人 は 屈辱に 遇 ふは^ rl&^s4-^、 の: H 、は、 屈、 8、 にぎ、 ふ:/ と; - 



いま^ ts^vrH お? ぶ 

,い お ぉ1 い I に 流れ 易: H 口: 

、 、 、 、 ?、、 .L^np いひ" まし、 新 井 白 石の 言に 總 身に 耻犹出 

才力 ある 人 も 道 藝長 進す る こと 亲-プ trv 

^ひ いだ^^^ま 打と あり 、(同上) 、 

是れ 蓋し 彼れ が i 中に 於て S 得する 所な え、 詩 S いて は 彼れ^ 

の 如く 論ぜ り、 云 く - 「つ 3300000 0、 oo 

£酢£ おき の 心に 叶 はんと 5 て 

雷の 韋蘇 州の 詩 風を擬 し、 其悅を 得ん と 思 ひ、 數首を 作らて 示され プ 

,4 蘇 州 賞せ ず、 因って 平生 f し 詩 S ず、 

^いや^^ ^^かやい^か^^^ を悅 ばし めんと すれば 

£n ま 、と誡め-れた ま 

つ o o o o o o c o o お ^ ,o 、ひ £ が. ^びぎ めら れんと 思 ひ 

らん、 早 も 吾 胸懐よ, i 出す^ ^^り^?。" o £ お 

^^^^^^^一^^^お や、^ かき 步を 失う に 至る 人 



第四篇 %玫 以後の 朱 子學派 第 四^ 



五 五一 一一 



第四篇 莧 政お 後の 朱 子學派 第四窣 安積 艮齋 五 五 四 

春 好 惡に拘 はらず、 我 !• か 一^、 安永の 頃 藤村撿 校と 

云 ふ瞽師 あら、 每に 人に 語, し は 人の 前にて 三絃 を彈く に、 其 座 の 聽 

く 人に 色々 の 心 あれ ば、 面 白く 彈 いて 譽めら れんと する に、 かなたの 

人の 心に 叶へば ピな たの 人の 心に 叶 はず 、か^^い ケ いきん^^;, 

玉 ふ 前にても, 我 持 前の 器量、 一 ^、い、 に It 、い 、て、 kir の、 人、 に、 聽、 か、 せ、 んど 

思 はず、 唯 > 神明 へ 奉納す るな もと 心得て 彈く か" と 語られし は、 眞實 

の 心に て、 名手の 譽、 世に 高 かう しも 宜 ならず や、^^^^ ひい^^, 

お,^ K^ss^ ずき^, おや 

養の 言 も 聖人 は 詢^; J^b^t^ ま: <^ ずかい:. や、 一 ャ、 の^; 4^ ハ^ 

金^と 化する こと も 有るべし、 其 人に あいざ^ すま だ、 の ひ^^ V 鲈 

耳 東風なる ベ し、 (良 齋 閒話續 下) 

誠に 名論と 謂 ふべ し、 宇 宙 及び 實在 等に 關 して は 彼れ に 就 いて 可 等の 

聽 くべき ものな しと 雖 も、 人 生に 於け る 安心立命の 工夫に 至み て は、 趣 

&の 掬す へ &も の、 多 々之 ある を 知るべきな, o、 



第五 章 元 田 東 野 

元 田 東 野、 名 は 永孚、 通稱は 三左衞 門, 5 は其號 なり、 熊 本の 人、 嘗て 橫井 

ト楠を 師友と して、 其 感化 を受 く、 明治 四 年 五月 侍講と なり、 ® 天子の 失 

遇 を 辱う し、 宮廷に 出入す る もの 、實に 二十 年、 明治 廿四年 一月 を 以て 狡 

す、 享^ 七十 四、 著 はす 所經筵 進講 錄 一 卷 あり、 是れ 最も 名 敎に關 係 ある 

もの、 其 他 SS 、幼 sit 彼れ = 曰 M 

ま 之 S 六十 年來 霊醫以 

厶厶厶 

fe 得, 之、 

おれこ 由, 9 て 其 人物 性行 を 察すべきな. 5 

束 野が 其 I せる 所 を 斷片的 S 表 5 t の、 大 2 後人の I す 

ベき 金玉の 如き 格言 I せう、 今 左に 其 最も 佳なる もの 墓 けんに 

第四篇 寬政ね 後の 朱 子學派 第五 草 元 田 東^ 五 五 3 



^-^-x. ^^-^-s^v ^^^r^s^V-s 



識 o 
大 o 

則 o 
母。 

弘 o 七 

量 o 
弘 o 

則 o 

德 o 

3S° 



燹 o 
之 o 
一。 

念 o 
So 六 

き 

天 o 
地 o 



唯。 

So 

愛 o 
之 o 
— o 五 
i&o 
推 o 
持 o 
去 o 



潑 o 唯 o 

無 o 愛 o 

窮 o 之 o 
— o 

や 

ま。 

頭 o 

き 
尾、 ◦ 
無、。 

所 o 
不。 

懇 o 
到 o 
剛 o 

斷 o 

勇 o 
决 o 
皆 o 
自 o 



之。 

一。 

念 
き 

出 o 

來っ 
而0 

活 o 



四 



循。 

々o 

說 o 
出 o 
至 o 

其 o 

立 〇 



臣 o 

之。 

諫 o 
君 o 

耍。 

愛 o 
勝 o 



言 〇 方/ So 
則 'o 敬。 
唯 o 故 o 

欲 當 o 

理っ 諫 o 



之 o 
明 o 
白 o 

耳。 



奏 o 

之。 

時 o 

先。 



不 o 以 o 

毫 吾 

有 愛 Q 



成 
敗 
之 
見 



心 o 

洒 o 
到 o 

於 o 
君 o 

心 o 

愛。 

至 o 

き 



臣 o 

之 o 

事。 

君、。 

不。 

見 o 

君 o 

之 o 
明 o 
暗 o 
賢 o 
否 o 
唯 o 

盡 o 
誡 o 
而 o 
已 o 



第 



寬 

政 
以 

後 
の 

朱 
子 

學 
派 

第 
五 
窣 

元 

田 
東 
野 



五 
五 

^1- 



—ゝ へ〜 



S 言 ふ 吾れ 綱 も l^fl^f ^の!^ 

^由る と、。 人。 臣。 はてに 。气忠 。な S 。し? 他 

iss??"u:K£ い"" ぶ? mf? 

I, や ま illlrrr 、只に し? 

ま? i き ま 成否 進 n 

1^ ま £1 ま y ざるが 如:、?? ur?" 

,M 1 A A A A A A A' A > ^ ,^ ? A ^ ノ ひ 4^ こ^: > ひ に 反 る, 多 年 

^i^h きさず、 愛 心 を 以て, を獻す 然して 後 直 is ..• 

な厶厶 △ 厶 ム厶、 

の 間 此の 如くす 

j 。 o 9?? o ノ^^ l^^3t や。 ノ、 &ln^l^s>s 

人臣 は 陽な, -、 功 を 貴 はずして 忠を 主と す、 へ:^ or。 



"ョき i ま" ま ョぶョ yfj; 

。寡 い S お 至え 直ちに 忠義" 

第四篇 1 政 以後の 朱 子學派 第 S 寧 元 田 東^ 五 五," 



〜" * r-^- -^--^v^^^ 



し o に 

、 白 

直 
な 
ら 
ん 
と, 
欲, 
す, 
る、 
は、 
私、 

を、 
免、 
れ、 
ず、 

只 o 

愛 直" 
心 最, 

の o も、 

切 o 好、 
な o し、 
れ o と、 

は o い、 

自。 へ、 

か o ど、 
ち0 も、 

好 o 僅、 



, 人力 

' 臣 a 
' は A 

' 當 A 
に A 
白 A 

直 A 

な A 
る A 
ベ A 
し ^ 
と 
朱 
子 

へ 

b 

白、 



十 



別 o は、 o き o ; Jo ら 中 る 道 

し 〇 二 〇 は 〇 f) o す、 〇 の o 乙つ 理 

て、 な 私 道。 父、。 事。 と。 に。 

君 が o 意 o 理 o は o は o あ は 
上 o ら o な。 と ザ . 君 り 秘 o 

に o 義 o ^ o 事。 の。 前。 蓋 o す o 
事 o 理 o と o と。 爲 に し ベ 

へ を し を o め o 言 o 道 o A 
さ、 洞 或 o 分 o に o ふ o p 乙 c 
れ 見 o は。 別 〇 隱 o ベ。 は と c 
は o せ o 機 o せ し 力め 天 な c 

或 o さ、 'o 事 o ず 〇 子 ら 下 〇 し 〇 

は 〇 る o 洩 o し o は。 ず o 公 事、 

私 過 す て o 父 o 朝 o dtfco に 
意 〇 ち。 ベ o 妄。 の 廷 底 は 

に な 力, 〇 に。 爲 o の o の 秘 o 
陷 る ら 天 o め o 機 o も O す o 
b ° 人 ず。 下 o 、 :o 事 o の o ベ 
或 臣 と に o 力、。 は o 一ぎ 〇 き 
は 〇 は o し o 秘 o く 。 父 o に o 乙 

機 O 乙 O て。 す。 す。 子。 -> I 

事 o の o — o ベ o 是、 の ^ あ 

を 道 3 槪 c ' き。 れ o 間 o 秘〇 
洩 o 理 o に o 事 事 に す。 禾グ: つ 

す o と o 秘 o な の も。 ベ す 
罪 爭 密 o し o 秘 o 言 o け o ベ o 

に と に。 秘。 す。 ふ。 ん 力、 
陷 o を o す す。 ベ ベ や 

る :-' 分 る ベつ き o 力、。 閨、。 さ、、 



十 



〇 



bo 



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さ。 

ん o 

と o 
す o 
る o 
は o 
皆 o 

是 o 



政 
お' 

の 

歩 

れ。 m 

詐 o 派 

僞 
な 
bo 

人 

臣 

豈 

に 〇 



僞 
を。 
用 

ふ 5 

ベ A 
け o 

ん 
や 



ら o 



第 

四 



莧 
欧 
以 
後 

の 

朱 

子 
學 
派 

第 

五 
窣 

元 
田 
東 
野 



五 
五 
九 



十 
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せ 


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の 


る 


大 


異 


を 


本 


端 


得 


達 


俗 


ざ 


道 


儒 


る 


の 


訓 


な 


學 


詁 


b 


に 



の。 
所 o 
謂 o 

學。 

は o 

至 

中。 

至 o 

正 o 
の o 



の 



に, 
敎, 
ふ' 
る' 
只 
此 
の 



の 



に 

非 
ざ 
る 

は 
な 

い 一、 

大 o 然 o 字、 

本 〇 る〇 に、 

達 o に o て、 
道 o 學 o 論、 
に' つ に o 語、 
し o 正 o 開、 
て o あ o 卷、 
修 o り o 學、 
身 偏 o 而、 

平 あ o 時、 
天 o り 〇 習、 

下 大 o 之、 

の o 小 o と、 

道 本。 云、 

德 末 o ふ、、 

學 あ —、 

な り o 言、 

b ° 孔 o —" 

當 子 o 行' 



下。 
亂。 
る 
人。 

間 o 
天 o 

下 〇 



き 
愚つ 

と o 
な o 

る o 
此 o 
の o 
萬つ 學 o 
事 o 明 o 
の 〇 力、 o 

成 な 〇 
敗。 れ 

只 ば o 

此 天 o 

mo 



を 

す 
者 
な 

6 



の 〇 

明 
暗 
に 

あ 。 

な o 

の。 
み。 

故、 

に、 
孔、 
子、 
の、 

人、 



下 o 
平。 

か。 

に o 

此 o 
の o 

學 o 

明。 
力)。 
な 
らっ 

さ で 

れ。 

ば 

天 o 



け o 爲 

れ o し 

ば o 終 
其 o ら 

の 〇 
天 o 

職 

を。 

失 o 
ふ o 

此 Q 故 

の o に 

學〇 此 o 
達 o の 〇 
す O 學 

れ あ 

は '。 れ 

聖。 ば 

KP 其。 

と。 天。 

な o 

b° 

此 



時 

凡 習 
k 之 
人 不 
天 亦 
地 說 
の 乎 
間 の 
に 章 

生 ?: 
れ 講 
自 じ 



天 
子 
至 
庶 
人 
畢 
生 

の 



達つ 
せ 

れ 

ば 



職。 

.を 

全 
ラ 
す 
此 

の o 
學 o 

な 



此 

の 

學 

の 

始 
め 
を 



て 
曰 



る 經 

其 筵 

中 進 
彼 講 
れ 錄 
が は 
學 東 
說 野 



の 

斑 
を 
窺 
ふ 
に 
足 
る 
も 
の 

あ 

b 

論 

BP 

開 
卷 
第 

の 
學 
而 



が 
聖 
天 
子 
に 
進 
講 
せ 
し 
所 
に 
し 
て 

書 
院 

の 

發 

行 
に 

係 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第五 窣 元 田 東 野 五六 〇 

文詞の 學、 佛 法、 耶 蘇 敎、 西 洋 百科の 學、 皆 一 偏 一派の 學 にして. 孔子の 所 

,謂 學に非 ず、 旦 っ當 世に て、 支 那 の文學 を學 ぶを槪 して 漢學 と稱し て、 

孔子の 學を爲 す 者 も 同 一 視: す と 雖 も、 是 れ亦大 に 分析せ ざ る を 得ず、 

漢學と 云 ふ は、 支 那の歷 史、 古 今の 制度 文物 を 知 ,0 /漢 文 漢語に 通ず る 

> 1 I. ,0 00〇〇〇〇〇〇〇〇0〇〇〇〇〇〇〇0〇〇〇0 

の文學 な, 9 孔子の 學 は、 我 德性 を盡 し、 眞 理に達 し, 天 下に 大道 を 行" 

^-^ 00 0*0 0000 oooooooooooo D 3 3 D D 

の學 なる 故に、 支那に て 云へば、 堯舜 の^ ^孟|, 拳 踟 V お | 

P. .〇 ?、 VO 、 •〇, ^ o o o,o o o r 〇 o o o C o o 

にて 云 へ は 我 神 S の 道、 我 道 德學と 云 ふ ベ き な ft /又 國學 神道と 云 ふ 

も、 古 典故 事を考 證 し、 敬 神 尊王 を 主と すと 雖 も、 多 く は 一 偏に 局して、 

先皇の 至德 大道 を實踐 する に 足ら ざれ ば. 我 神聖の 道. 孔 子の 學と同 

* o lo o o o o o oooooooooo-ooooo o o 

じ 力らず 抑 > 孔 子の 學は我 本然 天 良の 心性 を發覺 し、 人 倫 日用の 道 を 

.s」 o 、,9、 ,9., ^ .9. 〇 o o ,o 〇 o o o o o o o o o o o o o o o o o 

盡 して 天理の 極に 達し、 身 を 修めて、 以て 天下 を 早 かにす^^^, が 

,9、 其 人 と 爲ら、 周 靈 王 の 末、 魯 襄 公二 十二 年に 生れ、 生 知の 資を以 て、 篤 

く 聖 人の 學を 好み 人道 を盡 して、 天理に 達 し、 剛 健 中正、 純粹 明快の 德 

を備 へ、 天の 四時 あるが 如く、 一 毫の偏 倚な く、 堯 舜以來 の 大道 を 祖述 



笕 

政 
ふュ 

後 

の 

朱 
子 

派 

第 
五 

寧 

元 
田 

東 



五 



藝 o し 

は 〇 力、 
益' つ ら 

々o ず 

開 O 風 A 

明 o 浴 ^ 
し o 善厶 
て o 良 A 

人 な A 

心 o ら a 
は o ず > 

益。 利 A 

々o をム 

狡 O 貪 A 

fMo む 

な o ■ 
る o ,ひ 

者つ 爭 A 

皆 〇 XM 
學 3 其" 
路 o 害 a 
中 〇 一 A 

正。 に A 
な。 い 

ら o や 

ざ。 足, 
る c、 ら Z 
の すリ 

致 學 ( 



術 

權 
m 
互 

に 
相 
軋 
し 



し に 

く 法 
是 ^ 
れ を 
皆 說 
古 い 
來 て 
の 內' 
學行或 

弊 修 は 
現 A ま 高 
今 A ら 妙 
西 A ず の 

洋 A 或 理 

自 A は を 
ら" 文說 
文 A 辭 て 
明 A 技 人 
國& 藝偷 
と A の 曰 

誇 A 末 用 

る A に の 

も A 馳 道 
其 A せ に 

賓么 て 背 
は A 實 き、 
心 A 用 或 

術 △ に は 

正 A 乏 口 



る 倫、 
處 に、 
の 悖、 

異 !>、 

端 身、 
俗 修、 
學 ま、 
に ら、 

於 ず、 
て 家、 
は 齊、 
外 は、 

t ず、 
義 し、 



な、 定、 
い ま、 
と、 い 
維、 た、 
い る、 
孔、 後、 
子、 は、 
の、 法, 
學、 律' 

を、 經' 
後、 濟' 
に、 等 



處 
な 

近 

西 

洋 

の 
理 



を 

假 

b 

て 
內 
詐 
力 
を 
尊 
ら 
に 
し 
或 

は 

智 



て、 
國、 
治、 

^ヽ 

ら、 

る、 
な、 
ら、 

他 

刖 

に 

ず 



す, 
る, 
時, 
は' 



西, 
洋 

の' 
科 



极、 學, 

本、 5:, 
立、 も、 
か 學, 
ず、 ひ:, 
ぁ、 

に、 見' 
道、 を' 
德、 博 
を、 す 
損、 る 
し、 は 
人、 可 



內 o 雖 

古 も、 

今 o 皆 
の o 其 
— o 全 
人 o 體 

萬 大 
世 o 用 
の o を 
師 o 備 學 
と o へ、 修 
云 o — o 身 

ふつ 本 學 

可 o を。 法 
し o 以 o 律 
故、 て o 政 
に、 萬 o 治 
' 孔 殊 o 經 
' 子、 を o 濟 
» の、 貫 o の 
• 學、 く o 學 
' を、 に o 等 
• 學 、至 o 其 

つ。 精 

て o 綳 

は。 t 

實 o 說 
に。 ^ 
宇 o と 



國 
を 
治 
む 
る 
の 



し 
易 

を 
演 

ベ 

詩 



び' 
て、' 

本' 
巳 
に 



道 書 
は を 
此 测 
論 (> 
語 禮 
と 學 
大 を 
學 修 
中 め、 
庸 卷 

M 秋 
傳 を 
等 作 

の b 
書 其 
に 學 
具 問 
載 德 
し 行 
て 人 
漏 を 
る 敎 



第 g; 篇 ^政 以後の 朱 子學派 第五 窣 元 田 東 野 五六 二 

00*0000000000 、 、 ^ 、 > 、 、 、 、 、 、 

す 處其大 害 を 見る ベ きな ら 、今 日 苟も 學を爲 す、 始 めにあ 久ぁ H し 

後を審ぃゃ;0ゃ、?^ゃゃ、&|^&&&、§(&£^^^节が^ま^ 

, ^や 駟 s、sp 。の § 子^^,。 よい^^ 。し、 

人生 莴事を 擧げて 悉く 之 を 學に歸 し、 學と 云へば 悉く 之 を 孔子に 歸す 

其 論 固よ. 9 未だ 公平なら ざる 所 あ ft- と 雖 も、 儒 者 の 言 として 之 を 見 a 

ば、 亦 麻 姑 痒 處を搔 くの 快な しとせ ざるな 夂 彼れ 又 「君子 務^、 本 立而 道 

生、 孝 弟 也 者、 其 爲, 仁 之 本歟〕 の 章 を 講じて 曰く、 

方今 文明 曰に 進み、 事業 大に 開く、 人 或は 臣に 向って 論ずる 者 あり も 

汽&。 之 用、 瞬 M ^ £ £ き; き か 一 ^ IT き ^ ^ $ き £ きき^ ^ 

律 精 密、 經 濟 博 大、 凡 ゆ ^ ^ き、 44£ f k AGIXl £ f 气 ふお 

事,, 父 兄-愛 义 之 事、 抑 亦 狹隘而 已、 何 き ききと、 維 新 B 來 朝野の 論、 

皆な 此の 如 し ■ 蓋 し 歐洲の 文明 を 耳 聞目擊 する 者、 其 の 事業の 末にの 

4 瞑 眩して 本に 反る rj と を 知らざる な ち、か ひ^ おいき 

末の 大な 6 ん M とい^い めい;;^ ふ^わい、 I4^^IJ§ お^いい 



g 誠 i§s きま E まま m 

き お i ^や として 

^^^お ST?^ ^^、苟も 孝弟の 本立て 末に 及べば、 則ち 天下の 大な 

る も、 家家 孝弟の 風に 靡き、 國々 忠純の 俗に 化し、 法律の 精密 は、 生 を 好 

むの 至ら、 刑 は 以て 刑 無き に 期し、 經濟の 博大 は、 忠恕の 道、^ 矩の極 人 

ふ 其の 分 願 を 得て、 家 給,.、 人足る に 至ら、 汽船 鐵 道の 便 は、 四方 相 通じ、 

內外 交易し、 父子 隔 居の 恨 無く、 上下 睽 離の 患な くして、 凡べ ての 政お 

其 精細 文明 を 極む るに 至る ほど、 皆 孝弟 仁愛の 性情の 流 注す る 

非ざる はなし、 是れ 則ち 其 本 を務 めて、 其 末 ml は 1 る 所^^ 

S や 5 おやき 。に此 孝弟に 在る に 非 4" 

S いま &ま ひ s〈:s;"?l 天下 治 

^い^^^^ い"^ や 言 ふに 足らざる なり、 故に 人 

として 智能 あら、 才力 ある は、 最も 重んずべ く、 國 として 富强 とい ひ、 開 

第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第五 窣 元 田 東 野 五. ^一一 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第五 莩 元 田 東 野 五六 四 

I 、, -、, ODOOOOOOOOOOOOC 

明と いふ は 素よ 6i 貝ぶ 所と 雖 も、 然 れ ど も、 智 能 才 刀 の 人、 其 心 孝弟な 

o ,0 000 0/0 0000000000000000000000 

ら ざるよ ,CN 、、ゼ す 爭鬪橫 逆 を 免れ ず、 富 强 開明の 國、 其 風俗 仁讓 なら ざ 

ooo oooo.o 〇〇o 〇 ooo〇o〇〇〇〇 〇 〇〇〇〇〇〇 O 

るよ, 5 動もすれば 掠奪 競爭 の. 患 あ う、 是 を 以て 天下 古 今、 治 日 は 常に 

po〇〇 o o〇〇〇〇o 〇o〇ooo〇〇oo〇〇oco〇〇o 

少 くして 爵曰は 常に 多く 其 本 を 論ずれ ば, 人 皆 智能 才力 を 崇 び、 國 皆 

o〇〇o〇〇o〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 

富强 開明に 走 も、 其 不孝 不順、 一 念の 愆 ,9、 遂 に 天下の 亂 となる 者な. ftv、 

p〇〇〇p〇〇o〇〇〇ooooooo 〇〇〇〇〇〇〇 OCOO 

唯; 孝弟の 人 其 心 到底 和 順にして、 天地 飜覆 すと 雖も、 悖 逆 爭亂 の 事 を 

po〇、〇oooo 〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 oooo〇〇〇oo〇 〇 

爲 さす 故に 苟 くも 治平 を 欲せん か、 天 下の 人 をし て、 悉 く 孝弟の 德を 

l^o pp oooo opooo〇ooco〇o ooooooooo 

知る 智能 才力 あるの 人々 も、 皆 孝弟の 本 を務 め、 富 强 開明の 國 も、 皆 仁 

^e^oooooooooooooooooo ooooooooo 

讓の 道に 由ら し め、 萬 事此 孝弟 仁讓 上よ も發 出し 东 ら ば、 天 下 古 今、 常 

0^*000 00 0000 0000 o〇〇〇〇〇〇〇〇o〇o 

に 治らて^ I て亂 ある 乙と を 知らざる に 至る 可 し、 故 に 天下の 治平な 

〇〇〇ooo〇oo〇o〇o〇〇〇〇〇〇 

らん rJ と を 欲せば、 一 つの 孝弟の 德 あるの み、 

彼れ が 孝弟 を 以て 名敎の 大根 本と な し、 是 れを 骨子と なせる 儒 敎の廢 

す ベ からざる を 示す 處、 大 に 其 手腕 を 見る ベ し、 彼 れ叉 更に 仁の 義を * 

じて 左 の 如く 言 へ も、 曰 く、 



其 o 保つ 塵 o 躓。 ©o す。 'Wo 
親 o つ o も o い o な o る 〇 衆、。 

近 〇 其、 眼 て る に き 

な o 働 ご に o > [到 o も o 若 o 舜 o 
る 〇 き o 入〇 れ o 膚。 力、。 其 
よ o 到 o ら 〇 ん o を o ず o 猶。 
1)0 ら o ん。 と o 刺 o 今 o 

先 〇 さで と o す。 せ 一 諸 
づ。 る o す o れ o ば。 縷' つ と 〇 
父 〇 所 o れ o ば 〇 忽 o の o 
母 〇 な o ば 〇 忽 ち 髮 ふ 
を〇 し o 睫つ ち 痛 o も 如 3 
愛 o お。 を o 手。 楚 之 く、 

し o 滿 o 塞 を を を 故 
奢、 〇 腔 o い o 以 o 覺。 拔。 に 〇 

子 o の o て *o て o ゆ o 力、 〇 尤 

を o 愛 o 之 o 面、。 是 o ん。 づ〇 

愛。 心 o を o 膚 れ 〇 と' 近 

し。 己、 o 拒 o の、) 愛 す く 。 
だ o れ o く、 土 o 心 れ o 舊 つ 
弟つ に。 甚 o 石。 の ば を 

に o 發。. れ。 に。 惻 o m。 取 

辛 〇 し 皆つ 觸 1 旦 身 ^〇 

f)0 て。 な 3 る o す o 股:) 諸 〇 
其 ;o 人 o 愛 い る。 栗つ れ o 
尊 〇 に o 心。 ? L つ 所 〔) す、 o を 

敬 o 及 o の。 扞。 なつ 一 身 

す o ぶ 身 つ ぐ り 針 に 

る ◦ や。 を。 s° のつ 驗。 



む o 呼 o の o 由 o に O 海0 ^0 
る 〇 一 o — o て o 由 o を o し o 
と 〇 吸 〇 身 o 生つ て c 包 仁 〇 

き o 悉 o も o 殖っ 照 ^° の 
は 〇 く o 亦 o し o 明 o し o 理 o 
終 o 仁 o 此 o 宇 o し o て 〇 は o 
に。 の o 仁 o 宙 o 山 猶 生 

之 o 發っ 德 o 間 o 川 ほ 々 
を o 揮 o 中 o — o 草 o 盡 o 不 o 
己 o に o よ o 物 o 木0 く o 息、 o 
木 1〇 まき 〇 ら 〇 も o も o る 〇 只 ひ 
に 〇 ざ o 孕'〕 仁 〇 之 Zo だ o 
有 る o 生 o 德 に と 萣 
す は o し の 由 な れ 

る な。 來 支 て し、 一 

Z° し o ら 配 峙 天 個 
と 8 お o て 。す o 流 o 地 の o 

能 o れ o 天 る o 蕃 も 愛、 
は o ど o 地 所 茂 之 允 
ず '〇 も o の o に o し o に o 滿つ 
? Lo 徒。 間 o 非 o 人。 由 D し。 
子 〇 に o に o ざ o 物 o て o て 〇 

の G に O 居 る 鳥 剖 渗 

\fp 之 。る o は o 獸。 判 c ' 漏 

施つ を 二 o Z ひ し、 c な o 
i^o 高 o 動 c し o 蟲つ |3 o く、 o 
go 遠 o —o 吾つ もつ 月 o 六 o 

M〇 に (つ 靜 カ^ 之 も 合 

能つ 求 o — o 此 o に o 之 G 四 o 



ms: 篇 寬玫 以後の 朱子^ 派 第五 窣 元 田 束 野 五六 3 



に、 翁、 




の 


彼 


ソ 


大、 醻、 


を ® 凡 © 國 


れ 


て 


和、 滔、 


養 ® を ® 


民 


か' 


は 


魂、 々、 


成 ® 敎@ 


的 


如 




の、 と、 


す @ 育 @ 


な 


さ 


し 


養、 し、 


る ® は © 


ら 


は 


て 


成、 て、 


を ® 本 @ 


ざ 


粹。 


仁 


を、 洋、 


主き 國© 


る 


然。 


齋 


說、 學、 


m @ 人 ® 


ベ 


た o 益 


く、 に、 


と © を © か 


る o 軒 


眞、 心、 


せ ® 養 ® 


ら 


儒 o 




に、 醇、 


ざ © 成 @ 


ざ 


敎 o 


巢 


中、 す、 


れ@ す ほ 


る 


の o 等 


流、 る、 


は, る ® 




代 o 


の 


砥、 の、 


敎© を @ 


と 


衣。 


下 


柱、 秋、 


育 © 主 @ 


を 


者 o 


に 


の、 に、 


は ® JU® 




と 




鸛、 際、 


無 @ す ® 破 


い 


ら 


あ、 し、 


さ © 曰 (§) 


し 


ふ 


ず 


る、 天、 


に © 本 @ 


て 




此 


を、 涯、 


し @ 國@ 


曰 


得 


れ 


知、 孤、 


か ® 顯 


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ベ 


に 


る、 鶴、 


ぞ© ザ © 


さ 


由 


ベ、 の、 


は ® 




な 


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き、 如、 


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b 


て 


な、 く、 


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之 


夂、 獨、 


人 © 




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を 


彼 i> 、 


の ® 




X 


觀 


れ 高、 


魂 ® 




敎 


れ 


は 聲、 


性 © 




育 


ば 



彼 

れ 外 o 始 o ず o な o 親 よ 
力; 上つ め 〇 人 O §0 疎 o も o 
玆 下、 c は o 君 o 故 o 本 o 君 o 辯 
に 悉。 只。 大。 に。 ^。 上 o | 
仁 く o — o 人 o 匹 o 前 o を o 
愛 此 o 滴 o も o 夫0 後 o 愛 o 寬 
の 愛 o の o 此 o 匹 o の o し g 
普 心 o 愛 o 仁 o 婦。 等 國、 | 
遍 を。 心 o を。 も o 差 o 家 o 朱 
的 以 惻 o 離 o 此 o あ o を o | 
性 て 然 o れ o 仁0 》o 愛 o 派 
質 旺 c 靄 o て o あ o と ◦ し 〇 第 
を 溺 き 天 o ら o 雖 o 天 o 豪 
說 覆 o と o 下 o ざ o も。 下 一 
い '隔 〇 發 o を o jjxo 只 o 衆 〇 田 

て、 す。 し。 保。 ば。 一。 民 囊 

能 る て o ち。 身 o 個 o に o 
く に o 其 o 衆 o 修 の o 及 o 
其 至。 極 o 民 o ら o 仁 o び o 
肯 も 點っ i'o ず o 愛 o 鳥 o 
綮 て を 治 — o 貫 o 獸 o 
を 猶 o 云。 む o 家 o 穿 器 〇 

得 ほ 3 へ る o を。 し o 物 〇 五 

る 足 G ば 乙。 保 C て に ^ 

の ら 宇 と o つ o 漏 o 及 
一 ず o 內 o 能 o 乙 ◦ ら び 

點 と 古 'つ は o と o さ o 其 
に す o 今 o ず O 能 O さ、 'o 大 
至 內 o 其 o は o る ,J、 



又德を 廣義に 解して 智を 含有す る ものと なし、 論じて 曰く 〜 、|„ 

當世、 智と德 と を 分ち て 智育德 育と 云 ふ、 文明 論に は 智の區 域 は廣大 

にして? なく、 德 の範圜 は狹少 にして^,: 

意 を? 2* の t き IAS ぶゆ^ 

二 as ま ぷ、; 3。 て^? れた 

此&の 如き、 之 を 今 B の偷理 學に徵 する も、 亦 否定す る を 得ざる 所な り 

何:; となれば、 SS 歩に 資する 所の 一 切 ss、ls 中に 屬 

する もの S ば?、 彼れ 5 生 SII を 我 神道に 附會 して 巧 

こ說 去れり、 其 用意の 决 して 尋 凡なら ざる もの ある を 知るべきな ク . 



ほ四篇 の擎 S ■ 寧 元 田 i 



1m 寛玫 以後の 朱 子學派 第六窣 中 衬敬宇 五」、 八 

第 六 章 中 村 敬 宇 

中 村 敬 宇、 名 は 正直、 敬 輔と稱 す、 敬 宇 は其號 なら、 江^の 人, 佐 藤 一 齋に學 

ぶ、 慶應ニ 年英國 に留學 し、 明治 元年 歸 朝し、 東 京大 學敎授 となる、 明治 廿 

四 年 六月 七日 を P 二し 病歿す、 享年 六十、 著 はす 所 敬 宇 文集 及び 演說集 等 

あ,^ 外に 叉西國 立志 編、 西洋 品行 論 等の 譯書 あみ、 一 時大に 世に 行 はる 

其 事蹟 は 自叙 千 字 文 及び 東京 學士會 院雜誌 〔第 十二 編 之 五〕 等に 詳なぇ 

先生 は 純然たる 朱 f;p4 ,か^き I かや^い^^ む、 き^ 4^^^^ 

屬 する 人た る は 疑 ふべ からず、 故に 遂に 此に 附载 する こと k せ^、 

先生 嘗て 愛敬 歌 を 作, ON て 子弟 を戒 む、 云 く. 

致,, 愛 敬; 盡,, 愛 敬; 順 境 何 足 レ言 、逆 境 ヌ鍊レ 性、 使藥 非-頑 靄; 何 見舜德 盛、 使き 君 非- 

般 紂; 何. 見 三 仁 行、 西 聖 S 剌底、 其 妻 性 頑 硬、 拂 k 動 輙 怒. 萬 事 悖,, 命 ^他 人 

I 婦-、 其 必 聽 s § f 磨 £ £ き M き £ き; & 

Mss&^f^^ 4 やき i が 1 き、 き f & & 、き I! ま f 



一 【 i £ 1 一 ^ か f i; &き & ^ ままお & ^ S 且 似-鍵 S 執 合 1 

柄、 能 懷„柔 贰; 能 馴 -化 梟 镜 (構 レ兵 息- 秦 楚ー交 惡 和" 周 鄯四 海 可- 一 家 (六 合 可- 

同性; ケ妒 やや k f k だ^^ f f ぉ互詬 病、 至-邦 國 交 際 ハ耑 ^ 

兵 力, 蔬、 妖 氛 滿, 神 州; 何 時 得-洗 淨^ & 盡 fev 親、 德 敎 四海 亘、 千 年 口 徒訂今 

S き; ? お ^ & ^ & ^ , き. 勿。 怠 忽; 宜" 敬 聽; 此 

1 一 字 神 攸, 命 

先生 晚年カ を 文 藝に用 ひ、 義理に 關 する 理論的 研究 を 務めず、 故に 一 家 

の學說 として 後世に 傳 ふべき もの 殆んど あるな し、 然れ ども f 

如い i,i ^^いや § ふ & い、^^^ 。る^^〃。 の酽 和^ら、 故に 其 

\ ^^き^ レ や 例へば 、古今東西 一 致 道 德の說 、堪 ^ 

\ 世界の 說, S れ s I) 我 は 造物主 ある を 信ず、 德福 合一 の說 (1^ 舰生 

一 演 3 の 如き、 是 A なち、 今 左に 德福合 一の 說を 擧げ、 以て 先生 得道の 一 a 

) 集/ 

一 を 示さん、 

一 道 德學は 人生 を 福祉に 導く 所以の 者な り、 禍を 消し 福を增 さしむ る 

第 四^ 寬玫 以後の 朱子^. 派 第六窣 中 衬敬宇 五六 九 



寬政 以後の 朱 子 ゆ 派 第 六 草 中 衬敬宇 五 七 〇 

者 な Ayx をして 日用 當然の 道 を 先づ 知らて 而 して 後に 行 ふこと を 

得せし め、 情 感 慾 念 を 節 適して 中正 を 得せし め、 戒 愼恐圈 の 心 を 崇 う 

して、 放 僻 邪 肆の念 を 生ぜ ざら しめ、 叉 少年の 心 を 養 ひ、 艱 難の 事業に 

耐へ、 或は 心 思 或は 身 體のカ を 用 ひて 1 天賦の 職分に 勉强從 事せ しむ 

る 者な 夂故 に此學 の指敎 する 所に 從 ひ、 勉 めて 道ぎ を^へ ^、ぎ ぎ 、隨 

つて 來る こと、 猶ほ 影の 形に 隨 ハ^^い^ ひ, や い、 き レ ^ § き ,、ひ が 

二者 相 S る 可 力ら さる 者な ら、 相 離る >- 能 はざる 者な も、 昔 し 希 i こ 

於て 道 德學の 開祖と も いはる ゝ瑣格 刺 底 は 道 德學の 根 理卽ち 人生 

當に 守るべき 道理 卽ち 日用 常 行の 道 は、 人の 作りた る 者に 非ず、 卽ち 

口 I スォプ ゴ 、ソ ド」 (上 帝の 律 法) な もとな せ ら、 其 言 に 曰 く、 人、 罪 を 犯し 

て 刑法 を受 くべ き を、 或 は 逭れて 受けざる こ と あ も, 然 れ ども 其.^ は 

不正に 陷るを 覺 み、 そ の 心中に 罪過 を 痛 念 せ も、 故 に 予は斷 じて 以爲 

ら く、 人 の 作 もた る 律法と 雖 も、 凡 そ 此の 如き 者 は、 そ の, 源 は 人よ, CV 

勝れて 良 善なる 立法者よ, o 出で たる こと 明な み、 叉 日く、^,^ || き 



おき is ちき SII ま li" 

$££ゃ、又 曰く K:Kr=I ま. お、 又 曰く、 ま 

動ハ|1^^ゃ:|ー0ー^^^ぉか^^^^ゅ^^ぃとビれ等の言に據り、 

佥は 今日の 演題に 德福合 一 論と: 揭げ 出した るな, 9 ビの 主意 を 敷衍 

し、 又 之 を 支那の 聖賢の 言-に 徵 し、 道 德を修 むる 者 は、 必 ず 福 利 あ る こ 

との 旨義を 明かに し、 以て 世の 少年 を勸獎 せんと 欲す、 書經に 作 レ德心 

^ が 一。 ゆき >| i^I ,。と、 これ 誠 に, 面白さ 金 言 なう、 乙の 上の 二 句は瑣 

£ の S 行を崇 うすれば 决樂を 生す」 と い ふと 符を 合す、 下の 二 句 は 西 

, o o o o o o op o、 o 、 9 ,、? ,o ? 刀 £ が 

國の諺 語と 轍 を 同う す、 曰く、 人 若し 一 詐偽を 言 は く^す 二 4 のぎ ft 

^^や § かひ ゆ^^^,^^,^ ゆ^ と ビれ卽 ち 心勞日 拙な 

る ものに 非ず や、 作 ,德 心 逸 m 休 は 德者福 也と いふに 同 じ く 、作へ 偽 心勞 

Ha よ 僞者溻 也と いふに 均し かるべ し、 周 易 に 利 "用 安レ 身。 以 崇. 德 せ と 

蓋し 人 萬 事に 不足な く、 身 心 安 寧 な る は、 德 行 を 積み 崇 ね^る 力 故な 

第 W 篇 寬政 以後の 朱 子學派 第六窣 中 村 敬. ¥ ^4 一 



0^0 貫 政以 筏の 朱子學 ii 第六窣 中 村 敬 宇 五 七 一 I 

i と 言 へる 事に し て、 卽 ち 福 ある は德 あるに 因る と 言 ふ と 同じき な 

ち 、書 經 に正德 利用 厚生と い へ る は、 利 用 厚生の 福 は、 必 ず 正 德の墓 礎 

に 因る CJ を徵 すべ し、 鮑 昭 河淸頌 序に 影 從 k 。端 從 fe 。と あ り、 瑞 は卽ち 

福 な ら 、余 嘗て 一 聯を作 る、 大 學 中庸の 語 よ, 9 釆た ,0 /曰 く、 君 子 有 一一 人 土 

財 用: 大 德 得,, 位 祿 名 壽: と、 試 に 觀ょ周 家 八 百 載の 墓 業を始 むる は、. 后稷 

公 劉 大王 王季 文 王の 積德累 仁に 由 り 、武 王 の 時 に 至 り.、 始 めて. 殷 に 代 

§ 、天 下 を 有て ,5、 天 下 は 豈に人 土 財 用の 大 なる 者に 非ず や、 舜 の 耕 稼 

陶 漁よ り、 以 て 帝と 爲 る に 至る ま で、 人 よ り 資らて 以て 善を爲 すに 非 

ざる 者な し、 か 、る 大德を 積まれし が 故 に、 天 命 を 受け て、 天 子と なら 

れ た り、 故 に 大德必 受, 命 と 言 へ ftz 夫 れ人土 財 用 は 福な り、 位 祿 名 壽 は 

福 な え 人 土 財 用の 福 ある は、 君 子 先 愼., 于 德 k 由 れ fts 、位 祿 名 毒 の 福 あ 

る は舜の 如き 大德 あるに 由れ ,0 /由, 是 觀, 之、 人 の 一 身 を 立つ るの 福 及 

び 一 家 を 立つ るの 福 及び 天下 を統 ぶる の 福、 悉 く皆德 あるに 由る に 

で 1* な ^^o opo ooooooooooooooo oooo 

非 さる 者な し 之 を 樹木に 舊 ふるに 德は本 根な も 、福 は 枝葉 華 實な乂 



52£££ふ2£^き£ぉゃ£§£ぉ 

キ!^ s^^^s^ "勐^ ^い レ?^ ^^^,^ず^お、!^ れ有 

左 傳に舟 之 僑 曰。 life 而 祿。 殃 也。 と い へる 語 あ り、 卽 ち 今 曰の 本題に 反 

したる 塲 合な り、 世 に 或は 道德 なくして 福祿 を受 くる 者 あるべ し、 然 

れ ども 决 して 久し かるべ から ず、 竹 には實 のなら ぬ ものな り、 竹 若し 

實を 結べば 必ず 枯 ると 云 へ り、 を れと 同じく 德 なくして 祿を S れ ね 

をの 祿は 福と ならず して、 反って 殃と爲 る、 是 故に 晉の范 文 子 は楚に 

勝ちた る を 喜ばず し て、 反 つて 以て 憂と なせ り, 徐 の 偃 王 は 小 國を以 

て屢々 敵に 勝ちて 後 忽ち C 滅せ り- 苟 も德 なければ 戰勝ゥ と 戤も禾 

とならず して 却て 13 滅を 促す 所以と なる、 舟 之 僑の 言、 豈 に 信 然 な ら 

ず や、 きョ蒙 ま ひ i,£ 

|^が.,|ゃ^,!|^§&^ゃひ&^ぃ^^、ま,^ぃ^^&^渺 

第四篇 莧政 以後の 朱 子學派 第六窣 中 衬敬宇 五 七三 



在 負 

b の 



第 四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第 六 窣 中 衬敬宇 L 丄ヒ四 

^ o o 9,5,0 0〇〇〇〇〇〇0〇〇〇〇〇っ〇0〇3っ33 

あう、 その 因に 種々 あるべ けれど も、 德 ある^^^^" s.」 ^ ^ 

大 原因と するな, c/云 云、 推 して 之 を 論ずれば、 ゆお g I ^ 

と 謂 ふ も 可なる ベ し、 論 語 に 爲& 以& 。譬 如 あ 辰 居-其 所 M 衆 星 共せ 之。 と 

あ ら、 大 學に 理財 を 論して 德者本 也。 財 者 末 也。 と あ み、 推 して 之 を 下に 

す れ ば、 盜 賊と雖 も 亦 幾分の 道德 なかる ベから ず、 莊 子に 曰 く、 跖 ち 走 

問, 於, 跖 曰。 盜 亦 S 乎。 跖 曰。 何 適 而 無 道 邪。 夫 妄 意,, 室 中 之 藏 K 也。 人 先。 

勇 也。 出 後。 義 也 。知,, 可 否: 知 也。 分 均。 仁 也。 五 者 不 。丽 能 成 矢 盗-者。 天 下 未-之 

有-也。 嗚呼 盜賊 すら 仁義 智勇なる 者 を存 せざる ベ からず、 况んゃ 一 身 

1 家 を 有つ 者に 於て 德 なくして 豈に 其れ 可な らん や、 

然るに 世に 許 多の 人 あらて 道 德未だ 必ずしも 福利 を 得ず、 道 德は反 

て 患- 續を受 くと 疑 ふ 者 あ ゥ、 余 乙 の 人の 疑 を 解かん とする に は、 先 づ 

禍福の 二字 を 子細に 講明 せざる ベから ず、 俗諺に 猫に 小判と ぃム i 

あ ^ バ あは 人に 於て 貴重なる 通賓 なれ ど も、 猫 には殆 んど關 係な し、 

猫よ 々 之 を觀れ ば、 腐 鼠の 一 頭に も 若かざる べし、 乙 れと 同じ 道理 こ 



し て、 道 德 ある 人の 德 は. 愚 人に 在, 9 て は 猫の 小判の 如 し、 最 下の 愚人 

ま、 飮 食淸 慾の 外に 福 ある を覺ぇ ず、 中 人に 在らて は、 富 貴 功名の 外に 

福 ある を覺ぇ ず、 & ひ 福に 眞 假 あ ウ、 久 暫 あら、 內外ぁ み、 若 し 福 に 眞 假 

久暫 ある 乙と を 論ずれば、 佛敎 又は 外敎の 分內に 入る ことなれ ば、 今 

乙ゝこ 於て は默々 に 付 し、 姑 く 福に 內外 ある 乙との みに 就き 之 を 論 

ずる を 得る のみ、 何 を か 外に 在る の 福と いふ、 曰 く、 外 物の 福なら、 世上 

の 福な り、 顯 榮 なる 富 貴 の 如 き、 赫 灼たる 功名の 如 き * 嗜 慾 玩 好の 具に 

足り、 耳目 四肢の 樂を 好む が 如き、 皆是れ なり、 何 を か內に 在る の 福と 

ひ ふ、 曰 く、 在. 我 の 福 な り、 自 心の 福な り、 天 道 一 を 欽 崇 し、 懿 德を 好る 良心 

の 命へ P を聽 き、 正 直 誠 實の行 を務 め、 忠 厚仁 善の 事 を 行 ひ、 理義を * ふ 

こ と 芻 豢のロ を悅 はすが 如く、 學問 を嗜 ひこと 天女の 羽翼の 疲れ ざ 

るが 如くなる の 類、 皆 是れな み、 內 福 を 享 くる 乙と を 得 る 者 は、 多く は 

&て外 福 を享 くる rJ と を 得、 外 福 を享 くる を 得る 者 は、 未 だ 必ずしも 

內福 を享 くる 乙と を 得 ず、 是 故に 內福を 得る 者 は、 外 福 なしと 雖 も、 中 

第四篇 寬政 以後の 朱 子, 派 第 六 章 中 衬敬宇 五 七 五 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第 六 草 中 衬敬宇 五 七 六 



に慽 むる 所な し、 外 福 を 得る 者 は、 內 福 な け 

非 ず、 蓋 し道德 ある 人に 於て は、 を の 最も 重 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

己 よら 生 じ 、そ の 自己の 行實に 根ざし 來れ 

の 生物に し て、 外 境に 隨 つて 憂 樂を感 じ、 他 

德者は 塵 世の 



る を 得 ず、 有 

o o 〇 o o 

層の 大なる 

、 、 、 、 、 

を の 地位 職 

、、、、今 

し、 夫れ 然も 

して 復た問 

る は、 臣 之 職 

せざる 塲合 

ら し む、 蓋 し 

抛棄して、 內 

、 、 、 、 、 

くなる ベ し- 



〇 〇 O C 、 、 、 

もの あ 》nN 卽ち 

、、、、、、 

分の 責任 あ,^ 

、、、、、、 

然して 後、 其 心 

は ず、 諸 葛孔明 

分 也。 至,, 於 成 敗 

に 在 纟 、忠 臣 心 

、、、、、、 

4^ 德の人 は 若 

、、、、、、 

福 を 全う し、 鼎 

、、、、、、 

他ス よら 之 を 



利 運 を 得る と雖 

、、、、、、 、 

をの 自己に 屬す 

、、、、、•、 

て當に 盡 す ベ き 

、、、、、、、 

に 満足す るな え 

が 出師の 表に い 

利 鈍? 非お 之 所,, 逆 

事。 千 载 如莧。 人 を 

、、、、、、、 

し 人倫の 變に 逢 

鑊を 甘ん ずる 蜜 

、、、、、、、 

視 れ ば、 慘 禍 に し 



れ ば、 常 に 缺乏の 恨 無くば 

、、、、、、、>、、、 

要なる 福 * 安 獰 は、 そ の 自 

ら、 道 德なき 人 は、 全 く斯世 

人に 因って 禍福 を 變 ぜ ざ 

も、 第 二の 事と 爲 し、 更 に 一 

、、、、、、、、、、、 

る 性 5 の 固有す る 所の 者. 

、、、、、、 、、、、 、 

者 は、 心 力 を 極めて 之を爲 

これよ み 以上 は 天命に 委 

へ るが 如く、 如, 此如. 此 くす 

覩 一也。 と いへ る は、 漢賊兩 立 

して 流涕 して 巳む 能 は ざ 

、、、、、、、、、、、 

ふこと あれ ば、 寧 ろ 外 福 を 

、、、、、、、、、、、 

の 如 く、 死 を 視る歸 るが 如 

、、、、、、、、、、、 

て 悼むべし と雖 も、 有德者 



いお^か か4 ら はもの 死所 を 得る を 以て 福と 爲し て復た 疑 はざる 

ズ レ. 羅 馬の 加 篤は德 行の 名 ある 人な ウ、 有 司に 殺さる、 に 臨 み、 傍 人 

一 o〇〇oo〇o〇〇〇〇〇o、o o ^ o' o ^ ^ 

に 謂 て 曰 く、 我 を 殺す 人 は 心苦し かるべ し 我 は 死 を a て 甘し と爲す 

、、、 、、、、、、、、、、、 

と、 禍 福の 見解 は 人々 殊な るで-とな う. 孔 明と 加 篤との 福の 如き は 常 

、、、、、、、、、、、 P 、フ 、; 

人に 在って は 猫の 小判と 知るべし 

^福の 見解に つき 吉田松 陰 先生の 書翰 を 引く ベ し、 を の 書翰の 大畧 

に 曰 く、 此 間 は 御文 下さ れ、 觀 音 さまの 御 せん 米いた^ き、 御 深切 之 御 

志、 烕 入 申 候、 抑 i 觀 音信 仰せよ との 事 は、 定 めて 禍を よける ために ある 

< く、 是 に は 大きに 論 ある 事に 候、 佛 の敎は 奇妙な 仕懸 で、 大 乗 小乘と 

二つ 分ち て、 小 乘は下 根の 人へ の敎、 大乗 は 上 根の 人への 敎と 定め 有 

之 候、 小 一 狭 にて 申 候へ ば、 觀 音 は 古の 敎 文の 通の 者と 心得、 ひた もの 信 

卯 さする にて 御座 候、 是 れは 人に 信 を 起さす ると は、 一 心に 難 有事 じ 

やとの み 思 込 み、 餘 念他盧 なき 事に て、 一 心 不亂と 申も此 事な み、 人 は 

o oo ooo o oooo oooo o o ooo、oooo わ POOO 

になみ さへ すれば、 何事へ 臨み 候ても ちっとも 頓着 はなく 

第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第六窣 中 村 敬 宇 五 七 七 



第四篇 寛玫 以後の 朱 子學派 第 六 寧 中 衬敬宇 五 七 八 

OOOOOOOOOOOOOOOOOCOOOOOOOOOOO 

繩目も 人屋 も 首の 座 も平氣 になれ 候 か ら、 世 の 中に 如何に 難題 苦 患 

〇〇〇〇〇o〇〇〇OG〇〇〇〇o〇〇〇〇oooo〇〇〇 

の 候て も、 そ れは 怠轉し て、 不 忠 不 孝、 無 禮 無道 等 仕る 氣遣 はな い、 さ れ 

ど 初めから 凡夫に 一 心 不亂じ やの 不怠轉 じ やのと 申 聞せ て も、 さ 

ば, OV 耳に 入らぬ もの 故 に、 觀 音樣 を斿 へ て、 人 の 信 を 起させ 候 敎に御 

座 候、 是 を 方便 共 申し 候お 又 大乘と 申 候 時 は、 出 世 法と 申 事が 肝要に 

御座 候、 釋迦が 天竺 王の 若殿に 候處、 若き 時から 威の つよき 人に て、 老 

人 を 見て は、 吾 が 身 も 往先は 老人に 成う かと 悲し み、 死 人 を 見て は、 吾 

が 身 も 往先は 死なう かと 悲しみ、 生 老病 死 を 免 かれる 修行 もしに 參 

ら れ、 三 十 出 山 と て, 僅か 五 年の 間に 生 もせねば 老 もせず 病 も 死 もせ 

ぬ 事 を 悟 て、 夫 から 世の 人を敎 化せられ た、 是 が 出世 法 じ やお 其 死な 

oo〇o〇〇o〇o〇ooooo〇〇oo 〇 

ぬと 申 は 近く 申さ ば、 釋 迦の 孔子のと 申 御 方に は 今日まで 生きて 御 

〇〇oo〇o〇o〇ooc〇〇〇〇〇oooo〇〇〇ooo〇o 

座 る 故人 が 尊み も すれば 難 有 がらす る、 お それ もす る、 果 して 死なぬ 

〇〇OGO〇〇0 〇〇〇〇〇coo〇〇〇〇o〇 〇〇〇〇〇〇〇 

て はない か, 死 なぬ 人 なれば 繩目も 人屋 も 首の 座 も 前に 申す 觀音經 

oooooo〇〇oo〇o〇〇o〇o〇o〇c〇oooc〇co 

の 通う に は ござらぬ か、 楠 正 成 公 じ やの 大石良 雄 じ やのと 串 人々 は、 



SEE ,お まま 

か s^s^i 齢き^ ひ^ゃ 又 禍福 如 k と い ふ 事 を 御 さとり 4 よろし 

く 笑、 禍 よ 福の 種、 福 は禍の 種に 候、 人間 萬 事 塞 翁 馬に 御 坐 候、 拙者なん 

い 〃^^ぐ & ^^が^^^ 〔ク^ P 、のい, 、へぎで 一方に は 學問も 出 

かふ^だ ^〃、の だが、^、 の^、 へ r ^^^t 、ぬ、 人ゲ、 の 仲間^も 出 1 候 

^^ま^^い^、 い^いぐ、 だまい^^^ 旷、 又 如何なる 禍 のこよう や 

い^^^、 さで^ ilk^ 、の^、 に、 は、 又 ^^ぞい^、 へ 共、 所 せん 生の 1 

^^; - 、へやい が ^^fi^^^^ い ゆ、 の 效げ、 ん もない 事に 觀音 へ 願 

ケ や^" お^^き^ 4 いお い^に、 松 陰 先生の 惨禍に 罹え 刑 

死 を 受けられば、 他人より 之 を 觀れば 悲憤 何 如と 察せら る、 に、 其獄 

中の 書翰 を讀 めば、 文 天 祥正氣 歌に 哀哉 组洳爆 。爲- 我 安樂 國 一と い へ る 

にも 勝るべく 、をの 死なぬ 人々 -の 仲間入り も出來 たれば、 福此上 もな 

い と 言 ふに 至らて は、 最も 高尙 なる 禍福 論と 爲 して 讀む ベ く 、吾 力 今 

H 演題 德福 合一 の 說に對 し、 絕 好の 左 證を與 へ られ たり、 之 を 要する 

第四篇 寛 政 以後の 朱 子學派 第 六皐、 中 衬敬宇 r 七, 5 



礙 


れ 


は 


取 o ず 


に 


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晃 


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溢 


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障 


飾 


る 


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し o つ o し o 外 o カミ 必 
て o て o 他 o に o 如 有 

最 o 禍。 人 o 在 o く 膙 
も o 福〇 よ o る〇 相 ピ 

惡 〇 の O |) o 者。 伴 の 

人 o 見 o 觀 o を o ふ 事 

の o 解 O て O 重 て 昭 

得 o 大 o 禍 o ん o 離 然 
ベ o に o と o ぜ o る と 
き o 異 o す O ず ベ し 
者 o に o る o 故 o か て 
に o し o も o に o ら 明 
非。 て o 自 o 塲。 ず か 
さ、' 有 o ら o 合 o 又 o な 
る o 德 o 以 o に o 有 る 
こ o 者 o て o 因 o 德 o ベ 

と o の o 福 o つ o 者 く 

灼 福。 と 〇 て。 の。 叉、 

然 o は o 爲 o は o 福 o 德 
と o 愚 す o 外 o は o と 
し 人 o て0 福 o 內 o 福 

て o の と、 O を につ と 

復 o 夢 o 叉 o 棄。 在 o は 

ず 見つ 人。 て o る 影 
疑 o せ o の o 內 O 者 の 
ふ o ざ 品。 騮 o を o 形 
ベ o る o 位 o を0 重。 に 
か o 者 o に o 全 o ん o 從 
ら o に。 由 o う。 じ o ふ 



貧 〇 樹 〇 に o 
賤 o の o 道 o 

思 中 德 第 

難 〇 を 〇 あ o I 

夷。 步 o る o 

狄。 み。 人。 冪 
君。 猛。 は。 I 
子。 火 境。 I 

無 〇 烈。 遇 o | 
入 〇 焰 o 何 o ま 

而 o を 如 o m 

不 o 蹈 を。 第 

自 o み o 問 o J 

得 o 掉 o は o 中 
も。 臂 o ず 〇 衬 

の し。 眞、 I 

な て o 福 o 

ら 入 も 

以 る o の o 

上 掉^ 5 身 

論 臂 5:° 

ず し o m° 

る て o る o 五 

所 出 能 o 

に で o は o 
て 所 o ず 

有 謂 刀 
德 富。 山 

者 貴 o m° 



用 ふ る、 其 當を得 ざれ ば, 貴 重なる 物 も、 を の 貴重 を 失 A 獨 り 貴重 を 失 

ふの みなら ず、 變 じて 障害の 物と なること 此の 如し、 酒の 用た る、 氣血 

を B ら し、 腸 胃 を 開 き、 性 情 を怡 ばし め、 風 寒 を 防 ぎ、 勞 疲を癒 す、 其 功 穷 

甚だ 多 し、 然 れ ども 之 を 飲む、 其 度に 踰 ゆれ ば、 病患 を 釀 し、 生命 を 縮 め、 

遺傳 して 子孫に 禍を貽 すに 至 る、 是 れ 知 る、 酒 は 一 物 なれ ど も、 用 ふ る 

人に £ り て、 或 は 藥と爲 ,9、 或 は 毒と な え 或 は禍 とな り、 或 は 福と なる 

是 A 豈に 禍福 定物 なきの 一 證に 非ず や、 富貴 は 福なら、 然れ ども 生れ 

て 富貴なる 者 は、 身體の 養に 慣れ、 百度の 具 を備 へ、 婢 僕の 使用に 足る 

を 以て 身 體の發 達、 をれ が爲 に妨礙 せられ、 手足 繊細 、顔色 靑 白、 容易に 

風 寒に 犯 さ れ、 動 も すれ ば. 病 患 に 罹る、 又 地位 崇 高に 居る を以 て、 人 の 

諛 言 耳に 慣 れ、 曾 て 苦 言 を聽か ず、 故 に 聰明 蔽塞 し、 智 識 開拓す るに 由 

な し、 或 ュ 世 變に逄 ひ、 身 泥 塗に 落つ ると き は、 殆 んど 自立す る 能 は ざ 

るに 至 る、 是 に 知 る、 富 賁未 だ 必ずしも 常に 福に 非ざる 乙と を、 是 れ 豈 

oooooooo で op 9 o ^ 

に 禍福 定形な きの 一 證 にあらず や、 由 .是& 之智德 ある 者 は a 遇する 

第 s: 篇 ^,以後の 朱子^ 派 第六窣 中 衬敬宇 五八 一 



第四篇 寬政 以後の 朱 子學派 第六窣 中 村 敬 宇 五八 二 

, で^^ 2 メ、, o o Q o o Q> o o o 、 0:0 p o o o o 000000000 

所の 事物 皆 之 か爲に 福と なる 愚不 宵なる 者 は 遭遇す る 所の 事 物. 皆 

〇〇 〇〇〇〇、oo〇〇 〇〇o〇〇〇o〇 0000 00000 

之か爲 に^と なる 蓋し 福 は 人に 在 もて 事物に 在らざる 5 り、 禍 も 亦 

〇o〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 

スに 在,^ て 事物に 非ざる な 力、 彼 の 仙人なる 呂祖は その 手指 を 以て 

物 を 指させ ば、 を の 物 皆 化して 黃金 となると 云 へ ftv 、智 德 ある 者 は禍 

、、、,、、、、、力、、、、、、、、、、、、、、、、、、., 

を 化して 福と 爲 し、 敗 を轉 じて 功と 爲 す、 其 れ猶ほ 呂祖の 指の 如き 乎. 

如何なる 有德 者と 雖 も、 遭 遇する 處の 事物が 来 I く 福と なると は 言 ひ 難 

し、 殊 に 一切の 禍を 化. し て 福と なすこ と、 如 何して 之 を 能くす る を 得ん、 

例 へ ば、 疫 病、 饑 饉、 旱 魅、 海 嘯、 地 震、 洪 水、 暴風 等の 天災 及び 其 他 火 事、 盜 難 若 

くは竄 車の 衝突 等に よみて 身上に 來れる 禍の如 き、 杲 して 悉く 之 を 化 

して 福と 爲すを 得る や 否 や、 若 し具體 的に 之 を 言 は ^玆 に 一個の 有德 

者 あ, ^てぺ ス トに罹 ら、 氣 息 奄 々、半 死 半生の 情 態に あ, 9 とせん か、 果 し 

て 此禍を 或 種の 福に 轉 ずるの 法 あ,^ や 否 や、 頗 る 疑な き 能 は ず、 然 れ ど 

も惡 人の 禍 とする 所、 有 德者之 を 化して 福と なし 得る 乙と ある は、 復 た 

疑 を 容れ ざるな fcN 、人 生 一 切の 福は德 ベ て德の 結果なら と は、 未 だ 遽ぉ 




斷言 する を 得ず と雖 も、 惡が禍 の 結果 を來 たし、 德が 福の 結果 を來 たす 

と C- ふ 事 womverhalts ぼ ^ohlergell tf Iverhalten ぼ t)belergohen zu 

seiner itiirlichen wilkung. は、 一般の 法則と して 之 を 認容せ ざ る を 得 ざ 

るなら、; nn- の 「^ベリ ^Inisla^ れき^き^^ まお^ &ぶ」 といへ る 

は、 此 意味 を 道破せ る ものに 外なら ず、 乃ち 知る 先生の ^謂 「德 福 合 一 」 も、 

a に irv ラ , テ ス H^J^I^i^H,^ 諸氏の 主張せ るが 如く、 或 意 

* に^て 永遠の 眞 理^る を 失 はざる ものなる を 




第四篇 寬玫 以後の^ 子學派 第六窣 中衬^ (于 



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獰四篇 1 政 以後の 朱子舉 派-第 六窣 中 村 敬 宇 £ 八 四 



^久間 象 山 











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第五 篇 水 戸學派 五八 六 

是 故に 吾人 は 水戶學 派に 就いては 單に其 梗槩を 一 瞥す るに 止め ん、 水 

SS 學派は 水 戶の義 公より 始 り、 餘 勢延 いて 維新 以後に 至, て 終 はる、 

其 間實に 二百 三十 餘 年、 義 公の 精神的 感化 亦 之れ に 由ら て 想 見す る を 

得べき な ft/ 

義公は 卽ち德 川 光 園、 字 は 子 龍、 梅 里と 號す、 水^ 威 公の 第三 子に し て、 家 

康の 孫な ら、 威 公を紹 いて 水 la- の 城主と な る、 頗 る 治績 あ み、 元 祿 三年 國 

を 兄の 子に 讓 り、 西 山に 返隱 し、 元 祿十 三年 十二月 六日 を 以て 歿 す、 享 年 

七十 三、 諡 して 義 公と い ふ、 義 公 蚤に 修史の 志 あ も、 遂 に明曆 三年 を 以て 

始めて 彰考館 を 設 け、 大 日本史 を 編纂す るの 計畫 をな し、 多 く 世の 儒臣 

を 招いて 此 事に 當 らし む、 栗 山 潜 鋒、 三 宅 觀 瀾、 安 積澹泊 及び 明國の 遺臣 

朱 舜水等 皆 公に 事へ て大に 助成す る 所 あり、 抑 i 大 日本史の 編纂 は、 本 と 

:» - ) ., :, 〇o〇o〇ooo〇〇〇o〇〇〇oo〇o 

修史の 事業に 相違な き も 其 目的 は 史的 事 實の研 霰 を 主と すと いふよ 

o 0、〇 〇o〇〇〇〇〇oo〇oo〇o oooooooo 

も は 寧ろ 大義名分 を 明かに する にあ ,9 、換 言 す れ ば、 史 的 事實を 叙述す 

o OPO 〇〇〇〇〇〇〇 ocooo〇〇oo〇〇ooo 〇0 

るに 隨 つて 君臣 間の 本務の 如き 國家的 道德を 闥明 する にあ ち、 義 公 自 



撰の 梅 里 先生 碑 陰 並銘に 云く 

r- o 〇 O つ 〇 〇 〇 o o o o o o 

称铷き 4_ 非 人臣; 輯成」 家 之 言- 

と、 乃ち 公 修史の 目的の 果して 那邊 にある か を 知るべし、 此の 如き 目的 

は 果して 事實 として 大 日本史の 編纂 上に 現 はれ 來 たれり、 例へば、 祌功 

^^^^^ き^^い、 か^^ ト い^^い ^かま 朝 を 以て 正統と なし、 神 

ト^^^^ か" ^ か^^:! かか^ き 小 松 帝に 歸す るが 如き、 皆 其 

M 見の 存 する 所な, -、 此の 如き 結果 を 生ずる 迄に は、 儒臣 間に も 國體上 

に關 し、 幾多の 異見 を發 表する もの あらし は、 固よ. 5 當然の 事な もとな 

す、 例 へ ば、 栗 山 潜 鋒の 保建大 記に 對 して 三 宅 觀瀾が 中興 鑑言を 著 はす 

が 如き、 是れ なり、 保 建 大記は 潜 鋒が 水戶 侯に 仕 ふるに 先ち て 著 はす 所 

なりと 雖も、 生前に は 遂に 之 を 上 木せ ず、 水 戸 侯に 仕 ふるに 及んで 之 を 

觀闘 及び 澹 泊に 示し て、 屢,. 其 內容を 討議 せら、 保 建 大記は 保 元よ, 9 建久 

に 至る 迄 凡 を 三十 餘 年間の 史的 事實を 叙述し、 之に 自家の 見解 を 付し _ 

大義名分 を 論ぜし ものなら 文 明晰に して、 立言 力 あみ、 蓋し 史筆の 上 

第五 篇 水 戸學派 五八 七 



太 H 水史は 明^ ^ 

三十 九 年に 至 W 5 

て 始めて 完結 か 

^ncc @ ふ Li, ^ 

お-公三 十^にし 

て史 局な 江戸の 

fflLi^ してより 〉 

代な 替 る、、 と實 

に 十三 ほに しズ 

二百 五十 年の 久 

しさな 鸫 たり C 

比. 規模の 大 なろ 

^事業の 偉なる 

もて 知るべきな 



第五 篇 水戸學 派 五ん 人 

乘 なる ものなら、 潜 鋒の 主張の 要點は ーゴ き § g き,^ § む 如^ g 

o 〇 o 〇 〇 〇 〇 

向背 を定む ベ しとす るに あ ftv 、乃 ち 斷 言 して 曰く、 

P き 擁」? i , き, s ^ Is I , ヅ& ? 

觀瀾は 必ずしも 三種の神器の 在 否い かんに 拘泥せ ず、 寧^ 斷 言して 

o o o o 〇 〇 〇 

正 統 在, 義、 不レ 在, 器、 

と 云 へら、 且つ 保建大 記の 序 を 作み て 潜 鋒と 相違せ る點を 明かに して 

曰 く、 

靓瀾の 中興 鑑 言, 之 を 潜 鋒の 保建大 記. に 比すれば, 一 讀の 際、 其 文章の 著 

しく 劣れる を覺 ゆ、 然れ ども 其 論旨 は 多少 斟酌すべき ものな しと ォず, 

之に 反して 潜 鋒の 論旨 は、 餘 もに 嚴密に 過ぐ る を 以て 此 1 に 由, 史 

的 事 實を律 せんと 欲せば、 時に 普遍なる 公正 的觀 念と 支 吾せ ざる を必 

と せ ず、. 然 れ ども 大 日本史 編纂の 際 大義名分 を 確定す るに 當 りて 潜峯 

の 說、 お 用せられ たるが 如 し、 是 れ亦 固より 一 種の 見解なる に 相違な レ、 



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とも 稱 すべき 重要なる 

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らざる 所な,^ 

、替 鋒、 觀 瀾、 澹 泊 等 皆 故人 

S カー W ハ. ^ョ .1\ 1 ノ. 1 S く S 、 <: ! I -; I I 

とな, o、 修史の 事業 は尙 ほ繼績 された,^ と雖 も, 甚だ 振 はず、 確に 一 大頓 

i を來 た^ら も 時に 當らて 立原翠 軒と 云 ふ もの あ り、 其 父 蘭溪史 館の 

管 章た, 9. 常に 史館學 衰え、 復た大 日本史 を 校 a する ものな きを 憂 ひ、 翠 

軒に 謂って 曰く、 

五<ロ^轂^ か I、^i^ れ^い、!^。^ い^^/謹んで 義 公の 業を卒 へ よ、 

と. 翠 軒江戶 に遊學 し、 後、 歸 もて 水戶 侯に 仕へ、 史館總 裁と なり、 力 を 大日 

\ 本 史の校 勘に 用 ふる N! と 年 あ, 9、 翠軒 古學を 好みし と雖も 、厳密に 古 學 

\ こちよら しに あらず して、 朱 子學を も 併せて 容る、 が 如き 態度 あらし 

を 見る、 翠 軒の 門下に 藤 田 幽谷 及び 青山 延于 あら、 延于の 子に 延光 あ, 9 

幽谷 名 は 一 正、 字 は 子定, 通 稱は次 郞左衞 門、 嘗て 潜 鋒の 保 建 大記を 讀ん 

ききい、 遂に 一 家 を 成す に 至れみ、 會澤 安が 撰ぶ 所の 幽谷 藤 田 先 

第五 篇 水 戶舉派 五ァゴ 



第五 篇 水 戶學派 五 九 o 

生 墓 誌 銘に 謂へ る あ え 云 く、 

其 敎-子 弟; 務 在 fen 名 節-振 k 俗 * 

又 彼れ が 及 門 遺範に 

oooooooo' 

先生 敎乂、 專 在,, 忠孝; 

と 云 ひ、 又 

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先生 尤 重-君臣 之 義; 

と 云 ; 5、 又 . 

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先生 敎, 人、 後,, 虛 文- 而先, 實行, 

と 云 ひ、 又 

〇o oooooooo oooooooo 

先 生 於-文 學; 網,, 羅 古 今 ¥ 。萃 衆 說; 斷乏 以& 經; 

と 云へ ら、 此 れに 由, 9 て 彼れ が敎 育と 學 術の いかん を 推測すべき なり 

文政 九 年 十二月 朔を 以て 歿 す、 享 年 五十 三、 幽谷の 子に 柬湖ぁ も、 叉 門 人 

に 會澤安 あ ぇ豐 田 天 功 あ ウ、 東 湖、 名 は 彪、 字 は 斌 卿、 柬 湖 は 其號な ぇ會 澤 

安、 字 は 伯 民、 通稱は 恒藏、 正 志 齋と號 し、 後又憇 齋と號 す、 此 二人 は 尊皇 愛 



i ^^^い 4 &ぃ 恰^^^^だ^ に^ 響す る 所 少しと せず、 殊に 東 湖 

は 烈公を 輔佐して 百方 努力し、 維新の 政治的 變 動に 助成す る 所 多大な 

ら となす、 烈公は 卽ち德 川 齊昭、 字 は 子 信、 景 山と 號し、 又 潜 龍 閣と號 す, 萬 

延 元年 八月 十五 日 を 以て 歿す、 享年 六十 一、 公 嘗て 弘道館 記 を 作,^、 國體 

の 尊嚴を 明かに す、 其 中 言 へる あ り、 云 く 

か S か^^ 1?1 ゆか i 敎; 資 以 贊き 猷; 

と、 其 我 日本 を 主と する 大-精 神 を 見る ベ し、 又 云 く 

是れ實 に^^ i-か も^き^^ V 東 湖 更に 弘道館 記述 義を 作うて、 烈公 

の 旨 意 を 敷衍し、 大に 國體の 尊嚴を 世に 吹す る こと を 務めた も、 其 後 

か^^^ ひ,^ 4^^^, い 铲、^^酈、 內藤 恥叟ニ 氏の 死 

去に よりて 全く 終結 を吿 ぐるに 至れり 、 

今にして 水 戶學派 を 瞥見す るに、 自ら 前期と 後期の 二期に 分る、 前期 は 

i ^い 4- か "いぐ^ 、の^ 儒 相 集纟て 修史の 

第五 篇 • 水 戶學派 五 フ 一 



第五 篇 • 水 戸學派 五 九 二 

事業 を 經營せ ち、 後 期 は 烈公を 中心として 延 于、 延 光、 柬 湖、, , in: 、 の す ぎ 

相 集らて 或は 修史の 事業 を經營 し、 或 は 政治的 活動 を^き^い、 若し 前 

期と 後期との 相違 點を擧 ぐれば、^ i^i き き き^, 

oo^oo'^oo 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 c-r- つ nrl つ n 

を 明かに し、 以て 國家的 道德を 確定す る を 主と^^ま^ 

0ぉ,2,00,〇-0,0, 〇o〇〇〇oo〇〇〇o〇〇 o o o 000 つつつ 

を繼續 すと 雖も. 更に 叉應用 的の 方面 を增 加し 來^ 一 "きい^^き^ 

く 單に國 家 的 道德を 確定す とい ふにあい^ ひや^ s ま g^s-^^^ 

國家的 道 德の實 行と なれみ 、固よ- ^^ゆ^き i いい^^ 踟 s^】 ^1: 

0,9, 00 009-00〇〇0〇〇0〇〇00〇0〇〇a〇〇00r>r> 

に 在る もの 反應 として 起來た タ、 前 期に 於て 未だ 曾て 有らざる 所の き 

治 的 活動と な れ, 9 抑 i 此 の 如き 結果の 此の 如き 境遇に 應 じて 生ずる i 

の 其 因. ffi する 所な くん は あら ず、 蓋 し義 公に よもて 蒔かれた る 種子が 

J^^AA*" 厶 A<s 厶厶厶 △ <1<1<1<~厶<3<3<3 厶厶 厶厶厶 

恐 公に ようて 其 發達を 遂げた る ものと 見る を 得べき な,^、 

水芦學 派は大 日本史の 編纂 を 骨 節と して 大義名分 を 明かに し、 以 て 國 

家 的 道德を 確定 せんとす る ものに て、 專 ら 史的 事 實の確 否い かん を闡 

朋 する を 以て 目的と する ものに あらざる な み、 故 に純粹 なる 史的 研究 



る o 的 o 

圆 o 事 o 

家 o 實 o 
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さで 
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が。 
故 



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の 精; & よ.^ 之 を 言 へ ば、 决 して 其方 法 を 得た る ものに あら ず、 此 れ史學 

専門家の 往令水 學 派に 對 して 慊焉 たらざる もの ある 所以な り、 然 れ 

ども 凡 を 史的 事實の 研究 は、 何等の 必要に 出づる ものなる か、 是れ簞 に 

吾人の 知 欲を充 たす が爲 めと 云 ふの みなら ず、 又 過去の 史的 認識に よ 

り て 將來の 事變を 律す る 所 あらんが 爲 めな り、 換 言 す れ ば、 人 生に 稗 益 

する 所 あらんが 爲 めな り、 若 し 史的 事實の 研究に して、 絕ぇて 人生に 裨 

厶厶 MSA<3.<A 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 *" 厶厶 4*3 

益す る 所な しとせ ば, 是 れ唯 } 一 私人の 道樂に 過ぎ す、 物 好 的 遊獻に 過ぎ 

A A A A AAAAAAAAAAA △ ビ , 厶、 厶广ド " ゾ ^ ^1 A 

グ、 此 の 如く なれ ば、 茶 人の 茶 を嗜 み、 閒 人の 書 畫を翫 ひ 好事 者 の 免 若く 

は 萬 年靑を 愛する と 何 を 以て 異ならん や、 此 點ょぅ 之れ を 観れば 水戶 

coco oooooooo o o o o p, ol o o 、9、 o p o o o 9i o 9 

學 派が 史學の 活用 的 方面に 着眼せ しが 如き は 亦 一 見識と s はさる へ 

^い^、 殊に 南北朝の 何れ を 正統と なすべき かと 云 ふが 如き 問題に 遭 

〇〇〇ooo〇〇〇 

遇する とき は、 何 を 標準と して 之 を 决定す ベ き か、 是 れ單に 赤裸々 の史 

ooooooooo or o 

に、 民族 發展上 最も 有益な 

o o o c o o 、o o o で o 

する が 如き は 則ち 水戶學 

第五 篇 水 戶學派 五 九 一一 1 



第^ 篇 水 戸^ 派 五 九 四 

oooooooooooooo lo〇〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇 oo 

派の 見解の 區々 たる 史的 事實 を超脫 し、 迥 に豁大 なる 處 ある 所 なケ 

<<△△△ 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶 <-A 厶厶 <3 厶厶 

水 戶學派 は蠢々 たる 世の 煩瑣 的史學 家の 如 く、 死 せる 史的 事實 に埋沒 

厶 厶厶厶 厶厶厶 厶厶厶 A 厶 <" 厶厶厶 <5厶<1厶厶 厶厶厶 厶 厶厶厶 

せらる、 ものに あらず し て、 死 せる 史的 事實を 民族の 使 全なる 發展上 

<: 厶厶 厶厶厶 △ 厶厶 AAA 、、、、、、、、、、、 

に 活用 せんとす る ものな ら、 之 れを 要する に、 水 戶 學派は 主として 史的 

、、、、、、、、、 、、/_•、、、、、〇〇 ooo〇〇〇oo〇〇〇 

事實の 活用 的 方面に 着眼せ しもの な ,9、 若 し 史的 事實の 活用 的 方面 を 

〇〇o〇o〇〇oo〇ooo〇〇〇ooo〇〇〇o〇〇<" <J A A 厶 

言 へば 國家的 道 德の發 揮の 如 き、 殊 に 其 重大なる ものな り、 是 を 以て 孔 

厶. dAA 厶 厶 厶厶厶 厶厶厶 △△ 厶 厶厶厶 A 厶厶 <3 厶厶 厶厶厶 

子の 春秋 及び 朱 子の 綱目に 倣 ひ、 過 去の 史的 事 實を執 へ て、 是 非 正邪の 

厶厶厶 厶厶<3厶<3厶厶厶<3厶厶.„1厶厶厶厶厶厶<"<厶<1厶厶厶 

判斷を 下お し、 以 て 國家的 道德を 確定す る 所の 的 例と なせ り、 是 れ亦東 

<-<"A<3 厶厶 ム厶ム A 厶厶厶 厶厶厶 <"< -厶厶 厶厶厶 A 厶厶厶 厶厶厶 

洋に 特異なる 一 種の 史的 研究に し て、 其 世敎 人心に 裨益 する 所 ある や 

M<3<3 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、 

疑 な し、 若 し 之 を 夫の 零碎 なる 史的 事實 をのみ 記憶す る を 以て 一 生の 

能事と な し、 何 等の 統 一 的 認識 もな く、 何 等の 槪括的 見解 もな き、 無 精 神 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、/•、、 、、 

沒趣眛 の 骨董 的 史學に 比すれ ば、 其 優る こと 萬々 なる を^るべき なる、 



日本に 於け る 朱子學 派の 哲學を 叙 

する に、 左の 諸 點は學 者の 特に 注目 

厶 A 厶厶 厶厶 厶厶厶 

第 一、 日本の 朱子學 は、 僭 侶が 佛敎を 

る、 京 學の祖 たる 藤 原 馑窩は 本と 禪 

ら 還俗して 朱 子學を 唱道す るに 至 

圓頂緇 衣の 人に し て、 高 知 の 眞 常 寺 

唱道す るに 至れ り、 山 崎 閽齋の 如き 

もの、 一 朝 佛敎の 非なる を 悟らて、 儒 

貢献 をな すに 至れ り、 此 の 如く 僧侶 

生前 死後に 關 する 奇怪なる 古傳說 

、、、、、、、、、、、、、、、 

交際上 缺 くべ からざる 日常 彝倫を 

、、、、 oo〇〇〇o〇 

所 あるに 至 もし は、 卽 ち 僧俗の 懸隔 

給 論 



し了ゥ て、 更 に 又 一 括して 之 を 回顧 

す V き 所な りと なす、 

厶么<"厶<3厶<厶*"厶厶厶厶ム*".- 

脫 して 率先して 唱道した る 所に 係 

宗の 僧に して 相國 寺に あらし も、 自 

れ え 南 學の祖 たる 谷 時 中 も、 亦 本 と 

に 住せし も、 自 ら 還俗して 朱 子學を 

も、 亦 嘗て 薙髮 して 妙 心 寺に あらし 

敎に 一 變し、 朱 子 學の發 達に 多大の 

、、力-'、、、、、、、、?、、、 

自ら 佛 敎を擲 ちて 朱 子學に 化宗し 

、、、、、、、、、、、い £l、,p 

に 目 を閉ぢ て、 單 に 吾人々 類 相互の 

、、、、、、、、、、、、、、、 

のみ 講說 し、 以 て 國民敎 育に 資する 

o o o o o o o o p- o o p 9> p wr. 

を 打破し、 心機 を 一 轉 して、 世俗に 接 

五 九 五 



^ 論 五 九 六 

oo〇o〇oooo〇〇〇〇〇〇〇〇ooqoo、.: -.、 9. 51 91 

近 し 、常 識と 妥協し 來た, cs し 一 徵 候と 見る を 得べ し、 換 言 す れ は、 世 俗 化 

o〇c5〇o〇〇〇 00000000000、 、 、 、 、 、 

Secularization の 痕迹顯 著に し て、 蔽 ふべ からざる もの あ,^ 殊に 此の^く 

、、、、、、、、 、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、- 

僧侶に よちて 唱道せられ たる 朱 子學が 漸く 勢力 を 得る に隨っ て古學 

, 考,, 、*、、 、、、、 、、 ooooooooooooo.ooo, 

陽 明 學等も 亦 其 問に 唱道 せら れ、 儒 敎は 遂に 佛敎に 代 はらて 天下 を 風 

oo 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇 o〇〇〇oooo〇ooo 〇〇〇,- 

靡す るの 氣勢を 示 し、 德 s: 氏 三百 年の 治世に 於て 學問德 行 を 以て 卓絕 

o c o O o O o o o o o o O o o O O Q o ^ o o o p o、 c. ,Q, :p 2>、 

せる 大儒 彬々 として 輩出せ るに 反 し、 緇 林に 於て は慶 元以來 S 海傳敎 

oooo〇oo〇coo〇o〇ooooooo〇c〇〇〇9£o〇 

法 然、 日 蓮、 眞 鸞と 比肩す ベ きも の、 復 た 出現す る ^となし 乃ち 精神 界に 

OOODOOODOOOOOOOOOOO 

於け る 勢力の 潜移默 奪、 以 て 察知すべきな, 5、 

次ぎに 我 邦に 於け る 朱 子 學の發 達 は、 自 ら三 期に 分 る、 第 一 期 は 虎關 玄 

惠ょ. o 藤 原 惺窩に 至る 迄 凡 を 二百 七 八十 年の 間にし て、 是 れを 準備の 

時代と なす、 (附 錄の 一、 朱子學 起原 を參考 せよ、) 第 二期 は 藤 原惺窩 より 寬 

政の 三 博士に 至る 迄 凡 を 一 百 九十 餘 年の 間にして、 是れを 興隆の 時代 

と な す、 第 三 期は寬 政の 三 博士 よら 王政 維新に 至る 迄 凡 を 七十 餘 年間 

にして, 是れを 復興の 時代と なす、 維新 以後の 朱 子學は 第三 期の 餘 勢に 過 



ぎざる なり、 第二 期の 興隆 時代 は 二種の 源 頭 を 有する が爲 めに ぎら 二 

大系 统に 分る、 卽 ち惺窩 の京學 系統と 時 中の 南學 系統と 是れ なり、 後者 

よ K しく 偏^ 固陋に 陷らし も、 前 者 は 比較的 寛容の 態度 あらし を 見る 

此ニ大 系統の 外に 中 村 惕齋、 貝 原 益 軒の 徒 あれ ど も、 是 等 は. 惺窩の 京 學 

系 統と 同一の 性 質 を 有する ものなら、 第三 期に 於て は 第二 期の ニ大 系 

統は合 一 して 復興 時代の 朱 子學と なれら、 &奥 時代の 朱 子 學は總 ベて 

他の 異學を 排斥して、 唯 一 の敎育 主義と せられた るが 故に、 其實 際に 於 

ける 勢力 はな かくに 多大な りしに 相違な しと 雖も、 學問 として は犟 

に 第二 期の 薄弱なる 反響に して、 何等の 雄大なる 痕迹を も 留め ざら き 

之 を 要するに、 s^^^^ ^きか 4^ 釦厶, ト^^^ 萌芽 を發 し、 第二 

き^か^^き •hiai ー11^ぃ|^£^ト&^ ヒ其 果實も 維新の 

4 ^きい き>^ あらい^ b かいや^^れ^^^^ か^^ゆが、 决 して 

££れぉぉゃ、|£&£^ぉ££まの眞理ぁ- 

き sslsiss ほぼ 的 道 

結 論 



あ 論 五 九, < 

& ベ- F ^ L or ^1 ?;-£、?. 9, o p o p p、、 o o o o o o o O o o o 

t を ft 成す る 上 にお て少 からさる 關係 あ, 9 し を 想 見 す べきな, O 

次ぎに 吾人 は 朱 子 學派其 物の 特質に 就いて 之 を 考察 せん に、 朱 子 學 派 

は 其 中に 尙ほ 幾多 の 分 派 あるに 拘 ら ず、 狗 に 單 調 な モデ, 一 ォス」 な 

.9、 朱 子の 學說を 叙述 若し 敷衍す るの 外復 たなす 所な きな り、 若 し 大膽 

に泶 子の 學說 を 批 評 し、 若 く は 其れ 以外に 自己の 創見 を 開く が 如き 態 

度に 出づ とせ ば、 最 早 朱子學 派の 人に あらざる な え 苟 も 朱子學 派の 人 

たらん に は、 唯 i 忠 實に朱 子の 學 說を崇 奉せ ざ る ベ か ら ず、 換 言 す れ ば、 朱 

子の 精神的 奴隸 たらざる ベから ず、 是 故に 朱子學 派の 學說 は殆ん どや 

か欝 4^ き"? .Ki^l., 昏 小ゃ^ぃ^ いやき 断 

於け る古學 派の 多色 多檨 なる は 言 ふ 迄 もな く、 陽 明學 派と 雖 も、 决 し て 

ひ、、、 飞、、 、飞、 >、、 

朱子學 派の 如く 單 調なる ものに あら ず、 陽 明學 派は少 くも 二種の 啗反 

せる 傾向 を 有す、 一 は 省察 的 方面に して、 一 は 事 功 的 A 面な み、 力 を 省察 



於 O 

け o 
る o 

結 畫 o 
一 o 

主。 

義 o 
の。 

結 o 
杲 o 
Kro 

か。 
ん o 
は o 
我 o 

邦 o 
に o 

於 o 
け o 

る。 

朱 o 
子 o 

學。 

五 派 〇 
九 



九 



の o 

歷 o 
史 o 

£o 
を。 
證。 



し。 き 

て O を0 
— 描 〇 

種 o 出 o 
異 o し o 

彩 o 悉 o 
を o く o 
放 o 其 o 
つ o 徒 o 
の を o 
go 同 o 
由 o — o 
を o 模 o 
有 o 型 o 
せ o に o 
さ、、 o 入 o 
ら o れ o 
し o て? 
む o 之 o 
る o を。 
も o 鎔 o 

の。 鑄。 

な o 陶 o 
b° 冶 
乃 o し o 
ち。 @o 
敎 o 園 
育 o 個 o 

上。 人 

醫 を o 



to 観 

て。 念 
大 〇 に 

波 o 驅 

瀾っ ら 

な o れ 
く o て 
大 o 活 

抑 ◦ 動 

揚 o せ 

な o 

曾 
て 

軌。 

mo 要 
を。 す 

離。 る 

れ o に 

ざ。 朱 o 
る o 子 o 
常 o 學 o 

識 o 派 
的 o はし、 道 

文 o 當 o 

章 o 初 o く 
の o よ 〇 は 
如 o ら o 國 

き o 最。 體 
形 o 後 o の 



し 
も 

の 

な 

b 



朱 
子 

學 
の 

亇 ra 

神 
に 
因 

b 

て 

活 
動 
せ 
し 
に 
あ 
ら 
ず 
し 
て 

息 

ろ 
神 



ら o 言 c ^)co る 是 
固 へ o 子 o な 等 
よ ば o 學 o り は 
b 其 o 派で 陽 o 假 
朱 f-o に o 明 o 令 
子 調 o は o 學 o ひ 
學 に o 異 o 派 o 功 
派 し o 種 o に o 利 
に て o の o は o 主 
も 變 o 元 o feo 義 

竹 化 o 素、 o の を 
內 に o 比 o 如:) 主 

式 乏0 較〇 き o 張 
部 し o 的 o 異 o せ 

山 き o に o 種 o ざ 

U 實 少' つ の る 

大 に o し o 傾 〇 も 
貳 豫。 殊 o 向 o 功 
1§ 想 o に o あ o 利 
田 の o 人 o り o 主 
東 外 o 數 て 義 
湖 に o の o 自 o の 
等 出 o 多 o 然っ 實 
あ づ o き o に 行 

れ る o 割 o 對 o 者 
ど も o 合 比 3 に 
% の o よ o を 外 
^ あ o ち。 成 〇 な 

等 る o 之 す ら 
は な o を ◦ に o ざ 





水 


的 


m 


の 
'メ 


方 

ノ J 


ふ 


け 


面 




'1 に? 


に 




僧 


m 


の 


の 


ふ 

パ * 


は 


力 U 


る 

リ 




% 


も 




枯 


の 


キ 


lire 


け 


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る 






狀 


慎 




能 


m 


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ぼ 


璺 


こ 


し 
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者 


T 

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< 

し 


の 
v ノ 


ィ 
し 


力 
ノ J 


能 


現 


を 


度 


は 


事 


を 


れ 


功 


取 


來 


的 


b 


れ 


方 




b 


面 


る 



紡 ^ 六 〇〇 

OO0OOOO0 0OO0OO 

明して 餘ら あらとい ふべき な,^、 

次 ぎ に 朱子學 派の 倫 遝說に 就いて 之 を 考 察 す る に、 是 れ 今日と 雖も决 

000000000000300000 

して 惯値 なきもの にあ- ら ず、 何 ん となれ ば、 種 々なる 點に 於て 西洋 理想 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 A 厶 <"<" A A A 厶 A <IAAA<1 

派の 倫理 說と 共通 的の 處 あれば な も、 殊 に 今日の 所 完己說 の 如き は、 

厶厶 < "厶 <JAA<"<aA<I 厶厶 △<- 厶厶厶 △△△ 厶厶厶 厶厶厶 厶<"<3 

人 以て 舶来の 新說 とすれ ど も、 是 れ古 * 朱 子學 派の 唱道す る 所に 係る 

厶ム 〇 0000〇〇〇〇0〇〇〇〇〇〇0〇〇〇〇っ〇〇0〇〇0 

なら 、抑! 東 西の 倫理 說が 此の 如く 自然に 暗合す る は、 其 普, 遍 的價値 ある 

〇〇〇〇〇o〇〇o 〇〇〇〇〇〇*、、、、 、、 、ゝ 、>、、 、、 

を證 する ものに あらず して 何 ど や、 朱 子學 派の 倫理 說 中に 普遍的 賈^ 

を 有する もの あるが 故 に、 非 常なる 時勢の 變 遷を經 たる 後に 於て 之 を 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、 

講究す る も、 尙 ほ侬 然として 人格 修養 上に 極めて 適切なる もの ある を 

、、、o oopoooo'oo oooooooooooo 〇〇〇oo〇 

見る 但! 朱 子學 派の 唱道す る 所、 古 今不變 東西 一 貫の 常識的 道德 にある 

poo 〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 oo〇〇〇〇 00 〇o〇oor> 

が 故に 何等の 人目 を 眩すべき もの もな く、 犟 に 平生 人の 當に迎 るべき 

oi oo〇〇oq〇oo 〇〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇〇〇 

軌道の 果して 那邊 にある か を 示す に 外なら ざるな も、 孔 孟の嫡 派 を以 

o〇oc,〇ooo〇o〇〇o〇〇r-oooo〇〇oooooooo 

て 自ら 任す る 朱子學 派が 奇を 銜ひ異 を燧か し、 以 て 世の 視線 を惹 くこ 

ooo ooooooooooooooooooooo 〇〇 

と を敢 てせ さる は、 固 よ ftN 其 然るべき 所な ftv とい ふべ し、 耍 す る に、 朱 子 



一 £1 まま の.^ 達 3 

§^ き^^い^お きい^ や^^, 卜^^して 謹 厚篤 m 

^;^ぃ^^1、^4^》ー4きトれ^ぃト^^鼾派中に兗む"",ゅ 

かいまき お 人 を n?f 

\ ^^^い^^^い 心少か 6^^^^^^^ ト^り て, 危險 なる 4:^ 

一 ; レ…、 t まま I 観い I して ヨリ" 

\ ひョ £ぃ£ にむ まひぶ、 1??! 

\ いい?^ き^^いき I』 き" き^ i 昏, 訾を 免れざる" ゆ 4H、"1 

よ. i を觀れ ば、 朱子學 派の 弊 も 亦 少しと せず、 然れ" J J 

一 む^ ^如^^ レ^^ 蜘^^^^お きたる こと は、 吾人 之 

0〇0〇〇009、0 0、 

を 認容せ ざ る を^: さるな. 5 

一 尙ほ 最後に 朱子學 派の 宇宙論に 就いて 少しく 述 ぶる 所 あらん、 朱 子 は 

一 理氣の 二 元 を 立て、 宇宙 を 解釋 せり、 理は氣 の 生ずる 所に あらず、 氣も 

一 , 六 〇 一 

^ き。 



あ 論 六 〇 二 

亦理の 生ずる 所に あらず、 雨 者 は 相互に 演繹すべからざる 世界の 根本 

主義な-, 彼れ 是を 3 て 「き:^:^^ ^ い マぎ とい へ 乂是 故に 

朱 子の 世界 觀は テカ 〃ト若 く は ^IdH の をれ の 如 く、 全 く 二元論なら、 

朱 子 又 太 極 を 言 へ ど も、 太 極 は理な ら、 氣 にあらざる な ら、 故 に 其 二元^ 

たる こと は、 到底 否定すべからざる なた き^^ 称 ^§ き^ 駟 g§ ぉ即 

せしめん とせら、 例へ^ i^^hai,^ き^^^^^^^^^ 瞥 春ぃ 

從ひ、 理氣合 一 論 を 曰 I いい 、き" ル^き,^ li^^ い^^きい、 か^ 

氣 論に 傾向せ.^ ふ^^ レ,- ^酪^き h きむ お,:^ い^いき^^^ ひ 

所と 斷言 し^に唯理論を,酈^むト-きゎぃ^ト鸵^^ぃかふ,き^ 

とも 見るべき は、 唯氣ぃ 唯き;^,^^^^ い ^ 一ず ^ヒ^い かひ^ 、一 

事 あるの み 抑 J 一元論 は哲學 として は、 决 して 終局の 地位に あらず、 若し 

二 元 を 立 すれ ば、 其 中 何れに か 還元 せんとし、 若く は 何れ か を 演繹 せん 

として、 必ず 一 元に 歸 せんとす る 傾向 を 生ずる ものな み、 是れ 吾人の 認 



み 事 

實 


^ _ れ せ^ i± i み、 

[3xO <>〇 liSiO チレ 〇 f よ )"、 


=f、 


ん な fit ハ ~fT rs (TiO i^f" け、 

永 O ^sO な 〇 レジ 〇 免 リ 


の、 


と 


3^〇 ^7° 木 ^ o 




し 


,> ひへ t&f^ ZC^ fiT ミ使、 

(Co 【こ 〇 1]ffl〇 1 ° 1- j ^ 


ノ し 


て 


おへ もつ ? Bl^ Mo ^ 先、 
允〇 あ ま,' -^' 守 少 


uhlf 


時 


ど〇 る 〇 说〇 M レジ ゾソ、 


シ、 


に 


4-1, _ / 7- i~r 广、 MS 徴 、 
]5Xo な tco い 、リ -ssh 




比 


ハ t ハ^^ w}>r> 签 


m、 


較 


ノ ^ハ プ、 o ,ハ。 fr た、 


し、 

レ 


對 


i=l =zv_ す, ヘイ r\ ス h 、 

易 o m.o 7^0 し 〇 o リ 


て、 


照 


は、 は リ ° 学 ◦ し 




の 


P>0 狩 〇 ^r»° 歹 ^ 


チ、 

ノし 




さ O 1\° 1tfB° へ 'T" 


論、 


め 


る O k 乙 理 ◦ さり も 5ie 


y 、 


に 


^ o よ o jjjto rv\ u , よ , よ 


な、 


回 


の O 9 o X ° は、 リ ふ しく 


、 


顧 




A 、 


す 


9 o 一 o ^'ju し ぺし 


c 


る 


其 -Jl: m° ィ了 し ご- 


す、 


の 


'■=f- d0° M° Ci ち 


ス ヽ 


價 


由 る ふ み 1 口 




値 


|^ ; 二。 ハ、 〇 vjo ^ ir' 


iHJ 


あ 


の 免 O き O 餘 3 吾 o か 


あ、 




如 れ o は o に o 人 o な 


い 


に 


き さ、 、o 其 o 成 o の o 宇 


し、 


過 


は. れ o 崇。 れ o 今 宙 


は、 


ぎ 


m ど o 高 o る o 日 論 


哲、 




に も o 淸 o m° 尙 に 


學, 


る 


史 德 o 健 高 ほ 於 


上, 


の 


的 行 o な o 淸 o 我 o て 


に' 



日本 朱 子 學派之 哲學終 §3 



i 的 M 1 Erkenntniseinheit の然 らしむ る 所に して、 又 吾人の 精 ® 的 需用 

一一 F 6M f- _ 、*、、、、、、、、、、、 

Goistesbetnis を充 たす 所以な りか 故に 我 邦の 朱 子學派 中に!^ f 



m 論 



六 〇 四 



oooo〇〇〇〇〇〇oo〇o〇〇〇o〇o 

節操 を 守る 士 は、 困 窮 する は 固よ ら覺 悟の 前に 

oooooooooooooooooooo 

て、 早 晚も 飢餓して 溝 谷 へ轉 死す る こと を 念 ふ 

oooooooooooooooooooo 

て 忘 れ ず、 勇 士は戰 場に て擊 死す る は、 固 よ,^ 望 

oooooooooooooooooooo 

む 所 なれ ば、 早 晚も省 を 取らる >- とも 顧みざる 

oooooooooooooooooooo 

rJ と を 念 ふて 忘れ ず苟 も 士と 生れた らん 者 は、 

〇〇〇〇〇〇〇 oooo〇 oooooooo 

志. H 勇士と なら ずん ば、 恥 づ ベ きの 甚しき もの 

o o QOOOOOOOOOOOOOOO 

な ら、 云 云、 此 志 一 たび 立 ち て、 人 に 求む る rJ とな 

oo〇〇oc〇o〇o〇〇〇o〇o 〇〇〇oj 

く、 世 に 願 ふ 乙と な く、 昂 然として 天地 古今 を 一 

o〇o〇〇o〇o〇〇o〇 

視 す ベ し. 豈 に 愉快なら ず や、 



附録の 一 

朱子學 起原 附 朱子學 起原 § 系 

第一章 總説 

^邦 こ-あらて は 鎌倉時代よ, り 室町 時代に 至る まで 文 敎の權 は 殆んど 

全く 僧侶の 手に 歸せ り、 殊に 室町 時代の 狀况を 考察す るに、 社會ー 般戰 

亂の盤 渦中に 捲き 去られ、 學問 文章 を 以て 身 を 立つ る もの、 如き は、 復 

た 世間に 隻影お も 見る を 得 ず、 是 れ 其暗黑 時代と 稱 せらる k 所以なら、 

お 時に 當らて 一 點耿々 として 社會的 良心と なりし もの は、 僧侶な. 9 き 

就, 中 £ 山 のき を 以て 其 最大なる ものと な す、 驍 將 勇 士. 干 戈の 間に 相 見 

えつ、 あるに 當っ て、 僧侶 は內典 外典 を 講究し、 \ 類 精神の 需用す る 永 

遠 不滅の 道 を發 揮し つ 、ありし なら、 殊に 注意すべき は、 彼我の 僧侶の 

往 來、 頗 る 頻繁な, 9 しこ と、 是 れ な り、 我 邦 よら 支那に 入りし ものに は、 榮 

西、 道 元、 俊 警 心, 聖 一 、大 明、 大 應、 月 林、 北 山、 嵩 山、 紹 明、 龍 山、 元 選. 周 及、 絕 海、 汝 

附錄の 1 第一 窣總說 六 0五 



附錄の 一 第一 窣 總說 六 〇 六 

霖、 觀 中、 仲 方 等 あら、 本朝 高 僧 傳 〔第 二十 七〕 の 師鍊が 傅に 

一 〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇 

一 今時 此方 庸流奔 波 入, 宋、 

一 といへ る は、 蓋 し 此邊の 涫息を 洩す ものな ら、 支 那 よら 我 邦に 入らし も 

\ のに は、 道 隆、 普 寧、 正 念、 祖 元、 一 寧、 子 曇. 正 澄、 楚 俊. 道 燹 等 あ, 9、 曰 本名 僧 傳 を 

一 見る に、 人 朝の 支那 僧 十四 人を擧 r, 此れに 由み て 之れ を 観れば、, ま, 

一 ^ ^ ^ ?』 考^ j 、ゆめ. 2,oo、qo、 0000000 0000、 、 、 、 、 、 

衣の 人 は 彼我の 別な く、 思想の 交換に 忙 はしかい^ ない、 か那 い,^ かか 

れる 僧侶 は 数多の 書籍 を 携へ來 たら, いわ^め い、 ^ 爹 かききい いか か 

國 よら 歸 朝せ しもの は、 尙 ほ 更に 新規の 書籍 を 輸入す る を 怠い ざ, CN い 

、 、 、 しよう 二 

ならん 伢 へば、 肥 後の 僧 俊 f 仍 (§ I) の 如き は 建 久十年 を 以て 入宋 し、 居 る 

こと 十二 年に して 建 暦 元年 を 以て 歸朝 す、 其 歸朝 する や、 二 千 百 三卷の 

書 を 携帶せ も、 其 中 儒 書 二百 五十六 卷 あみきと いふ、 建 暦 元年 は宋の 嘉 

一 定四 年に して 朱 子の 門人 劉櫞が 四書 集註 を 刊行せ し 歳な, CV 、故 に 四書. 

一 集註の 我 邦に 入 る、 或 は 俊 f 仍に 始まる や も 未だ 知る ベ から ず、 然 れ ども 

固よ も確證 とすべき もの、 一 も あるな し、 唯.' 「蓋 然」 とい ふべき の み、 然 れ 



附 

の 



窣 
is. 



〇 
七 



與 O 
へ。 

1Z。 
る o 
Zlo 

と o 

は o 

殆、 つ 
ん o 
ど o 
疑 o 
を o 
容 o 
る o 
ベ。 

力)。 

ら o 

さ、 o 
る o 
に o 

似。 
だ 

ビ 

山 

名 

は 



宋 



れ o る 
ど o に 

も。 宋、 

一 o 學 
山 o に 
力; o 就 
多 o い 
く o て 
宋 o 云 

儒 o 爲 
の o せ 

書 o し 
類 o も 
を o の 

携 o は、 
へ 〇 ~^ ' 

來 o 

bo 
Ho 

朱。 

子 o 
學 o 
の o 

輸 

入 o さ、、 
に o る 
便 o な 
宜 o り 
を o 然 



も 
發 
見 

る 

と 
能 
は 



ベ、 

か、 
ら、 
ざ、 
る、 
も、 
殆、 
ん、 
ど、 
人、 
を、 
し、 
て、 

然、 
い 

揣、 
摩、 
せ、 
し, 
め、 

ん, 

と, 
す, 
今 

き 五 

錄 
を 
飜 



o 



す 



せ o 此 
て o れ 
尊 o に 
崇 o 由 

せ o b 

し o て 

を。 之 

知 o れ 
る o を 

彼、 觀 
れ、 れ 
が、 靨 
果、 祖。 
し、 元 
て、 が 〇 
宋、 身 

學、 佛 o 

を、 門つ 
傅, に 
へ、 あ 

し、 も 
や、 と。 

' 否、 雖。 

や、 も o 

は、 亦 
未、 儒 
た'、 敎 
斷、 を 
言、 も 
す、 併 



弗 
至 
云 
云 



邈。 錄 

矣 o と 
前 o い 

mo ふ 

萬 o 塔 

化。 錄 

之 o に 

宗 3 云 



す、 
年 

J 一 
ハ 

十 



年 
を 
以 

て 
入 
朝 
し 
贈 相 



孔 o 

釋 o 

雖 o 
異 o 
忠 o 
孝 o 
則 o 
同 o 

孰。 

知 o 

我 o 

元。 

參 o 
天 o 

配。 

地 o 

孔 o 

釋 o 

並。 

Mo 



し 
て 

佛 
光 

師 
と 

い 

ふ 

on 



州 

縑 
倉 

に 
赴 
さ 
圓 
覺 
寺 

の 



錄 祖 
十 と 



卷 
あ 

b 

是 
れ 
を 
佛 
光 

師 



な 
る 
弘 

安 



1Z 

b 

祖 

元 

字 
は 
子 

元 

俗 

姓 
は 
許 
氏 

4Bfe 

學 
と 
號 
す 
明 
州 



思 
は 
る 



ど 
も 
祖 

元 

山 



皆 

宋 等 
末 が 

元 入 

初 朝 

の の 
人 時 
, に 必 

し ず 
て 多 



兀 

府 

六 縣 
年 の 

を 人 
以 弘 
て 安 
寂 二 



宋 
學 

盛 
に 
世 

に 
行 
は 
れ 

る 

後 

に 

出 

で 



宋 

儒 
の 

誊 

類 

を 

携 

せ 
し 
な 
ら 
ん 
と 



ふ o と ©j せ、 に。 も o あ 子 o 當 乙 てす 州 の 
ベ o 疑@ る、 比 o 其 o ら の o 時 と 送 所 鎌 台 
き o な @ に、 し o 門 o 是名 o の に り 寧 倉 州 
者 o し, あ, て。 に O れ を0 名從 し— に臨附 
の o 之 ら、 一。 出 を 言 o 僧 事に 山 移 海 g 
如 o れ ざ、 曆 で 夢 は に せ 由 語 ら^ 一 

し、 o 7 C る、 高。 た。 窗 ず し b る錄 終、 の 
耍 か、、 尙。 る o 國 と o て 彼お 二 り 人, 
1 M な o 義 o 師 雖 o 殊 o れれ卷 に 正、 草 

る に る o 堂 o 語 も o に o のど あ 京 も- 想 

に、 j 乙 は 錄伊 o 虎 。門 も b 都 元 說 
一 o 宋ゆ と o 宋 o と %o 關 o 下 彼 二に 年 

- は!0 學 @ を o 學。 い 卽 o は o に れ山至 を 
は 仝 の⑤ 道 o に。 ふ ち o 宋。 虎遂 力; f, 以 
宋。 研 ® 破 o 通 其 程。 學0 關 に 入 文、 て 
學 o 究@ せ。 じ、 o 中 子 に o あ 歸 朝 保 入 
を o は ® b、。 宋 o 言の 。通 o り 化せ 元 朝 
我 o — ® 義 、學 o の 事 o じ o 夢し る 年し 
邦 o 山 ® 堂、 の 宋 を o 程 o 窓 て は を ^ 
に o 門 @ 或、 見 o 學論 o 朱 o あ 專本以 め 
紹 o 下 ® は、 解。 にぜ o の o ら ら と て 豆 

介 o に© 宋、 漢 。及 ら 。說0 中、 佛 元 寂 州 

せ 其 ® 學、 唐 o ぶ 夢! ro 巌敎 のす 修 

し 端⑤ を、 訓。 も窓駁 。あの 國享: 善 六 

遠 〇 緒 ® 夢、 詁 o の に 擊0 み 敎主 年寺ミ 
祖 o を ® 窓、 の o な は せ o 龍 義 が 七 に 
な o 開 © よ、 學 し 語 ら 山 を 間 十 臣 

ら〇 き ® り、 のつ 然 o 錄中 o あ 傳牒ー ^ 

と o し @ 傅、 そ O れ0 二 巖。》 ふ と # 後' 
い 〇 こる 承、 れ ど o 卷朱 o 皆 る し は 相、 



南山 編 年 錄元應 元年 十月の 下に 



四書 集註 始來、 

と b,9、 元應 元年 は 後醍醐 帝卽 位の 歲 なり、 一 山の 來朝は 之れ に 先って 

と 二十 年なら、 故に 宋學の 輸入 は元應 元年に 始まらし にあらざる へし 

„|,^』5|^:&^^き^^5^ぃ^^^,ゅゃ4^ぃ^^朱子 

4^ & か^きい 4^ いら 顯 著なる 史的 事實と なれら、 花園 院御 記に 云 

く 

元亭ニ 年 七月 廿七曰 癸 亥、 談,, 尙 書; 人 數 同-先 么其義 等 不. 能-具 記; 行 親 義 

其 意 涉, -佛 敎; 其 詞 似, 禪 家; 近 曰 禁裏 之 風 也、 卽 是 宋 朝之義 也、 或 有 一-不^^ 取 

事; 於,, 大 體, 非, 無-其 謂-者 也、 凡 近代 儒風衰 微、 但 以_- 文 華 風 月- 爲, 先、 チき其 實っ 

文 之弊以 .質 可 ^^之、 然 者 近 曰 禁裏 有- 此 義-歟 、尤 可レ然 事 也, 但 渉 1 敎 M 不 

、 、 、 

レ可 レ 然 乎 

是れ 後醍醐 帝卽. 位 後 四 年 目の 事な ら、 其 「宋 朝 之 義. -と いふ は、 宋 儒の理 學 

を 意味す る 乙 と 疑な し、 又 其 「,佛 敎; 猶不^ \然 乎」 と いふ は、 宋 儒の 佛敎 を 

排斥す るに 同意し 難き を 意 * する ものに 似た ら、 叉 云く ぶ 

拊錄め I 第一 窣: s!l 六 ブ 



附錄の 一 第一章 總說 六 一 〇 

元亭 三年 七月 十九 曰 己 酉/凡 近 曰 朝臣 多 以,, 儒 敎, 立, 身、 尤 可, 然、 政 道 之 中 

興、 又 因, 兹 歟、 而 上下 合 體、 所, 被, 立 之 道, 是 近代 中絕之 故、 都 無レ知 =霣 儀 一、 只 ^ 

周易 論孟 大學中 庸- 立レ義 、無, 口 傅-之 間、 面 々 立,, 自 己 之 風; 依 レ是 或 有-難 謗 等, 

歟、 然 而 於,, 大 體, 者、 豈 有,, 疑 殆, 乎、 但 近 曰風體 以,, 理 學, 爲, 先、 不. ,禮 義, 之 間、 頗 

有 h 士 放逸 之 風; 於,, 朝 臣, 者、 不,, 然 乎、 此 是則近 曰 之 弊 也、 君子 可, 慎, 之、 况 

至 手 道 之 玄 微; 有条, 盡 耳、 君 子 深 可. 知, 之、 

是れ 後醍醐 帝 卽位後 五 年 目の 事に 係る、 其 中 「き^^ 4 1 'き」 と ある を以 

て 之れ を觀れ ば、 四書 粲 註の 輸入 は 動かすべからざる 史的 事實 なら、 又 

,△ 厶厶厶 厶<3 厶厶. d 

近日 風體 き 爲, 先」 と あるから に は、 宋 學の 京都 上流の 間に 亍ょ てし 

- J- L . 、、/ 、力 oo〇o〇〇r-〇o ひ - 3 3^03333 

を 想 1 す ベ きな ftN 、殊に 後醋醐 帝の 侍 讀 ^ ,9 し玄 き^き! ■ ^ • ^ ゆ | 曰 

集註 を 開講 せら、 是れ 或は 元應 元年 舶來 の, ものに あらざる か、 兎に角き 

^^觔 斷& お如^^^ | 九^ レ^ § ^や Islnisi^^ ゃ駟 

を 鼓. Sn したる の 功 は 彼れ 一 人に 歸 せざる を 得ざる な, CV. 

玄蔥 虎關. 以後 朱 子學は 次第に 傳播 せら、 建內 記、 嘉 吉 元年 四月 十五 日り 



下に 云く、 

晦翁集 (f & g ?) 三十 册賣本 被お ft 禁 裏お 價 八な 匹、 自 h 橋 局-到 I, 

淸大外 記 許-了、 彼 請 駁 遣, 局 了、 後 曰 本人 了淳 請 取、 外 史 見, 送, 之、 加- 一 見 M 

遣 了、 

朱 子 文集 は百卷 以上の ものなる に 三十 W と ある は、 恐く は 零 本な らん 

零 本の 朱 子 文集と 雖 も、 當 時に あ, 9 て は 新奇の 珍書な らし をお て宫 4 

に 召し 置かれし なり、 好古 小 錄 〔下〕 に 建內 記の 此文を 揭げて 論じて 云く 

先輩 此れ を 以て 朱 子 文集の 本邦に. わた, 9 し 始めと す、 然るに 享保中 

伊賀 國の 僧兆藏 主と いふ も の、 京 師の 骨董 店に して 朱 子 文集の 零 本 

を 得、 卷 尾に 永 和 四 年 戊 午 九月 讀 了 (£) 嘉 吉の前 六十 餘年 也、 

永 和 四 年 は 後醍醐 帝元應 元年よ, 9 六十 年 も 後れた る が 故 に、 朱 子 文 獰 

の 世に 行 はれた る は、 毫 も怪 むに 足らざる な ち、 後 花圜 帝の 時に 至って 

は、 藤 原 兼 良 尺 素 往來を 著 はし、 

o o o o o o o 、 o o .9 o o o 

程 朱 二 公之 新 釋可き 肝 心 i 候 也 

附錄の 一 第一 窣總說 六 二 



附^の I 第 H 早 S ナ、 一 一 i 

と い ; 3、 又 朱 註に よ 6 て 四書 童 子 訓を著 はせ ら、 兼 良 は 應永九 年に 生れ、 

- ' ! f . 、厶. -A ム厶厶 厶厶 厶厶厶 厶<3 厶厶 <" 厶厶 <" 

文明 寸 三年に 歿せ ,9、s 窩は 彼れ が 歿して 後. 八 十 年に して 生 る、 此 れ に 

由ら て 之れ を觀れ ば、 朱 子學が 惺窩に 始まる が 如くに 思惟す るるとの 

、、、、、、、、 、、、、、、、、、、 

如何に 事實に 背反せ るか を 知るべきな, CN、 

朱子學 起原に 關 する 書類 は 左の 如し 、 

花園 院御記 三 卷寫本 

建 內 記 〔卷 十 四〕 寫 本 

尺 素往來 一 卷藤原 兼 K 著 

此畫は 群 書類 從卷第 百 四十 一 に 收载せ も、 

臥 雲 日 件 錄 〔乾 j 寫 本 

佛光 禪師語 錄十卷 龃 元 著 ., 

海 藏和尙 紀年錄 一 卷 令^: 編 蟇 

日本 名僧 傳 一 卷 

此書 は續群 書類 從-卷 第二 百 三に 收载 せ, ON, 



^山 瞌年錄 一 卷 S 本 〇 尉 部藍顯 著 

本朝 高僧 傳七 十五 卷師蠻 著 

大日 本 史 〔卷 之 二百 十七〕 

垂 加 草 全 集 〔附 下〕 

國 朝賢臣 諫諍錄 〔卷 下〕 藤 井 憾齋著 , 

S 齋垂水 廣信を 以て 始めて 朱 子學を 尊信す る ものと す、 然れ ども 此 

4 きひ^^^ に^ゃ ひひ ヒ、 先哲 叢談 〔卷之 三 三 山義長 

の 下に 詳な り、 艮井 定宗が 本朝 通紀、 寺 島 良 安が 和漢 三才 圖 緒に 垂井 

廣 信が 始めて 朱 註を讀 むてと を载 する は、 蓋し 皆 諫諍錄 に本づ くな 

ら ん、 

好古 日 錄 〔乾〕 膝 井 處粋著 

好古 小錄 〔下〕 同 上 

好古 賒錄 〔卷之 上〕 山崎奘 成敦 

續 本朝 通 鑑 

附錄の 一 第一 草 ^說 ブ ー H 



附錄の 一 第一 草 貔說 六 I 四 

四書 大全 鼇頭 

茅 窓漫錄 茅 原定著 

此書は 百 家 說林卷 五に 收载せ り、 其 中 「朱 子學 四書 來由幷 二 先生 像」 と 

題せ る 一項 は、 最 も 參考に 資すべき ものな, CN、 

朱 學傳來 記 谷 秦山著 

日本 懦學傳 跡 部 K 顯著 

右二 篇は 日本 敎 育史 資料 卷 十五に 收载 せ, CN、 

漢學紀 源五卷 寫本 伊地知 季安撰 

此 書は薩 摩の 伊地知 季 安 (字 は 子 靜) の 著 はす 所に し て、 主 として 朱 子 

學の 起原 を闥 明す る ものな り、 凡 そ 朱 子學の 起原に 關^ い 

て は, 此 書の 右に 出づる もの あるな し- 

隱逸全 傳 〔卷 下〕 き 川 十 1 著 

\ 朱 子 學の由 來花岡 安見 

z 國學院 雜誌第 六 卷の第 八 第 九 及び 第 十 一 の三號 にあ^、 




朱 子學の 傳來と 其學派 足 利 W 述 

東洋 哲學第 八 編 第 十 一 號 及び 第 十三 號 にあみ 

口 本 儒學史 〔上 卷〕 久保得 二 著 

正齋 書籍 考 〔卷 二〕 近 藤 重藏著 




附锬 の〗 第一 窣 S 



附錄の 一 第二 窣_ 京師 朱 子學の 起原 —第一 玄^ 六 一 六 

第二 意 京師 朱 子學の 起原 

第一 玄惠附 北 畠 親 房 及び 楠 正 成 

玄 S の 事、 唯-. 天台 霞攝六 編卷之 二〕 に 出づる のみに て、 其 他 各種 僧 傅に 見 

え ず、 反 もて 太平 記、 尺 素往來 等に 見 え、 又 大 a 本 史 〔卷 之 二百 十 七〕 に 本 S 

あ り、 玄 S は 京都の 北 小路に 居 み、 獨 淸 軒と 號し、 又 健 叟と號 す、 權大 僧都 

に 任ぜら る、 天台 霞標に 彼れ が 事 を 記す る を 以て 之れ を觀れ ば、 天 台 の 

僧たら しと 見えた ら、 蓋 し 彼れ 多少 文學の 素養 ある を 以て 世の 稱 する 

所と なる、 彼れ 常に 宋の司 馬 光が 資治通 鑑 を 讀 み、 又 程 朱の 學を 尊信す, 

後醍醐 帝に 召されて 侍讀 となる に 及んで 朱 註に よもて 經書を 宮中に 

講 ず、 尺 素 往來に 云 く、 

o oooooooo 

之 莉 釋、, 爲,, 肝 心, 候 也- 

乃ち 知るべし、 IJi%s^:§^^^ ^^^^^^^ゆ^^" 大 日本史に 



1 

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中 A は 
に △ 宋 
講 A の 
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師 " ず 
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以 ム 搴 



群 g 一 ^第二 卷 

庭す す.^.: ン - ! .1 

^^^論じ、 更 

に 一 說な擧 びて 

云く、 東 福 寺の 

>*リ と 一 vr!ue 



△ 厶厶厶 厶<"<30 

玄惠始 唱,, 稃朱之 說- 

と 云 へ る は、 是 れ 吾人が 事實 として 認容せ ざる を 得ざる 所な ら、 玄 惪 は 

. 正 平 五 年 を 以て 逝 く、 佛 家人 名辭書 玄惠の 下に 左の 如く 言 へ ら、 云 く、 

き^ い^^^ い^お、 師亦 出家し、 比 ま 山に 登 b 、天台宗 を 學び、 

師北 小路に 寓居 し、 佛 儒の 書 を 讀 む、 殊 に 儒 書 

一 山、 虎關 師 鍊等宋 の 新 註 を 用ね たる も、 其 宮 

厶厶 厶厶厶 

て 始めと す 

若し 此記事 をして 事實 ならしめば、 未だ 嘗て 知られざる 朱 子學の 系統 

X3^:44^ ひ 虎關 は 朱 子學を 一 山よ. -傳 承した るの 形迹 ある 

が 故に 之 を 玄 恵に 比すれば、 朱 子學の 系統に 接する I と 一 層 早 か. 9 し 

ならん、 然れ ども 宮中に 於て 朱 子學を 講じた る は、 玄惠を 以て 嚆矢 とな 

す、 き^^きい い^ ト^ト 昏 か^ひ^き いかいむ^ 關と 同胞 

£かき£卜ぉぉふ お きいぶ £ かむ のとす 

^ヒ きか、 然れ ども 玄惠が 虎關と 兄弟た る 乙と、 其 果して 何の 據る所 あ 

附錄の 一 第二 窣 京師 朱 子學の 起原— 第 一 玄惠 六 一 ^ 



後、 臨 濟宗に 意 を倾 く、 京 



附錄の 1 第二 窣 京師 朱 子學の 起原— 第 一 玄惠 六 一 八 

る を 知ら ず、 之 を佛 家人 名辭 書の 著書 鷲 尾 順 敬 氏に 問 ふ も、 氏 自ら 其 出 

處を S る、 眞 に惜 むべ しとな す、 尺 素 往來に 云く、 

當世 付,, 玄惠 之議; 資治 通鑑、 宋 朝通鑑 等、 人 々 傳,, 受之; き 4 白 I ん^^ g 

, 得,, 蘊 奥; 云 云、 

其宋 朝通鑑 とい ふ は、 蓋し 宋元 通鑑 の 一 部分 を 意 * す るな らん、 此 1 に 

由うて 之れ を K れば、 き 白 o 田き^ S お,, I: お^ひ やき^ ,^や 

o ^ oooooocooooooo 

通 したる ものと 推察 せらる、 な ら、 彼 れが 著書と 稱す るお 元 集に は 

一 ケ處周 子の 太 極 圖說の 文 を 引用せ み、 若し 元元 集が 果して 親 房の 手 

に 成 もしもの ならば、 是れ亦 彼れ が宋學 に通曉 せし 一 證 となす を 得べ 

P な ら、 漢 學 紀 源 〔卷 一 〕 に 云 く、 

親 房 特に 朱 子の 學風 を欽し 、四書 五經宋 朝通鑑 等を讀 み、 當時 博識 肩 

を 比 す る ものな し、 云 云、 而 して 其 元元 集 は、 太 極圖を 引いて 神道の 秘 

蘊を述 ぶと いふ 

元元 集 は 荒誕 無稽の 說 多く、 神道の 秘 蘊を述 ぶと、 い ふべき 程の もの ご 



あ らず、 且 つ 其 書 果して 親 房の 手に 成りし や 否 や、 多 少の 疑な きに あら 

ざるな り、 漢 學紀 源に は 楠 公 を 以て 親 房と 同じく 朱 子 學を崇 奉せ しも 

のと 斷定 し、 論 じ て 云 く、 

-楠正 成の 如き、 親 房 等と 偕に 慷慨 義に奮 ひ、 身 を 殺して 王に 勤む、 其將 

に 死 せんとす る や、 子 に訣 書を貽 して 曰 く、 死 期 迫 れ り、 汝 が 成る を視 

んと 欲する も、 義 の 重んずる 所 を 抱い て、 更 に 亦 遁れ難 し、 汝 に戒し む、 

學を 勵んて 以て 吾 志 を 察せ よ、 今 愚竊に 謂 へ ら く、 其 義 の m 一 ん ずる 所 

A A A 么 A 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 厶 A 厶 厶 A <1 厶 A 厶 △ P ヽ、: - , I - - 

を 知る は、 宋 學に あらざる よ ,9 は、 恐 くば 未お 言 ふ を 得す 是れを W て 

之れ を觀れ ば、 未 だ 世、 楠 氏の 學を謂 ふ を 聞かず と雖 も、 吾 れ 必 ず 之 れ 

を學 びた,^ とい はん、 

o o o o o o o o o o o o ^ o o ^ ^ ^ o > ^ ^ ; 

是 れ强; 5 て 楠 公 を 執へ 來たら て 朱 子に 黨せ しむる ものな り 楠 公カ敎 

房と 共に 南 帝に 十: 口野に 仕 へ.. 柱石の 臣た りし は、 事 實 なりと 雖 も、 未 だ 朱 

子 學を親 房より 傳承 せらと いふ を 得 ず、 假 < "ひ 櫻 井の 驛の 訣別に 

命 を 養 由が 矢 さきに 懸け て、 義 を 紀 信 が 忠に比 す ベ し、 

附錄の 一 第二 窣 京师朱 子舉の 起原 —第一 S 六 一九 



m 錄のー ^ニ窣 京師 *f+^f の 起原— 第二 虎關 六 二 〇 

~ 〇〇〇〇 o 〇〇〇〇〇〇 o〇oo〇〇o〇〇 OOP 、〇〇o 

一 と、 あ る も、 此 れを 以て 楠 公が 朱 子 を 崇 奉せ し證據 とする を 得ず 何ん と 

一 〇〇〇〇ooo 〇〇〇〇〇〇〇〇 OOOOPOO > 、 

\ な れ ば、 義 の敎は 巳に 孟子の 中に も 之れ あれば な ち 楠 公が いかに 忠臣 

一 なれば と て、 牽 八 3 附屬 の說を 立て. \ 之れ を 朱 子 學の咴 方. にせん とする 

一 Z と、 甚 しく 誇張に 失する の 所爲と いふべき なり、 

ふ , 

第二 虎關 

一 虎 關、 名 は 師 鍊、 平 城 の 人、 幼 にして 書 を讀 むこと を 好 む、 是 を 以て 文殊 童 

子の 號ぁ ら、 然 れ ど も 性 多病な ,9、 彼 れ 自ら 曰く、 

某 生 素より 多病、 一 歲の 中、 其 疢む 所の 居 諸 過半な ら, 其 疢 まざる の 時 

と 雖 も、 喘 々焉 羸々 焉 として 常人の 强 健に 似ざる のみ、 (上,, 一 山 和 尙 一書 

一 彼れ が 如何に 弱 質 蒲柳の 人な 6, しか は 推して 知るべきな ら、 牧 れ壯な 

るに 及んで 一山 寧 公に 學 ぶ、 貞 和 二 年 を 以て 寂 す、 享 年 六 十 九、 著 はす 所 

元亭釋 書 三十 卷、 濟 北 集 二十 卷等 あら、 彼れ が 事蹟 は 本朝 高僧 傳 〔卷 第 1 1 

一 十七〕 に詳 なり、 師蠻 が贊に 



<JO〇oooo〇o〇〇〇〇poo_q 

夫 山 有,, 富 士; 僧 有,, 鍊 公; 是 吾 之 所,: 瞻 卬-也 矣 

と い ひ、 又 

ooooooooooooopp^oo 

凡佛法 東漸 已來、 集大成 者、 無, 盛-於 鍊 公-也 

といへ り、 其 推 尊 亦 至れら とい ふべ し、 兎 に 角 虎關が 當時沸 門の 龍 象た 

りし は 疑な し、 門人 靈源 寺の 令 浮、 彼れ が 紀年錄 一 卷を著 はす、 題して 海 

藏和尙 紀年錄 とい ふ、 續 群 書類 從 中に 收载せ ち、 高 傳に云 く、 

つ 〇<J〇〇〇〇〇oo〇 ooo 000 0、 

鍊 比 レ壯、 逢,, 一 山 獰公于 建 長; 雜, 儒 釋 古今 書; 細 繹審詢 

乃ち 彼れ が 佛窨の 外 博く 儒 敎の書 を も涉獵 せし を 知 る、 紀 年 錄を覽 る 

に、 虎 關 嘗て 一 山に 問うて 曰く、 

某 智薄識 謭、£ 楊 之 易; 說 不, 能,, 盡 解; 老 師宏材 博 學、 賴 P 愚 所, 疑 、合-程 

楊 之 說; 深 考 靜 究、 必 有レ 所, 解、 云 云、 

、、、、、、、 

玆に稃 楊と 云 ふは稃 子と 楊 誠 齋とを 意味す るなら ん、 已 に 程 子の 書に 

かする も かいせ ば、 朱 子の 書 も 亦當時 之と 共に 接する 所なら しならん- 

高僧 傅に 又 云 く 

附錄の 一 第二 草 京師 朱 子學の S 一原— 第二 虎闥 .1 ハニー 



附錄の 1 第二 草 京師 朱子學 の 起原— 第二 虎關 六 ニニ 

自, 今 諸人 行 住 坐 臥、 覺,, 得 火星 痛 痒, 也、 得, 從 前 諸 火 雖,, 儒 釋禪敎 之 異; 皆 一 

火, 也、 

彼れ は 儒佛の 一 致 を 信ぜし 者の 如 し、 元 亭釋 書の 卷 末に 附 載せる 智通 

論の 如き も^ 儒 怫ニ敎 の 必ずしも 相戾ら ざる を辨 ずる ものな ,9、 彼 れ 

此の 如き 見解 を 有し、 が 故に、 儒敎を も 併せて 之れ を 究明 し、 其 造 詣、 决 

して 淺 しとい ふべ から ず、 宋 儒の 學の 如き も、 蚤 に 之れ を 攻究 し、 殊 に 稃 

朱の 學に 及べ り、 通 衡の 二に 云く、 

〇o〇〇〇o 〇〇〇〇〇〇〇 o〇 . 

夫 程 R ま 道 學, 排,, 吾 敎; 其 言 不. 足つ 攻 矣、 (濟 北 集 第 十七) 

又 通衡の 五に 司 馬 光 が 「如 一一 佛 老 之 言; 則 失, 中 而 遠& 矣」 と 云へ る を辨駁 し, 

最後に 論じて 云く、 

我 常 惡. 儒 者 不, 學,, 佛 法; 謾 爲 fe 、光 之 朴 眞、 猶 扣此 、况 餘浮矯 類 乎、 降 至,, 晦 庵 一 

ooooooooooo 

益 張、 故 我 合,, 朱 氏, 而 排, 之 云、 (濟 北集卷 第二 十) 

又 一 層甚 しく 朱 子 を 攻撃して 云く、 

晦 菴 語 錄 云、 釋 氏 只 四十 二 章 經、 是 他 古 書、 其 餘皆 中國文 士、 潤 色 成, 之、 維 



第三 中巖 

中 巖、 名 は 圆 月、 相 州 鎌 倉の 人、 正 中元 年 を 以て 入 元 し、 元 弘ニ年 を 以て 歸 

朝し、 永 和 元年 を 以て 寂す、 春秋 七十 六、 著 はす 所 中正 子 一 卷、 東海 一 温 集 

五卷 あら、 中正 子犟行 本 あらと 雖も、 亦 一 湿 集の 第 四卷に 編入せ も、 事蹟 

は 本朝 高僧 傳 〔卷 第 三 十 三〕 に 見 ゆ、 又 一 I® 集卷之 五に 自歷 譜を载 す、 今 の 

所, 謂 自 傅 Autobiography な ら、 彼 れが師 とする 所數 多に して 一 定せ ず、 然 

附逯の 1 第二 窣 京師 朱 子學の 起原 —第三 中巌 六 二三 



^^^^^^^^^ I 田き §-ま & き; 故 語 錄 中, 品-藻 百 家き 理 者 多 矣、 

釋門 尤甚、 云 云、 (同 上) 

o〇ooooo〇o〇〇o o o o ^ 

此れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 虎關が 程 朱の 學に 通曉 せし こと、 復た疑 を 

3D oooooooooooooooooo 

^ ^ ゃ旦! 玆 に 注 意 す ベ き は、 彼 れ程 朱の 學に 通曉 せし も、 程 朱 を 尊崇 1 

れ^^ゃ、 & いか^お に對 し、 佛敎を 辯 護し、 痛く 彼等 を 徘^す る 

b ゆ^,^、 此點に 於て 虎關 は 玄葸と 大に其 態度 を 異にする もの ある を 

ム △ 厶 厶厶厶 

知るべきな, 5 



附^の 一 第二 章 京師 朱子學 の 起^ I 第一 11 中^ 六 二 四 

れ ども 頗る 虎關に 得る 所 あ, CN し 者の 如 し、 高 僧傳に 云く、 

元 亭 初 上レ 京、 見,, 閨 提 具 公; 寄,, 錫 南 0W 虎關 和尙 退,, 濟 北 菴; 撰 J 兀 亭 釋 書; 掩 

,關 謝, 客、 獨 許, 一月 參 敲; 

又 自. 藤 譜 の元亭 元年 辛 酉の 下に 云 く、 

往,, 來 濟 北 蒙 虎 關 和 尙; 關 時 撰 a 釋 寰不 I 4、 獨 許 f £ ,お き ^ 彫 

k 愛 也、 話 及 = 本 朝 高 僭 事 迹; 予 甚 服,, 博 p、 

虎關、 中 岩 を 愛し、 中巖亦 虎關に 服せ しこと 此の 如し、 是 故に! ひ 

-〇J.9,〇9-^〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇0<:-COO o 

虎關の 弟 FT とする こと 决 して 不當 にあら-ざるべし、 師蠻が 中 巖の贊 に 

云 く、 

此方 傳。 大慧之 派 - 者、 唯禪師 一 人 而^、 

i 然も 中巖は 大慧を 尊崇せ しものに て、 常 に大 a と 年 を 同う して 逝か 

ん とい へりし に、 果 して 大慧と 年 を 同う して 逝け, ^、一 腽集卷 之 一 に 「寄。 

藤 刑 部 この 古詩 あ, CN 、云 く、 

先生 業 成 悉„ 衆 藝; 先 生 名 高 蓋,, 一 § 今年 已 七十 餘、 從。 心 所, 欲 應谕, 滞^ 



に 同 O 徒0 中 又 

向 じ o と o 巖伊 o 中 

O く o い o 曾洛 ^ 
て 宋 o ひ o て 之 十 
打 學 O 巳0 朱 學、 o 問 
擊 を o に o 子 feo JI 卑 
を 排 宋 o を 程 c 篇 
加 斥 o 學:) 擧 之 o に 
ふ し o の o げ 徒、 云 
る 禪 o 何 o て ま o く、 
Z 宗 o た o 論 註 

と を D る O せ 孔 

實 辯。 力 、〇 ず 孟 o 
に 護 o を。 と 之 
甚 す o 知 o 雖 寶 o 
し る O り0 も 而 o 
き の o 居 o fco 脾 o 

も 口 o り〇 の 或 

の 吻 o し o 如 o 問 
あ を0 は o く o 辨 o 
る な o 言 o 伊。 難 o 
が せ o ふ o 洛 o 之 o 
爲 o ま。 の o 

め 是 で 學 ^ 
なれ も と 云: 

^宋な o い o 

儒 く、 ひ、 

が 虎 o 張 
佛 關 o 程 
敎 と o の 



第 四 義堂 

夢 窓 國師の 門下に 二人の 秀才 あ、 義 堂と 絕海、 是れ なら、 絕海は 詩を以 

て 勝れ、 義堂は 文 を 以て 勝れ、 各, 其 特長 あり、 絕海著 はす 所 絕海錄 ニ卷ぁ 

驸錄の 1 第二 箄 京師 朱 子學の 起^, 1 第 四 義堂 六 二 3 



自進修 志 益 勤、 夜 讀 逢 k ^嘗 替^ 乏 1 粟- 兒 童 饑、 不%5 き 手 向& 勢お 曰 

訪、 過-淡 齋: 相-忘 爾 汝-勢 文 細、^ 尙-漢 唐- 不」 F 今、 奮 然 欲&き 洛 弊 ¥y 訝 

往搪挾 多、 我 本 浮 雲 無-根 帶^^ 詩 預先粗 謝 レ愆、 更期蓮 社 重 交際、 

又 卷之三 に 「與- 虎 關 和尙 ごの 書 あ-、 其 中に も 「伊洛 之學」 に 論及せ る 所 あ,.. 



附錄の 一 第一 f 寧 京 肺 朱子學 の^ 原 —第 四 篛堂 六 二 六 

ら、 別 に單行 本の 蕉堅稿 あらと 雖 も. 是 れ亦其 下卷に 收载せ ら、 絕 海が 果 

して 朱 子學を 攻究した 5 しゃ 否や は、 毫 も 確定し 難 し、 絕 海錄の 中に も、 

言、 朱 子に 及ぶ もの ある を 見ざる な 夂 然 れど も義 堂に 至, て は、 其 朱 子 

學を 攻究した る こ と、 復 た 疑を容 るべ からざる な 5 、義 堂、 名 は 周 信、 空 華 

道 人と 號す、 義堂は 其 字な.^、 土 州 長 岡の 人、 南 禪寺慈 氏菴の 開山な,^ 慕 

慶ニ年 を 以て 寂 す、 享 年 六十 四、 著 はす 所签華 集 二十 卷、 签 華日ェ 集 B 化 

flj き 集 用) 若 干卷ぁ も、 惜 むらく は日ェ 集の 全書 傳 はら ざ る を、 唯! 續 史 籍 

集 覽に空 華日ェ 集の 抄録 三 卷を收 載せる の み、 彼れ が 事蹟 は、 本朝 高き 

傳 (卷 第三 十四〕 に 見 ゆ、 義 堂が 朱 子學を 攻究した る 乙と は、 日ェ 集の 記事 

によりて 明かな り、 彼 れ 嘗て 足 利 義滿に 謁見せ し に、 義 滿 之れ に 問 ふに 

孟子の 解釋に 就いて 何故に 儒者 の說、 各,. 同 じからざる や を 以てす、 彼れ 

乃ち 儒 書の 解 釋に新 奮の ニ義 ある^と を說 明せ ち、 日ェ 集康曆 三年 (卽 

ち 永 德 元 年) の 條 に 云 く V 

九月 廿 二日、 佘 以 > 謁 i 府; (f き府 君 出 接、 云 云、 君 又 曰、 昨 曰 儒學者 講% 



又 

云 然っ 新 o 孑 

く 別つ 義。 賨 

矣 o 也 o 其 
四 o 宋 o 義 
書 o 朝。 名 

盡っ 以。 冷 

於 O 來 C 不 

朱つ 儒。 同 

晦 o 學 o 如 
菴 o 者 c 何 
々o 皆 余 

及。 m° 曰、 

第 吾 3 % 

以 鲰リ 兄 

大 宗 不 
惠 — 同 
書 〇 分 ° & 

— o き 近。 
卷 o 明 o 世 o 

. ^° 心 儒 

理 3 書 ひ 
性 o 故 o 齊 

學 o 註 c 新 ひ 
本。 書 o 舊 a 

, 與 二 o 

> 章 義 o 

» 句。 程。 

» 學。 朱。 

> m° 等 



廿 £ 曰、 過,, 一 一 き 准 后; 云 云、 又 所, 問 儒 書 新 舊ニ學 不^ 如 何、 曰、 漢 お 來及唐 

i f きき き き、! & かき , £ ま £ k l、o 則 W 以き吾 禪ぁ 

此れに 由ら て 之れ を觀れ ば、 義堂は 啻に 朱 子學を 攻究した るの みなら 

ず、 又 其漢唐 訓詁の 學 よ- 9 は 一層 深遠に して 且つ 高尙 なる を 認容す る 

ものに 似. K も、 

/ 

第五 岐陽 附大楛 , 

義堂 門下 岐陽 及び 大椿 あり、 岐 陽、 名 は 方秀、 不二 道 人と 號す、 岐陽は 其 字 

な, 9、 佐 伯 氏、 讃 州の 人、 柬福寺 不二 菴の 開山に して、 又 曾て 南禪 寺の 沙門 

おえ 應永 三十 一 年 を 以て 寂す、 春秋 六十 二、 著 はす 所 琴川錄 及び 不二 遺 

附錄の 一 第二 窠 京師 泶子學 の © 原 ー 第& 岐陽 ? 一七 



ム' 

< 



Ho 紀 
年。 源 

堂 o m 
周 o 二 
信 〇 に 
陞。 

梦。 

南。 

き 
fg。 
程。 
朱。 

曰 

初 
滠 

少。 

ま。 

き 
1° 
i° 
お。 

go 

ボ。 

ぎ。 



附^の 一. 第二 窣 京師 朱 子學の 起原 —箫五 



卷 第 

す る 

一 可 一 

贊 曰- 



岐陽 

S に 

把玩; 一 

一 則不 



六 二八 

云 く、 

侍 者 k 像 まき、 幻 者; 一 

二、 不二 則 一 、性 相 平等、 扉 影 



力 を 叙述 さるもの な .CN- 日本 名 i|a 專こ 



稿 あ,^ 、岐 陽和尙 自讃 (15^ 麵麵 

今 追 ,,憶 六十 年間 事; 如, 幻 虛 妄、, 

幻 與, 非, 幻、 全 是 不二、 余 於, 是 乎 

匪 レ 質 

此れ 彼れ が 何故に 不二と 號 せし 

云 く, 

oooooooo o o o 

岐陽 和尙初 講 お 書 朱 熹 集 註; 

叉漢學 

至德 

,資 焉、 由, 是 大小 經 論、 靡 Jf, 探, 頤 云、 

岐 陽が 朱 子學を 傳 承した る は、 義 堂 其 人 な る ベ しと 雖 も、 亦 禹 然 ヱ も 舶 

來の朱 子の 書類 を 得て、 一 層 深く 之れ を 攻究す るの 便 を 得^ら と 見え、 

茅 窓 漫録に 中 村 惕齋が 言 を 引いて 曰く、 

後小松 帝 應永十 年 癸未、 南都 歸船 载,, 四 書 集註 詩經集 傳, 來、 同 年 八月 ill 



厶 厶 



日、 達,, 之 洛 興, き ^福 寺 不二 岐陽 和尙始 講レ之 

又 新書 籍目錄 を引 いて 不二 岐 陽が 始めて 朱 子の, 以て 講談せ るる 

と を 記载せ り、 云 く " < <! < A 

朱 子の 新 註 本朝へ 渡る 事 は、 後花園 院 御宇、 普 廣院御 治世、 東 福 寺 不二 

き盼 ,:! ^か ト註ー 講談した ま へ 5、 

此說、 前說と 四書 集註 舶來の 時日に 就いては 大差 ありと 雖も、 岐 陽を以 

て 始めて 四書 集註 を 講ずる ものと する は 一 なに 四書 集註の 始めて 轍 

入せられ し はま 醐帝| の 年に て、 卽ち元 f 元 t^tn 、ル 

て證 すべ…、 li ョ き m ョ? 

o o o 、0 o o s fc i ^- ^ ^ し よ、 玄 惠 な る ベ し、 岐 陽 を 、し 

は あらざる なら 又 始めて 四 霱数& を 1バぃ 乂ー o ◦ o o @ @ @ お, 

おお £££ や K^^^^nt? ば、 朱 

岐 陽と 同門の 弟子 周亭、 字は大 椿、 南禪 寺の 沙門たら、 亦 朱 子學を 喜べ 

り 、臥 雷 日 件 錄第十 W 寶德 元年 閟 十月の 條に 云く 

^^の 一 第二 章 京 31 泶子學 の 起原— 第五 六 二 九 



SI の 一 篛ニ寧 京師 朱 子學の 起原 I 第 六 S 六 n 一 o 

三 日. 長 照 院 竺華來 過、 云 云、 竺 華 曰、 吾 翁 大 椿、 筑 紫 人 也、 少 年 東 遊、 就, 

州 師; 學,, 四 書 五 經; 始 聞,, 孟 子 講; 酽 ^ 、不へ 足 、ぎ/人 f 1 、斗; ぎ、 之 4i き Si き, 一 

1 握; 以 療 k 耳、 如. 是 者 凡 五 旬、 

玆に 四書と ある を 以て 之れ を觀れ ば、 四書 集註と 思 はる、 叉 其 孟子の 

講を 聞く とい ふ は、 朱 子の 註に よ. -て 始めて 奥咴を 感ぜし ものなる 

乙 と 推して 知るべきな 力、 

第 六 一 慶 ^ふ 4 ; 

岐 陽の 門下に 一 慶と惟 肖と あら、 一 慶、 字 は 雲 章、 寳淸 老人と 號す、 平安の 

人、 至 德 三年 を 以て 生 る、 南 鹂 寺の 沙門た ぇ宽正 四 年 を 以て 寂 す、 享 年 七 

十八、 其 事蹟 は 本朝 高僧 傳 〔卷 第 四十 二〕 に 見 ゆ、 又續群 書類 從 〔卷 第二 百 四 

十 二に 釋葸 鳳が 撰に 係る 雲 章 和 尙行狀 を收载 せ.. 二^^ ひ 

と 甚だ 嚴な" 永享七 年よ,;^^ づ や い^^^^ キ い い;^ 

十 有 七 年の 久ぃ" i か A 、^^^お き跏^ "il^l;^ 、日本 名 f 



傳に 云く、 

〇 〇 o o o o q<、 

讀,, 周 易 程 朱 傳義, 

又 本朝 高 僧 傳 〔第 四十 二〕 に 云 く、 

往,, 城 北 S 壽 寺; 參 --岐 陽 秀 公; 朝 昏 辛 勸、 綜" 究 内 外つ 

又 云 く、 

3 3 o o 〇 o o 〇 o o o o o' o ^ p p P. 

き^,, 朱說; 製- 理氣 性情 圔ー 性 五 性 ゆ 儒 圖- 

此れに 由, CS て 之れ を 観れば、 彼れ 啻に 朱子學 に通曉 せし と い ふの みな 

らず、 や I いか レ^ & とする を 得べ きな,"、 

第 七 惟 背 

惟 宵、 名 は 得巖、 雙 桂と 號し、 又蕉 雪と 號す、 惟 宵 も 亦其號 なう、 南穉寺 の 沙 

門たら、 其 逝去の 年、 及び 壽命等 今 得て 詳 にし 難し、 著 はす 所 文集 七卷ぁ 

り、 是 れを 東海 i 華 集と いふ、 其 事蹟 は 本 朝 高 僧 傅 〔卷 第 四十〕 に 見 ゆ、 漢 學 

紀 源 (卷 二〕 に 惟 肖が 事 を 叙して 云く、 

附淥の 一 第二 章 京 肺 朱 子學の 起原— 第 七 惟货 ニー 二 



吱嗞 門下の 惠鳳 

亦 朱 子學 に 通 

す C 嗔 ろせ: 著 「竹 

居涪事 _ ^觐ろ 

に、 「晦菴 序/ 一 

篇ぁ リ。 口 ^極 

め义 朱子^ 賛嘆 

T。 竹居洁 事 」 

載^て 五山 文學 

<s 〔第三 輯〕 

にわえ 



让 

老 



附錄の 一 第二 寧 京師 朱 子學の 起原— 第 八 景徐 六 三 二 

參,, ffl 應於東 福; 與 _,秀 岐 陽 等; 雖, 爲„ 同 門; 如,, 程 朱 學; 受, 一之 岐 P 、經 史子集 無 „ 

探 抉; 以, 文 鳴, 世、 與,, 仲 方 太白 岐 陽 n ぎ 名、 

事實 の出處 は、 未だ 確め 得ず と雖 も、 惟肯 が三敎 一 致の 說を懷 抱し、 孔 

釋に 對し、 不偏 不黨 の 見解 を 有せし は 事實な ftN 、三敎 合 面圖贊 の 序に, 

ooooooooooo 

人設, 敎之 跡^ 同、 而治, 心 之 



o o 

三 S 



〇 〇 

方 ぎ 



〇 〇 

一 者、 



と 云 ひ、 又贊に 

〇〇o〇〇〇〇o 

合歸 一一 于 1 ;劈 成-三 國 

と 云 へ る を 以て 之れ を 見れ ば、 儒 敎道敎 の 如き も 、決 して 其 排斥せ し 所 

にあらざる を 知るべきな,^、 



第 八 



惟 肖の 門に 景 徐、 竹 居、 蘭 坡、 桂 悟、 桂 菴等ぁ も、 竹 居と 蘭坡と は、 果 して 朱 子 

學 に通曉 せし や 否や 未だ 詳 なら ず、 竹 居の 事蹟 は 本朝 高僧 傳 〔卷 第 四 十 

二 及び. 曰 域 洞 上諸祖 傳 〔卷 之 下 一! に 出 づ、 高 僧傳に 謂 へ る あ ,9、 云 く、 



8 肖 巖 公, 三 载. 肖 鄭 重 誨 奘、 與" 竹 居 讓 

と 、唯-彼れ が 朱 子 學をも 惟 肖より 傳承 せるな らんと 臆測 せらる \ の/ ン 

蘭坡の 事蹟 は、 本朝 高僧 傳 〔卷第 四十 三〕 に 出づ、 夢 窓 國師四 世の 孫な りと 

いふ、 是れ亦 果して 朱子學 に通曉 せし や 否や、 史的 事蹟の 以て 徵 すべき 

ものな L 、若し 夫れ 景徐、 桂 悟 及び 桂 菴は皆 朱 子 學の傳 播に關 係 ある こ 

と 少しと せざる な,^ 

景徐、 名 は 周 麟パ且 竹と 號す、 南禪 寺の 沙門たら、 年 七十 有餘. にして 寂す、 著 

はす 所 翰林 葫蘆集 十三 卷 (禮賺 il、s 鶴 4,、^ 紅、 ま財 に 難 も) あ, リ、 中 岳 

字 說に云 く、 

子 程 子 曰、 中心 爲お、 夫 子 吿き S, 一 貫 之 道 (參 i 恕 一 一 字- 釋^、 子 朱 子 

曰、 一 是忠、 貫 是恕、 又 曰、 一 是 一 心、 K 是萬 事、 是乃 儒家 者 之 就 レ心 以ま中 字- 

者 也, 

と、 又 伯 春 字說に 云く、 

1 月 坐,, 春風 一 者 チ耶、 

附錄の 一 第二 窣 京師 朱子學 の 起原— 第 八 景徐 ブ- ニー 一一 



附錄の 一 第二 窣 京 肺 朱 子學の 起原— 第 八 景徐 六 三ョ 

と、 是 も 亦 明 道 を 指す ものに 似た ら、 此 れに 由, o て 之れ を觀れ ば、 其 1 ^ 

の學 に通曉 せし こ と、 以 て 知るべきな り 、其 事蹟 は 本朝 高 曾 傳 〔卷 第 四十 

三〕 及 び 漢學紀 源 〔卷ー ごに 出 づ、 慶 長 十五 年 僧 文 之が 僧 恭 畏に與 ふる 書に 

云 く、 

應 永年間、 南 渡の 歸船、 四書 集註と 詩經集 傅と を 載せ、 來らて 之れ を洛 

陽に 達す、 是に 於て 不二 岐陽 始めて 此書を 講じ、 之れ が 和訓 を つくる、 

時に 東 山に 惟 召 あ ら 、東 福に 景召 あ, 9、 ニ老 名^に して、 同じく 下 二の 

た?' 

間に 出 づ鼓此 二 書に 精し きのみなら ず、 博 學多聞 を 以て 天下に 籍甚 

す、 我 桂菴、 二 老に從 つて 程 朱の 學を受 く、 明に 遊ぶ こ と 七 年、 遂 に ヒ れ 

を W 究 して 歸 ら、 西 藩に 敎授 し、 之 れを月 渚に 傳 ふ、 月 渚 之れ を j 翁 こ 

傳へ、 以て 文 之に 至る、 

此書南 浦 文集 中に 見當ら ず、 故に 姑く 漢學紀 源に よる、 伊地知 季 安も獰 

明せ るが 如く 、書!^? ^^^^^ A n^^r^s^ A ^f^^r 

なること 疑な し、 中 村惕齋 及び 細 川 十 洲等皆 文 之の 說に 本づ いて 朱 子 



學の 起原 を 論ぜり、 故に 其 誤ら を 蹈襲す るると を 免れ ざ,^ き 

第 九 桂 悟 

桂 悟、 字 は 了 菴、 柬 福 寺の 惠 Q 堂 に 居る、 未だ 其 何 國の人 な る を 知ら ず、 應 

永 三十 一 年 を 以て 生る、 卽ち岐 陽 寂す るの 歲に當 る、 彼れ 桂菴 と共に 宋 

學を 噌 ほの 門 こ, 受 く、 桂 菴ょ, 9 長ず る こと 三年な 6.、 永 正 三年お 悟き 八 

十三、 £ を 奉じて 明に 入る、 時に 同門の 景徐送 序 を 作りて 曰く、 

ゆ I 鎖 ま £ § i き I i I 鈉&、 ま i &i s f 漏; 卽 修 治 

塑 きき ,i 、&^ ^や 零 1# ゆ か^か ^ H 被" 其 福 澤ハ而 

二 s.&^、&s^^^ き、 (翰林 萌 盧集卷 五) 

ラ ち 圭^の 德望决 して 尋常なら ざる もの あ,^ し を 知る へ L ノ 明の 後 

明 帝 詔して 育 王 山に 居らし む、 正德 A 年 (藉 れ械 永) に 至らて 歸 朝す、 時に 

き 九十 歲、 皮 れが歸 朝す るに 當^ て 明の 諸 儒、 詩 文 を 作りて 之 を 送る、 ® 

中 霞 も 注意 を 惹 くに 足る もの は、 王 陽 明が 贈 序な i く、 

附錄の 一 第二 阜 京師 朱 子學の 起原— 第 九 桂 悟 六 三 五 



附錄の 二 第二 荦 京師 朱 子學の 起原— 第 九 桂 悟 六 三 六 

oo^oo.oooooooooooooooooooooooo 

世 之 夢, 奔 競, 而 厭,, 煩 拏, 者、 多 遯 而 之レ釋 焉 、^釋 有, 道、 チ曰 js 乎 、橈 而 不^、 不 

.2- 2:9 、2 -2» o 9:、p ^ 〇、 ,〇、 0, し o、o o o o c o o o o o o o o o o 

に 戸 潔 乎狎而 不, 染 故 必 き,盧 以 浣, 塵、 獨 行 以 離 、斯 爲, 不, 詭,, 於 其 道, 也、 苟 不 

P め,、 〇,-〇,〇〇〇 -ooooo oooo ooooooo c o o o o o 

, 如, 是、 則 雖き其 髮; 緇,, 其 衣; 梵. 其 書; 亦 逃- 租 已 耳、 P 縱 誕, 而 已 耳^ ^ 

H: 如 耶、 今 有-日本 正使 堆雲桂 悟 字了菴 者; 年 踰 i 壽; 不, 倦 "爲^學、 領,, 彼 國 王 

之 命; 來 貢, 珍 於 大 明; 舟 抵, 鄴 江 之 滸;^ 館 於 予 嘗 過 焉、 見, 其 法 容 潔 脩、^ 

行 堅 鞏 、坐,, 一 室; 左,, 右 經 書; 鉛 お 自 陶: 一 皆 楚 楚 可 „觀 愛; 非, 淸 然 乎、 與レ之 辨 

則 出 h 所, 謂 預 修 „諸 殿 院, 之 文:; 論,, 敎 異 同; 以 吾 聖 人; 遂 性 閑 情 安、 不, -鏵 以. 

肆; 非, 淨 然 乎、 且 來 得,, 名 山 水, 而 遊、 賢 士 大夫而 從、 靡 曼 之 色、 不. 接 ¥ 目; 淫 ^ 

之 聲、 不 .入= 于 耳; 而 奇 邪 之 行、 不 fe:,, 于 身; 故 其 心 日 益 淸、 志 H ^ S 

自 異、 崖 不, 待 k 而巳絕 矣、 兹 有,, 歸 思; 吾 國 與, 之 文 字 交 者、 若-太 宰公及 諸 

縉 紳 輩; 皆 文 儒之撣 也、 咸 憎,, 其 去; 各 爲,, 詩 章; 以 艷& 逾 躅 M 非,, 貸 而 濫 者; 吾 

安 得, 不, 序、 

此 文の 眞蹟 一 幅、 伊 勢 山 田の 祠官正 住 隼 人なる も の、 之 を藏 する こと 拙 

堂 文 話 〔卷 1 1〕 に 出 づ、 陽 明 は 明 代に 於て 最も 傑出せ る 人物な ぇ然 るに 桂 



悟の 學問德 行に 於て 深く 感佩 する 所 あ ら、 此 れに 由り て 之 を 酽れぉ 桂 

悟の 人と な. o、 推して 知るべきな, 9、 桂悟歸 朝の 時 は 陽 明年 I 十二な, 5 

曰 ii^ や^い^ ひやか^^^ かか^^^ 說を了 悟せ し は、 一一 一す 七 A 歲 

^ 4 い^い、 かいかき い ^、きか 已に致 良知の 說を 彼れ よ. 9 聽取 する を 

いい^へ り ( ハ* 4、i 明 亦 桂 &の擧 措 を 見て 心中 感發 する 所 あ 6 しに 

ハの:^、/ る^^ 1/ の iii ま、 い ^きお^し と雖 も、 陽 明が 贈 

レ 、^いか いい^ ,か;^< い^ いひと 哲學 史上 決して 看過 

わ、、? かい^い^ 铲 いいい いか、、? い、 桂悟歸 朝の 後、 帝敕 して 南 s 寺に 住 

せ し, む、 竟 に柬福 寺の 大慈 院に歿 す、 年 月 未だ 詳 ならず、 春 秋 亦 未だ 考へ 

ずと 雖 も、 其 高 壽な. ftN し は、 其 歸 朝の 時 巳に 九十 歲な, 9 し を 以て^る ベ 

きな, 9 、特に 佛曰 e 師の法 號を賜 ふ、 著 は す 所、 語 錄ニ卷 あり、 題して 了 « 

& 禪 師 語 錄 とい ふ、 其 事蹟 は 本朝 高僧 傳 〔卷第 四十 三〕 及び 漢 學 紀 源 〔卷 二〕 

に 見 ゆ、 

附錄の 一 第二 窣 京師 朱子學 の 起原— 第 九 桂 悟 六 三 七 



^錄の 1 第二 草 京師 朱 子學の 起原— 第 f 桂菴 .1 ハ三 < 

. 第 十 桂菴 

桂 菴が事 蹟、 本 朝 高僧 傳、 日 本名 惯傳 及び 其 他 僧傳の 類に 見 えず、 唯 >漢 學 

紀 源 〔卷 二〕 及, ま 曰本敎 育史 資 料 〔卷 五〕 最 も 詳細に 之れ を &述せ り、 今 主 と 

して 漢學祀 原に 據 る、 桂 菴、 字 は 玄 樹、 後、 島 陰と 號 す、 本 と 周 防 山 口の 人、 姓 

氏の 出 づる所 を詳に す、 應 永 三十 四 年 (f 曙 1 お を 以て 生 る、 永 享 七 年、 彼 

れ年九 歲、 乃 ち 洛に遊 び、 南 礪 寺に 赴 き、 惟 肖に 師事 し、 四 書 新 註 等 を 學 ぶ、 

嘉 吉 一 一 年、 彼 れ年十 六、 髮 を 削らて 僧と な ,リ 、始 めて 戒壇に 登 る、 惟 肖旣に 

老いて 居 を 山中に 構へ、 雙桂院 とい ふ、 因 ,9 て 彼れ 亦 取りて 以て 名字 を 

選 び、 桂 菴 とい ふ、 當 時 學を談 ずる も の、 往 い て 彼れ が 門 を 叩かず とい ふ 

乙 とな し、 彼 れ 最も 力 を 攻學に 用 ひ、 景 徐、 桂 悟、 蘭 坡 等と 友と し 善 し、 是 等 

は 皆 一 時の 名僧な ら、 彼 れ業 成らて 長 州に 歸 ら、 赤 間 關の永 福 寺を領 す- 

此れよ ら愈; 宋 學を崇 信 し、 倪 士 毅 (§、g 膽、) が 四 書輯釋 及び 四書 大 全 等 を 

讀 み、 以 て 其 精微を 究めん と 欲すと 雖 も、 猶 ほ 未だ 彼れ が 先師 岐陽點 す 



る 所の 四書 悉く 註 意に 適 ふや 否や を 知ら ず、 是 に 於て 慨然と して 眞學 

を 求む るの 志 あ も、 文 正 元年 朝廷 遣 明 使 を 五山 傥 中に 選ぶ に當も て、 惟 

宵 之れ が 任 を 負 ひ、 乃ち 知名 の^子 八十 餘人を 徵 し、 之 れを 南禪 寺に 集 

め、 大 梅々 子の 題 を 課 し、 鳴 一 聲、 各 自 をして 詩 を 作 ら、 以 て 其 才を鬪 は 

しむ、 時に 桂 菴亦試 塲に就 き、 響 に應 じて 之れ を賦 して 曰く、 . 

oooooooooooooooo o 〇〇〇〇〇〇〇〇〇"〇〇 

大梅々 子 鐵圑々 、八十 餘人 下, 觜難、 今 曰當, 機 百 雜碎、 那邊 一 核 與レ他 看 

惟 肖大に 感じ、 乃ち 彼れ を 擧に應 仁 元年 桂菴 明に 使 し、 燕 都 (I §) に 至 り、 

入み て 憲宗に 見 ゆ、 憲 宗燕を 設けて 特に 彼れ を饗 し、 之 れに 幣帛 を 賜 ふ、 

使 事 旣に竣 らて蘇 杭の 間に 游 び、 學 校に 出入 し、 朱 子 學を受 け、 博 く曹端 

が 四書 詳說 及び 其 他 註 釋の粹 なる もの を 窺 ひ、 心 を 潜め 理を玩 び、 得 ざ 

、、、、、、、、、 ^ 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 

る 所 あれ ば、 輙 ち鉅 儒に 就い て、 審 に詢 ふて 硏究 し、 居 る こと 七& にして、 

業 大に進 み、 內 外の 精 蘊、 通 曉せ ずと いふ M とな し. 然 れ ども 最も 書經に 

深 く、 又 詩騷 に長ぜ ,9、 其 明に ある や、 禹 穴 を 探 ら、 西 湖に 泛 び, 名 山 大 澤、 涉 

觀 せざる な し、 而 して 懷を 興 し、 感 に觸 る、 每 に、 必 ず 詩 を 作 る、 特 に 紀き 

附錄の 一 第二 草 京師 朱 子學の 起原— 第 t 桂菴 六 三 九 



附錄の 一 第二 草 

遇, 舊 の 作の 如き は、 明 

其 紀^ の 詩 に 云 く, 

歸夢 飄然 落-海 



京師 朱 子學の 起原,— 第 十 桂菴 -so 

入 亦往々 競ひ傳 へ、 皆稱 して 唐人の 風 あもとな す- 



束; 赤 城舊院 杏花 釘、 坐 迎諸友 一 樽 S 、似, 慰 多年 離別 中、 



又 遇レ舊 の 作 

途中 適 遇 

文明 五年歸 

り、 學 を 講ず 

歷 游 す、 至 る 

の菊府 特に 

薩の龍 雲 玉 

1、) に 薦め、 人 

往 力ん と 

んと欲 し、 且 

肥 陽 城外 



に 云 

n 、 

四 明 

-Ay て 

る Z 

所 一 

聖學 

洞 等 

を し 

す、 旣 



人、 1 笑 如 骨 肉 親、 可 %。扶 桑 新 到 客; 報 言 東 魯 送 „殘 春; 

使 事 を 報 ず、 時 に 京師 亂ぁ り、 南 禪の諳 刹 悉く 灰燼と 

と 能 は ず、 乃 ち 避けて 石 州に 寓 す、 八 年、 豐 筑 肥の 諸 州 

時 の 老 師 宿 儒, 彼 れを推 尊せ ずと